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アウンサンスーチーの正体
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/753.html
投稿者 中川隆 日時 2017 年 1 月 05 日 10:41:39: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: オバマ大統領の正体 投稿者 中川隆 日時 2016 年 9 月 13 日 04:35:22)

The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=kMZJqXvPPMk

映画『ランボー 最後の戦場』予告篇 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ZaA6rVYnxwE

2017-01-05
アウンサンスーチーはミャンマーの救世主か、それとも……

ミャンマーは1990年の選挙でアウンサンスーチーが率いる国民民主連盟(NLD)が勝利したが、軍がそれを抑えこんで政権移譲を拒否、それから20年に渡ってアウンサンスーチーを自宅軟禁に追いやってきた。

選挙の結果を拒否して民主化への道を閉ざした結果、ミャンマーは東南アジアではもっとも未発展で貧しい国へと転がり落ちてしまった。

こうした軍の鎖国政策によって時代に遅れていくことを危惧したミャンマーの人々の間からは強い民主化の欲求が生まれており、欧米はそれを側面支援した。

1990年代から2000年代にかけての欧米グローバリストたちのビルマ軍政に対する怒りと攻撃は、凄まじいものがあった。

欧米の指導者は、支配できない地域の政治勢力は国際的に大弾圧をする習性がある。特にグローバル化に参加しない国々に対する怒りは半端なものではない。

グローバル化とは「欧米」の多国籍企業の支配を円滑的にするものであり、それを拒絶するというのは、欧米に儲けさせないということだ。

それは、地球の支配者である欧米エスタブリッシュメントにとっては許しがたいことであった。

アウンサンスーチーは民主化を推し進める天使?

だからミャンマーの軍事政権は、完全に悪役の役回りをさせられていた。

たとえば、シルベスター・スタローンがビルマ軍を皆殺しにする『ランボー5』という映画もあったのだが、残忍で悪魔のようなビルマ軍を、アメリカの正義のヒーローが殺しまくる設定になっていた。

民主化は絶対的に正しくて、ミャンマー軍は虫けらのように殺しても構わないような、そんなイメージである。

この映画を観て、ミャンマーの軍事政権に愛着を覚えた人は世界中にひとりもいないだろう。超人的なヒーローであるランボーがミャンマー軍を皆殺しにするのを見て痛快な気持ちになっていったはずだ。

この娯楽映画は大ヒットしてシルベスター・スタローンの代表作になっていった。

対するアウンサンスーチーは軍事政権に反旗を翻して民主化を推し進める「正義の天使」みたいな扱いをされ、その人生を美化された映画『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』が作られている。

監督はリュック・ベッソン、女優はミシェル・ヨーと、どちらも一流どころが関わっている。この映画でもミャンマーの軍事政権は極悪非道の組織のように描かれ、ミャンマーには正義がない国であるかのように描かれていた。

アウンサンスーチーにはノーベル平和賞も与えられたし、欧米の芸能人は彼女を崇拝する歌を作るし、著名人たちもまた「彼女を解放しろ」と共同声明を出した。

こういった欧米による露骨な支援もあり、2012年4月2日、アウンサンスーチーが率いる国民民主連盟(NLD)が国会補欠選挙にて勝利、欧米がそれを歓迎してアウンサンスーチーを事実上の次期指導者として待遇した。

やがて2015年11月8日に実施された総選挙において、NLDが圧倒的勝利、以後ミャンマーは事実上のアウンサンスーチー政権が成立することになった。

アウンサンスーチーとイギリスの深いつながり

アウンサンスーチーは欧米によってこの国の救世主のような扱いをされており、2016年以後ミャンマーが「開放」されたことに対して大きな歓迎と期待が寄せられた。

アウンサンスーチーは今後、ミャンマーをグローバル社会の一員として国を開いていくということを宣言している。

「ミャンマーはアウンサンスーチーによって救われた」と多くの欧米メディアは報じた。「絶対的な悪の存在である軍事政権を倒し、民主化を成し遂げたヒロインだ」というのである。

しかし、東南アジアでは必ずしもそういう捉え方ばかりではない。当初から、アウンサンスーチーはイギリスが送り込んだスパイだと捉える人も大勢いた。

アウンサンスーチーはイギリス人と結婚していたのだが、癌で死去した夫マイケル・アリスがイギリス諜報部員の幹部だったということはイギリス政府も認めている。

それだけでも、彼女とイギリス政府の深いつながりを疑わない人間はいない。そもそも、非力な女性が民主化の指導者の頂点に上り詰めているのも、欧米のバックアップがあったからだと考えても不思議ではない。

暗殺されたパキスタンのベナジール・ブットとよく似ている。あるいはフィリピンのグロリア・アロヨを例に出してもいい。スリランカの元女性大統領チャンドリカ・クラマトゥンガでもいい。

アウンサンスーチー オックスフォード大学に学ぶ
ベナジール・ブット オックスフォード大学に学ぶ
グロリア・アロヨ  ジョージタウン大学に学ぶ
チャンドリカ・クラマトゥンガ パリ大学に学ぶ
インラック・シナワット ケンタッキー州立大学に学ぶ

アウンサンスーチーはオックスフォード大学出身だが、「欧米の大学に学んだ由緒ある家系のアジア女性」が、欧米をバックにしてその国の指導者になっていくのである。

偶然ではない。そのように動かされているのである。

ミャンマー(ビルマ)はイギリスの植民地だった。アウンサンスーチーが政権を取ったというのは、ミャンマーが再びイギリスの傀儡になることにつながると思うのは当然だろう。


アウンサンスーチーはオックスフォード大学出身だが、「欧米の大学に学んだ由緒ある家系のアジア女性」が、欧米をバックにしてその国の指導者になっていく。偶然ではない。そのように動かされているのである。


それは、ミャンマーの人々の心にかかっている?

アウンサンスーチーにセンシティブな疑念がつきまとうのは、特に彼女の行動に何かあるというわけではなく、その家族構成の国籍によってもたらされている。

仮に彼女にはまったく国を欧米に売り渡す気がなかったとしても、彼女からは、かつてのマスターカントリー(宗主国)の影がちらついて離れない。

イギリスは、かつてビルマ(ミャンマー)に対して二度も三度も繰り返し戦争を仕掛けて領土を支配した天敵だ。

その「イギリスの亡霊が取りついた女」が政権を取ろうとしているわけだから、ミャンマーの軍事政権にとってはまさに悪夢だったのだろう。

しかし、ミャンマー政権がどんなに突き放しても、欧米は執念深く蛇のように絡みついている。支配者は言うことを聞く人間を「傀儡(くぐつ)」に仕立て上げて、間接的にその国を支配する。

かつてアジアはフランスやイギリスやポルトガルやスペインが植民地として支配下において苛烈な「暴力弾圧」を受けた歴史を持っている。そのため、宗主国の「陰謀」には敏感だ。

こういった背景があるから、今ミャンマーで起きていることも、欧米がアウンサンスーチーを表看板に立てて、彼女を通して間接的にビルマ支配をしようと考えているのかもしれないとアジアの一部の人々は理解する。

現在、ミャンマーはアウンサンスーチーが進める民主化と経済改革が始まっており、国が変わろうとしているのだが、この経済改革というのは、もちろん「欧米」の多国籍企業に利権を委ねる動きでもある。

今、ミャンマーにはコカコーラやKFC、ペプシ、ネスレ、GE(ゼネラル・エレクトリック)、ロイヤルダッチ・シェル等の欧米企業が怒濤の如く入り込み、ミャンマー全土を制覇しようと動いている。

ミャンマーは経済発展する。もちろん、それは欧米の多国籍企業が支配するグローバル化した経済発展である。多国籍企業による経済支配が終わったとき、アウンサンスーチーの評価は果たしてミャンマーでどうなっているのだろうか。

ミャンマーの人々はアウンサンスーチーを自分たちを豊かにしてくれた救世主だったと思うのだろうか。それとも、自分たちの国を外国企業に売り渡した売国奴だと思うのだろうか。

それはミャンマーの人々の心にかかっている。


ミャンマーの人々はアウンサン スーチーを自分たちを豊かにしてくれた救世主だったと思うのだろうか。それとも、自分たちの国を外国企業に売り渡した売国奴だと思うのだろうか。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20170105T0413240900.html  

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コメント
 
1. 中川隆[6103] koaQ7Jey 2017年1月16日 18:40:03 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[6549]

スーチーよお前もか 人が信じられなくなった
http://79516147.at.webry.info/201701/article_166.html
2017/01/16 12:35 半歩前へU


▼スーチーよお前もか 人が信じられなくなった
 アウンサンスーチーは民主化の旗手ではなかったのか?軍事政権による長期の軟禁にも怯まず抵抗を続け、国際社会が支援、高い評価を受けた。

 その当人が、最高権力を握った途端、「自由には責任が伴わねばならない」と強調。軍事政権が成立させた悪法(電気通信法)を廃止することなく存続させた。

 権力者になると、人はこんなに変わるものなのか?スーチーは、国内の少数民族の弾圧も続けている。人が信じられなくなった。

*****************

 朝日新聞によると、民主化勢力が政権を握ったミャンマーで、言論の自由が脅かされる懸念が出ている。アウンサンスーチー国家顧問率いる与党の政治家や軍首脳をネットで批判しただけで、逮捕されるケースが相次ぐ。

 ヤンゴン郊外のタクシー運転手の男性(37)が昨年11月、電気通信法違反(名誉毀損)の疑いで逮捕された。フェイスブックの投稿が、与党・国民民主連盟(NLD)の地元下院議員らの名誉を傷つけたとの容疑だった。

 警察に告発したのは、NLD地区組織幹部のチョーミョースエ氏(44)。男性の「私たちの議員は能力がなく、誠実さにも欠ける」との投稿が名誉毀損だとする。

 男性の妻(29)によると、男性はフェイスブックに政治や社会問題に関する批判をよく書き込んでいた。「民主化したので何を書いても大丈夫」と話していた。男性は保釈が認められず、勾留されたままだ。

スーチー氏も「自由には責任が伴わねばならない」と述べた。

 政権側が後ろ向きともとれる事件も起きている。NLD幹部でヤンゴン管区首席大臣のピョーミンテイン氏が昨年11月、自身を批判した地元紙大手の「イレブン・メディア」の社長と編集長を、この条項を使って2人は逮捕され、1月6日まで約2カ月間勾留された。


2. 中川隆[-6496] koaQ7Jey 2017年9月06日 12:29:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


あのスーチーが少数民族を弾圧、なぜ?どうして?
http://79516147.at.webry.info/201709/article_57.html
2017/09/06 05:49 

 信じていた人に「裏切られる」と落胆の度合いはそれだけ大きい。アウンサンスーチーは長年、軍事政権から厳しい弾圧を受けた。

 一時は生命の危機にまでささやかれた。世界が「スーチーを救え」と声を上げた。そして彼女は現在、軍事政権によってミャンマーと名称が変わったビルマの実力者となった。

 そんな「苦難を知る」スーチーが国内の少数民族を弾圧するなど予想だにしなかった。なぜだ!

*******************

朝日新聞が伝えた。

 ミャンマー西部ラカイン州で少数派イスラム教徒ロヒンギャへの人権侵害が報告されている問題で、アウンサンスーチー国家顧問が、国連人権理事会が派遣を予定している調査団に入国ビザを出さないよう指示した。

 国会で外務副大臣がロヒンギャ問題に答弁した中で「アウンサンスーチーは、我々は国連の調査団に協力しないと言っている。各国の大使館に調査団員にはビザを出さないよう命じる」と発言。外務省関係者によると、スーチーから同省に指示があり、大使館に一斉に知らせたという。

 昨年10月にロヒンギャの過激派とみられる武装集団が警察施設などを襲撃してから、ロヒンギャに対する人権侵害が国連などによって報告されている。ミャンマー政府も独自の調査をしているが、国連はこれが「不十分」として、調査団の派遣を決めていた。

 ミャンマー側は「これは国内問題だ」などと反発。スーチーは訪欧の際、調査団受け入れに「同意しない」などと発言していた。 


3. 2017年9月06日 12:31:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

山口貴志‏
@derneueengel

スーチーは何をしてるのかと思ったら、こんなことをしていたのか。この人の言った民主化とは、パパがつくった「我が」国を自分の手に取り戻す、ということだったのかな。

「ロヒンギャ問題調査団にビザ出すな」 スーチー氏指示


4. 2017年9月06日 12:32:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

デミアン ‎@boku_demian

「ロヒンギャ問題調査団にビザ出すな」 スーチー氏指示:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/ASK7154RDK71UHBI00W.html … これでは軍政の加担者と言わざるを得ない。せっかく国家顧問にまでなったのに、晩年を汚すことになる。極めて残念なことである。

18:09 - 2017年9月4日


5. 中川隆[-6487] koaQ7Jey 2017年9月07日 08:28:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017.09.07
日米が中国から航行の自由を奪うつもりの海域を避けてパイプライン建設のミャンマーでも米は工作

現在、アメリカ支配層はロシアと中国の封じ込めに躍起である。1991年12月にソ連が消滅、ロシアは傀儡のボリス・エリツィンを大統領に据えて属国化、中国は1980年代からエリート層を懐柔しているつもりで、残された「雑魚」を潰していけば良いとネオコンは考えた。​国務次官だったポール・ウォルフォウィッツが1991年、シリア、イラン、イラクを殲滅すると口にした​のは、そうした理由からだ。そうした計画を1992年2月、ウォルフォウィッツたちは国防総省のDPG草案という形で文書化した。

2003年にアメリカはイラクを先制攻撃してサダム・フセイン体制を倒し、リビアやシリアはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を主力とする傭兵集団を侵略軍として送り込んでいる。アル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)だ。

この計画を狂わせたのがロシアのウラジミル・プーチン。アメリカの属国担ったはずのロシアを再独立させ、国力も回復させてしまったのである。そのロシアをもう一度つぶすためにウクライナでネオナチを使ったクーデターを実行、原油相場を急落させて経済的に圧力を加えようとしたのだが、クーデターでクリミアを制圧することに失敗、ロシアと中国を戦略的同盟国にしてしまった。原油相場の急落はアメリカと同盟関係にあるサウジアラビアを苦境に陥れ、アメリカのシェール・ガス/オイル業界にも大きなダメージを与えることになった。

封じ込めの一環として、アメリカの属国である日本はインドを巻き込んでAAGC(アジア・アフリカ成長回廊)を打ち出し、中国が打ち出している一帯一路(陸のシルクロードと海のシルクロード)に対抗しようとしている。インドのナレンドラ・モディ首相はイスラエルとも緊密な関係にある人物で、アメリカの計画に乗ったのだろうが、その一方でインドはロシアや中国と同じBRICSの一員。今年5月末にモディは一帯一路を拒否する意思を示したが、これはBRICSからの離脱にもつながる発言で、実現は容易でない。

海のシルクロードの出発点は南シナ海。だからこそ、アメリカや日本はその海域における中国の自由な航行を妨害するため、軍事的な緊張を強めてきた。朝鮮半島の軍事的緊張もロシアや中国の経済戦略を潰すことが目的のひとつだろう。中東/北アフリカやウクライナのように戦乱で破壊と殺戮の地になれば、ロシアや中国を苦しめることになる。

それに対し、中国は南シナ海やマラッカ海峡を通過せずに石油を輸送するため、ミャンマーにパイプラインを建設した。その契約は軍事政権の時代、2005年に結んでいる。その軍事政権を倒すために行われた「サフラン革命」は2007年に始まっている。この「革命」はアメリカやイギリスの支援を受け、CIAの資金を扱っているNEDからも資金が流れ込んでいた。

この時の主力になった仏教徒はイスラム教徒のロヒンギャを差別、革命で実権を握ってからロヒンギャの集落を襲撃して多くの住民を殺害している。かつてシオニストがパレスチナで行ったように、虐殺で恐怖心を煽り、国外へ逃げ出すように仕向けているとも見られている。実際、​今年1月までに6万5000人がバングラデシュ、マレーシア、インドネシア、タイなどへ難民として出国​している。

襲撃したグループのリーダーはウィラトゥなる人物で、「ビルマのビン・ラディン」とも呼ばれている。その集団はアウンサンスーチーを支持している「民主化運動」の活動家たちでもあり、ミャンマーの最高権力者、人によっては独裁者と呼ぶアウンサンスーチーは虐殺を容認してきた。

このロヒンギャにも魔の手は伸びている。サウジアラビアがワッハーブ派の広めてきた。パキスタンも協力しているようだ。アウンサンスーチー派による弾圧はロヒンギャへ憎しみの種をまくことになり、戦闘員を集めやすくする。勿論、アメリカとサウジアラビアは同盟関係にあり、中東や北アフリカではこの2カ国とイスラエルが中心になって戦乱を広めてきた。ミャンマーもそうならないとは言えない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201709070000/


6. 中川隆[-6408] koaQ7Jey 2017年9月12日 17:31:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


2017年9月12日 / 15:35
特別リポート:拡大するロヒンギャ武装勢力、ミャンマー混沌の裏側


[ヤンゴン 7日 ロイター] - ミャンマー北西部の紛争について約1年に及ぶ調査を終えたアナン前国連事務総長は先月24日、イスラム系少数民族ロヒンギャ武装勢力の暴動に対する同国治安部隊による過剰な軍事報復は、両者の対立をいっそう悪化させるだけだと警告した。

この警告のわずか3時間後、同日午後8時過ぎに、ロヒンギャ反体制勢力の指導者アタ・ウラー氏は、支持者に対し、武器として使える金属製品をもって、人里離れたマユ山の麓に向かうよう促した。

夜半過ぎ、寄せ集めのロヒンギャ武装勢力が、国内最大都市ヤンゴンから600キロ北西の地域で、ナイフやこん棒、小火器や原始的な爆発物を使い、警察の拠点30カ所と軍基地1カ所を襲撃した。

「200─300人が出撃すれば、50人は命を落とすだろう。神のご意志で、残りの150人はナイフで彼らを殺すことができる」。アタ・ウラー氏は、別の音声メッセージで支持者にそう語りかけた。このメッセージは、襲撃時刻の前後に携帯電話のメッセージアプリで流れ、その後ロイターは録音された同メッセージを確認した。

アタ・ウラー氏率いる「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」による今回の襲撃は、これまでの最大規模となった。

このグループが初めて登場した昨年10月には、約400人の戦闘員が動員されたとミャンマー政府は推定しており、その時の襲撃対象は警察の国境検問所3カ所だけだった。今回の襲撃には最大6500人が参加した、とミャンマー軍は推測している。

昨年10月の襲撃後に行われたミャンマー軍による弾圧に刺激されたロヒンギャの若者多数が、ARSAの支持に回った。そのため同組織は以前と比べはるかに大規模な襲撃を仕掛ける能力を得たという。ロヒンギャ、ラカイン州住民、治安部隊隊員、現地の行政官など10数人に対するロイターの取材で明らかになった。

10月の苛酷な報復は、軍部隊が複数の村を焼き払い、民間人に対して殺害や強姦を行ったという疑惑に発展している。

民族対立の深まるラカイン州の危機は、ミャンマーの指導者アウン・サン・スー・チー氏が抱える最大の試練と化している。この問題におけるスー・チー氏の対応は、民主化の旗手として彼女をこれまで支持してきた西側諸国の人々を幻滅させている。

国連のグテレス事務総長は5日、ミャンマー当局に対し、ロヒンギャのムスリムに対する暴力を止めるよう要請し、民族浄化や人道的危機、そして地域の不安定化を引き起こす可能性があると警告した。

数世代にわたってアパルトヘイト(人種隔離政策)に近い条件の下で暮らしているムスリム少数民族の不満に、スー・チー氏が対応できなかったことによって、彼らの間で武装勢力に対する支持が高まっている、とロヒンギャの指導者や複数の政策アナリストは指摘する。

<本格的な反撃>

まだ駆け出しのロヒンギャ武装勢力は、何十もの村々にまたがる下部組織で構成されるネットワークへと変身し、幅広い攻勢を仕掛ける能力を有するまでに至っている。

ミャンマー政府はARSAをテロ組織と認定。また、ARSAが当局への内通を防ぐためにムスリムの民間人を殺害しており、ロヒンギャの複数の村々を焼き払ったと非難しているが、同グループはこうした疑惑を否定している。

同組織による最新の襲撃は、政府側からの本格的な反撃を招き、ミャンマー軍によれば、反体制派の約400人が殺害され、治安部隊側にも13人の死者が出たという。

ロヒンギャの村民と人権団体関係者は、軍が無差別に村落を攻撃し、家屋に火を放っていると主張する。一方、ミャンマー政府側は、合法的な対テロ作戦を実施しており、部隊には民間人を傷つけないよう命令が出ているとしている。

先月25日以降、数十万人のロヒンギャが隣国バングラデシュに逃れており、人道上の危機発生に対する懸念が高まっている。ムスリム以外の村民約2万6750人も、ミャンマー国内の別地域に移動させられている。

スー・チー氏は、アナン氏が率いる国連諮問委員会による、ロヒンギャの統合推進を求める勧告を受け入れると発言。その一方で、同氏は以前、ミャンマーの民族的な複雑さを理解するよう訴えていた。

スー・チー氏は6日発表した声明で、「テロリスト」がラカイン州における紛争について「膨大な虚偽情報」を流していると批判。だが、国外に逃れたロヒンギャについては何の言及もなかった。

<「人間らしい生活ではない」>

ARSAの指導者アタ・ウラー氏は3月、同グループの誕生は、2012年のラカイン州で起きた仏教徒・ムスリムのコミュニティー同士の暴力的衝突と関係している、とロイターに語った。この衝突で200人近くが殺され、ロヒンギャを中心とする14万人が住居を失った。

「夜間に明かりをつけることもできない。日中に別の場所に移動することも無理だ」。これまで未公開だった発言のなかで、ウラー氏はロヒンギャ住民の行動や移動に、そうした制約が課せられていることをロイターに明かした。

「すべての出口や入口、至るところに検問所がある。これは人間らしい生活ではない」と語った。

数十年にわたる軍政が終わり、スー・チー氏のもとで新たな自由を享受しているミャンマーだが、ムスリムの少数民族ははますます無用のものとして扱われている、とラカイン州北部にいるロヒンギャ社会のコミュニティーリーダーは指摘する。昨年の軍による掃討作戦以降、反体制勢力への支持は増しているという。

「治安部隊がわれわれの村に来たとき、村民は皆、彼らに謝罪し、家を焼かないでくれと懇願した。だが治安部隊は、その要請をした村民たちを撃った」と彼は言う。

「慈悲を乞うたにもかかわらず、目の前で息子たちを殺され、娘や姉妹を強姦されたことで、人々は苦しんでいる。そのことを絶えず思い出さずにはいられない。死のうが生きようが、戦いたいと願っている」

ロイターは村民たちの主張を、独自に確認できなかった。

元軍情報部トップのミン・スエ副大統領が8月取りまとめた政府調査では、軍による昨年の掃討作戦中に人道犯罪や民族浄化があったとの告発を退けている。

<下部組織のネットワーク>

ARSAは昨年10月以来、ラカイン州の数十の村に下部組織を創設しており、これを拠点に現地の活動家がさらに参加者を募っている、と村民や警察官は指摘する。

「コミュニティーのなかで、人々は思いを共有し、言葉を交わし、他地域の友人や知人にもそれを伝えている。こうして、ARSAは爆発的に拡大した」とロヒンギャ社会のコミュニティーリーダーは語る。

州北部ブティダウンにあるKyee Knoke Thee村の長老Rohi Mullarah氏によれば、ARSA指導者は「WhatApp」や「WeChat」といったアプリを使って定期的かつ頻繁に支持者に対してメッセージを送っている。

自由と人権のために戦うよう彼らを励まし、政府軍の多い地域に入って逮捕されるリスクを負わずに、多くの人々を動員できるようにしているという。

「彼らは主に、村民に携帯メッセージを送っており、人々をどこかに連れ回したりはしない」とこの長老は言う。彼自身の村は反乱には加わらず、村の入口には、武装勢力が村民の参加を募ろうとすれば村民から攻撃される、という趣旨の警告が掲示されている。

ロヒンギャの長老の多くは数十年にわたって暴力を否定し、政府との対話を求めてきた。ARSAは、不満を抱いている若い男性を中心に若干の影響力を持つようになっているとはいえ、こうした長老の多くは同グループの暴力的な戦術を批判している。

<テロ作戦>

ここ数カ月、ラカイン州では地元行政官や政府への情報提供者、村長などの殺害が報告されており、武装勢力が、自分たちの活動に関する情報が治安部隊に漏えいすることを防ぐために残虐な戦術を採用しつつあるのではないかという憶測につながっている。

ラカイン州警察トップのセイン・ルイン氏は、「恐怖を植え付けることで政府への情報提供を遮断し、地域を支配した」と非難する。

ラカイン州北部での作戦に直接関与している軍関係者によれば、ARSAの計画に関する情報を入手することが、以前よりもはるかに難しくなっているという。これによって、一部の地域では「政府の機能が停止」いるという。「そのような場所にあえて留まろうとする政府職員はいないからだ」とこの軍関係者は語る。

州北部ブティダウン地区のある村長は、武装勢力から数回にわたって連絡を受け、村の若者を何人か訓練に参加させるよう要求されたが、断ったという。

「身を守るため、ときには警察署や地元行政官の家で寝させてもらわざるを得なかった」とこの村長は語った。

<密告>

武装勢力による情報遮断はおおむね成功しているが、軍関係者によれば、8月25日の襲撃がミャンマー治安部隊により大きな損害を与えずに済んだのは、ある情報提供者による密告だったという。

前日24日の夜、アタ・ウラー氏の部下たちがジャングル地帯に向かってから約1時間後、軍はロヒンギャの情報提供者から、襲撃が迫っているという合図を受けたという。

午後9時時点でのメッセージでは、複数の襲撃が迫っていると伝えられたが、どこが襲撃されるかは特定されていなかった。だがこの警告で十分だった。軍関係者によれば、治安部隊はいくつかの部隊をより大規模な拠点に退避させ、戦略的な地点を強化することで、政府側の多くの命を救ったという。

武装勢力による襲撃は午前1時前後から夜明けにかけて数波にわたって行われた。襲撃はもっぱら、昨年10月にもアタ・ウラー氏が3回の襲撃を行ったマウンドー地区で起きたが、今回は襲撃地点の北端から南端までの距離が100キロに及んでいた。またロヒンギャ武装勢力は、隣接するブティダウン地区北部も襲撃し、軍基地を攻撃しようという大胆な試みもあった。

「地理的にこれほど広い範囲で襲撃があるとは驚いた。地域全体が動揺した」と軍関係者は語った。


7. 中川隆[-6407] koaQ7Jey 2017年9月12日 17:34:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

8月25日にミャンマー・ラカイン州でムスリム武装勢力が多数の警察施設を襲撃したのを機に、治安部隊や警察からの暴力を逃れて約29万4000人のムスリム系少数民族ロヒンギャが隣国バングラデシュへ避難した。

ミャンマーによる「民族浄化」だという非難の声が高まるなか、実質的指導者でノーベル平和賞受賞者のアウンサンスーチー氏への批判も高まっている。

ノーベル賞を取り上げるべきだという署名も始まり、他の平和賞受賞者も対応を求めているが、アウンサンスーチー氏はBBCの取材に対して「民族浄化という表現は強すぎる」と述べた。


8. 中川隆[-6422] koaQ7Jey 2017年9月26日 19:43:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ロヒンギャ迫害は「平和賞の死」=スー・チー氏非難−イラン最高指導者

12日、テヘランで演説するイランの最高指導者ハメネイ師(AFP=時事)

 【テヘランAFP=時事】イランの最高指導者ハメネイ師は12日、テヘランで演説し、ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャの迫害について「ノーベル平和賞の死だ」と述べ、同賞受賞のアウン・サン・スー・チー国家顧問を痛烈に批判した。


ロヒンギャ問題平和解決を=スー・チー氏に書簡−ダライ・ラマ

 ハメネイ師は「平和賞を受賞した無慈悲な女性を頂点とする無慈悲な政府が、罪のない人々を殺害し、国から追い出し、何の具体策も講じていない」と主張。「イスラム教国が政治、経済的な圧力を与えるべきだ」と述べ、イスラム協力機構(OIC)に会議の招集を呼び掛けた。

 ミャンマーのロヒンギャ迫害問題をめぐっては、ゼイド国連人権高等弁務官が「民族浄化の典型例だ」と非難。スー・チー氏に対する国際的な批判が高まっている。(2017/09/13-05:55)


9. 中川隆[-6421] koaQ7Jey 2017年9月26日 20:27:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ロヒンギャ大虐殺 ミャンマー独立の爪痕 2017/09/26
http://turezurebana2009.blog62.fc2.com/blog-entry-149.html

今世紀、人類はここまで堕ちた

いまミャンマーの西海岸地域でおこる大虐殺を、例の如く国際情勢の圏外に位置する日本列島では知る由も無いかもしれない。しかしどうか直視していただきたい。なぜならこの虐殺の一端を担ってしまった我が国の一員にはその義務がある。ミャンマーのアラカン州に古くから居住するイスラム教民族・ロヒンギャ族に対し民族浄化とも呼べる残虐行為が日々行われており、世界市民がその実態を知ることをメディアは必死に妨げている。

掠奪、強姦、機関銃掃射、怪我人の横たわる家屋に火を放ち、墓地を陵辱し、今日までに3千人を超える罪無き人々が命を奪われ、40万人を超える罪なき人々が家と家族を焼かれ片目両腕を無くして難民となった。雨季にさしかかった今月末、彼らは隣接するバングラディシュとの国境であるネフ河を自力で渡る。増水した河は彼らの僅かな食糧を飲み込む。そして幼児の溺死、悪条件に耐え切れず息を引き取る妊婦や怪我人。神よ、どうか彼らを助け、安住の地を与え給え。

     アラカン
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この虐殺の実行犯はミャンマー国防軍治安部隊、そしてアラカン仏教徒(Rakhine-Magh)の僧侶からなる武装集団である。

注:報道等で「ラカイン(RAKHINE)」と表現されるのは「アラカン(ARAKAN)」の現地の発音を英語で表記されたものであり、両者は同一の地名である。

近代以前

ミャンマー。かつてビルマと呼ばれていたこの国を、「ビルマの竪琴」の影響か純然たる仏教国とする思い込みも薄くは無いはずだ。しかしミャンマー北西部に位置し地図の上でラカイン=アラカンと書かれるこの地にはイスラム教徒がその以前から国を築き営んでいた。

アラブ人商人に連れられた最初のムスリム集団が10世紀までにこの地に定住した。彼らは自らを称した名称こそがロヒンギャであった。同じ頃に仏教徒のチベット系ビルマ人も東インドのMAGHADA地方からこの地に移住する。彼ら仏教徒はマグと自称し、先住民、またロヒンギャ族とともにこの地の構成員となる。アラカンは1407年ビルマ王の侵略を受ける。アラカン王は一族と共にムガール帝国の属州であったベンガルに逃れ20数年に亘りベンガル太守の庇護を受けるうちイスラームに帰依した。

1430年、ベンガル太守の助けによりアラカンのビルマ勢力は駆逐されそこにアラカン-イスラム王国を建国、1784年にビルマ王国からふたたび侵略を受けるまでの350年にわたりこの地域を統治した。ビルマ占領下の1824年、英国とビルマが開戦しその結果アラカンは英国植民地の一部となる。イスラム圏、仏教圏を無視(或いは綿密に計算)した国境線が英国によって引かれビルマという国が成立したのは近代以降である。

パイプラインとアラカン

現在アラカンはミャンマーを区分する七つの州のひとつで、ここにはおよそ百万人のイスラム教徒が居住している。いや、していた。治安部隊とマグ族仏教徒によるムスリムへの迫害は2013年から激化が始まり、とくに今年2017年の8月以降は地獄と化した。

迫害政策の直接の原因はアラカンの戦略的立地条件である。

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アラカンは東南アジアのベンガル湾に面する南北500kmに渡る海岸線を持つ。中東に端を発しインド洋を渡り中国の雲南省に至る天然ガスと石油の二本のパイプラインがこのアラカン州を横切る形で2010年にその建設が始まった。すると同州は国防軍の管理下に置かれ軍用地同然の警備体制が布かれた。これはアラカンの住民が国防軍によって全ての権利を剥奪されたことを意味する。


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パイプライン建設の警備とはいえ異常なまでの厳戒体制が取れられた背景として、アラカンのムスリムたちの土地には豊かな資源が埋蔵されていることが以前から囁かれており、そして2004年の調査の結果160兆㎥超の天然ガスと32億バレル相当の石油、金額にして七百五十億ドル相当の地下資源が存在すると判明したことが挙げられる。警備区域の侵犯を口実に地域住民であるムスリムたちが見せしめの如く頻繁に射殺されていった。つまり地域占領の本当の目的は埋蔵された地下資源の利権である。目的はどうあれ国防軍治安部隊とマグ族仏教徒によるその手口は婦女暴行や放火、子の目の前で親を射殺するという目も当てられない残忍さであり、しかもこれはここ数年の事件ではなく1941年から繰り返されていたことを我々は知りえなかった。

ミャンマー アラカン州埋蔵地下資源調査結果および試算(PDF)

ビルマ対英独立運動の爪痕

仏教の僧侶が武器を手に狼藉を働くのは実に想像しにくい。しかし室町の頃の日本でも僧兵というテロ組織が活動していたこと思い出しつつ、暴力を教義の上で禁じられた仏教の僧とて一つ間違えれば暴徒と化すことを認めなければならない。
ロヒンギャ族とマグ族は互いに信仰が異なうがそれだけでは一方が他方の民族浄化を標榜した殺戮の理由にはならない。しかしそこに第三の力が介入すればその関係をどのようにでも操作できる。両者の関係が悪化したきっかけは1930年初頭にはじまったビルマ対英独立である。独立運動の旗手であったタキン党がアラカン地域のマグ族と接触し多くの党員を確保したあたりから様相は一変し、そして最初の虐殺は1941年日本軍のビルマ侵攻の直後に行われた。それ以前の虐殺はロヒンギャ側の記録にも記憶にも残っていない。


19世紀末、英国との戦争に敗北したビルマはイギリス領インドに編入されインド総督下の副総督による統治がはじまった。人を人と思わぬその専横ぶりに統治民たちの不満が募る中、20世紀前半にはじまる対英独立運動は次第にその勢力を拡大、1930年にアウンサン・スー・チーの父であるアウンサンが学生を中心とするタキン党に参加し更なる運動が広まる。そしてとうとう総督府の撤退が決定、1937年にアラカンはビルマと共に植民地から自治区へと移行する。しかし、ビルマのその後の統治について協議がなされたロンドン円卓会議にはマグ族仏教徒の代表とビルマ全土に分散したインド系ムスリムが招待されたのに対しアラカンのムスリムはひとりとて招かれなかった。そしてその際、ラカイン州の自治をマグ族仏教徒に託すという無体な採択が取られた。

現地民の信仰の違いを撤退後も地域を背後から操作するための起爆剤として利用するというおなじみ英国流の政治手法である。タキン党はアラカン地域の勢力を掌握するためにかつてからマグ族仏教徒と手を結んでいたのである。もちろん英国の入れ知恵である。こうしてアラカン自治政府の構成員は反ムスリムのマグ族タキン党員で満たされる。日中戦争のさなか水平線に第二次世界大戦が白み始めた頃である。日本軍は英米による中国支援の道を阻むためにビルマ攻略を標榜、独立運動を支援して反英闘争への発展を画策、運動家たちを海外に脱出させ軍事訓練等の支援をおこなった。アウンサンもその運動家の一人であった。
                
                   日本潜伏中のアウンサン

1941年ヤンゴンが、翌年にアクヤブが日本軍の空爆を受けるとビルマに駐留していた英国軍は英国領インドに撤退した。その折にアラカン自治区の全権をタキン党マグ族に委託した英国駐留軍は武器弾薬をも置き去りにし、そのすべてがマグ族の手に渡ってしまう。そして1942年、英国製の兵器で武装した僧侶も含むマグ族自治団の手によりロヒンギャ族に対する大虐殺が行われた。10万人の死者、50万人の怪我人、294もの村が消滅、故郷を後にせざるを得ない8万人がバングラディシュに逃げ堕ちた。当時英国は統治国としての責任範囲の外にいた。また新たな占領国である日本も一切関知しなかった。しかしロヒンギャ族は激しい抵抗をみせて遂にアラカンを奪還、ふたたびこの地に生きる基盤を築いた。
         

            ナフ河を越えてバングラディシュに逃れるロヒンギャ族

1943年日本の後見でビルマ国が建国される。しかし翌年には日本の敗色がいよいよ濃厚になるとアウンサンを指揮官とする国民軍、タキン党を前身とする共産党などが連携して英国に寝返り、日本の指揮下にあるビルマ政府に対しクーデターを起こす。連合軍はそれに乗じて侵攻してビルマを日本から奪回し再度植民地とし、そのまま終戦を迎えた。英国は大戦で連合軍側についた植民地に独立を約束していたが、日本と協調したビルマに対しては様々な条件を出して独立を先送りにした。アウンサンはその間、やがては実現する独立の後に自らが率いるAFPFL(反ファシスト人民自由連盟)による一党支配の実現のための準備に奔走、ビルマ人以外の各地の少数民族に団結を説いて回った。姑息なアウンサンとの協調には何の希望も持てないロヒンギャはAFPFLへの加入を拒否する。大戦の折にロヒンギャ族は連合軍側に立ち英兵と行動を共にしていたのである。いうなれば戦後の独立を約束された立場にあった。それを英国側に主張しあくまで自治権を求めた。

そして1947年ビルマの将来を構想するための国民会議がアウンサン主催で開かれるが、ロヒンギャはまたしても意図的に招待されず、自治権はおろかビルマ人とは歴史を異にする民族としての認定すら得られなかった。
英国と日本の両方を利用し、また利用されたアウンサンらの処刑を経て1948年ビルマ全土の独立が実現、アラカンを内包する現在の国境線が引かれる。

        
            現在のマグ族仏教徒武装集団の頭目Ashin Wirathu

血染めの衣を着る僧侶

英国の撤退を機にアラカンの警察権はふたたびマグ族仏教徒の手に渡り、当然の如くロヒンギャ・ムスリムへの殺戮が始まった。数で評価するべきことではないが1万人が命を奪われ、そして5万人がこの時点までに独立を果たしていたパキスタンへと亡命した。残ったロヒンギャたちは再び武装し仏教勢力と対峙、そして押し戻した。もとより大義名分の欠如したマグ族とそれを影で援助する政権にとってこれ以上の衝突は害があっても益が無いとの決断から、政権はロヒンギャに対してマグ族との和解と国政への加入を持ちかけた。ロヒンギャとしてもこれ以上の流血は回避せねばならない、しかしひとかけらも信頼をおけぬ連中との協力はそれこそ身を滅ぼしかねないと葛藤するうち共同体内の意見に一致が見られぬようになりそのまま弱体化していった。一方で政権はマグ族に対し民族間対立の「凍結」を指示、この不気味な静けさの中、次なる受難が近づいていた。


焼失した村
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1962年、軍部によりクーデターが決行される。軍が国の全権を掌握するや否や、アラカンのムスリムを反政府分子とする虚言を盾に彼らの権利の縮小が決行される。また軍から派遣された治安部隊による謂れのない暴力や恐喝、投獄は日を追って増し、それに勇気付けられたマグ族仏教徒は昔を懐かしむが如くロヒンギャたちに危害を加えるようになった。

数年おきに大量のロヒンギャ難民がおしよせるバングラディシュも事態を苦慮していた。ビルマ軍事政権は国境付近に避難したロヒンギャ難民をバングラディッシュからの不法入国者と主張しビルマ国籍を否定、彼らを無国籍状態におとしめた。人としても同じムスリムとしても難民たちを見殺しにできないが彼らを抱えるだけの国力もないバングラディシュの指導者はビルマ軍事政権に対し、ロヒンギャ難民をアラカンに帰国させない限りはカダフィーがリビアから部隊を差し向けアラカンでゲリラ活動を開始すると脅し、青くなったビルマ政府は早急に難民を召還した。しかし帰国したおよそ二十万人の難民たちにビルマの国籍を認めることはなく国民外と認定、事実上の無国籍である。

今現在もしつこく継続されるロヒンギャへの虐待と虐殺が国際社会から追及されるたびビルマにはロヒンギャと呼ばれる民族など存在しないことを主張し、国境地帯で逃亡生活をする人々をあくまで不法入国者と言い切り、国連の調査団はと言えば「ああそうですか」とばかりにミャンマーの言うがままの調査報告書を作成し帰っていくのである。そこらの市役所以下の仕事ぶりである。
        
        イスラムホビックのまねごとをする血気盛んな坊主ども

きりがない。つまりロヒンギャ・ムスリムたちは絶え間なく交代する国家権力者にそのつど政治的迫害を受け、千年前から同じ土地に住むマグ族仏教徒からは物理的迫害を受け続けているのである。しかしこれはあくまで表皮でしかない。その内側の構造を端的に言えばマグ族仏教徒とは胸中の憎悪を刺激されればいつでも噛み付くように洗脳された集団であり、英国総督府にはじまり今日のミャンマー政府に至るまでの歴代の政権はアラカンからロヒンギャを一掃することを自らに義務化した集団であり、もしこの歴代政権が全て大英帝国の傀儡であると仮定すれば(べつに断言してもかまわないのだが)長期にわたりアラカンのロヒンギャ・ムスリムを虐待したがっているのは大英帝国だということになる。

新たな資源戦争

実はビルマは1853年以来の世界の最も古い石油輸出国(英国植民地となった直後)である。そして2004年にアラカン州に石油が埋蔵されていることが判明すると中国はその購入を希望、マラッカ海峡を経由する従来の海路交通ではなく、アラカンからのパイプラインで直接輸入することを条件とした。2010年に開始されたパイプライン建設は2013年に完了、そして供給が始まった。アラカンの西海岸は資源運輸にとって少ない投資で高い利潤を得る上で絶好の条件を備えている。中東から海路で運ばれた資源をアジア全域に行き渡らせ、またミャンマーで採掘された資源を精製し輸出、海路・陸路、長い海岸線と穏やかな海、欧米の言いなりになる政府、これ以上の立地条件はそうはない。そうなると世界の石油業界はそこに群がる。これに投資する業者の面子はといえば、BP、BG、シェル、トータル、シェブロン、アラムコ(サウジ)・・・

またか、としか言いようがないのだが、アラカンの虐殺が世界のメディアから無視され続けていたのはこのためである。しかしそう括って諦めてはアラカンの人々の傷つく魂を癒すことはできない。それどころか更なる殺戮に対し目を背けることになる。人の子としてそれは許されないはずである。

一部の見解によればアラカンの無人化を率先しているのはサウジアラビアで、理由は資源輸出入の拠点にすることと同時に肥沃なこの地域を自国の食糧供給に寄与する形で再計画するためだという。なさそうな話でもないが、ウラン濃縮施設でもあるまいし農地計画に無人化の必要はないだろう、ましてや労働力が必要な農業にサウジ国民が出稼ぎに来るわけもなく、それでいて人払いとは何やら胡散臭い。今年(2017年)から急にロヒンギャ問題に世界の目が向けられるようになったのもアラブ人のアラカン進出が糞面白くない英国が無人化のための虐殺という罪の衣をサウジに着せるため虚偽混じりの情報公開を始めたとも考えられる。


意図的な誤報、またの名は虚偽

ロヒンギャ虐殺に関していま日本語で読める情報は非常に限られており、その元に間なる記事も海外の主だったニュースの英語版がせいぜいである。つまり日本列島に住む日本人はAPやロイターの書いた出任せのあらすじの日本語訳の書き損じのコピーを読まされている。ましてや○○大学の××教授による論評云々や某多極化説などは一体どうすればこんな嘘八百がかけるのだろうかと情けなくなるものが殆どである。こうして時を追うごとに情報は混乱し、事態は全く理解されないまま忘却されて行くのである。ロヒンギャ虐殺に関する幾つかの英語の報道に悪質な嘘が密かに記されていることをここに記しておきたい。 

NIKKEI ASIAN REVIW

ここには本稿で繰り返し殺戮者として表記したマグ族仏教徒(RAKHINE MAGH)をシーア派イスラム教徒にすり替えて記載されている。つまりロヒンギャ虐殺問題をスンニー・シーア対立の結果として扱おうとしているのである。卑怯を超えて姑息といえる。

この虚偽の目的は実は歴然としている。現在イスラム諸国の軍事力と経済力を少しでも削ぐことに血道を上げている欧米は、それをもっとも効率よく実現させるための戦略としてスンニーとシーアを衝突させることを常に目論んでいる。事あるごとに領宗派を刺激し、憎悪の念を呼び覚まし、過ちを犯すのを待つ。

国と呼べないミャンマー

本稿を通してビルマあるいはミャンマーという国をかなり批判した。しかしアウンサンの寝返りといい、軍事政権の意識の低さといい、まともな政治家を輩出できない国民といい、それ以前に民族浄化とも言える虐殺を平気で行うような国に国という称号などふさわしくないことは明らかである。

今ロヒンギャ虐殺問題に為す術を持たないアウンサン・スー・チーには批判と同情の両方が寄せられている。中国と欧米に挟まれ動きが取れないのは理解できる。しかし立場が苦しいのはアジアのどの国も五十歩百歩であり、ましてやミャンマーには資源という強味を生かす機会がまだ残っている。私腹を肥やして保身に勤しむことをやめなければ政治などありえない。しかしこの国は軍事政権時代から資源輸出の利益の着服が横行し、スーチー氏自身も2016年新政府発足当初、国家顧問と兼任する形でエネルギー相を勤め僅か三月で謎のポスト返上をしている。彼女に贈られたノーベル平和賞は欧米の対中エネルギー政策の飛車角的存在である彼女への報酬でしかなく、明らかな虐待に目をつぶり外に対してはそれを否定すると言う態度は人々が平和なる言葉に抱く幻想を捨てて我にかえるための格好の材料である。今後も元首として国の矢面に立つのであれば討ち死に覚悟で戦うべきであり、できないならばさっさと退陣し回顧録でも書けばよい。


日本のすべきことは何か

日本人の耳に「戦争責任」と囁けば頭に血がのぼり右か左に転んでしまう。ドイツ人に「ホロコースト」と言ってみても同じことが起こる。

日本軍のビルマ侵攻の際、英国勢力の排除のために独立運動に加勢したことは戦略の上では効果があったが、多民族国家の抱える複雑な事情を考慮に入れず、まして自治権の発生と共におこった民族浄化政策を見てみぬふりで通したなどは人として許されることではなく、すでに地に落ちて血にまみれた大戦の大儀を美談で覆ったところで覆い尽くせる訳がない。右翼の皆様の口癖でもある「日本はアジアの独立に貢献」とは所詮この程度のものであり、独立国としての資質のない地域を無理やり独立させていまだに父親顔をしているに過ぎない。父親であれば幼い我が子に刃物を預けはしないだろう。
               


今の日本政府がロヒンギャ問題に言及しないのは国民が知らないであろうこの疾しい過去を今さら知られたくないからである。さらに言えばロヒンギャと同じ運命を辿り戦後六十年を経た今も苦しみ続ける民族がほかにいくつも存在するはずである。それを報告書にまとめて政府の横っ面を叩き外交の舵を引っ張ることこそ左翼の皆様の仕事であるはずなのに護憲だの反戦だのとわめき散らすばかりで何の役にも立っていない。職務怠慢である。

日本人はまず事実を知ることからはじめなければならない。知れば良心が見ぬふりを許さないはずである。見れば何をすべきかはおのずと導き出されるはずである。このままでは原爆投下や東京大空襲を知らぬ存ぜぬで通されても返す言葉がない。

本稿は掲載を急いだため無感情に事実関係のみを記すに限った。シリア、パレスチナ、イラクなどの諸地域を含めての考察は次号に続けたい。


10. 中川隆[-6413] koaQ7Jey 2017年9月27日 22:34:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

過激な仏教僧の集団、ロヒンギャ難民の保護施設を襲撃 スリランカ :タイで大規模人身売買、元タイ軍高官ら62人に有罪判決
http://www.asyura2.com/17/kokusai20/msg/706.html

 

件名:過激な仏教僧の集団、ロヒンギャ難民の保護施設を襲撃 スリランカ
日時:20170927
媒体:AFPBB News
出所:http://www.afpbb.com/articles/-/3144489
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過激な仏教僧の集団、ロヒンギャ難民の保護施設を襲撃 スリランカ


【9月27日 AFP】スリランカの最大都市コロンボ(Colombo)近郊で26日、国連(UN)がイスラム系少数民族ロヒンギャ(Rohingya)の難民のために用意した保護施設を過激な仏教僧らの集団が襲撃する事件が発生した。当局はロヒンギャ難民の移動を余儀なくされている。

 地元警察によると、サフラン色の僧衣を着た仏教僧らが率いる暴徒は、首都近郊のマウントラビニア(Mount Lavinia)にある保護施設の門を破壊して建物内に侵入。1階にあった家具をめちゃくちゃに破壊した。投石も行われ、おびえたロヒンギャ難民らは上層階に避難したという。

 この事件で警察官2人が負傷。施設内には子ども16人を含むロヒンギャ難民31人がいたが、死傷者は確認されていない。

 保護施設に侵入した仏教僧の一人は、自身が率いる過激派組織「シンハラ国民軍(Sinhale Jathika Balamuluwa)」が撮影した動画をSNSに投稿し、施設内にいた難民を「ミャンマーで仏教僧を殺害したロヒンギャのテロリストだ」と非難。組織への参加と保護施設の破壊を呼び掛けた。

 ロヒンギャ難民31人は約5か月前、スリランカ北方沖を船で漂流していたところを同国海軍によって発見・救助されていた。密入国請負業者の被害者とみられている。(c)AFP


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//memo

*元タイ軍高官ら62人に有罪判決 ロヒンギャ大規模人身売買 20170720
http://www.newsclip.be/article/2017/07/20/33620.html

:【タイ】マナット・タイ陸軍中将ら103人が、ミャンマーのイスラム教徒少数民族ロヒンギャなどに対する人身売買、殺人、性的暴行などの罪に問われた裁判で、一審のタイ刑事裁判所は19日、被告62人に有罪判決を下した。

 マナット中将は人身売買業者から1485万バーツの賄賂を受け取り便宜を図ったなどとして、禁錮27年の判決を受けた。

 タイ南部サトゥン県のパチュバン元県行政体長は人身売買などで禁錮75年を言い渡された。

 タイでは2015年4月末から5月上旬にかけ、マレーシア国境に近い南部のソンクラー県とサトゥン県の山中で、ロヒンギャの人身売買の拠点とみられるキャンプ跡地が70カ所以上みつかった。現場には木を組んでビニールシートをかけた建物や衣類などが残され、30人以上の遺体が埋められていた。人身売買の被害者数千人が収容され、このうち、病死したり、人身売買業者に殺害された人が遺棄されたとみられる。

 人身売買組織は、ロヒンギャなどをミャンマー、バングラデシュから陸路、海路でタイに密入国させ、タイ南部の収容キャンプを経由し、奴隷として漁船に売り払ったり、イスラム教徒が多いマレーシア、インドネシアに送り込むなどしていた。密入国の手数料をとっていたほか、キャンプに収容した被害者に追加の金を支払うよう脅し、暴行を加えるなどした。

 タイで取り締まりが本格化したことを受け、組織は証拠隠滅のため、キャンプを放棄し、被害者を置き去りにしたとみられる。タイ、マレーシア、インドネシアでは、2015年5月中旬に、人身売買組織が放棄したとみられるロヒンギャの密航船が相次いでみつかった。

 ロヒンギャはもともとミャンマー西部に居住していたが、1970年代後半から、ミャンマー政府による迫害と貧困を逃れ、数十万人が難民としてバングラデシュなどへ脱出した。2007年ごろからは、タイ、マレーシアに船で密入国を図るケースが増えた。タイ政府は、領海内に入ったロヒンギャの難民船を沖に曳航して置き去りにしたなどとして、欧米の人権保護団体やメディアから度々批判された。:


11. 中川隆[-6398] koaQ7Jey 2017年10月01日 09:01:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


アングル:軍のロヒンギャ迫害、医師が見た「レイプの傷痕」


[コックスバザール(バングラデシュ) 25日 ロイター] - この数週間でミャンマーからバングラデシュに逃れてきた約42万9000人のイスラム系少数民族ロヒンギャ難民の一部を治療した医師たちは、数多くの女性に性的暴行の証拠となる負傷を確認した。

国連臨床医など医療関係者によるこうした証言について、いくつかの事例はロイターが閲覧した医療記録でも裏付けられており、ロヒンギャ女性が繰り返し訴えている、ミャンマー軍によるセクシャル・ハラスメントから集団レイプに至るさまざまな告発に真実味を与えている。

ミャンマー当局者はこうした告発について、軍を中傷するための武装勢力のプロパガンダだと一蹴。軍は合法的な反乱鎮圧作戦を展開しており、民間人を保護するよう命令を受けていると擁護している。

ミャンマーの事実上の指導者アウン・サン・スー・チー氏の広報担当官Zaw Htay氏は、いかなる告発に関しても当局は調査を行うだろうと語る。「レイプ犠牲者の女性はわれわれに訴えるべきだ」と彼は言う。「われわれは完全な保護を与える。調査して、必要な措置をとる」

スー・チー氏自身は、昨年後半より明らかになった軍によるロヒンギャ女性に対する多数の性的暴行疑惑について、口を閉ざしている。

昨年10月、ロヒンギャ武装勢力が警察の国境検問所を初襲撃したことで、ミャンマー北西部のラカイン州における暴力的衝突が発生した。武装勢力は再び8月25日に検問所や軍の基地を襲撃。これがミャンマー軍による大規模な反撃の引き金となり、国際連合が「民族浄化」と呼ぶ事態を招いた。

ロイターは、バングラデシュのコックスバザール地区で医療や難民保護に携わる8人の関係者を取材した。彼らは8月末以来、25件以上のレイプ事件の被害者治療に従事したという。

医師たちは、患者に何が起きたのかについて厳密な確認を求めようとはしなかったが、多くの女性による供述や彼女らの身体的な症状には誤解しようのないパターンが見られたと語る。彼女らは一様に、加害者はミャンマー軍兵士だと話していたという。

国家の正規軍が犯したとされるレイプ事件は、扱いにくい問題であるだけに、国連の医師や援助機関が話題にすることは珍しいことだ。

<「非人道的な攻撃」>

バングラディシュのレダ難民キャンプに国際移住機関(IOM)が開設した診療所で働く医師は、軍が作戦を展開した昨年10−11月に性的暴行で負傷したと思われる女性数百人を治療したという。

同診療所の医療コーディネーターNiranta Kumar医師によれば、8月以降に流入した難民のあいだでは、レイプの報告は減っているものの、女性に対する「より激しい」暴行を示す傷が見られるという。

10月時点では、軍の掃討作戦はロヒンギャ男性が標的だと考えて村にとどまった女性が多かったが、今回は軍事行動の兆候が見られた時点で大半の女性が逃げ出した、と医療関係者は語る。

レダ診療所の医師たちはロイターに対し、患者の身元は伏せたまま3つのカルテを見せてくれた。1つは9月10日に治療を受けた20歳の女性のもので、その7日前にミャンマーで兵士にレイプされたと語っていたという。

手書きのメモによれば、兵士たちはレイプする前に「髪を引っ張り」、そして「銃を使って殴りつけた」と彼女は供述している。

こうした診察では、強引な性器挿入や殴打による負傷、あるいは女性器に意図的に切りつけたような切り傷が見受けられることが多い、と医師たちは語る。

「非常に強引な攻撃、非人道的な攻撃を示す傷痕が見られた」とIOMのTasnuba Nourin医師は言う。この女性には膣の裂傷、咬傷(こうしょう)、銃器を女性器に挿入したと見られる傷痕が見られた、とこの女性医師は語る。

新たに流入したロヒンギャ難民のなかで、同女性医師は、最近レイプされたと見られる女性を少なくとも5人治療したと述べ、いずれの症例でも、身体の傷は、患者による状況説明と整合していたと付け加えた。

<「氷山の一角」>

バングラディシュのウクヒア地区には、国連機関の支援のもとで同政府が運営する診療所が複数ある。その中心となる医療複合施設を率いるMisbah Uddin Ahmed医師は、女性医師の報告をもとに、レイプ被害者である女性19人の治療を行ったと語る。

「証拠としては、咬傷や膣の切傷などがある」とAhmed医師。9月14日だけでも、診療所の1つを訪れた6人の女性全員が、性的暴行を受けたと話していたという。「彼女ら全員が、やったのはミャンマー軍だと述べていた」

クツパロン難民キャンプに近い、これらの診療所の1つで働くIOM医師は、8月末にミャンマー国境を越えてきた女性が、少なくとも7人の兵士にレイプされたと語っていた、と証言する。

「彼女はひどく衰弱し、トラウマに苦しんでおり、診療所を訪れるのも辛かったと話していた」とこの医師は語った。「彼女は膣に裂傷があった」

この医師は、レイプされたと思われる女性19人のうち15人を治療したほか、身体的な暴行を受けた8人を診療したという。一部の患者には緊急避妊薬を投与し、エイズウイルス(HIV)感染リスクを低下させる処置と肝炎の予防接種を全員に行った。腕や背中のかみ傷、膣の切傷や裂傷、出血などの症状が見られたと同医師は語る。

コックスバザールの複数の援助機関がまとめた内部報告書には、8月28─31日の4日間だけで、49人に上る「性・ジェンダーに基づく暴力(SGBV)」による被害者が記録されている。SGBVは未遂を含むレイプ、性的虐待、精神的な虐待などを示す言葉であり、レイプ事件に関してのみ使われるという。上記以外の日に関して報告されたレイプ事件についてはデータ入手ができなかった。

援助機関による状況報告によれば、8月25日以降、350人以上がジェンダーに基づく暴力に関連する「救命治療」を受けているという。この報告書には、加害者についての言及はない。

コックスバザールで「国境なき医師団」の緊急医療コーディネーターを務めるケイト・ホワイト氏によれば、同医師団では8月25日以降、集団レイプと性的暴行を含む性・ジェンダーに基づく暴力の被害者を少なくとも23人治療したという。

「これは実際に発生しているであろう事例の氷山の一角にすぎない」とホワイト氏は言う。

<「武器としてのレイプ>

ロイターが最初にロヒンギャ女性の大規模なレイプ被害を報じたのは、10月にラカイン州北部で武装勢力による襲撃が発生してから数日以内のことだった。同様の報告は、1月にバングラデシュを訪れた国連の調査担当者の耳にも入っている。

国連事務総長による4月報告では、「(性的暴行は)ロヒンギャのコミュニティに屈辱と恐怖を与えるために組織的に行われているようだ」と述べている。

昨年権力の座に就く以前にスー・チー氏は、国内の無数の民族対立において、分断の手段としてレイプが用いられている、と述べていた。

「少数民族に恐怖を与え、国内を分断するために、軍隊がレイプを武器として使っている、というのが私の理解だ」。スー・チー氏は2011年、紛争における性的暴力に関する会議に向けたビデオメッセージでそう語っている。

その後、彼女の見解が変化したのかどうかを問われて、Zaw Htay広報担当官は「何も言うべきことはない」と答えた。「すべては法の支配に従うべきだ」と同報道官は語った。「軍の指導者も、行動を取ると言っている」

(翻訳:エァクレーレン)


12. 中川隆[-6395] koaQ7Jey 2017年10月01日 13:22:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

件名:【ロヒンギャ危機】アウンサンスーチー氏の言い分、どこまで本当か
日時:20170920
媒体:BBC News
出所:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-41329680
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【ロヒンギャ危機】アウンサンスーチー氏の言い分、どこまで本当か


ミャンマーの実質的指導者アウンサンスーチー氏は19日に初めて、ラカイン州の武力衝突と難民危機について公の場で言及した。

BBC東南アジア特派員のジョナサン・ヘッド記者は、ミャンマーとバングラデシュの国境の両側からロヒンギャ問題の取材を続けている。ヘッド記者がスーチー氏の主張がどこまで本当かを点検した。

○ スーチー氏「今月5日以降は武力衝突や強制排除作戦は行われていない」

今月7日、私はアレル・タン・ジョーで行われた政府主催のマスコミ視察ツアーに参加した。その際、遠くから自動小銃の音が聞こえ、4本の太い煙が立ち昇っていたのを目撃した。複数の村が焼かれていたとうかがわれる。

その後、同じ日に、ロヒンギャのガウドゥタールヤ村が、複数の武装警官の目の前でラカイン族の仏教徒によって焼かれた。村の近くには警察署がある。

バングラデシュからは、ナフ川の向こう岸で複数の煙が立ち昇っているのが見えた。煙の規模からして、村が焼かれていたとしてもおかしくない。

アウンサンスーチー氏は、これを「強制排除」作戦とは呼ばないのかもしれない。しかし、この川岸付近の地域でミャンマー軍と警察が非常に多く見られることから、少なくとも当局の暗黙の了解がなかったとは考えにくい。

○ アウンサンスーチー氏「宗教、人種、政治的立場を問わず、この国の法に背き、国際社会が認める人権を侵害するすべての人物に、対処する」

ミャンマー軍は70年以上にわたり人権侵害を重ねてきたが、ラカイン州だけでなく、国内で武力衝突が続く多数の地域で、軍人が処分を受けたという記録はほとんどない。

それが今になって処分されるようになるとは考えにくい。ミャンマー軍は、約40万人のロヒンギャが避難したのは、武装勢力「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)の襲撃に関与したからだと主張している。

マウンドーで取材した1人の大佐は、多くのロヒンギャ難民がレイプされたという訴えについて、事実であるはずがないと私に話した。自分の部下は強姦などするには戦闘で手一杯だし、ロヒンギャの女性はそれには魅力がなさすぎるからと。

○ スーチー氏「ラカイン州に住むすべての人は、分け隔てなく教育と医療を受ける機会がある」

これはまったく事実と異なる。ロヒンギャは長年にわたり、差別され、様々な制約を受けてきた。当局の許可がなければ移動できず、結婚すらできない。許可を得るためには往々にして、賄賂を支払う必要がある。

ラカイン州で2012年に起きた暴力沙汰を機に、ロヒンギャへの規制は強化された。

ミャンマー国内の難民キャンプにいる多くのロヒンギャは、特別な許可がない限りそこから離れられず、その地域に縛られている。そして特別許可はなかなか得られない。

そのキャンプにいて、5年間も教育を受けられない生徒たちを私は知っている。

私は4年前、ラカイン州ラテダウン南部にある、ロヒンギャのアーナウピーン村を訪れた。そこでは周辺のラカイン族仏教徒たちはロヒンギャを非常に敵視しており、ロヒンギャはたとえ病気やけがの治療が目的でも村を出られなかった。

今月18日、私はバングラデシュでガウドゥタールヤ村から来たアブドルマジドさんに話を聞いた。私自身、その村が焼かれるのをこの目で目撃した。

アブドルマジドさんは私に、「5年前から、仕事のためでも村の外に出らなかった」と話した。

(英語記事 Rohingya crisis: Are Suu Kyi's Rohingya claims correct?)


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//memo

*ロヒンギャ大虐殺 ミャンマー独立の爪痕 - あやみ氏 2017/9/26 19:25:47
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/536.html

*スー・チー氏 軍の影響力強い政治制度に苦慮:米仏、伊蘭 国連に行動を要求
http://www.asyura2.com/17/kokusai20/msg/662.html

 


13. 中川隆[-6377] koaQ7Jey 2017年10月02日 15:37:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


2017年10月2日
焦点:ノーベル平和賞の受賞者、世界の「失望」招く理由


[オスロ 27日 ロイター] - 祝福してくれた支持者の多くを落胆に導いたノーベル平和賞受賞者の長いリストに、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問が新たにその名を連ねた。恐らく彼女が最後ではないだろうという点が、10月6日にも発表される今年の同賞受賞者に向けた苦い教訓だ。

スー・チー氏に対しては、同じくノーベル平和賞受賞者である南アフリカのデズモンド・ツツ元大主教を含め、国際的に多くの批判が寄せられている。

国連がミャンマーのラカイン州で発生していると主張する大量虐殺、レイプ、集落放火を阻止するために十分な行動に欠けているためだ。こうした暴力によって、42万人を超えるムスリム系少数民族ロヒンギャ難民が隣国バングラデシュに逃げ込んでいる。

ノルウェー・ノーベル委員会が1991年、スー・チー氏に平和賞を授与し、彼女の「民主主義と人権を求める非暴力の戦い」を讃えた当時と比べると、大きな変化だ。とはいえ、一度与えられた賞が取り消されることはない。

「受賞者が批判を受けるという事態は過去に何度も起きている」と語るのは、1990年から2014年までノルウェー・ノーベル委員会の事務局長を務めたゲイル・ルンデスタッド教授だ。

一部の受賞者がその理念にそぐわなくなったとしても、賞はいつまでも有効だ、とルンデスタッド元事務局長は言う。「アウン・サン・スー・チー氏は、ビルマとアジアの多くの地域における人権にとって、非常に重要な代弁者だった。その事実を彼女から奪うことはできない」

ノーベル賞は、ダイナマイトの発明者アルフレッド・ノーベルによって創設されたが、彼の資産の一部は武器の製造や販売によって築かれたものだ。900万スウェーデン・クローナ(1億2400万円)の賞金が与えられるノーベル平和賞は10月6日に発表され、単数もしくは複数の個人・団体に与えられる。

だが、これまで平和賞受賞者の多くが戦争を開始したり、それをエスカレートさせたりした例が相次いでいる。

1978年、当時のイスラエル首相だったメナヘム・ベギン氏は、キャンプデービッド和平合意を評価され、エジプトのサダト大統領とともにノーベル平和賞を受賞したが、その4年後の1982年、レバノン侵攻を命じた。サダト大統領は1981年にイスラム主義の軍将校により暗殺された。

1994年には当時のパレスチナのアラファト議長は、オスロ合意を評価され、イスラエルのラビン首相、ペレス外相とともに1994年の平和賞を受賞したが、この合意はアラブ・イスラエル間の紛争に関する永続的な解決をもたらさなかった。

ラビン氏は1995年に極右ナショナリストに暗殺され、その8カ月後にペレス氏も選挙に敗れて政権を失ってしまう。アラファト氏はその後、イスラエルによる占領に対する暴力的な蜂起である第2次インティファーダの期間中、パレスチナ自治政府を率いていた。

旧ソ連の指導者だったミハイル・ゴルバチョフ氏は、冷戦を平和的に終結させたことに対して1990年に平和賞を受けているが、1991年にはバルト諸国の独立を阻止するために戦車部隊を派遣している。ただし彼はその後、バルト諸国の独立を認めた。

1973年には、当時のキッシンジャー米国務長官は、結局は失敗に終わったベトナム戦争終結への取り組みを理由に、北ベトナムのレ・ドゥク・ト氏とともに平和賞を与えられた。米国政府が和平協定に違反していると批判したト氏は、史上初めて、平和賞を辞退した。ベトナム戦争は1975年、北ベトナム軍によるサイゴン陥落で終結した。

2009年に当時のオバマ米大統領が就任数カ月で平和賞を受賞した際には、オバマ氏自身も驚いたと語っていた。オバマ氏がその年の暮れ、授賞式のためにオスロを訪れたときには、すでにアフガニスタンの米軍駐留部隊を3倍に増強する命令を下していた。

「皆さんの寛大な決定が相当な議論を呼び起こしたことに私が気づいていないとすれば、私は怠慢だということになるだろう」とオバマ氏は授賞式でのスピーチで語っている。「遠隔の地で戦うために何千人もの米国の若者を派遣している責任が私にはある。殺す者もいるだろうし、殺される者もいるだろう。だから私は、武力紛争による犠牲を痛切に感じつつ、このオスロを訪れている」

<あまりに高い代償>

スー・チー氏を厳しく批判している1人が、ツツ氏だ。「親愛なる妹」と呼ぶスー・チー氏に宛てた9月7日付けの書簡で、同氏は「ミャンマーにおける最高権力者に登りつめたことの政治的な代償が、あなたの沈黙だとすれば、その代償はあまりにも大きい」と記した。

9月19日、スー・チー氏はラカイン州における人権侵害を非難し、違反者は処罰されると述べた。このメッセージの語調は西側諸国の外交・援助当局者から歓迎されたが、国際的な批判をかわせるだけの十分な行動が伴っているのかを疑う声もある。

ストックホルム国際平和研究所のダン・スミス所長は、この1991年のノーベル平和賞がロヒンギャ族に害をもたらしている可能性さえあると話している。

「彼女にはある種のオーラがある」と同所長はスー・チー氏について語った。国際社会での輝かしい名声が、ロヒンギャに対する多年にわたる迫害の「真のおぞましさを隠蔽しているのではないか」と言う。

「ロヒンギャ問題に関する質問に対して、彼女が『どうして他の問題ではなく、その問題にだけ関心を注ぐのか』と答えると、人々はつい、好意的に解釈してしまう」

スー・チー氏は、南アフリカのネルソン・マンデラ氏と同様、政治犯から国家指導者へと登りつめた、めったにない成功者である。マンデラ氏は5年にわたって南アフリカ初の黒人大統領を務めた後、その名声にほぼ傷を負わないまま引退した。だが、アパルトヘイト時代の解放運動における彼の同志たちのなかには、公職にあるあいだにスキャンダルに直面した者もいる。

「(名声が損なわれるのは)恐らく、人権と一般市民の擁護者という大胆で英雄的なイメージから離れ、妥協に満ちた、もっと汚い政治の世界に入っていく際の避けがたい動きなのだろう」と所長は言う。

<聖人と罪人>


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聖人でさえ批判を免れない。1979年のノーベル平和賞を受賞した修道女のマザー・テレサは昨年、ローマ法王フランシスコによってカトリックの「聖人」の列に加えられた。だが1994年には、彼女の運営するコルカタのホスピスが、死期の近い患者の診察をせず、強力な鎮痛剤も与えていないとして、英国の医学専門誌「ランセット」に批判されている。

2012年に欧州連合(EU)に平和賞を与えるという決定も、当時から批判を浴びている。当時、EU本部は加盟国ギリシャに対して苛酷な財政支援条件を課していたが、多くのエコノミストは、こうした条件がギリシャ国民の生活を破壊したと指摘。またツツ氏らを中心に、EUは軍事力を行使する組織であるとの批判もあった。

ノーベル平和賞の歴史を研究するAsle Sveen氏によれば、受賞者に対する失望リスクの原因は、ノーベル委員会が候補者を選ぶときの基準が、彼らがもたらしている希望や近年の業績であって、キャリア全体を見ているわけではないからだと指摘する。

「誰かを推すことは常にリスクが伴う。政治に関わることになるからだ」とSveen氏は語った。「将来何が起きるか知ることはできない」

「だからこそノーベル平和賞は、他のあらゆる平和賞とは別物なのだ」と彼は言う。「さもなければ、非常に高齢の人にたいして、彼らが亡くなる直前に賞を贈ることになるだろう」

今年有力視されている受賞候補は、2015年のイラン核開発合意の関係者がいる。イランのザリフ外相、EUのフェデリカ・モゲリーニ外交安全保障上級代表、米国のケリー元国務長官などだ。

イランが国際的な制裁の解除と引き換えに核開発プログラムを自粛した合意は、イランと米国双方の政界の強硬派から批判されてきた。トランプ米大統領は、今月の国連における演説で、イラン核開発合意を「米国にとって頭痛の種」として、米国政府が合意を破棄する可能性を示唆している。

ノーベル平和賞に詳しい専門家らによれば、この合意は対立勢力間の画期的なものであり、ノーベル委員会はそうした合意を評価する傾向があるという。

「(国連憲章)第7章の対象国について平和的な解決に至ったのは、この合意が初めてだ」。オスロ国際平和研究所のヘンリック・アーダル所長はそう述べ、イランの核開発プログラムが、国連安全保障理事会においてもはや脅威と見なされなくなった経緯を指摘する。

「EUとイランに重点を置くことで、イラン核開発合意が幅広い支持を得ているというシグナルを米国に与えることにもなるだろう」とアーダル所長は語った。

他の候補者には、法王フランシスコ、シリアの民間防衛隊「ホワイト・ヘルメット」、国連の難民支援機関であるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とフィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官が挙げられる。UNHCRは過去に2度の受賞歴がある。

昨年のノーベル平和賞は、コロンビアのサントス大統領に贈られた。25万人もの死者を出した半世紀にわたる内戦を終結させるための取り組みを評価したものである。


14. 中川隆[-6372] koaQ7Jey 2017年10月02日 18:52:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ロヒンギャ女性らを苦しめる悪夢─集団レイプの記憶
2017年9月25日 18:59 発信地:レダ/バングラデシュ
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ミャンマーとバングラデシュの国境地帯に設けられたジャルパトリ難民キャンプで取材に応じた、レイプ被害者のロヒンギャ難民シャミラさん(2017年9月16日撮影)。(c)AFP/DOMINIQUE FAGET


【9月25日 AFP】イスラム系少数民族ロヒンギャ(Rohingya)のシャミラさん(仮名、25)は、娘の手を取ってその手が白くなるほど固く握り締めながら、ミャンマーの自宅に押し入ってきた兵士らに子どもたちの目の前で集団レイプされた時の様子を振り返った。バングラデシュの難民キャンプでは、このような被害を打ち明ける人が後を絶たない。

 国連(UN)の監視団は、ここ数週間にミャンマーから民族抗争を逃れてきたロヒンギャの中に、レイプや集団レイプの犠牲者が大勢いると報告している。被害者のほぼ全員が、レイプ犯は軍服を着た男らで、ミャンマー軍だったと話したという。

 こういった事例はほぼ間違いなく氷山の一角にすぎないと、専門家らはみている。保守的なイスラム社会の中ではレイプ被害者側が烙印(らくいん)を押されることや、避難場所や食料の確保が困難になることを恐れて、被害を告白できずにいる女性や少女が多くいる可能性がある。

 襲撃後3日間歩き続けてバングラデシュに到着した時もまだ出血が止まっていなかったというシャミラさんは、隣に座った6歳の娘の手を握りながら、「兵士3人全員が私をレイプしました」と涙ながらに語った。「3人が去ってから、子どものうち2人を連れて家を飛び出し、生きるために避難する人々の流れについて行きました」

 襲撃を受けた際に外出していた夫とは、以後一度も会っていない。残る3人の子どもたちの行方も分からない。兵士らが来た時3人は外で遊んでいて、襲われた後には姿が見えなくなっていたという。

■性暴力が「恐怖の手口」に

 国連調査団はロヒンギャ難民のキャンプに入り、性暴力をはじめとするミャンマーでの人権侵害の疑いについて調査を進めている。

 紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表(SRSG-SVC)を務めるプラミラ・パッテン(Pramila Patten)氏は先週、ミャンマー・ラカイン(Rakhine)州での治安部隊による作戦に「重大な懸念」を表明。

 またパッテン氏は被害者らが、「標的とする集団が逃げざるを得なくなるよう、計算された恐怖の手口」として性暴力が用いられているという印象を受けていることも明かした。夫や男性親族の不在を狙って兵士らが家に押し入り、子どもたちの面前で犯されたと、その体験談はいずれも酷似している。

 国際移住機関(IOM)がバングラデシュのレダ(Leda)キャンプに開設した医療施設で働く女性は、手当てした被害者のほとんどがレイプされる前に殴打されていたと話している。これまでに診た女性の中には、体にあざがあったり、胸や性器に歯形が残っていたりした人もいたという。

 バングラデシュ駐在の国連専門家らは、最近到着した難民の中ではレイプ被害者は減っているとみられるものの、先月25日以降に押し寄せた避難者数があまりに多く混乱状態に陥っていることから、実際の被害規模を把握するのは不可能だと指摘している。(c)AFP/Claire COZENS


15. 中川隆[-6051] koaQ7Jey 2017年10月30日 18:59:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017.10.30
スーチー体制のミャンマーにおけるイスラム教徒虐殺に目覚めて批判を始めた西側はテロを目論む


アウンサン・スーチーが君臨するミャンマーに対する批判が高まってきた。スーチーが実権を握って以来、イスラム教徒のロヒンギャの集落が襲撃されて多くの住民が殺害されているのだが、アメリカやイギリスで育ち、教育を受けたスーチーは米英支配層の影響下にあり、西側の政府や有力メディアは見て見ぬ振りをしてきた。その状況が変化したようである。

襲撃グループはウィラトゥなる人物が率いる仏教徒はアウンサン・スーチーを支持している「民主化運動」の活動家たちだということもあってスーチーは虐殺を黙認、西側の反応は鈍かった。アメリカがスーチーの行為に寛容な理由は中国がミャンマーで進めていたプロジェクトにブレーキをかけることにあったのだろう。

軍事政権の時代からミャンマーの北部では石油や天然ガスのパイプラインが建設されていた。中国がミャンマーにパイプラインを建設した最大の理由は石油や天然ガスをマラッカ海峡を通らずに運ぶルートが欲しかったからだと見られている。

中国は一帯一路、つまり「シルク・ロード経済ベルトと21世紀海のシルク・ロード」を経済発展の基本プランだと考えている。それをアメリカは潰すため、日本を巻き込んで南シナ海の軍事的な緊張を高めてきた。その海域は中国から見て海上ルートの出発点だ。アメリカは中国の自由な航行を認める気がない。

マラッカ海峡を回避するために中国がプロジェクトを進めていたミャンマーとの関係をアメリカ政府は改善、2011年には「民主化」を実現する。2011年にはアメリカの国務長官だったヒラリー・クリントンがミャンマーを訪問してスーチーとも会い、2012年以降はそのスーチーが実権を握った。

こうした流れの中、パイプラインは予定より遅れたものの稼働したが、北部カチン州のイラワジ川上流に中国と共同で建設されていたミッソン・ダムの工事は2011年9月に中断が発表されたままだ。

しかし、その後、ミャンマー政府は中国との関係改善にも乗り出しているようにも見える。ラカイン州など経済的に遅れた地域の開発に中国が協力する姿勢を見せているのだ。ラカイン州はロヒンギャと仏教徒との衝突の舞台。こうした問題を緩和させるためには経済格差を改善する必要があるとミャンマー側も考えているのだろう。

一方、当初は仏教徒によるロヒンギャの集落襲撃を黙認してきた西側がここにきてロヒンギャの問題でミャンマーを批判するようになった。さらに、サウジアラビアが資金を出し、アメリカが支援するという形でワッハーブ派の戦闘集団がミャンマーに潜り込んでいるとも伝えられている。その基本的な仕組みはアメリカ政府が1970年代終盤にアフガニスタンで作り上げている。

その頃、ジミー・カーター政権で国家安全保障補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーはアフガニスタンを不安定化させてソ連を揺さぶるため、同国へサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を戦闘員として送り込む。サウジアラビアが兵員と資金を提供し、アメリカが戦闘員を軍事訓練して兵器/武器を提供、パキスタンの情報機関ISIが協力するという仕組みだ。

1991年にソ連が消滅した後、アメリカがユーゴスラビアで採用した作戦をミャンマーでも実行するのではないかと考えている人もいる。この時にアメリカ政府はアル・カイダ系武装集団をバルカンへ送り込み、セルビア人を殺させている。​1992年から95年の間にこうした武装集団が殺したセルビア人は2400名近い​という。

その結果としてセルビア人とイスラム教徒は武力衝突する。そのイスラム教徒にはアメリカが送り込んだ戦闘員以外の人も含まれていた。この衝突を西側の政府や有力メディアはセルビア人による虐殺だと描き、1999年3月にはNATO軍がユーゴスラビアを先制攻撃した。

1992年に「ニューズデー」のロイ・ガットマンは16歳の少女がセルビア兵にレイプされたと報道、反セルビア感情が世界に広がる切っ掛けをつくったが、この話は嘘だということが別のジャーナリスト、マーティン・レットマイヤーによって確認されている。この時に「人権擁護団体」も偽情報を流す上で重要な役割を果たしたが、その背後では広告会社が暗躍していた。

西側はコソボをユーゴスラビアから分離独立させたが、アメリカの手駒になっていた勢力は麻薬や臓器の密輸で儲けていたと言われている。また、2006年3月から08年1月までコソボ自治州の首相だったアギム・セクはクロアチア軍の准将だった人物で、1995年に同軍は民族浄化、つまり非クロアチア系住民の虐殺を目的とした嵐作戦を実行している。そのコソボにアメリカは軍事基地を建設した。

こうしたことが東南アジアでも行われると懸念する人がいる。ミャンマー政府も懸念しているようで、昨年6月、​ミャンマーとロシアの国防相は軍事協力で合意​している。アメリカの破壊工作をロシアはここでも阻止しようとしているのだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201710300000/


16. 中川隆[-5810] koaQ7Jey 2017年11月29日 07:06:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

英オックスフォード市、スー・チー氏に授与した称号を剥奪
11/28(火) 23:40配信 AFP=時事


英オックスフォードで行われた歓迎会に出席するアウン・サン・スー・チー氏(2012年6月19日撮影、資料写真)。【翻訳編集】 AFPBB News


【AFP=時事】英オックスフォード(Oxford)市は27日、イスラム系少数民族ロヒンギャ(Rohingya)の問題に積極的に対応していないことを理由に、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)国家顧問に授与した栄誉ある称号を剥奪したと発表した。スー・チー氏は同市にあるオックスフォード大学(University of Oxford)で学び、同市で子どもたちを育てていた。


 スー・チー氏は1997年、オックスフォード市が掲げる寛容さと国際主義の価値を反映するものと評価され、同市の最高栄誉である称号「オックスフォードの自由(Freedom of the City)」を授与されていた。

 同市議会は全会一致で称号の剥奪を決定。声明で「暴力に目をつぶる人物に栄誉を授けることにより、われわれの評判が損なわれる」と指摘するとともに、「ロヒンギャの人々に対する抑圧に直面してもスー・チー氏は無策だったことから、今日われわれは、市の最高栄誉を撤回するという異例の措置に踏み切る」と表明した。

 スー・チー氏の母校であるオックスフォード大学は9月、ホールに展示していたスー・チー氏の肖像画を撤去している。【翻訳編集】 AFPBB News


17. 中川隆[-5586] koaQ7Jey 2018年2月27日 09:53:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
スー・チー氏は「目を覚ませ」、ノーベル平和賞受賞の女性らが訴え
http://www.afpbb.com/articles/-/3164244?cx_part=topstory&cx_position=1
2018年2月26日 23:34 発信地:コックスバザール/バングラデシュ AFP

バングラデシュ・ウキヤの難民キャンプを訪問してロヒンギャの子を抱く、イエメンのノーベル平和賞受賞者タワックル・カルマン氏(左、2018年2月25日撮影)。(c)AFP PHOTO / SUZAUDDIN RUBEL


【2月26日 AFP】ミャンマーでイスラム系少数民族ロヒンギャ(Rohingya)に対する暴力が横行している問題で、ノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)を以前授与された3氏が26日、同じく受賞者であるアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)国家顧問に対し、声を上げるよう訴えた。さもなければスー・チー氏は「ジェノサイド(大量虐殺)」の罪で訴追されかねないと警告している。

 残虐行為に対してスー・チー氏に目を覚ますよう嘆願したのは、タワックル・カルマン(Tawakkol Karman)、シリン・エバディ(Shirin Ebadi)、マイレッド・マグワイア(Mairead Maguire)の3氏。

 3氏は25日からの2日間、100万人近いロヒンギャが身を寄せているバングラデシュのコックスバザール(Cox's Bazar)地区にある複数のキャンプを視察。ロヒンギャの人々が受けたレイプや殺人の例を直接耳にした。

 その後マグワイア氏は、「これは明らかに、ロヒンギャの人々に対してビルマ(ミャンマー)政府と軍が行っているジェノサイドに他ならない」と断じた上で、「われわれは同政府のこのジェノサイド政策を拒絶する。国際刑事裁判所(ICC)の召喚を受け、ジェノサイドに及んでいる者らはその責任を負わされるだろう」と述べた。

 かつて世界的な人権活動家と目されたスー・チー氏だが、ロヒンギャ危機の対応をめぐって国際社会における名声が失墜。1991年に自宅軟禁下で受賞したノーベル賞の剥奪を求める声もある。

 いずれも女性のノーベル平和賞受賞者である3氏は、スー・チー氏への個人的な嘆願だとしているが、イエメンの人権活動家であるカルマン氏は「アウン・サン・スー・チー氏に目を覚ましてほしい。さもなければこの罪を犯した者の一人とみなされるだろう」と訴えた。(c)AFP


18. 中川隆[-13532] koaQ7Jey 2018年9月28日 09:22:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18883] 報告
カナダ、スー・チー氏の名誉市民号を剥奪 ロヒンギャ危機めぐり
http://www.afpbb.com/articles/-/3191248?cx_part=latest
2018年9月28日 6:49 発信地:オタワ/カナダ AFP


ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問。ベトナム・ハノイで(2018年9月13日撮影、資料写真)。(c)KHAM / POOL / AFP


【9月28日 AFP】カナダ議会は27日、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)国家顧問に与えていたカナダの名誉市民号を実質的に剥奪することを全会一致で決めた。ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャ(Rohingya)の危機を受けた動き。

 カナダ政府は2007年、長期の軟禁を経験したミャンマーの民主活動家で、ノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)受賞者でもあるスー・チー氏に対し、名誉市民号を授与した。カナダ名誉市民号はこれまでスー・チー氏のほか5人にしか与えられていない。

 しかし、スー・チー氏がロヒンギャに対するミャンマー軍の残虐行為を非難することを拒むと、同氏の国際的な名声は失墜。カナダ政府は先週、同軍の行為は「ジェノサイド(大量虐殺)」であると宣言していた。(c)AFP

19. 中川隆[-13737] koaQ7Jey 2018年12月06日 20:40:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21778] 報告
ミャンマーの堕ちた偶像、スー・チー氏に若者世代が反旗


[ヤンゴン 1日 ロイター] - ミャンマーの若手活動家でテレビ番組の司会も務めるThinzar Shun Lei Yi氏は、かつてアウン・サン・スー・チー国家顧問の熱烈なファンを自認していたが、いまや最も痛烈な批判者の1人だ。

27歳の彼女は、少人数だが存在感の大きいリベラル活動家グループに属している。メンバーの多くはスー・チー氏の忠実な支持者だった。しかし3年前、非常に強い期待を込めた彼らの投票によって権力の座についた現ミャンマー政権に対して、彼らの幻滅は深まる一方だ。

「偶像は失われた。私は混乱し、苛立ち、戸惑っている」と、国内の人気ウェブサイトで「アンダー30(30歳以下)」というトーク番組の司会を務めるThinzar Shun Lei Yi氏は語る。

「活動家や若者の多くは『次は何か』『何が起きるか』『私たちに何ができるか』と考えている。現段階では、スー・チー女史は好き放題で、誰も干渉できない。市民団体の声に耳を傾けることもない」

スー・チー国家顧問は引き続き多くのミャンマー市民から献身的な支持を受けているが、若い世代からの抗議運動が同政権の新たな課題として浮上している。その原動力となっているのは、現政権によるムスリム系ロヒンギャ民族を含む少数民族への扱いや、メディアや市民社会への抑圧に対する怒りだ。

ここで問われているのは、長年に及ぶ軍事政権支配から民主制に向けて移行するミャンマーの将来だ。2020年の総選挙が視野に入る中で、数十年ぶりにこの国に誕生した文民政権は、かつてはスー・チー氏が率いる国民民主連盟(NLD)を軸に結集していた活動家のあいだで亀裂が拡大する事態に直面している。

NLDの広報担当者Myo Nyunt氏は、若者の支持を獲得するため、同党が教育予算の増額や職業訓練プログラムの支援に取り組んでいると言う。「若者や国民は私たちの政権に多くを期待していた。その期待に応えきれなかったことは認める。だが最善は尽くしている」と語った。

スー・チー氏は2016年、民主改革の継続と長年続く内戦の終結を公約して、選挙で地滑り的な大勝を収めて政権を握った。

その後、「ジェノサイドの意図を伴う民族浄化」と国連に批判された少数民族ロヒンギャに対する軍弾圧への対応や、民族主義武装勢力との和平協議の不調、そして経済の停滞を巡って、現政権はプレッシャーにさらされている。

<言論の自由>

文民政府がますます独裁的になっており、議会で圧倒的な多数を占めているにも関わらず、反体制派の弾圧に使われていた植民地時代の法律を廃止せず、市民社会に対する締め付けを厳しくしている、と活動家は批判する。

ここ数カ月で幾度かの抗議活動が行われた。5月には商都ヤンゴンで反戦行進が行われ、最後には小競り合いが起きた。違法デモ容疑で起訴された17人の中にThinzar Shun Lei Yi氏が含まれていた。彼らの公判はまだ続いている。

「センシティブな問題を掲げることは禁止されており、デモ参加者は逮捕され、殴打される」と彼女は言う。「国民民主連盟は、民主を名乗るのであれば、民主主義と人権を尊重しなければならない」

言論の自由を主張する団体「Athan(ビルマ語で声という意味)」によれば、スー・チー氏らが政権を握ってから、44人のジャーナリストと142人の活動家が裁判にかけられているという。

その中には、ロヒンギャに対する迫害問題を取材していたロイターのワ・ロン記者(32)とチョー・ソウ・ウー記者(28)も含まれる。彼らは植民地時代に制定された国家機密法違反で起訴され、9月に禁固7年の判決を受けた。

2人はこの判決について、警察による陰謀の証拠と犯罪行為が立証されていないことを根拠としてヤンゴンの上級裁判所に控訴した。スー・チー氏は9月、2人の拘束は表現の自由とは関係ないとの見方を示している。ミャンマー政府は、裁判所は政府から独立していると述べている。

Athanの創設者であり、詩人で活動家のMaung Saung Kha氏も、5月の抗議行動の際にThinzar Shun Lei Yi氏とともに逮捕されたデモ参加者の1人だ。それから4カ月たった9月、2人は別のデモ開催に協力した。今度のテーマは「言論の自由」だった。

今もNLD党員のMaung Saung Kha氏は、群衆を前にして、伝統的にNLD議員が着用しているオレンジのシャツを着て、軍服に似せたグリーンのジャケットをその上に羽織った。彼は手にした国営紙「ザ・ミラー」を丸め、周囲に集まったジャーナリストらを叩く仕草を見せた。

「政府はその権力を、国民の権利を守るために使っていない」と彼はロイターに語った。

NLDの広報担当者Myo Nyunt氏は、政府は非政府組織と協力しているが、その活動はケースバイケースで吟味する必要がある、と語る。

「安全保障や民族間で賛否の分かれるテーマ関連の活動でなければ受け入れる」と彼は言う。「私たちは民主主義を推進しており、非政府組織(NGO)の役割も認めている。だが、NGOに独立性がなく、背後の支援者に影響されているのではないかという懸念を抱いている」

<「ロヒンギャを認める」>

Slideshow (3 Images)
スー・チー氏は軍を統制する権限を持っているわけではないが、少数民族ロヒンギャへの保護を怠ったことで国際的な批判を浴びている。国連機関によれば、2017年に西部ラカイン州に起きた軍による徹底的な取締りによって、73万人以上のロヒンギャが国外に逃れている。この取締りは、ロヒンギャ反政府勢力が治安部隊を襲撃したことへの対応として行われた。

ミャンマーはロヒンギャ難民が告発している残虐行為のほぼすべてを否認しており、軍は合法的な対テロ作戦を実施したと述べている。

ミャンマーで多数派を占める仏教徒はロヒンギャに対して批判的だが、若い世代の活動家からは数少ない同情的な声が上がっている。

「私たちはロヒンギャを受け入れている。彼らが『ベンガル人』と呼ばれている事実はまったく受け入れがたい」とMaung Saung Kha氏は言う。ロヒンギャ族がミャンマーで長年暮らしてきた歴史があるにもかかわらず、バングラデシュからの侵入者という意味で「ベンガル人」という呼称が一般的に用いられている状況に言及した。

「実際に起きたことについて、確認も処罰も行われた形跡が見られない」と語るMaung Saung Kha氏。「人々が彼らを人間以下の存在だと見ており、彼らを殺しても罪ではないと考えている限り、難民は戻ってこないだろう」

やはり違法デモの容疑に問われている青年活動家Khin Sandar氏は、2015年の選挙に向けて何ヶ月もNLDを支援する運動に参加したが、スーチー氏によるラカイン危機への対応を巡って、彼女に抱いていた信頼を失ったと語る。

彼女の家族は2012年に発生した一連の住民同士の暴力的衝突によって影響を受けた。このときはロヒンギャだけでなく、同じくムスリム系少数民族のカマンも住居から追われた。カマンも差別を受けているが、ロヒンギャと違い、ミャンマー市民として認識されている。カマンはラカイン州の州都シットウェ郊外に設けられた窮屈な難民キャンプで暮らしており、移動の自由を厳しく制限されている。

昨年の暴力行為の後に行った演説の中で、スー・チー氏は「(ラカイン州のすべての住民は)差別を受けることなく教育・医療サービスを利用できる」と述べた。

「私自身の甥や姪たちは今もシットウェの難民キャンプで暮らしており、スー・チー氏が言うような権利を享受していない」とKhin Sandar氏は言う。「私にはショックだった。どうしてスー・チー氏は演説であのようなことを言えたのだろうか」と付け加えた。この演説の後、彼女はNLD議員の下の研究員の職を辞したという。

こうした若い世代の活動家はミャンマー社会のなかでは小さな一部分でしかないが、彼らの抗議行動や公式コメントはメディアやソーシャルメディアにおける多数のフォロワーから多大な注目を集めており、草の根運動における影響力を増しつつある。

大半が20─30代の彼らは、ミャンマーの若年人口(中央年齢は27歳)と、60─70代の男性を中心とする高齢化した指導層とのあいだには大きな隔たりがあると指摘する。

「ミャンマーは非常に保守的な国だが、こうしたヤンゴン出身の若い世代は、それに挑みつつある」とYangon School of Political Scienceの政治アナリストMyat Thu氏は語る。「考え方の革命を起こすには、多くがそれを知る必要はない。徐々に拡散されるからだ」

(翻訳:エァクレーレン)
https://jp.reuters.com/article/myanmar-activists-idJPKBN1O40S3?il=0

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