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阿修羅(アシュール/アスラ)
http://www.asyura2.com/13/cult12/msg/453.html
投稿者 ∞X∞ 日時 2013 年 10 月 23 日 16:04:13: LYaHKqEqiM3gU
 

阿修羅
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E4%BF%AE%E7%BE%85

概要
「古代ペルシアの聖典『アヴェスター』に出る最高神アフラ・マズダーに対応するといわれる(以下、歴史的背景の項を参照)。それが古代インドの魔神アスラとなり、のちに仏教に取り入れられた。古くインドでは生命生気の善神であった。天の隣国だが天ではなく、男の顔立ちは端正ではない。醸酒にも失敗し、果報が尽きて忉利天にも住めないといわれる。

本来サンスクリットで「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味で善神だったとされるが、「a」が否定の接頭語となり、「sura」が「天」を意味することから、非天、非類などと訳され、帝釈天の台頭に伴いヒンドゥー教で悪者としてのイメージが定着し、地位を格下げされたと考えられている。また、中国において「阿」の文字は子供への接頭辞(「○○ちゃん」)の意味合いを持つため「修羅」と表記されることもあった。帝釈天とよく戦闘した神である。『リグ・ヴェーダ』では最勝なる性愛の義に使用されたが、中古以来、恐るべき鬼神として認められるようになった。

仏教に取り込まれた際には仏法の守護者として八部衆に入れられた。なお五趣説では認めないが、六道説では、常に闘う心を持ち、その精神的な境涯・状態の者が住む世界、あるいはその精神境涯とされる。

興福寺宝物殿の解説では、「阿修羅」はインドヒンドゥーの『太陽神』もしくは『火の神』と表記している。 帝釈天(創造主)と戦争をするが、常に負ける存在(12月21日の冬至の日に太陽が一度死に、そして再び再生/復活する事)。」

歴史的背景
「一般的には、サンスクリットのアスラ(asura)は歴史言語学的に正確にアヴェスター語のアフラ(ahura)に対応し、おそらくインド-イラン時代にまでさかのぼる古い神格であると考えられている。宗教学的にも、ヴェーダ文献においてアスラの長であるとされたヴァルナとミトラは諸側面においてゾロアスター教のアフラ・マズダーとミスラに対応し、インド・ヨーロッパ比較神話学的な観点では第一機能(司法的・宗教的主権)に対応すると考えられている。アスラは今でこそ悪魔や魔神であるという位置づけだが、より古いヴェーダ時代においては、インドラらと対立する悪魔であるとされるよりは最高神的な位置づけであることのほうが多かったことに注意する必要がある。

ペルシアのゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー。それらの神が中央アジアの初期アーリア人経由でインドに伝来してアスラとなり、中国で阿修羅の音訳を当てた。阿素羅、阿蘇羅、阿須羅、阿素洛、阿須倫、阿須輪などとも音写する。

仏教伝承では、阿修羅は須弥山の北に住み、帝釈天と戦い続けた。阿修羅は帝釈天に斃されて滅ぶが、何度でも蘇り永遠に帝釈天と戦い続ける、との記述がある。」

(注:三十三天は多分、メイソンの33階級と同祖で背骨/32の骨+頭蓋に基づく。)

Ashur (god)
アシュール(神)
http://en.wikipedia.org/wiki/Ashur_%28god%29

アシュール(または、アスール、アッシュール)は東セム族的神で、そしてメソポタミア宗教におけるアッシリアの万神性の筆頭で、主にメソポタミアの北半分と、古アッシリアの一部を構成していたシリア北東部と小アジア(トルコ)南東部において信仰されました。

神格化されたアシュールの街は、紀元前3000年中期(i.e.2500BC頃)から年代づけされ、古アッシリア王国の首都でした。それとして、アシュールは元々、家族を持っていませんでしたが、その信仰が南メソポタミアの影響の下へ来ると、ニップル市の主格神エンリルとアシュールは同一視されるようになり、それ(エンリル)は紀元前3000代早期から、ハンムラビ王がバビロンに基づいた帝国を築く紀元前18世紀中期まで最も重要な神でしたが、その後南部においてエンリルは主格神としてマルドュックに入れ替わられました。北部においてはアシュールはエンリルの妻、ニンリルを(アッシリアの女神、ミルリッスとして)吸収し、彼(エンリル)の息子達、ニヌルタとザババを吸収し - この行程は紀元前14世紀頃に始まり、紀元前7世紀まで続きました。

アッシリアによる征服の様々な時代、例えばシャムシ・アダド王のアッシリア帝国(1813−1750BC)、中期アッシリア帝国(1391−1059BC)、そして新アッシリア帝国(911−605BC)において、アッシリア人達は、征服された人々にアシュールを信仰する事を強いませんでしたが、代わりに、アッシリアの帝国的プロパガンダは、征服された人々は彼等の神々に見放されたと宣言しました。

サルゴン王の時代(8-7世紀BC)にアッシリアがバビロンを征服した時、アッシリアの書生達は、アシュールの名前を楔形文字でアン・シャールと記述する様に成り、アッシリアとバビロニアの(共通)言語であったアッカド語で文字通り「天界全体」を意味しました。その意図は、バビロニアの万神性の筆頭にアシュールを置くための様で、其処でアシュールと彼の対極、キシャール(「地上全体」)はエンリルとニンリルの更に上に位置付けられました。故に、バビロニア国家創造神話であるエヌマ・エリシのサルゴン時代のヴァージョンに、バビロンの主格神、マルドュックは現れず、そして代わりにいるのはアンシャールとしてのアシュールで、彼は混沌の怪物であるティアマットを打倒し、そして人類の世界を創造します。アシュールは、その他のペソポタミアの数々の神々と共に、アッシリアが滅んだずっと後までアッシリア人達に信仰され、アッシリア(アスラ/アッスリスタン)には彼を讃えた寺院が紀元3世紀から4世紀まで多く建てられましたが、その頃になると殆どのアッシリア人達は東シリア儀式キリスト教に改信してしまいました。

その神を讃えて名付けられたアシュールの街は、14世紀まで住まわれていましたが、タムルレーンによるアッシリア人キリスト教徒の虐殺の後、最終的に空っぽになりました。アシュールは今日においてもアッシリア人達の間で名前や苗字として人気があります。

Asura
アスラ
http://en.wikipedia.org/wiki/Asura

ヒンドゥー教において阿修羅は非修羅で、修羅とは別の異なった、権力を求める集団で、時折自然主義者、または自然的存在として考えられ、常にディーヴァ達と戦っています。

神格
初期のヴィーダ的記述において、阿修羅とディーヴァの両方が、常にお互いと競い合っている神々とされ、その幾つかは、同時にその両方の格を持っています。後期ヴィーダ的とヴィーダ後的文学においては、阿修羅はやや低い存在(地位)になりますが、ヴィーダのペルシャ版であるアヴェスタにおいてはディーヴァ達がより低い存在として考えられるようになります。

その後、プラーナの中で、カシュヤプが、ディーヴァ達と阿修羅達の両方の父として描かれます。プラーナの中でカシュヤプは、ダクシャ・プラジャパティの60人の娘達と結婚し、ディーヴァ達、阿修羅達、マナヴァ達、そして動物世界全体を含む全ての父に成ったとされます。

ヴィシュヌー・プラーナによると、(古の)海の混ぜ合わせの際に、ダイティア達が阿修羅として知られる様になったのは、彼等が修羅またはワインの女神であるヴァルニを拒否したからだとされ、その間ディーヴァ達は彼女を受け入れ修羅として知られるようになったとされます。

アレイン・ダニエロウは言います:

「アンチ神々(阿修羅)が破壊されなければならなかったのは彼等の罪のせいで無かったのは重大で、それは彼等の力、彼等の徳、彼等の知識がその神々をも脅かすものだったからで、つまり、アリアの神々をです。アンチ神々は頻繁に善いバラモン(バリ、プラフラーダ)として描かれます。敗北し、彼等は忠実に神々に奉仕します。」

阿修羅達の悪役化を説明するために、阿修羅達は元々、公正で、善く、徳があったが、彼等の本質は徐々に変格したという事を見せるために神話が創造されました。阿修羅達(アンチ神々)は、誇り高く、うぬぼれ強く、生贄を行う事を止め、神聖な法律を破り、神聖な場所に参拝せず、罪から彼等自身を清めず、ディーヴァ達をうらやましがり、生き物を虐待し、全てにおいて混乱を創造し、そしてディーヴァ達に挑戦すると描かれます。

アレイン・ダニエロウはディーヴァ達と阿修羅達との間の社会的分離を説明し、そしてそれに続く同化をこの様に説明します:

「新たな政治的配列と連合と共に、そして道徳的、儀式(宗教)的変化と共に、幾らかの神々がその立ち位置を変えました。賢明な阿修羅達の教えはヴィーダ的賢者達によって編入させられ、そして頻繁に多かれ少なかれそれらによってあからさまに入れ替えられました。」

「もう一方で阿修羅達は、先住民族によって信仰されたデーモン、スピリット、そして霊を取り入れ、そしてインドの非ヴィーダ的住民達の殆どの神々もまた取り入れました。後期のエピックにおいては、阿修羅という用語はアーリアの神々と対峙する全てにあてがわれ、そしてそれは全てのジニィ、ダイティャ、そしてダナヴァ、そして先見ヴィジョン(カ・シャパ)の子孫達を含み、通常はデーモンは含みませんが、スムーズな髪(プラスティャ)から血統したとされます。」

「太古の英雄達の幾らかは、後にヴィシュヌーの生まれ変わりと認識され、または彼等の伝説と関連され、ヴィーダ的文化以前の背景から続いて来て、そしてそれらと共に偉大な阿修羅の逸話をもたらし、それらの名前と英知は汚される事無く残りました。」

「逸話で触れられているのは、アーリア達がインド北部に定着した時に最初に争いになった先住民族の人々で、阿修羅とラクシャサの神話として取り入れられました。阿修羅と修羅の間の惨劇的戦争への引喩はプラーナとエピックの至る所に見られ、アーリア族とインド先住民族に対する苦悩の多くの逸話を含んでいるようです。ラクシャサは生贄の邪魔をするゲリラとして現れます。一人のラクシャサは、元々ラクシャサ・プロマンの言い名づけだったブルグの妻を略奪します。多くのアーリア達は阿修羅達との連合の契約を交わします。アルジュナはヴァスキ王の妹と結婚します。マタリの娘はナガ・スムクハと結婚します。ナガ・タクサカはインドラの親密な友人です。ガトトカサはラクシャシの女性によるビーマの息子です。ラクシャサ達とヤクサ達は時折、ディーヴァ達の軍の中に名前が上げられます。マハバラータに表現された戦争の中では、幾らかの阿修羅達は戦いにおいてクル達を補佐します。阿修羅は良くカリンガ族、マガドハ族、ナガ族といった異なったヒンドゥー部族にグループされます。アッサム地方には今でもナガ族が残り、そしてアシュルは中央インドの鍛冶屋の原始的な部族です。」
(注:鉄器時代において、鍛冶屋は最先端技術/最先端武器兵器。)

<中略>

・・・太古の賛美歌の殆どにおいて、阿修羅という単語は常に「力強い」または「強力な」という意味の形容詞として使われました。リグヴィーダの中では、2人の気前の良い王達と幾人かの神官達が阿修羅として表現されています。一つの賛美歌においては阿修羅である息子が悲願されています。9つの賛美歌の中でインドラ(神)は阿修羅と表現されています。5回に渡ってかれは阿修羅を持つとされ、そして1度かれはアシュラトバを持つと言われます。アグニは合計12の阿修羅表現を持ち、ヴァルナは10で、ミトラ(ミスラ)は8で、そしてルドラは6です。

・・・(阿修羅という)その言葉は、リグヴィーダの終わりの時代に向かって陰的意味を徐々に持つようになります。ゾロアスターの経典、アヴェスタは、彼等の最高神をアフラ・マズダとして(ヴィーダのアスラ・メドヒラと比較してみてください) - 強力で賢明という意味です。彼等(ペルシャ人)にとってディーヴァという単語は陰的です。阿修羅はよってあだ名として扱われます。ラヴァナアスラは強力なラヴァナを意味します。ラヴァナはバラモン-ラクシャサ(強力な肉食デーモン)です。

阿修羅という用語は言語学的にゾロアスター教のアフラに関係していますが、それはその宗教において異なった意味を持っています。その用語は3つの神に応用され--(アフラ・マズダ、ミトラ、そしてアパム・ナパットです)。加えて、アフラとダエヴァとの間の直接の対峙はなく、ゾロアスターにおける原理的な対峙は神々のグループ間ではなく、アシャ(真実)とドルジ(嘘)の間です。アフラとダエヴァの間の関係はその対峙の表現です。一方では、アフラ達は、その他のヤザタ達と同様に、アシャ(真実)の保護者です。もう一方では、ダエヴァ達は、最も早期の記述の中で、嘘によって誤って導かれた神々なので、拒否されるべきとされます。

インド-イラン時代におけるアフラ/阿修羅とダエヴァ/ディーヴァの間の二分対立の仮定は、F.B.J.クイパーによって詳細に論考されました。その二分対立は両方の文化の最も初期の記述からも明らかですが、リグヴィーダの阿修羅もガサスのダエヴァも「デーモン」ではありません。しかしながら、その神々は時折協力し合います。どうであっても、リグヴィーダ時代後のインドの阿修羅のデーモン化と、ゾロアスター・イランでのダエヴァのデーモン化は、とても後期に起こったので、関連させられた用語はインド-イランの宗教的方言とは考える事は出来ません。

元々19世紀に発表され20世紀中期に大衆化しましたが、先史時代の阿修羅とディーヴァの間の対峙は大体がアヴェスタ学者達によって既に否定されていましたが、顕著な出版(ヘール、1986)が成された時、イーダ的学者達から大きな注目を集めました。クウパーとヘールは今まで誰もしていなかった方法で論考し、ヴィーダ的記述の中の阿修羅とその変形の年代的順序を立証し、阿修羅が何故今日邪悪な存在へと成ったのか、そして何故、大いに尊ばれるヴァルナ、ミトラ、アグニ、アリャマン、プーサン、そしてパルジャニャは全て阿修羅なのにデーモン化される事はなかったのかに新たな洞察に繋がりました。ヘールの働きは更なる問いを上げました - 例えばどうして後期の詩人達は、リグヴィーダの阿修羅達は全て昇進(高揚)させられた神々であるというアイデアを無視出来たのかという事です。

ヘールの発見に続いて、ティェームの以前の提案であるインド-イランの阿修羅の同一性が広く支持を得るようになりました。一般的に(その詳細は異なるかも知れませんが)そのアイデアは以下にまとめられます:

・インド-イランの阿修羅がインドのヴァルナとイランのアフラ・マズダになった。
・これらの神々は「神々の上で統治する阿修羅」に最も親密に関係していて、そしてディーヴァ・アスラのあだ名を引き継ぎます。  

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コメント
 
01. 2013年10月25日 01:04:46 : iDvGlDNQ6c
私はあなたと同じような××というハンドルネームを持っていたが
管理人の言葉もなしに登録削除されたことがある。貴殿もご注意。

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