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カダフィ大佐失脚後のリビアはテロ社会
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投稿者 taked4700 日時 2015 年 1 月 02 日 11:33:25: 9XFNe/BiX575U
 

http://blogs.yahoo.co.jp/taked4700/12384594.html
カダフィ大佐失脚後のリビアはテロ社会

 2011年のアラブの春の一連の「革命」でリビアのカダフィ政権は倒され、カダフィ大佐は惨殺されました。独裁者カダフィというイメージが作られていますが、実像はかなり違います。石油事業を西欧の資本家から取戻し、その利益を使って世界有数の福祉国家を作っていました。多分、ISD条項が作られた理由は、欧米資本に所有されていた石油事業を国営にしたというカダフィ大佐の行動があったためではないかと推測します。

 なぜ、善政をしいていたカダフィ大佐が簡単に失脚したか、その過程を、あくまで一つの仮説ですが、考えてみます。

1.カダフィ大佐をはじめとした自由将校団による無血革命が1969年に行われ、リビアの政権を王政から奪取しますが、この当時から、カダフィ側近にかなり多くのリモコン装置付きの人たちがいたこと。もちろん、西欧の主に軍部によるリモコン装置が付けられていたはずです。このことは、カダフィ政権打倒のクーデターの真似事が何回も繰り返され、しかも、簡単に制圧されてきたことから分かります。一方で足を引っ張り、他方でそれを制圧することでカダフィの信任を得るという工作が繰り返されたはずです。また、カダフィ大佐自身が何回も政界引退を試みては周囲から拒まれています。

2.現実にある程度カダフィ大佐一家の人びとがおだてあげられ、ある程度華美な生活を送ることになった。

3.1972年にカダフィ政権は「禁酒令」を発令します。理想の実現を目指したといえると思いますが、その結果、カダフィ大佐に信任を置いていた人々に、隠れて酒を飲むことでカダフィ大佐の意志を裏切るという行為を何回もさせることになり、カダフィ大佐への信任というか、カダフィ信仰と言ったものが形式的なものになって行ったはずです。同時期に、イスラム刑罰の採用とか、公用語のアラビア語化などをしていますが、そのどれもが、一定の規模で反発を招いたはずです。

4.イラン・イラク戦争の本格化が1980年ですが、中東の自立を目指すリビアに対して、1982年、アメリカは経済制裁をかけます。これにより、カダフィ政権は石油収入の多くを失ってしまうわけです。経済的な締め付けは政治を困難にします。特に、リビアのように遊牧民が国民の大多数を占める国家の場合、人々が自立して、単独に生活することが社会の基本となっていますから、社会基盤を共同で作っていくという意識が薄く、結果的に政府から個人への医療費とか教育費などの給付がなくなると一気に政府への不満が高まるのです。

5.1986年、レーガン政権はカダフィ殺害のために空爆をしかけます。この結果、カダフィ大佐の子供の一人が亡くなっています。普通の人がこの事件を知れば、カダフィ大佐はアメリカをはじめとした西欧社会へ復讐を考えていると思うでしょう。カダフィ大佐の政治そのものはあくまでリビア、あるいはアフリカの自立を目指したものであり、決して過激派と言ったものではなく、まして、テロリストでは全くなかったのですが、アメリカが空爆というテロ行為をすることで却ってカダフィ大佐側にテロリストというレッテルが貼られることになったのです。

6.パンアメリカン航空103便爆破事件が1988年に起こります。リビアの情報機関により起こされた事件とされますが、実態は西欧諸国によるでっち上げでしょう。しかし、経済制裁が続いていたため、カダフィ大佐はパンアメリカン航空103便爆破をリビアの責任だと認めてしまいます。経済制裁を止めさせ、石油収入を得るためでしたが、このことにより、公的にカダフィ大佐はテロリストだというレッテル貼りが認められてしまいました。リビア国内で実際に行われている福祉政策はほとんど報道に載らず、パンアメリカン航空103便爆破事件はカダフィ政権がやったと認めたということだけが世界へ報道されていったわけです。基本的に、この時点で、リビア国外の人びとへのマインドコントロールは完成したと考えられていたはずです。

7.経済封鎖が解かれたのち、リビア国内へは外国資本が進出し、国内の開発が一気に進みます。ほとんど調べてはいないのですが、社会資本開発などにあたって、地元有力者へリベートなどが払われ、国内対立の芽が作られたのだと思います。例えば、あの地区はカダフィ大佐の出身地なので開発が進んでいるが、この地区はあまり重要視されていないというような話を広めるわけです。多分、これによりリビア国内向けのマインドコントロールがほぼ完成したのだと思います。経済的に痛めつけて、その次に一部を優遇し、人々を手なずけるという、ある意味とても古典的な手法です。

8.インターネットの普及とかマスコミ幹部を買収するなどして、情報の流れをコントロールする基盤が2010年には完全に整っていたはずです。経済封鎖解除後のリビア経済は順調でしたから、パソコンや携帯電話は相当に普及していたはずで、これが一気に革命という雰囲気を広めていったのです。

 以上のような経過で、カダフィ政権は消されてしまったのだと思いますが、その結果はとても悲惨なもので、現在のリビアはテロ社会です。軍閥が各地にはびこり、経済的な落ち込みが続いています。

 振り返って、日本の戦後歴史を考えると、かなり共通点があるように思います。このことを考えることで、日本社会がテロ社会化することをある程度防ぐことが出来るのではと思います。

2015年1月2日11時15分 武田信弘  

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