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第2次世界大戦戦後体制の終焉とその意味
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投稿者 taked4700 日時 2015 年 1 月 14 日 01:07:50: 9XFNe/BiX575U
 

http://blogs.yahoo.co.jp/taked4700/12433265.html
第2次世界大戦戦後体制の終焉とその意味

 第2次世界大戦の意味は核兵器の登場にあったはずです。戦後体制は基本的に核兵器保持国によって決定されてきました。しかし、同時に、科学技術の進歩や教育の普及、大規模な伝染病対策の実現、世界的な通信網や通行網の整備など、戦後70年の変化はそれまでの70年に比べても格段に大きなものでした。

 戦後体制の最初の大きな課題は急速に増加する人口と不足しつつある食料のバランスの問題でした。1972年にローマクラブから「成長の限界」という本が出され、人口抑制が中国においては「一人っ子政策」として1979年から国家規模で始められました。しかし、現代においては多くの先進国や発展途上国で少子化問題になっています。このことは、人口コントロールがほぼ可能になったという意味でしょう。ただし、実際に人口コントロールがその地域で出来るかどうかは国家体制の問題などがあり、地球的に見てまだ大きな課題であると思います。

 もう一つの問題が資源・エネルギー問題でした。石油をはじめとした化石燃料や鉄鉱石・レアメタルなどの資源など、資源の分布が偏っているため、資源の分捕りをめぐって争いが続いています。どんなものを資源として利用するかは科学技術の進歩にも依存するため、今後も資源をめぐる争いは続いて行くように思えます。一方、エネルギー問題については、再生可能エネルギーとして太陽光や風力、潮力、地熱発電などが普及しつつあり、技術革新も急速に進みつつあるため、今後、ある程度の解決のめどがたつ可能性があります。

 この二つは第2次世界大戦前からのある意味伝統的な、人類に与えられた課題でしたが、戦後人類自身が自ら作り出した課題もあります。一つは科学技術の進歩に伴う問題で、格差と、その格差の結果、優位にある人々が恣意的に他者をコントロールできてしまうという問題です。テレビや新聞と言った伝統的なマスコミだけでなく、インターネットの普及は個人がひろく情報発信することを可能にしましたが、それ以上に権力者が個人のプライバシーを監視することを可能にしてしまいました。、その結果、例えば2011年のアラブの春に見られるような国家全体をコントロールして政治を動かすということが出来るようになってしまっています。当然、もっと小規模に人々をコントロールすることはかなり頻繁に行われていて、サブリミナル効果を使ったマインドコントロールが社会のあらゆるところで行われている様子です。

 もう一つの問題は、核兵器保持に関連したもので、核廃棄物、それも高レベル核廃棄物をどう処分するのかというものです。戦後すぐの段階で原子力発電を行うことにより核兵器保持に関連した核廃棄物処分の問題を隠してしまうことが出来るとアメリカをはじめとした戦勝国が考えていたようですが、結果的に、原子力発電を大規模にやることになり、世界的に高レベル核廃棄物を大量に作り出すことになってしまいました。ヨーロッパも北アメリカ大陸も地震の少ない土地でしたが、2004年のスマトラ島沖地震以来、世界的に地震の頻発期に入りつつある様子で、高レベル核廃棄物、それは同時に永遠に消えることのない重金属毒性を持った廃棄物ですが、この処分問題は今後ますますその解決が迫られていくでしょう。ただし、重金属毒性については水に溶けない化合物にしてしまえばかなりの程度解決するはずです。但し、それでも、数十年とか数百年ごとの維持管理は必要でしょうが。

 医療の進歩の結果、高齢化している問題もやはり人類が自ら作り出した課題です。どういった一生を送るのか、いつ自らの死を受け入れるのかということを意識的に選択する時代がやがて来るかもしれません。しかし、多分、そういった制度が定着する前に、主にサブリミナル効果を使ったマインドコントロールなどで高齢化の解決がされていくはずです。

 結局、戦後体制の終わりは、これらの課題を解決するために新たな枠組みを作り出すわけです。なぜ、今、戦後体制の終わりが来るかと言えば、原発廃炉の時期が迫ってきているからです。既に核廃棄物の保管が非常に大きな問題になって来ていて、しかも、2000年ぐらいから北アメリカ大陸をはじめ、ヨーロッパなどで、地中からの大音響や家屋のガタガタという揺れが観察されだし、地震が少なかった地域で今後かなり大きな地震が起こることが予測されているからです。これ以上、原発敷地内のプールに使用済み核燃料を保管していても、そのプールが壊れてしまう可能性があるのです。特に問題なのがMOX燃料で、使用済みMOX燃料は100年単位でのプールでの冷却が必要とされています。アメリカはMOX燃料を使っていず、フランスをはじめとしたヨーロッパの国々が使ってきています。

 2000年ぐらいからの大地震の兆候は、2004年のスマトラ島沖地震で確信に変わったはずです。その後、アメリカでのサブプライムローン詐欺が国家規模で行われます。多分、この時に得た資金で2011年のアラブの春を演出し、その後のシェール革命をやったのです。アラブの春とシェール革命の狙いは同じです。原発廃炉と中東を高レベル核廃棄物処分場として使うということです。今後、核兵器保持国と原発立地国が共同して中東の国々のコントロールをやっていくはずです。

 風刺画掲載仏週刊紙「シャルリーエブド」でのテロをきっかけにヨーロッパで大規模なデモが行われましたが、これの背後にあるものは、基本的に核廃棄物処分問題への危機感であるはずで、フランスでのデモの先頭に立った各国リーダーたちは、今後数年をかけて特定の地域を核廃棄物処分場に仕立て上げようとするでしょう。

 原発廃炉をし、中東の国々が国家破綻した結果投げ売りする安価な原油を使って今後10年程度の間に自然エネルギーへの転換が行われていくでしょう。当然、その中核を占めるのは地熱エネルギーのはずです。

 人口問題や資源問題を含めて、今後は国家を超えた体制、つまり、多国籍企業支配によってコントロールがされていくはずです。TPPはまさにそのための仕掛けであり、多国籍企業支配により、アメリカは第2次世界大戦後ずっと苦しんできた国内問題、つまり、人種の対立という問題を克服できるのです。簡単に言えば、公(おおやけ)という考え方から私(わたくし)こそが重要だという考え方へのシフトです。多国籍企業による経済支配が全てを決定して行くことになるのです。

 格差の問題、それは例えば国境を超えた人々の移動の問題なども含みますが、こういったものも基本的に多国籍企業の経営の視点からコントロールがされていくはずです。そういったコントロールの背後には、資本の独占を通じた一部の特権階級が大多数の人びとを合法的に支配するという構造があります。

 情報技術の進歩が管理の徹底を可能にし、一人勝ち状態を作り出しているわけです。株取引の高速自動化などもそういった動きの一環であり、現在課題となっている「フラッシュ・クラッシュ」なども今後プログラミングの改良により克服されていくでしょう。

 多国籍企業の活動の場は国境を超えたものであり、そこでは国家の枠組みはあまり重要ではありません。中央銀行の国債買い入れには近い将来タガがはめられ、公債のリスク資産化がJIS規制で決められるでしょう。国による福祉実現という考え方は廃れていき、国家の力は制限され、福祉や公教育は縮小されていくはずです。

 しかし、同時に、国家の縛りがないとき、なんらかの問題は生じないのでしょうか。治安の維持とか社会インフラの整備といった問題であり、基本的に税金を取ることで解決が出来ます。そして、これは消費税という形で税収を確保すれば、いわゆる特権階級はあまり懐を痛める必要がないのです。よって、多国籍企業システムにとっての障害とはなりません。

 では、多国籍企業による支配は無敵であり、完全なのでしょうか。

 そうではありません。大きく分けて二つの問題があります。

 一つは、内在的な問題であり、あまりに強い力を持った場合に、モラルが維持できないという問題です。既にそういった状況は顕在化しつつあり、ほぼ世界中で続発しているでっち上げ事件はその表れです。自分たちの目先の都合に合わせて他人をどうにでも操れるという思い上がりがどんどんと強まりつつあり、社会や自然の実態を無視することが簡単にできてしまうのです。その結果は実態とのかい離であり、社会や自然にゆがみを貯め込むことです。その結果、いつか大規模な破たんがやってきます。

 もう一つの問題は、最初の問題から派生したとも言えるものであり、自然のしっぺ返しです。つまり、地球的な自然環境の変化という問題であり、大地震に伴う原発事故とか火山噴火による寒冷化、または、放射性物質による環境汚染の結果の遺伝子異常などです。

 1960年代の初めに、E.H.カーが書いた「歴史とは何か」にある次の一節、「次の時代の人間は、環境や自分自身に対する自らの力を、そして、自ら法を作り、その下に生活をするという権利を、心の底から意識するようになったのです。」がまさに問題となっていて、科学技術の進歩が、一部の人による非常に大きな権力の保持を可能にしたのですが、多国籍企業による利益追求がすべてに優先するという「法」は軍産複合体という集団の規律維持のためには有用でしょうが、個人の精神の維持にはあまり意味がないのです。多分、数世代は、多国籍企業の中での出世競争という形で精神的な充実が得られるという信仰が通じるはずですが、そのうちに、出世競争自体が有名無実化し、特権階級による独占が一層進むでしょう。その果てにあるのは自動化された機械による支配となるしかないと思います。

 結局、明日は別の日であり、人間を含めた生命体は自然による一投、新しい試みなのです。それが時には恵みをもたらし、時には破滅をもたらすのです。

 そして、そうであるなら、単に勝利者とか権力者を目指すのではなく、環境、それは基本的に自然とその中にいる自分自身を含めた他者のことですが、それとの共存を最終的な目標とするべきです。

2015年1月14日00時50分 武田信弘  

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コメント
 
01. 2015年2月23日 22:13:19 : fPxsBIstAQ
結構、何が言いたいのか良く解らない。

提言ですか? 未来予測ですか? 個人的願望ですか?

話の焦点を絞って下さい。


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