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攻撃対象となっている強権的な政権こそが、半世紀前には欧米の中東支配に異議を唱え、アラブ諸国の「真の独立」を求めて…
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投稿者 仁王像 日時 2015 年 8 月 08 日 18:04:44: jdZgmZ21Prm8E
 

(回答先: トルコに学ぶ〜アメリカからの強い参戦の要請を軍が拒否/内藤正典 投稿者 仁王像 日時 2015 年 8 月 07 日 21:02:07)

「アラブの春」の攻撃対象となっている強権的な政権こそが、半世紀前には欧米の中東支配に異議を唱え、アラブ諸国の「真の独立」を求めて成立した政権だということだ/酒井啓子

「〈アラブ大変動〉を読むー民衆革命のゆくえ」酒井啓子編/東京外語大学出版会‘11年から抜粋

≪本書を編むにあたって/酒井啓子≫
 何故突然、アラブ諸国で民衆デモが盛り上がり、次々に連鎖しているのだろうか。何故エジプトで政権打倒が成功したのに、リビアでは内戦状態と化し、多国籍軍が介入する事態になったのか。そもそも、過去30年間以上長続きした権威主義体制が、急速に崩壊していった原因は何なのか。
 こうした展開を予想していた中東研究者、特にアラブ研究者は、ほとんどいない。だからこそ、チェニジア、エジプトでのデモが活発化し始めたとともに、ほとんどのアラブ研究者は、この動向に釘付けとなった。この動乱は、何故起きたのか。アラブ世界はどこへ向かっているのか。
 客観的にみれば、チェニジアにしてもエジプトにしても、純粋な民衆革命というより、体制内部の派閥抗争、より厳密にいえば軍事クーデターの域を出る者でないことは確かだ。1980年代以降のフィリピン、韓国、インドネシアで見られたように、大衆のデモは政権を追い詰め、これを退陣に追い込むことはできるが、その結果民衆の歓喜が継続する夢のような政治が実現したかといえば、全くそうではない。革命ムードに浮かされて、事態の本質を見失ってはいけない、といった批判もある。
 だが、その一方で、民衆がこれまで政権に対して抱いていた「弾圧の恐怖」を振り払って、ひとつの集団行動を起こそうという気持ちになったこと、そして自らの力によって政治を変えた、という意識が民衆の間に生まれたことは、紛れもなく大きな社会的変化である。

序章 「恐怖の共和国」から「アラブの春」へーアラブの同時多発民衆蜂起の背景/酒井啓子
≪二、強権体制のしぶとさ≫
 忘れてならないのは、現在「アラブの春」の攻撃対象となっている強権的な政権こそが、半世紀前には欧米の中東支配に異議を唱え、アラブ諸国の「真の独立」を求めて成立した政権だということだ。エジプトにおける自由将校団による軍事政権、シリアやイラクでもバアス党政権が50年代から60年代に成立したのは、外国の支配からの自由とアラブの統一を掲げた青年将校たちが、西欧諸国が間接的に支配する旧体制に反旗を翻したからである。特にエジプトのナセル大統領は、スエズ運河を国有化たことで、アラブ民衆の間で圧倒的な人気を博した。4回の対イスラエル戦争を戦ったエジプト、シリアは、パレスチナの大義を掲げたアラブのヒーローであった。
 アラブの民族主義政権たちは、70年代に入ると、革命の理想も形骸化していく。一部の政権エリートに権力が集中し、国内の政治的自由化は進まない。…パレスチナで80年代の終わりに住民の間でインテファーダが自然発生的に起きたのは、こうしたアラブの大義の形骸化と無関係ではない。
 

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