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承認」を巡る闘争    ーヤルタとポツダムの齟齬
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/296.html
投稿者 影の闇 日時 2015 年 10 月 15 日 22:23:16: HiXvZf/FmwPNU
 

確かに欧州側の戦後秩序は一変しており、ヤルタ=冷戦体制、即ちドイツ封じ込めを中心に置く(アメリカによる)欧州管理(支配)は既に破綻していると言っていい。 独仏を枢軸とするEUの存在感の増大、しかも実質切り盛りしているのはドイツであることを知るなら、しかも最近の(ヤルタもその中にある)クリミア編入を巡るウクライナ紛争を見れば尚更、“ヤルタ”は過去のものなのでしょう。 しかしながら他方、目を東に転じると様相が全く異なります。 中韓の主張及びその態度に表われている様に、戦後体制は益々牢固なものとなっている。 つまり、(ヤルタ無き)ポツダム体制は、当面、揺らぐ気配は無いのです。 第一次安部政権が呆気なく潰れたのも、自らの宿願(“レジーム・チェンジ”=戦後体制の転換)が、当面、叶う状況にはないことを覚ったからでしょう。 辞任の本当の理由が「“テロとの戦い”の為」なのも、アメリカの主要な関心事が「対テロ戦争」で、その主舞台がユーラシア西部に在り、しかもその「戦争」が、展望を見出せぬまま、失速しそうな状況に陥って、只でさえアメリカの軍事プレゼンスに黄信号が点っている。 そんな中、“レジーム・チェンジ”を掲げての軽挙妄動が、却って、只でさえ脆弱な東アジアにおけるアメリカのリーダシップなりイニシアティブを損ないかねないということで、アメリカ(ブッシュ政権)の不興を買ったから、というのが本当の処でしょう。 
アメリカの東アジアへの影響力は、大戦後の支配体制=ポツダム体制の守護者という事を根本に、朝鮮半島と日本に巨大な軍事基地を置いている事が中心になりますが、半島ナショナリズムや琉球ナショナリズムに包囲された現状を見れば、それが如何に脆弱であるかは解るはずです。 “リバランス”と言っても、精々日本やフィリピンを唆すぐらいが関の山、「日韓秘密情報保護協定」の頓挫に見られる通り、「日米共同声明」(1969)のラインへの復帰さえ不可能なのです。 それは、「韓国や台湾地域の安全は日本自身の安全にとつて重要」とする日本側の認識を、今なお、これらの国や人々が受け入れるか?と問うてみればいい。 (アメリカの強要があったにも係わらず)「韓国の安全」への日本の関与を拒絶したのが同「協定」への態度であった(竹島も慰安婦もその為のエクスキューズ)のだし、「尖閣」即ち「台湾地域の安全」について、日中間が最も緊張した「中国漁船衝突事件」の最中に台湾側が取った態度(中台合同海難救助訓練の実施)を見れば、その意思は明らかでしょう。 これらは、何れも、日本に向けて以上に、その背後に居るアメリカにこそ向けられていた、と考えるべきです。 もう、日本を使って、この地域を引っ掻き回すことは止めてくれ!と。

因みに、その「共同声明」の直前の所謂「ニクソン・ドクトリン」(グアム・ドクトリン)は「今後、東アジアへの軍事関与を抑える」というもので、明らかに、これは中国へ向けたサインでした。 そして、このドクトリンを併せると、今日の「オフショア」まで繋がるアメリカの戦略が見えてきます。 自らは一歩退き、日・韓・台を連携させて中国に対する。 そうして、自らのポジションとしては、或る面ではマッチ・ポンプをやりながらも、別の面では調停役を務めるー総体としてはバランサー役を手放さない。 この位置取りが必ずしも上手くいかなかったのは、70年代半ばのベトナムからの軍事的敗退によるプレゼンスの大幅な低下と、それに伴って起きた、田中角栄や朴正煕等、日韓におけるナショナリズム乃至(アメリカとの距離を取る)非親米勢力の台頭です。 
特に韓国においては、70年代から90年代に掛けて、日本や今日のヨーロッパを上回る謀略と破壊活動のターゲットとなり、幾多の、凄まじい犠牲を出しながらも、今なお、そのスタンスを保持している。 それは、殆ど同時期、同じ様に謀略と破壊活動のターゲットとなり、同じ様に犠牲を出して、結局は屈服して仕舞い、そのスタンスを放棄した日本と好対照と言えます。 言わば、テロに屈した日本と辛うじて踏み止まってる韓国、現在の日韓関係の齟齬もその表れ(二人の子供、朴槿惠と田中真紀子の現在はその差)、と見るべきなのです。 他方、アメリカ側から見て、その状況を追認したと思えるのが、大統領よりも力を持つと言われた伝説的な軍事戦略家A.マーシャルの「極東に拘泥したことは誤りだった」(『アジア2025』)との自己批判です。 これは、「在韓米軍の全面撤退」を掲げて登場して来たカーター大統領に対して正面から批判し、それを撤回させた張本人にして言えることでしょうが、軍事戦略家として、半島を失うことへの恐れがあったのだと思われます。 
海洋地政学からみれば、半島は橋頭堡bridgeheadであり、大陸への足掛かりと位置付けられていますので、インドシナ半島に引き続いて朝鮮半島を失うことは東アジア(大陸)への足掛かりを失うことになるからです。 つまり、この自己批判から読み取れるのは、最早(東アジアにおいては)半島は軍事戦略としては使えないし、使わないーそこから沖合い(オフショア)まで実質引き下がる戦略が出て来る、ということでしょう。 従って、半島南部(韓国)は「アメリカ人が自ら血を流して確保した領域」で、在韓米軍は「軍事利権」―精々持って極東関与のシンボル的な意味でしかないのであり、だからこそ、他方その(実質を伴わない)虚構を顕わにしようとする、北朝鮮のイワユル“瀬戸際作戦”が出て来る、という訳です。
もちろん沖縄の海兵隊(基地)は無用の長物の最たるものなのであり、在日も含めて、極東米軍(基地)そのものが(軍事的には)不用である、言うならば米軍の”レガシー”に過ぎない。
「第7艦隊だけで十分」という小沢氏の発言はまさに至当、米軍事戦略の本質を衝いた発言なのです。

―以上で分かる通り、政治的にも軍事的にも、日本を取り巻く極東情勢は様変わりしており、韓国も台湾も日本へのスタンスは46年前と一変しているにも係わらず、「安全保障論議」の前提が“半島危機“と”尖閣危機“を根拠にしていることに明らかな様に、日本の状況認識は逆に46年前に戻っているのです。 その理由も又明らかと言わねばならない。 客観的には先程挙げたオバマ政権が進める「リバランス」に呼応したものとなっておりますが、主体の側から言えば、此の間、アメリカ支配に抗う様に、地域の緊張緩和と友好を増進して来た勢力(田中角栄から小沢一郎や鳩山由紀夫までの、所謂「党人派」中心)が政治の中心から駆逐され、それ以前の、佐藤政権までの、官僚派中心勢力に牛耳られていた時代に舞い戻っているーその外交スタンスが佐藤政権時と地続きになってるーということです。 
官僚派とは明治の薩長=維新主体勢力の流れを汲み、政治的なスタンスも(アジアを夷蛮視する)「脱亜入欧」路線を引き継いでおりますので、近隣諸国との関係を極端に軽視する。 分かり易く言えば、アメリカとの関係さえ良ければ他(アジア)との関係はどうなっても良い、ということ。 只でさえ官僚は、既定的な思考とか、行動が固着しており、スターリン言うところの「箱に入った」存在、新たな状況への対応が不得手で、(旧来の)安定的な枠組み(と想い込んでる)ものから抜けられない上に、この様な<権力>の正統性というものが絡んでいるが故、客観的には如何に現実離れした認識であっても、当事者にはそれなりの必然と捉えられている、ということです。 元より、その下支えをしているのがこの国における明治以来の、漠然とした、アジアへの蔑視なのですが、分けても、此の間、目的意識的に作り出された、中国や朝鮮半島を標的とする排外意識の高まりであり、そうした「空気」を巧く利用する形で、流れを作り出そうとしていると思われるのです。 
先回りして言えば、“半島危機“や”尖閣危機“はその為のエクスキューズ(口実)であり、本当の処は別に在ると考えるべきなのです。

というのも、彼らが以前のスタンスに戻っていても、46年前の情勢にはないことぐらいは感じ取ってるはずであり、現実には、そのパートナーであるはずの韓国や台湾(中華民国)から相手にされない以上、その行動には始めっから限界付きであるのは明白なのだから、如何に彼等が愚かであっても、それに替わる「何か」がないのなら今回の如き行動(積極的平和主義、集団安全保障)に訴えようとすることは有り得ない、と思われるからです。
従って、斯かる官僚派=維新主体勢力が思い描く<戦略>(と思われるもの)を予見し、それによって引き起こされる事態を描いてみることで、「やらなくてもいい戦争」「する必要の無い戦い」に身を乗り出して行こうとする彼等の動機の真の在り処(彼らなりの必然性)を明らかにすることが必要だろう、と思います。

<戦略>について言えば、私はそれを、極東における正面突破は出来ないから、搦め手(中東)から、ということだろうと思います。

詰まりは、東アジアにおいては当面困難だろうから、回り道(中東)をしてでも、其処で「勲功」を積むことによってー言わばアメリカに恩を売ることによってーそれに代える、というもの。
何とならば、「リバランス」といっても、その本当の処は中東足抜けのエクスキューズであり、その一方、本気でそれに呼応しようとするのは、日本を除いては、フィリピンぐらい、笛吹けど踊らず、精々ポーズとかジェスチャーに止まるであろうことは予想され、また日本自身にとっても、本当は“半島危機“や”尖閣危機“などどうでもよく、上で示した通り、「アメリカに認められる」ことこそその本来の、そして根本の動機であることを考えれば、そこからすれば、逆に言えば「アメリカに認められる」なら何処でもOK―ということになるのだから。

ネットやテレビ、それに書店などを覗いてみるといい。 「日本スゴ―い!」と、如何に世界(主に欧米)から認められているかのオンパレード、。 もちろんそれは、“3.11”で生じた文明的不安に加え、中国や韓国の台頭によって、アメリカを仰ぎ見る裏にアジアを見下していた自らの位置取りが危うくなって来ているという状況が背景に在ります。 しかしながら、更に見逃せない重要な要素として、此の間、より直接的には「小泉構造改革」(新自由主義)によって、かつては世界に誇った分厚い中間層が崩壊の危機に直面しているということがある。 中間層の破壊をもたらす新自由主義は、橋下の「組合」や「教育委員会」への敵意が示す様に、何よりも権力を分有していた中間的な組織の解体や弱体化を目指すので、それまでの(中間的な組織が担っていた)『承認』のシステムも又解消させることになる―ということは、社会の広範囲に、所謂『承認をめぐる闘争』(A・ホネット)を惹起させることになるのです。 アラブのみならず、ヨーロッパの若者までも巻き込んでいる「イスラム国」などその典型でしょうが、この日本においても、一昔前であったら考えられなかった事件の数々、様々な紛争や軋轢の背景には、この「社会的承認」という問題が大きく影を投げ掛けているのが見て取れるのです。 勿論、澱みに浮かぶアブクの様な、”ネットウヨ”なる現象もまたそのひとつでしょう。 個々に満たされることのない「承認」の代償として、「私の欲求」が「我らの欲求」にすり替っているわけです。
従ってこれらは、愛国心とか、集団的な自己陶酔や自己愛に止まるものと考えるよりも、もっと積極的に、<他者>に認められたいという欲求の現われと見做すべきなのでしょう。  言うまでもなく、そうした動きの頂点にいるのがアベ(政権)、という訳です。
つまり、アベ(政権)を押し上げ、またアベ(政権)登場によって堰を切った様に溢れ出て来た斯かる「承認欲求」は、第二次大戦以来の歴史的変動期を迎え、更にそれ以上の地殻変動の予感に慄きながらも、そこから生じる存在への不安とその解消を求める動き、と見做されるのです。 
日本に顕われたこの動きは、だから、横軸としては、世界の動きと連動したものとは言えますが、しかしながら他方、縦軸、つまり日本の歴史的文脈においては、また別様の見方が成り立つ、と思います。 その事は、もしも田中角栄ー小沢一郎ラインの政党政治家が権力の中心に居たなら、今起こっている事は無かったと考えられるからです。 
その根本的な理由については稿を改めますが、私は、これを、この国の近代を牛耳って来た勢力による最後のアガキと考えており、だから、本当の問題は、斯かる<戦略>の当否は元より、根幹に在る「アメリカに認められる」という欲求の正体とその依って来る大本の処に在るものー言うならば、何がそういった欲求や行動を駆動させるのか?を明らかにしていくことがどうしても必要となって来るのです。  また、そのようにしてみて初めて、彼等=維新主体勢力にとっての必然は、我々にとっては、本来、何の係わりもない因果系に在り、彼等の妄想に付き合う謂われなど無い事が判然となり、150年の迷妄を覚ますことも可能となると思わます。
 

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