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日本企業は「用済み社員」だらけ… リストラ予備軍は40代バブル入社組
http://www.asyura2.com/13/hasan80/msg/564.html
投稿者 金剛夜叉 日時 2013 年 6 月 23 日 07:32:07: 6p4GTwa7i4pjA
 

 「6重苦」の日本企業は社員の8割がリストラ予備軍だという。時代の大きな変化は企業が求める人材像を一変させた。管理職、一般社員にはどんな働き方が求められているのか。有力人事部が「生き残る社員」の条件を語り尽くす。

 【電機】東日本大震災の影響による中小企業のリストラをはじめ、大手もリーマン・ショック以来の業績不振や円高による生産の落ち込み、海外への生産シフトでリストラをしている。それでも、まだバブル入社組の数が多い。彼らは40代の半ばに達した課長職が多いが、人件費負担も高いし、リストラのターゲットになっている。

 【IT】リーマン・ショック後にリストラをしたことがある。うちでは毎年、人材計画会議を開催し、定量的なデータに基づいてリストラ候補を抽出して手を打っている。やはり多いのは1980年代後半からバブル崩壊後の93年までに採用した40代の社員だ。今まではその上の高齢層とローパフォーマーが中心だったが、ポストがなくなると彼らに手をつけざるをえない。今は業績も回復し、儲かっているうちに、きちんと処理していくしかない。

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http://www.sankeibiz.jp/econome/news/130608/ecd1306081900002-n1.htm  

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01. 2013年6月24日 13:41:12 : xEBOc6ttRg
http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20130624/355488/?ST=overview
設計力を磨くためのヒント
日本の企業は“超天才の集団”にどう立ち向かえばいいのか

創造的なアイデアを生み出す「デザインシンキング」について富田欣和氏に聞く(後編)

2013/06/24 00:00
高野 敦=日経ものづくり
 前編では、創造的なアイデアを意識的に生み出すための手法「デザインシンキング」について、同手法の活用支援コンサルティングを手掛ける富田欣和氏に聞いた。後編では、欧米がデザインシンキングをどう活用しているのか、それに対して日本の企業はどう導入すべきかについて、引き続き同氏に尋ねた。(聞き手は高野 敦=日経ものづくり)

――欧米の大学や企業は昔の日本を研究した上でデザインシンキングに取り組んでいるということですが、それは大学が研究し、企業が実践するというような関係なのでしょうか。


富田欣和(とみた・よしかず)氏
慶応義塾大学大学院非常勤講師。同大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科でデザイン・プロジェクトや起業デザイン論、イノベーティブ・ワークショップ・デザイン論などを担当。イノベーティブ・デザイン合同会社代表としてイノベーティブ思考によるソリューション開発支援を手掛けるなど、数社を経営している。実務に生かせる社会システムデザインやイノベーション・マネジメントの研究に取り組んでいる。同大学大学院修士課程修了(システムエンジニアリング学)。
富田氏:我々が今回欧米の大学や企業を視察して感じたのは、大学と企業の境目がなくなっていることでした。もうかるかどうか分からないことを地道にやるのが大学で、もうかりそうな場合にそれを具現化するのが企業というのが従来の役割分担でした。ところが、デザインシンキングに関していえば、それがあいまいになっています。

 例えば、今回の視察対象の1つに米IDEO社というイノベーション・コンサルティング・ファームがありましたが、IDEO社の方と午前中に議論し、午後に(やはりデザインシンキング教育に熱心な)米Stanford Universityに行くと、午前中に議論したIDEO社の方が「d.school」(Stanford Universityのデザインスクール)の学生に講義をしていました。それだけでも驚いたのですが、次にd.schoolの教授と意見交換をした後で何気なくこの後の予定を尋ねたら、「IDEO社に行ってプロジェクト・ミーティングに参加する」と言うのです。それぐらい大学と企業の間で人の行き来が盛んです。

 そうした人の行き来を歓迎するオープンな雰囲気をIDEO社やStanford Universityには感じました。さすがにIDEO社はさまざまなクライアント企業の機密情報を抱えていることもあり、社内を自由に動き回れるわけではないのですが、Stanford Universityではあらゆる場所に入ってもらって構わないということでした。このオープンな場にさまざまな人材が出入りして、新しいものを生み出そうとしています。人やアイデアを囲い込むのではなく、使えるものは誰のアイデアだろうが使っていくという姿勢を感じました。

――そうしたオープン・イノベーションに意識的に取り組んでいるとなると、日本の企業は太刀打ちできなくなりそうです。

富田氏:確かに、日本には無意識にイノベーションを生み出していた時代があったかもしれませんが、そういうやり方を大分忘れてきているのも事実です。イノベーションを意識的に生み出すことを目的に設計された組織がシステマチックに取り組んできたら、日本の企業にとってはかなりの脅威となるでしょう。しかも、それをやっているのは世界でも有数の頭が切れる人たちで、いわば超天才をネットワーク化して協業させようとしているわけです。

自由に耐えられない

――そもそも日本の企業は、外部の人や企業と対等な立場で協力することを苦手としている印象があります。

富田氏:我々が取り組んでいる手法の1つに、目的を抽象化することで本質的な価値を発見する「バリューラダー」があります。バリューラダーによって目的をどんどん抽象化していくと、実は当初の目的を実現するための手段がたくさんあることが分かってきます。手段が多様化し、代替案が出やすくなるのです。


2013年6月12日に開催された「デザインシンキング」セミナーの様子
 例えば、同じ企業の中でも隣の部署が何をしているのか分からないということは決して珍しくありません。ところが、バリューラダーで目的を抽象化して、自分たちがやっていることの目的を他の部署と共有できるようになると、「それならこっちにいい考えがあるよ」などという具合に議論がオープンになってきます。

 そうすると、今は必要な技術を自社で開発しているけど、別に他社の技術を使ってもいいじゃないかなどという一歩踏み込んだアイデアが出てくるわけです。このように、バリューラダーを使うと、目的を実現するための手段をギリギリまで決めず、幅広い視点でアイデアを検討し、最善の手段を選べるようになってきます。

 しかし、日本の企業はその逆であることが圧倒的に多いのです。つまり、手段の自由度を担保した状態で議論することに耐えられない。

――具体的な手段をまず決めたいと。

富田氏:今までは駆動源にモータを使っていたけど、異なる手段の可能性を追求することで、イノベーションが生まれるかもしれないわけです。 ところが、そうした本質的な議論をしようとすると面倒になってしまい、「今までと同じモータでいいよ」という結論に落ち着いてしまう。具体的な手段を早く決めたくなる気持ちは分かりますが、それをどこまで我慢できるかが大きなポイントです。そのハードルを乗り越えると、議論が一気に楽しくなります。

 そもそも、日本の技術者が優秀であることは間違いないです。あとは、我慢することだけです。自分たちのエンジニアリング能力を信用して、「最終的に自分たちは何でも造れる」という姿勢で大きく構えておく。ギリギリまで戦略的自由度を維持したまま、コンセプトを抽象化し、本質的な解決策にたどり着くという議論のやり方を身に付ければ、日本からイノベーションが次々と生まれる日も遠くありません

議論の方法を誰も知らない

――1人ひとりはそういう議論の重要性に気付いていても、組織として取り組むところに大きな壁があるように感じます。

 我々が開催しているワークショップでも、同じ企業から2人以上参加してもらった場合は、その後の進展が圧倒的にスムーズです。1人だけだとなかなか周囲に伝えられないのですが、少なくとも2人いて楽しそうに議論していると、自然に周囲から声が掛かります。1人でワークショップに来ている人は、社内にどう普及させるかということで悩んでいるケースが少なくありません。

 実際、ある企業は最初から20人ぐらい来ました。その人たちがワークショップから戻ると、職場の中ではそういう議論をできる人たちが標準になるので、一気に広がっていきます。

――個人的には、議論するのは大事だと思っていても、何だか恥ずかしいという気もします。


2013年6月12日に開催された「デザインシンキング」セミナーの様子
富田氏:そういう側面もありますが、もっと大きいのは議論の方法を知っている人がほとんどいないということです。最近ではディベートや会議のファシリテーション(議事進行)などが注目されていますが、デザインシンキングの議論はこれとも異なります。

 ディベートというのはやや分析的で、原因を追及したり課題を明確にしたりするのには向きます。しかし、デザインシンキングで新しいものを生み出すための議論の方法を教えてもらったことのある人は、ほとんどいないと思います。教えてもらっていないから分からないだけなのです。

――そういうのは、突然ひらめくものと思われていそうです。

富田氏:技術者のインスピレーションやインサイトといったものは当然ありますから、それは大事にしなければなりません。デザインシンキングは、それを促進する、あるいは可視化する方法といえるかもしれません。

 技術者がいいアイデアを思い付いて、言葉で説明しようとしても、組織の前ではかき消されてしまうわけです。それは、インスピレーションやインサイトを可視化した状態で議論するという方法を知らない故の悲劇です。そういう意味で、議論の方法を知ることは非常に重要です。

最初は付箋紙を持っていくだけでいい

――何度も欧米との比較になって恐縮ですが、こういう議論の方法も欧米では誰もが教わることなのでしょうか。

富田氏:それなりのレベルの大学であれば、ロジカルシンキングなどの構造化手法は基礎能力として身に付けているものです。もちろん、欧米の人なら誰でも上手にできるわけではありません。ただ、日本人は全般的にこうした議論の方法が弱いので、意識的に可視化していかないと議論が“空中戦”になってしまうでしょう。

――手法を全員が共有していないと、議論にならないわけですね。

富田氏:特に日本人はある程度“お作法”があった方が、クリエイティビティーが増すと思っています。自由にアイデアを出せる人はいいのですが、ほとんどの人はそう簡単にいくつもアイデアを出せません。実際、ほどほどの制約を設けた方が創造性は高まるという学術研究もあるぐらいです。そもそも、日本ではどれだけ自由な人でも大企業に勤めている時点で十分すぎるほど制約を受けているといえます。

――どういう議論をすればいいのかは分かってきましたが、それを日常的に実践するのも大変そうです。

富田氏:無理をせず、使えるところから使うことが定着のカギです。いきなり会議の仕方をガラッと変えてしまうのは、現実的ではありません。そうではなくて、例えば「会議には付箋紙を持っていく」ということから始めるのです。使わなくてもいいから、とにかく持っていってくださいと。それなら絶対できます。


2013年6月12日に開催された「デザインシンキング」セミナーの様子
 当然、最初は誰も使いません。けれども、そのうち「せっかくあるから」ということで誰かが使い始める。そうすると面白くなってくるので、「今度は模造紙を持っていくか」などと自発的に盛り上がっていきます。そうすると、付箋紙を持っていって、出てきたアイデアをどんどん書き込むということが当たり前になっていくわけです。

 私がコンサルティングをしている中で、これは“改革”と呼ばれる活動全般にいえることですが、本流の仕事とは別に改革の仕事を上乗せしていくというやり方は非常に難しいです。例えば、経営理念を企業全体に定着させるというミッションがあったとして、その経営理念が日常業務とかけ離れた内容だったとしたら、それは恐らく達成できません。既存のものに余計なものを付け足すという構図になっているからです。

他社の事例に意味はない


2013年6月12日に開催された「デザインシンキング」セミナーの様子
 そうではなくて、日常業務さえこなしていれば自然と経営理念が浸透するという構図を設計することがコンサルティングでは重要になります。1つのアクションで事足りるようにしてあげるわけです。気付いたら改革していたというのが理想です。定着を意識させないことが定着のカギという一種の禅問答の世界です。

 デザインシンキングの導入もそれと同じです。デザインシンキングを広めるのに、最も効くツボはどこかを探すわけです。それは、先ほどの例のように付箋紙を会議に持っていくことかもしれないし、部長が会議のあいさつの表現を変えることかもしれない。専門的には「システミック・インターベンション」といいますが、システミックに介入すべきポイントを探す。場当たり的に対策するのではなく、組織を動かすための起点を探します。

――先行している事例を学ぶことも役に立つのでしょうか。

富田氏:これはよく聞かれるのですが、他社の事例そのものには意味がありません。事例の背後にはそれを生み出したフレームワークがあって、さらにその背後にはフレームワークを生み出した考え方が存在します。他社の事例をそっくり踏襲しても、置かれている環境や抱えている課題が異なるので、うまくいきません。事例をひも解いていくことで仮にフレームワークに到達できたとしても、社会環境が大きく変化してしまえば、そうしたフレームワークそのものが成り立たなくなります。その際にフレームワークを生み出す力(考え方)が身に付いていなければ、再び事例の分析から始めなければなりません。イノベーティブなコンセプトを確立するには、フレームワークを生み出すための考え方が不可欠です。

 製造業では苦しい状況に立たされている日本の企業が少なくありませんが、そうした企業は決して怠けていたわけではなく、むしろよく考えてよく分析した結果として業績不振に陥ったのだと思っています。とすれば、そもそもの考え方が悪かったのだといえます。今必要なのは「考え方の考え方」を変えることです。デザインシンキングを導入するというのは、まさに考え方の考え方を変えることに外なりません。

「デザインシンキング」に関する
『日経ものづくり』誌の連載記事紹介
独創的な製品を生み出すためのイノベーティブ思考法
【第1回】主観と客観を融合させた視点で革新的な価値を発掘する
【第2回】もの単体での競争から脱却して、言語化されていない本質的価値を発掘
【第3回】大量のアイデアを類似性で分類、価値連鎖の流れを可視化する
【第4回】議論を通じて得られた仮説を現場観察や試作によって検証する
【最終回】あらゆる欲求が満たされるようにソリューションの構図を構築する
日本が無意識に実践していた創造的活動を、欧米は意識的に体系化している

創造的なアイデアを生み出す「デザインシンキング」について富田欣和氏に聞く(前編)

2013/06/06 00:00
高野 敦=日経ものづくり
 造れば売れる時代は、とうに過ぎ去った。造るべき物が見えにくい今ほど、創造的なアイデアが求められている時代はないだろう。そうした中、創造的なアイデアを生み出す「デザインシンキング」を世に広めようとしているのが、社会人主体の大学院である慶応大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶応SDM)だ。デザインシンキングとは何か、既存の発想法とはどう違うのか、そして世界でデザインシンキングはどう活用されているのかといったことについて、慶応SDM非常勤講師であり、コンサルタントとしてデザインシンキングの活用支援を手掛ける富田欣和氏に聞いた。(聞き手は高野 敦=日経ものづくり)

――慶応SDMでは「デザインシンキング」あるいは「イノベーティブ・シンキング」と呼ぶ手法を研究・活用しています。『日経ものづくり』誌でも連載していただいたわけですが、その中には「ブレーンストーミング」のような広く知られているものも含まれているので、「創造的なアイデアを生み出す」という目的は理解できました。ただし、既存の発想法とはどう違うのかという疑問がまずありました。


富田欣和(とみた・よしかず)氏
慶応義塾大学大学院非常勤講師。同大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科でデザイン・プロジェクトや起業デザイン論、イノベーティブ・ワークショップ・デザイン論などを担当。イノベーティブ・デザイン合同会社代表としてイノベーティブ思考によるソリューション開発支援を手掛けるなど、数社を経営している。実務に生かせる社会システムデザインやイノベーション・マネジメントの研究に取り組んでいる。同大学大学院修士課程修了(システムエンジニアリング学)。
富田氏:デザインシンキングは、システムをデザインすることとも言い換えられるのですが、その場合にブレーンストーミングのような「アイデアをどんどん出していく」という発散的な手法だけでも不十分ですし、逆にシステマティックに具現化する収束的な手法だけでも不十分です。要は、その両方が大切なのです。そういうと多くの人に納得していただけるのですが、その発散と収束をどういうバランスで組み立てていくのかということが重要なポイントになります。

 そして、その組み立てを体系的に実践できているのが慶応SDMであると自負しています。それは、慶応SDMにもともと「ものづくり」をやっていた教員が多いことに加え、「システムズ・エンジニアリング」という共通の体系を持っているからです。あまりいい区分ではないかもしれませんが、文系の人も理系の人もこの共通基盤の上で会話を交わせるので、ここは発散させた方がいいねとか、ここからは収束させようということを議論できるのが強みといえます。

――アイデアを発散させたり収束させたりする手法はそれぞれあるけど、両方の手法をバランス良く使いこなせる人は少ないということでしょうか。

富田氏:ある日は発散、次の日は収束、という進め方は珍しくありません。しかし、1回のワークショップで発散と収束の両方を組み込んでいるのは、あまり聞いたことがありません。こうした手法は、欧米の大学の研究者からも面白いといわれるので、体系的に組み立てているという意味で慶応SDMは先端を走っているのではないかと思っています。もしかしたら個人ではそうした手法を展開しているかもしれませんが、慶応SDMのように研究科単位で取り組んでいる組織はないと思います。

日本人なら当たり前にできている?

――実は3年ぐらい前に慶応SDMの方を取材したことがあるのですが、当時はそんなことをやっているという印象を受けませんでした。

富田氏:発散と収束のバランスが重要であるというのは、外部の方と議論したり、さまざまなプロジェクトを支援したりする中で明確になったと思います。先ほども申し上げたように、慶応SDMはシステムズ・エンジニアリングに取り組んでいました。システムズ・エンジニアリングは、大規模で複雑なシステム、ひいては世の中全体を設計する手法ですが、その過程でアイデアを発散させる局面と収束させる局面があると分かり、その両方のための手法がなければプロジェクトを進められないと気付きました。特に、人間関係やコミュニティーなどをデザインしようと思ったら、発散と収束の手法は不可欠です。

 もともと、システムズ・エンジニアリングはロケットのような大規模で複雑な物を造る手法として発展してきました。それが最近は、社会や組織といった目に見えない人間の関係性に適用されるようになってきたのです。そうした事例は他にあまり見当たらないので手探りでやってみたら、発散と収束の手法が必要だというフィードバックが得られたわけです。

――バランスが重要ということは、今まではどちらかに偏っていたのでしょうか。

富田氏:必ずしも偏っていたというわけではないと思います。

 例えば、ビジネススクールというのは完全に収束寄りの世界です。要素還元的といいますか、ある事象を細かく切り刻んで理解するというアプローチを取っています。分析によって全てを理解できるという世界です。しかし、分析だけでは新しいものを生み出せる可能性はほとんどありません。

 一方で、全体を全体のまま取り入れようという、要素還元的なアプローチに対するアンチテーゼとしてデザイン思考というものが出てきました。そうしたせめぎ合いの結果として、発散と収束のバランスという結論に到達したのだと思います。

――製造業としてどちらかに偏っていたという話ではない。

富田氏:最近、欧米の大学の研究者と議論して「なるほど」と思ったのは、日本人はもともとデザインシンキング的アプローチを得意としているという認識を彼らは持っています。具体的には、物事をありのままに捉えるとか、あいまいなまま解釈するとか、皆で協力するといったことですが、日本人は既にできていたというのが彼らの認識です。欧米人はそういうことができていなかったので、今後はデザインシンキングという手法に体系化した上で、皆で協力して新しいものを生み出そうと。そういう認識なので、我々とデザインシンキングの議論をするときには「日本人はもうできているから、日本人にこんな当たり前のことを説明するのは恥ずかしいけれど…」という姿勢です。これは、意外でした。

「大部屋」の感覚を再現する

――やたら持ち上げられていますが、実際に日本の企業はできていたといえるのでしょうか。

富田氏:恐らく、終戦直後から「ウォークマン」が製品化された頃まではできていたと思っています。すなわち、大部屋という1つのフロアに企画も開発も製造も経理も経営者も机を並べていた時代です。何か困ったことが起きたら「これどうなってるの」と叫ぶと皆が集まってくるという、ああいう感覚がデザインシンキングに必要です。多少粗くても皆でアイデアを出し合って、それを見えるようにして、議論する。これがデザインシンキングという手法で実現したいことです。

――環境を用意してあげるわけですね。

富田氏:昔は無意識にやっていたのでしょう。

――そういうことができなくなってしまったのは、組織が大きくなったからでしょうか。

富田氏:組織の規模が大きくなれば風通しが悪くなるので、そういった面もないとはいえません。しかし、大企業でもデザインシンキングを上手に取り入れている例は存在しますから、規模が大きいと絶対にダメというわけでもありません。

 現代の特に大企業では要素還元的な仕事の進め方、つまり部署を分けて、仕事を分けて、という具合に分析的に物事を進める傾向が見られます。そうした仕事の進め方を疑わずにいる部分があるので、そうではない仕事の進め方もあるということを教えてあげるだけでもかなり違うのではないかと思います。

 恐らく、日本では近代化と西洋化を間違えてしまったところがあるのでしょう。近代化は、非効率な仕事を効率的にするとか、物事をもっと便利にするということなので、どんどん進めた方がいいわけです。ところが、西洋の文化もそっくり受け入れた結果、「白黒きっちり分ける」などという考え方を中途半端に導入してしまったので、かつて無意識に実践していたデザインシンキング的なアプローチを忘れてしまったのだと思います。実際、製造業の現場の人たちにそういう話をしてみると、「実は自分たちもそう思っていた」という反応が返ってくるので、あながち間違っていないのではないでしょうか。

 実際、製造業の大企業で50歳代後半から60歳代の技術者にデザインシンキングを説明すると、「何だ、昔やっていたことじゃないか」といわれることが非常に多い。「確かに、あの頃は面白かったね」と盛り上がるわけです。めちゃくちゃな面はあったけれど、新しいものがどんどん生まれていたのです。

――そういう意味では、デザインシンキングは新しい手法だけれども、かつて無意識に実践していたことを体系化するアプローチでもあると。

富田氏:そうですね。海外の人たちの知見を借りながら、自分たちの強みを再認識し、取り込む活動といえます。

日本の創造的活動は徹底的に研究されてきた

――それでも、人間関係やコミュニティーに着目するという点は比較的新しいように感じます。

富田氏:確かに製品単体でイノベーションを起こせる時代は、人間関係や世の中についてあまり考えなくても済みました。しかし、製品ではなくコンセプトで勝負したり、合わせ技でイノベーションを起こしたりする場合には、人間関係を取り扱わざるを得ないと思います。例えば、米Apple社の「iPhone」「iPad」の強さは、「iTunes」を中心とするシステム全体のイノベーションによるものですが、そうした「合わせ技一本」というイノベーションは必ず人間が関わってきます。そうすると、それを可視化する手法というのが必要になるわけです。

 例えば、利害関係者同士がどのような関係で結ばれているのかを可視化する手法としては「顧客価値連鎖分析」(CVCA:Customer Value Chain Analysis)があります。これは元・東芝、Stanford University教授の石井浩介氏(故人)が提唱したもので、顧客にどのように価値を提供していくのかという“How”の関係性を可視化する手法といえます。

 ただし、それだけでは「なぜAさんはBさんから物を買うのか」や「なぜCさんはDに価値を感じるのか」といったことまではなかなか可視化できませんでした。そこで、そうした“Why”の関係性を可視化する手法として新たに「欲求連鎖分析」(WCA:Wants Chain Analysis)という手法を慶応SDMでは開発しています。そのような手法によって、社会全体を設計しやすくなりました。現代の製造業は、見えにくい部分をどうデザインするのかという勝負になっていますので、これらの可視化手法が極めて有効だと思っています。

 実は、こういった手法についても欧米の大学の研究者からは「日本人は昔から得意だよね」「日本人は分かっていると思うけれど」などといわれることがあります。やはり、かつてはできていたことなのです。

――しつこいようで恐縮ですが、彼らは本当に心からそう思っているのでしょうか。褒め殺しなどではなく。

富田氏:本当にそう思っているのでしょう。例えば、一般的な日本人がスペイン人やブラジル人にサッカーのことを解説しようとしたときに、「でも、君たちの方が分かっていると思うけど」と付け加えたくなると思うのです。まさにそういうニュアンスで彼らも言ってきます。

――例えとして適切かどうか分かりませんけれど、日本人が「スペイン人やブラジル人は全員サッカーがうまい」と思っているように、欧米では「日本人はデザインシンキングがうまい」と思われていると…。

富田氏:そうした姿勢からは、日本の企業や日本人がかつて発揮した創造性というものに対して、徹底的に研究が行われてきたのだなと感じます。ただし、彼らは今の日本の企業や日本人がすばらしいとは決していわない。今は十分に実践できていないことも把握しているのです。

「デザインシンキング」に関する
『日経ものづくり』誌の連載記事紹介
独創的な製品を生み出すためのイノベーティブ思考法
【第1回】主観と客観を融合させた視点で革新的な価値を発掘する
【第2回】もの単体での競争から脱却して、言語化されていない本質的価値を発掘
【第3回】大量のアイデアを類似性で分類、価値連鎖の流れを可視化する
【第4回】議論を通じて得られた仮説を現場観察や試作によって検証する
【最終回】あらゆる欲求が満たされるようにソリューションの構図を構築する


02. 2013年6月25日 00:35:18 : e9xeV93vFQ
2013年6月25日


正社員がアルバイトになりたがるブラック企業
[橘玲の日々刻々]
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 ワタミの渡邉美樹会長が、夏の参院選で自民党から出馬するにあたって、「ブラック企業」との批判に反論しています。

「賃金や離職率、時間外労働時間などいずれの基準でも飲食サービス業の平均を上回っており、ブラック呼ばわりされるいわれはない」という渡辺氏の説明に納得するかどうかは別にして、ありもしない理想の会社を基準にして「反社会的」のレッテルを貼るのがフェアでないのはそのとおりでしょう。徒手空拳から一代で会社を興すのが“普通”のひとではないのは当たり前で、「365日24時間死ぬまで働け」と社員を叱咤する中小企業のオーナー社長はいくらでもいます。ブラックかどうかは、あくまでも法に則って判断するべきです。

 ところが困ったことに、この「正論」が問題をさらにややこしくしています。

 ブラック企業は、終身雇用の代償として慣習化していたサービス残業などを利用して、社員を最低賃金以下で働かせています。サービス残業が違法なのは明らかですが、この悪習は日本の社会全体に広まっているので、これを基準にすると大企業ばかりか官公庁まですべて“ブラック”になってしまいます。その実態を論じるには、ブラック企業のなかから「ほんもののブラック」を見つけ出さなくてはなりません。

 リトマス試験紙のひとつとして考えられるのが、正社員のアルバイト化です。

 飲食業界のブラック企業は、残業代をいっさい払わずに正社員を使い倒すことで人件費を抑えようとしています。当然、こんな労働環境では働く気はしませんから、新卒で入社した社員の大半は半年もたたずに辞めていきます。

 スタッフが次々といなくなれば店を回していけません。ハローワークに求人を出したとしても、正社員になりたい若者が押し寄せてくるわけではないからです。

 こんな時、困り果てた店長はどうするのでしょうか。実は、辞表を出した社員に「アルバイトで残ってくれないか」と懇願しているのです。

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アルバイトは時間給ですからサービス残業はありません。そのうえ深夜勤は応募が少なく、アルバイト代は時給1200円程度まで上がっています。正社員と同じ仕事をアルバイトでやれば月収が1.5倍になり、場合によっては店長の年収を超えてしまいます。こうして、「正社員がアルバイトになりたがる」という不思議な現象が起きるようになったのです。

 ブラック企業問題の本質は、「正社員は過剰に保護されているのだから会社の無理難題を受忍すべし」という日本的な雇用慣行にあります。“世界標準”の労働制度は同一労働同一賃金で、正社員と非正規社員の「身分格差」は差別であり、サービス残業は「奴隷労働」と見なされます。

 しかしそうなると、会社は社員の雇用を保証する理由がなくなりますから、金銭による整理解雇を認めるしかありません。労働市場改革があらゆる改革のなかでもっとも困難なのは、日本社会の中心にいるサラリーマンや公務員の既得権を直撃するからです。

 もちろん、正しい解決法が実現不可能だからといって目の前にある問題を見過ごしたりはできません。だからこそひとびとは、バッシングの標的を探すのです。

          『週刊プレイボーイ』2013年6月17日発売号に掲載


 

 

 

 

 

「出世はイヤ!スキルアップもしない?」 若者が望むキャリアアップの“謎”

環境が変わるだけで別人になれるなんてことはない

2013年6月25日(火)  河合 薫

 「キャリアアップしたいって言うくせに、出世はしたくないってどういうことなんだ? 訳が分からないんだよなぁ」

 「うちの部下は、キャリアアップしたいとか言って、転職していったぞ」

 「つまり、会社にいたんじゃ、キャリアアップできないってことか?」

 「そ、そうなんですか? 私、実は高卒だったんで、かなり頑張って管理職になったんですけど。これはキャリアアップと言わないってことですか?」

 「出世っていうと、すっかりネガティブにとらえられるようになったけど、キャリアアップと何が違うんだ?」

 「やっぱり、キャリアアップ=転職ってことか?」

 「(全員)う〜む……。分からん」

 しょっぱなから、飲み屋でのやり取りのような始まり方だが、これは先日に開かれた企業の部長クラスの方たちとの会合での一コマだ。

 部下との関わり方や育て方についての話になった際に、「キャリアアップ」という、今では誰もが知っている言葉が「???」ってことになったのである。

いまひとつよく分からないキャリアアップの真意

 キャリアアップ──。数年前からよく耳にするようになった言葉だが、実は和製英語である。

 巷には「キャリアアップのための転職の勧め」とか、「キャリアアップできる資格100選」といった本やら雑誌やらがあふれ、転職の理由にキャリアアップを挙げる人たちも少なくない。

 1〜2年ほど前からだろうか。30代の方たちをインタビューすると、「キャリアアップしたいので、転職を考えている」とか、「キャリアアップするには、人脈が必要なんで、今は人脈づくりにいそしんでいます」なんて話を聞くことが多くなった。

 今まで「キャリアアップね〜」などと突っかかりながらも、何となくスルーしていたけれど、確かに冒頭の部長さんたちが首を傾げたように、キャリアアップが何を意味するのかいまひとつ釈然としない。

 将来が不確実で、これまで安泰と信じられてきたものの賞味期限が切れ、いつ「もう、い〜らない!」とポイされてしまうか分からない世の中だ。

 自分でキャリアを磨いていくことは大切かつ必要なこと。だが、だからといって、転職が必要なんてことはないだろうし、そもそも「キャリアアップ」を願う人たちは、何をもってキャリアアップと考えているのだろうか?

 キャリアアップという言葉の意味さえ、いまひとつ分からなかったりもする。そこで、今回は、「キャリアアップの謎」について、考えてみようと思う。

 「いやぁ、ホント分からないんですよ。部下が、『キャリアアップしたいんです』と言うんで、自分たちも若い時に取った資格の取得を勧めました。この資格を取るために勉強することは、知識も広がるので仕事のスキルは確実に上がる。なので、これまでも入社5年目くらいになると、意欲のある社員は必ずと言っていいほど取得してきました。私もそうです。資格を取ったらすぐに給料が上がるとか、昇進することはありません。でも、将来、管理職になる時に必要な知識なので、彼にも勧めたんです」

 「その時は本人も、納得した感じでした。ところが、半年たってもちっとも勉強している様子がない。で、課長が、『なぜやらないのか?』と聞いたら、本人いわく、『僕は出世には興味はない』。さらに『これって業務命令なんでしょうか?』と聞いてきたと言うじゃないですか。彼の、『キャリアアップしたい』という言葉を、彼自身が仕事力を上げて、成長したいと思っていると私は理解したんですけど……」

 「それに何か出世という言葉が悪いのかもしれませんが、出世することは決して悪いことではないと思うんですよ。そのポジションで評価されれば、昇進します。昇進すれば、求められる仕事も、成果も当然高くなる。だから責任も重たくなる。それってキャリアアップすることと何が違うのでしょうか。私には、ホントに訳が分からない。キャリアアップしたいと口にする部下は、何をしたがっているんでしょうか?」

なぜか少ない「社内でキャリアアップ」という発想

 これは冒頭の、「キャリアアップしたいと言って、出世したがらない。訳が分からない」とこぼした男性が語った話である。

 彼の部下がキャリアアップという言葉を、どういう意味で使ったのかは定かではない。  

 だが、もし純粋に自分の仕事力を上げたいと望んでいるのなら、上司の進言を受け入れてもよかったと思う。

 もっと高いスキルが求められる仕事をしたい。もっと責任を伴う仕事をしたい。もっと仕事で成長したい。こう願うのであれば、ただ日常の業務をこなすだけではなく、プラスアルファの知識を増やしたり、スキルを高めたりするための努力が当然ながら必要だ。

 頑張った結果、その力を認められて出世することは、何ら悪いことではないし、これも立派なキャリアアップだと思うのだが、違うのだろうか?

 奇しくも、キャリアアップの話題になった時に、「私、実は高卒だったんで、かなり頑張って管理職になったんですけど」と困惑していた男性がいたが、彼はまさしく社内でキャリアアップしたくて、通信制の大学に通ったそうだ。

 高卒では管理職になれないことを入社してから知り、「一生ヒラでは終わりたくない!」と一念発起。2年で4年分の単位を取得し、日常の仕事でも、「自分にできることはないか?」「もっと知っておくことはないか?」と常にプラスアルファを求め続けた。

 その結果、ラインではないものの、部長まで上り詰めたのである。

 まぁ、「出世」という言葉が、昇進を表す言葉として使われてしまうから、ネガティブなイメージがつきまとうのかもしれないけれども、この方のように自分で切磋琢磨して、今の地位を手に入れたことは、まさにキャリアアップだ。

 それなりに仕事力を磨き、それなりの結果を残さないことには、「昇進」にはつながらないわけで。「キャリアアップ=出世(昇進)」ではないけれども、その1つの方法として、出世を目指したって何ら卑下することでもなければ、他人から非難されることでもない。

 だが、私がインタビューさせていただいた方たちの中にも、出世はおろか、「社内でキャリアアップする」という発想を持ち合わせている人は、極めて少なかった。

 「うちの業界は、将来性がないと思うし。キャリアアップのためには、転職しなきゃと思うんです」

 「キャリアアップのために転職を考えています。今の会社って、何やかんや言って年功序列なんです。自分が何をしても、『若い』ってだけで無視されるし、取り合ってももらえないんです」

 こういった具合なのである。

「キャリアアップしたい」という言葉は建前?

 「将来性がないように思えるのであれば、あなたが将来性のあるような会社に変えてやるとか、業界を活性化してやるとか。自分から変革を起こそうとは思わないのですか?」

 こう尋ねると、「それは……難しいですよね。僕にはそんな力はないし」と口をつぐむ。

 「確かに、若いってだけで軽んじられることってあるかもしれないけれども、『若いからこそ、できるんだぞ!』と若さを強みに変えるやり方もあるのでは?」

 こう助言をすると、「……どうなんでしょ。完全な年功序列ですから…」と口を濁す。

 「あれ? それって、キャリアアップしたいなんて言うのは建前で、今の仕事がイヤなだけなんじゃないの?」

 正直なことを言うと、そんなふうに彼らの話を聞きながら思ったこともある(もちろんその場では、言わなかったけれども)。突っ込めば突っ込むほど、彼らの答えはちぐはぐだった。

 2007年に、大手転職サイトのリクナビNEXTが、「退職理由の『ホンネ』と『タテマエ』」というアンケート調査を、転職経験者に対して行ったことがあった。

 その結果、「タテマエ」のダントツトップは「キャリアアップしたい」で38%。次いで「仕事が面白くない、変化がない」「会社の経営方針・経営状況の変化」が11%で続いた。

 一方、本当の退職理由、「ホンネ」の1位は「上司の人間関係」、2位は「労働時間・環境」、3位は「同僚・先輩・後輩との人間関係」。これらの3つの不満が「ホンネ」の6割を占め、「キャリアアップしたかった」と答えたのは、わずか6%しかいなかったのである

 この調査結果が現実を正確に反映しているとは限らない。だが、当たらずしも遠からずという気がする。前述の部長さんの部下も、「自分を取り巻く環境」に不満を持っていて、「そこから脱出したい」「転職したい」という気持ちを抱いていた可能性がある。

 そして、そんな自分の逃避衝動を正当化するために、キャリアアップなどという、聞こえの良い言葉を使っただけだったのかもしれないと思ったりもする。

 いわば、キャリアアップという前向きな言葉で包み隠した、後ろ向きの転職願望だ。

「転職さえすれば」と考えるのはお門違い

 いずれにしても、転職しても、いい上司に恵まれ、いい同僚に恵まれるとは限らないし、転職すれば、納得のいく仕事ができるとも限らない。もちろんひどい上司、ひどい職場環境から脱出する手段として、転職を否定する気は毛頭ないけれども、「転職さえすれば、夢のような世界がある」わけじゃない。転職さえすればキャリアアップにつながると考えるのは、お門違いだ。

 ここである調査結果を紹介しよう。米ハーバードビジネススクールのボリス・グロイスバーグ准教授らが行った「転職に失敗する人たちの過ち」の調査である。

・転職先の下調べがおろそか
・おカネにつられて転職した
・「現状から逃れるため」に転職した
・自分を過大評価した
・目先のことしか考えない

 これらの要因が、転職失敗に関連していることが確かめられたそうだ。

 特に、「現状から逃避して、心理的な安心感を得たい」という欲求が高まると、「転職さえすればバラ色の世界が待っている」という錯覚に陥ったり、「ホントの自分の力が発揮できて今とは別人になれる」と都合よく考えたりする傾向が高まり、未来に対して過剰な期待感を持つようになることが分かった。

 人間が持つ、「自分を守りたい」という自己防衛本能が、自分に都合のいい面だけを強調させてしまうのである。

 環境で人は変わるけれども、環境が変わっただけで別人になることはない。

 環境だけじゃなく、自分も変わる。自分の中に潜むスモール「b」を、ラージ「B」にする努力をしない限り、何も変わりはしないし、仕事力が高まるなんてこともない。

 内面を磨いて進化させてこそ、初めて転職もキャリアアップになる。

 それは言い方を変えれば、自分が成長する努力さえすれば、転職なんかしなくとも十分に仕事力を高めることができるし、いわゆるキャリアアップというのが可能になるということではあるまいか。

 かくいう私も、「河合さんって、スッチー、気象予報士、学者と、次々に転職して、確実にキャリアアップしてますよね?」と言われたことが、これまでにも何度もあった。

 つい先日もそうだった。

 「次々と転職をして、キャリアアップしている河合さんの意見を聞かせてほしい」と、取材を受けた。

何でも、米労働局の労働統計によれば、1954〜64年に生まれたベビーブーム世代は、18〜44歳までに平均11の職場を経験。1983年以降、25歳以上のアメリカ人の平均勤続年数は5年後前後となっていている。だからアメリカのように日本でも、近い将来、1つの会社で勤め上げるのではなく、「転職をしながらキャリアアップしていく」という時代が来るのだと。そこで、転職のメリットとリスクを聞かせてほしいと言われたのだ。

私には「キャリアアップ」という意識はなかったが…

 まぁ、アメリカと日本とでは転職の事情も、転職に対する考え方も、少々異なるし、アメリカがそうだから、日本もそうなる、とは到底思えないのだけれど。

 いずれにしても、「転職=キャリアアップ」という視点の質問を受けるたびに、私は戸惑う。

 だって、“キャリアアップ”ということを意識したことはこれまでなかったし、傍からは転職をしているように見えても、私の中では一本道。いろいろやってるつもりは、これっぽちもない。こんな言い方をすると、「何を言ってるんだ!」と思われてしまうかもしれないけれども、困ったことにそうなのだから仕方がない。

 ただただ、自分の言葉を持つために、「やってみたい」と自分で感じたこと、「知りたい」と思ったことを続けてきただけのこと。ただ、それだけなのだ。

 「スッチー、お天気お姉さんから、ずいぶんキャリアアップしましたね。頑張りましたね」などと言われることがいまだにあるけれども、CA(客室乗務員)も、お天気お姉さんも、健康社会学者も、どれが上でどれが下ってことはないし、そもそも何をもってキャリアがアップしたというのか、どうなったらダウンしたというのかよく分からない。

 もちろん自分がやってきたことを、いい意味で「キャリアアップしてきましたね」と言われることは、とてもありがたいことだと思う。でも、振り返ってみると、収入がギリギリになったこともあるし、ホントに自分の進んでいる方向でいいのかと、不安な気持ちに押しつぶされそうになったことは何度もある。

 民間の気象会社で毎日、天気図とにらめっこをして、ピンポイントの予報を買ってくださる工事現場の方たちに天気を予報していた時、テレビでお天気キャスターをやっていた時、朝の情報番組のMCをやっていた時、大学院で必死に論文を書いていた時、博士課程を修了した時……。

 自分の進んでいる方向に確信が持てなくて、不安と背中合わせだったし、「これで食べていけるのだろうか?」と、生活の不安を感じたことだってある。

 そんな時にいつも自分に言い聞かせていたのは、「誰に頼まれてやっているわけじゃない。やりたいと自分で決めたんだから、とことん納得がいくまでやり通そう」ということだった。

 未熟な私を、応援してくれる人たち、傘を差し出してくれる人たちに恩返しするには、「最後までやり通す以外にない」と自分をたしなめ、「もうちょっとだけ」と踏ん張った。

「価値がある」と自分で思う方向に進むしかない

 時には、「そんなことやるより、スッチーやっていた方がいいじゃない?」と言われたこともあったし、テレビに出なくなると、「仕事ないんだね」と思われたこともあったし、博士課程まで修了して大学の教員にならないことに、「なんで? それじゃフリーターと同じじゃん」などと冷笑されたこともある。

 周りの人たちのそんな言動に、自分は何をやっているのか? 間違っているんじゃないのか? 混乱することもあった。

 でも、最後は、「価値がある」と自分が思って進んでいる方向を信じ、とことんできることを、目の前にあることを必死にやり、自分が生み出すものの価値を高めるしかないという結論にたどり着く。

 今を必死に生きるからこそ、明日があるし、今やっている仕事が評価されて明日の仕事が生まれるわけで。今と明日をつなげ続けていくことでしか、生み出すものの価値を高めていくことなどできないと思うのだ。

 そして恐らく、「自分が生み出すものの価値を高められた」時に、世間の人たちは「キャリアアップしてきましたね」と言ってくれるんじゃないだろうか。


河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学

 


 


 


 

 

【第131回】 2013年6月25日 小川 たまか [編集・ライター/プレスラボ取締役]
「就職難 国民の義務 果たせない」
就活川柳に見る内定ゼロ学生の悲哀
「『夢めざせ』父の本音は正社員」(文系女子)――。4月の選考解禁から早2ヵ月。季節が夏に移り変わる中、慣れないスーツを着て活動を続ける就活生には思わず「頑張れ」と声をかけたくなる。そんな中、内定状況などのアンケートを実施するとともに、就活生の悲哀とユーモアがつまった就活川柳を募集したのは株式会社ディスコのキャリアリサーチだ。早速、集まったアンケート内容と川柳を見てみよう。

 調査対象は2014年3月卒業予定の全国の大学4年生(理系は大学院修士課程2年生含む)。回答数は1287人(文系男子435人、女子356人、理系男子351人、女子145人)。調査方法はインターネット。調査期間は2013年6月1日〜5日。

エントリー数は一番多いのに
内定率は一番低い「文系女子」

 アンケートによると、6月1日の時点で内定が出ていると答えた学生は全体の67.1%。昨年同時期の62.3%、一昨年の53.4%と比べてだいぶ上がっていることがわかる。内訳を見ると、現時点でもっとも内定率が高いのは理系男子(70.7%)で、最も低いのは文系女子(63.5%)。反対に、エントリー数の平均は文系女子が108.8社で最も多く、理系男子(65.5社)が最も少なかった。


拡大画像表示
 次に未内定者の志望業界について尋ねたアンケート結果を見てみよう。最も多かったのが官公庁・団体(17.3%)で、次に情報処理・ソフトウエア(12.5%)、水産・食品(12.1%)が続く。志望業界調査は3月(全モニターを対象)、5月・6月(未内定者を対象)に行っているが、3月時点での志望業界トップは銀行(27.1%)。6月調査で銀行は10位(8.3%)に落ちており、ディスコでは「多くの銀行で採用のピークを越え、内定を得られる可能性が狭まったため」と分析している。

 運輸・倉庫(3月=3位、6月=14位)、商社(総合)(3月=5位、6月=13位)なども恐らく同様の理由から順位が下がっており、逆に順位を上げたのは官公庁・団体(3月=13位、6月=1位)や情報処理・ソフトウエア(3月=10位、6月=2位)だった。

勤労・納税の義務、果たしたいけれど…
川柳に見る就活生の悲哀

 内定が出てしまえば一安心だが、それまでがつらい就職活動。同アンケートでは、活動を通しての心情を詠んだ川柳も募集し、686作品が集った。公開されている作品は次のようなもの。

「就職難 国民の義務 果たせない」(文系男子)

 勤労・納税したいけれど…。

「みんな言う 貴重なお話 ありがとう」(文系男子)

 質疑応答の際、最後の締めはみんなこれ。

「好きだけじゃ ダメだと知った 仕事と恋」(文系女子)

 就職前に気づいて良かった…と思いたい?

「自社の魅力 皆口そろえ 『人』という」(文系男子)

 会社側も観察されています。

「研究室 スーツで実験 したくない」(理系男子)

 早く脱ぎたい就活スーツ。

「身の丈に あうもの選べ 服と職」(理系男子)

 身の丈を知るのもなかなか難しいもの。

「パンプスの 底を減らして 駒増やす」(文系女子)

 その努力はいつか報われるはず。

 つらさをユーモラスに詠んだ句が多いが、中には「内定が 出たら出たで また悩む」(理系女子)といったうれしい悲鳴も。「就活生、いずれは日本を、担う人」だ。温かい目を持って見守りたい。

(プレスラボ 小川たまか)

 


 


 

 


03. 2014年10月22日 09:38:20 : 0k9ize5li2
雙葉と日大二高と東京中華、嘉悦と大妻中野、品川女子と慶應義塾女子に吉祥寺女子の女子高生と梨花女子大の女子大生とセックスすることがあってリストラとは無関係

[32削除理由]:削除人:アラシ

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