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最低賃金14円引き上げの真相 雇用改善との好循環にも期待 高橋洋一(ZAKZAK) 
http://www.asyura2.com/13/hasan81/msg/722.html
投稿者 かさっこ地蔵 日時 2013 年 8 月 13 日 09:18:48: AtMSjtXKW4rJY
 

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20130813/dms1308130722004-n1.htm
2013.08.13 「日本」の解き方


 最低賃金の引き上げ額の目安が全国平均で14円と3年ぶりの2ケタ台となり、最適賃金の全国平均は763円になった。中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)が7日に決定し、田村憲久厚労相に答申した。

 最低賃金制は、経済学者にとって興味深い対象だ。もともと伝統的な経済学では、最低賃金制はそれより低くても労働しようとする雇用を減らしてしまうので、経済のためにならないといわれていた。

 しかし、この考え方は労働市場を完全競争市場とみている点で致命的な誤りがある。最近では、最低賃金があった方が、労働者のインセンティブが高くなるので弊害が少ないという考え方もある。いずれにしても、これまでの実証研究の結果ではどちらが正しいのかはっきりしていない。これがミクロ的な経済学の現状である。

 こうした点からみると、日本を含めて先進国に最低賃金制があるのは決して経済学的に不合理なことでない。例えば、米国は厚生労働基準法と各州法、英国は最低賃金法、ドイツは労働者送出法・最低労働条件法、フランスは労働法典によって最低賃金が定められている。

 もっとも、マクロ的にみれば十分な有効需要がないと、全体としては失業が発生し、雇用が減少する。というわけで、最低賃金制度の如何(いかん)を問わずマクロ的な雇用拡大策として金融政策が出てくる。

 その上で、マクロの金融政策とミクロ的な負の所得税(具体的な仕組みとしては給付付き税額控除。ベーシック・インカムという人もいる)によって最低賃金制の代替をしようという動きがある。

 負の所得税を持ち出さなくても、最低賃金の水準が、それ以下でも働きたいが働けないという人がほとんどいないくらいに低ければ、いかなる立場からも問題ない。日本は、国際的にみても最低賃金水準が低く、経済学の立場からはむしろ称賛されてきた。

 本コラムでは繰り返して指摘しているが、金融政策によって、2年後のインフレ率のみならず、失業率、賃金上昇率、名目GDP(国内総生産)成長率まで、ほぼ決まってくる。

 今のアベノミクスの金融政策なら、2年後のインフレ率が2%程度になるように運営されているので、同時に賃金上昇率も3%程度になる可能性が高い。今回の最低賃金の引き上げも、この金融政策の効果のラインで考えると、不思議なものではない。しかも、伝統的な経済学の立場の人が心配するような「高すぎる最低賃金」にはならないだろう。

 14円の引き上げというが、率に直すと1・9%である。この程度であれば、労働者の生産性が向上して雇用者としても歓迎であろう。しかも、マクロでの経済政策がうまくいけば、雇用者としても従来より高い賃金を払っても損にならない。むしろ、マクロ経済で雇用改善になるので、この程度の賃上げをしないと人手の確保すらできなくなる恐れもある。経済好循環のきっかけになるだろう。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)


 

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コメント
 
01. 2013年8月13日 13:09:07 : 88JBmMxGiU
 
出口治明の提言:日本の優先順位
【第92回】 2013年8月13日 出口治明 [ライフネット生命保険(株)代表取締役会長兼CEO]
「負担が即ち給付」「後世へのツケ回し回避」
社会保障制度改革国民会議の報告書を読んでみよう
 8月6日、社会保障制度改革国民会議(以下、国民会議)は、「確かな社会保障を将来世代に伝えるための道筋」という副題を付した報告書(以下、報告書)をまとめて公表した。決して分厚いものではないので、読者の皆さんも、ぜひ自分の目で一読してほしい。

 ところで、報告書は、一体何を提言しているのだろうか。報告書は、大きく4つのパートに分かれている。「社会保障制度改革の全体像」「少子化対策分野の改革」「医療・介護分野の改革」「年金分野の改革」である。では、パート毎にその内容を見て行こう。

1970年代モデルから
2025年モデルへ

「社会保障制度改革の全体像」は、次のように述べる。わが国の社会保障の枠組みが固まった1973年のモデルは、「正規雇用・終身雇用の男性労働者の夫と専業主婦の妻と子ども」という核家族を前提に「現役世代は雇用、高齢者世代は社会保障」という生活保障モデルであった。そして、この時代は約9人の現役世代が1人の高齢者を支えていたのである。この70年代モデルが既に破綻して久しいことは、誰の目にも明らかである。現在のわが国では、カップルと子ども2人という「標準世帯」は全世帯の3割を切っており、かつ、現役世代約3人が1人の高齢者を(しかも平均余命の延伸により、70年代の約3倍という長期間にわたって)支えなければならなくなっているからだ。

 そうであれば、「給付は高齢者世代中心、負担は現役世代中心」という従来の発想を転換して、「給付も負担も全世代で」という報告書の指摘は全くもって当然という他はない。そして全世代型に切り替えるのであれば、負担については「年齢別」から「負担能力別」に切り替えることもまた、論理必然的に当然の帰結ということになる。これには、誰しも異論を唱える訳にはいくまい。

 また、国民会議は、消費増税という国民負担を社会保障制度改革の実施という形で速やかに還元するため、短期に改革・実施すべき事項と、団塊世代がすべて75才以上となる2025年を念頭に置いて段階的に実施すべき中期期の事項を分けて考えるべきだと指摘している。妥当な考え方であろう。なお、報告書は、改革をフォローアップするための体制確保を政府に求めているが、それならいっそのこと、国民会議をこのまま存置して、毎年度末にフォローアップ報告書を内閣に提示するように仕組み化してはどうか。

「少子化対策分野の改革」は
総花的な作文に終始

「少子化対策分野の改革」は、現在のわが国の少子化対策の現状と改革の方向性について網羅的に述べてはいるものの具体的な提言に乏しく、酷評すれば、総花的な作文に終始していると言っていい。当報告書で最も見劣りする部分ではないか。新聞報道も当パートについてはほとんど触れていない。何度も当コラムで述べているように、わが国が置かれている少子化の現状を直視すれば、私見では、シラク3原則の早期導入こそが、喫緊の政策課題であると思料する。


 報告書にかかわらず、政府には是非とも出生率向上に向けた本格的な取り組みを期待したいものだ。

 なお、好意的に解釈すれば、これまでは、社会保障≒医療・介護と年金であったものを、社会保障≒少子化と医療・介護と年金という3本立てに組み替えた点には、大きな意義を認めるべきであろう。その意味からすれば、報告書は、少子化という医療・介護や年金と並ぶ大きな柱を立てることで次の走者にバトンを渡したつもりかも知れない。

医療・介護は
重要な改革が目白押し

「医療・介護分野の改革」は、重要な改革が目白押しである。報告書はまず、高齢化に伴い疾病構造が変化して、これまでの急性期の患者を対象にした「病院完結型」から、高齢化と慢性疾患化を踏まえた、病気と共存しながらQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の維持・向上を目指す「地域完結型」へと変わらざるを得ない点を指摘する。しかし、わが国の医療システム、はそうした姿に変わっていないのである。転換が進まないのは、病院が欧州のように公的所有中心であるのとは異なり、わが国では私的所有中心に整備されてきたという歴史的事情がある。そうであれば、民間の医療法人を再編しやすくする制度改正を行われなければならない、そう報告書は指摘している。

 しかし、医療の現場が疲弊しているのは誰しもが認めるところであり、「いつでも好きなところで」と極めて広く解釈されることもあったフリーアクセスを「必要な時に必要な医療にアクセスできる」という意味に理解していく必要がある、と報告書は指摘する。けだし、当然であろう。

 そのためには、例えば、大病院の外来は紹介患者を中心とし、一般的な外来受診は「かかりつけ医」に相談することを基本とし、紹介状のない患者の大病院の外来受診について一定の定額自己負担を求めるような仕組みを検討すべきである、と報告書は述べるが、正しい政策であると考える。

 また、医療システムを「地域完結型」に転換するためには、地域医療ビジョンの策定が欠かせない。都道府県の責任は格段に重くなる。方向は間違ってはいないが、実体を正しく反映した地域医療ビジョンの策定は、実際には相当な難事であろう。私見では、地域医療ビジョンの鍵は、例えばクラウドを活用した患者カルテの電子化・一元化と、当コラムでも述べたACPの普及(QOD:クオリティ・オブ・デス、を高める医療には不可欠)にあるような気がするがどうか。

 赤字が続く国民健康保険については、5年以内に運営を市町村から都道府県へ移管することが盛り込まれた。いわば「サイフを大きくする」発想である。移管については技術的な問題も多いが(都道府県が求めている国民健康保険の赤字体質解消をどう実現するか。報告書は総報酬割の全面導入≒加入者数比例から年収比例、により、黒字の健保組合や共済の負担を増やすことで赤字解消の財源を捻出することを提案)、方向としては問題ないであろう。

 なお、健康保険については、現在の、国民健康保険、(大企業中心の)健保組合、(公務員の)共済、(中小企業の)協会けんぽという職能別の制度も、そろそろ見直していい時期にきているのではないか。職能別の考え方も、労働の流動化がおよそ考えられなかった70年代モデルの残滓のような気がする。被用者でない者の所得捕捉の問題もあり、一朝一夕にはいかないとは思うが、将来の方向としては、(職能を離れて)地域別に一元化することを目指すべきであろう。

 国民会議は、また、70〜74才の医療費窓口負担を、法律通り2割に引き上げることを求めているが(現在は約2000億円の国費を投入して1割に据え置いている)、そもそも現行の3割(69才まで)2割(70〜74才)1割(75才以上)という決め方自体が、「全世代型」という新しい理念に抵触するのではないか。政治的には難題かもしれないが、あくまでも、年齢は考慮しないという原則通りに、全年齢一律3割負担を次のステップとして求めるべきだと考える。

 ところで、わが国の健康保険制度の根幹の一つとして、医療費の支払額の上限を定めた高額療養費制度があるが、報告書は、現行の3所得区分(上位所得者、一般所得者、低所得者)を細分化し、よりきめ細やかな対応を求めている。負担能力に応じて、応分の負担を求めるという原則に沿った改革をお願いしたいものである。

 介護保険については、2つの大きな提案がなされている。1つは、要介護状態には満たない要支援者に対する介護予防給付を、介護保険の個別給付から分離して、市町村の事業へと移管する案である。介護予防の重要性は、市民主体の活動をみても定着しつつあると考えられ、介護予防給付を個別給付の体系から切り離すことは理に適っていると思われる。もう1つは、利用者負担に(所得だけでなく)資産の状況を加味する(ことで利用料減免対象となる本当の「低所得者」に減免すべき)案だが、これは、健康保険料と同様の考え方で一気通貫すべきであることは、言を俟たないであろう。

年金は、世代間の
公平論に関しても説明

「年金分野の改革」は、2012年の社会保障・税一体改革による年金関連四法の成立による到達点を確認した後、残された課題として、マクロ経済スライドや支給開始年齢の在り方、短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大、高所得者の年金給付の見直し、第3号被保険者制度の在り方等について今後の方向性を示している。

 年金問題については、当コラムで既に私見を述べたので、再述は避けるが、大きな問題の1つは、未だに、年金破綻や積立方式への郷愁、世代間の不公平といった根拠なき俗論が罷り通っているところにある。報告書は、「国際的な年金議論の動向」や「世代間の公平論に関して」も一章を割いて、丁寧に説明しているが、年金については、市民のリテラシーを高める教育や啓蒙活動が、ひょっとしたら残された一番大きな問題かも知れない。数学・ファクト・ロジックで、辛抱強く、啓蒙活動を行っていけば、言われなき俗論は、いずれは姿を消していくであろう。

 以上、駆け足で報告書をなぞってきたが、全体を通して国民会議の力点は、「負担が即ち給付」であり、かつ、「後の世代へのツケ回しは極力回避すべきだ」という点に置かれている。その意味では、至極、真っ当である。この2点を、メディアは、もっとしっかり報道してほしい。

 我々は、決して言われなき負担増を求められているのではない。これまでのフリーランチから、いわば、自分でお金を払ってお弁当を買うという真っ当な世界に戻ることを求められているにすぎないのだ。もっとも、国債残高が1000兆円を超えた今、さらにフリーランチを求め続ける市民がいるとは、とうてい思えないが。

 

 


【第36回】 2012年2月7日 出口治明 [ライフネット生命保険(株)代表取締役会長兼CEO]
データを見れば人口減少の深刻さは自明。
なぜ人口を増やす政策を総動員しないのか
 国立社会保障・人口問題研究所は、1月30日、日本の将来人口推計の結果概要を公表した。この推計は、5年毎に行われているもので、将来の出生推移・死亡推移について、それぞれ中位・高位・低位の3仮定を設け、それらの組み合わせにより9通りの推計を行っている。以下では、出生中位・死亡中位のケースを基準として、論じることとする。

生産年齢人口がほぼ半減する社会はサステイナブルか

 まず、最初に結果概要を見ておこう。わが国の将来の総人口は、2048年に1億人を割り込み、2060年には8674万人になる。これは2010年に比べて32%の減少であるが、もし出生率が中位ではなく、低位で推移すれば(1.35%→1.12%)、7997万人(38%減少)と8000万人を割り込んでしまう。

 次に、経済に最も大きな影響を与える生産年齢人口(15〜64歳)の推移を見ると、第2次世界大戦後、一貫して増加を続けてきたわが国の生産年齢人口は、1995年にピークをつけ(8726万人)、その後緩やかに低下を続けてきたが(2010年で8173万人と、この15年間で6%減少)、2027年には7000万人、2051年には5000万人を割り込み、2060年には4418万人(対2010年比46%減少)となる。

 ちなみに出生低位推計では、50年後(2060年)の生産年齢人口は3971万人(51%減少)と、4000万人を割り込んでしまう。要するに、わが国の生産年齢人口は、この50年でほぼ半減してしまうのだ。このような社会が果たしてサステイナブル(持続可能)だろうか。大いに疑問なしとしない。働く人が半分になるということは生産性の上昇がなければ、GDPが半分になるということだ。それでこの国がもつと考える方がむしろおかしいのではないか。

 従属人口指数を見ると、問題点はさらにクリアになる。生産年齢人口に対する年少人口と老年人口の相対的な大きさを比較し、生産年齢人口の扶養負担の程度を大まかに表わすための指標として、従属人口指数がよく用いられるが、老年従属人口指数(生産年齢人口100に対する老年人口の比)を見ると、2010年の36.1(働き手2.8人で高齢者1人を扶養。いわゆる騎馬戦型)が、2022年には50.2(同2人で1人を扶養)まで上昇し、2060年には78.4(同1.3人で1人を扶養。いわゆる肩車型)に達するものと見込まれる。

 なお、出生低位推計では、同1.1人で1人を扶養することとなり、ほぼ完全な肩車型社会になる。人類の5000年の歴史の中で、1人が1人を支える社会が存立し得た事例は寡聞にして知らない。

フランスを真似して出生率を上げよ

 ところで、以上の推計結果は2006年の前回推計とそれほど大差がある訳ではない。その理由は、出生率仮定(長期の合計特殊出生率)を、中位仮定で前回の1.26から1.35に嵩上げしたからである。これは、ここ数年の出生率の微増結果を織り込んだためであるが、その主因は団塊ジュニア世代が40歳前後にさしかかり、出生を急いだ一時的な現象にすぎないという見方も根強い。そうであれば、今回の中位推計自体が楽観的に過ぎるとの指摘が一部にあることも十分頷けよう。

 しかし、大切なことは将来人口推計の精度を議論することではあるまい。将来人口推計はわが国の政策立案の土台となるべきものである。そうであれば、今回の推計結果を見て、これからのわが国にとって、どういう政策が必要かを真剣に議論することこそが望まれているのである。

 メディアの論調を概観すると、少子高齢化の傾向は大きくは変わらないとして、肩車型の社会保障制度の構築を急ぐべきだとするものが多数を占めているように見受けられる。本当にそうだろうか。もちろん、最悪のケースを想定して事に臨むのは、政治であれ経営であれ、重要なことには違いない。

 しかし、今回の推計を虚心坦懐に眺めれば、普通の人は、人口を増やす政策を総動員して対処しなければ、わが国は大変なことになると思うのではないか。それが正常な反応だと思われる。

 そして、先進国の中には、現に政策を総動員して人口を増加させる基盤となる出生率を上昇させた国が幾つもあるのである。たとえば、フランスや英国、スウェーデンでは、この10年間で見ても明らかに出生率が上向いており、フランスではボトムの1.66%(1994年)から、わずか10〜15年で出生率が2%前後にまで上昇した。2006年が2.00%、2007年が1.98%、2008年が2.00%、2009年が1.99%と高位安定状態が続いている(内閣府「子ども・子育て白書2011年版」による)。

 では、なぜフランスで出生率が上昇したのか。それは、シラク3原則と呼ばれている基本方針(1.子どもを持つことによって新たな経済的負担が生じないようにする  2.無料の保育所を完備する  3.〈育児休暇から〉3年後に女性が職場復帰するときは、その3年間、ずっと勤務していたものとみなし、企業は受け入れなくてはいけない)をしっかりと樹立し、出産・子育てと就労に関して幅広い選択肢ができるような環境整備、すなわち「両立支援」を強める方向で政策が進められたからである。婚外子を差別しないPACS(民事連帯契約)もこの政策パッケージの中に含まれる。

 内閣府や厚生労働省のホームページを見ると、フランスの両立支援に関わる政策の研究・分析はすでに必要十分になされていることが窺える。だとすれば、戦後のわが国がアメリカの真似をして、世界第2の経済大国を築き上げたように、これからのわが国はフランスの真似をして、出生率の上昇を図ればそれでいいではないか。是非ともメディアは、この問題を取り上げてもらいたい。

 人口を増やす政策を総動員することこそが、社会保障・税一体改革と並ぶわが国の喫緊の政策課題であることは疑いを入れないところであると考える。

若年世代の所得を増やす工夫を

 ところで、人口を増やす政策は、フランスの例にも見られるように、10〜15年といった息の長い取り組みを必要とする。少子化対策や人口を増やす政策については、何度もこのコラムで取り上げてきたが(「若い人が子どもを生まないのは国の責任。駅に24時間営業の保育所を!)」や「経済を成長させるためには、どうしたらいいか」など)、忘れてはならない問題は、若い世代の所得を嵩上げすることの重要性である。

 フローの所得は、景気が回復してGDPが増加しない限り、なかなか嵩上げすることは難しいが、ストックについてはこの限りではない。わが国の個人金融資産は2011年9月末で1471兆円あるが(日本銀行 資金循環統計)、その6割以上は60歳を過ぎた定年世代が保有していると言われている。そして、それを裏づけるデータもある。金融広報中央委員会が2010年に行った調査(2人以上世帯調査)によると、世帯主の年齢別の金融資産保有額(金融資産を保有していない世帯を含む)は、

20歳代 342万円(485万円)
30歳代 537万円(723万円)
40歳代 743万円(1013万円)
50歳代 1068万円(1441万円)
60歳代 1539万円(1974万円)
70歳代以上 1707万円(2144万円)

 となっている。なお、( )内は金融資産を保有している世帯平均である。このような現状と、人生で一番お金がかかるのは子育てであることを考え併せると、子育てをほぼ終えたと考えられる60歳以上の世代が、これから子育てを行う若い世代へ資金援助を行うのが最も自然であり、かつ好ましい政策でもあると考えられる。

 しかし、現実には年間110万円を超えると贈与税が課せられる。また、平均寿命が80歳という現状では、相続者も50歳〜60歳代となり、若い世代への所得移転はなかなか進まないということになる。そうであれば、1つの極論ではあるが、相続税率を100%として、若い世代(例えば20代・30代)に対する贈与税率を0%にすれば、高齢者から子や孫の世代への所得移転がスムーズに運べるのではないか。

 以上、述べてきたように、わが国はおよそ考えられるすべてのアイデアを総動員して人口を増やす政策を実行しなければならない。それが今回の将来人口推計の示唆するところではないか。

 蛇足ではあるが、筆者は決して「産めよ増やせよ」を奨励している訳ではない。フランスがそうであるように、子どもを産む・産まないは100%女性が決めることであり、百歩譲ってもカップルが決めることであると考えている。国が介入すべき事柄ではまったくない。そうした前提の上に立って、産みたい時にいつでも子どもが産める社会が理想だと考え、国の政策はそういった環境を全力で創り上げることに注がれるべきだと主張したいのである。
(文中、意見に係る部分は、筆者の個人的見解である)
 


http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2011/23pdfgaiyoh/23gaiyoh.html


02. 2013年8月13日 15:22:09 : 88JBmMxGiU

1人当たりGNIが150万円増なら平均給与は162万円増に

給与増には労働生産性の向上が必要

2013年8月13日(火)  中塚 恵介

 「1人当たりGNI(国民総所得)は10年後には150万円以上増加する」。これは、アベノミクスの成長戦略の中でも特に注目されている目標の1つである。13年6月の骨太の方針では以下のように掲げられている。

 今後10年間(2013年度から2022年度)の平均で、名目GDP成長率3%程度、実質GDP成長率2%程度の成長を実現する。2010年代後半には、より高い成長の実現を目指す。その下で、実質的な購買力を表す実質国民総所得(実質GNI)は中長期的に年2%を上回る伸びとなることが期待される。1人当たり名目国民総所得(名目GNI)は中長期的に年3%を上回る伸びとなり、10年後には150万円以上増加することが期待される。

 しかしながら、そもそも1人当たりGNIとは何を指しており、それが150万円以上増えるというのは具体的に何を意味しているのかという素朴な疑問に対しての説明は、現時点ではやや不足しているように思われる。そのため、例えば、「1人当たりGNIが150万円増ということは、4人家族であれば600万円給料が増えることになる」といった誤解がみられることもある。

 これに対するよくある解説としては、GNIは、就業者の賃金などからなる雇用者報酬だけでなく、企業の所得にあたる営業余剰・混合所得なども含む概念である。そのため、1人当たり名目GNI増の全額が賃金に回るわけではなく、給料の伸びも平均すると1人当たり150万円には達しないはずだ、というものがある。ただ、この回答も、給料がどの程度伸びる見込みなのかという点については明らかにしていない。

 そこで、以下では(1)この目標は賃金(平均給与)が150万円以上増えることとどう違うのか、(2)GNIにおける名目と実質の違いは何であるのか、(3)物価が2%上がるとすると150万円という目標はむしろ控えめではないか、という3つの疑問について、それぞれ考えてみることにしよう。

平均給与も10年後には150万円以上増えるのか?

 1人当たり名目GNIが150万円以上増加するということは、平均給与が150万円以上増えることと同じとみていいのか。それぞれの指標の過去の推移を確認することで、この問題について考えてみることにしよう。

 まず、1人当たり名目GNIと平均給与の推移をみると、どちらも右肩下がりの傾向があるという点では共通しているが、伸び率は1人当たり名目GNIよりも平均給与のほうがやや低いことが分かる。例えば、2004〜06年の1人当たり名目GNIはプラスの伸びが続いているのに対し、同時期の平均給与は減少している(図1)。

図1 1人当たり名目GNIと平均給与の推移:平均給与は減少傾向

(備考)内閣府「国民経済計算」、総務省「人口推計」、国税庁「民間給与実態統計」による
 この伸び率の差は、(1)分子である名目GNI、民間給与総額の違いと、(2)分母である総人口、給与所得者数の違いの両方がそれぞれ関係している(注1)。

(注1)1人当たり名目GNIとは、国民が受け取る所得の総額を示す名目GNIをその時点の総人口で割ったものである。また、平均給与は、民間における給与総額(給料・手当及び賞与の合計額)を給与所得者数で割ったものと定義される。

 1点目の名目GNIと民間給与総額の違いとは、名目GNIは民間給与総額よりも対象範囲が広いため、時期によっては動きが異なっていることである。名目GNIは、(1)民間から政府までを含む全ての就業者の賃金などからなる「雇用者報酬」、(2)企業の取り分となる「営業余剰・混合所得(注2)」、(3)建物や設備などを代替するための費用にあたる「固定資本減耗」、(4)商品・サービスの価格を変動させる消費税、関税、補助金などの「生産・輸入品に課される税及び補助金(控除)」、(5)海外からの報酬や投資収益などからなる「海外からの純所得」の5項目からなる。

 その中でも、営業余剰・混合所得は2000〜04年に増加傾向となるなど、雇用者報酬とは異なる動きをしており、それが伸び率の差の一因となっていることが分かる(図2)。

(注2)混合所得は個人企業の取り分を指しており、事業経営者などの労働報酬としての側面もあることから、営業余剰とは区別している。

図2 名目GNIの推移:雇用者報酬とは異なる動き

(備考)内閣府「国民経済計算」より作成
 2点目の総人口と給与所得者数の違いについては、総人口はあまり変動がないのに対し、給与所得者は景気の動向によって大きく増減していることが挙げられる。

 総人口は日本国内に居住するすべての人口を示すのに対し、給与所得者は、各年12月31日現在で民間の事業所に1年以上勤務している従業員または役員を対象としている。例えば景気拡大期には給与総額に加えて給与所得者も増加する傾向にある。特に、2005年以降は給与所得者が増加傾向にあったため、平均給与の伸びは1人当たり名目GNIよりも低く抑えられていた。

 それでは、1人当たり名目GNIが10年後に150万円以上増加するとした場合、平均給与は今よりもどの程度高くなるのであろうか。

 まず、分子の民間給与総額は、名目GNIから推計することができる。これは、過去のデータをみると、名目GNIのほぼ半分(50%)は雇用者報酬であり、雇用者報酬の8割弱(77%)が民間給与総額とほぼ等しくなる(注3)という安定した関係があるためである。以上のような従来の関係が変わらないという前提を置くと、次のようになる。

2022年の名目GNI(657兆円)(注4)×50%×77%=2022年の民間給与総額
 ここから、2022年の民間給与総額は約252兆円と推計できる。

(注3)雇用者報酬には健康保険や厚生年金等への企業の負担金が含まれるため、給与総額よりも若干規模が大きくなる。

(注4)2022年の1人当たり名目GNI(=2012年の1人当たり名目GNI385万円+150万円=535万円)×2022年の総人口(1億2281万人(国立社会保障・人口問題研究所「平成24年1月 出生(中位)死亡(中位)推計結果」))=657兆円

 次に、給与所得者数については、将来の生産年齢人口(15〜64歳)の減少と労働参加率(労働人口/生産年齢人口)の上昇が与える影響をそれぞれ織り込む必要がある。

 まず、日本の生産年齢人口は1995年をピークとして減少を続けており、2022年の生産年齢人口は2012年と比べると10%程度減少し、7241万人になると見込まれている。

 一方で、労働参加率は上昇傾向にあり、生産年齢人口に対する給与所得者数の比率は1980年には42%であったのが2011年には56%に上昇している。労働参加率は今後も過去と同様に上昇を続けると仮定した場合、2022年には生産年齢人口に対する給与所得者数の比率は60%に達する。その結果、給与所得者数は7241万人×60%=4368万人となると見込まれる。これらの結果を用いると、2022年の平均給与は576万円となり、2012年と比較して162万円程度増加することとなる(注5)。

(注5)2022年の民間給与総額(252兆円)/2022年の給与所得者数(4368万人)=2022年の平均給与(576万円)。なお、労働参加率が2011年以降上昇しないと仮定した場合、2022年の給与所得者数は4066万人に落ち込むため、平均給与は619万円となり、2012年と比較して201万円程度増加することとなる。

平均給与が162万円以上増えることとほぼ同じ

 以上の結果から、1人当たり名目GNIが150万円以上増加するということは、平均給与が162万円以上増えることとほぼ同じと見込まれる。つまり、1人当たり名目GNIが150万円以上増加する場合は、平均給与についても、ほぼ同じだけ増える可能性が高いことが分かる。

 これは、逆に言えば、成長戦略で掲げる1人当たり名目GNIの150万円以上増を達成するためには、平均給与が今よりも160万円程度高まるよう、労働生産性を向上させていくことが必要となることを示唆している。この20年余りで平均給与が50万円程度落ち込んだことを踏まえると、成長戦略はかなり意欲的な目標を掲げているともいえるだろう。

GNIにおける名目と実質の違いは何か

 成長戦略では、「実質GNIは中長期的に年2%を上回る伸びとなることが期待される」としており、1人当たり名目GNIだけでなく実質GNIの伸びについても着目している。ここでは、GNIにおける名目と実質の違いを整理することで、このように書かれた狙いについて考えてみよう。

 まず、名目GNIと実質GNIには、国民経済計算における「実質」と「名目」の定義の違いがある。「実質」は、価格変動の影響を除去した値であり、「名目」とは、実際に市場で取引される時点の価格で評価した値である。つまり、先ほどの目標は、GNIは価格変動の影響を取り除いたベースでも年2%を上回る伸びとなる見込みであることを意味している。

 また、実質GNIは、交易利得・損失を含めているという点も名目GNIとは異なってくる。実質GNIは、実質GDP(国内総生産)に海外からの純所得に加えて交易利得・損失を足したものである。交易利得・損失を加えるのは、交易条件(輸出物価と輸入物価の比)の変化によって実質所得が変化することを考慮する必要があるためである。

 例えば、交易条件が改善する(輸出物価の伸びが輸入物価よりも高くなる)場合、交易利得が生じる(同じ所得額でもより多く買うことができる)ため、その分だけ実質GNIは増加することとなる。

 ここで、過去の実質GNIの推移をみてみると、実質GDPおよび海外からの純所得は拡大しているが、2006年以降は交易損失が続いており、それが実質GNIを押し下げている(注6)ことが分かる。これは、日本は輸出価格の上昇が抑えられる傾向があり、輸入価格について原油の高騰などで上昇した際に交易損失となりやすい傾向にあることが挙げられる。

 これは韓国においても同様であり、同時期に交易条件が悪化している。その一方、欧米諸国は輸入価格の上昇に合わせて輸出価格が上昇しており、交易条件は安定している(世界経済の潮流2011-1)。

(注6)なお、実質GNIは基準年からの変化率に着目した指標であり、交易利得・損失については、日本のSNAの現行の基準年である2005年にゼロとなるようになっている。そのため、次回の基準改定で2011年基準となった際には2011年における交易利得・損失がゼロになり、それより以前の年はプラスの交易利得が生じると見込まれる。

 つまり、実質GNIについて年2%を上回る伸びとするためには、実質GDPや海外からの純所得に加えて、輸出財について価格以外の要素で差別化を図り、付加価値をつけることで、交易条件を好転させることが重要であることが分かる。

図3 実質GNIの推移:2006年以降は交易損失が実質GNIを押し下げ

(備考)内閣府「国民経済計算」より作成
2%の物価上昇では150万円の目標は控えめ?

 最後に、物価が想定どおり2%上がるとすると、150万円という目標はむしろ控えめではないか、という点について考えてみよう。

 これは、実質GDP成長率2%程度の成長となり、かつ物価が2%上がるとするのであれば、毎年4%近く名目所得が上昇することになるので、10年後の所得額はもっと増えるのではないか、という考え方である。物価(消費者物価指数)が2%上昇したとすると、GDPデフレーターはどの程度の伸びとなるのか、検証してみよう。

 まず、消費者物価指数(CPI)と名目GDP/実質GDPで算出されるGDPデフレーターの最近の動きを比較すると、GDPデフレーターの方が大きく落ち込んでいることが分かる。

図4 GDPデフレーターとCPIの推移:GDPデフレーターはCPIより低位

(備考)総務省「消費者物価指数」、内閣府「国民経済計算」より作成
 この乖離は、それぞれの指標の対象の違いによって生じたものと考えられる。つまり、消費者物価指数は家計消費に対象を限定している一方で、GDPデフレーターは家計消費のほかに民間投資なども対象となっている。

 例えば、民間投資はIT関連財への投資が含まれており、これらの財は価格が大きく下落することから、その影響を受けやすい。このため、GDPデフレーターの変化率の方が、消費者物価指数より低くなる傾向にある(注7)。

(注7)総務省「消費者物価指数に関するQ&A(回答)G-8 消費者物価指数とGDPデフレーター(内閣府)が乖離していると聞きますが、それはなぜですか」より。

 そこで、消費者物価指数と民間最終消費支出デフレーターの動きを比較すると、デフレーターの伸びは消費者物価指数よりも若干低めとなるものの、ほぼ同じ動きとなる。過去の実績をみると、例えば消費者物価指数が2%上昇した場合は、民間最終消費支出デフレーターは1%程度上昇する傾向にある。

図5 CPIと民間最終消費支出デフレーター:ほぼ同じ動きを示す

(備考)総務省「消費者物価指数」、内閣府「国民経済計算」より作成
 以上のような相関関係を他のデフレーターについても確認したうえで、消費者物価指数が2%上昇した場合のGDPデフレーターを推計すると、民間最終消費支出を中心としてGDPデフレーターが1%程度上昇することが分かる。そのため、名目GDP3%、実質GDP2%を目指すという方針には大きな齟齬はない。つまり、物価が想定どおり2%上がるとすれば、150万円という目標はそれに沿っており、妥当なものであるといえる。

消費者物価指数が2%上昇した際のGDPデフレーター(注8)
民間最終消費支出を中心に1%程度上昇
需要項目 寄与度(%)
民間最終消費支出 0.762
政府最終消費支出 0.192
公的固定資本形成 0.115
民間住宅 0.067
民間企業設備 0.043
在庫品増加(民間・公的) 0.002
GDPデフレーター 1.181
(備考)総務省「消費者物価指数」、内閣府「国民経済計算」より作成
(注8)1995年から2012年までの国内需要のデフレーター(民間最終消費支出、民間住宅、民間企業設備、民間在庫品増加、政府最終消費支出、公的固定資本形成及び公的在庫品増加)について、同時期の消費者物価指数を用いて相関関係を計算。その結果から、消費者物価指数が2%上昇した場合の各デフレーターを推計。これらのデフレーター推計値を2012年の実質GDPに対する各項目のウェイトを用いて積み上げると、GDPデフレーターは約1.2%上昇するとの結果が得られる。

 ただし、原油などの輸入品価格が上昇している場合、消費者物価指数はその分だけ上昇するのに対し、輸入品価格の上昇が輸出財などに転嫁されない場合は、GDPデフレーターは下落することになる(注9)。そのため、輸出財に輸入品物価の変動を転嫁できるよう、価格面以外での差別化を進めていくことは、名目GDP3%の成長を達成するためにも必要となるといえるだろう。

(注9)仮に1995年から2012年までの全てのデフレーター(前述の国内需要の各デフレーター及び輸出、輸入)を用いて同様の手法で計算すると、輸入デフレーターが大きくマイナスに寄与することから、消費者物価指数が2%上昇した場合であっても、GDPデフレーターは約0.1%の上昇にとどまるとの結果が得られる。

(本コラムの内容は筆者個人の見解に基づいており、内閣府の見解を示すものではありません)

このコラムについて
若手官庁エコノミストが読む経済指標

内閣府の若手エコノミストがさまざまな経済指標を読み解き、日本経済や日本経済を取り巻く状況について分かりやすく分析する。多くの指標を精緻に読み解くことで、通り一遍の指標やデータだけでは見えてこない、経済の姿が見えてくる。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130805/251975/?ST=print

 


 


 


ロボットの雇用は守れるのか

人の雇用優先の日本、ロボット導入どこまで

2013年8月13日(火)  宇賀神 宰司

 ロボットが人間の雇用を奪う──

 労働力の減少や一段の効率化を背景に、産業界全体で無人化が加速している。ロボット工学の発展により、自動化システムは製造業からサービス業まで活躍の場を拡大。IT(情報技術)の進化やマイコンなどハードウエアの製造技術の進化は、ロボットの製造コストの低下にも役立っている。

 かつては「高いうえに使い物にならない」と言われてきたロボットも「人を雇うよりも安上がり」になりつつある。

 そこで懸念されるのが、冒頭の議論。産業革命以降、機械が人の雇用機会を奪うのではないという懸念は続いてきた。消える職業が出てきた一方で、残った職業も数多い。

 今回のロボットや機械、コンピューターに仕事を奪われるというのも杞憂に過ぎないのだろうか。

 興味深いデータがある。

 国際ロボット連盟は2013年1月の調査で、ロボットの導入台数と失業率について相関関係を主な国ごとに分析している。この中で興味深いのは日本、米国、ブラジルの状況だ。

 いずれも2000年以降の推移を分析している。米国はロボットの導入台数、失業率とも比例して増加している。ブラジルはロボットの導入が進むと同時に失業率も下がっている。

 日本はどうか。ロボットの導入台数は2000年以降、実は減少している。その一方でやや増減はあるものの失業率は横ばいかやや減少とみていい。

 この3つのパターンから推測できるのは、1)米国はロボットの導入により人の雇用が減っている、つまりロボットが「人間を駆逐」している。2)ブラジルは特に製造業で生産拡大のため、ロボット、人間とも雇用を増やしている。ロボットは「人間と共生」する存在だ。3)日本は長引く景気低迷で各社が設備投資を抑える一方で、雇用は守ってきた。「人間優先」。リストラの憂き目にあるのはロボットの方だ。

過度の省人化は非効率

 では、実際に日本企業ではロボット化と人間の雇用維持についてどのように運営しているのか。オフィスや工場などあらゆる現場の業務を分析し、ムダを洗い出して徹底的に合理化、省力化を進めてきたキヤノン電子の酒巻久社長に話を聞いてみた。

酒巻久社長:社長就任以来、会社の“アカスリ”に取り組んできました。徹底したムダの削減です。10年以上前から経理、人事、総務などオフィスの管理部門の社員のパソコン利用状況を管理しています。業務中にゲームやネットサーフィンをしているような明らかなサボリはもちろんのこと、メールに費やす時間が長すぎる、検索ばかりをしているなど一目瞭然です。

 ホワイトカラーの作業効率を上げ、パソコンの台数をむしろ減らしてきました。一方でプログラム化を進め事務作業をなるべく自動化しました。このように省力化を進めてきましたが今は、1つの段階が終了したと感じています。これ以上、生産性を上げて担当者を減らすのは難しいでしょう。

 例えば新卒採用の効率化のため、人事担当者を半分に減らすとしましょう。そうすると面接などに十分な時間はさけないでしょうから極端なことを言えば、先着順で採用するのが効率的です。ですが、これではいい人材が採れないことは明白です。


「これ以上の合理化は、かえってホワイトカラーの生産性を落としかねない」と語るキヤノン電子の酒巻久社長(写真:北山宏一)
 管理部門の人減らしはサービス低下につながりかねない。「転勤や福利厚生などに関する相談で人事部に行ったけれども、みんな忙しくて相手にしてくれなかった」。こんな事態になっては社員の不満が募り、組織がギスギスしてくるでしょう。むしろ、パソコンなどで自動化、省力化できた分、管理部門は社内サービスの向上に力を振り向けるべきです。人事担当者などもこれからは単に社員を管理するだけではなく、組織を活性化して社員のやる気を引き出す役割が期待されます。

 社長秘書についても同じことが言えます。情報端末の発達により、スケジュールや名刺の管理は自分で簡単にできるようになりました。その点では秘書は必要ないかもしれません。ですが、私宛の電話や来客の対応では、やはり物腰が丁寧で、的確な対応ができる優秀な秘書がいるといないとでは大違いです。

人間は新たな仕事を作り出す

 コンピューターは記憶力では人間をはるかに凌駕します。経営者すらも、過去の延長線上で順調に業績が推移しているならば、ロボットに置き換え可能かもしれません。過去のデータを分析して最適な意思決定をすればよいからです。

 しかし、実際の経営では紆余曲折があり、コンピューターは一助にはなるかもしれませんが、最後は経営者の経験と勘が必要です。決断はやはり人間が下すことになるでしょう。

 日本特有の問題もあります。ロボットや機械を導入して合理化しても、その分、社員を解雇するのは現実的には不可能です。人は常に新しいテーマを探して自ら仕事を作り出していくしかありません。

 求められるのは感性です。将来は分かりませんが、ロボットには今のところ感性がありませんから(談)。

 酒巻社長の話から2つのことが言えるだろう。まず、ロボットにもリストラが必要なこと。「ダイエットを始めようとトレーニングマシンを買ったら達成感が芽生え、実際にはトレーニングせず一向にやせない」。こんな状況と同じでパソコンを含め、機械を導入すれば仕事が効率化すると信じていたら、実際には生産性が下がっていた。そこは厳しくチェックしてロボットから逆に人間に置き換えていく。

 もうひとつは、解雇が厳しい日本の現状では、ロボットや機械ができない仕事を企業が用意する必要があることだ。また、意欲的な社員であれば、自ら「ロボットなんかに負けない」と人間にしかできない業務を探す。それは既に手がけている仕事の中にもある。酒巻社長が指摘するように、スケジュール管理しかできない秘書であれば、コンピューター化のため必要ないかもしれないが、コミュニケーション能力が高く、社長の業務を円滑に進める上で欠かせない存在になれば、十分に生き残れる。

 米国などはいざ知らず、少なくとも日本ではロボットの導入が進んでも簡単に人間の雇用が奪われることはなさそうだ。「ロボットによる置き換えで、人間はより必要とされる職場へ移籍し活用する」というのが多くの企業の基本的な考えだからだ。

 一方、人間の受け皿を用意することにも限界がある。雇用を守るために働かない社員を社内に滞留させ、ロボットを不当解雇する事態になれば、いずれ人間はロボットに訴えられるに違いない。

このコラムについて
記者の眼

日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。


03. 2013年8月14日 07:58:29 : S6AmGpPAJo
この狭い日本にこれ以上人間を増やしてどうする
 ニート、ワーキングプアが増えるだけ
 なんでも計算通りになると思ったら大間違い
 まだヒヨコだな 笑

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