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天皇ギロチンは必要
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投稿者 中川隆 日時 2013 年 12 月 29 日 10:39:37: 3bF/xW6Ehzs4I
 


2013年12月29日日曜日


来年こそ天皇制廃止の年にしよう

私はやはり、天皇ギロチンは必要だし、有益だと思います。正月に天皇の顔を見たら、みんなでギロチンのイメージトレーニングをしようではありませんか。

天皇ギロチンは、欧米の理解を得ることができるのはもちろん、アジアからも一目置かれることになります。

欧米は、日本が戦前の体制を志向することを嫌っており、恐れてもいます。それは、欧米の価値観とも利益とも対立するからです。

また、アジア諸国が日本を舐めきっているのは、日本も所詮、「微温的なアジアの土着民国家に過ぎない」と見ているからです。ゆるい弱小人情ヤクザ国家のようなものなのだと思っているので、いくらでもせびり取れるのです。

天皇ギロチンを日本国民が実現すれば、アジア諸国は震え上がるでしょう。

戦前と縁を切った共和制国家になれば、核武装も堂々とやれます。
http://kuantan-bin-ibrahim.blogspot.jp/

自由への脅威は「法律」ではなく天皇です

日本において、個人の自由への脅威は、各種の法律ではなく、日本国憲法第1章です。

憲法第1章を削除しない限り、日本人が自由になることなどありません。

今も昔も今後も、日本国が天皇をまつっている限り、日本に個人の自由はありません。あれこれの法律ができたと言って騒ぐのはナンセンスです。法律による国家の行為が個人の自由を本当に侵害するのなら、いやしくも立憲主義のもとにおいては、憲法訴訟で争えばよいのです。しかし、憲法自ら、天皇のような存在を認めている。天皇が元首で、権力を持ち、行政権のトップに居るのならそれでもまだ良いでしょう。権力分立や法の支配の下におくことができ、個人の自由を保証する手立てはあります。

そういう天皇は、、個人の自由を内部から腐食させるような機能は果たしません。しかし、権力をもたないと称しつつ(何の責任も取らないと開き直りつつ)、事実上、日本に君臨する日本的な「象徴天皇」は、日本の土壌において個人の自由を足の裏から腐らせます。

日本の官僚たちは、強い使命感をもっています。誰も国民のために徹夜労働をしているのではありません。官僚は、天皇のために働いているのです。

雅子の父親が良いサンプルです。あれが日本の官僚のわかりやすい実例です。自由を選ぶなら天皇制を廃止しなければなりません。個人の身辺的な自由だけでなく、経済的な自由にも悪い影響を及ぼしていると思います。日本経済が、本格的な資本主義の下でどうしてもうまくいかないことが、近年はっきりしてきたといえると思いますが、その原因の根本は「天皇」の存在だと思います。
http://kuantan-bin-ibrahim.blogspot.jp/2013/12/blog-post_8.html



天皇のインド訪問は政治利用 2013年12月5日木曜日

儲かっている唯一の反原発利権屋である山本太郎が、天皇を政治利用しようとして恥をかき、非難されていましたが、日本政府による天皇政治利用は野放しです。安部首相は岸信介の孫であり、祖父のような知能はありませんが(岸信介は我妻栄と同級生で主席を争った)、天皇など政治的に利用する手駒としか思っていないでしょう。

天安門事件から間もない1992年に、日本政府は天皇を中国に派遣しましたが、危うく「金印」をもらって柵封されてしまうところでした。これはもっぱら、日本企業の対中投資、中国での商売のための天皇派遣でした。その目的は達したと言えます。

そして今度はインド。中国とインドの関係や、インドの地理的な位置を考えれば(「地政学」とか馬鹿っぽいので使いません)、日本とインドが結びつくことは、東南アジアを介して、外洋に出られない中国を包囲する意味をもち、少なくとも心理的に中国に対するプレッシャーになるはずです。つまり、日本とインドが仲良くなることは「反中」という政治的な意味を持ちます。

歴代でインドを訪問したのは明仁天皇が最初の天皇です。天皇のインド訪問は異例のことなのです。インドはもともと英国の縄張りなので、国際的に英王室の下位にある日本の天皇は、まず英国に遠慮しなければなりません。英国に挨拶し、当然英国の元子分である中国の意向も伺ってから、英国の権威を損なわず、中国の英国に対する意趣も尊重することを確認した上で、慎重に行うべきことです。しかし今回そういう手続は踏まれていません。

このような異例の行動を天皇にあえてさせたことが、強い政治的な目論見を持つものであることは明らかです。天皇訪印は政治利用です。

英国メデイアは、日本軍が侵略戦争でレイプや虐殺を恣にしたにもかかわらず、フィリピンの反日意識が後退しつつあることに驚きを隠しません。実際フィリピンは苦境にあるのでしょう。

日本軍が行軍したところではレイプや略奪が当たり前でした。強制連行や性奴隷は手間がかかるので将校用に限られていて、その場でレイプして殺してしまうほうが一般的でした。兵隊のために慰安所代わりに許可されるのです。(将校用にはとびきり上玉の処女を選んでひっ捕らえてくる。インドネシアではオランダ白人女性が被害にあった。味見した将校は処罰されず強制連行を実行した手下が軍法会議で死刑に)。村落全体を皆殺しにすれば証拠も残りません。

日本軍は、マレーシアでも、インド系やマレー系の住民をレイプ虐殺しています。マレーシアの(御用)新聞は、定期的に日本軍の残虐行為を特集します。国民が歴史を忘れないためです。(御用新聞を編集しているのは中国系ではなくマレー系です)。

日本はインドも侵略しようとしましたが、幸い成功しませんでした。しかし、日本はアジア全体で好かれていないことを忘れてはいけません。英紙フィナンシャル・タイムズもはっきりそう書いています(「日本はアジアで好かれていない」と書いています"After all, one might argue, there is little love lost for Japan in the region, especially under Mr Abe, considered a revisionist who quibbles over many of Japan’s wartime atrocities." このloseは浪費する、無駄にするという意味で、日本のために費やす愛はないという意味でしょう。「失われた愛がない」と読むのは文脈からみても誤り)。

アジア人が尊敬しているのは、あくまで「欧米人」なのです。このことは東南アジアやインドはもちろん、中国でも台湾でも同じです。日本人だって同じです。この状況は向こう100年は変わらないでしょう。変わる要素がありません。

だから、日本人のアジアでの活動は、欧米人が容認する範囲内でなければならないのです。この大原則を忘れると、日本人は再び痛い目を見ることになります。
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2013年12月10日火曜日
個人の権利自由は国家に先立つ。人権(=自由)は国家によって与えられるものではない

日本人がわかっていないことは、自由は国家よりも前にあったということです。右から左までわかっていませんが、特に左翼がわかっていない。「天皇容認左翼」(天皇賛美左翼はさらに)がいちばんわかっていない。おおよそ、小沢一郎を賛美するような「反対制」気分の人たちは、権利自由は国家に与えられるもので、国家が保障すべきと信じています。

たとえば、わかりやすい例を上げると、生活保護を廃止しろ、と主張する人がいるとすれば、立派な人たちです。

ところが、天皇容認左翼、天皇賛美左翼、小沢一郎に騙されるタイプ左翼、は、ホンネでは、「生活保護を受けることになるような連中は、ダメな人間で、その意味でかわいそうな人間だから、隔離して保護してやるべきだ」と考えています。例外はないでしょう。

それどころか、彼らの理想は、すべての人民が隔離されて保護され、天皇賛美的共同体の奴隷として、麻薬を打たれたように、柴犬のように従順に生きるのが地上の天国だ、というものです。

天皇容認(or賛美)左翼、小沢一郎に騙されるタイプ左翼、とは、官僚は批判するが天皇を崇拝する、官僚は批判し「自由主義」にも反対しつつ、小沢一郎のような汚いボスの「温情」的な素振りにクラッとなるバカどものことです。

「ネットゲリラ」が繰り返し、生活保護を受けるような連中は、都会に住まわせないで(居住移転の自由、旅行の自由を奪い)田舎の施設に収容すべきだ、と主張していますが、他の天皇容認左翼、反官僚・小沢に騙され反体制派、も、ホンネはこれと変わらないはずです。

本題に戻ると、国家が生まれる前は万人が自由だったのですが、それだと支障があり、かえって自由が確保されないことがあるので、自由を確保するために諸個人の契約によって国家を作りました。ところが、その国家権力が自己増殖し暴走し個人の自由を侵害するようになったので、自由を保障するために国家権力を制限する「法」を作ったのです。その「法」は、人権や自由を与えるものではなく、国家権力を制約するものです。(合衆国憲法が当初、統治機構しか定めていなかったことは示唆的です。人権は宣言されることはできても〔独立宣言〕、与えることはできないからです)。以上は歴史的な事実とは関係のない真実です。われわれの「自由」は、国家成立以前の自由と異質なものでなく、むしろ一貫した同質のものだということが大事です。変わったのは外的な制約の形式だけです。法律(=民主主義)は国家の側に立って自由を制約しますが、憲法(権力の分立、法の支配)は個人の自由の側に立って国家を制約します。人権(個人の自由)を尊重するということは、まず無条件にこのストーリーを受け入れ、そのような自由を尊重するということです。

権利とか、「人権」と呼ばれるものは、、立憲主義(上のストーリー)のもとでは、本質的に「自由」のことです。

だから、「人権」の基本にあるのはいつも、「国家からの自由」です。国家というのは権力のことで、個人に無理強いできる力です。

飢えて死ぬのは無理強いではありませんが、捕まえてどこかに連れて行って飯を食わせるのは無理強いです。

浮浪者が出るのは悪いことではありませんが、国家が浮浪者を捕まえて監獄に入れるのは、無理強いという意味で、悪いことです。(「浮浪罪」を伴うレッセフェールというのは、矛盾があったと思います)。

日本人のほとんどは、国家に権利を保障してもらおうと思っているので、人権も自由も理解できません。右翼はともかく、ほとんどの左翼、反体制派、民主党支持的左派、天皇容認左派、小沢一郎に騙され左派は、永久に浮かばれないでしょう。百姓はどうしようもないからです。
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コメント
 
01. 2013年12月30日 03:49:45 : RlOyrE1YxI
フランス革命ね

02. 2014年1月05日 10:22:23 : 7Onnx32U7Q
こんなことをいう君をギロチンだ。

社会に現れてみろ。


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