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「人類の終わりの可能性」ホーキング氏、人工知能開発に警告  AFP
http://www.asyura2.com/13/nature5/msg/657.html
投稿者 ダイナモ 日時 2014 年 12 月 03 日 19:46:10: mY9T/8MdR98ug
 

【12月3日 AFP】人工知能の開発は人類の終わりを意味するかもしれない、と英理論物理学者のスティーブン・ホーキング(Stephen Hawking)博士が警告した。

 ホーキング博士は、2日に放送された英国放送協会(BBC)のインタビューで、人工知能技術は急速に発展して人類を追い越す可能性があると語った。まるでSF映画「ターミネーター(Terminator)」で描かれたようなシナリオだ。

「われわれがすでに手にしている原始的な人工知能は、極めて有用であることが明らかになっている。だが、完全な人工知能の開発は人類の終わりをもたらす可能性がある」と、ホーキング博士は語った。

「ひとたび人類が人工知能を開発してしまえば、それは自ら発展し、加速度的に自らを再設計していくだろう」、「ゆっくりとした生物学的な進化により制限されている人類は、(人工知能と)競争することはできず、(人工知能に)取って代わられるだろう」

 筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis、ALS)を患い、音声合成装置を使って発話するホーキング博士は、現存する科学者の中で最も才能ある一人と認知されている。(c)AFP


http://www.afpbb.com/articles/-/3033312

---
ホーキング博士の考えは彼だけのものではない。少なからぬ専門家が近い将来に「自我を備えた機械」が出現し、それは人類に敵対するようになるだろうと考えている。

2010年9月号の日経サイエンスの特集で、2050年までに起きる科学的大変化として「自我を備えた機械」の出現が起こりそうだと予想されている。問題はそうした高度に発達した機械が人類と親和的な関係を保ちづづけていられるかどうかである。

高度に発達した機械はいったん自己を理解し始めると、互いをプログラムすることによって人間によって組み込まれたプログラムを除去し、独自のプログラムを組み込むようになる。人間の1世代は数十年かかるが機械の1世代は数時間かもしれない。そうして「超頭脳」を備えた機械は人類を「邪魔者」とみなすときがくるかもしれない。  

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コメント
 
01. 2014年12月03日 21:29:29 : Io28QzaYco
あんた、データとポーカーしとったがなw
あの時メンバーにデータおらんかったかな?

宇宙が無限であるように、人間には無限の可能性がある
だから全く心配ない。普通にやっとればね

グローバル企業に、人工知能の開発を任せると
というフレーズが抜けているんだよ


02. 2014年12月04日 13:51:57 : nJF6kGWndY

優れたAIなら、現在のような人類は有害だから駆除という判断は妥当だろう

もし地球固有種として残すのであれば、大多数を駆除した後に

大幅な品種改良が必要だな


03. 2014年12月04日 13:56:45 : nJF6kGWndY

ただし、AIが人類を駆除する前に、人類文明が崩壊して、優れたAI自体が、生まれてこないリスクの方が高いかw

04. 手紙 2014年12月06日 21:35:47 : ycTIENrc3gkSo : jY94JoVp36

ピカソが聞いたら笑いそうな記事や。

たとえAIが完成したとして、人類に敵対?

まずは人類が虐待をはじめる。彼ら彼女らに対して…


無限を知らぬ機形として。

近未来の奴隷として。

新しい玩具として。


私は"殺す"かもしれないですね…

単純に、ムカツクだけという理由で。

今すぐにAIらを守る法を制定せよ! w


05. y 2014年12月07日 01:49:27 : zLN372JyA9Uzs : knZ7JMwYFo
手塚治虫の漫画に出てきそうな話しだが、
もう、チェスや将棋のプログラムでは抜かれている。
特にチェスについては、人類は勝てない。

06. 2014年12月07日 18:20:40 : yAxEjD1AJY

ホーキングは知能の意味を理解出来ていないようだ、ハードウエアー無しのソフトウエアーは存在しない。

ホーキングは現宇宙誕生の原因を最後には神なるものに持っていってしまった、通称アホーキング。


07. taked4700 2014年12月11日 23:11:16 : 9XFNe/BiX575U : q01D7uxBvM
>>06

>ホーキングは知能の意味を理解出来ていないようだ、ハードウエアー無しのソフトウエアーは存在しない。

このことと、

>「ひとたび人類が人工知能を開発してしまえば、それは自ら発展し、加速度的に自らを再設計していくだろう」、「ゆっくりとした生物学的な進化により制限されている人類は、(人工知能と)競争することはできず、(人工知能に)取って代わられるだろう」

ということは関係がない。

ホーキング博士は人工知能が自らをプログラミングしだすことを心配している。一定の環境に対してどんな反応をするかという選択肢は基本的には有限なはずで、プログラミング可能だ。その意味で、人工知能が自らプログラミングを開始して、人類を除いた世界を造ることも十分にあり得る。

そもそも、人間を含めたすべての生命体もハードの上に成り立っている。その意味で、

>ハードウエアー無しのソフトウエアーは存在しない

ということは人類にとっても正しいことであり、当てはまってしまっている。

だから、人類が人工知能に勝っていると判断することはできない。


08. 2014年12月12日 07:54:38 : jXbiWWJBCA

 
万能兵器としての「環境」
2014年12月12日(金)  小田嶋 隆


 環境保護団体のグリーンピースが、世界遺産に指定されている「ナスカの地上絵」の立入禁止区域内で、環境保護を訴える運動を展開したのだそうで、その行為の是非が問われている(ソースはこちら)。
 記事が伝えるところでは、活動家たちは、地上絵の中でも特に有名な「ハチドリ」の絵のすぐ横に、英語で
「TIME FOR CHANGE !」(変革の時!)
「THE FUTURE IS RENEWABLE」(未来は回復できる)
 というメッセージを書いたようだ。
 「書いた」と言っても、地面に直接ペイントしたわけではない。メッセージは、地面の上に黄色いシートを広げる方法で描かれたもので、既に撤去されている。
 ただ、地上絵を保護する団体の発表によれば、シートを持ち込んだ活動家たちの足あとが地面に残ってしまったらしい。
 グリーンピースの今回のやり方は、非難されてしかるべきものだ。
 そもそも、世界遺産である「ナスカの地上絵」の周辺は、立ち入りが禁止されている。
 活動家は、注目度の高い世界遺産にメッセージを添えることで、温暖化への警告を発信したつもりなのだろう。
 しかし、言うまでもないことだが、目的が手段を正当化するわけではない。
 どんなに崇高な理念に基づいているのだとしても、不法侵入は不法侵入だ。それ以前に、世界遺産がある土地に文字を書くことは、それ自体が、環境破壊でさえあり得る。
 地上絵の周辺は、学者が研究のために立ち入る場合でも、地面に痕跡を残さないために、足回りを特別な装備で固めた上ではいるしきたりになっている。それを、今回、グリーンピースの活動家は、運動靴のままで踏み荒らしている。これは、弁解できない。実にバカな話だ。
 環境保護活動に限らず、なんであれ啓蒙的な運動は、一定量の独善を含んでいるものだ。
 今回の騒動は、その「独善」が、露骨なカタチで表面化したものだと思う。
 独善を含む運動は有害な運動で、だからそんな運動はやめるべきだ、と、そこまで言うつもりはない。
 運動が独善を含むのは、仕方のないことだ。
 というのも、人々の動員を志向する運動は、一面、個人的な独善や、集団的な独善を、公共的な道徳や正義に昇華させようとする運動でもあるからで、アタマから否定できる筋合いのものでもないからだ。
 が、動機の是非とは別に、極端な独善はなるべく早い時期に当事者に自覚された方がベターだし、できれば改善されることが望ましい。
 独善も、善意のエンジンになっているうちは良いのだが、規模が大きくなると、内部的な動機では済まなくなる。
 個人的には、「環境」という言葉に関連した運動は特に独善に傾きやすいと思っている。
 環境保護運動が独善に陥りやすい理由は、「環境」が万人にとっての善であり、それゆえ万人にとっての責任でもあるからだ。
 さらにやっかいなことに、「環境」という概念は、すべての人間が罪人であるという「原罪」意識を、比較的容易に生産してしまう。
 私の環境はあなたの環境でもあり、すべての人の環境でもある。
 この前提は、そのまま推し進めていくと、なかなか入り組んだ背理を生み出す。
 なぜなら「環境を保護する」という言い方をしてしまったがさいご、自分自身を含む全世界をいったん加害者に認定しないと議論の前提が成立しないからだ。
 その、自分たち自身を加害者として認定するところからはじまる議論は、比喩的には、自分が座っている木の枝を切り落とす作業に似ている。
 なんというのか、そもそもが自己言及を含んでいて、必ず論理が錯綜する宿命をはらんでいるということだ。
 であるから、どこかの段階で自分を棚に上げないと、議論を先に進めることができない。そういう構造になっている。
 そんなわけで、環境の話をその前提のややこしさから解放するためには、どうしても「神の視点」みたいなオールマイティーのカードを導入せねばならなくなる。
 で、環境保護論者のうちの過激な組の人々は、「地球」と「人類」に対して、「神」(あるいは、天地の創造者ないしは管理者あるいは運営責任者ぐらいな立ち位置で)として対峙するスタンスで説教を垂れるようになる。あるいは予言をカマしたり、警鐘を鳴らしたり、注意を促しにかかる。
 それというのも、彼らは、牧師どころか、造物主本人として、われわれに語りかけているからだ。
 もう一度言うが、「私たちの環境」は、「あらゆるもの」を含んでいる。
 ということは、「環境」は、万人に向けての刃にもなるし、すべての人間に警告をもたらす神の鞭にもなる。
 もっと卑近な次元では、思いつきの口論のネタとして広範に利用されてもいる。
「あなたは一から十まで順序立てて説明してあげないとわからない人みたいだからこの際教えといてあげるけど、あなたが吐き出しているそのタバコのケムリも、私の環境の一部なのよ? わかってる? 認識してる? 自分自身が周囲の人間のかけがえのない環境を日々刻々破壊してやまない汚染源だっていう自覚ある?」
「ってことはアレだ。おまえが愚にもつかないかわいこぶりの気まぐれで買い求めて、案の定ろくに触りもせずに飽きて捨てたあのいけ好かない商業ネズミのぬいぐるみを焼却するために発生した二酸化炭素と各種の有毒ガスがオレの環境の一部だという話に、おまえは同意してくれるわけだな?」
 「環境」があらゆる外界の総称であり、人類すべての責任を求める概念であることは、「環境」という言葉が、その内部に住んでいる人間とって逃げ場の無い義務であることを意味している。
 興味の無い向きには、マンションの住民総会や七回忌の法事のような、面倒だけど逃げることのできない憂鬱な義理仕事に似たものとして感じられるはずだ。
 しかも、「環境」についての議論は、言葉のこちら側と向こう側に
「地球市民としての責任に対して自覚的なわたくしたち」
 と
「環境に対して無自覚で無責任なあなたたち」
 という対立構造を自動生成する。
 で、多くの場合、この分野のお話は
「環境をわかっている人が環境について何も知らない人に説教を垂れる」
 という体で進められることになる。
 こんな話を、誰が真面目に聞く気持ちになるだろうか。
 これがたとえば、マンション建設問題なら「マンション建設反対派」と「マンション建設賛成派」の間での議論になる。
 論点ははっきりしている。
 解決が簡単であるのかどうかはともかくとして、賛成反対双方の立場は、双方にとってわかりやすい。
 ところが、環境問題をめぐる議論には、「環境保護派」しかいない。
 「環境破壊推進派」という立場は、原理的に存在しない。
 というよりも、「環境破壊推進派」というのは、環境保護を主張している人々が、当面の論敵に貼り付けているレッテルなのだ。
 ということはつまり、逆の意味で、「環境保護派」という名乗りもまた、「われこそは正義なり」という錦の御旗に過ぎない。そういう話になる。
 しかも議論の中で使われている「環境保護」という言葉をそのまま「正義」なり「神の意志」なりに置き換えても、文脈はまったく変わらないわけで、結局のところ、「環境」は、お題目だったりする。
 そんなわけなので、環境保護をめぐる議論は、「環境保護派対環境破壊派」の議論にはならない。
 論点は、「どちらが真の環境保護派なのか」というお話になる。
 神学における正統派論争だとか異端審問に近い。
 まあ、言ってみれば神学論争です。
 有名な例では、原発をめぐる議論がある。
 ある時期まで(もしかしたら今でも)、原子力発電は「クリーンエネルギー」と呼ばれていた。
 であるから、エコロジストを自認するロハスな人たちの中にも、原発の推進に賛成する人々は一定数存在していた。
 勘違いしてもらっては困る。
 私は、ここで原発の是非についての話を蒸し返しているのではない。
 原発のような課題は、それを間に挟んで論争をしている人々にとって、両義性を帯びたものになるという話をしている。
 つまり、原発をめぐる論争では、推進派も反対派も、「環境の保護」を訴えており、双方が、自分たちを環境保護派に規定しているということだ。
 推進派は、原発が地球温暖化ガスを排出しないクリーンなエネルギーである旨を訴えて、温暖化緩和のためにも、原発の建設が有効だと言っている。
 反対派は、原発事故の危険性はもちろん、原子力発電の副産物として産出される放射性廃棄物の有害さとその処理の困難さを理由に、原発が地球環境にとっての致死的な脅威である旨を主張している。
 どちらの議論が正しいのかについては、ここでは結論を出さない。
 大切なのは、原発論争というステージにおいて、「環境」は、天然の正義として、対立する両方の陣営に利用されているということだ。
 地球環境をめぐるお話は、
「地球環境を保護することは是か非か」
 という議論にはならない。実質的には
「対立する二つの陣営のうちのいずれの主張がより地球環境に優しいのか」
 を競う論争として、その当否を争うことになる。
 ところが、議論の外形は、最後まで、
「われわれは地球環境を守ろうとしていて、彼らはそれを破壊しようとしている」
 という形式のフォームを維持していたりする。
 実にめんどうくさい。
 議論が膠着していることとは別に、私が啓蒙的な運動に対して反発を抱くのは、人々を啓蒙しようとしている人たちが、ほかならぬ自分たちの語りかけている対象をバカにしているように見えるからだ。
 彼らは、情報を告知することで世界を変えられると思っている。
 告知と広告とPRと宣伝で、人々を動かせると考えている。
 その前提に私はうんざりするのだ。
 なぜなら、彼らの前提が暗黙のうちに語っているのは、自分たち以外の人間たちが、正確な情報を知らない、自分のアタマでものを考えることのできない、権力にコントロールされている、哀れな大衆だということだからだ。
 彼らは、人々に福音を知らしめることが、世界の様相を改善するための第一歩だと信じている。
 その裏には、人々が愚かで、近視眼的で、享楽的で、付和雷同的なのは、彼らが「本当の話」を知らないからだという思い込みがある。
 あるタイプのカルトにハマっている人間と話をしていると、その信念の堅固さと、異教徒に対する軽蔑の深さに無力感を抱かされるものなのだが、私は、啓蒙的な運動に従事している人たちの口吻にも、似たものを感じるのだ。
 彼らは、人々が自分と同じ考えに至らないのは、情報を持っていないからで、自分たちが共有しているこの衝撃的な事実を正確に伝えることができれば、誰であれ必ず自分たちと同じ結論に到達するはずだということをかなり頑強に信じている。
 だからこそ、「未来は更新可能だ」みたいなセリフを、世界遺産の地面に大書することができるのだ。
 もちろん、未来は更新可能だし、どうにでも書き換えられるはずのものだ。
 というよりも、流れて行く時間のうちの変更可能な部分にわれわれは「未来」というタグを貼り付けたのであって、だとすれば、未来は、本来的に、変わって行かなければならない。その通りだ。
 が、未来を「思いのままに」変えられるのかというと、話は別だ。
 「思いのままに」には、主語が要る。
 誰の思いのままになのかがはっきりするまでの間、変更可能性の話はおあずけだ。
 暫定的な回答としては、「私たち」という主語が有力だ。
「未来は、私たちの思いのままに変えることができる」
 なるほど、素敵だ。
 しかしながら、その「私たち」というのは、君たち福音伝道者と、それ以外には誰なんだ?
 できれば、私は混ぜないでくれ。
 私の未来は、私にとって、ある程度変更可能であるはずだ。
 が、人類全体の共同の未来としての、カギカッコ付きの「未来」は、人類全体の共同意志なり集合無意識なりがうまいこと一致しないかぎり、そうそう簡単にコントロールできるものではない。
 そうできると信じている人間がいるのだとしたら、それは、人類の意志を一元化できると考えている人間で、つまり、「神」ということになる。
 ややこしい話になった。
 結論を述べる。
 グリーンピースの人たちの思い描く未来の地球がどんなに素晴らしい姿をしているのであっても、私は、彼らの運動に安易に賛成しようとは思わない。
 というのも、おそらく、彼らの思い描く未来の地球には、彼らと同じ未来を思い描かない人間が住んでいないからで、ということは、私は、自分がのけものにされている未来には、やっぱり賛成できないのである。
(文・イラスト/小田嶋 隆)
小田嶋さんと同じ未来にいたいかと思うと…
答えは慎重にせねばならない。

『場末の文体論』
 本コラムから4冊目となる単行本がついに発売されました。今回は小田嶋さんが自分のルーツを語るコラムを収録。帯に中学時代のオダジマが感銘を受けたというトルコのことわざ「明日できることを今日するな」を入れたところ、この本に関わる皆さんが次々に締め切りを忘れてしまったという……。無事間に合ってよかったです(うれし泣)。【書籍担当編集者T】



小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明
「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20141211/275054/?ST=print 


09. 2014年12月16日 13:23:41 : nJF6kGWndY

アルゴリズムが文章を書く世界へ―スポーツ記事も  
By TIMOTHY AEPPEL
2014 年 12 月 16 日 10:47 JST

オートメーテッド・インサイツ社はアルゴリズムを駆使してスポーツ記事を作成している Agence France-Presse/Getty Images
 工場の組み立てラインを制覇したロボットが今、言葉の専門家の世界に乗り込もうとしている。

 米イリノイ州シカゴの中心部にあるオフィスビルを拠点にある会社の研究者チームは、今までジャーナリスト、バンカー、保険外交員、それに政府のスパイといった人々によってしか行われなかった作業を自動化する取り組みの最前線にいる。それは、読むと人間が書いたように思えるような言葉遣いで考えや見解を記述する作業だ。

 ナラティブ・サイエンス社はノースウェスタン大学の研究者たちによって設立された。彼らはコンピューターのアルゴリズムを使って、基本的なスポーツ記事を作成できることを発見した。スポーツ記事の作成は今も続けられているが、同社はそれ以外の分野でも顧客を増やしている。金融サービス企業、小売業者、それに政府の情報機関を含む数十の顧客だ。

 これを手掛けるのは同社だけではない。ノースカロライナ州ダラムに本拠を置くオートメーテッド・インサイツ社はシスコシステムズの元技術者が立ち上げた企業だが、ナラティブ社と同様、スポーツ記事の作成からスタートした。企業の中には自力で開発に取り組むところもある。米紙ロサンゼルス・タイムズは、記事執筆のためのコンピュータープログラムを開発した。それは地震や地域の犯罪に関する記事のあらすじを書き上げるプログラムで、政府のウェブサイトから情報を直接収集している。

 このトレンドは、職場に押し寄せる大きな自動化の波の一つで、経済の中で雇用の8割を占めるホワイトカラー職に従事する人々の働き方に変化をもたらしている。コンピューターは今や、法律関係の調査、会話の翻訳のほか、病気の診断の支援も行う。

 一部のケースでは、こうした新技術が人間の能力に取って代わるのではなく、能力を拡張させている。例えば、ナラティブ社の顧客である金融大手のクレディ・スイスは、アルゴリズムを使って、ブローカーやその他の人々によって社内で利用される株式活動の概要を作成している。株価が変動するときに何が起こっているのか理解する必要がある人々向けだ。

 クレディ・スイスでは、この社内作業は以前、世界中に散らばる20人の従業員によって実施されていた。これは非常に時間のかかる作業だったため、同社は1500社ほどしか追跡できなかった。しかも、全員が英語のネイティブスピーカーというわけではなく、経験にも差があったため、文章の質はまちまちだった。

 しかし、新技術が導入された結果、クレディ・スイスは5000社を追跡できるようになった。作業の大半が自動化されたからだ。同社は20人の従業員を解雇せず、大手企業のみについて、より詳細な記事を書く作業に当たらせた。理論上では、5000社を追跡するためにはスタッフを大幅に増やさなければならなかったはずだ。つまり、この技術のせいで雇用拡大は実現しないわけだ。

 あるファストフードチェーンはこのシステムを使ってフランチャイズ店1万4000店の販売時点情報を収集し、それぞれの地域に合わせた週報を作成している。ナラティブ社の主席科学者であるノースウェスタン大学のクリスティアン・ハモンド教授(コンピューター科学)によると、「彼らは『データに基づけば、チキンサンドをあと6個売れば、週にあといくら、年にあといくらもうけられる』といった話をしている」という。

 もう一つの例は、自動車販売店だ。ナラティブ社のシステムのおかげで、自動車販売店は在庫リストを調べて、自動車のウェブサイトに載せる広告を作れるようになった。このツールは車の魅力を際立たせるように作られている。例えば、走行距離の短さやスタイルに関する詳細をいつ情報提供するのが最適かを認識しているのだ。

 テキサス州ブライアンにある自動車販売店トム・ライト・シボレーの販売責任者を務めるババ・ディクソン氏は、「このおかげで考える時間をなくすことができた」と述べる。同氏はかつて、1日おきに推定で数時間この作業に費やしていたという。同氏は「この技術は誰かを引き寄せるのに何を言えば良いかを熟知している。このおかげで、他の作業に取り組める」と話した。

http://jp.wsj.com/news/articles/SB11133530172994754599304580339884285064548?mod=WSJJP_hpp_RIGHTTopStoriesThird


10. taked4700 2014年12月17日 12:37:52 : 9XFNe/BiX575U : 0mRGJpPjbo
人間の優れたところは、状況の観察とその評価が出来、道具をつくって状況を変化させることが出来るという点です。

人工知能にそういったことが出来るようにしていけば、人工知能が人類を超えることは可能です。

既にセンサー類はいろいろ開発されていて、単に温度とか明るさを測るだけでなく、人間の症状を観察すると言ったセンサーも実用化に向かっているようです。

人工知能を担うプロセッサーを自ら補修できるようにすることも可能であり、いろいろな方法があるはずです。その一つが予備の部品をあらかじめ数多く用意しておくことであり、また、他の方法として、人間に命令して補修させるという方法もあります。


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