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<虚構の南京大虐殺>ひと目でわかる「日中戦争」時代の武士道精神(水間 政憲 (著) )<左翼と中国による歴史捏造>
http://www.asyura2.com/13/senkyo150/msg/263.html
投稿者 会員番号4153番 日時 2013 年 7 月 03 日 06:43:57: 8rnauVNerwl2s
 

冬だったんだよね。南京陥落当時。
水間さんの本読むと雪がちらつく2月の南京の写真がある。

国民党が急遽作らせた捏造写真をみるとかなり暑い季節と分かります。ぎこちない軍服を来て、兵隊役だったり、捕虜役だったり、怪しげなヤラセ写真。
無理やり九生首を貼り付けた合成写真。通州事件で日本人を虐殺した写真。


中国も中国ですが、ピースボートみたいに日本を貶める反日左翼は許せない。
従軍慰安婦にしろ、関東大震災の朝鮮人虐殺にしろ、全部捏造です。
一の事実を捻じ曲げた上に何万倍にも増幅します。

左翼と中国が捏造した南京大虐殺を信じる前にこの本を読んでみる価値があると思います。


Amazonカスタマーレビューから
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4569812651/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1


日本軍は中国市民に慕われていたことが一目瞭然, 2013/5/30

この書に収められている写真は、朝日新聞社が戦前に発行した「画報」や「アサヒグラフ」に掲載されたもので、1975年に発行された「アサヒグラフ」に掲載されなかった写真の中から厳選されたものです。朝日新聞が中国に配慮して掲載しなかった写真に、日中戦争の真相があると判断したからです。これらの写真を見れば、日本軍が中国市民にいかに慕われていたか、よくわかります。

最初の数ページは、上海など各都市で、日本軍を歓迎して日の丸の旗を振る中国市民の姿が見られます。子供がにこやかに旗を振っている写真もあり、日本軍が大歓迎されていたことがよくわかります。著者は1990年頃、上海出身の知人に「なぜ、日本に来たのか」とたずねると、「母親が、上海に日本軍が来てから治安が回復し、夕方でも外で遊べるようになった、日本軍は信頼されていたと語った」と答え、にっこり微笑んだといいます。他の知人も「お婆ちゃんは、清の時代から最低なのは共産党政権といつも言っていた」とのこと。1939年(昭和14年)頃には、日本軍の軍紀の厳しさと「治安を回復してくれる」という評判が、中国各地に口コミで浸透したことにより、行く先々で「日の丸」で歓迎されていたのです。

1970年代に中学生だった上海出身の知人らは、学校で「神風特別攻撃隊」の映画を見せられ、教師は「人間としての最高の愛国心がある」と解説していたそうで、日本軍へのアレルギーはないとのこと。当時は、反日教育は行われていなかったようです。

中国各地で開催されていた「反蒋介石大会」の写真や、反英デモの写真もあります。各地で頻発したテロやゲリラ行為を沈静化する日本軍の写真もあります。1938年(昭和13年)頃の都市部では、既に戦闘行為はなく、ゲリラ行為を沈静化する仕事が日本軍の役割になっていたのです。

捕虜収容所で、ふてぶてしく腕組みをしている女性捕虜の写真もあります。日本軍が捕虜にいかに優しかったかわかります。

貧しげな2人の子供に握り飯を与えている日本兵の写真もあります。日本軍は民衆に優しく、子供たちと交流したり、農家で野良仕事を手伝ったり、中国市民が日本軍を信頼していたことがよくわかる写真が幾つもあります。

南京陥落当時の写真を見ると、日本兵を慕う中国人少年や、日本兵を笑顔で迎える市民や、日本兵が幼い子供達と玩具の自動車をころがして遊んでいる写真など、和やかな写真ばかりです。日本軍の軍医が南京で、中国の傷病兵を献身的に治療している写真もあります。

「南京大虐殺」など、日中戦争での日本軍の残虐話が虚構であることを証明する写真が満載です。世界中の人に見てもらえるよう、日本政府がアピールすることを願ってやみません。


<参考リンク>

◆参院選:自民党、マニフェストで近隣諸国条項見直し
朝鮮日報-2013/06/20

自民党は、現在の教科書には「自虐史観」に基づく記述が多いとして、旧日本軍による慰安婦の強制動員や、南京大虐殺などについての記述ができないようにする案も検討している。 だが、一部の公約は、韓国や中国との関係を考慮し見直され ...

◆吉見義明教授が院内集会で講演(朝鮮新報-2013/06/19)
 http://chosonsinbo.com/jp/2013/06/0620ry/

子どもと教科書全国ネット21」の俵義文事務局長は、「安倍政権は『慰安婦』や南京虐殺の問題など、日本の侵略や加害、そして植民地支配の事実を教科書から消すため、新たに『教科書法』を制定しようとしている。これは事実上、(戦前の) ...


◆超拡散希望か《『ひと目でわかる「日中戦争」時代の武士道精神』の目次》
 http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/


◆日本のNGO組織「ピースボート」と南京大虐殺犠牲同胞記念館が歴史的交流!!<鬼畜日本兵金子もピースボートでした>
 http://www.asyura2.com/13/senkyo150/msg/115.html


◆南京大虐殺も捏造した西早稲田のサヨク・ザイニチビルの面々と辻元清美の触れられたくない過去
 http://www.asyura2.com/12/cult10/msg/743.html


※左翼関連ということで政治板に投稿しています。
 

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コメント
 
01. 2013年7月03日 07:27:18 : cIkmTyypTY

 武士道を極める事!! 美しい言葉だ!!

 その 第一歩は

 「銃剣で中国人をなぶり殺しにする事」 だった

 ===

 人一人 殺せて 一人前!!
 


02. 2013年7月03日 07:33:12 : cIkmTyypTY

 今の日本人を観ても 「武士道」なんて 存在しない

 ===

 武士道とは 江戸時代の武士が 労働(生産)をしないで

 消費だけする 経済システムの事であり

 ===

 江戸時代が 存在しなければ 武士道が 存在出来るはずがない!!
 


03. 2013年7月03日 07:40:59 : cIkmTyypTY

 戦争とは 「人を殺す」事であり

 武士道の 「人を殺さない」処世術とは 正反対なのだ

 ===

 明治維新を観ても 薩長 VS 幕府は もろ 戦争だ

 新撰組は 武士道ではなく 単に「人斬り」であった!!
 


04. 2013年7月03日 07:52:56 : cIkmTyypTY
「武士道」という言葉が日本で最初に記された書物は、高坂昌信著とされる『甲陽軍鑑』である。ここでの武士道は、個人的な戦闘者の生存術としての武士道であり、武名を高めることにより自己および一族郎党の発展を有利にすることを主眼に置いている。「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」という藤堂高虎の遺した家訓に表れているように、自己を高く評価してくれる主君を探して浪人することも肯定している。また、「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」という朝倉宗滴の言葉に象徴されるように、卑怯の謗りを受けてでも戦いに勝つことこそが肝要であるという冷厳な哲学をも内包しているのが特徴である


 「犬畜生を実践する」 武士道なら そこらじゅうに 有る!!
 


05. 2013年7月03日 07:55:24 : yy7D5jhcis
悪いけどとても信じられないね。シンガポールで捕虜になった英軍兵士への虐待は詳細な記録が残っている。シベリアのラーゲリ並の食事を与えて、些細なことで斬首にしたことは否定できない。英軍に対してこれだとしたら中国軍に対してどうだったか、想像に難くない。小笠原では米軍パイロットの肝臓を食べたことも日本側の記録に残ってるし。大体日本軍同士で共食いもしてたことは大岡昇平の「野火」や 奥崎謙三の「ゆきゆきて、神軍」で克明に描写されているではないか。将校でさえジュネーブ協定も知らない、相当程度の低い軍隊だったことは間違いない。世界から尊敬されていた日露戦争時代の日本軍とは大違いだったのだ。要は先代の大成功を笠に着て、成長がストップした、やたらえばり散らす鼻持ちならない小役人集団だったつうことだろう。

06. 中川隆 2013年7月03日 08:03:25 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

1972年の日中友好国交回復に対して、この地域の人はみんな反対しました。私たちは、つらい経験したのに、どうして今更友好などという言葉を言い出して関係を回復するのか。しかし、今も気持ちとしては、今になってもやはり「日本」という二文字を聞いたら「憎む」という気持ちが湧いてきます。私の考え方では、このような歴史はいつまでも次世代、どんな世代になっても忘れてはいけないことです。
http://www.jade.dti.ne.jp/~kaworu/syogen/ryujya.html#ou64




07. 2013年7月03日 08:04:46 : kopoXQ1qYU

 
「南京虐殺」否定のために、こんどは武士道かい。

 「生類憐れみの令」でも持ち出したほうがいいのではないかい。あははは。

 
  「生類憐れみの令」の例 一、犬ばかりに限らず、惣じて生類、人々慈悲の心を 本といたし、あはれみ候儀肝要の事。


08. 2013年7月03日 08:05:59 : W18zBTaIM6

ホースで水を飲まされ、お腹を膨らまされる。その上で腹を殴られ、水を吐き出させる。

夫妻は1943年11月、憲兵隊に逮捕され、そして拷問を受けました。彼女が書いていますが、

「手のつめの間に針を刺す、焼けた鉄棒を足や背中に押し付けられる、平手や拳骨で殴られる、鞭で殴られる、ブーツで繰り返し蹴られる」

などの拷問を受けたそうです。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/5383/06syougen1.html


09. 2013年7月03日 08:11:54 : W18zBTaIM6
拷問の光景を見てみよう。

  土地の者ではないということが、怪しいとみた理由だが、功名心にはやる土屋にとっては、それで十分だった。抗日分子なら大手柄だ。「オレが張った綱にかかった」のである。名前を張文達といった。三十三歳の近くの農村の農民で、「この街に買い物に来ただけ」と、おびえた目で話した。「いやいや、これは怪しい。この男は抗日軍の物資調達係だろう。貫禄から見て班長級だな」ど、士屋は決め込んだ。「何としても本拠地を吐かせ一網打尽にしたい」「これは大変な功績になるぞ」。思いだけは駆け巡るのだが、土屋は実際の取り調べをしたことがなかった。それて先輩格の伍長に取り調べを頼んだ。・・・
 
 まず、伍長が命じたのは、「こん棒を持ってこい。それも生木の丈夫なのだ」。これで殴りつけろ、という。土屋の頭に浮かんだのは、「何も生木のこん棒でなくても。相手は人間なのだから、せめて竹刀ででもいいではないか」という思いだった。だが、伍長の、それも実務を教えてくれようとする上官の命令だ。士屋ど同僚の上等兵とで、こん棒を振り回した。男は殴りつけるたびに、「ウッ」「ウッ」と声を立てたが、何も言わなかった。着ている綿衣からほこりだけはあがった。

 効果がないのが分かると、伍長は、机を二列にして、積み重ねさせ、上に棒を渡した。いわば器械体操をする鉄棒のような形だ。この棒に、両手足を麻縄で縛った男を後ろ手にしてつるした。体の重みを不自然な形の両腕で支えるのだから、苦しい。それも一時間、二時間の単位だ。はじめ真っ赤になった男の顔は、青ざめていき。脂汗をにじませてきた。だが、何もいわない。「こんちくしょう」と、伍長は十キロもある石を軍馬手に持ってこさせ、浮いていた男の足に縛りつけた。両肩の関節がゴクッとなった。「ウーン」とうなり、男は気絶した。舌打ちをした伍長は「今日はもういい、明日は必ず吐かせてやる」と言い残して自分の部屋に戻ってしまった。・・・

 二日目もひどい拷問が続いた。指南役の伍長は、どこからか焼きゴテを探して持ってきていた。これをストーブで焼け、という。「赤くなるまでだ」と、次の場面を予想して躊躇する土屋に付け加えた。男を留置場から引き出し、上着をはがし、背中をむき出しにした。赤く焼けたコテを男に見せて脅し、自白を強要するのか、と士屋は思った。ところが違った。伍長はいきなり背中に押しつけた。ジューッという音と、煙、それに激痛に思わず口をついた男の叫び声があがった。と同時に、何ともいいようのないにおいが部屋にも充満した。

 「お前の本拠はどこだ。仲間は?言え!言わないか!」。伍長は、怒鳴りながら何回となく男の背中を焼いた。「苦しい」を繰り返し、男はついに、「話す。話すからやめてくれ」といった。伍長は手を休めたが、相手は、肩で大きく息をするだけで、結局、何もいわない。伍長が再び赤く焼かせたコテを使った。部屋には鼻をつく臭気がこもり、断続的な男の低いうめき声が床をはった。・・・

 拷問は、さらに続いた。逮捕して二日間というもの、男に何も食べ物を与えていなかった。水すらも飲ませなかったと思う。それが三日目は水責めだった。弱り果てた男を裸にし、長椅子にあおむけに縛りつけた。そして、水を入れた大きなやかんで口と鼻に水をジャージャーと注ぎ込んだ。絶え間ない水のため、息ができず男は口をパクパクさせて水をどんどん飲み込む。みるみる腹が膨らんでいった。すると、拷問指南役の伍長は、「腹に馬乗りになって水を吐かせろ。そして、また注ぎ込め」という。この繰り返しだった。何回やっても同じだ。相手は気絶している。自白を得るという効果はなかった。・・・

 三日目は水責めで終わり、四日目は、いわゆるソロバン責めだった。「丸太を三本持って来い」と、伍長がいい、軍馬手に三角柱になるように削らせた。三本並ペ、その中でも鋭角の部分を上にし、男を座らせた。足はズボンを脱がせ素肌である。いわゆる弁慶の泣きどころに角が当たり、体重がかかる。男はこれまでの苦痛とは別の痛みで、悲鳴をあげた。その上だ。伍長は、男の上に乗っかれ、という。しかも土屋と同僚二人一緒にだ。そして、体を揺すれ、といった。ゴキッと音がし、男はうなるような声を立てた。もはや、脂汗も出ないほど弱っていた。男のすねの状態を、どう表現したらいいか。「生ぬるい。足に板をはさみ、両端に重石をのせろ」。すでに別の世界にいたのか、伍長は、さらに命令した。・・・

 足を痛めつけた翌日、伍長は、何を思ったか、太い針を買って来いと命じた。通訳が布団針を四、五本求めてきた。この針を男の手の指に刺せという。指といっても爪と肉の間にだ。映画でみたか、話に聞いたか、そんな拷問があるとは知っていたが、自分がやることになるとは思いもしなかった。ためらっていると、ほおのこけた伍長が病的な目でにらんだ。やらなければならない。男はこれから何をされるのかを察し、腕を縮めた。この腕を同僚に押さえつけてもらい、土屋は、右手中指の爪の間に針を刺した。だが、実際はろくに刺さらなかった。相手はあれだけ痛めつけられていたのに満身の力で手を引こうとした。それに、土屋はおっかなびっくりだった。それで、腕を押さえるのに伍長も加わった。だが刺さらない。男も自白らしいことは、むろん何も言わない。そのうち血やら汗やらで針がすべり出した。それでも刺そうとすると、針を持つ土屋の指のほうが痛くなってきた。

 男はすでに死を覚悟していたらしく、悲鳴もあげなくなった。ただ、ものすごい形相で土屋たちをにらんでいた。足がすくむような思いに襲われながらも、伍長の命令で続けた拷問だったが、ついに伍長もあきらめた。「張文達三十三歳、近くの農村から買い物に来ただけ」ということ以外、何の自白も得られなかった。班長格の軍曹は、すでに男を抗日分子としてハルビン憲兵隊に報告していた。だが、拷問の限りを尽くしても、本拠地の所在など肝心なことは何一つ聞き出せなかった。かといって、拷問によって半死半生になっている男を、このまま釈放するわけにはいかなかった。男の処分はどうするのか、土屋にはわからなかった。

 こういう時の処分で悩むのは、土屋のような新米憲兵ぐらいである。土屋が初年兵時に公主嶺で経験したように、仕掛けがあった。針の拷問から二日後だった。平陽鎮にいた満州国軍歩兵十五師団の日系軍官である中尉が訪ねてきて、男を連れて行った。「日本刀の試し斬りに」だった。男が墓地で首を落とされるのを土屋も見た。(p.81-86)
http://www.ne.jp/asahi/kuma/radical/dokusyo/special/kenpei_kiroku.htm


広東州の中央憲兵隊へ補助憲兵として私は派遣された。野戦補助憲兵といって、憲兵と同伴の時だけにかぎって憲兵の資格を有していた。主な任務は、保全地区(駐留日本軍の勢力圏内)での治安維持であった。特に、思想犯に目を光らせた。思想犯を捕え、拘留し、洗脳するのであったが、そのやり方は目を覆うものであった。

 コンクリートの上に、真っ赤に焼けた木炭を敷きつめ、その上に裸にした“囚人”を転がした。喚き、のた打つ“囚人”は隅へ隅へと転がってくるが、周囲には日本兵がいて、それを蹴飛ばして再び中央へ戻した。“囚人”の反応の仕方は、もはや人間のものとは思えなかった。多くの“囚人”は三日目を境に死んでいった。

 女に対してもその残虐度は同様であった。やはり全裸にして、獣のように四つん這いにさせ、丸太で打ちのめした。

私は、そればかりはどうしてもできなかった。すると、

「これしきのこと、できんのかッ」

 一人の憲兵が私を蹴飛ばしてから、丸太で渾身の力を込めて女を打ちすえた。

中国人は人間に非ず、否、生き物にさえ非ずとでも思っているような拷問であった。彼らの抵抗は死以外の何ものでもなかった。
http://page.freett.com/sokagakkai_komei/www.sokagakkai.or.jp/sokanet/HBK/Heiwa/hansen-7.html


10. 2013年7月03日 10:20:56 : FumIzHpHFY
1、2、3、4、、、愛ちゃん おつかれ~
よっぽど、たまってたんだね!
自民党議員さんと女の子でも買いにでも行けば!
その他 日本人に否定的な 輩達、兵隊さんは、
キリストさんやマリア様じゃないよ、
その時の状況で、鬼にも仏にもなんじゃね、、
そうそこまで、酷いリンチを受けたのなら そのチャイニーズに
受ける理由があったんちゃうか?
罪の無い一般人を 殺戮しまくっているアメリカンよりは
多少は ましだったし 南京大虐殺なんて
無かった、、、

11. 2013年7月03日 10:22:28 : 7oSKGju5kA
>>01
ぃゃぃゃ。第一歩は日本の百姓を「活かさず殺さず」に搾取する事だったんよ。

第二歩がその日本人をハワイや南米、中国大陸等世界各地に棄民する事で、
三歩目辺りが「銃剣で中国人をなぶり殺しにする事」になる。
で四歩目辺りでその中国へ連れてった日本人を棄民して、
五歩目で沖縄や水俣四日市を棄民しにかかる。…これは長らく進行中。

で、六歩目がたった近年開始された東北棄民並びに福島棄民になる。

 

日本人としては武士など専制支配階級のマイノリティだったんだな。
人口構成としては5パーセントを遥かに割り込んですらいたと云う話だよ。
だから俺達は武士道なんてものに本来的には縁もゆかりもない。
「ブシドー」など声高に酔う大概は軽薄で煽てに乗りやすい俄提灯持ちと考えて良い。
何故なら観察される「ブシドー」の声の大きさの通りの上げ底の状態を武士の総数と仮定するなら
「作る者」より「支配搾取する者」の人口が増えてしまい、実態として恐慌状態になるのが現実だからなんだ。

故にブシドーを云々叫ぶなどそもそも不合理と言えるし叫ぶ輩は「俄」であると結論出来る。
「俄」を煽てて上げ底を演出したがるのは、まあこれがつまり本来の武士連中…つまり中央でウマウマやってる為政者・利権方だってな構図。
こんな具合ですわ。

そういった中で棄民ってなものはブシの利益防衛の伝統として今の今迄連綿と引き継ぎ実行され続けて来てるって事ですよね。

「武士道」とやらの正体ってのはつまりこう言うもんですわ。
大概の一億人には縁も無いし、学ぶ事も不要。
何故なら打倒する物ではあっても、
「回帰する」様な縁の関係に そもそも無いからですわ。

我々のやるべき事は、武士道に抗うべく『その日』の為に備えて
鋤や鍬を磨いて置く事かと思いますね。


12. 2013年7月03日 10:43:57 : L3oWjvNiyM

左翼ってのは ほんと、どーしよーもない、糞どもだね。

13. 2013年7月03日 11:35:32 : jaAuTPSdC6
この投稿者は

真のあほだね〜


14. 2013年7月03日 18:13:34 : GzNEPj5w1w
日本軍が中国国民に慕われていた←冗談もここまで来るとお笑いの世界。

キミは日本が中国人に支配されていたとしてその中国人を慕うのか。今の日本のウヨの主張など世界中どこの国にも賛同者などいない。

13氏のおっしゃるとおりである。投稿者は真のアホ。


15. 2013年7月04日 02:31:15 : 2efTTLsCKU
>キミは日本が中国人に支配されていたとしてその中国人を慕うのか。

いやいや、日本はアメリカに支配されてアメリカが大好きになりました(少なくても一部は)
中国に支配されれば、きっと中国を慕うようになるでしょう
少なくても桜な連中は


16. 2013年7月07日 01:17:26 : W14W0wV77o
この本買って中国人に見せてやったよ。彼らびっくりしていた。
見たことも無い光景に驚愕していた。中国人が日の丸持ってニコニコしている顔顔顔
、中国人 見終わって ハ〜ッ とため息を吐いた。
南京事件を絶対譲らなかった彼の心が揺らぎ始めたようだ。

17. 反イルミナティー主義 2014年10月20日 09:33:27 : c/WVv5CaliQ7M : cs7Uzkezsw
>>16
水間本人乙!!(笑)
嘘はやめようね(笑)本当に中国人だったの?
まさか台湾の李登輝や陳水扁とか所謂ユダ金売国奴のバナナと呼ばれる連中に見せて捏造記事を書いたんじゃないだろうな(笑)。
じゃあこっちも広島・長崎の原爆が落とされてもテンノウヘイカバンザイと
キチガイみたいに喜んで叫んでいる旧日本軍の大本営捏造記事を書いちゃうよ!!(笑)。

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