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◎「日本一新運動」の原点―169 〇日本の近代化に貢献した「モンブラン」の血を引く小沢一郎! 
http://www.asyura2.com/13/senkyo150/msg/617.html
投稿者 赤かぶ 日時 2013 年 7 月 10 日 19:31:00: igsppGRN/E9PQ
 

◎「日本一新運動」の原点―169
http://nipponissin1.blog136.fc2.com/blog-entry-272.html
2013年07月10日 日本一新の会


日本一新の会・代表 平野貞夫 妙観

〇 日本の近代化に貢献した「モンブラン」の血を引く小沢一郎!


 7月2日(火)、八重洲ブックセンターでの鳥越俊太郎氏とのトークで、私は、小沢さんの政治思想の形成を「民衆の福寿が国の安寧の源」という北辰妙見思想が原点にあると論じた。理由は、父・佐重喜の故郷奥羽と、母・「みち」の故郷である千葉県での家系が、平将門などの妙見信仰という共通の文化で結ばれていたことが論拠だった。ところが、5日後の7月7日、折しも七夕の日であったが、驚くべき情報を得たので補足しておく。

 千葉県在住で小沢さんの母方の親族から、「小沢の母・「みち」の家系について説明しておきたい」との話が予てからあった。7日に訪ねたところ、驚くべきふたつの情報を聞かされた。

 母・「みち」は、千葉県東葛郡風早村藤ヶ谷で、荒木儀助を父とし、「かの」を母として明治34年2月15日に生まれている。問題は母・「かの」の出自である。「かの」の祖父は、幕末、日本で活躍したフランス人で、日仏友好の父といわれるモンブラン氏である。モンブラン氏と日本の女性の間に生まれた娘の子が、小沢さんの祖母になる。

 モンブラン氏は1858年(安政5年)に初めて来日、日仏通商条約の締結にかかわる。1862年(文久2年)、再び日本を訪れ、日本文化を研究し、パリ万博の薩摩藩代理人として活躍したことなどで知られる。明治になって新政府の外交顧問格となったり、在フランスの日本総領事館の領事任務にあたったりした。西園寺公望など日本留学生の相談役でもあった。著書に「日本事情」などがある。

 幕末、日本の女性が生んだ外国人の子どもを、戸籍などで証明することは困難である。ごく一部の人たちに伝えられた傍証がいくつかあり、私は真実であると確信している。「かの」の母が美人のハーフで、「かの」の名の原案はモンブラン氏が「カノン」と名づけたもの。また、モンブラン氏は風早村の金山地区に葡萄を植え、葡萄酒≠造っていたとの話も残されている。荒木家に葡萄酒≠つくる技術を教えた話もある。

 荒木家では、これまでこの情報は秘事≠ニされており、小沢さんにも知らされていなかった。理由はわからない。外国人の血が入っていることを嫌うという単純なことではないと思う。私の推測では、「みち」の祖父、源吉(小沢さんの曾祖父)の出自を封印するためだと思う。源吉の出自は、説明によると、徳川家の歴史に重大な衝撃を与えるものだ。十分な調査・研究が必要となろう。

 最近、家系を研究してこの情報を私に伝えた親族の気持ちを察するに、「心ない人たちが、ネットで小沢さんの両親が、済州島生まれという偽りの発信に対応して欲しい」というものだと理解した。

 小沢さんと40年来の付き合いとなる私は、日本人には珍しい「合理的で論理性のある思考力」と「デモクラシーに対する拘り」を、不思議に思っていた。どこで勉強したのかと?。フランス人・モンブラン氏の血統に続くことを知り、長年の疑問が解けた。いよいよ「日本一新」を断行する政治家であると確信する。


       ◇

意外! なんと小沢さんはフランス系だった  すごいわ、びっくり仰天
http://blogs.yahoo.co.jp/kira39_39/25123875.html
2013/7/10(水) 午後 2:07 ピアッチェーレ プチ・ハピネス

今は真偽不明の情報でも誰かが流せば、勝手に広まっていきます。特に小沢さんは、
悪徳のペンタゴンから目の敵にされているので、いろいろ偽情報を流されて、大変だろう
なあと思っていましたが、今日は本当に驚きました。

なんと小沢さん、済州島じゃあなくて(当然)、フランス系でした!

大体、昔の日本は、結婚と言えば、家格のつり合いなどを考慮して親が決めていたし、
ある程度の家柄以上になれば、田舎特有の文化圏では、興信所のように何代でも
遡ってどういう人だったかということを確かめるので、済州島は絶対ないなと分かる
のですが…。

日本一新・通巻第169号メルマガより

〇日本の近代化に貢献した「モンブラン」の血を引く小沢一郎!

*** 引用開始

 千葉県在住で小沢さんの母方の親族から、「小沢の母・「みち」
の家系について説明しておきたい」との話が予てからあった。
7日に訪ねたところ、驚くべきふたつの情報を聞かされた。

 母・「みち」は、千葉県東葛郡風早村藤ヶ谷で、荒木儀助を父
とし「かの」を母として明治34年2月15日に生まれている。
 問題は母・「かの」の出自である。「かの」の祖父は、幕末、
日本で活躍したフランス人で、日仏友好の父といわれるモンブラ
ン氏である。モンブラン氏と日本の女性の間に生まれた娘の子が、
小沢さんの祖母になる。

 モンブラン氏は1858年(安政5年)に初めて来日、日仏通
商条約の締結にかかわる。1862年(文久2年)、再び日本を
訪れ、日本文化を研究し、パリ万博の薩摩藩代理人として活躍し
たことなどで知られる。明治になって新政府の外交顧問格となっ
たり、在フランスの日本総領事館の領事任務にあたったりした。
西園寺公望など日本留学生の相談役でもあった。著書に「日本事
情」などがある。

 幕末、日本の女性が生んだ外国人の子どもを、戸籍などで証明
することは困難である。ごく一部の人たちに伝えられた傍証がい
くつかあり、私は真実であると確信している。「かの」の母が美
人のハーフで、「かの」の名の原案はモンブラン氏が「カノン」
と名づけたもの。また、モンブラン氏は風早村の金山地区に葡萄
を植え、“葡萄酒”を造っていたとの話も残されている。荒木家
に“葡萄酒”をつくる技術を教えた話もある。

 荒木家では、これまでこの情報は“秘事”とされており、小沢
さんにも知らされていなかった。理由はわからない。外国人の血
が入っていることを嫌うという単純なことではないと思う。私の
推測では、「みち」の祖父、源吉(小沢さんの曾祖父)の出自を
封印するためだと思う。源吉の出自は、説明によると、徳川家の
歴史に重大な衝撃を与えるものだ。十分な調査・研究が必要とな
ろう。

 最近、家系を研究してこの情報を私に伝えた親族の気持ちを察
するに、「心ない人たちが、ネットで小沢さんの両親が、済州島
生まれという偽りの発信に対応して欲しい」というものだと理解
した。

 小沢さんと30年来の付き合いとなる私は、日本人には珍しい
「合理的で論理性のある思考力」と「デモクラシーに対する拘り」
を、不思議に思っていた。どこで勉強したのかと?。フランス人・
モンブラン氏の血統に続くことを知り、長年の疑問が解けた。
 いよいよ「日本一新」を断行する政治家であると確信する。

*** 引用終了

まあ、小沢さんは、わりと個人主義で、日本人にありがちなウェットな気質が
あまり感じられないので、珍しいと思っていましたが、これを読んで納得。

小沢さん、新しく英語の名刺を作るときは、ミドルネームをモンブランにすれば
面白いし、いいのになあ…。

事実は小説より奇なり、でした。


       

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コメント
 
01. 日高見連邦共和国 2013年7月10日 19:43:08 : ZtjAE5Qu8buIw : IeaB3HQJJg

まあ、別に血統や“出自”を問おうとも思わないが・・・

激しい選挙戦の“幕間劇”として、お茶受けにでもさせて頂きます。

ボンジュ〜ル!!


02. 2013年7月10日 19:50:33 : hFmzfAThUs
でもどうみても(悪い意味出なく)フランス人の血が入ってる様には見えないな。

03. 2013年7月10日 20:08:23 : qTqTLXCp6c
妖人白山伯 ようじんモンブランはく
http://www.amazon.co.jp/gp/product/images/406276296X/ref=dp_image_0/376-6287378-3768962?ie=UTF8&n=465392&s=books

モンブラン伯、開国から近代化の日本の歴史の動乱に乗じて陰で暗躍した謎の人物である。 怪しげな人物が幕府側、倒幕派にとりいっていたというのは聞いた事があるが、彼に触れたものは今まで読んだこともなかったし、彼のことも知れなかった。 パリの大使 ..


04. 2013年7月10日 20:21:52 : WPcFCBfHGg
小沢の親はそうかもしれないが、小沢一郎はそうではない。もらい子。間違うな。

05. 2013年7月10日 20:23:06 : bd8RPI98q6
よく言いますねえ。

恥ずかしげもなく・・・

まともな人間からどんどんズレていくようです。


06. 2013年7月10日 20:26:26 : qTqTLXCp6c
モンブランは山師か 五代友厚(6) 童門冬二 どうもん・ふゆじ(作家)

 ◆ 訪欧でまなんだこと

 五代の廻国日記はつづく
 慶応元年7月26日(洋暦9月15日)金曜日 早朝からモンブランの狩場に出かけて鳥狩をする。これはたいへん面白かった。
 同7月27日(9月16日)土曜日 朝10時前にモンブランの別荘を出発して、ベルギー国の首都ブリュッセルに行く。ここはヨーロッパ人が「小さなパリ」と呼んでいる。
 そしてこのベルギーでは以後、蒸気機関車を製造する商社、博物館、動物園、植物園、病院、福祉施設などを積極的に毎日のように見学している。しかし夜になると、曲馬なども見て楽しんでいた。ワートルローへ行って、ナポレオンを偲んだ。
 同7月19日(9月22日)あたりからは、貿易経済・富国強兵の諸策を考えはじめる。そして、
 「薩摩藩とベルギー政府とで、単独に商社契約を結ぼう」
 などと考え、この案をモンブランと相談する。
 さらにブリュッセル内の博物館や、諸種の製造工場、あるいは政府の貨幣発行所、蒸気機関からタドンを作る工場、大砲工場、製鉄所、トタン板の製造所、などを積極的に見た。そして、同9月4日(10月23日)になると、プロイセンに入り、さらにベルリンに行っている。ここでも博物館や、プロシャ陸軍の盛んな様子を見たりしている。やがて9月8日(10月27日)には、オランダのアムステルダムに着いた。ここでは、
 「オランダ領は、土の質が非常に悪く耕作することは不能だ。また、草ぼうぼうと生え、羊と牛を養っているだけだ。アムステルダムは、世界の有数な貿易港だが、実際には土地が海より相当に低い。そのために、みんな浜辺の家が傾いている。そして、海辺では蒸気機関で、排水を行っている。また、町中縦横に堀を造って、水をしのいでいる。地球上こんな水の多い国を見たことはない」
 と書いている。やがてハーゲに行った。
 「この都は、小さいけれどもさすが首都なのでかなりきれいだ」
 と書いている。ベルギーでは、さらに砂糖の製法、蒸気機関の製造所、牢獄や修道院あるいは精神病院なども見学している。ブリュッセルでは、ロウソクの製造所、砂糖の製造所、紙の製造所、造幣所、ビールの製造所、大小砲の製造所、ガラス工場などを見学している。やがて、パリに行き、
 「有名なカラントホテル(グランドホテル)に泊った」
 と書いている。ここでは、
 「土地形勢をみる」
 あるいは、 「土地風俗をみる」 と、もっぱらフランス人の風俗を見聞して歩いたようだ。
 廻国日記の終わりは、同11月3日(12月20日)で、
 「右の日記は、ロンドンを発って、ベルギー、ドイツ列国、プロシャ、オランダ国などの所々をまわって、再びベルギーからフランス・パリに滞在した後、ロンドンへ帰るまでを書いたものだ」
 と断り書きしている。

 ◆ ベルギーの怪人


 さてこの日記に大きな特徴がある。それは、随所に、
 「モンブラン」
 という人物が登場することだ。後半になるとほとんど毎日のように、
 「モンブランが来て会談した」
 「夜、モンブランがやって来ていろいろと話し合った」
 などという記事が毎日のように連ねられている。よほどモンブランと気が合ったのか、あるいは、
 「薩摩藩の今後の行動に対する打ち合わせ」
 が行われたのか、その両方だろう。またモンブランのほうも、たんなる好意でこれほど五代友厚に接触したとは思えない。なんらかの思惑があったはずだ。『幕末維新人名辞典』(学芸書林)によると、モンブランについては次のように書かれている。
「フランスの伯爵。ベルギーに領地を所有し、フィリピンで領事をしていて日本に関心を持ち、安政5年(1858)ラプラス号で長崎に来た。ついで鹿児島を見学、斎藤健次郎という男を連れて帰国。パリの地理学会に日本の政情について学術報告を出した。文久元年(1861)に再来日し、薩摩藩の軍制改革に協力した。翌年帰国し、薩摩藩の留学生引率者新納刑部や五代友厚と深く交渉を持ち、薩摩藩とのあいだに合名貿易会社の設立契約を結んだ。また横浜鎖港談判に渡仏した池田長発とフランス側との交渉に仲介を申し出たが、日本側はこれを拒否した。慶応3年(1867)の、パリ万国博覧会では、薩摩藩が独立政府(琉球王国名義)として出品するのに大いに働き、幕府代表の徳川昭武を困らせた」
 日本側の当時記録によると、
 「モンブランは山師だった、詐欺師だった」
 と書いたものもある。たしかにこの当時のやる気のある外国人は、大なり小なり、
 「山師的な傾向」
 があったことは確かだろう。まず薩摩藩に武器を融通し、やがては坂本龍馬の海援隊仲介によって、長州藩にも武器を調達するイギリス商人グラバーなどにも、この“山師的な傾向”があったことは否めない。やはり、
 「貿易のパイオニア」
 として、未知の国に乗り込んでくる者には、それだけの野心と情熱があったことは確かだ。したがって、日本側からみれば、
 「あの外国人は、日本人を騙すのではないか」
 という疑いがわくのは当然だ。
 面白いと思ったのは、滞欧中の五代友厚が、モンブランを嫌がらずにむしろ積極的に、毎日のように会って、
 「諸事を談ず」
 としていることだ。そして彼の日記の中にある、
 「薩摩藩とベルギーとの単独貿易条約」
 も、モンブランの経歴の中に、
 「合名貿易会社の設立契約を結んだ」
 とあることによっても、これは実現したのだ。

http://www.333.ecnet.jp/godainew.htm


07. crites 2013年7月10日 22:24:01 : Lb4g7GWIhFnZM : 4MGmT9XJxA
>>02
>でもどうみても(悪い意味出なく)フランス人の血が入ってる様には見えないな。

ジャン・ギャバンを日本風にして、3割引ぐらいにすればいいんじゃない(笑)。


08. 2013年7月10日 23:50:35 : GRWLpvd3SM
フランス人の血を引くから日本人には珍しい・・・って(笑)平野ってはっきりいって馬鹿?ダルビッシュみたいなスポーツ選手ならまだわかるけど。しかし、こういう言い方でさえ、黒人にとっては一種の「差別発言」なんだけどね。

小沢のブレーンってこの程度の人たちなのかね。何かというと「半島に帰れ」という小沢支持者といい、本当はネガキャンやっているの?

で爺


09. 米犬 2013年7月11日 05:00:17 : PUHl6PtDGaXFs : 4Q80R8Zler
リカちゃん人形
>リカがフランス人と日本人のハーフという設定は、発売当時にハーフの
>少女タレントの高見エミリー(現・鳩山エミリ)が人気だったことによる

福島瑞穂が気持ち悪いアニメ顔で人気を博しているのを見て、小沢ブレーンたちは必死になってない頭を絞った。

結果思いついたのが、リカちゃん人形のまね「父はフランス人 外交官」・・・

さすが半島レベルの考え方・・真似をする・・嘘をつく 藤ヶ谷も金山も良く知っているが、そんな話は全くない。実際あった話は、小沢氏の母は柏の朝鮮銀行から多額の融資を受けていること。その朝鮮銀行は韓国会館となっていて、隣の掘っ建て小屋で姫井氏が選挙事務所を開いたということ。

顔を見ればわかるのに・・・


10. 2013年7月11日 15:14:24 : AXzWBImtZA
血統かw
首相の血統たる安倍麻生鳩山等の馬鹿を賞賛せよというわけだな

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