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この国において「民主主義」とは、多数決で多数に問答無用で従うことを強制する「全体主義」のことを意味する。
http://www.asyura2.com/13/senkyo153/msg/777.html
投稿者 gataro 日時 2013 年 9 月 15 日 10:31:26: KbIx4LOvH6Ccw
 




 

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コメント
 
01. 2013年9月15日 10:51:55 : sxxtjlJnqc
じゃ、共産党にとっての民主主義は何?民主集中制?(笑)で爺

02. 2013年9月15日 12:13:25 : plsk27d8TE
民主主義とは何か
主権在民とは何か
日本国民が権力と戦わずに
敗戦によって
アメリカのシステムを
受け入れた日本国民は
戦前回帰が自分にとって幸せか
戦後の人権に守られた
社会が幸せなのか
不勉強のネウヨの諸君は
いろいろな話を聞いて
自分の頭で考えるべきだ
共産主義にも全体主義者の支持者に
問いたいのは
君らにとって
国家の為に国民がいるのか
国民の為に国家があるのか
全体主義者と共産主義者は
その意味では共闘できるだろう
ベターチョイスの決断のできない
共産党のその支持者のガタロウ君が
今さらそんなこといっても
都合でものをいってるしか思えない
民主主義に協賛盗が変わったなら
小沢冤罪事件に対して
もっと戦うだろう
その点で
民主憲法の恩恵を一番受けたはずの
共産党公明党と
民主主義や人権に対する態度は
自分の都合で変わるものだろう
いつナチス化するかわからない

03. 2013年9月15日 13:45:58 : 7OpGsifAXA
集中民主制というのはな、他の党では党議拘束と呼んでいる。選挙の時は陣営引き締めとか票取りまとめと言っている。これは全体主義を意味しない。

04. 2013年9月15日 14:35:41 : FMLG74UzoA
>この国において「民主主義」とは、多数決で多数に問答無用で従うことを強制する「全体主義」のことを意味する。


間違い。

民主主義の基本は多数決。
少数意見も十分聞いた上で、最後は多数決で決める。

これが民主主義だ。

一方全体主義というのは、

「〈個〉に対する〈全体〉(国家,民族,階級など)の優位を徹底的に追求しようとする思想・運動・体制をいう。』
http://kotobank.jp/word/%E5%85%A8%E4%BD%93%E4%B8%BB%E7%BE%A9

つまり、多数決による民主主義と全体主義はイコールではない。

多数決によって「全体主義」が否決、否定されることもある。

つまり投稿者は、言葉の意味すら理解していないと言えるね。


05. 2013年9月15日 14:50:40 : F1Sr2Hx0Nj
いままでも言われてきたことであるが、

日本の議会制民主主義の議会(国会)は官僚の作文の朗読会であり、

政治家主導でない、民主党は政治主導をかかげたが、実現せずにつぶれた。

これからも、官僚の作文朗読会が続く。


06. 2013年9月15日 14:58:32 : IXwaIXUSO6
この国においては多数から支持されてないのに
世論操作と不正選挙で無理やり多数派つくって
多数決で決めたことだから有無をいわさず従わせる
全体主義的やり方を民主主義と呼ぶんじゃないの?

07. 2013年9月15日 19:25:25 : SymRu7gNU2
>04
最初に
>この国において
という条件付けがなされているのを無視して辞書の定義を持ち出してくるのがねぇ

 そもそも、事象につけられている名前が事象の実態を的確に表すとは限らず、むしろそうではない場合の方が多いというのに、そのような基礎的な現実認識の段階に問題を抱えているFMLG74UzoAはやはり動く生ゴミヒトモドキということなのだろう


08. 2013年9月15日 22:51:33 : 20RAf9uIfo
 
04のFMLG74UzoA、酷いインチキ説法ですね〜

多数決というのは意思決定の手続きの一つでしかありません。
 
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E6%95%B0%E6%B1%BA#.E6.A6.82.E8.AA.AC

ある集団の全ての構成員個々からの意見表明を元にして、その集団が採用する意思決定をするための手法である。

一般的には単記非移譲式投票によって実施される。

より多くの人間が納得する結論を導き出すこと、特定の人物の決定に委ねないことから、民主制と深く関連したものであり、民主制の中では手続き的妥当性から採用されていることが多いが、論理的には民主制において必須なものではなく、全員が納得するまで議論し続ける形の民主制もあり得る。

また、どんな2人を選びだしても、十分細部まで比較すれば、同一の意思を共有することはない。したがって、多数決には個々の意志の互譲や切り捨てが必ず伴う。

単純な多数決は衆愚政治へとつながる危険性をはらんでいる。

多数決はつねに少数意見の無視をともなう「多数派による専制」(トクヴィル)の側面があり「最大多数の最大幸福」(功利主義)がもたらす倫理上の負の側面をつねにはらむ。

多数決の正当性について、多数が必ずしも客観的に真実であり妥当なものを捉えられるものではない、とする批判がある一方で、少数説との比較において多くが相対的に良いと判断するものを選ぶことに最低限の正当性を認める発想がある。

日本においては、寺院などでも、多数決によって賛否を決める方法は古くからおこなわれていた。

ただし、単純過半数で議論を決することはほとんどなく、目に見える程度の差が生じなければその案が採用されることはなかったという(「多分の理・多分の評定」)。
 
 


09. 2013年9月16日 01:00:56 : sxxtjlJnqc
>>8 じゃ、どうやって決めんの?(笑)

で爺


10. 2013年9月16日 09:57:52 : EGFY7zcmP1
形而上的な議論をしてもむなしいだけです。
多数決は民主主義という論理を現在の日本で考えてみよう。

まず多数が判断する根拠たる情報は、誰から得ているのか。
それはこの阿修羅の藤原のりかしのブログ紹介にもある元TV報道記者のコメントにも具体的に指摘があるとおり権力は都合の悪い真実を隠し、マスコミはその指示に従うという現実がある。
そのような新聞TVから得た情報を基に判断する多数決とは情報操作された結論にしか過ぎない。
一方そのようなマスコミを信用しないで、真実を追い求める人々は権力によって封殺されるためますます少数化していく。
言葉あそびの多数決では意味がない。
個々の人間の成長を尊重することこそ民主主義の原点であろう。


11. 2013年9月16日 19:44:07 : 20RAf9uIfo
 
 
> >>8 じゃ、どうやって決めんの?(笑)
> で爺
 
 
何を言わんとしてるのかさっぱりわかりませんけど?
バカじゃないの?(笑)
 
少なくとも、意思決定の手続きに至るまでの発生からプロセスや、意思決定後の実践について、考える知能がないということですね。

あんたみたいなのに説明したいとは思いません。
 
 
陰湿な冷やかしだけはいっちょ前にやるようなひねくれ老人にはなりたくないものですね〜(笑)
 
 
 


12. 2013年9月16日 20:15:46 : X0svUk3oKY
11
勢いで啖呵きったが説明できませんでした。と言ってるも同然だな。

13. 2013年9月16日 20:50:54 : 20RAf9uIfo
 
12

>勢いで啖呵きったが説明できませんでした。と言ってるも同然だな。
 
アホがそう言うと思ってましたよ。
 


14. 2013年9月18日 10:07:54 : wMKxwOtVzU
民主主義は最悪の政治形態らしい。
ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。

It has been said that democracy is the worst
form of government except all others that have been triedウィンストン チャーチル


15. 2015年2月26日 01:46:31 : iptGRPmHsc

あくまでも「この国においては」ですね。
数の論理じゃ民主主義も○そもありません。

民主主義は多数決に非ず
http://0dt.org/000018.html

●某野田聖子が以前「民主主義は多数決」と発言していたが、本来、民主主義は多数決の意味ではない。
● 民主主義とは、文字通り「国民に主権がある」という事だ。
ではなぜ、国民に主権があるのか?まずはそこから考えなければ民主主義を真に理解する事は出来ない。

●そもそも民主主義は革命から生まれた思想である。
現代における民主主義のルーツはアメリカの独立戦争とフランス革命にある。
これらは圧制を行う国王を打ち倒し自由を手に入れようとして行われた戦争だ。
国王を革命によって断頭台に送り、主権を奪い取ったのである。
革命によって王権が国民へ委譲され、古い君主制が終わり、新しく国民主権の時代が始まった。
●つまり革命という「特権階級VS民衆」の権力闘争に勝利して始めて国民は民主主義を手に入れる事が出来たのだ。

●日本では政治家でさえ「民主主義は多数決」程度にしか考えていないからね。
実際、選挙における多数決としてしか民主主義が機能していない。
戦後民主主義はアメリカによって上から与えられた物だし、日本では有史以来一度も革命が起きていないのだから、民主主義が形式的にしか根付かないのも無理はない。
● 日本で過去に一度でも革命が起きていればここまで政治が腐敗し、官僚組織が肥大化することもなかっただろう。

●政府は国民を恐れず、敬わず、ナメきっている。
国民が何も文句を言わず従順に従っているから、政治家が調子に乗るのだ。
革命は無理にしても国民が主導権を握れるよう一致団結(http://0dt.org/000043.html)して政府に圧力をかけていかなければならない。

__________

主権在米では民主主義が育たない
http://0dt.org/000109.html

●日本は主権国家とは言い難い。
アメリカに国防・経済・食料・エネルギーなどのライフラインを依存し、首根っこを押さえられている完全な属国なのである。

●日本の政治は否応なくアメリカによって左右される。
我が国には「主権」がないのだ。主権がなければ、日本は民主主義国家でもないと言う事になる。
● そもそも自国に「主権」がないのに「国民に主権がある」と考えるのはおかしいでしょう?

●では日本の主権者が誰かと問われればそれは合衆国であろう。
自民党の政策はアメリカによる内政干渉以外の何物でもない年次改革要望書(http://night-news.moe-nifty.com/blog/2004/08/post_9.html)に沿って進められる。
● そこに国民の意見は存在しない。主権在米で政府は有権者ではなくアメリカを向いて政治を行っている。

●「選挙権があるから日本は民主主義国家」だなどど単純に思い込んでいる人もいる。
● 政権交代が殆ど起こらず、戦後一貫して自民党の独裁が続いているのに?
政権が代わっても、政治家なんて官僚が作った文書を棒読みするだけの操り人形なのだから、官僚ごと入れ替えなければ意味はない。
政権交代が起こる度に役人の大部分が入れ替わる韓国の方が日本よりよっぽど民主主義的な国家だよ。

●戦後GHQは天皇を傀儡とし、自民党と官僚に権力を委任して日本を間接統治してきた。
● それに電通や在日なども使って世論操作を行い、支配の構図を完成させた。基本的な部分は今も変わっていない。

●日本人が民主主義を望むなら、まずアメリカから独立しなくてはならない。
これは「自尊心」の問題ではない。独立した方が国民の利益に適い、独自外交ができれば周辺諸国との関係も改善されるからだ。
アメリカ一辺倒は国益を損なう。米国による支配から脱却し、真の民主主義を手に入れよう!

by 箱男:2006年06月21日


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