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阪神教育闘争50周年集会の記録 みなさんは「阪神教育闘争」のことをご存じでしょうか。
http://www.asyura2.com/13/senkyo158/msg/184.html
投稿者 会員番号4153番 日時 2013 年 12 月 18 日 21:04:08: 8rnauVNerwl2s
 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kobe_Shimbun_newspaper_clipping_(27_April_1948_issue).jpg

「事件の概要[編集]

大阪府[編集]
1948年4月23日9時、大阪府大阪城前の大手前公園で、朝鮮人学校弾圧反対人民大会が開催された。集会には在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余が集結した。16人の代表が選出され、大阪府庁舎で大阪府府知事との交渉を行うことになった。
12時30分、大阪府庁知事室において、副知事(知事は当日不在だった)と朝鮮人代表者16人との交渉が始まったが、合意には至らなかった。代表者はしばしば威圧的、脅迫的な言動を行った。
15時、在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余の中から、シュプレヒコールが起こった。50人余の青年が行動隊を編成し、スクラムを組んで大阪府庁前の阻止線を組織的な暴力を駆使して突破した。
15時30分、行動隊に続いて、在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余も大阪府庁に暴力で突入し、3階までの廊下を暴力で占拠した。副知事は警察官の誘導により、戦時中に作られていた地下道を通って脱出した。
17時ごろ、群衆は知事室になだれ込み、ドアや調度品を破壊するといったテロ活動をした。
日本共産党大阪地方委員会に派遣されていた増山太助は、川上貫一衆議院議員とともに知事室に駆けつけたが、どうにもできなかった。
夜、大阪城周辺の各所で在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人が篝火を焚いた。
朝連は、川上貫一を代表として交渉の場を作ろうとしたが、アメリカ軍や武装警官が到着した。その後、在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人らは、武装警官隊と乱闘となり、在日朝鮮人のうち1人が死亡、20人が負傷した。警官側の負傷者は、それを上回る31人だった。179人が騒擾罪で検挙された。」(wikipedia)


http://www.geocities.jp/edugroup2/50syuunen.htm

 みなさんは「阪神教育闘争」のことをご存じでしょうか。

 在日同胞にとって「民族教育の原点」ともいえる「阪神教育闘争」がたたかわれたのは、一九四八年のことです。戦後まもないこの時期、在日同胞は日本の同化政策によって奪われた「民族の歴史や文化」を取り戻すために、全国に六〇〇校以上の民族学校を設立しました。しかし四八年一月、GHQ(連合軍総司令部)の指令を受けた日本政府は民族学校に対する大弾圧を開始し、これに抗議する在日同胞との間で激しい闘争が展開された結果、大阪では一六歳の金太一少年が警官の発砲により死亡するという惨劇すら起きました。この一連の闘争が「阪神教育闘争」と呼ばれるものですが、今年はちょうど、その五〇周年にあたっています。

 阪神教育闘争に象徴されるような弾圧と、日本社会の無理解の中にあっても、子どもたちに民族教育の権利を保障してやりたいと願う在日同胞と日本人有志の取り組みは、やがて民族学校や民族学級の再建となって結実し、いまにいたるも営々と継続されてきました。在日同胞の子どもたちを自覚的な民族主体として育む上で、また、日本人の子どもたちが誤った民族観を排して真に平等な人間観を身につける上で、民族教育が果たしてきた役割の大きさには筆舌に尽くしがたいものがあります。

 さらに、国際化への必然的な対応として、民族や文化や宗教の異なる人々が平等に、心安らかに暮らせるような共生社会の創造を迫られている日本社会において、多民族・多文化共生の基礎条件ともいえる民族教育は、これまで以上に広がりと重要性を増す一方です。

 しかし残念なことに、いまなおこの社会では、民族教育の意義と正当性が十分に理解されているとはいえません。何よりも、日本政府がいまだに民族教育否定政策をとり続けていることが、民間での認識の遅れを生み出す最大の要因となっています。本来なら戦後補償の一環であるはずの「民族教育権の保障」が、戦後半世紀を経てもまだ実現されないばかりか、民族教育に対する制度的差別が一向に改められようともしないという現実は、まさに恥ずべきことだと言わねばなりません。

 そうした状況下で「阪神教育闘争五〇周年」を迎えるにあたって、これを、「在日同胞と日本人がともに手を取り合って、民族教育を飛躍的に発展させ、真の国際化・共生の時代を切り開く契機にしよう」という声が、民族教育や多文化共生教育に尽力している人たちの間からわき起こってきたのも、きわめて当然のことだったように思えます。

 そして、これらの有志が中心となって昨年一一月、国籍や組織を超えた個人的立場での連帯による「四・二四阪神教育闘争五〇周年記念事業実行委員会」が発足。事務局会議や、拡大事務局会議、実行委員会会議などを重ねて、記念事業の具体的内容やスケジュール等を煮詰める一方で、広範な人々に参加と協力を呼びかけました。その結果、かつてないほどの支援と共感の広がりに支えられて、今年(一九九八年)の四月二五日に大阪市内のメルパルクホールにて、「四・二四阪神教育闘争五十周年記念集会ーー真の共生社会は、民族教育の保障から!ーー」が開催される運びとなったのです。

 一〇〇〇人もの参加者がかもし出す熱気と期待感の中で始まったこの記念集会では、最初に、共同代表の朴炳閠さんと門川順治さん(田渕直さんの代理で、大阪府教職員組合書記長)から主催者挨拶があった後、四・二四阪神教育闘争を振り返るスライドが上映され、続いて、わざわざ韓国からお越しいただいた故朴柱範さんの御遺族四人を、壇上に迎えました。兵庫での阪神教育闘争の指導者(元朝連兵庫委員長)だった朴柱範さんは、闘争の過程で逮捕・投獄され、釈放された直後に他界しておられます。警官に射殺された金太一少年と並ぶ、阪神教育闘争の犠牲者の一人です。

 参加者全員で、朴柱範さんと金太一少年に黙祷を捧げた後、朴さんの長女である朴再禮さんは、「こんなかたちで亡き父を追悼していただき、本当にありがとうございます」と挨拶され、会場に静かな感動が広がりました。次いで金東勲共同代表が、『共生する時代と民族的マイノリティーの教育(四・二四の歴史的・今日的意義をふまえて)』と題して基調講演を行い、しばしの休憩をはさんだ後は、いよいよ、第一部後半の文化公演の始まりです。

 この文化公演では、白頭学院音楽部による吹奏楽演奏、金剛学園の生徒有志による三面太鼓、東大阪市立長栄中学校夜間学級に通う一世のハルモニ(おばあさん)たちと同胞保護者による合同合唱、民族講師や同胞青年らによるプンムルがあり、「大正沖縄子ども会」の特別友情出演によって、沖縄の伝統芸能であるエイサーも披露されました。懐かしいメロディーや激しいリズムに魅了され、舞台と会場は一体感で包まれましたが、圧巻は何といっても、大阪府内の民族学級に在籍する一八三人の子どもたちが演じたサムルノリでしょう。民族衣装をまとった子どもたちが、溌剌として民族楽器を演奏する姿を前にして、何人ものハラボジ(おじいさん)やハルモニが、そっと目頭を拭っておられたのが印象的でした。
 
 第二部では、李清一さんのコーディネーターのもとで、五人のパネラー(姜永祐さん・高賛侑さん・朴正恵さん・金厚子さん・青木正三さん)と二人のコメンテーター(稲富進さん・若一光司さん)が参加して、『共生社会と民族教育』のタイトルでシンポジウムが行われました。そして、シンポジウムの終了後、実行委員会で起案された『民族教育権利宣言』が声高々に朗読され、参加者一同の拍手によって、承認・採択されたのです。

 本書はこの記念集会の内容を、シンポジウムの再録を中心としてわかりやすくまとめたものです。本書を通して一人でも多くのみなさんに、民族教育の意義や現状、課題等についてご理解いただきたいというのが、記念集会に関わったすべての者の願いです。私たちも今後、『民族教育権利宣言』でうたわれた「民族教育ネットワーク」の実現に向けて、確かな歩みを重ねる決意でおります。

                四・二四阪神教育闘争五〇周年記念事業実行委員会

※ここでは、「韓国」籍・「朝鮮」籍、「日本」籍保持者を含めて、出自を同じくする人々を「在日同胞」と総称しています

四・二四阪神教育闘争とは?
一.民族教育の曙

 一九四五年八月一五日、在日同胞は、三六年間にわたる日本の植民地支配からの解放を迎えた。当時、日本にいた約二二〇万人の在日同胞は、一斉に祖国である朝鮮半島へ帰国しはじめ、一年間に約一五〇万人が故郷に帰っていった。やむを得ず、日本に残った同胞たちもすべてが帰国を望んでいた。

 帰国するにあたって、もっとも緊要な課題の一つが子どもたちの民族教育だった。そのため在日同胞は、まず子どもたちに母国の言葉を教える運動に立ち上がった。戦後の混乱期、あらゆるものが不足していた時代に、在日同胞は「金のある者は金で、力のある者は力で、知識のある者は知識で」を合い言葉に、すべてをなげうって全国各地に六〇〇余の自主学校を建設していった。

 しかし一九四八年一月、日本政府はGHQ(連合軍総司令部)の指令を口実に文部省学校教育局長通達を発令し、民族学校に対して、日本の教育基本法や学校教育法に従っていないという理由で閉鎖命令を出した。これに基づき、全国各地で警官隊と軍隊を動員し、民族学校を強制的に閉鎖しようとした。

 このような暴挙に対して、在日同胞は総力を結集して民族学校を守る闘いを繰り広げた。特に神戸と大阪での闘いは激烈なものであり、その規模と社会的影響において戦後最大の大衆行動であったことから「四・二四阪神教育闘争」と呼ばれるようになった。

二.激烈な闘い

(一)神戸
 神戸では四月一五日、同胞側代表たちが県知事と交渉する約束をしていたにもかかわらず、突然拒絶されたため、抗議の座り込みしていたところ、全員が逮捕された。続いて二三日には民族学校の閉鎖が強制執行された。

 二四日、同胞たちは兵庫県庁前で約一万人の集会を開き、県知事と交渉した結果、学校閉鎖の撤回など五項目が合意された。また、警察に一五日に逮捕された人々を釈放させる約束も取り付けた。集会参加者たちは要求を勝ち取った感激を味わいながら、帰路についた。

 ところが同日深夜、神戸軍政司令部は突如非常事態宣言を発し、合意文書の無効を宣言するとともに、三日間で一七三二名を無差別逮捕した。

【証言@】
 四・二四阪神教育闘争のことは、決して忘れることができません。
四月二五日の朝まだ暗いうちに、何か大声で怒鳴りながら戸をたたく音で起こされました。戸を開けると、武装したMP(憲兵)と警察数人がいきなり土足のまま部屋に上がり込んで、布団を蹴り上げて、「早く服を着ろ」と指示するのです。・・・それから、みんな大型トラックに乗せられて、MP本部へ連行されたのです。
ー四・二四を記録する会編『四・二四阪神教育闘争』ー

(二)大阪
 大阪では、四月二三日に約一万五〇〇〇人が府庁前の大手前公園に結集して抗議集会が開かれた。続いて二六日、三万人の集会が開かれる中、同胞側代表たちと府知事のあいだで二度の交渉が持たれた。しかし交渉がまとまらなかったため、ひとまず集会を解散しようとした矢先、周辺を包囲していた警官隊が群集に襲いかかり、同時に消防車の放水を開始した。

 さらに警官隊は、無防備の同胞たちに向けて銃撃を加えた。この発砲により、「自分たちの学校を守ろう」という一念で集会に参加していた一六歳の金太一少年が命を奪われてしまったのである。

【証言A】
 宙に向かって二、三発、そして、私たちに向って・・・。その時、最前列にいた少年が倒れたのです。
「アイゴー! この子どもが・・・」
「なんてことを!」

 同胞たちは口々に叫びながら、太一のもとに駆け寄り、彼が再び起き上がらないことを知るや、激しく泣き叫びました。警官隊はそれ以上撃ってはきませんでしたが、興奮した同胞と乱闘になり、数百人がその場で逮捕され、一〇〇人以上が重軽傷を負いました。

ー四・二四を記録する会編『四・二四阪神教育闘争』ー

三.4.24精神の継承

 闘いはその後もねばり強く続けられた。五月五日、朝鮮人教育対策委員会と文部省とのあいだで交渉が行われた結果、一定の条件のもとで民族学校の存続が認められた。また、大阪では六月四日に、同胞側代表と府知事とのあいだで覚書が交わされ、民族学校を私立学校として認可すること、公立朝鮮人学校の設立を認めること、公立学校の課外で朝鮮語・歴史等の教育を認めることーーなどが合意された。

 このようにして、各地の民族学校はひとまず運営が続けられたが、一九四九年に入ると、日本政府は同胞団体と学校に対し以前よりはるかに暴力的な弾圧を加えた。九月に朝連を解散させたのにつづき、一〇月には全国一斉に武装警官を動員して民族学校の強制閉鎖を敢行した。さらに一一月一日には、文部省が「小学校においては朝鮮語・朝鮮の歴史を教えることはできない」という事務次官通達を出した。

 これによって、同胞の子どもたちに民族的アイデンティティを育むための教育の場は壊滅的な打撃を受けた。またこれは同時に、日本社会の中にある様々な多様性(例えば沖縄や被差別部落や障害を持つ子どもたち)を教育の中心から排除してしまうものともなったのである。

 但し、大阪などでは公立学校内の課外活動としての民族学級が設置され、将来大きな実となっていく種子を守り抜くことができた。また同胞たちは四・二四の精神を受け継ぎ、やがて民族学校再建運動に力強く立ち上がっていくのである。

 

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