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【バンコク＝高橋徹】出口の見えないタイの政情混乱はまたもや軍事クーデターに発展した。戒厳令下で対立勢力の調停協議のさなか、軍は突如として出席者を拘束。白昼に全権掌握に踏み切る異例の展開となった。引き金になったのは、軍とタクシン元首相による水面下の交渉の決裂。元首相派の反発は必至で、内戦につながりかねない危うさをはらむ。
「もう一度聞く。内閣は総辞職するか」。22日午後、バンコクの軍施設で開いた調停協議。プラユット陸軍司令官が迫ると、タクシン派政権代表のチャイカセーム法相は「ノー」と答えた。次の瞬間、兵士が出席者の身柄を拘束し、クーデターが現実になった。
流血の事態を回避するため、20日に戒厳令を発令し、政府や警察に代わって治安維持などの権限を握った軍。21日には政府や与野党、タクシン派、反対派のデモ隊指導者、上院、選挙管理委員会の代表者を集め、各派の主張を聴取。22日にも再招集し、妥協案の再提案を指示していた。
総選挙で政権維持を目指すタクシン派と、選挙前に暫定首相擁立を目指す反タクシン派。両派の主張はこの日も平行線をたどったが、「仲介者」を宣言した軍を非常手段に走らせたのは、プラユット司令官が国外逃亡中のタクシン氏と並行して進めていた秘密裏の交渉の決裂だった。
戒厳令発令の翌21日、司令官はタクシン派与党のタイ貢献党を通じてタクシン氏に接触。現政権の総辞職と暫定政権への権限委譲、デモ解散という事態打開策を示した。同氏が拒否すると、22日には首相を失職した妹のインラック氏に電話し、兄の説得を要請した。
22日夕、調停協議に出席していた司令官にタクシン氏から届いた返答は、自身やインラック氏への訴追を中止し、恩赦を与えれば、一族が政界から当面距離を置くという内容。激怒した司令官が法相に「最後通告」し、政権転覆に踏み切った。
軍は同日、キティポン元法務次官を暫定首相に任命することを内定。暫定政権下で新たに憲法を制定し、総選挙を経て民政復帰を目指すとみられる。2006年のクーデターでタクシン氏を追放した後も同様のプロセスを踏んだが、タクシン派との対立をかえって深めただけに終わった。
「中立の調停者」を装ってきた軍だが、実情は王党派や官僚、企業経営者などと並ぶ既得権益層の代表で、反タクシン派の急先鋒（せんぽう）。軍が暫定首相に内定したキティポン氏は昨年10月以降、バンコクでタクシン派政権の打倒を叫んで抗議集会を展開してきた反政府デモ隊に近い人物でもある。「中立首相」とはとてもいえない。
選挙となると、人口の過半を占める地方農民や都市の中低所得層に人気のあるタクシン派の優位は動かない。このため新憲法や今後の選挙制度改革などを通じ、タクシン派の影響力の抑えこみに腐心するとみられる。
一方、タクシン派も再度のクーデターと軍主導の国内政治改革をこのまま受け入れるとは考えにくい。国軍筋によると、タクシン氏周辺には国外に亡命政権を樹立する動きがあるとされる。民主主義の死守を迫ってきた米国など国際社会が、軍批判を強めれば、反撃をうかがうタクシン氏には追い風になる。
国内のタクシン派の動向も焦点だ。「赤シャツ隊」で知られるタクシン派の政治団体、反独裁民主統一戦線（ＵＤＤ）はバンコク西郊外で政権支持の大規模集会を続けていたが、地元メディアによるとクーデターの報を受けてパニック状態に。参加者からは「呼びかけがあれば、またいつでも集会に参加する」との声が上がったという。
ＵＤＤは10年にバンコク都心を長期間占拠。重武装した強硬派が治安部隊と衝突し、最後は強制排除により90人超の死者が出た。国軍内には、迷彩服に身を包みながら中身は赤シャツ支持者の「スイカ兵士」と呼ばれる存在も多い。そうした国軍内やタクシン氏の出身母体である警察内のタクシン派勢力などと協力し、クーデター体制への反攻に出る可能性がある。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM22057_S4A520C1EA2000/
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