★阿修羅♪ > 原発・フッ素37 > 682.html
 ★阿修羅♪  
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
思い重ねて:東日本大震災3年 死の前の「牛の涙」 忘れない 福島・楢葉で世話を続けた牧場主(毎日)
http://www.asyura2.com/14/genpatu37/msg/682.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 4 月 28 日 22:06:28: igsppGRN/E9PQ
 

思い重ねて:東日本大震災3年 死の前の「牛の涙」 忘れない 福島・楢葉で世話を続けた牧場主(毎日)
http://financegreenwatch.org/jp/?p=43375
4月 28th, 2014 Finance GreenWatch



瀕死の子牛の背をなでる蛭田さん=福島県楢葉町で2011年4月21日


 「瀕死(ひんし)の牛に『ごめん』 最後の世話 1日分の餌」−−。忘れられない取材がある。2011年4月21日、福島県楢葉町の蛭田(ひるた)牧場。干し草を積むトラックが着くと130頭の牛が鳴き出し、我先にと餌を食べ始めた。牛舎で栄養不足の子牛が息絶えようとしていた。「何もしてやれなくてごめんな」。牧場主の蛭田博章さん(45)は涙を浮かべ、牛の背をなでた。


 東京電力福島第1原発事故を受け、原発の半径20キロ圏内は翌22日から立ち入り禁止の警戒区域になることが決まった。牧場は原発から19キロ。事故以降、蛭田さんはいわき市の避難先から3日おきに餌やりへ通っていた。「最後の世話」の見出しがついた記事は22日朝刊(東京本社発行紙面)に掲載された。


 だが、それは「最後」にはならなかった。


 蛭田さんはその後も抜け道を車で2時間走って牧場に通った。「どうしても見殺しにはできない」。すぐ後に異変は起きた。


 5月上旬、牧場へ着くと、牛50頭が牛舎から外に出ていた。誰かが牛舎の柵をこじ開けていた。半分は牛舎に戻せたが、残り半分はぬかるみにはまって動けなくなり、助け出せずに死んだ。その後、牧場に「牛を殺すな」との張り紙がされた。


 自分が書いた記事のせいではないか−−。電話で蛭田さんから事情を聴き、申し訳ない気持ちになった。


    □


 今年3月、蛭田さんと再会した。ずっと気になっていた牛の最期を聞かせてもらった。


 3日おきの餌やりにもかかわらず、栄養不足や夏の熱中症で次第に数は減り、11年末に10頭になった。研究機関から、警戒区域の動物の残留放射線量を調べる検体にする提案を受けた。「牛の命が世の中の役に立てるなら」と承諾した。


 11年12月27日。穏やかな青空が広がっていた。横たわってかすかな息をしている牛に注射をし、安楽死させる作業が粛々と進んだ。最後の1頭は、4歳の雌牛だった。骨と皮だけで辛うじて立っている。暴れないよう固定具を付ける際、元気な牛なら逃げ回る。だが、その時は向こうから近づいてきた。蛭田さんが固定具を付けると、牛の大きな目から涙がこぼれた。


 蛭田さんは今、楢葉町の農業復興組合で除染後の農地の保全活動に携わっている。祖父(93)が創業した牧場は、震災前は県内有数の規模だったが、再開は見通せない。


 蛭田さんは一時、自殺も考えた。だが「支えてくれているものがある」という。あの記事が出た際、全国から激励の手紙が寄せられた。数人と今も文通を続け、「お体に気をつけてください」などのささいな言葉にいつも励まされる。


 「牛がつないでくれた縁。まだ会ったことのない方々ですが、いつか直接お礼を言いたいんです」。はにかむような笑顔だった。【袴田貴行】


http://mainichi.jp/select/news/20140428k0000e040171000c.html


東日本大震災:福島第1原発事故 瀕死の牛に「ごめん」 最後の世話、1日分の餌(2011年4月22日掲載)


2014年04月28日

牛に最後となるはずだった餌やりをする蛭田さん=福島県楢葉町で2011年4月21日、袴田貴行撮影


 ◇警戒区域化前日、住民一時帰宅


 「一時帰宅はどこまで認められるのか」「放射線量が高いのに大丈夫なのか」。福島第1原発の20キロ圏内を22日午前0時から立ち入り禁止にするとの21日の政府発表を受け、福島県内外で避難生活を送る約7万8000人の住民に大きな波紋が広がった。一時帰宅への期待が高まる一方、やり残したことを「最後の1日」で済ませようと圏内を行き来する人の動きも目立った。原発事故の影響は圏内で暮らしていた約7万8000人の営みを翻弄(ほんろう)し続けている。


 ●楢葉町牧場主


 同県楢葉町の蛭田(ひるた)牧場。20キロ圏外のいわき市に避難している経営者の蛭田博章さん(42)は21日、約130頭の牛たちに最後の餌を与えた。強制力のない「避難指示」の段階では、3日に1回のペースで餌やりのため牧場に入っていたが、22日午前0時以降は不可能になる。蛭田さんは「何もしてやれず、ごめん」と牛たちにわびた。


 この日、蛭田さんが干し草を積んだトラックで到着すると、エンジン音を聞いた牛舎からは一斉に鳴き声が起きた。まず飲み水を与え、次に干し草を一列に並べると牛たちは我先にと食べ始めた。与えたのは1日分。牛が飲まず食わずで生きられるのは約1カ月が限度という。


 子牛の牛舎を見ると生後3カ月の雌牛が栄養不足で死んでおり、別の1頭が絶えそうな息で横たわっていた。蛭田さんは重機で掘った穴に死んだ子牛を埋め、瀕死(ひんし)の子牛の背中をずっと、なでた。「ごめんな、ごめんな」。涙が止まらなかった。


 立ち入りが禁止される今回の事態を前に、牛舎から牛を解き放とうと何度も悩んだが、近所迷惑になると考え、思いとどまった。最後の世話を終えた蛭田さんは「一頭でも生かしてやりたかったけど、もう無理みたいです。次に来るときは野垂れ死にしている牛たちを見るのでしょう。つらいです」。それ以上、言葉が続かなかった。【袴田貴行】


http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20140428mog00m040003000c.html
 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
01. 2014年4月28日 22:09:20 : nJF6kGWndY
>次に来るときは野垂れ死にしている牛たちを見る

かわいそうだが、もっと早く安楽死させてやった方が、苦しみは少ないだろうな


02. 2014年4月29日 05:47:03 : bwFzMVs2eU


                人には 言えない


03. 2014年4月29日 10:27:43 : YJ8ithXFZ6
次は人間の順番だよ 渚にて のラストシーンと一諸になる

04. 2014年4月29日 13:29:03 : 8dEGgPQv1O
犬を飼った経験があれば動物も人間とほとんど変らないことがわかるはずだ。

牛も犬となんら変わりない。経済動物だからいざとなれば殺さざるをえない。しかし、
それまでは大切な命だ。


  拍手はせず、拍手一覧を見る

フォローアップ:

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
  削除対象コメントを見つけたら「管理人に報告する?」をクリックお願いします。24時間程度で確認し違反が確認できたものは全て削除します。 最新投稿・コメント全文リスト

▲上へ      ★阿修羅♪ > 原発・フッ素37掲示板 次へ  前へ

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。
 
▲上へ       
★阿修羅♪  
この板投稿一覧