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政府、「吉田調書」を初めて公開 「全面撤退」強く否定(共同通信)
http://www.asyura2.com/14/genpatu40/msg/275.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 9 月 11 日 17:26:15: igsppGRN/E9PQ
 

福島第1原発免震重要棟2階の緊急時対策本部で事故対応の指揮を執る吉田昌郎所長=2011年5月(東京電力提供)


政府、「吉田調書」を初めて公開 「全面撤退」強く否定
http://www.47news.jp/CN/201409/CN2014091101001420.html
2014/09/11 16:54 共同通信


 政府は11日、東京電力福島第1原発事故をめぐり、政府の事故調査・検証委員会が吉田昌郎元所長=昨年7月に死去=から当時の状況を聞いた「聴取結果書(吉田調書)」を公開した。関係者を非公開で聴取した政府事故調の調書が公開されるのは初めて。

 調書の中で吉田氏は、東電が第1原発から全面撤退すると当時の政権が解釈したことを「誰が逃げようとしたのか」と強く否定。2号機の原子炉水位が低下し危機的状況になった際の心情を「われわれのイメージは東日本壊滅。本当に死んだと思った」と吐露している。

 吉田氏の調書はA4判で約400ページ。


     ◇

「吉田調書」要旨
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=82844
2014年9月11日 16:40 沖縄タイムス

 政府事故調査・検証委員会による福島第1原発・吉田昌郎元所長の「聴取結果書(吉田調書)」要旨は次の通り。

 【事故調の趣旨説明】

 ―どういう事故が起こったのか、それがどんな経過で進んだのかを明らかにして、後々の人たちがこの経験を生かすことができるような知識をつくりたいと思っている。責任追及を目的にしていない。事と次第によっては言葉がほぼそのまま公にされる可能性がある。

 「結構です」

 【津波到達】

 「異常が起こったのは全交流電源喪失が最初。非常用ディーゼル発電機が動かない、津波が来たみたいだという話で、この時点で『えっ』という感覚だった。これは大変なことになったと。当然ながらシビアアクシデントになる可能性が高い。次はどうするんだということが頭の中でぐるぐる回っていた」

 【1号機非常用復水器の操作】

 「非常用復水器は大丈夫なのかということを何回も私が確認すべきだった。こちらから聞かなかったことを猛烈に反省している」

 【格納容器ベント】

 「一番遠いのは官邸です。大臣命令が出ればすぐに開くと思っている。そんなもんじゃない。電源がない。最後は手動でやるしかないと、バルブにアクセスしようとしたが、放射線量が高すぎてアプローチできなかった。ベントと言えばすぐできると思っている人たちは、われわれの苦労が全然分かっていない」

 【首相の視察】

 「『ベントどうなった』と言うから、われわれは一生懸命やっているが、現場は大変ですという話はした。私だって格納容器の圧力を下げたくてしようがないのに、できないというぎりぎりの状態。総理大臣が飛んでいようが安全を考えれば早くしたい」

 【首相官邸からの電話】

 「何で官邸なんだというのが最初だった。ずっとおかしいと思っていた。菅氏はごく初歩的な質問をしていた。4回ぐらい菅氏が出てきた」

 【1号機爆発】

 「全然想定していなかったという状況。われわれは格納容器の爆発をすごく気にしていた。水素が建屋にたまるというところまで思いが至っていない。事故想定の中に入っていなかったというのは、原子力屋の盲点」

 【海水注入中止命令】

 「注水した直後、官邸にいる武黒(武黒一郎フェロー)から電話があり『官邸ではまだ海水注入は了解していない』と。だから中止しろという指示だった。ただ私は注水停止は毛頭考えていなかったから、私の判断でやると。担当している防災班長には『中止命令はするけれども絶対に中止しては駄目だ』と指示して、それで本店には中止したという報告をした」

 【3号機爆発】

 「現場から四十何人行方不明という話が入ってきた。私はその時死のうと思った。本当に四十何人亡くなっているなら、そこで腹を切ろうと思った。しかし一人も死んでいない。仏様のおかげとしか思えない」

 【2号機の危機】

 「完全に燃料露出しているにもかかわらず、減圧もできない、水も入らない。本当にここだけは一番思い出したくない。ここで本当に死んだと思った。2号機はメルト(ダウン)して、格納容器を破って放射能が全部外にまき散らされる最悪の事故になってしまう。細野豪志首相補佐官に、操作する人間は残すけれども、最悪のことを考えて、関係ない人間は退避させますからということを言った。われわれのイメージは東日本壊滅です」

 【全面撤退問題】

 「何をばかなことを騒いでいるんだと。現場は逃げたのか。逃げていないだろう。これははっきり言いたい。撤退みたいな言葉は誰が言ったか知らないが、使うわけがない。本当は2F(第2原発)に行けとは言っていないが、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思った」

 【津波対策】

 「福島県沖の波源(津波の発生源)というのは今までなかった。そこを考慮してやるということは仮想的にはできるが、費用対効果もある。何の根拠もないことで対策はできない。マグニチュード9が来ると言った人は、今回の地震まで誰もいない。それを何で考慮しなかったんだというのは無礼千万だと思っている」(吉田氏以外の肩書は当時)(共同通信)


 

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コメント
 
01. 2014年9月11日 17:28:16 : ICJO6uLC26
福島原発事故「吉田調書」詳報(1)
2014年9月11日 16:42 沖縄タイムス

 福島第1原発事故をめぐる政府の事故調査・検証委員会による「聴取結果書(吉田調書)」での吉田昌郎元所長の主な証言は次の通り。

 【事故調による趣旨説明】

 ―委員会の目的は、どういう事故が起こったのか、それがどんな経過で進んだのか、そういうことを明らかにして、後々の人たちがこの経験を生かすことができるような知識をつくりたいと思っている。責任追及を目的にしていない。大事なことは、これだけ大きな事故は私たち日本人だけでなく世界の人が経験したことがない。これから学び取ることは、世界がこれから学びたいと思って待っているのだと思う。答えていただいたことは記録に取るが、その記録が公になる可能性がある。何から何まで、どう出るか、それは今は分からないが、事と次第によってはお話しいただいた言葉がほぼそのままの形で公にされる可能性があるということをお含みいただきたい。

 「結構でございます」

 【地震発生】

 〈2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード(M)9・0の東日本大震災が発生した〉

 ―最初の対応は。

 「こんなに大きい地震ですとプラントがスクラム(自動停止)するわけです。運転している1、2、3号機について自動停止しているかどうかと、いろんな電源関係含めて異常がないかということ、それから地震ですから、いろんな設備の損傷の可能性がありますから、その辺の状況を確認する」

 ―電源関係ではどんな報告が。

 「非常用DG(ディーゼル発電機)が回っているんで、地震によって送電線ないしは開閉所の機器がこのタイミングでやられているんだと思うんです。外部電源が生きている場合は非常用DGは自動起動しません。外部電源がなくなったことは確認したんです」

 ―それ以外に平時と異なる事象は。

 「基本的にはほとんどなかったです。プラントの水漏れだとか、機器の損傷だとか、そういう話は私は全く聞いておりません」

 ―実際に来た規模のものまでは考えていないにせよ、津波の危険性は予測していたか。

 「津波警報が出ているのも承知しておりましたし、到達の時、その時のあれは覚えていないですけれども、5メートルというような津波の規模があったかと思うんですね。それは時々刻々、テレビ、NHKだったと思いますけれども、津波警戒警報ですか、注意報が出ているというのは見ています」

 ―その時点で何か対策は。

 「まず津波が来るということの周知ですから、情報を各中操(中央制御室)に流すのと、円卓なり周りの人間に流すのと、沿岸部から作業している人間は退避、もういっぺん確認しろよと、そういう指示はしています。ただプラント運転上、津波の対応というのは結局、来てみて、要するに海水系がしばらく使えなくなるということの認識はありますが、どれぐらいのものになるのかとか、事前に手を打てるかというと、この時間で手を打てるものがほとんどない、全くない」

 【津波到達】

 〈第1原発に津波の第1波が到達したのは午後3時27分だった〉

 ―津波が来たのはどうやって把握したか。

 「海の状況がどうなっているのかというのは円卓からは分からない。だから津波到達についても中央操作室(中央制御室と同義)の人も分からないと思うんです。外が見えないですから。異常が起こったのは(3時)37分の全交流電源喪失が最初でして、DG動かないよ、何でだという話の後で、津波が来たみたいだという話で、だんだんそこに一致していくんです。この時点で『えっ』という感覚ですね」

 ―どういう措置を考えたか。

 「これははっきり言って、まいってしまっていたんですね。私自身がですね。これはもう大変なことになったと。当然のことながらシビアアクシデントになる可能性が高い。その準備をしないといけない。DGが生きるのかと。津波によって水没かどうか、その時点で分かりませんから、DGを生かせられないかとまず考えるんです。それがなくなったらどうしようと。アイソレーションコンデンサー(IC=非常用復水器)とかRCIC(原子炉隔離時冷却系)があれば、とりあえず数時間の時間幅は冷却ができるけれども、次はどうするんだということが頭の中でぐるぐる回っていた」

 ―原子炉水位が見えず、非常用DGも使えなくなって次はどういう対応を取ろうと考えたか。

 「絶望していました。注水から言うと全部のECCS(緊急炉心冷却装置)が使えなくて、ICとRCICが止まって、HPCI(高圧注水系)がありますけれども、それらが止まった後、バッテリーが止まった後、どうやって冷却するのかというのは、検討しろという話はしていますけれども、自分で考えても、これというのがないんですね」

 ―答えがない。

 「答えがないんです。タイミングは分からないですけれども、水を入れるほかの方法はないのかという時に、FP(消火系)のラインを使って消防車で入れることはできると。これはアクシデントマネジメントのマニュアルにも何も書いていないと思うんですけれども、確かにそのラインがあるということで、トライするということを含めて検討する必要がある、検討しろということになったんです」

 【非常用復水器の操作】

 〈原子炉の損傷を防ぐ目的で、当直員が1号機のICを停止させていたが、免震重要棟にいる吉田氏には情報が伝わっていなかった〉

 ―円卓に情報は。

 「来てなかったです。少なくとも私は聞いていないですね」

 ―ICが動いているという認識か。

 「私の認識はそうです」

 「ICに関して言うと、炉水の確認ができた後も、一応、水位があるということも確認できていましたので、本当にあったかどうかは別ですよ。ICが生きているんだなと、思っているんです」

 ―ICがうまくいっていないとか、そういう情報は把握していなかったのか。

 「基本的に把握していませんでした。ここは、やはり私の反省点になるんですけれども、思い込みがあったんですけれども。当直長から発電班長のところまで情報が行っていたのかどうかもよく分からないんですけれども、当直長が私のところに電話をしてくるという仕組みになっていませんから、その時点でICは大丈夫なのかということを何回も私が確認すべきだったと、そこは思い込みがあって、水位がある程度確保されているから大丈夫かなと思っていた部分があります」

 ―午後5時7分以降、水位が分からない。

 「SOSが来ていないんです。SOSが来ていれば、人を手配するなりなるんですけれども、1号機だけではなくて、1、2、3、それから5、6ですね。炉の中に燃料が入っているもの、全部見ていますから、いちいち『ここはどうだ』ということをこちらから指示することはなかなか難しいんです。炉水位は途中見えていないんですが、1回見えた時があって、それであるんじゃないかという思い込みがあって、こちらから聞かなかったということに関して、私は今、猛烈に反省しているんですけれども、少なくとも現場側からのSOS発信が、間違いなく私には届いていなかった」

 「その時にいた人間に聞いたら、今回がICを動かした最初だと。実動作としてですね」

 ―国内のほかの原発はどうか。

 「アイソレーションコンデンサーを持っているのは、うちと、敦賀(原発)の1号機ですね。敦1も動かしたことはないと思うんです」

 ―ICが動いた時、どういう挙動を示すかということは。

 「十分な知見がない」

 「基本的に1、2号の当直員以外はほとんど分からないと思います。ICというのはものすごく特殊なシステムで、はっきり言って私もよく分かりません」

 「発電の連中はやはりプロですね。自分たちが何とかするんだというところがすごく強いんですね。それはある意味で助かるんですね。それが半面、どんなになっているかという情報が伝わってこない。責任感が強すぎるものだから、そんなのがあるのかなという気もします」

 【炉心損傷の認識】

 〈11日深夜から1号機建屋内で放射線量が上昇し始めた〉

 「要するに、燃料損傷に至っている可能性はあるなと、圧力容器の圧力がホールドできなくなって、中の放射性物質が格納容器の中で噴出するためには、圧力容器のバウンダリー(境界)がどこかでブレークしていないと出ていきませんから、そういう状態を一つ想像する。それからその出ていったものが格納容器の中でホールドできなくて出ていっているということしか考えられない」(共同通信)

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=82845


02. 2014年9月11日 17:29:34 : ICJO6uLC26
福島原発事故「吉田調書」詳報(2)
2014年9月11日 16:43 沖縄タイムス

 【格納容器ベント】

 〈12日未明、1号機格納容器の圧力が上昇し、格納容器から蒸気を出すベントの実施を迫られた〉

 「私もこの事象に初めて直面しているので、細かい現場の状況が分からないんですよ。思い込みなんだけれども、電源とか空気源がないけれども、要するにベントなんて極端に言うとバルブを開くだけなので『バルブ開けばできるんじゃないの』というような感じなんですよ。その後でいろいろ入ってくると、AO弁(空気作動弁)のエアがない、もちろんMO弁(電動駆動弁)は駄目だと。手動でどうなんだというと、線量が高いから入れないというような状況がここから入ってきて、そんなに大変なのかという認識がやっとできあがる。その辺がまた本店なり、東京に連絡しても、伝わらないですから。この時点では早くやれ、早くやれというだけの話です。そこが本当の現場、中操という現場と、準現場の緊対室(緊急時対策室)と、現場から遠く離れている本店と認識の差が歴然とできてしまっている」

 「一番遠いのは官邸ですね。要するに大臣命令が出ればすぐに開くと思っているわけですから、そんなもんじゃないと」

 〈海江田万里経済産業相は12日午前6時50分、ベントの実施命令を出した〉

 「こちらでは頭にきて、できないと言っているのに何を言っているんだと。実施命令出してできるんだったらやってみろと。現場が全然うまくいかない状況ですから」

 「何か意図的にぐずぐずしていると思われていたんじゃないかと思うんですけれども、われわれは現場では何をやってもできない状態なのに、ぐずぐずしているということで、東京電力に対する怒りが、このベントの実施命令になったかどうかは知りませんけれども、それは本店と官邸の話ですから、私は知りませんということしかないんです」

 ―なかなかできなかった理由は。

 「電源がないですね。それからアキュムレーター(ここではAO弁に圧縮空気を送り込む行為を指しているとみられる)がないのでいろいろ工夫しているわけですね。その間に圧力を込めに行ったり電源の復旧だとかやっているんだけれども、どれをやってもうまくいかないという情報しか入ってこない。最後の最後、手動でやるしかないという話で、ドライウェル(格納容器)側のMO弁というバルブは結構重たいので被ばくするんですけれども、これは何とか開けた。だけれどもドライウェルのサプレッションチェンバー(圧力抑制室)から出てくるライン、ここのバルブにアクセスしようとするんですが、線量があまりにも高すぎてアプローチできないという状態で帰ってくるわけですね。そんな状態が続いているので、それをもう一度、アキュムレーターから動かすのをチャレンジしろとか、やっとそのころにコンプレッサーの車が来たりとか、役に立ったりとか、そんな段階で道具もそろっていない中いろいろやるんですけれども、なかなかうまくいかないということなんです。みんなベントと言えばすぐできると思っている人たちは、このわれわれの苦労が全然分かっておられない」

 【首相の視察】

 〈菅直人首相は12日午前7時11分、視察のため第1原発にヘリコプターで降り立った〉

 ―何のために来ると。

 「知りません」

 ―目的も伝えられず。

 「行くよという話しかこちらはもらっていません」

 ―首相は何を話したのか。

 「かなり厳しい口調で『どういう状況になっているんだ』ということを聞かれたので、電源がほとんど死んでいますということで制御が利かない状態ですと。『何でそうなったんだ』ということで、津波で電源が全部水没して利かないですという話をしたら、『何でそんなことで原子炉がこんなことになるんだ』ということを班目先生(班目春樹・原子力安全委員会委員長)に質問したりとか、そういうことをされていて、あとはベントについて『ベントどうなった』と言うから、経産大臣から命令が出た直後だったので、出ましたと。われわれは一生懸命やっていますけれども、現場は大変ですという話はしました。記憶はそれぐらいしかない」

 ―現場の厳しい状況を説明したか。

 「なかなかその雰囲気からしゃべれる状況ではなく、十分に説明できたとは思っていません。要するに自由発言できる雰囲気じゃないじゃないですか、首相の場合、えっということを聞かれるのに答えているだけですから」

 ―首相の視察がベント操作を遅らせたのでは。

 「全くないです」

 「早くできるものは(首相のヘリコプターに)かけてしまったっていいじゃないかぐらいですから。私だって格納容器の圧力を下げたくてしょうがないわけですよ。だけれども、できないというぎりぎりの状態ですから。それは総理大臣が飛んでいようが何しようが、炉の安全を考えれば早くしたいというのが、現場としてはそうです」

 【情報共有の在り方】

 〈第1原発事故の当初、現場と免震重要棟間の連絡手段がなく、作業に遅れが出るなどの影響があった〉

 ―サイト内は非常に広い。連絡手段はどうしていたのか。

 「トランシーバーです。本当はPHSが使えればいいんですけれども、最初は全く駄目で、トランシーバーだったんですが、パワーが弱いんです。建物の陰などに行くとつながらない。なおかつ全面マスクですから声が通らないわけです。ものすごいいらいらしました。ですからあの通信だけは何とかしなければいけないかもわからないです」

 【首相官邸からの電話】

 〈事故対応に追われる吉田氏には、官邸から何度も直接電話がかかってきた〉

 ―官邸からの電話は。

 「最初、官邸と電話なんかする気は全くなかったんですけれども、官邸に詰めていた人間から官邸が話をしたいということで、それは固定電話なんですが、ダイレクトにはなかなかつながらないんです」

 ―本来は原子力安全・保安院を通じて官邸に報告するのでは。

 「何で官邸なんだというのがまず最初です。何で官邸が直接こちらにくるんだ。本店の本部は何をしているんだ。いずれにしても向こうからも電話が来ますし、何かあったら連絡くれという話があったので、とりあえずそれにのってやっていただけです。ずっとおかしいと思っていました」

 ―菅氏は何と。

 「菅さんはどっちかというと質問です。水素爆発はどういうメカニズムで起こるんだということとか、それは水蒸気爆発と違うのかというようなご質問をなさっていた。ごく初歩的な質問を菅さんがして、私が説明を始めたら『ちょっと待ってくれ、その質問は日比野さん(日比野靖・内閣官房参与)がしているから』ということで、日比野さんに代わって、結構忙しい時だったんだと思うんだけれども」

 「4回ぐらい菅さんが出てきたんです。『警戒区域と避難区域、20キロ、30キロの話についてこう決めたんだけれども、所長はどう思う』みたいな話をしてきたんです。知りませんと。(放射性物質が)どれぐらい飛散するかという話はこちらで計算しているわけではないんで、そちら側の解析しているところで評価してくれと、現場の判断ではないということは申し上げました」

 【資材調達】

 〈第1原発には全交流電源喪失を想定した電源車は用意されていなかった。復旧作業に伴う資機材はほとんど外部から調達せざるを得なかった〉

 ―必要な資材はどこに要求していたのか。

 「大きい電源は全部ないんですね。それからDGないです。交流電源というのは電源車を持ってくるしかないんで、仕様などは後で考えるから、電源車を用意してくれということを本店にお願いして、いらいらするほど来なかったりするわけですけれども、ぽつぽつ来ると。それから直流電源も同じことです。監視機器を生かすのは直流電源です。私が電源何とかしろと言った時に、復旧班が機転を利かせて車からバッテリーを外して中央操作室に持ち込んで使ったわけです。そういう形で自前調達をまずした」

 ―意思の疎通がうまく図れなかったことは。

 「輸送手段がないから取りに来いという話になったり、結局、ロジ(ロジスティックス=兵たん)の問題なんです。輸送手段だとか、そこまで考えてくれないで、物だけここに持ってこられても困ってしまう。物を取りに行くのに、うちの人間を出さなければいけない。忙しい時にやめてくれよと、ジャスト合う物をここまで持ってきてよというのが私どもの強い要望だったんです」(共同通信)

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=82847


03. 2014年9月11日 17:30:37 : ICJO6uLC26
福島原発事故「吉田調書」詳報(3)
2014年9月11日 16:45 沖縄タイムス

 【複数の原子炉保有のデメリット】

 〈第1原発には6基の原子炉があり、1〜3号機で炉心溶融が起き、定期点検中だった4号機の建屋までも水素爆発した〉

 ―6基の原子炉があることは事故対処に影響があったか。

 「ほかのプラントだとせいぜい1サイト四つぐらいです。昔から集中立地は嫌いなんです。だけれども、会社はずっと集中立地してきたんですけれども、福島第2みたいに四つぐらいでこぢんまりやっているのが運用上も一番楽なんです。6個、7個になってくると、中越地震(中越沖地震との勘違いとみられる)の柏崎(柏崎刈羽原発)の時もそうですけれども、大混乱になりました。なおかつ全部一発で電源が止まってしまいますね。そうするとすごい大変なことになる」

 【消防車による海水注入】

 〈1号機原子炉へ消火系ラインを通じて消防車で注入していた真水が枯渇し、吉田氏は12日午後2時54分、海水注入を指示した〉

 「この日の午後から淡水がなくなるから海水注入をする準備をしておきなさいということは言っておりましたので、3号機の逆洗弁ピット(立て坑)に津波の時の海水が残っていると、かなり量があるというのを聞いて、これでやろうということは決めておって、ではそれで注水しようと最終決定したのが14時54分で、もともとの検討はその前にやっている」

 ―原子炉への海水注入というのは経験上、聞いたことがあるか。

 「世界中でそんなことをしたことは一回もありませんから、ないんだけれども、冷やすのに無限大にあるのは海水しかないですから、淡水は有限で、どこかで尽きるのは決まっていますから、もう海水を入れるしかない、有無なしの話ですね」

 ―反対意見はあったか。

 「なかったですよ」

 ―海水注入で原子炉が使えなくなってしまうとは考えなかったか。

 「全くなかったです。もう燃料が損傷している段階で、この炉はもう駄目だと、だから、後はなだめるということが最優先課題で、再使用なんて一切考えてないですね」

 【1号機爆発】

 〈12日午後3時36分、1号機の原子炉建屋が水素爆発した〉

 ―どのように把握したか。

 「全然想定していなかったという状況で、下から突き上げるような非常に短時間のどんという振動がありましたものですから、また地震だという認識でおりました。そうしているうちに、1号機の原子炉建屋の一番上が何か柱だけになっているという情報が入ってきまして、『何だそれは』ということで、けがをした人間も帰ってきて、爆発したみたいだという情報を聞きました。今だからこそ、格納容器から漏えいした水素が上にたまって爆発したんだろうと、そういうのは後になれば分かるんですが、その時点では原因が分からないという状況でやっていました」

 ―素人から考えると、放射性物質は漏れるのに、水素は漏れないと考えてしまうのはおかしい。

 「われわれは思い込みが強いんですけれども、格納容器の爆発をすごく気にしたわけです。今から思えばアホなんですけれども、格納容器が爆発するぐらいの水素、酸素が発生しているのに、それが建屋にたまるという発想が。原子炉建屋の一番上が覆われていて、ブローアウトパネル(建屋内が高圧時に蒸気を出して破損を防ぐ装置)が横側に付いていますが、そこがクローズ、そこに水素、酸素がたまっているというところまで思いが至っていない。格納容器を守ろう、守ろうというのが、今回の大反省だと思っているんだけれども、原子力屋さんの見方として、班目先生をはじめとして、その思い込みが、なおかつこれはインターナショナルですから、ほかの国からも、あそこが爆発すると思っていないというか、なかった」

 「事故想定の中に入っていなかったというのは、原子力屋の盲点、ものすごい大きな盲点。所長としては、何とも言えないですけれども」

 ―今後のために徹底的に考えないといけない。

 「今回のものを設計にどう生かすかというところが一番重要だと思って、これからこの国が原子力を続けられるかどうか知りませんけれども、続けられるとするのであればですね」

 【海水注入中止命令】

 〈建屋爆発の影響で、実際に1号機への海水注入が始まったのは12日午後7時4分だった。だが官邸側から中止せよという連絡が入る〉

 「注水した直後ですかね、官邸にいる武黒(武黒一郎フェロー)から私のところに電話がありまして『官邸ではまだ海水注入は了解していない』と。だから海水注入は中止しろという指示でした。ただ私はもうこの時点で水をなくすなんていうこと、注水を停止するなんて毛頭考えていませんでしたから、なおかつ中止だったら、どれくらいの期間を中止するのかという指示もない中止なんて聞けませんから、私の判断でやると。ですから円卓にいた連中には中止すると言いましたが、それの担当をしている防災班長、彼にはちょっと寄っていって『中止命令はするけれども絶対に中止しては駄目だ』という指示をして、それで本店には中止したという報告をしたということです」

 ―停止命令の根拠の説明は。

 「私は入れているし、もう入ったんだから、このまま注水を継続しますよと言ったら、四の五の言わずに止めろと。それでやってられないなと。だから論理根拠も何もないですから」

 「やることは水を入れるのと、格納容器の圧力を下げる、この2点。どの号機もその2点だけをやるんだと、これだけを言っていましたから」

 「それを止めろだとか、何だかんだ言うのは全部雑音です」

 【現場の作業員】

 「私はここの発電所の発電員、保修員は優秀だと思います。3発電所を見ても、今まで一番トラブルも経験していますから、肌身で、協力企業だけを使うんではなくて、自分らでも作業してきた経験がありますから、これだけのことをできたんだと思います。柏崎(柏崎刈羽原発)で同じことがもし起こったとした時に、彼らがそういう風にできるかどうか」

 「私の評価をして申し訳ないけれども、私自身が指揮官として合格だったかどうか、私は全然できませんけれども、部下たちは日本で有数の手が動く技術屋だったと思います。それでこのレベルですから」

 【3号機爆発】

 〈14日午前11時1分、3号機が爆発。数時間前から格納容器圧力が上昇し、危機的状況が続いていた〉

 「(午前)9時半か10時ぐらいに、爆発する可能性があるから全員退避かけているんです」

 ―所長が円卓で言ったのか。

 「そうです。これは危ないんで、退避命令かけますと」

 「1時間以上退避かけているんですよ。ただ、退避かけていても、2号機のメーキャップのラインをつくったりとかいうのがありますから、放っておけないんで、私もものすごく迷ったんです。作業をさせるか、させないかということで。再開させるのかどうか。この時、本店と電話でやりとりがありまして、爆発する可能性があって現場に人間をやれないと私は言ったんです。ただ2号機の注水だとか準備だとかその辺があるんで、どこかでやる必要があるという話をしていました。個人名を出してあれですが、武藤(武藤栄副社長)と話をしています」

 「武藤からそろそろ現場をやってくれないかという話があって、私の立場からやりづらいんだけれども、2号の話もあるし『申し訳ないけれども』と、そういう言い方で私は指示したと思います。非常に危険だけれども、現場でやらないと次のステップに行けないんでお願いしますと。ちょっと圧力が落ち着いてきたから、急に爆発することはない、分からないけれども、ちょっと落ち着いたんではないかという判断で行ってもらうということで、現場に出したら爆発した」

 「最初、現場から上がってきたのは四十何人行方不明という話が入ってきた。爆発直後、最初の報告ですけれども、私、その時死のうと思いました。それが本当で四十何人亡くなっているんだとすると、そこで腹切ろうと思っていました。徐々に情報が入ってきて、行方不明者がどんどんゼロに近づいてきて、人命を落とした人はいない。がれきが吹っ飛んでくる中で、現場にいて一人も死んでいない。私は仏様のおかげとしか思えないんです」

 ―その後の作業は。

 「全部中止」

 「みんなぼうぜんとしているのと、思考停止状態みたいになっているわけです。そこで、全員集めて『こんな状態で作業を再開してこんな状態になって、私の判断が悪かった、申し訳ない』という話をして、ただ現時点で注水が今、止まっているだろうし、2号機の注水の準備をしないといけない、放っておくともっとひどい状態になる。もう一度現場に行って、放射線をしっかり測って、がれきの撤去、必要最小限の注水のためのホースの取り換えだとか、注水の準備に即応してくれと頭を下げて頼んだんです。そうしたら本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです。その時ですよ、ほとんどの人間は過剰被ばくに近い被ばくをして、やっとそれで間に合って海水注入が16時30分に再開できたんですけれども、この陰には線量の高いがれきを片付けたり、かなりの人間が現場に出ています」(共同通信)

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=82846


04. 2014年9月11日 17:31:51 : ICJO6uLC26
福島原発事故「吉田調書」詳報(4)
2014年9月11日 16:47 沖縄タイムス

 【2号機の危機】

 〈事故発生以来、動き続けていた2号機RCICが14日午後1時25分に停止し、原子炉水位が低下した。現場は海水注入用の消防車を待機させた上で午後4時34分に減圧操作を開始した〉

 「4号機(2号機の間違い)に関して、設計圧力ぎりぎりのところですから格納容器が壊れるとは思っていないんです。サプチェン(圧力抑制室)の温度が一番高いんで、SR弁(主蒸気逃がし安全弁)をもっと開いても、熱いと凝縮しないんで、圧力が下がらない。だから圧力を下げるのが最優先で、ここでのミッションは注水なんです。実はもう一つ、当直と考えていたのは、ドライウェルスプレーができないかと。要するにちょっとでも冷却して、より凝縮しやすいような条件をつくれないかということは検討していたんです。その時に、官邸から電話がありまして、班目さんが出てきて、早く(SR弁を)開放しろと、減圧して注水しろと。清水(清水正孝社長)がその時にテレビ会議を聞いていて、班目委員長の言う通りにしろとかわめいていました。現場も分からないのに、よく言うな、こいつは(と)思いながらいました」

 ―理屈に合わない感じがしたか。

 「私だって早く水を入れたくてしょうがない。そう思っているんですよ。だけれども、手順てものがありますから、現場ではできる限りのことをやって、後がスムーズにいくようにと思っているんですけれども、なかなかそれが通じないんですね。ちゅうちょしていると思われているんです。早く圧力下げる、早く水入れると、これしか考えていないのに、あたかも現場がちゅうちょしたようなことは言うやつは全員、後で何か仕返ししてやろうと思っています。本当に。仕返ししてください、代わりに。よろしくお願いしますよ」

 ―減圧に時間がかかった。

 「どんどん炉水位は下がるわ、SR弁は開かないわ、一番死に近かったのはここだった。これが駄目だったらどうしようもないなと。やっと開いたんです。ところが今度は、いつでも注水できるように消防車がだいぶ前からスタンバイしていますので、油切れになってしまったんです。線量高いですから、常駐させているわけにいかないんです。油補給に行って、やっと水が入ってというような、本当に綱渡りのぎりぎりのところで、やっと水が入って、そこまでは私は生きた心地していなかったです。死んでいましたね」

 ―退避は検討したか。

 「廊下にも協力企業だとかがいて、完全に燃料露出しているにもかかわらず、減圧もできない、水も入らないという状態が来ましたので、私は本当にここだけは一番思い出したくないところです。ここで何回目かに死んだと、ここで本当に死んだと思ったんです。これで2号機はメルト(ダウン)して、完全に格納容器の圧力をぶち破って燃料が全部出て行ってしまう。そうすると、その分の放射能が全部外にまき散らされる最悪の事故ですから。チェルノブイリ級ではなくて、チャイナシンドロームではないですけれども、ああいう状況になってしまう。そうすると、1号、3号の注水も停止しないといけない。そうなると、結局、ここから退避しないといけない。たくさん被害者が出てしまう。もちろん、放射能は今の状態より広範囲、高濃度で、まき散らす部分もありますけれども、まずここにいる人間が、免震重要棟の近くにいる人間の命に関わると思っていましたから、電話で武藤に言ったのかな。こんな状態で非常に危ないと。操作する人間だとか、復旧の人間は必要ミニマムで置いておくけれども、それらについては退避を考えた方がいいんではないかという話はした記憶があります。その状況については、細野さん(細野豪志・首相補佐官)に、2号機については危機的状態だと。これで水が入らないと大変なことになってしまうという話はして、その場合は、現場の人間はミニマムにして退避ということを言ったと思います。それは電話で言いました」

 「全員撤退して身を引くということは言っていませんよ。私は残りますし、当然、操作する人間は残すけれども、最悪のことを考えて、これからいろんな政策を練ってくださいということを申し上げたのと、関係ない人間は退避させますからということを言っただけです」

 ―細野氏は何と。

 「所長の言う緊急事態というのはよく分かりました。ただ、まだあきらめないで頑張ってくださいということを言ったと思います」

 「細野さんは常に冷静でしたね。声を荒らげることもなくて、そちらの状況はいかがですかと。厳しいかもしれないけれども、頑張ってくださいと」

 ―所内の東電社員はどうするつもりだったか。

 「総務の人員を呼んで、ひそかに部屋へ呼んで、何人いるか確認しろと。特に運転、保修に関係ない人間の人数を調べておけと。使えるバスは何台あるか。たしか2台か3台あると思って、運転手は大丈夫か、燃料入っているか、表に待機させろと。何かあったらすぐに発進して退避できるように準備を整えろというのは指示をしています」

 ―15日朝よりもっと前に。

 「ずっと前です。2号機は駄目だと思ったんです、ここで、はっきり言って」

 ―3号機よりも2号機が。

 「3号機は水入れていましたでしょう。1号も入れていましたでしょう。水入らないんですもの。水入らないということは、ただ溶けていくだけですから、燃料が。燃料が溶けて1200度になりますと、圧力容器の壁抜きますから、格納容器の壁もそのどろどろで抜きますから、チャイナシンドロームになってしまうわけですよ。プルトニウムであれ何であれ、今のセシウムどころの話ではないわけですよ。放射性物質が全部出て、まき散らしてしまうわけですから、われわれのイメージは東日本壊滅ですよ」(共同通信)

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=82848


05. 2014年9月11日 17:33:01 : ICJO6uLC26
福島原発事故「吉田調書」詳報(5)
2014年9月11日 16:48

 【退避問題】

 〈15日早朝、菅首相は東電が第1原発から全面撤退すると思い、本店に乗り込んだ。午前6時14分ごろ、衝撃音とともに2号機の圧力抑制室の圧力がゼロになったとの連絡が免震棟に入った〉

 「この日の朝、菅総理が本店に来られるということで、テレビ会議を通じて本店とつないでいたんです。中操から、パラメータがゼロになったという情報と、ぽんという音がしたという情報が入ってきたんですね。サプチェン(サプレッションチェンバー=圧力抑制室)の圧力がゼロになっているということは、格納容器が破壊された可能性があるわけです。確認は不十分だったんですが、それを前提に、非常事態だと私は判断して、これまた退避命令を出して、運転に関わる人間と保修の主要な人間だけ残して1回退避しろという命令を出した」

 ―菅首相は何をしに。

 「知りませんけれども、咤しった激励に来られたのか何か知りませんが、社長、会長以下、取締役が全員うちそろっているところが映っていましたね。おもむろにそこに、5時すぎか、忘れましたけど、来られて、えらい怒ってらしたということです。要するに、おまえらは何をしているんだということ、ほとんど何をしゃべったか分からないですけれども、気分悪かったことだけ覚えていますから、そういうモードでしゃべっていらしたんでしょう。そのうちに、こんな大人数で話をするために来たんじゃないとかいうことで、場所変えろとか何かわめいていらっしゃるうちに、この事象になってしまったものですから」

 ―「撤退はない」とか「命を懸けてください」とか。

 「それは言っていました」

 ―全面撤退問題は報道でもごちゃごちゃ言われている。

 「退避騒ぎに対して言うと、何をばかなことを騒いでいるんだと。逃げていないではないか、逃げたんだったら言えと。本店だとか官邸でくだらない議論をしているか知らないですけれども、現場は逃げたのか。逃げていないだろう。これははっきり言いたいんです」

 「撤退みたいな言葉は菅(氏)が言ったのか、誰が言ったか知りませんけれども、そんな言葉、使うわけがないですよ。テレビで撤退だとか言って、ばか、誰が撤退なんていう話をしているんだと、逆にこちらが言いたいです」

 ―政治家の間ではそういう話になっている。

 「知りません。アホみたいな国のアホみたいな政治家、つくづく見限ってやろうと思って」

 ―ある時期、菅さんは、自分が東電の全面撤退を止めたと。

 「辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。そんなおっさんが、辞めて、自分だけの考えをテレビで言うというのはアンフェアも限りないんで、あれは事故調の委員会としてクレームをつけないといけないんではないかと私などは思っているんです」

 ―この事故調を首相がつくっている。

 「私も被告ですなんて、偉そうなことを言っていたけれども、『被告がべらべらしゃべるんじゃない、ばか野郎』と私などは言いたいですけれども、どうでしょう。議事録に書いておいて」

 ―この時、本店側には、まだ格納容器圧力が残っているので爆発ではないという意見もあった。

 「私も瞬間そう思いました。その時はまだ4号機(爆発)の話は入ってきていませんから、より安全側に判断すれば、それなりのブレークして、放射能が出てくる可能性が高いので、1回退避させようと言って、2F(福島第2原発)まで退避させようとバスを手配したんです」

 ―2号機の異変による退避で人員が少なくなった。

 「バスで退避させました。2Fの方に」

 ―退避した人たちが15日の午前10時か午前中に帰ってき始めた。

 「本当は私、2Fに行けとは言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は運転手に福島第2に行けという指示をしたんです。私は福島第1の近辺で、所内にかかわらず、線量の低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しょうがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGM(グループマネジャー)クラスは帰ってきてくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったんです」

 ―所長の頭の中では第1原発周辺の例えばバスの中でと。

 「2号機が一番危ないわけですね。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで1回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」

 【汚染水放出】

 〈東電は、高濃度汚染水の移送先を確保するため11年4月上旬、廃棄物処理建屋の地下などにたまった比較的低濃度の汚染水を意図的に海洋放出し、周辺各国から批判を浴びた〉

 ―海洋放出が一番よい選択だと考えたのか。

 「4月の初めの時点では汚染水を移送するためのタンクなどはなかったわけですから、プラントを守るためには、レベル的に見て海洋放出するしかないだろうと考えていました」

 【津波対策】

 〈東電の試算で事故前の08年、第1原発に大津波が襲来する可能性があるとの結果が得られ、幹部に報告されていたにもかかわらず、具体的な対策は取られなかった。吉田氏は当時、本店の原子力設備管理部長だった〉

 ―女川原発では869年の貞観津波を考慮している。第1原発ではどうだったか。

 「福島県沖の波源(津波の発生源)というのは今までもなかったですから、そこをいきなり考慮してやるということは、仮想的にはできますけれども、原子力ですから費用対効果もあります。お金を投資する時に、根拠となるものがないですね。それだったら極端なことを言えば、福島沖にマグニチュード9の地震が来ますとなったら、20メートルぐらいの津波が来る。だから起きようによっては、いくらでもあの計算からすれば来るわけです。何の根拠もないことで対策はできません」

 ―防潮堤を20メートルにかさ上げすると設備投資がかさむ。

 「20メートルの津波といった時には、基本的に廃炉にしないと駄目です。あの立地だと、抜本的に駄目です」

 ―別の原発で貞観津波を考えているのに、第1原発で考えないのはおかしいとは思わないか。

 「貞観津波を起こした地震よりももっと大きなものが来たわけですから。日本の地震学者、津波学者の誰があそこにマグニチュード9が来るということを事前に言っていたんですか。貞観津波を考えた先生たちもマグニチュード9は考えていないです。それを言い始めると、結局、結果論の話になりますと言いたいです」

 「貞観津波の波源で考えたときに、うちの敷地は3メートルか4メートルぐらいしか来ないから、これは今の基準で十分もつという判断を1回しているわけです。貞観津波の波源のところにマグニチュード9が来ると言った人は、今回の地震が来るまでは誰もいないわけですから、それを何で考慮しなかったんだというのは無礼千万だと思っています。そんなことを言うんだったら、日本全国の原子力発電所の地形などは関係なく、全部15メートルの津波が来るということで設計し直せということと同じことですね」

 「今回2万3千人死にましたね(実際は死者・行方不明者計約1万8千人)。これは誰が殺したんですか。マグニチュード9が来て死んでいるわけです。こちらに言うんだったら、あの人たちが死なないような対策をなぜその時に打たなかったんだ。そこが論理飛躍して東京電力のここの話だけに持ってくるのはおかしいだろう。これは日本人の財産と生命を守るための基本的なあれだと言うんだったら、中央防災会議で取り上げて、市町村も含めて対策をしないといけない話です。そこが国はなっていないわけです」(吉田氏以外の肩書は当時)(共同通信)

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=82849


06. 2014年9月11日 18:04:14 : bmDbqOlpGI
また朝日に騙された!

07. 2014年9月11日 18:10:27 : 3EMgCxnjJI
吉田は全面撤退を決定できる権限は無いからそれは当たり前だろう。
撤退問題の解明に必要なのは清水調書だ。
あるのか?あるはずだよな。吉田調書で騒いで誤魔化しているが。


08. 2014年9月11日 18:11:16 : JrCGDU9Pqw
官邸が海水注入を中止させる理由はない。東電本社と武黒の責任だ。早く逮捕してくれ。

09. 2014年9月11日 18:29:47 : FSL6Lca18U
なんか「撤退じゃない転進だ」みたいな話だな

10. 2014年9月11日 19:18:05 : TsSeWVRImE
「吉田調書」報道を訂正へ=誤り認め、記者会見―朝日新聞
時事通信 9月11日(木)18時15分配信

 朝日新聞社は11日、東京電力福島第1原発事故で政府の事故調査・検証委員会が行った吉田昌郎元所長(故人)の聴取記録(吉田調書)を基に、「所員が吉田氏の命令に違反し撤退した」などと報じた記事には誤りがあったとし、記事を訂正する方針を明らかにした。同社は同日午後7時半から記者会見する。

 問題となったのは、5月20日付朝刊。独自に入手した吉田調書などを基に、「所長命令に違反 原発撤退」の大見出しで、「所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、福島第2原発へ撤退していた」などと報じた。

 政府は11日に吉田調書の全文を公開。吉田元所長の発言について、「命令に違反」との記述はなかった。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140911-00000117-jij-soci


11. 2014年9月11日 20:02:56 : 6rlCEHDSV7
<福島原発>「吉田調書」内閣サイトで公開――政府事故調ヒアリング記録
弁護士ドットコム 9月11日(木)17時7分配信

政府は9月11日、福島第一原発事故の政府事故調査委員会の「ヒアリング記録」をインターネットで公開した。その中には、事故当時、東京電力・福島第一原発の所長を務めていた吉田昌郎氏のヒアリング記録――通称「吉田調書」も含まれている。

今回公開されたヒアリング記録は全体の一部。政府は、個人情報や国の安全にかかる部分を黒塗り処理などしたうえで、準備が整ったものから順次公開していく、としている。

吉田調書は今年5月、朝日新聞が独自に入手した内容を「スクープ」として報道。その報道内容をめぐって議論が起きている。

「吉田調書」を含むヒアリング記録は、内閣官房のウェブサイト(下記リンク)で公開されている。

http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/hearing_koukai/hearing_koukai.html

弁護士ドットコムニュース編集部

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140911-00002031-bengocom-soci


12. 2014年9月11日 21:43:21 : c42v0VsZO2
吉田調書の内容をリアルと思った時点で、政府東電の思惑に乗せられている。

13. 2014年9月11日 23:44:32 : GYNCe3N7wQ
そもそも公開された調書は本物なのか?
調書の内容が事実かどうかはまた別問題だし。

14. 2014年9月12日 03:09:19 : FfzzRIbxkp
ただし、吉田調書を読まなければ、何もわからない。

吉田所長は11日の時点で炉心損傷に至っている可能性が大だと認識していたし、
12日には、水位計が全くあてにならず、原子炉の水位が確認できない状態になっていたと。

私たちはあの時の報道で、原子炉の水位がどれくらいあるのかという情報をずっと聞いていたよね。

その報道が全部うそだったということ!

原子炉の水位が確認できないのならば、周辺住民の避難は検出されている放射性物質の線量を基準にするのは間違いになりませんか。

3月11日の時点で、吉田所長は炉心損傷に至っている可能性は大だと認識していたのならば、東電関係者がいち早く東京から避難したという避難行動こそが、本来の避難のあり方ではありませんか。


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