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製造業で雇用が失われても問題ない? −年収は「住むところ」で決まる[特別連載1](プレジデント)
http://www.asyura2.com/14/hasan87/msg/788.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 5 月 19 日 12:49:10: igsppGRN/E9PQ
 

製造業で雇用が失われても問題ない? −年収は「住むところ」で決まる[特別連載1]
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140519-00012592-president-bus_all
プレジデント 5月19日(月)11時15分配信


 あなたの年収は、学歴よりも住所で決まっている、と言われたらにわかに信じられるでしょうか?  先進国と途上国の給与格差の話ではありません。同じ国内です。アメリカでは、雇用の集中する都市と雇用が流出する都市の給与水準の格差が拡大し、ついに学歴の差を上回るインパクトを個人の給与水準に与えるに至りました。成長する都市の高卒者と衰退する都市の大卒者の年収が逆転しているのです。
 カリフォルニア大学バークレー校の気鋭の経済学者、エンリコ・モレッティの新著『年収は「住むところ」で決まる』では、この現象を「イノベーション産業の乗数効果」で説明しています。イノベーション系の仕事(たとえばエンジニア)1件に対し、地元のサービス業(たとえばヨガのインストラクター)の雇用が5件増えることがわかっています。この乗数効果は製造業2倍以上。この差が都市格差を拡大させ続けています。ものづくりにこだわる日本の針路についても考えさせられます。
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 ※本連載では、プレジデント社の新刊『年収は「住むところ」で決まる』から「日本語のための序章」を抜粋して<全4回>でお届けします。

■拡大する一国内での地域経格差

 中国とインドでは毎年、何百万人もの農民たちが故郷の村を離れ、無秩序に広がる都市に移り住み、増え続ける工場のいずれかで職に就いている。日本やアメリカなどの先進国で暮らす人たちは、そうした巨大な工場が生み出す膨大な数の雇用、工場からひっきりなしに吐き出される工業製品の数々、そして、これらの国の目を見張るような生活水準の向上を、驚きと恐れの入り混じった思いで見ている。先進国の住人がおそらく忘れているのは、それがそう遠くない昔の自分たちの姿にほかならないということだ。彼らも数十年前、低所得社会から中流社会への移行を成し遂げた。その際に原動力になった要素も、いまの中国やインドと同じだった。それは製造業の旺盛な雇用である。

 第2次世界大戦が終わったころ、日本とアメリカの家庭は、今日に比べるとまだ貧しかった。乳幼児の死亡率は高く、給料も安く、消費に回せる金も少なかった。冷蔵庫や洗濯機などの家電製品は珍しく、新しい靴を買うのは、ほとんどの人にとって人生の一大イベントだった。テレビをもっている家庭もほんの一握りにすぎなかった。

 しかしその後の30年ほどの間に、日本とアメリカの社会は、人類の歴史上有数の急激な変化を経験する。所得は急上昇し、社会のあらゆる階層で消費が飛躍的に拡大した。国内のあらゆる地域の人々がそれまでにない豊かさを実感し、将来に対して楽観的な気持ちをいだくようになった。1975年までに、日本とアメリカの乳幼児死亡率は半分に下がり、生活水準は2倍に上昇。冷蔵庫や洗濯機の価格も安くなり、誰でも買えるようになった。新しい靴を買うのは人生のありふれた1コマとなり、大半の家庭がテレビを保有するようになった。日本とアメリカの社会は、わずか1世代の間に中流社会に変貌したのである。

 この時期の中流層の所得増と切っても切れない関係にあったのが、自動車、化学、電動工具といった製造業における生産性の向上だった。当時、多くの人は、工場で安定した高賃金の職に就くことをめざした。そうすれば、文化的にも経済的にも中流層の生活を満喫できた。マイホームを買い、週末は家族と過ごし、夏休みは旅行に出かけられた。工場でよい職に就ければ、豊かさと明るい未来が約束された時代だった。

 1980年代に入ると、それが変わりはじめ、1990年代以降は、変化がますます加速している。日本でもアメリカでも、この20年ほど、グローバル化と技術の進歩により、製造業の雇用が減少してきた。製造業が下り坂になると、中流層の給料も伸び悩んだり、頭打ちになったりするようになった。自国が衰退期に突入したのではないかと、不安になるのも無理はない。しかし、経済の状況はそんなに単純ではない。昨今の経済論議では見落とされがちだが、一国の経済のある部分が経済的に苦しんでいるなかで、別の部分が繁栄を謳歌しているケースがある。とくに際立っているのは、一国内での地理的な格差が拡大してきていることだ。

■30年で人口が300倍になった都市

 世界経済の地図は、近年急速な変化を遂げてきた。きわめて大きな変化が空前のペースで進行しているのだ。新しい経済的エネルギーの集積地がその地図の上に出現する一方で、古い経済的中心地が退場しつつある。発展している都市もあるが、逆に衰退の道を歩んでいる都市もある。一昔前まで世界経済の地図上でケシ粒のような存在だった町が巨大都市に変貌し、何千もの新しい企業と何百万もの雇用を生み出しているケースもある。新しい経済の都が登場し、古い都に取って代わろうとしているのである。

 世界経済の勢力図がどのように変化してきたかは、中国の沿岸部の都市、深センを見ればよくわかる。もし、あなたがこの町の名前を聞いたことがないとしても、今後はたびたび耳にするようになるだろう。深センは世界経済の新しい都の一つであり、いま世界で最も急速に成長している都市の一つでもある。わずか30年ほどの短い期間に、この町は小さな漁村から、1000万人を超す人口を擁する巨大都市に様変わりした。アメリカにも、ネバダ州のラスベガスやアリゾナ州のフェニックスなど、30年で人口が倍増した都市があるが、深センは同じ期間に人口を300倍に増やし、世界の製造業の都にのし上がった。

 深センの台頭に注目すべきなのは、それが日米の製造業の衰退とほぼ表裏一体の関係にあるからだ。30年前、深センという町を知る人は、中国の広東省の外に出ればほとんどいなかった。この町の運命が――そして、日本とアメリカの製造業で働く何百万人もの人たちの運命が――決まったのは、1979年のことだ。この年、中国指導部が経済特区の一つとして深センを選んだのである。新設された経済特区には、たちまち外国から大量の投資が流れ込むようになり、何千もの新しい工場がつくられた。日本とアメリカの製造業雇用の多くは、そうした工場に流出していった。

 アメリカの工業都市であるデトロイト(ミシガン州)やクリーブランド(オハイオ州)が衰退するのを尻目に、深センは大きく成長した。いま好景気に沸いている都市を見たければ、深センを訪ねればいい。あらゆる業種の大規模な生産施設が町を埋め尽くしている。毎週のように新しい超高層ビルが出現し、新しいオフィスや住宅が生まれている。高給の働き口を求めて農村から多くの人がひっきりなしに流れ込み、働き手の数も増え続けている。中国の人々の間では、「高層ビルが1日に1棟、大通りが3日に1本」のペースで生まれていると言われるくらいだ。この町の混み合った道を歩けば、旺盛なエネルギーと楽観的な雰囲気を肌で感じ取れるだろう。

 深センは、中国屈指の経済活動の中心地であり、この20年は中国最大の輸出拠点でもある。いまや深センの港は、世界的に見ても異例の活況を呈している。広大な港湾施設に背の高いクレーンが林立し、貨物列車や大型トラック、色とりどりのコンテナがひしめき、24時間休むことなくコンテナが巨大な貨物船に積み込まれてアメリカ西海岸などへ運ばれていく。港を出ていくコンテナは、年間にざっと2500万個。1秒に1個近いペースだ。出航して2週間足らずでアメリカ西海岸の港に到着した工業製品は、またトラックに載せられて、ウォルマートの物流センターやIKEAの倉庫型店舗、アップルストアなどに運ばれる。

 深センは、アップルのスマートフォン「iPhone」やタブレット型端末「iPad」が組み立てられている場所でもある。iPhoneは、経済のグローバル化の申し子と言っていいだろう。この製品が生産されるプロセスに着目すれば、グローバル化が雇用の分布をどのように変えつつあるかが見えてくる。日本とアメリカの労働者が直面している困難の本質も浮き彫りになる。

 昔、IBMやヒューレット・パッカード(HP)といったアメリカの大手コンピュータ企業は、製品を自社でつくっていて、工場は従業員の住んでいるアメリカ国内にあった。しかし今日、アップルの従業員がiPhoneを1台1台製造することはない。製造はアジアの何百社もの業者にアウトソーシングされているのだ。そのサプライチェーンは、経済的に見ればきわめて理にかなっており、まさに芸術の域にまで磨き上げられている。アップルは、おしゃれな製品のデザインと同じくらい、サプライチェーンのデザインにも力を入れている。

 iPhoneは、カリフォルニア州クパティーノのアップル本社にいるエンジニアたちが考案し設計した。生産プロセスの中でいまも全面的にアメリカ国内でおこなわれているのは、こうした製品デザイン、ソフトウェア開発、プロダクトマネジメント、マーケティングといった高付加価値の業務だけだ。この段階では、人件費を抑えることはさほど重要でない。創造性、創意工夫の才、アイデアの創出のほうが重んじられる。

 一方、iPhoneに用いられている電子部品の製造は、主にシンガポールと台湾でおこなわれている。これらの部品は最先端のものではあるが、その製造過程は、iPhoneのデザイン過程ほどは知識集約的でない。生産プロセスの最後には、最も労働集約的な段階がひかえている。部品の組み立て、在庫の保管、製品の箱詰めと発送などである。この段階で最も重んじられるのは、人件費の安さだ。これらの業務は深セン近郊でおこなわれており、アップルの下請けである台湾のフォックスコン(富士康)という企業がそれを取り仕切っている。

 世界有数の規模を誇る工場で働く労働者は40万人。敷地内に、寮や商店、映画館まであり、工場というより、さながら一つの町だ。労働者は、たいてい12時間連続で勤務し、日々のほとんどの時間を工場の敷地内で過ごす。もしあなたがアメリカに住んでいて、オンライン通販でiPhoneを購入すれば、商品は深センから直接アメリカに配送される。あなたの手に届くまでに、最終製品に物理的に手を触れるアメリカの労働者はただ1人――宅配業者のドライバーだけだ。

■製造業で雇用が失われても問題ない

 iPhoneの物語は、一見アメリカや日本などの先進国の住人にとって気がかりなものに思えるだろう。iPhoneはアメリカの象徴のような商品で、世界中の人々を魅了している。それなのに、アメリカの労働者が主要な役割を担っているのは、イノベーションの段階だけだ。高機能の電子部品の製造も含めて、生産プロセスのそれ以外の段階は、シンガポールと台湾にあらかた流出してしまった。不安になるのは無理もない。今後、雇用はどうなるのか?  アメリカだけでなく、日本や韓国にはじまり、イギリスやドイツにいたるまで、所得の高い国の国民は同じ不安を感じている。

 アメリカの状況は、そうしたほかの国々にも参考になるだろう。過去半世紀、アメリカ経済は、物理的な製品をつくることを中心とする産業構造から、イノベーションと知識を生み出すことを中心とする産業構造へ転換してきた。アメリカは製造業の雇用のほとんどを失ったが、これまでのところ、イノベーション産業の雇用はしっかり維持されている。大半の新興国は、最近まで高度な技能を要求されない労働集約的な製造業に力を注ぎ、主として価格の安さを武器に競争してきた。

 いずれは、そうした国々も「デザインド・イン・カリフォルニア(=カリフォルニアでデザインされた)」製品を量産するだけの役割では満足できなくなるかもしれない。そのとき、多くの新興国はイノベーションに本腰を入れはじめるだろう。現にインドのバンガロールには、いわばインド版シリコンバレーが栄えており、IT産業が発展してきている。中国もすでに、ヨーロッパのすべての国より多くの特許を新たに生み出すようになっており、テクノロジー産業が年々成長している。

 それでも、アメリカや日本のような国はイノベーション産業に非常に強い比較優位をもっており、何十年も先まで先頭を走り続けられるだろう。なぜそう言えるのか?  昨今のグローバル経済をめぐる議論ではしばしば見落とされているが、アメリカや日本の経済がある特徴をもっているからだ。本書では、その特徴を明らかにし、それが雇用にとってどうして重要な意味をもつのかを論じていきたい。

 ここではさしあたり、このような楽観的な見方が単なる机上の空論ではないことを指摘しておこう。アメリカのイノベーション関連の雇用が減っていないことは、データにもあらわれている。むしろ、この分野の雇用は爆発的に増えている。メディアでは、新興国へのアウトソーシングばかりが話題になるが、アメリカのイノベーション産業の優位は強まりこそすれ、弱まってなどいない。イノベーション産業は、雇用と経済的繁栄の原動力の一つになりつつある。本書で見ていくように、その恩恵を受けるのは、教育水準が高くテクノロジーに精通した人だけではない。イノベーション産業の成長は、そうした産業で働いていない人も含めて、すべての働き手にきわめて大きな恩恵をもたらす。その点では、教育レベルの低い人たちも例外ではない。

 ただし、よいニュースばかりではない。このような経済の変容は、同じ地域内に勝者と敗者を生み出し、地域間や都市間では、雇用と人口と富の移動を空前の規模で引き起こしはじめている。新しいイノベーションハブ(イノベーションの拠点)が成長し、旧来の製造業の都市が衰退しつつあるのだ。しかも、勝者と敗者の格差はこれまでにない速さで拡大している。それは偶然の結果ではなく、イノベーション産業の台頭を突き動かしたのと同じ経済的要因がもたらす必然の結果だ。アメリカの成長エンジンが成功を収めることにより、地域間の経済格差が拡大している――そんなジレンマが生じているのである。そして以下で論じるように、誰がその勝者と敗者かは、一般のイメージとはだいぶ違う。

エンリコ・モレッティ


 

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コメント
 
01. 2014年5月20日 07:38:49 : nJF6kGWndY

極端に、年収が「住むところ」で決まる ケースも結構あるね

http://jp.reuters.com/article/jp_blog/idJPKBN0DW0NR20140516
ブログ:マクドナルドで時給2100円稼げる国
2014年 05月 16日 19:01 JST
Louise Marie Rantzau (外部寄稿者)

[15日 ロイター] - 私はマクドナルドで働き、21ドル(約2100円)の時給をもらっている。タイプミスではない。それが本当に私の給料だ。

私はデンマークのマクドナルドで働いている。そこでは労働組合と会社との合意により、18歳を超える従業員には最低時給21ドル、18歳未満には同15ドルが保証されている。

つまり、デンマークのマクドナルドで働く10代の若者は、米国の同社で働く多くの成人従業員の2倍以上稼いでいることになる。

ファストフード店で働くことが良い仕事であるはずがないと言う人に、私は自分の仕事が「悪くない」と答えるだろう。

実際、良い部分もある。組合とマクドナルド側との取り決めでは、例えば、多くの諸外国で労働者らがその実現のために闘っている有給の病気休暇が与えられる。他の大部分の国とは違い、残業手当や最低週2日の休暇もある。どんなレストランでも、少なくとも10%の従業員は週に最低30時間働く必要がある。

しかし、私は先週ニューヨークで、世界各国のファストフード店で働く、自分ほど幸運ではない人たちと会う機会を得た。私たちは公正な給与と職場での尊厳を要求しながら、マンハッタンのミッドタウンをデモ行進した。

私が会った多くの米国従業員は、時給が9ドル未満だ。デンマークではファストフード店で働くほとんどが副収入を得ようとする学生だが、米国では圧倒的多数が家族を支えるために働く成人だ。最近の調査では、約70%が20代かそれ以上で、25%以上が子どもを育てている。

例えば、私が会ったジェシカ・デービスという女性は、シカゴのマクドナルドで働き、4歳と生後4カ月の2人の娘を持つ。そこで4年間勤務しているが、時給は8.98ドルで、勤務スケジュールは不安定だ。

どうしてファストフード企業は、従業員に懸命に働くことを望む半面、生活できるだけの給与を支払わないことができるのだろう。マクドナルドのような大企業で巨額の利益計上を支えている、すべてのファストフード店従業員が、彼ら自身の生活を支えられるようにするべきだ。

また、デンマークで私たちがそうであるように、従業員は職場で発言権を与えられるべきで、マクドナルドはすべての国で労働者の権利を尊重し、彼らが組合を作り声を上げられるようにすべきだ。

私たちはかつて、マクドナルドから組合結成を認められず、そのために闘う必要に迫られた。それは多くのデモが行われた5年にわたる争いで、同じような活動は15日、世界各地に広がった。

私もデンマークで、そうしたデモに参加するつもりだ。

*筆者はデンマークのマクドナルドに6年間勤務する従業員。このブログは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。


02. 2014年5月20日 17:42:07 : nJF6kGWndY
http://president.jp/articles/-/12593
世界は「フラット化」などしていない −年収は「住むところ」で決まる[特別連載2]
2014年05月20日(Tue) Enrico Moretti
 あなたの年収は、学歴よりも住所で決まっている、と言われたらにわかに信じられるでしょうか? 先進国と途上国の給与格差の話ではありません。同じ国内です。アメリカでは、雇用の集中する都市と雇用が流出する都市の給与水準の格差が拡大し、ついに学歴の差を上回るインパクトを個人の給与水準に与えるに至りました。成長する都市の高卒者と衰退する都市の大卒者の年収が逆転しているのです。
 カリフォルニア大学バークレー校の気鋭の経済学者、エンリコ・モレッティの新著『年収は「住むところ」で決まる』では、この現象を「イノベーション産業の乗数効果」で説明しています。イノベーション系の仕事(たとえばエンジニア)1件に対し、地元のサービス業(たとえばヨガのインストラクター)の雇用が5件増えることがわかっています。この乗数効果は製造業2倍以上。この差が都市格差を拡大させ続けています。ものづくりにこだわる日本の針路についても考えさせられます。
※本連載では、プレジデント社の新刊『年収は「住むところ」で決まる』から「日本語版のための序章」を抜粋して<全4回>でお届けします。

繁栄の新しいエンジン

イノベーションは、雇用に大きな影響を及ぼす。しかも、その影響力は強まる一方だ。今日の経済では、生産プロセスにおけるイノベーションの段階がどの土地でおこなわれるかが、これまでになく大きな意味をもつようになっている。製品に最も大きな価値を加えるのは、イノベーションの段階だからだ。いかなる物理的な部品よりもアイデアが重要な時代がやって来たのである。部品をつくることはさほど難しくないので、それだけでは大きな価値を生み出せない。歴史上はじめて、目に見える物体や貴重な天然資源ではなく、革新的なアイデアが希少性をもつようになった。そうなれば当然、新しい製品が生み出す価値から最も大きな取り分を手にするのは、イノベーションを担う人たちということになる。

iPhoneは634種類の部品で構成されている。そのなかで、ナットやボルトのようなありきたりの部品がつけ加える価値は非常に小さい。そうした部品は、価格競争がきわめて激しい業界でつくられており、世界のどこでも製造できるからだ。それよりは専門性の高いフラッシュメモリーやコントローラーチップなどの部品は、いくらか大きな価値をつけ加えられるだろう。しかし、iPhoneの価値のかなりの部分は、この商品の発案とデザインが生み出している。だからこそ、アップルはiPhone1台ごとに321ドルという、どの下請け業者よりも多くの金を得ているのだ。

ひとくちにイノベーション関連の仕事と言っても、さまざまな種類がある。IT、ソフトウェア、オンラインサービス、ナノテクノロジー、クリーンテクノロジー、それにバイオテクノロジーをはじめとするライフサイエンスがその一部であることは間違いない。しかし、コンピュータとソフトウェアが深く関係している分野だけがイノベーション産業ではない。新しいアイデアと新しい製品を生み出していれば、その産業はイノベーション産業とみなせる。エンターテインメント、環境、マーケティング、金融サービスなども含まれる場合があるだろう。

それらに共通するのは、ほかの人がまだつくっていない製品やサービスを生み出していることだ。今日の経済では、そういう産業に金が流れ込む。それは、企業の収益や国の誇りにとって大きな意味をもつだけでなく、良質な雇用を生み出すという非常に大きな効果も生む。理由は単純だ。アップルがiPhoneを1台売るごとに受け取る321ドルのうち、一部は同社の株主の懐に入るが、残りはクパチーノのオフィスで働く従業員のものになる。また、アップルはきわめて高い利益率を誇っているので、イノベーションを継続するために投資しようというインセンティブが働き、人材を雇い続ける。イノベーションの面で優れている企業ほど、従業員に支払う給料が高いことも、いくつもの研究によりわかっている。

IT産業においては製造業を上回る規模と速度でアウトソーシングが進み、いずれ完全にアウトソース化されると予測する論者は多い。ハイテク関連の仕事は工場に出勤しておこなう必要がないので、イノベーション産業の雇用の大半は、最終的には低賃金の国に出ていってしまうというわけだ。きわめて悲観的な予測だが、一見すると正しそうに思える。たとえば、インドでは、年に4万ドル支払えば経験豊富なソフトウェア・エンジニアを雇えるが、シリコンバレーや東京では、その数倍の給料を支払っても平均レベルのエンジニアしか雇えない。アメリカや日本の企業は当然、自国内でエンジニアを雇う代わりに、インドにアウトソーシングして人件費を節約しようとするのではないか?

トーマス・フリードマンはグローバル化をテーマにした著書『フラット化する世界』(邦訳・日本経済新聞出版社)で、携帯電話、電子メール、インターネットの普及によりコミュニケーションの障壁が低くなった結果、ある人が地理的にどこにいるかは大きな意味をもたなくなったと主張した。この考え方によれば、シリコンバレーのような土地は存在感を失っていくことになる。シリコンバレーが栄えているのは、ハイテク関連の仕事をする人たちが密集しているため、緊密に連携しやすいからだ。しかし、人と人が物理的に接触する必要がなくなれば、こういう土地の強みは失われてしまう。

もっともらしい議論だが、データを見るかぎり、現実の世界ではこれと正反対のことが起きている。アメリカのイノベーション関連の雇用は増えており、その増加ペースはほかのあらゆる業種を大きく上回っている。製造業の雇用の縮小をもたらした2つの要因、すなわちグローバル化と技術の進歩が、イノベーション産業の雇用を増やす原動力になっているのだ。この10年間、インターネット、ソフトウェア、ライフサイエンスの3部門の雇用は、それ以外の業種全体の8倍以上のペースで拡大してきた。もしすべての業種でこの3部門と同じペースで新規雇用が生まれていれば、いまアメリカには失業が発生していない。それどころか、赤ちゃんやお年寄りも含めて1人の国民を4つの雇用主が奪い合っている計算になる。このようにイノベーション産業の雇用が飛躍的に拡大したのは、単に運がよかったからではない。3つの強力な経済的要因が作用した結果だ。この点については後述する。

イノベーション産業の成長は、グーグルのような企業に勤めている人には朗報だろうが、ハイテク関連以外の仕事に就いている人にはまったく無関係だ――そんなふうに思っている人が多いかもしれない。高度な技能をもたない人はとりわけ、自分には縁のない話だと感じていることだろう。先進国でも勤労者の過半数は大学を卒業しておらず、ましてやハイテク分野で働くわけではない。それなのになぜ、あらゆる人がイノベーション産業のことを気にするべきなのか? 実は、イノベーション産業の成長により恩恵を受けるのは、ハイテク企業に雇われる高学歴者――科学者やエンジニア、新しいアイデアのクリエーターたち――だけではない。この種の業界で働いていない人や、高度な技能をもっていない人も含めて、あらゆる人がその恩恵に浴する。どうして、そんなことが起きるのか? 理由は2つある。

イノベーション産業が先進国の雇用に占める割合は、いまだに小さい。重要性が急速に増しているとは言っても、すべての雇用の過半数を占める日は今後も訪れないだろう。ほとんどの先進国の経済では、雇用の3分の2を地域レベルのサービス業が占めている。教師や看護師、小売店やレストランの店員、美容師や弁護士、大工や心理セラピストなどの仕事だ。この点は、アメリカでも日本でも、ヨーロッパでも変わらない。しかし、地域レベルのサービス業は、雇用の大多数を生み出してはいるが、繁栄の牽引役にはなりえない。ほかの産業に引っ張られて経済が繁栄してはじめて、サービス業が栄える。人々の生活水準を向上させるためには、労働者の生産性を引き上げる必要があるが、サービス業の生産性は大して変わりようがないからだ。心理セラピストがセラピーをおこなうのに要する時間は、フロイトの時代からさほど変わっていないだろう。美容師が髪を切り、整えるのにかかる時間も、レストランで客の世話をするために必要なウェーターの数も、昔とあまり変わっていない。

50年前、経済の生産性向上を牽引していたのは製造業だった。製造業があらゆる産業の労働者の賃金を引き上げていたのだ。その役割は、製造業からイノベーション産業にバトンタッチされた。ほとんどの労働者の賃金増は、いまやイノベーション産業の首尾にかかっている何十年もの間、経済の繁栄のエンジンであり続け、あらゆる業種の労働者の生活水準を向上させる役割を一手に担ってきた製造業が縮小しはじめたことは、社会にとって重大な問題だ。だからこそ、それに代わるイノベーション産業の成長が切実に必要とされているのである。それは、この産業の雇用だけでなく、国の経済全体に大きな影響を及ぼす。


03. 2014年5月20日 19:42:14 : AzJlLSHeKo
話が逆。

アメリカの大金持ちが金持ち優遇の政策をとる地方自治体にフェンスとガードマンに守られた場所にまとまってすむようになってきたためであって住むところとの相関は結果的に出てきたもの。

日本でも田園調布や芦屋は新興成金がこぞって住むようになっている。


04. 2014年5月22日 18:02:53 : nJF6kGWndY
>>03

集積効果だな

http://president.jp/articles/print/12595
大卒者の多い都市の給料は高い −年収は「住むところ」で決まる[特別連載3]
2014年05月21日(Wed) Enrico Moretti
 あなたの年収は、学歴よりも住所で決まっている、と言われたらにわかに信じられるでしょうか? 先進国と途上国の給与格差の話ではありません。同じ国内です。アメリカでは、雇用の集中する都市と雇用が流出する都市の給与水準の格差が拡大し、ついに学歴の差を上回るインパクトを個人の給与水準に与えるに至りました。成長する都市の高卒者と衰退する都市の大卒者の年収が逆転しているのです。
 カリフォルニア大学バークレー校の気鋭の経済学者、エンリコ・モレッティの新著『年収は「住むところ」で決まる』では、この現象を「イノベーション産業の乗数効果」で説明しています。イノベーション系の仕事(たとえばエンジニア)1件に対し、地元のサービス業(たとえばヨガのインストラクター)の雇用が5件増えることがわかっています。この乗数効果は製造業2倍以上。この差が都市格差を拡大させ続けています。ものづくりにこだわる日本の針路についても考えさせられます。
※本連載では、プレジデント社の新刊『年収は「住むところ」で決まる』から「日本語版のための序章」を抜粋して<全4回>でお届けします。

給料は技能より「どこに住んでいるか」で決まる

イノベーション産業の成長があらゆる人にとって大きな意味をもつ理由はもう一つある。

「雇用の増殖」とでも呼ぶべき魔法のような現象が生まれるのである。イノベーション関連の産業は、その分野の企業が寄り集まっている地域に高給の良質な雇用をもたらす。それが地域経済に及ぼす好影響は、目に見える直接的な効果にとどまらない。研究によると、ある都市に科学者が1人やって来ると、経済学で言うところの「乗数効果」の引き金が引かれて、その都市のサービス業の雇用が増え、賃金の水準も高まることがわかっている。

ハイテク産業は、雇用全体に占める割合はごく一部にすぎなくても、地元に新しい雇用を創出する力は飛び抜けて強い。都市全体の視点に立つと、ハイテク産業で雇用が1つ増えることには、1つの雇用が増える以上の意味がある。この産業は、地域経済のありようを大きく左右する力をもっているのである。

私の研究によれば、都市にハイテク関連の雇用が1つ創出されると、最終的にその都市の非ハイテク部門で5つの雇用が生まれる。雇用の乗数効果はほとんどの産業で見られるが、それが最も際立っているのがイノベーション産業だ。その効果は製造業の3倍にも達する。なぜそうなるのかは後述するが、ここでは、この事実が地域の経済発展戦略にきわめて重要な、そして意外な意味をもつことを指摘しておきたい。ある自治体が技能の乏しい人たちのために雇用を創出したければ、皮肉なことに、高い技能の持ち主を雇うハイテク企業を誘致するのが最善の方法だということになるのだ。

経済を構成する要素は互いに深く結びついているので、人的資本(技能や知識)に恵まれている働き手にとって好ましい材料は、同じ土地の人的資本に恵まれない人たちにも好ましい影響を及ぼす場合が多い。海の水位が上がれば、海に浮かんでいるボートすべてが上に押し上げられるのに似ている。同じ都市で暮らす人たちの間には、このような現象がしばしば見られる。その結果として、今日の先進国では、社会階層以上に居住地による格差のほうが大きくなっている。

もちろん、グローバル化と技術の進歩は押しとどめようがなく、この2つの要因の影響を強く受ける経済では、教育レベルの低い働き手より教育レベルの高い働き手のほうが有利なことは間違いない。しかし、雇用と給料がこの2つの要因からどのような影響を受けるかは、個人がどういう技能をもっているかより、どこに住んでいるかに左右される。同じように技能の低い働き手でも、ハイテク産業の中心地に住む人はグローバル化と技術の進歩の恩恵を受け、製造業都市に住む人は打撃をこうむる可能性があるのだ。

イノベーションが社会にもたらす恩恵は計り知れない。病気を治療するための新しい薬や、新たなコミュニケーションと情報共有の方法、環境にやさしい新たな輸送・交通手段などがそうだ。これらの恩恵は、地球上のほぼすべての消費者が手にできる。一方、イノベーションは新たに良質な雇用を生み出すという面でもきわめて大きな恩恵をもたらすが、こちらの恩恵は世界のごく一部の土地に極端に集中している。

イノベーション産業の成長は、どうしても勝者と敗者の間に富の偏在を生んでしまう。本書では、アメリカの労働市場でなにが起きているかを見ていくが、それを通じて、この先数十年の間に、世界の多くの国の労働市場がどう変わるかも見えてくるだろう。今日のアメリカの経済地図を見ると、3つのアメリカが存在していることが見て取れる。高度な技能をもった働き手が集まっていて、イノベーションが力強く推し進められている都市は、急速な成長を遂げている。そこには新しい良質な雇用が生み出され、それに引きつけられて優秀な働き手がますます集まってくる。それと対照的なのは、旧来型の製造業が君臨していた都市だ。

このような都市は長期にわたって凋落し続けており、雇用と人的資本の流出が起きている。そして両者の中間には、以上のどちらのタイプに変貌していくかまだ見えてこない都市がたくさんある。この3つのアメリカを隔てる距離はますます広がっている。こうした経済的格差の拡大は数十年前に始まり、そのペースは加速してきた。最初、この「大分岐」とでも呼ぶべき現象は経済の分野だけにとどまっていたが、年を追うごとに、文化的アイデンティティや政治的価値観の差異も拡大しはじめている。

以下で見ていくように、こうした潮流は偶然の産物ではない。それは、イノベーションに基盤を置く経済の基本的性格から生まれる必然の結果だ。従来型産業を中心とする経済と異なり、知識経済ではどうしても繁栄が一部に集中しやすい。この新しい経済は先手必勝の性格が強く、都市がどのような未来を迎えるかは、それまでの歩みによって決まる面が大きい。繁栄している都市はますます繁栄していく。イノベーションに熱心な企業は、イノベーションに熱心な都市を拠点に選ぶ傾向があるからだ。イノベーション分野の良質な雇用を創出し、高度な技能をもった人材を引き寄せた都市は、そういう雇用と人材をさらに呼び込めるが、それができない都市はますます地盤沈下が進むことになる。

こうした傾向は、アメリカほどではないにせよ、日本や多くのヨーロッパ諸国、カナダでも見られる。将来は、最近になって工業化を遂げたアジアの国でも同様のことが起きるだろう。高度な技能の持ち主が大勢集まっている都市が豊かなのは、大学卒業者が多く、そういう人たちが高い給料を受け取っていることだけが理由ではない。そういう理由であれば、興味深い話ではあるが、別に意外ではないだろう。

しかし実際には、もっと大きなメカニズムが作用している。ある人がどの程度の教育を受けているかは、その人自身が得る給料の額だけでなく、その人の暮らす地域全体にも影響を及ぼすのである。ある土地に大学卒業者が多くなれば、その土地の経済のあり方が根本から変わり、住民が就くことができる職の種類と、全業種の労働者の生産性に好影響が及ぶ。最終的に、そういう土地では、高度な技能をもっている働き手だけでなく、技能が乏しい働き手の給料も上がっていくのだ。


05. 2014年5月23日 22:06:40 : nJF6kGWndY
http://president.jp/articles/print/12596
イノベーション産業はなぜ地価の高い都市に集まるのか? −年収は「住むところ」で決まる[特別連載4]
2014年05月22日(Thu) Enrico Moretti
 あなたの年収は、学歴よりも住所で決まっている、と言われたらにわかに信じられるでしょうか? 先進国と途上国の給与格差の話ではありません。同じ国内です。アメリカでは、雇用の集中する都市と雇用が流出する都市の給与水準の格差が拡大し、ついに学歴の差を上回るインパクトを個人の給与水準に与えるに至りました。成長する都市の高卒者と衰退する都市の大卒者の年収が逆転しているのです。
 カリフォルニア大学バークレー校の気鋭の経済学者、エンリコ・モレッティの新著『年収は「住むところ」で決まる』では、この現象を「イノベーション産業の乗数効果」で説明しています。イノベーション系の仕事(たとえばエンジニア)1件に対し、地元のサービス業(たとえばヨガのインストラクター)の雇用が5件増えることがわかっています。この乗数効果は製造業2倍以上。この差が都市格差を拡大させ続けています。ものづくりにこだわる日本の針路についても考えさせられます。
※本連載では、プレジデント社の新刊『年収は「住むところ」で決まる』から「日本語版のための序章」を抜粋して<全4回>でお届けします。

イノベーション産業は一極集中する

先進国で地域間格差が拡大していることは、見過ごせない問題だ。3つのアメリカの間の格差はなによりもまず経済的なものだが、それは人々の暮らしのそのほかの領域にも波及しはじめている。健康、家族生活の安定、政治への影響力などの格差も拡大しつつあるのだ。このまま放置されれば、その傾向は今後も続き、さらに加速する可能性が高い。

このような潮流は、どうして生まれたのか? イノベーション産業が集まっている土地が世界地図のどういう場所に存在しているかというパターンには、一見するとなんの脈絡もなさそうに思える。ハイテク産業が栄えている土地に共通する地理的な強みがあるようには見えない。シリコンバレーでシリコン(半導体の主な原料)が採れるわけではないし、東京がハイテク関連の研究開発で強みを発揮する必然的な理由があるとも思えない。むしろ、イノベーション産業の集積地はたいてい地価の高い場所にあるので、ビジネス上の選択として賢明でないようにも思える。では、もっと地価の安い都市に行こうと思えば行けるのに、イノベーション産業はどうして地価の高い一握りの都市に寄り集まるのか?

それは、イノベーションの集積地に拠点を置くことで、企業が競争上の強みを手にできるからだ。集積効果が発揮されることによって、労働市場の厚みが増し、イノベーション産業のためのビジネスインフラが整い、そしてなにより、知識の伝播が促進される。これらの集積効果がなぜ生まれ、それがなぜ強まっていくのかは、後述する。ここでとりあえず理解してほしいのは、ある土地にいくつかのハイテク企業がやって来ると、その土地の経済のあり方が変わり、ほかのハイテク企業もそこにやって来たいと感じるようになって、ハイテク産業の集積がさらに進む、という図式だ。そうした土地では、高い技能をもつ働き手がイノベーション関連の職を求め、イノベーション関連企業も高い技能をもつ人材を求める結果、企業の集積と人材の集積が相互補完的に安定して持続される場合が多い。

前述の3つの集積効果が期待できるので、イノベーション関連企業はそういう場所にきわめて強い魅力を感じる。ひとことで言えば、このような環境では、全体が個々の部分の総和以上のものを生み出すことができるのだ。ある程度の規模をもったイノベーションハブでは、高い技能をもった人材と専門性の高い下請け業者や納入業者がふんだんに集まっていて、活発に知識の交換がおこなわれる環境があるので、ハイテク企業はいっそう創造性と生産性を高めていける。

イノベーション産業には、従来型の産業と異なる点がある。従来型の生産活動が比較的容易に海外に拠点を移せるのに対し、イノベーションに取り組む企業を移転させることはずっと難しい。オモチャや繊維製品をつくる工場をアメリカや日本からまったく別の国へ、たとえば中国やインドへ移すことはさほど難しくない。この種の製品はおおむね、世界のたいていの場所で製造できる。鉄道や港が近くにありさえすれば、どこに工場を置いても大きな違いはない。

しかし、イノベーション重視の企業は、そうはいかない。バイオテクノロジー関連の研究所やソフトウェア企業をいきなりどこかへ移転させれば、イノベーションを生み出す力を失ってしまうだろう。イノベーションとは、そんなに簡単なものではない。孤立した環境ではけっして革新的なアイデアを生み出せない。イノベーションを起こすためには、適切な「エコシステム(生態系)」に身を置くことがきわめて重要だ。とくにハイテク分野の企業が成功できるかどうかは、従業員の質だけでなく、地域の経済環境の質にも左右される。ハイテク産業の盛んな土地にさらに多くのハイテク企業が集まってくるのは偶然ではないのだ。

こうして、ごく一握りの都市に、イノベーション関連の雇用と研究開発投資が極度に集中する結果になっている。このように、単にイノベーション関連の産業が特定の土地に集積しているだけでなく、その状態がずっと続くようにできているのである。テレビ会議、電子メール、インターネットなどの普及が進んでも、集積状態はあまり変わっていない。世界の電話通話、ウェブサイトへのアクセス、投資資金の流れの95%は、比較的近接した地域内で起きている。むしろ、今日のハイテク産業は、20年前に比べて一部の土地への集積がさらに加速している。

イノベーション産業が地理的に集積する性質をもっていることは、単に学術的に興味深い現象というだけでなく、多くの国の未来にとって、きわめて大きな意味をもつ。まず、地域間の格差がますます拡大すると予測できる。古い製造業の中心地から、新しいイノベーションハブへと雇用が流出し続けるからだ。スポーツの世界で、試合に勝つことで弾みがついて、次の試合で勝つ確率がいっそう高まるのと似ている。イノベーションというスポーツで勝利を収めてきた都市はこれからも勝ち続け、ほかの都市はさらに衰退していく。この点を前提にすると、いまアメリカで起きている地理的格差の拡大は、経済の構造的要因が生み出した必然の結果と言える。この結論が政治的にもつ意味は大きい。過去の経済的失敗に足をとられて悪循環に陥っている地域のために政府はなにをすべきか、という問題が持ち上がるからだ。こうした「貧困の罠」を打ち破るうえで政府がどのような困難に直面しているかにも、本書では言及する。

ドットコム・バブルの最盛期だった2000年、識者は口をそろえて「ニューエコノミーの登場により、企業も個人も地理的制約から解き放たれる」と主張した。しかしすでに述べたように、実際には、それとは逆のことが起きている。イノベーション関連の企業が成功できるかどうかは、どのようなエコシステムで活動するかに大きく左右されるのだ。

多くの研究が明らかにしているように、都市は単なる個人の寄せ集めではなく、さまざまな要素が複雑にからみ合っている。そうした環境は、新しいアイデアや新しいビジネスのやり方の創造を後押しする。たとえば、イノベーション関連の企業で働く人たちの間で社交が活発におこなわれれば、学習の機会が生まれ、イノベーション能力と生産性が向上する可能性が高い。聡明な人のそばにいれば、ほかの人たちの聡明さも増し、イノベーションを起こす力も高まるのだ。イノベーションを実践する人たちは、地理的に近い場所に寄り集まることで互いに創造の意欲を刺激し合い、その結果としてますます成功を収めるようになる。このように、ある都市がイノベーション能力に富んだ個人や企業を呼び込むことに成功すれば、その都市の経済が大きく様変わりし、さらに多くのイノベーション関連の人材や企業がその都市に魅力を感じ、そこに集まりはじめる。

私は、貧しい地域が豊かな地域に追いつくことは不可能だ、などと言うつもりはない。事実、世界経済に過去10年で起きた最も大きな変化は、ブラジル、中国、ポーランド、トルコ、インド、さらには一部のアフリカ諸国などの新興国の生活水準が目覚ましいペースで向上したことだ。それにともない、これらの国々と豊かな先進国のギャップが狭まり、世界の所得格差はだいぶ縮小した。この点は喜ばしいことだ。あまり知られていないが、世界規模で見ると、経済的な格差は昔より小さくなっている。格差縮小の実例としては、過去半世紀でアメリカ南部が北部に追いついた歴史も挙げることができる。1960年代、南部の多くの州はアメリカ国内のほかの地域に比べて際立って貧しかったが、その後の数十年間に、ほかの地域を上回るペースで成長を遂げた。

しかしいずれの場合も、追いつくことに成功した地域とそうでない地域があったことを見落としてはならない。オースティン、アトランタ、ダーラム、ダラス、ヒューストンといったアメリカ南部の都市は、南部のほかの都市より急速に成長した。その結果、南部における地域内格差は拡大した。こうした格差は、新興国の国内にも生まれている。中国の上海では、住民1人当たりの所得がすでに先進国に匹敵する水準に達した。学生の共通テストの成績も欧米に大きく水をあけており、公共インフラの質もアメリカのほとんどの都市を上回っている。しかし、中国西部の農村が経験した進歩はずっと小さい。中国全体と豊かな国々の間の格差は縮小したかもしれないが、中国の国内の格差は拡大したのである。

人的資本をめぐる競争

20世紀の大半の時期、よい仕事と高い給料は、目に見える製品をつくることによって生み出されてきた。地域間の競争は、工場の建設や機械の導入のための投資をどれだけ集められるかをめぐるものだった。大規模な製造業を育てることに成功した都市や国は、目を見張る繁栄を謳歌した。アメリカと日本は世界に冠たる製造業を築き、世界経済に君臨する存在になった。

しかし、21世紀は違う。よい仕事は、新しいアイデア、新しい製品、新しいテクノロジーを創造してこそ生み出せる。工場や機械のような物的資本ではなく、人的資本をどれだけ引きつけられるかをめぐって、競争がおこなわれるようになるだろう。そのような時代には、場所の重要性がかつてなく強まる。人は互いに顔を合わせてコラボレーションするとき、最も創造性を発揮できるからだ。ある土地に人材が集積すれば、その土地にさらに人材が集まり、コラボレーションが促される。その結果、一人ひとりの技能がさらに高まり、ますます多くの人材が集まってくる。そうやって、イノベーション能力に富んだ人材を大勢引きつけられた都市や国が経済の覇者になる。

以下の各章では、このような新しい経済の世界を旅していきたい。成長しつつある都市と衰退しつつある都市を探索し、馴染みのない土地にもお馴染みの土地にも足を延ばす。ピクサー社の色彩専門家やサンフランシスコの製本業者も訪ねる。シアトルの最先端の一角であるパイオニアスクエア(以前は薬物依存症患者のクリニックが立ち並んでいた土地だが、いまではジンガやブルーナイルといった活気ある企業が本社を置いている)にも足を運ぶ。ヨーロッパで屈指のカッコいい町でありながら、驚くほど貧しい都市でもあるベルリンも訪ねるし、退屈だけれど驚くほど豊かになったノースカロライナ州のローリー― ダーラム圏も訪ねる。

このような検討を通じて、世界経済の変化が仕事の世界をどのように様変わりさせつつあるかを明らかにしたい。将来、どこに雇用が生まれ、個々の都市や国がどのような運命をたどるかは、そうした経済の新潮流によって決まる。その新しい潮流はどうして生まれたのか? そして、それは私たちのキャリアに、地域社会に、そして生き方に、どのような影響を及ぼすのか? 本書では、これらの問いに答えていく。アメリカがどう変わりつつあるかは、日本の未来を見通すうえで大いに参考になるだろう。


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