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世界でもっとも売れ続けたカローラが守り続けた哲学、進化とは?(週プレNEWS)
http://www.asyura2.com/14/hasan91/msg/252.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 10 月 23 日 07:26:05: igsppGRN/E9PQ
 

初代 1966年10月発表。カローラは、ラテン語で「花の冠」という意味。当時人気だったクラウンの「王の冠」、コロナの「光の冠」に続く、人気車にという願いが込められていた


世界でもっとも売れ続けたカローラが守り続けた哲学、進化とは?
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141023-00037638-playboyz-moto
週プレNEWS 10月23日(木)6時0分配信


「創刊48周年の若者雑誌」という存在の矛盾(笑)を抱える「週刊プレイボーイ」が、さらなる歴史を築いていくため、同じ「1966年生まれ」に聞いた愛され続けるための智恵とは――?

 * * *

世界で最も多く販売されているクルマのブランドは、ワーゲンでもミニクーパーでもない。トヨタのカローラだ。

これまで150以上の国と地域で販売され、生産累計台数はなんと4000万台を超える。国連加盟国が193だから、カローラは文字どおり、地球上のあらゆる国で走っているクルマということになる。

そんなカローラの初代が登場したのは、クーラー、カラーテレビ、カーの「3C」が新・三種の神器として豊かさの象徴とされた1966年11月のこと。

「当時の開発主査、長谷川龍雄が開発コンセプトに掲げたのは『80点主義+α』。クルマの性能のどの部分においても80点以上の合格点を取るのはもちろんですが、お客さまの心をとらえる、ずば抜けた“+α”の魅力を加えるのです。当時のカローラの“+α”は『走る楽しさ=スポーティ性』でした」(トヨタ自動車広報の有田啓介さん。以下同)

その結果、初代カローラには日本初やトヨタ初の技術や仕様、設備などが多く搭載された。

「例えば、シフトレバーは当時主流だったコラムシフトから、スポーティなヨーロッパスタイルのフロアシフトに。また、中型車でも標準装備ではなかった夜間後退時の視界確保に必要なバックアップランプ(後退灯)も“ファミリーカーにこそ必要な装備”と考え、全車標準装備としました」 

11代目 2012年5月発表

カローラに対するトヨタの本気度は、当時の生産体制にも表れていた。

人々は核家族化し、郊外に住み、マイカーを移動手段として使うことが普通になり、日本に爆発的なモータリゼーションの隆盛が起きるーそんな予測もあって、高岡(愛知県豊田市)に1q四方にも及ぶ専用工場を建設。トヨタ全体の月間生産台数がまだ約5万台だった当時に、カローラを月間3万台生産すると発表したのだから、メディアや記者たちが仰天したのも当然だった。

大衆車が軒並み1000tだったなかで、カローラは1100tの小型エンジンを搭載。“プラス100tの余裕”と、43万2000円という廉価をアピールし、発売から3年で国内販売台数ナンバーワンになりました。以来、4、5年ごとにモデルチェンジを行ない、現在は“大人4人が安心・安全・快適に長距離を移動できるミニマムサイズのクルマ≠ニいう原点に回帰した11代目のカローラ・アクシオ、カローラ・フィールダーが販売されています」

48年の歴史の中で36回の国内販売台数ナンバーワンを達成している国民車は、今も健在。2014年上半期の乗用車販売の売り上げランキングの4位だ(日本自動車販売協会連合会調べ)。ちなみに、このランキングのトップ30の中で、高度成長期と車名が変わっていないのはカローラと15位のクラウンだけである。

「ここまでのロングセラーとなったのは、『常に時代を先回りして考える』というカローラの哲学のもとに『進化』し続けてきた成果だと考えています」

最後に、こんなありがたいメッセージをいただいた。

「創刊48周年、おめでとうございます! この先も、50年60年と年輪を重ね、より魅力的になれるようにお互い努力しましょう!」(カローラ・48歳)

(取材・文/佐口賢作)

■週刊プレイボーイ43号「大特集 週プレと“同い年”の人気者に『愛され続けるための知恵』を学びに行く」より


 

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コメント
 
01. 2014年10月25日 00:56:11 : ytIWoEzSFI
1960年代後半は日本も高度成長時代の真っ盛りで、洗濯機、冷蔵庫、掃除機、テレビなど各種電化製品が行き渡り、次のステップに踏み出そうとしていた時代であった。当時、国民の足と言えば軽自動車で、スバル360をはじめとする軽自動車が売れていた。しかし軽自動車は国内専用車種に近く、輸出を狙える国際商品としての自動車が待望されていた。

この頃に登場したのが、トヨタ・カローラ。日産サニー。スバル1000である。中でもスバル1000の先進的な技術には欧州メーカーも注目した。水平対向4気筒OHVエンジンを備え、前輪を駆動する。4輪独立式サスペンションで、前輪にはセンターピボツト式ステアリングを採用している。この野心的な傑作車は、当時世界で最も進んだ自動車を生産していたフランスのシトロエンに迫る改心の出来であった。

このスバル1000を開発、製造したのは富士重工だ。同社は戦前の航空機の名門、中島飛行機である。その中島飛行機が1937年に送り出した97式艦上攻撃機に匹敵する出来である。同機は世界初の低翼単葉で引き込み脚を採用した攻撃機であった。しかも世界初と言えば、ファウラーフラップを採用していたのであった。

このスバル1000が本来なら市場を圧していた筈であった。だがスバル1000には、メンテナンスのやりにくさと言う弱点があった。センターピボット方式を採用したために、前輪のブレーキを車体中央部に配置せざるを得ず、これが整備士から嫌われた。トヨタ・カローラは、この面を重視していたのである。

トヨタ・カローラは、現在風に表現するならば、B層の乗る自動車である。日産サニーが1000ccで登場したのに対し、カローラは1100cc。トヨタは「プラス100ccの余裕」などと宣伝した。実際にはトヨタのK型エンジンの出力は日産A型エンジンに比べ低く、特に差がついたのは耐久性であった。頑丈な日産A型エンジンに比べ、トヨタのK型エンジンは寿命が短く、5万キロくらいしか持たなかった。それなのに、どうして売れたか。トヨタの巧みな宣伝で売れたのである。

トヨタは他社が力を入れなかった、白い自動車に力を入れた。他社は安っぽく見えるという理由で白い塗色には消極的であったが、トヨタは逆に力を入れた。当時、クラウンにも「白いクラウン」を用意したことからも分かるだろう。トヨタが白い自動車に力を入れ、これを高く下取りする。これによってトヨタの白い自動車は確固たる市場を築き上げるのである。

トヨタは日本国内の中古車流通市場を握っていたから、中古車下取り価格の操作もお手の物であった。これにより、いかにエンジンの出来が悪くとも、2年乗れば高く下取って次の自動車を買わせるセールスを推進したのである。これに多くの国民が引っかかり、国民所得に対し自動車への出費が異常に多い社会ができあがってしまったのである。

カローラについて言えば、トヨタがモデルとしたアメリカのGMの販売チャネルの多さも、このカローラによって大きく推進している。トヨタはクラウンを売るトヨタ店、コロナを売るトヨペット店、パブリカを売るオート店の3系列のディーラーを、4系列に増やすのに成功したからである。これがカローラ店だ。他社もトヨタを見習って複数チャネルを設立することとなるが、特に力を入れたのが日産であった。トヨタがカローラを発売した1966年当時は、日産自動車はトヨタよりも大きかったのである。

しかし、トヨタの方が商売がうまかった。トヨタは商人の三井財閥であり、ここの商売のうまさは、野武士の日産・日立グループでは敵うものではなかった。トヨタは、カローラの成功で日産を追い抜き、1970年代以降は日産自動車に大差をつけることになる。

トヨタのカローラは、技術的に見れば、「超保守派」と言える自動車だ。どこのメーカーを参考にしたのか、それは当方がニュージーランドとオーストラリアで生活してみて分かったのである。それはアメリカ資本のメーカーの送り出す小型車そのものだったからである。

ニュージーランドとオーストラリアは、イギリス連邦である。このイギリス連邦に入り込んできたのがアメリカのビッグスリーだ。イギリスには、これらアメリカ傘下の自動車メーカーが揃っていた。GMの子会社であるボクスホール。フォードの子会社であるフォードUK。クライスラーが強引に乗っ取ったルーツ・グループである。

トヨタ・カローラは、成り立ちから言えば、ボクスホール・ヴィヴァに近いと思う。エンジンもサスペンションもオーソドックス。自動変速機や室内装備に力を入れる。それでは実際に見てみよう。

Vauxhall Viva (1963–1979)
http://en.wikipedia.org/wiki/Vauxhall_Viva_(1963%E2%80%931979)

●日本語訳がないので、これでガマンしてほしい。このボクスホール・ヴィヴァだが、当方がニュージーランドに行ったときに初めて見た。あちらは高い輸入関税で自動車の価格が高く、古くなってもなかなか廃車しない。見たのは、もう20年以上経過している自動車。イギリス連邦圏内に、イギリスから輸出していたのであった。同じ理由で、フォード・エスコートや、ヒルマンも見かけた。当方はカーグラフィックを子供の頃から見ていて、これらの自動車の車名を当てたので、現地の人から感心されました。

トヨタが目指した国際商品としてのカローラは、これらアメリカ資本のイギリスメーカーに、その手本を求めることが出来ると当方は思っている。イギリスも同じ右ハンドル。オーストラリアもニュージーランドも同じ。アメリカの影響を受けて、自動変速機に力を入れる。トヨタは日本メーカーの中でも、最も自動変速機に力を入れていることで有名だが、カローラにも2段自動変速機を搭載した。たったの2段変速であったが、これでも他社に対するセールスポイントになった。

トヨタ・カローラは良くも悪くもアメリカ資本の小型車に見えるのは、トヨタ自体が「小さなGM」だからだろう。そのトヨタだが、GMに追いつき、追い越してしまった。それに大きく貢献したのがカローラだろう。そのカローラだが、今や世界各国で全く別の車体を持ったカローラがつくられている。オーストラリアやニュージーランドで売られるカローラは、全幅が1,760mmもある大型サイズで、全長もセダンだと4.6メートルに迫る。これに対し、日本国内のカローラは、ヴィッツとプラットフォームを共用して小型化された。生産規模も今や外国の方が大きい。

これは個人的感想だが、カローラは日本国内では今後、市場が縮小していき、段々と存在感が薄れていくだろう。もはや日本国内の国民車は、軽自動車に取って代わられているのだ。今後、カローラはタイを中心に作られていくのだろう。既にそうなっているのがホンダ・シビックで、日本国内では販売されなくなっている。


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