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これからは、本人だけでなく子供にも貧困が伝播する社会に(Darkness)
http://www.asyura2.com/14/hasan91/msg/359.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 10 月 28 日 22:34:05: igsppGRN/E9PQ
 

人材使い捨ての社会が経済格差を生み出し、子供たちに影響を及ぼす。貧困が遺伝する社会に、すでに日本は突入したと言われている。


これからは、本人だけでなく子供にも貧困が伝播する社会に
http://www.bllackz.com/2014/10/blog-post_28.html
2014年10月28日 Darkness - ダークネス


政治家の子供たちは大抵が政治家になっている。なぜか。政治家は儲かるからである。

金持ちの子供たちも大抵が金持ちである。遊び狂って財産を散財するだけの息子たちもいるが、こういった息子たちは、金があるから散財できる。

また金持ちの家庭の子供たちは高学歴の子供たちが多い。なぜなら、子供の教育に金を出す余裕もあれば、安心して学業に励める快適な環境もあるからだ。さらに、親のコネや人脈で有名大学に入るルートもある。

現に、ハーバード大学やオックスフォード大学は世界各国の権力者の子弟を受け入れている。さらに、大学卒業後も、仕事や役職が最初から約束されていることも多い。

端的に言うと、エリートや金持ちや権力者の子供たちというのは、最初から社会的な地位が約束されていることが多く、貧困家庭にはない多くのメリットを享受できる。

アメリカはでは親の所得が高いほど子供の成績が良いことが多いのが確認されているが、その理由は言うまでもなく教育に最適な環境を整備できるからである。


■恵まれた家庭の子供たちは、能力が伸びる

子供が将来、社会的に成功しやすいかどうかというのは、本人の努力が問われる以前に、親の収入の多寡も影響するというのは以前からよく指摘されていることだ。

これは別に社会学者が統計を出さなくても、普通の人ですら日常を観察してしみじみと思う現象でもある。

収入のある家庭では、子供にいろんな習い事をさせることができる。塾にも行かせることができるし、家庭教師を呼ぶこともできる。

また、親が精神的余裕も経済的余裕もあるので、子供に目をかけやすい。家族の団欒を持てたり、一緒に旅好ができたり、一緒に勉強したり遊んだりすることができる。

もちろん、すべての富裕層がそんな理想的な家庭ばかりではなく、それぞれ複雑な家庭の事情を抱えているのも事実だ。何の悩みもない家庭はひとつもない。

しかし、一般的な比較で言うと、総じて富裕層は子供に最適な環境を与えることができる。それが、子供の能力を伸ばすので、富裕層の子供に社会的能力の高い子供が多いのは別におかしなことでも何でもない。

収入のある家庭の子供は、アメリカでは「正しい子宮から生まれた子供」と半ば冗談で言われるのだが、それは人間社会の残酷な一面をえぐる言い方でもある。

正しい子宮から生まれた子供は、それが良いか悪いかは別にして、苦労することもなく、経済的な困窮に涙を流すこともないまま、恵まれた人生を送れるのだ。


■貧困家庭の子供たちは、能力が潰される

極貧の家庭は、常に何らかのトラブルに追い込まれている状態であると言ってもいい。親はストレスにまみれ、家庭そのものが破綻していることもある。

経済問題はありとあらゆる問題を先鋭化させるのだ。今を生きていくだけで精一杯であり、子供の教育などはすべて後回しにされる。子供の能力は潰される方向に向かっていく。

習い事をさせる余裕もない。塾や家庭教師など、とんでもない話である。義務教育が終われば、あとは一刻も早く社会に出て金を稼いで欲しいと考える家庭も多い。

そのように口に出して言わなくても、子供たちは親の貧窮ぶりを見て育っているので、悠長に教育を受けるよりも、さっさと社会に出て稼ごうと考える。

そうすると、低学歴で社会に出ることになって、結局はそれが仇になって定収入の仕事に甘んじるしかなくなっていく。もちろん、人脈やコネがあろうはずがなく、折に触れて助けてくれる人もいない。

富裕層の子供たちが多くの助言者を持っているのに比して、貧困層の子供たちは多くの悪い友人を持っていて、マイナスの方向に引っ張られやすい。

そして、言うまでもなく低学歴を余儀なくされた子供たちには、条件の良い仕事はあまりない。

低学歴でもできる収入の良い仕事というのは、極度に体力を使う仕事であったり、極度に危険な仕事であったり、反社会的なものであったりすることが多い。

その仕事に就いていること自体がトラブルの元になり、やがては自分の人生がトラブルによって潰されることも多い。しかし、そこから逃れるとやはり低収入の仕事しかなく、将来の展望は見えてこない。

これは、ある意味、貧困家庭に生まれたことに原因があるという観察もできるわけで、「経済格差が遺伝する」というのは、こういった現象から言われているものだ。


■貧困が遺伝する激烈な社会に到達してしまった

日本は2000年代に入ってから、極度に格差が広がる社会になっている。この「労働者使い捨て時代」に成人して社会に出た人々は今は30代から40代に入ろうとしている。

将来の展望もなく、低収入を余儀なくされているわけだから、結婚が激減し、さらに少子化が加速しても仕方がない。

しかし、それでも非正規労働のまま結婚し、将来の安定のない中で子供を持つ人たちも、もちろんいる。

重要なのは、こういった貧困を余儀なくされている人たちを社会が救済できなければ、彼らの子供たちもまた貧困層から抜け出せなくなる可能性があるということだ。

貧困が貧困を固定化させる現象が日本で生まれてくるのである。今後、日本が衰退していくということは、豊かになるチャンスが減少していくということでもある。

ありつけるパイが小さくなっているのだが、その中で格差が拡大していくと、パイの大部分を恵まれた富裕層がごっそりと持って行き、残ったパイを大勢の貧困層が奪い合うという醜悪な社会になっていく。

いよいよ、そういった社会が見えてきている。

政府が何かしてくれるだろうか。隣人が何かしてくれるだろうか。もちろん、それは期待できない。格差社会というのは、激烈な競争が生み出したものであり、また競争を生み出すものだからである。

グローバル化という極度の資本主義に入った現代社会は、学歴や財力で「他人を蹴落とす人生ゲーム」を人々に強いる社会なのである。

強者は総取りする。敗者は持っているものも奪われる。その結果、貧困層はますます貧困に追いやられ、今や貧困層の子供が貧困層から抜け出せないという局面になろうとしている。


 

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コメント
 
01. 2014年10月28日 23:12:28 : LUthMLuH5E
昔からそうなんじゃないの!?

02. 2014年10月29日 00:00:53 : drrFs4ynWU
マトモな大人が関わること自体にコストがかかるのは分かるが
しかし、もっと貧しい国ではそうではないだろう
愛にコスト計算が必要か?
物質的な面(経済的コスト)と精神的な面(愛情)のバランスを考える必要があるし
貧困がむしろ意図的に作り出されているのが現状ではないのか
黒幕が精神的に貧しい富裕層とは笑えない話である

03. 2014年10月29日 08:05:08 : EpZ5clwkqU
これはその通りだね消費税労働者規制緩和など
年々劣悪な環境になってきている。

04. 2014年10月29日 09:01:18 : EAkIk2fULU
ダークネスぜんぜん違うなあ。

裕福でも貧乏でも幸せな家庭もあれば不幸な家庭もある。

そして、裕福でも貧乏でも、幸せでも不幸でも、大人になって成功する
やつは成功する。要するに、親がどうこうは関係ないってことだ。
そして、成功したかどうかと幸せになれるかはこれまた別。

裕福になるために株買えっていいたいんだろう。裕福や成功よりも、
幸せになることを目指したほうがいいぜ。


05. 2014年10月29日 10:54:16 : nJF6kGWndY

貧困が伝播するというより、正しくは、中流層が崩壊し、貧困が拡大していくということだろうな

当然、元々、貧困だった家庭が豊かになる確率は、これまで以上に低くなるのだから、当事者から見れば格差が固定されたように見える


まあ、平和な社会が続くと、ありがちな話だ


06. 2014年10月29日 17:08:31 : C3lq0gpU9A

  昔:士、農、工、商、エタ非人

  今:政・富、正社、生保、派遣、ノラ人


 


07. 2014年10月29日 17:45:53 : aeTevmrJoA
このダークネスさんは格差拡大論者の太鼓持ち。金融商品の宣伝が本職。

しかし機会まで格差をつけることはいけないと思う。キミが高い偏差値の大学を出てそれなりの会社に入ってある程度の地位についているとしても、生まれた家庭が貧困だったとしたらたぶん今のキミはない。


08. 2014年10月29日 20:30:56 : vhVfVSUWGI
太閤秀吉のように信長に気に入られて出世する場合もある
 しかし確立的に非常に少ない
 貧困層の子供は能力が潰されると言うより能力を発揮できるチャンスを与えられないと言ったほうが良いと思う
 あくまでも例えだが
  ◎看護師と看護助手
   正看護師 看護助手の倍以上の報酬
        看護大学に入学すれば殆ど国家試験に合格
        しかし娘を看護大学に入学させ看護師にするため
        仕送りその他4年間で1000万円以上かかる
        頭が悪くても偏差値の低い保健学部であればコネも有力
        まじめに勉学に励まなくても合格
   看護助手 無資格でも出来る、事実上看護師の家来のようなもの
        建前は助手がいるから看護師が安心して仕事ができる
        本音は看護助手は所詮雑役、
   看護師も診断も治療行為もできないので所詮医師の小間使い
        看護助手でも向学心と看護師の素質のある人間は沢山
        いるが経済的な問題で看護師を断念する人間が多い
      現実にアメリカ心臓協会の救急資格(世界ライセンス)
      二次救急ACLS-HPは医師は必修だが医療従事者なら受講可能
      しかし受講のさいの教科書(マニュアル)は英文だし。
       筆記試験は84%以上が合格ライン、心電図20問、薬剤などの
       問題もありで看護師でも受験に足踏みするし実際、資格所持者は
       極めて少ないのが現実
       しかし、そんな医師でも易しくない資格を専門学校も行ってない
       助手が挑戦して取得する人間もいる。
       しかし頭脳明晰でも経済的に恵まれてなければ、看護助手で終わる
   古代中国の名言で、駿馬もそれを引き出す人間がいなければ駄馬と同じ
            くして一生を終える
            野口英世の場合もそうだが、素質を引き出して
            くれる人物と出会える、運、
    経済的に恵まれていると言うことは、それだけチャンスが多い
     少々頭がわるくても医師。看護師になれるからね
     最後に成功と幸せは一致しない  
   
  

09. 2014年10月29日 21:50:40 : TnTB6VrFug
要するにビッグブラザーに気に入られなければ人に非ずって所だな。

奴隷は所詮代々奴隷になる運命、一生懸命結婚子育てしても誰かの家畜を自分の財産と精力を投入して育てているだけ。アホらしくて少子高齢化になるわけだw


10. 2014年10月31日 06:20:08 : jXbiWWJBCA


【政策ウォッチ編・第83回】 2014年10月31日 みわよしこ [フリーランス・ライター]
シングルマザー、子どもまでもが“見せしめ”に?
財務省が意図する生活保護世帯への「貧困刑」
――政策ウォッチ編・第83回
そこに、偽りのデータや誤った推論はないだろうか? 現在、生活保護基準部会では、住宅扶助を中心に数多くの扶助・加算の見直し(事実上の削減)が検討されている。結論は、11月中にも取りまとめられると見られている。どのようなデータにもとづき、どのような議論によって、結論が導かれようとしているのだろうか?
生活保護世帯の子どもたちが
近未来の標的に?
今回は、 前回に引き続き、2014年10月21日に開催された社会保障審議会・第十九回生活保護基準部会(以下、基準部会)で行われた議論をレポートする。
この基準部会では、住宅扶助だけではなく、子どものいる世帯(有子世帯)に対する扶助や加算・冬季加算についても短時間ながら議論が行われた。また生活保護基準の算定方式についての問題提起もあった。今回は駆け足ながら、これらのトピックのうち特筆すべき点を紹介したい。 
まずは、子どものいる世帯に対する扶助・加算について行われた議論を紹介する。現在の日本では、子どもの貧困対策が重要かつ喫緊の課題と認識されており、生活保護世帯の子どもたちが成長して生活保護世帯を形成する「貧困の連鎖」も問題視されている。何らかの対策の必要性は、多くの人々が認識している。 
ただし今回の基準部会においては、厚労省は「次年度から削減せよ」という意向を明確に示したわけではない。「少し長期の時間をかけて議論してほしい」という意向と、どのようなデータを取得するか・どのような比較を行うかについての叩き台を示しただけだ。 
 厚労省が作成した資料によると、データ取得と比較においては、児童養育加算においては「一般の夫婦子世帯における生活扶助相当支出額と均衡がとれるものとなっているか」を「子どもの人数別・年齢別に検証」、母子加算においては「一般のひとり親世帯における生活扶助相当支出額と均衡がとれているか」を「子どもの人数別・年齢別、(母親の)就労の状況別に検証」するとしている(資料3ページ)。またそこには、「大人が2人以上の有子世帯の相対的貧困率は12.4%」「ひとり親世帯の相対的貧困率は54.6%」(数値は平成24年国民生活基礎調査による)といった数値も挙げられている。その貧困率、さらにいえば貧困世帯の子どもたちの現在の状況を「改善されるべき問題」としたいのか、それとも「貧困は当たり前なんだからガマンさせるべき」としたいのか、なんとも意図のつかみがたい記述がされている。
しかし厚労省が現在のところ意図しているのは、もちろん削減であろう。資料13ページには、2014年5月30日の財政制度等審議会(財政審)に提出された参考資料からの抜粋がある。そこには、夫婦子1人世帯・ひとり親世帯のいずれにおいても、「生活保護基準額のほうが一般低所得世帯より高い」という結果が示されている。もしもこの比較が妥当なものであるとすれば、一般低所得世帯は生活保護を受給する資格がありながら受給していないことが多いため、子どもを含めて世帯員に対して「健康で文化的な最低限度の生活」ができていない、ということに他ならない。 
子どものいる世帯の生活保護基準は、子どものいる低所得世帯の消費実態を上回っているとするグラフ。特にひとり親世帯(右側)で差が大きい。漏給状態となっている低所得有子世帯・極めて低い消費しかできないひとり親世帯を「せめて生活保護に引き上げる」という発想は見られない。さらに「収入と消費を比較」という不適切な比較の問題もある(2014年5月30日財政審資料より)
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財政審は、 
「各種加算・扶助を加えた有子世帯の生活保護水準は、低所得の有子世帯の消費水準を上回っている。有子世帯の加算・扶助のあり方・水準について総合的な見直しが必要」
としており、断じて、 
「子どものいる低所得世帯で生活保護を利用していない世帯に、積極的に生活保護利用を働きかけ、子どもにせめて生活保護水準の生活と生育環境を」
とは主張していない。 
なお、この資料には、今年8月に閣議決定された「子供の貧困対策に関する大綱」も引用されている。まるで、火炎放射器を手にした放火犯と、ガソリンを手にした放火犯と、消防団の小さな消防車が相乗りしているようだ。 
「生活保護の中に新しい格差を生むな」
阿部彩氏の主張
基準部会委員である阿部彩氏(国立社会保障・人口問題研究所)は、厚労省の事務局による資料説明に引き続き、すぐ「大事なことに気づいた」と発言した。 
厚労省の計画では、ひとり親世帯においては、生活保護世帯の生活扶助費+児童養育加算+母子加算を、一般世帯のひとり親世帯の消費実態と比較することになっている。しかし阿部氏は、 
「そういう性格の問題ではなく、母子加算は、母子家庭の特別な状況に応じたもの」
と指摘した。なお、この「収入と消費を比較する」ことのおかしさについては、後述のとおり、引き続いて別の委員が問題にした。 
阿部氏によれば、ひとり親世帯はそうではない世帯に比べて圧倒的に不利である。そのことは、数多くのデータによって示されている。さらに、 
「生活保護のひとり親世帯は、一般の二人親世帯との均衡がとれているべきなんです」
と発言した。もちろん、生活保護の二人親世帯も、一般の二人親世帯との均衡を問題にすべきなのであり、児童養育加算はそのための加算である。 
阿部氏は続けて、 
「母子加算はその上で、ひとり親であることに対する加算です。それを考慮するべきです。二人親がひとり親になったときに、同じ生活水準を保つための母子加算です。どれだけなくては二人親と同じ生活水準を保てないのかを検証すべきです」
と述べた。低所得のひとり親世帯と生活保護のひとり親世帯を比較するということは、 
「ひとり親世帯の子どもは、ひとり親世帯なりの生活しかできない」
という現実の追認となる。また、生活保護世帯の中に、 
「生活保護であり、さらにひとり親であるというハンディを背負わされてしまう子ども」
という格差を生んでしまう。 
阿部氏は、 
「格差を生活保護世帯の中に取り込むべきではありません。事務局案の比較ではダメです」
と強く主張した。厚労省の事務局も、 
「これは叩き台です。おっしゃることを踏まえて、検証手法案を練り直します」
と答えた。 
生活保護基準の設定方式は?
“水準均衡方式”をなし崩しにしてよいのか
つづけて、基準部会委員の岩田正美氏(日本女子大学)は、生活保護基準自体の決定方法を問題にした。 
生活保護基準の決定方式は、「マーケットバスケット方式→エンゲル方式→格差縮小方式→水準均衡方式」と変遷してきた。戦後間もない時期から現在に至るまで「軽い活動ができる程度のカロリー摂取を可能にする食費プラスアルファ」という考え方が見え隠れしつづけ、なおかつ「なるべく増やさない」という財務省の意向によって抑制される傾向が続いたことは、岩永理恵氏(参考: 本連載第8回)をはじめとする研究者による研究が明らかにしてきたところだ。それでも、その時代なりに妥当性と必要性が検討されて採用された方式ではある。
また、新しい方式が採用されるにあたっては、古い方式の問題点が新しい方式で解決されるかどうかが慎重に議論され、新しい方式が生活保護利用者たちに不利益をもたらさないように連続性に配慮しつつ、慎重に移行が行われてきた。現在の水準均衡方式は、1980年代半ばから採用されている。 
岩田氏は、 
「一般世帯の有子世帯と生活保護世帯のひとり親の比較は、一見合理的です。でも、水準均衡方式は、そういう積み上げ方をしていません」
という。水準均衡方式では、モデル世帯を設定して消費実態を比較することによって生活保護基準を設定し、そのモデル世帯から異なる構成の世帯へと展開して金額を定めている。所得ではなく消費、つまりフローを比較しているのは、生活保護においてはストックの形成(貯蓄)が前提とされないからだ。さらに岩田氏は、 
「(水準均衡方式では)『ひとり親だから』『二人親だから』いくら、という決め方はしていません。それなのに、論理的にそういう(家族構成別の)比較ができるかどうか、根本的に疑問です」
と述べた。 
岩田氏によれば、母子加算は生活保護制度が施行された直後に採用されていたマーケットバスケット方式の時代に設定された。マーケットバスケット方式は、生活保護世帯の消費が「米○kg、卵○個、下着○枚……」とマーケットの買い物カゴに品物を入れるように積み上げていき、その金額を合計する方式である。その後、水準均衡方式では、水準均衡の考え方のもとに母子加算の金額も設定されてきた。 
岩田氏は、 
「データ的に、母子加算では子どもが増えたら子ども一人あたりの金額が減ります。(検討には)使えない結果しか出ませんでした」
と指摘し、水準均衡方式のもとで、個別の費目を考慮したり類型を別にしたりすることが原理的に可能なのかどうかを問題にした。岩田氏は、 
「(そういうことを)やるとすれば、新しいマーケットバスケット方式にしなくてはならなくなります。一般世帯に対して、積みあげて比較しなくてはならない。(基準部会では、現在)そのことをやっているのではないか。そういう疑問が膨らんできました。これまで(基準部会で)やってきたことは間違っていたんじゃないかと思います」
と述べ、さらに、 
(そうではなく)収入と収入を比較しないと困ります。明らかに、何のためにやっているか、非常にはっきりしてしまうような比較です」 「生活保護基準額は収入です。これを(一般世帯の)生活扶助相当額の消費支出と比較?
と、2012年以後の財政審・厚労省の一連の「比較」の最大の問題点に釘をさした。続けて、 
「比較するなら合理的な比較をしてほしいということです」
「水準均衡(方式)でやっているのに、どういう費目で(支出を)パーツ分けできるのか、説明してほしいです」
「生活扶助基準における、根本的な矛盾です」
「水準均衡(方式)だから『(消費実態を)全部比較すればいい』で差があるかどうかでやってきました。その基本的な考え方を、切り崩して新しいマーケットバスケットをやっているわけです。比較によるマーケットバスケット。そういうやりかたをしますか?」
と、厚労省の事務局に鋭く迫った。事務局は岩田氏のコメントに感謝しつつも。 
「限界がさまざまある中で、一般国民の目から見て信頼感に支えられた制度として運営する必要があるので、いろいろご意見いただきながら、前に進めさせていただきたい。マーケットバスケット方式、5年後の検証どうするのか、今、3年かけての議論、5年後に向けての議論の中でご意見いただければ」
と述べた。 
2014年10月21日、基準部会終了直後。後ろ姿の人物は厚労省・事務局の官僚たち。彼らに生活保護利用者の肉声が届くことはあるのだろうか?
少なくとも筆者は、実質的な方式の変更に際して根拠らしい根拠も必要な議論もなく、「収入と支出を比較する」という妥当性のまったくない比較を行おうとしている厚労省と、そのような方向性へのプレッシャーを加える財務省に対し、「一般国民の目から見て信頼感に支えられた制度」の運営主体としての信頼を置くことはできない。 
なお、生活保護世帯の子どもたちを主対象とした学習支援については、国による経済的バックアップが削減される方向にある。筆者の住む東京都杉並区でも、区が独自に行っていた生活保護世帯の子どもたちへの学習支援は、自民党区議の強い主張によって見直しが検討されているところだ。生活保護世帯の子どもたちの家庭生活をさらに貧困にし、学校での十分な配慮も確保せず、唯一といってよい将来への希望である学習教室という機会も奪おうとしている現政権に対し、筆者は怒りと悔しさを禁じ得ない。 
冬季加算にみる理解不能な比較と
生活保護の「住」が被災死につながった神戸
最後に、短くではあるが、他にも数多くの奇妙な「比較」が行われている可能性について触れておきたい。 
冬季に実際に必要な光熱費に比べ、現状の冬季加算は過大であるとするグラフ。現状の冬季加算でも必要不可欠の空調は実現されていないにもかかわらず、このようなグラフが提示される背景には、データ選択・計算などにわたる不適切な取り扱いがある(2014年5月30日財政審資料より)
拡大画像表示
今回、住宅扶助と並行して見直し(削減)が検討されている冬季加算については、「厳冬期と冷涼期を比較する(夏季は除外)」という比較が行われている。北海道や東北などの地域で暖房が必要な期間は概ね10月〜5月であるが、それは考慮されず、あくまでも冬季加算の対象となっている11月〜3月だけを対象として、実際の暖房経費を冬季加算より過少に見せかける操作が行われている。また、実際には冬には暖房も必要な沖縄で「冬季加算は不要」とするかのような結果も示されている。 
しかし、生活保護基準部会の作業班が行った調査は、住をはじめとする生活保護世帯の生活の「健康で文化的」とは到底言えない貧困を改めて明らかにしつつある。前回紹介した調査において、住宅扶助の上限額以下、なおかつ国交省の「最低住宅面積基準」を上回る面積・設備の住居に住んでいる生活保護利用者は、全体の約13%に過ぎなかった。この13%を100%にするためには、住宅扶助の上限額を操作するだけでは不十分である。しかし、現在の住宅扶助上限額でさえ、まったく足りていないことは明らかであろう。 
1995年1月の阪神淡路大震災時、兵庫県全体での生活保護利用者の死亡率が同県平均の5.2倍であったことを挙げれば十分でないかと筆者は思う。早朝というより未明に近い時刻の震災での死者は、家屋の倒壊によるもの・その後の火災によるものも含め「住まいに殺された」と言っても過言でないからだ。その背景には当然、生活保護利用者の「住」の貧困がある。 このような状態を放置しておけば、何が起こるだろうか? 
次回は、住宅扶助・冬季加算等の削減に対して行われた、弁護士・支援者らによる厚労省への申し入れと、その後の記者会見の様子をレポートする予定だ。厚労省は、根拠を明確にして行われた申し入れに対し、どのような対応を取ったのであろうか? 
http://diamond.jp/articles/-/61435 

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