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回転寿司業界の壮絶サバイバルで、かっぱ寿司だけが消えてゆく?(週プレNEWS)
http://www.asyura2.com/14/hasan91/msg/878.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 12 月 01 日 09:56:05: igsppGRN/E9PQ
 

かっぱ寿司は回転寿司業界でも指折りの大手だが、危機に陥っている


回転寿司業界の壮絶サバイバルで、かっぱ寿司だけが消えてゆく?
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141201-00039849-playboyz-soci
週プレNEWS 12月1日(月)6時0分配信


10月下旬、居酒屋「甘太郎」や焼き肉店「牛角」などを展開するコロワイドが、大手回転寿司チェーンの「かっぱ寿司」を買収すると発表した。2期連続で赤字となり、不採算店の閉鎖ラッシュが加速していたかっぱ寿司。その背景を探ってみると……。

まず、回転寿司業界の現状について業界誌編集長のT氏が解説してくれた。

「現在、日本にある回転寿司店は約4000店。そのうち、スシロー、かっぱ寿司、くら寿司の上位3社が展開する100円均一系店舗だけで約1200店を占めます。それ以外の多くは、100円から500円程度の寿司を提供するグルメ系回転寿司。100均系とグルメ系の二極化が進んでいるのが現状です」

そのなかでなぜ、かっぱ寿司の業績悪化がひときわ鮮明になっているのか。T氏が続ける。

「アベノミクスに足をすくわれました。100円回転寿司の寿司ネタの多くは海外産。特に海外依存度が高いかっぱ寿司の場合、サーモンはチリ、デンマーク産、穴子は中国産、エビはベトナム産……と海外調達比率は7割程度といわれ、業界でも飛び抜けた数字です。これがアベノミクスによる円安の影響をモロに受けて食材コストが1割ほど膨らみ、利益が吹っ飛んでしまったというわけです」

1割程度のコストアップで利益が吹っ飛ぶ? 回転寿司評論家の米川伸生氏がこう話す。

「実は、居酒屋やファミレスなど一般的な外食産業の原価率が30%であるのに対し、回転寿司では40〜50%が当たり前。そこに人件費や賃料を加えると、店の利幅は1皿数円です。ほんのわずかのコスト増でも業績を大きく左右するのです」

とはいえ、業界首位のスシローも、3位のくら寿司も黒字決算。なぜかっぱ寿司だけが赤字なのか? 米川氏が続ける。

「かっぱ寿司は安いけどおいしくない。そんなイメージが定着したためです。その原因のひとつが原価率。スシローが約50%、くら寿司が約45%をキープし続けていたなか、かっぱ寿司の原価率は長らく30%台後半で推移していました。これが品質低下を招いて深刻な客離れに直結。その後、原価率を40%台に引き上げて品質向上を図ったものの客数を回復させるまでには至りませんでした」

前出のT氏もうなずく。

「100円という価格を維持するために、他社がマグロ10g、12g使っているときに、かっぱ寿司は薄めにスライスして8gにしたり、それに合わせてシャリを数g減らしたり……。そうした調整はほかの回転寿司チェーンでも少なからずやっていることですが、かっぱ寿司はそれが客にバレるレベルでした」

食品安全教育研究所代表の河岸宏和氏が、業績が悪化するかっぱ寿司の現状をこう表現する。

「自力での業績回復はほぼ不可能な状況です」

前出の米川氏も同意する。

「コロワイドはかっぱブランドを捨てる覚悟でテコ入れしないと再建は難しいでしょう。つまり、数年後に街中からかっぱ寿司の看板がなくなる可能性もあるということです」

(取材・文/興山英雄 撮影/五十嵐和博)


 

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コメント
 
01. 2014年12月01日 10:15:38 : nJF6kGWndY

競争に敗れた個別企業が潰れること自体は、そう問題はない


http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20141126/274297/?ST=print
 

遠くにボールを投げるなら、「森ビルになりたい」です。ツクルバ CEO 村上浩輝さん、CCO/クリエイティブディレクター 中村真広さん【後】
2014年12月1日(月)  古市 憲寿


[左]村上 浩輝(むらかみ・ひろき)
株式会社ツクルバ 代表取締役CEO
1985年東京都生まれ。立教大学社会学部産業関係学科(現経営学部)卒。コスモスイニシア(旧リクルートコスモス)に入社後、事業用不動産のアセットマネジメントに従事するが、リーマンショックの影響から入社7か月目でリストラに。その後、ネクストを経て、2011年8月、ツクルバを共同創業。

[右]中村 真広(なかむら・まさひろ)
株式会社ツクルバ 代表取締役CCO/クリエイティブディレクター
1984年千葉県生まれ。東京工業大学大学院建築学科専攻修了。大学院時代に渋谷・宮下公園に作られたスケボーバーク基本設計を担当。その後、コスモスイニシアに入社するも、村上氏同様、リーマンショックの影響から入社7か月目でリストラに遭う。以後、ミュージアムデザインを手掛けるア・プリオリを経て、フリーランスに。2011年8月、ツクルバを共同創業。
(前回から読む)
古市:ビジネスを勉強しようと思って就活した。そうすると、最初から辞めるつもりで入社したってことですか。
村上:はい。就職の面接では「僕は3年で辞めて起業します」と言っていました。それでも採用してくれたのがコスモスイニシア。
古市:3年で辞めるって言ってる人を採用するのか、コスモスイニシアは……。
村上:当時は採ってくれたんですよ。
中村:僕らの時代はそうでしたね。
村上:逆に「君はなおさらうちに来たほうがいいよ」と人事の人が言ってくれて。さすがに僕も「え?」って思ったんですが、リクルート系は人事に力をものすごく入れていて、トップ営業マンや新人賞を獲った2年目の人を新卒採用に据えるんです。それで、USENの宇野(康秀)さんとか、いろいろ具体的な出身者のリストを見せられて「ほら、うちは起業家輩出企業なんだよ」って(笑)。「そうですか、じゃあ、行きます」ってことになりました。
古市:すごいな(笑)。
村上:でも面白い会社だな、と思いました、まあ、騙されたようなものなんですけどね。その後、たちまちリストラされちゃいましたから(笑)。
古市:リストラ話は中村さんと一緒に後で詳しく聞くとして、ダンスイベントで3000人集めたという学生団体が気になるんですが、それは何人でやっていたんですか。
村上:1人で。
古市:1人!
村上:お手伝いをしてくれる人には日当を渡して、チーム的に4〜5人。でも実質、動いていたのは僕だけです。組織を作るのが下手だったから、全部自分でやっちゃえ、と。
古市:そもそもなぜそういう学生団体をやろうと思ったんですか。
村上:クラブのマネージャーをしている年上の知り合いがいて、学生を集めてイベントやってよ、と言われたからやってみたら、意外と集まっちゃった。
古市:へえ。できるものなんですね。情報がなくてもそういうことが。
村上:当時、DA PUMPさんが出ていた番組があって、そこに出ていたダンサーに伝手を辿って出てもらったら、すごく人が集まって、僕の手元に30〜40万円のお金が入ってきたんですよ。学生にとって大金ですから、これはバイトしなくて済む!と。まあ、その時、そもそもバイトしてなかったですけど(笑)。
村上:イベント規模が大きくなると、企業側からアプローチされるようになるんですね。ナイキが「Just Do It TOKYO」というキャンペーンをやっていた頃で、宮下公園のプロジェクトにも関わったりして。
古市:友だちが多かったんですか。
村上:僕の場合は、ダンスイベントというコンテンツを持っていたから、声をかけられることが多かったです。
古市:それで、コスモスイニシアに入ってからはどうだったんですか。
村上:採用では不動産について何も聞かれなかったから、不動産に興味もなく入ったんですが、入社したら「宅建って資格があるから、(入社するまでに)取っておいてね」と言われて。最初は「何ですかそれ?」って感じでしたけど、不動産というのは規模がでかくて面白そうで、いろいろ可能性は感じました。
 だけど、僕が内定をとった2008年はリーマンショックの年だった。4月に内定とった時は会社の調子がすごく良かったのに、9月にリーマンショックが起きて、翌年入社はしたけれど、その時にはADR(裁判外紛争解決手続)を出していて、結局、入社して7か月でリストラされちゃった。新卒40数人が全員クビ、2年目もほとんど、3年目は半分くらい、40代以上もほとんどクビ、役員は総辞職。
古市:クビって、いつくらいに言われたんですか。
村上:夏くらいです。4月の初旬に配属が決まって、20日くらいに緊急集会があって社長が号泣しながら「ADRを出しました」って言ってました。僕は訳がわからないながら、「うわー」って思ってた。先輩たちは「さすがに新人は大丈夫だよ」なんて言ってくれていたんですが。
入社3年目まで一律、退職金120万円
古市:リストラされちゃった、と。大変でしたね……。退職金はあったんですか。
村上:120万円くらいもらいました。

古市:7か月働いた退職金が120万円、悪くないかもしれないけど……。
中村:僕もそのとき一緒にリストラされたわけですが、でも、ラッキーだったと思いますよ。
古市:というと?
村上:入社1年目から3年目まで、退職金が一律だったから。3年目はぶーぶー言ってました。(笑)
中村:「なんでおまえらと同じ額なんだ」って。
古市:そりゃそうですね。
村上:それで、ほっとくと飲み代に消えちゃう微妙な額だから、これを元手に何かできないか、と考えて、僕と中村、それから他に2人、合計4人でカフェを始めることにしたんです。
中村:実際に始めたのは2011年2月。僕も村上もすぐ次に就職した本業があって、他の2人はカフェ運営を本業にしました。今はツクルバのグループ会社にしていますが、その時、作った会社がアプトで、飲食部隊です。
古市:なるほど。村上さんと中村さんはどのタイミングで出会ったんですか。
村上:コスモスイニシア内定者の親睦会でした。
中村:ただ、配属された部署がまったく違いましたから、会社にいた頃はそんなに接点はなかったです。
村上:僕は本社の法人担当営業、彼は建築設計の出身ですが、一応、販売を経験しておけ、ということで中村も晴海のマンション販売の現場に。
中村:でも、「おまえ、営業をしっかり見てこい」っていうタイミングで終わっちゃったという(笑)。
古市:建築学を専攻したのに営業の現場に行っただけになったのか。中村さんも前から起業を考えていたんですか。
中村:起業というか、建築家になるつもりでいました。で、建築家のロールモデルは先輩のアトリエで働いて、30歳くらいで独立して、中村真広建築設計事務所を作る、という感じですね。だから、独立を考えていた。
古市:ああ、そういう意味での「起業」か。中村さんは学生時代に宮下公園のスケボーパークの基本設計を担当された、と聞いていますが、村上さんも関わっていたプロジェクトですよね。
建築萌え×リア充の出会い
中村:まさに、ニアミスだったんです。ナイキの担当者も同じ人だったと後で判明しましたが、その当時は出会いませんでした。
古市:じゃあ、本当に奇遇だったんだ。建築家として独立を考えていたのに、建築家の道に直接は進もうと思わなかったんですか?
中村:公共の公園をあれほど作り変えることができちゃう。仕掛ける側に面白い人がいるとそういうこともできるんだな、と学生ながらテンションが上がって。建築を学んでいましたが、その前段階にデベロッパーがあると気づきました。それで、企画側に行きたくなった。コスモスイニシアにしたのは、学生時代、これもたまたまですが、コスモスイニシアと共同研究していたので。
古市:なるほど。もっと堅実なデペロッパーが他にありそうですが(笑)。
中村:それはそうですね(笑)。親にも、「あんた、それリクルート事件の会社よ」と言われましたけれど、僕はそんな時代の話は知りませんから。今振り返れば、結果的に正解だったんだろうと思っています。
古市:中村さんのご両親はどんなお仕事を?
中村:父親が日立製作所の営業、母は専業主婦ですが、パートタイムでカウンセラーを。精神科医ではないので処方はできませんが。僕はひとりっ子です。

古市:ご実家はどちらですか。
中村:千葉市です。村上と同じでベッドタウン。家はへーベルハウスでね。
古市:おふたりとも典型的な昭和のご両親と暮らし、という環境で育ったんですね。
中村:そうですね。二世帯住宅でしたし。周りに起業家もいませんでした。
古市:で、内定してから出会って。
中村:そこでナイキの話になって、共通の話題ができた。でも、僕は理系男子で村上は文系男子。僕は寝袋が友だち、みたいな生活していたのに、彼はダンスとかイベントとかやってリア充っぽいし、海で「イエーイ!」ってやってそうな感じ。僕と違うなあ、って思った。
村上:実は僕のほうが楽しくない地味な生活でしたよ。イベントの主催者は楽しめないからね。
中村:でも当時「mixi」で友だち登録して彼が投稿している写真を見たとき、内容の質が違いすぎて、「文系と理系の違いってこういうことなのか……」と本当に思ったよ(笑)。
退職金でなぜカフェを?
村上:あ、僕も違いは感じました。彼の写真は一眼レフとかで撮ったきれいな建築写真や風景写真なんです。
中村:人が全然出てこない(笑)。そっちは「旅行に行ってきました!」っていう集合写真とかなのに。
村上:僕らは建物の前で記念写真を撮って、そっちは「この門構え、萌える」みたいな写真で。
古市:ははは。
中村:「こりゃ仲良くなれない」と思ったんですが、会社で行われていた宅建の講座で一緒になって、同期の中では気になる人、という感じになった。
村上:そうですね。
中村:コスモスイニシアに入って良かったのは、「リクルート的」なマインドに触れられたこと。建築をやっているとお金の稼ぎ方がいまいちわからないし、仕事は作るものだ、というマインドになかなかならない。だけど、リクルート系は自ら機会を作り出す、といった社風だから、僕の仕事観に影響を与えてくれました。スキル的には7か月しかいませんでしたけど、大きな学びをもらったと思います。
古市:で、リストラされて、退職金を無駄遣いしないためにも事業を、となった。そこで「カフェ」にしたのはなぜですか。
中村:会社を辞めて転職が決まってから、暇で、何か変なことを考えようって話をしていて、村上のダンスコミュニティと僕のデザインコミュニティ、お互いの人を混ぜてみない? と。ダンスや音楽やっている人はフライヤーのデザインができる友だちが意外といない、デザイン系は実際の仕事がなかなかない、って事情もあってマッチングできたら面白いと思った。
 最初はカフェでイベントを企画していたんですが、営業方針と合わないとか言われたりして、なかなかいい場所が見つからない。そうこうしているうちに、我々は新しい会社に入ってうやむやになっちゃった。忘れた頃に村上から「カフェをやっちゃわない?」と誘ってきた。
古市:自分たちで場所を持とう、ということですね。
中村:そうです。
古市:でもカフェを始めるとしても、当時、中村さんも村上さんもそれぞれ働いていたんですよね?
村上:4人で始めたんですが、他の2人は専業で、僕と中村は副業規定にひっかからないように株だけ持ってお給料はもらわない、という形でスタートしました。それが2011年2月。だから、2009年にコスモスイニシアをやめて2年間、サラリーマンとして忙しく働いていました。
古市:当時のお仕事の内容は?
「場を作る」思いで始まった
村上:不動産会社向けITシステムの企画・マーケティング・営業などです。
古市:でも、ずっと働こうとは思っていなかった。
村上:コスモスイニシアも3年で辞めると言って入ったくらいですから、そうですね。
古市:ちょうど3年経って、その時が来た、という感じでしょうか。 お金はそれぞれどれくらい持ち寄ったんですか。先ほど、退職金120万円を元手に、っておっしゃっていましたが。

村上:僕が最初に100万円、その次に3人で100万円を割ってもらって、計200万円。それと銀行から200万円借りました。
古市:融資は簡単でした?
村上:まだ僕がサラリーマンだったので、簡単でしたよ。
古市:カフェを始めてどうでしたか。
村上:それが、始めたのが2011年の2月で。
古市:ああ。
村上:翌月にあの「3月11日」です。飲食店は閑古鳥。上場企業に入ってすぐリストラされ、カフェを始めたら震災が起きて、「安定」なんてないな、未来なんてわからないな、と本当に思った。
 でも、友だちが「あいつら助けようぜ」って無理やり来てくれて、わざわざパーティを開いてくれて、なんとか持ちこたえて今に至ります。そうしたイベントの集まりの中でつながりができていって、自分たちが意図しないところで起こる化学反応が面白いな、と思いました。それがこのco-baの原風景になっています(ツクルバの事業展開やco-baなどについては前編参照)。

古市:カフェは今も営業しているんですか。
村上:ええ、池袋でちゃんと営業しています。ただ、僕らは「場を作りたい」が第一義で、他の2人は「飲食がやりたい」が第一義って違いがあったから、ツクルバはあくまでも空間プロデュースが主軸です。
中村:僕ら世代は、R不動産やブルースタジオといった先輩方の試みを見て育ってきた。僕らの世代は何ができるんだろう? と。それが、建築、不動産のスキルを活かして場を作っていく、ということですね。
古市:なるほど。これからどんな夢を持っていますか。
中村:遠くにボールを投げるなら、森ビルになりたい。
古市:森ビルになりたい!
我らが住む、働く場所を、我らが作る
中村:都内が適切かどうかはわかりませんが、森ビル的なこと、をやりたい。僕ら世代が住んでもいいかな、働いてもいいかな、と思うような、それが東京の郊外になるのか、今はちょっとわかりませんが、そうした場所を見つけて開発したい。
古市:へえ。面白い。それと、以前のインタビューを読んだら、地方にも目を配っていきたい、といったお話をされていましたが。
中村:地方も今、やっています。地方版ツクルバ。co-baのフランチャイズです。現地にオーナーさんがいて、この場所でやってみたい、と依頼を受けたら、立ち上げのサポートやデザインなどを請け負っています。地方もその土地で、僕らのようなマインドを持っている人たちがいろいろやっていってくれたらいいな、と思う。
 僕たち自身は先ほど言ったように、生まれも育ちも東京圏ですから、東京圏にはリアリティがある。だけど、地方に行くとよそ者です。よそ者がその土地の人より熱意やモチベーションを持てるとは思えないから、僕らが「森ビル的なこと」をするなら、やはり東京圏でしょうね。
村上:「森ビル的なこと」というのはメタファーで、別に六本木ヒルズのような象徴的なものを作りたい、って意味ではないですよ。
 ただ、あれは本当に森稔さんという方の強い意志の結晶で、旧財閥でもないのに、あんなことを一代で成し遂げたって本当にすごいと思う。職住接近で美術館も有する都市を作るなんて。僕らも思想を持った街を作りたい。

中村:行政サービスに自分たちの活動が乗っからないということではなく、我々が良いと思ったものを最大限アウトプットできるような活動をしていきたい。そういう意味で、六本木ヒルズは僕たちのやりたいことを実現しているサンプルの最たるもの。
古市:自分たちがお金持ちになりたい、ヒルズに住みたい、というのとも違いますよね。
中村:入ってくるお金を自分たちが良いと思うものに対して再投資したい、という感じです。
古市:社会貢献とも違いますか?
子孫を残すように、意思を残したい
村上:中村と話しているのは、僕らがやりたいことって究極の生理的欲求なのかも、ということ。子孫を残したい、ってのと近い気がします。僕らが死んでも、僕らの意志を持った会社や物を残したいというのは、究極の自己満足かもしれないと思うんです。
 もちろん、いいことがしたいと思っていますよ。正義感だってあります。だけど、正直にもっとドロッとした部分を見つめると、そういうことじゃないかな、と。
中村:僕も建築に燃えたのは、たぶん、そこです。たとえば、京都なんかに行くと、自分の人生のスパンを遥かに超えた数百年、数千年、といった時間を感じるじゃないですか。そうした大いなるバトンの中に僕らのわずか80年の人生がある。それでも、だからこそ、次の世代に何かを作ってパスするところまではやりたいんです。
古市:なるほどねえ。面白いなあ。今日は同世代といろいろお話しできて良かったです。森ビル的なこと、が実現するといいですね。期待しています。
村上:こちらこそ、楽しかったです。
古市:ありがとうございました。
中村:こちらこそ、ありがとうございました。

(中沢明子:ライター/出版ディレクター、本連載取材協力・構成)
あとがき
 シェアオフィスが世界的に流行している。マイクロ起業や自営業者への注目が集まる中で、彼らの協業の場として注目を浴びているのだ。こうしたシェアオフィスには、起業家になりたいだけの、気分だけは起業家の人がたくさんいたり、もしくはネットワークビジネスの温床になっているんじゃないかと疑問を持っていた。
 しかし実際に渋谷のツクルバを訪れて感じたのは、雰囲気のいいカフェのような場だなあということ。開放的な空間で、いかがわしいことが起こりそうには思えない。事実、村上さんと中村さんは、もともとカフェ運営から現在のビジネスを始めたらしい。
 村上さんと中村さんの出会い方や、仕事への発展のさせ方も、シェアオフィス的だ。互いの得意なところを掛け合わせて、それを一つの仕事にしていく。そして自分たちの居場所を作ってしまった。この仲間を増やしていく感じ、『ONE PIECE』にも通じる。ツクルバには憧れが詰まっている。



イマドキの社会学者、イマドキの起業家に会いにいく
かねてから「起業家」という存在に興味を持っている。よく世の中では起業家というと、お金にがめつくて、野心にあふれて、独立心の強い人だなんてイメージが持たれたりする。一方では最近、社会起業家だとかチェンジーメーカーも注目を集めている。彼らの人柄にも興味はあるけれど、できるだけ起業家と社会の関係を明らかにするような話を聞いてみたい。

http://diamond.jp/articles/-/62412
アフリカで25万人の生活を変えた日本人起業家からの手紙
【第4回】 2014年12月1日 佐藤芳之
「石の上にも三年」を信じる必要はない

佐藤芳之(さとう・よしゆき)
ケニア・ナッツ・カンパニー創業者、オーガニック・ソリューションズ代表取締役社長。1939年生まれ。宮城県志津川町(現・南三陸町)で幼少期をすごす。1963年、東京外国語大学インド・パキスタン語学科を卒業後、アフリカ独立運動の父、クワメ・エンクルマに憧れて日本人初の留学生としてガーナ大学で学び、修了後はケニア・東レ・ミルズに現地職員として入社。31歳で退職し妻子を連れて日本に一時帰国。「やっぱり、アフリカで何かやりたい」と決意し、32歳で単身ケニアに戻り、鉛筆工場、製材工場、ビニールシート工場など、小規模なビジネスを次々と立ち上げ、うち一つを最終的にケニア・ナッツ・カンパニーとして世界5大マカダミアナッツ・カンパニーに成長させる。2008年に同社をタダ同然でケニア人パートナーに譲渡したのちは、微生物を活用した公衆衛生・肥料事業をケニア、ルワンダで展開。
?アフリカ諸国の独立に湧いていた1960年代、佐藤芳之さんは日本人初の留学生としてガーナに渡りました。そして、「アフリカに仕事をつくりたい」と35歳でケニアで立ち上げた「ケニア・ナッツ・カンパニー」を世界5大マカダミアナッツ・カンパニーに育て上げました。

?最終的にケニア・ナッツは社員数4000人、契約農家5万軒、農場の敷地面積東京ドーム780個分まで拡大し、佐藤さんは25万人の生活に関わることになりました。それまで現金収入のなかった人たちがきちんと収入を得て、家を建てたり、子どもを学校に通わせたりできるようになり、25万人の生活が大きく変わりました。現在75歳になった佐藤さんは、ケニア・ナッツの株をタダ同然でケニア人パートナーに譲渡したのち、舞台をケニアの近隣国ルワンダに移して新たなビジネスに挑戦しています。

?11月20日から始まった全5回の連載では、11月20日に著書『歩き続ければ、大丈夫。?アフリカで25万人の生活を変えた日本人起業家からの手紙』を刊行された佐藤芳之さんに、夢を叶えるための大切なことを伺っていきます。「何かやりたいけれど、何がやりたいのかわからない」「最初の一歩がなかなか踏み出せない」「思い切って始めたけれど、何をやってもうまくいかない」自分の夢と格闘しているすべての人に贈るメッセージです。

最初から本気になれる人はなかなかいない

?みなさんは、毎日の仕事を本気でやっていますか。

?20代の人であれば、ちょうど新卒で就職した最初の会社で働いているところでしょうか。30代の人であれば、2社目、3社目という人もいるでしょう。なかには、美容師やデザイナーといった専門職に就いている人も、就職はせずに家業を継いだり、会社員を辞めて自営業をしている人もいるかもしれません。

?立場はさまざまでしょうが、今のみなさんは「本気」ですか。

?怒られそうなので、あまり大きな声ではいえませんが、最初から本気になれる人はなかなかいません。みなさんのまわりを見まわしてみても、何となくつまらなさそうに仕事をしている人、どこか上の空という顔をしている人が結構いるはずです。要するに、まだ本気を出していない人です。

?ですが、誰にでも本気になる瞬間は訪れます。

?何が人を本気にさせるのだと思いますか。

?それは、「オーナーシップ」です。

?英語の「ownership」を日本語にすれば、「自分事」となるでしょうか。今、自分がやっていることを「他人事」だと感じていると、人は本気になりません。仕事であれば、どうすればサボれるか、どうすれば会社の備品やおカネを盗めるかということしか考えなくなります。当然、必要なスキルも身につかない。自分の意識のなかに「オーナーシップ」のないまま仕事をしている限り、どんなに苦労しても、努力しても、何も蓄積されていかないのです。

「問題社員」だった私が「本気」になった瞬間

?私自身も、30代前半まではまだまだ「本気を出していない人」でした。

?織物を扱うケニアの日系企業で働いていた会社員時代は、地元のラグビー・クラブで走り回ったり、サッカー部をつくったり、運動会を企画したり、仕事以外の面は本当に楽しくすごしていたのですが、従業員としては、いつクビにされてもおかしくないような「ダメ社員」「問題社員」でした。

?入社してすぐに配属されたのは染色の部署。

?ところが毎回染料を量り間違えるので、ちゃんと色が出ない。じゃあ、今度は計算をやらせてみようということで経理部に回されたものの、簡単な足し算さえ間違える。そろばんも使えない。計算のやり直しをさせても、10回やらせれば10通りの結果が出る。

「佐藤くん、もういいよ」と上司から引導を渡されて、次はデザイン部に。もちろんデザインの素養なんてないのでダメで、その次は倉庫係。でも、やっぱり足し算ができないし、決められた棚に商品を置かないから使いものにならない。本当に何をやらせても不十分だったのです。

?まだ「オーナーシップ」が身についていなかったせいで、目の前の仕事がどこか「他人事」だったのでしょう。会社運営には欠かせない「おカネ」と「物」と「伝票」の流れくらいは頭に入りましたが、それ以外はあまりモノになりませんでした。

?ところが最初の会社を興してから一変しました。

?ナッツ・ビジネスであれば、ナッツの種類から、栽培方法、ローストの仕方まで、仕事にまつわるありとあらゆる知識とスキルが、すさまじいスピードでどんどん頭に入り、スポンジが水を吸うように吸収されていくのです。

?会社員時代、取引先でのプレゼンテーションの前に仕込んだ内容が、終わると同時に頭から抜けていき、何も残らなかったのが信じられないほどでした。

「オーナーシップ」は顔でわかる

?こういう話をすると、みなさんのなかには「起業しなければ、オーナーシップは持てないのか」とガッカリする人もいるかもしれません。

?ですが、「オーナーシップ」とは、その人の姿勢の問題であって、立場によって決まるものではないのです。私の場合、たまたま「起業」がオーナーシップを持つきっかけになったというだけの話。

?逆にいえば、経営者であっても、単に会社のオーナーであるだけで「オーナーシップ」のない人はいますし、従業員であっても、しっかりと「オーナーシップ」を持ってプロの仕事をやり抜く人もいます。

?私は経営者として、とにかくビジネスに関わる人みんなに、毎日、明るい顔で「オーナーシップ」を持って仕事をしてもらえるよう工夫してきました。

?たとえば、ナッツ・ビジネスであれば、生産農家の人にナッツの木のオーナーになってもらいます。品種改良してよい実をつける苗を1株200円くらいで購入してもらい、自分の畑に植えるしくみにしたのです。ちゃんと畑を耕して肥料をやり、大きくておいしい実がたくさんつけば、それを売った代金が全額農家の人に入ります。

?このしくみによって、契約農家の人にとってナッツに関わることすべてが「自分事」になり、いつでも一生懸命仕事をしてくれるようになりました。こっちから細かいことをとやかくいわなくても、「オーナーシップ」を身につけてもらうだけで、自分で頭を働かせて創意工夫するようになる。

?このスタイルが、ケニアのたくさんのナッツ農家に受け入れられて、ナッツ・ビジネスはみるみる拡大していきました。

?その人が仕事に対して「オーナーシップ」を持っているかどうかは、「顔」でわかります。これはとても単純で、楽しそうな顔をして仕事に取り組んでいる人には、「オーナーシップ」があるのです。そして、つまらなさそうに、苦痛そうに仕事をしている人には「オーナーシップ」がありません。「オーナーシップ」とは、本来楽しいものなのです。

?次回は最終回です。12月3日の掲載を予定しています。


02. 2014年12月01日 16:55:08 : uYK3ge0MDc
>サーモンはチリ、デンマーク産、穴子は中国産、エビはベトナム

放射能は安全かも

>>01
押しつけがましい記事だな。
投稿者は管理人に訴えてもいいレベルだ



03. 2014年12月01日 23:06:17 : ytIWoEzSFI
かっぱ寿司は、オーストラリアに進出すべきだ。オーストラリアの回転寿司は、鉄道模型である。機関車が、貨車に載った「すし」を運んでくる。ただ、価格が高いね。日本の3倍から4倍はするのでは。

オーストラリアに進出して、肥満に悩む人々に格安のお寿司を提供して欲しい。
打倒、マクドナルドだ !


04. 2014年12月02日 06:48:42 : jXbiWWJBCA

「90歳の名将が実践し続けた「人間本位の経営」」
給料は空から降ってこないと、社員に納得させる

社員に求めるのは労働時間の提供ではなく、付加価値の提供

2014年12月2日(火)  日経トップリーダー

労働時間に応じて給料を払う時代は終わりつつある。社員に求めるのは、労働時間の提供ではなく、付加価値の提供。付加価値が給料の元と社員が納得すれば、働き方も変わると堀場氏は言う。
 堀場製作所が完全週休2日制を導入し始めたのは1973年と、かなり早いほうでした。社員がしっかり休んで英気を養えば、仕事にもいい影響が出ることがやってみてよく分かった。よしそれならと、週休3日制を検討したのです。

 どうすれば生産性を落とさず、週休3日にできるか。思いついたのが、滋賀県の工場の隣に寮を建て、通勤時間を削減するという案でした。

週休3日にダメ出し


1924年生まれ。45年京都大学理学部在学中に堀場無線研究所を創業。国産初のガラス電極式pHメーターの開発に成功し、53年に堀場製作所を設立。「おもしろおかしく」を社是に掲げ、ベンチャービジネスのモデルともいえる企業をつくり上げた。61年には医学博士号を取得。78年に会長、2005年から最高顧問(写真/大亀京助、以下同じ)
 東京ほどではないにしろ、京都でも、会社員は電車やバス、自家用車に長時間乗って通っています。堀場製作所の社員の場合、行き帰りの通勤時間はざっと3時間。会社で8時間働くために、3時間もロスをしている。考えてみればとんでもないことです。

 年間250日働くとすると750時間のロス。これだけあれば何でも身につけられる。外国語も750時間勉強すれば、日常会話に困らないくらいのレベルになります。1年に1つ、40年勤めれば40のアイテムを習得できる時間を無駄にしているのです。

 そこで職住近接。工場の隣の寮から通えば、この通勤時間を大幅に短縮できます。その分、1日の勤務は8時間から10時間に増やす。通勤に使うエネルギーを仕事にスライドしているだけだから労働強化にはなりません。1週間の勤務時間は「1日10時間×4日」の40時間で、「1日8時間×5日」と同じ。この方法なら週休3日制ができると思いました。

 家族持ちは木曜の夜に自宅に帰れば、金、土、日の3連休をゆっくり家族と過ごせる。中には家庭サービスを3日もしたくないという人がいるかもしれません。そこで「週1日会社」の設立もひらめいた。開発の仕事をしている社員には営業、営業社員は設計や試作の仕事というように、週1日、金曜だけ稼働する会社で普段とは別の業務に就いてもらう。社員は視野が広がる上、月に10万円ほど小遣いも入る。もちろん週40時間を超えるので、金曜に働くかどうかは本人次第です。

仕事は苦ではない


 こんな構想を立てていたら、労働局から横やりが入りました。「労働時間は1日8時間、週40時間まで。労働基準法でそう決まっています。時間外労働を前提にした勤務体系は認められません」。

 厚生労働省や労働局とはほんまに反りが合わん。彼らは「仕事というのは大変なものだから、できるだけ労働時間を減らすのが労働者にとって幸せであり、そのために我々は、企業が『1日8時間、週40時間』を守っているかどうかをチェックするのだ」と考えているのでしょう。けれど、そこまで時間にとらわれるのは、おかしいやろ。労働関係の研究会に呼ばれたとき、僕はかみついた。

 「女工哀史の時代ならいざ知らず、現代の労働の大部分は、労働時間と労働が生み出す付加価値は比例しません。社会が高度化すればするほど、この傾向は進んでいきます」

 けれど、研究会のメンバーの理解は得られませんでした。「仕事はおもしろおかしく? 堀場さんのところは計測器メーカーやろ。そしたら、仕事がおもしろいかどうかが分かる計測器をぜひ作ってきて」と追い出され、次からお呼びがかからなくなった。

 政府が「残業代ゼロ案」を検討し、それに対して「長時間労働が増える」と批判が出ていますが、それも僕に言わせれば筋違いです。当然、労働者の酷使は避けるべきですが、もはや残業という概念は仕事の実態に合わなくなりつつあります。

 企業が社員に求めているのは労働時間の提供ではありません。質の高いクリエーティブな仕事です。それは残業しても生み出せません。社員が楽しみ、生きがいを感じながら働くことで初めて実現できるものです。仕事は苦痛という見方から抜け出せない企業があるとすれば、いずれその企業は崩壊するでしょう。

 堀場製作所でも、もちろん法律に基づいて残業代を払っています。けれど社員は、目先の残業代はあまり気にしていません。それはなぜかというと、給料がもらえる仕組みを理解しているからです。

給料総額が見える

 当社では74年に、労働分配率は付加価値の60%以上と定めました。経営者が求めるのは社員が生み出す付加価値であり、給料にはその付加価値から60%以上を分配するとはっきりさせたのです。総額が決まっているので、社員が自分の取り分を増やそうと思えば、できるだけ少ない人数で生産性を高めればいい。

 残業代の引き上げを要望するより、そのほうが近道です。極端なことを言えば、1人で全社の仕事をすれば丸々、付加価値の60%分が自分の報酬になります。1つの餅を3人で食べるか、5人で食べるか。それと同じで、小学校の簡単な算数問題です。

 実際、このルールを導入した途端、それまで「人が足りない」と文句を言っていた現場が静かになりました。

「おまえのところ、人が足りんのやろ」

「いえ、この人数で頑張りたいと思います」

 それはもう極端な変わりようでした。

 給料は空から降ってくる雨のようなものだと捉えている社員はたくさんいるはずです。ぜひ経営者は「あなたたちが生み出す付加価値が給料の元ですよ」と教えてほしい。そして、どのようなルールで給料の総額を決めるのか、全体の枠組みを示しましょう。

 その上で、社員に財務情報をオープンにする。堀場製作所では、社員に会社の状況を刻々と報告しています。僕を含む役員の報酬もすべて公開している。中には、「もらい過ぎだ」と不満に思っている社員がいるかもしれませんが、隠して「うちの社長は無茶苦茶な額をもらっとんちゃうか」と疑心暗鬼になるほうが、社員はおもしろくない。

 労働の質的変化に合った新しいマネジメントに変えていかないと、社員はおもしろおかしく働くことができないのです。

※この記事は、堀場氏の最新刊『おもしろおかしく〜人間本位の経営』(日経BP社)から抜粋したものです。

日経BP社は、堀場雅夫氏が「正しい経営」について語る最新刊、『おもしろおかしく ─人間本位の経営─』を発刊しました。堀場製作所の社是「おもしろおかしく」に込めた思いを人間精神に立ち戻って講義します。詳しくはこちらまで。


このコラムについて
90歳の名将が実践し続けた「人間本位の経営」

堀場製作所の創業者で現最高顧問の堀場氏は、今から40年近く前に「おもしろおかしく」という奇想天外な社是を掲げました。「仕事をおもしろおかしく? なめたことを言うな」と世間から批判を浴びる中、一人屹立して人間本位の経営を貫き、従業員満足度が極めて高い会社をつくりました。ブラック企業が跋扈する今、90歳の名将が経営の正統について考えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141127/274369/?ST=print


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