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キトラ古墳 天文図は数百年前の星空か:数百年前の天文図をなぜ描いたのか意味論的解説も必要
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/214.html
投稿者 あっしら 日時 2015 年 7 月 16 日 03:49:10: Mo7ApAlflbQ6s
 


キトラ古墳 天文図は数百年前の星空か[NHK]
7月15日 20時56分

奈良県明日香村にある「キトラ古墳」で見つかった天文図を天文学の専門家が新たに分析した結果、描かれているのは古墳が造られた時期の数百年前に観測された星空の可能性があることが分かりました。

7世紀末から8世紀初めの飛鳥時代に造られた「キトラ古墳」は、石室に極彩色の壁画が残されていたほか、天井には金ぱくで星などを表現した天文図が描かれ、本格的な天文図としては世界最古とも言われています。

これについて、天文学の2人の専門家が文化庁などとともに、いつ、どこで観測された星空を描いたものか詳しく分析しました。

このうち、国立天文台の相馬充助教は、5つの星の位置と、年代によって僅かに変わる地球の自転軸の傾きを照らし合わせ、西暦400年ごろに観測された星空ではないかと推測しました。

また、国立天文台に勤務していた中村士さんは、25の星の位置を基に分析し、紀元前80年ごろに観測されたのではないかと推測しました。

2人が指摘した時期には違いがありますが、いずれもキトラ古墳が造られた数百年前に観測された星空の可能性があるということです。

一方、観測された場所について、相馬助教は「北緯34度付近」と推測し、当時の技術水準などから古代中国の主要都市だった可能性が高いと指摘しています。

文化庁の建石徹古墳壁画対策調査官は「キトラ古墳の天文図が精密に描かれていたため、天文学者による分析も可能になった。この結果を踏まえ、さらに研究が進むよう期待している」と話しています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150715/k10010152011000.html

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<キトラ古墳>天文図は紀元前後中国で観測された星の可能性
毎日新聞 7月15日(水)21時19分配信

 奈良県明日香村の国特別史跡・キトラ古墳(7世紀末〜8世紀初頭)の石室天井に描かれていた天文図について、文化庁などは15日、星の位置関係を調べた結果、紀元前1世紀半ばと、紀元後4世紀に中国で観測された星が共に描かれている可能性があると発表した。謎とされていたキトラ天文図の由来に迫る成果といえそうだ。

 キトラ天文図の星の配置は独特で、原図に該当する星図は見当たらないとされる。今回の研究は、文化庁と奈良文化財研究所、中村士・元帝京平成大教授(天文学史)、相馬充・国立天文台助教(位置天文学)らが共同で行った。

 星の位置は年々変化しており、中村元教授は天文図に描かれた20個以上の星宿(せいしゅく)(星座)の位置から年代を推測。その結果、紀元前1世紀半ばごろの観測と判断した。紀元前の星の位置を記録したとされる古代中国の「石氏星経(せきしせいきょう)」とも整合したという。

 一方、天文図には北極星の周囲にあり地平線に沈まない星の範囲を示す円が描かれている。相馬助教は円や星の位置関係などから、紀元後4世紀に北緯約34度地点で観測したと結論付けた。この緯度には古代中国の都として栄えた洛陽や長安(現西安)が位置する。

 奈文研飛鳥資料館の石橋茂登学芸室長は「天文図は紀元前の中国で作られ、数百年後に修正が加えられて海を渡り、明日香にたどり着いた可能性がある」と話している。【矢追健介】

最終更新:7月16日(木)0時48分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150715-00000095-mai-soci

 

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コメント
 
1. 2015年7月17日 16:49:40 : wagnWuB44I
当時は星の位置が年々変化するなんて知識はなかったんじゃない?

2. アサマタロー 2015年7月18日 10:48:21 : UiY46YlCu.Moc : RZg3uY30MQ
2015年07月16日 【今の日本に怒り心頭】ブログ
舒明天皇陵の発見か?と言う時に発見後直ぐに隠されたキトラ古墳星座北緯35度の謎を30年後の今頃、NHKがやる不思議。国際的文化遺産を権力維持の為に恣意的に扱う異常な日本国家だ!

何十年前だ?公正さを保つ為に、傍に収蔵研究施設を作り一般人・マスコミに衆人環視で見学させるのが世界文化遺産の鉄則では無いのか?何かインチキ意図を感じる。中国の兵馬俑を参考にせよ!それが出来ないのは中国と違い、日本では当時の利害関係者子孫が権力を握っているからだ。竹田JOCの長男の嫌韓態度を見れば分かる。朝鮮半島を負けて日本に逃げて来たのが原日本人を殺し奴隷・手篭めにした結果生まれたのが今の日本人の9割だ。


キトラ古墳 天文図は【その】数百年前【?千数百年前でしょ!】の星空か
7月15日 20時56分

奈良県明日香村にある「キトラ古墳」で見つかった【1983年以降で30年前だ!】天文図を天文学の専門家が新たに分析した結果、描かれているのは古墳が造られた時期の数百年前に観測された星空の可能性があることが分かりました。
7世紀末から8世紀初めの飛鳥時代に造られた「キトラ古墳」は、石室に極彩色の壁画が残されていたほか、天井には金ぱくで星などを表現した天文図が描かれ、本格的な天文図としては世界最古とも言われています。【世界文化遺産を権力者の思惑で隠していた!ユネスコは日本政府に勧告せよ!】
これについて、天文学の2人の専門家が文化庁などとともに、いつ、どこで観測された星空を描いたものか詳しく分析しました。
このうち、国立天文台の相馬充助教は、5つの星の位置と、年代によって僅かに変わる地球の自転軸の傾きを照らし合わせ、西暦400年ごろに観測された星空ではないかと推測しました。
また、国立天文台に勤務していた中村士さんは、25の星の位置を基に分析し、紀元前80年ごろに観測されたのではないかと推測しました。
2人が指摘した時期には違いがありますが、いずれもキトラ古墳が造られた数百年前に観測された星空の可能性があるということです。
一方、観測された場所について、相馬助教は「北緯34度付近」と推測し、当時の技術水準などから古代中国の主要都市だった可能性が高いと指摘しています。
文化庁の建石徹古墳壁画対策調査官は「キトラ古墳の天文図が精密に描かれていたため、天文学者による分析も可能になった。この結果を踏まえ、さらに研究が進むよう期待している」と話しています。


3. 2015年7月22日 12:34:22 : 51yJRCNq3A
この話,面白いですね。

ただno 2のように感情的に反論する人がでるのはどうしてなんでしょうか?
資料が未公開ということなんでしょうか?
もしそうなら
シロウト研究家でもできそうな話題なので,資料を公開してほしいですね。


4. 2015年7月25日 14:38:49 : q6byxK77aU
ほかのソースのコピペだったんじゃないの?

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