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虚構の上に軍隊は成らず いわんや戦争放棄をや
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/219.html
投稿者 あやみ 日時 2015 年 7 月 31 日 22:16:26: oZZpvrAh64sJM
 

つれづればなhttp://turezurebana2009.blog62.fc2.com/blog-entry-143.htmlより転載


 戦争法案――べらぼうなイカサマ法であることには違いない。こんな法案を通すような議会であれば無いほうがましである。しかし情けないことに国民側からこの法案に対して為される批判はあまりに子供じみている。ただヘイワ、ヘイワと騒ぎ立て戦争に行きたくないと駄々をこねているに過ぎないではないか、その空恐ろしさを感じているのは筆者だけではないと望む。


筆者の記憶では二十五年ほど前、「平和ボケ」なる言葉が活字になって世間にお目見えした。この言葉は戦争のない日本で安穏と生きることにある種の「罪悪感」を植え付けた意味で重要な役を演じたと言ってよい。その結果として四半世紀後の今、軍国化を唱える右翼くずれどもが票を集めたことを思えば「平和ボケ」とは当時の現状批判として国内から湧き上がった言葉ではなく、国外の勢力が冷戦後の日本の外交位置を想定した上で敢えて我々の潜在意識を操作するため耳に吹き込んだ策略だったのかもしれない。


戦争は非道そのものであり起こしてはならないものである。戦争のない世を望むのは日本に限ったことではない。ボケが来るほど平和であるならこの上なにを望むのか、そうも言よう。しかしそのような状況は果たして人類にとって不可能である。


たとえば戦後の日本は本当に平和であったのだろうか、否。日本は人類史上最悪の戦争である冷戦下においてアメリカという名の防空壕に隠れ目と耳と口をふさいでいたに過ぎない。否、もとより「平和」などという軽薄な言葉はこのような狸寝入りに似つかわしい。戦後日本は朝鮮戦争の軍需工業により復興を遂げた。朝鮮半島を焼け野原にした兵器は日本人の手によって作られたのである。その後日本がアメリカの庇護の下でぬくぬくと経済成長を果たす傍らで冷戦体制の底辺に置かれた弱小国は欧米に蹂躙され続けてきた。その資金源こそ経済大国と祀り上げられた日本である。日本は間接的であれ第三国にとっての加害者であり続けたのである。我々が平和と名づけて拝するものはどう贔屓目に見てもこの程度である。


日本は先進国の一員とされながらも外交能力の評価は非常に低い。表向きには外務省が置かれ諸外国との国交が持たれており国連では非常任理事国としての位置もある。しかし実際はいかなる交渉も決定も常にアメリカの顔色を伺いながら、あるいは指示を仰いでの上で、これを外交と呼ぶことができようか。日本には外交の能力ではなく外交の権限がない。皆無と言っていい。敗戦後に占領下に置かれた日本はその後独立を認められたものの未だに首を鎖に繋がれたままなのである。そういう国はアジア・中東・アフリカに少なからず存在するが、日本はだてに金を持たされているだけ始末が悪いのである。


戦争を一方的に放棄するだけならば子供でもできる。国家が戦争をしない、巻き込まれないためには政府による万死一生の外交努力が必要でありかつ国民は政府に協力すると同時に政府を厳しく監視せねばならない。しかし日本人はそのすべてを放棄し国防も外交もすべてアメリカに委託している。敗戦国の立場とはそういうものだが、かの敗戦から七十年も経って未だにそれに甘んじていられるのはもはや日本人がそれを望んでの事と言うしかない。


つまり楽なのだ。アメリカに追随してさえいれば貿易が赤字になることも他国に侵害されることもとりあえず無い。なにより複雑な外交と金のかかる軍事を丸投げしておけば軍事行為で手を汚さずに金儲けに専念できる。戦後こうして金持ちになった日本だが、楽をしている間に非常事態を嗅ぎ分ける嗅覚も対応する能力も完全に失ってしまった。ここ数年頻発する海外での日本人拉致・殺害事件をみれば日本政府の外交が全く機能していないことがよくわかる。


「テロリストとの譲歩は有り得ない」などと毅然と語る欧米だがそれは当然嘘八百である。各国政府は自国の諜報(スパイ)組織を通してテロ組織等とは常に交渉を持ち、脅し、すかし、利害の一致があれば協力し、資金を融通し、すべてのテロ活動は事前に察知することが可能であり、逆に誘発することもある。しかし諜報部を持たない日本政府にはこれが決して出来ず、「屈する」ことも出来ず、したがって海外で捕虜となった日本人を日本政府が救う可能性はない。このように日本は丸腰のまま軍を抱えようとしているのである。


軍国の場合、軍の行動は諜報組織のもたらす情報をふまえて計画される。その組織のない日本に軍なるものが配備されれば、レーダーも羅針盤も搭載しない帆掛け舟でいきなり海戦に斬り込むようなものである。いかにも日本的と言えるが笑い話ではない。


(日本人にスパイはやれないと思ってはいけない。江戸幕府が二世紀半に亘って維持されたのは「公儀隠密」の活躍が大きいのである。また外交が本当に下手かといえばそうでもない。黒船来航の百年以上も前からロシアなどの船団が通商を求めて日本近海に現れていたが、すっとぼけながら回答を避けてはうまく遣り過ごしていたのである。江戸幕府の終焉は単に世界の流れに逆らえなかったためだけではない。命を天に預けて戦う「兵−つわもの」であったはずの武士たちが泰平の世に甘んじて官僚化し、保身のために政治判断が先例重視に傾いたのが大いなる原因である。一大事を察知る武士の気は萎え、破魔の武芸は形ばかりのものとなり、もとより軍事政権たる江戸幕府はその存在の根拠を失った。こういった内的な崩壊を察知したアメリカが満を持して江戸前に大砲を構えたのである。)


今になって日本の軍国化を望んでいるのは他でもないアメリカである。世界の覇権国として君臨してきたもののアメリカはもはや疲弊した。国内を見れば精神異常と肥満と薬物中毒に満ち、職も働く気力も体力も無い。ありもしない正義を振りまわし世界中に戦争をふっかけまくった挙句の当然の結果である。そろそろ覇権を他国に分散して影でその糸を引いて暮らしたい、かつてイギリスがそうしたように、である。日本はアジア地域の番兵として好都合、というわけである。日本国諜報部設置などはアメリカが承知するはずも無く、されたとしても有名無実の組織(例:内閣情報調査室)になる。


日本再軍備論は誰も住まない猫の額ほどの孤島の領有権という実にどうでもいい問題から起った。日本と中国が協調することでアジアへの影響力を失い損をするのはアメリカであることを忘れてはならない。北方領土問題のせいで日露協調が今日まで実現しなかったことがアメリカにどれだけ利益を与えたか試算してみるべきである。いま政府が法改正をしてまで配備しようとしている「日本軍」は単なる米軍の下請けであり我らが国とその国民を守るための武力ではない。


資金さえあれば軍隊は作れるので、日本ならば自衛隊を増強し最新鋭の軍備を数年で整えることが出来よう。ただし飛行機、銃器、弾薬すべてをアメリカから輸入することが余儀なくされる。兵器を輸入するか自給するかは単に経費の問題ではない。A国がB国から兵器を輸入しているのならばA国は結局B国に防衛を依存していると言い換えることができる。依存を絶つためにA国が兵器の国産に乗り出してもB国はあらゆる手でそれを妨害する。世界で起こる謎の株価暴落や航空機事故、クーデターまがいの市民デモはその脅しの常套手段である。技術先進国の日本でさえ未だに旅客機すら国産していないのはゆめゆめ戦闘機の開発などをせぬようにと頭を押さえつけられているからである(日本には某中華人民共和国のようにロシアから戦闘機を盗んで丸ごとコピーしたりするような真似はできない)。こうしてB国から輸入した兵器の制御システムが実戦では決して正常に作動しないであろうことはA国も重々承知であり、だからこそA国はB国に逆らえない。今のままでは虚構を承知で軍備することになる。


相手の物を奪いたいという本能がある限り人は隣人に害を与えてしまう。そうなればおのれと家族を守るために武器を握ることは避けられない。人は裸では生きてゆけない。この原初の道理を国の次元まで引き上げたものが戦争である。外から侵害をうければ国家は国と国民を守るために武力を行使せねばならない。前時代じみた野蛮な考えだとのご指摘もあるだろう、しかし「正義」「平和」「友愛」などとぬかす民族こそ手の付けられない蛮族であり、地球上にこいつらが存在する限り侵略は絶えないと断言できる。国家には有事に行使できる武力があって然るべきである。


わが国にとってその武力とは米軍である。アメリカとは人類史上最も好戦的な国であり、建国以来アメリカが関わらなかった戦争はこの地球上に存在しない。まさに戦争で飯を食っている国に「守られて」いるという事実が不快でないのはなぜであろう、それは「戦争放棄」の一言があまりに眩しいからに違いない。


日本に軍隊がないのは戦争の永久放棄を明記した日本国憲法に由来する。その草稿を起こしたのも、それをほぼ丸呑みした日本政府案を「了承」したのもGHQである。そしてこれは世界に二つと無い平和憲法であり何があろうと死守するべきと謳った戦後教育を設計し導入したのも他でもないGHQである。原爆と敗戦によって自失状態になった日本に占領軍の言い分のすべてを承諾させ、正気をとりもどしたあとにも懐疑の余地を与えぬために学校教育をして日本国憲法を神聖化した。これは大政奉還後、天皇を現神人(あらがみびと)として奉り神国日本のあらゆる行動を肯定した仕組みと酷似している。(明確な「神」をもたないために導き方次第で何でも神と信じてしまうという日本人の弱点はすでに室町時代にイエズス会のスパイである宣教師ルイス・フロイスの手で解析され西欧に報告されていた。)


占領軍が非占領国の国法制定に介入することは越権行為であり現行の日本国憲法は本来ならば無効である。と、ときおり起こるこの正当な主張はアメリカ追従をやめられない日本政府に常に黙殺されてきた。兵役に行かないですむ国民からも無視されてきた。


誰が作った憲法であろうと戦争放棄は至高の法である、そうお考えの方は多いと思うが、日本はアメリカの起こす戦争に影で加担することで自国の安泰と富を築いてきたことをどうか正視していただきたい。この幻影の如き理想を掲げて生きるうち国は病んで衰え明日には地球の癌となる。虚構の上に軍隊は成らず、いわんや戦争放棄をや。


わが国には独自の憲法が必要である。「自由」「平和」「幸福」などという詐欺まがいのあいまいな表現を含まぬ、国の進むべき道を淡々と綴る新憲法を作らねばならない。


わが国には独自の軍隊が必要である。現政権が強行に作ろうとしている米軍日本支部ではなく、日本と日本人を守る日本軍である。その兵器はすべて国産でなければならない。戦争放棄を目指すのはその後である。


わが国には独自の外交が必要である。戦争放棄は突然「やめた」と言って成り立つものではない。同じ意志を持った国々と密接に交渉を続け、協調し、他国(例:アメリカ)の利益のために参戦できないとする国内外の法整備を重ねてこそ実現できる。ただし経済制裁とテロの標的になることを覚悟し耐え抜かなければならない。


日本はまず輸出入に偏りすぎた経済を叩き直さなければならない。経済制裁という脅迫を撥ね付けるだけの国内生産力が要る。このまま国民が都市生活に固執しているうちは生産力は下がりつづけ、不足を補うための輸入とその対価を支払うための外貨獲得すなわち輸出に血道を上げることになる。さらに都市集中から生まれた「地価」という架空の価値のために国民は無駄な労力を常に費やし、その利益は銀行が吸い上げて最後は国外に持ち出されているのである。都市とは金融システムの都合が生んだものである。いまはそれに背いて都市から離れた生き方を模索する時である。


輸出入が減れば株は下落し、失業が増える。しかしそこで農林水産業と工業を援助し雇用を増やすのは国の仕事である。「都市」がその引力を失えばしめたもの、国民生活は逆に向上するだろう。


日本には食糧生産の可能な土地がまだいくらでもあり、また市場の食糧の三割以上が廃棄されていることを考えれば自重することで食糧完全自給は十分可能になる。そして毎日のごとく膨大に排出されもはや行き場を失った不燃ごみとはもとより石油そのものである。日本が資源を大量に輸入せざるを得ないのは資源が無いからではなく使い方を誤っているからである。市場が「使い捨て」を前提としている以上この過ちは繰り返され、いずれ国民も使い捨てにされるだろう。


廃絶すべきは受験を標榜した教育である。その教育を通して体得させられているものは「合理性」のみである。聞こえはよさそうだがこれはただただ資本主義経済に貢献する手足となるための理念でしかない。ようは「金がすべて」という理屈で調教されているのである。すると「金のためなら」どんな非合理も理不尽も受け入れられるよう洗脳されてしまう。すると海外の弱小国あるいは国内の弱者の暮らしを、そして慕うべき朋友の暮らしをどれだけ侵害していても、逆に侵害を受けていてもそれを雄弁に肯定できるようになる。いらぬ戦争へと引きずり込まれてしまうのはこうした下地があってこそである。


絶縁すべきはメディアである。牙を隠して笑顔で歩み寄り、主義主張のみならず善悪の判断までも塗り替えてしまうことができる。世界の街角で民衆が「春」と叫ぶ暴徒と化した。それを煽り戦争を起こしたのも、世界に事実無根の画像を配信し「春」を美化したのもテレビとソーシャルメディアであった。いずれのメディアもその持ち主のために存在するのであって民衆のためではないことを知らねばならない。


今までどおりアメリカに追従することで保身を図るというのであればそれも国としての道であろう。ただしそれは属国としての道である。


日本は独立国として、外交と防衛を自らの意志と手で行うべきである。アメリカが疲弊し国力を失った今がその檻を破る好機である。


国策のアメリカ追従を断ち切るには、「内的な自立」をおいて他はない。それは生活の手段や嗜好にはじまり史観、社会観、倫理観そのほかあらゆる観念をアメリカから押し付けられ、それを「よいもの」と信じ込まされている状況を破壊し日本人としての本来の生き方を取り戻すことである。国の根本である国民一人ひとりがその自立を果たせば政治などは自ずと変わる。

…と、書き連ねるのは楽だが、実現には苦難に満ち、多くの尊い血が流れることも避けられないだろう。そして今日の日本人がそれに耐えられるとは思い難い。なぜなら今や苦難に耐えるための大儀名文が実に怪しいからである。近代以前は「神仏」を畏れ、苦しいことがあろうと「神罰や仏罰」をうけぬようにと非道を避け、それに耐れば「徳」を積むことができ死後には極楽に迎えられるとの考えがあった。しかし現在はそのようなものはただの非合理でしかなくなった。我々が悪事に手を染めぬための縛りは「法律」である。法を犯せば「刑罰」をうける。さすれば「金と自由」を失う。そうならぬためなら社会の軋轢をも辛抱できる。「金と自由」は現代人にとって最も神聖なものであるからして、敵国が「金と自由」をちらつかせて近寄ってくれば苦難に耐える必然性が蒸発してしまうのである。悲しくもそれが日本の現状である。


新憲法、再軍備を語るのであればその根底を為すもの、つまり日本を束ねる共同体意識を見出さなければならない。それには先史から今に至るまでに世界に興亡した国々がいかなる道を歩んだかをよく学ぶべきである。  

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コメント
 
1. 2015年8月01日 20:10:17 : CooIHyXALs
これは概してひどいな。
こういうのもあやみさんの一部なんだろうからいいけど。

2. 2015年8月01日 22:14:26 : Ma5RZiiuic
肩に入った不自然な力を抜く事なしによくすることは出来ないと思う
余分なエネルギーが放出されていく事 不自然な力が入る労働 
これは善ではなく地球を痛めつける悪だと思う 生き方が自然じゃないとおかしく見える
スターリン主義もフォーディズムも人類を解放しなかった それは不自然労働にこだわったからだと思う

3. 2015年8月01日 22:22:29 : Ma5RZiiuic
旧日本軍の連帯責任や過酷な訓練を引き継ぎ、自殺者や脱走者を大量に出し続けている自衛隊のあり方を「事実上の軍隊だからやむを得ない事」としている思想が日本を悪くしている
否、建前ではそんな事を言っている人間はいない でも、それを本当に問題だと思っているならブラック企業の問題もなく、戸塚ヨットスクールでまたも死者が出る事もなかったはずだ
裏の本音はやはり「軍隊だからやむを得ない」
いくら建前で綺麗事を言っても現実に織田信長や土方歳三が賛美されるのが日本なのだ

4. 2015年8月02日 00:46:05 : EbVA5QaJUN
>今までどおりアメリカに追従することで保身を図るというのであればそれも国としての道であろう。ただしそれは属国としての道である。

属国になる覚悟はあるのでしょうか。冷戦時代のアメリカは西側陣営に勝つために日本に大変な気を使っていました。あの時代、朝鮮半島で膨大な損害を出して38度線まで押し戻され、ベトナムでは尻尾を巻いて逃げ出す始末。人種差別で東洋人を軽蔑していたアメリカのWASPにとっては青天の霹靂でしょう。この上日本まで離反したら目も当てられない、そういう状況の中で日米安保は成り立っていたのです。冷戦時代のアメリカの態度を当たり前だと信じてはいけません。

アメリカの支配層であるWASPは他民族を奴隷化して利益を得てきました。紳士などではないのです。むしろ残虐な奴隷主というのが本当の正体でしょう。冷戦が終わった今日本に対して余計な気を使うのでしょうか。

私には日本人がアメリカの属国になるのがどういう意味なのか理解していないように思えます。冷戦時代の関係のまま続いていくと信じているのなら大間違いです。これからのアメリカは日本に遠慮などしません。どんな残酷な要求でも突きつけて来るし言う事を聞かなければどんな残忍な罰でも与えます。ちょうど奴隷主が奴隷に鞭を振るうようにね。


5. あやみ 2015年8月02日 07:15:43 : oZZpvrAh64sJM : JTkns6p8X2
1さま、コメントありがとうございます。

この記事は日本の現状を書きなぐることに大半をついやしています。ですからそれに対して「ひどい」とのご意見をいただいたのであれば仰るとおりです。ご賛同ありがとうございます。

さらに、日本のこの現状は私の一部であり、あなたを含めた国民すべての一部であると考えます。(身から出たサビと言う意味で)


6. あやみ 2015年8月02日 08:06:17 : oZZpvrAh64sJM : JTkns6p8X2
2・3さま、コメントありがとうございます。

>余分なエネルギーが放出されていく事 不自然な力が入る労働

これは合理化、マニュアル化、モジュール化、などのことでしょう。人はこういったものに痛めつけられ続けていると私も思います。

自衛隊は事実上の軍隊=旧日本軍=兵卒を人として扱わない=そういうものだ

これは自衛隊に対する独立した思想ではなく、その背景はまるで気にせず現状や結果を「そういうものだ」と納得してまうことができる現代日本人のクセだと思います。学校教育を通してそう訓練されています。たとえば「正解」こそが絶対であり、それに辿り着くための解法はテクニックでしかないのです。

織田信長や土方歳三(+坂本竜馬)が賛美されるようになったのは近代以降です。この影には合理主義があります。
我々の先祖が夢中で好いたのは義経、弁慶、頼光、スサノオノミコトです。


7. あやみ 2015年8月02日 08:09:12 : oZZpvrAh64sJM : JTkns6p8X2
4さま コメントありがとうございます。

「今までどおりアメリカに追従することで保身を図るというのであればそれも国としての道であろう。ただしそれは属国としての道である。」

の部分しか読んで下さってないようなきがします。もう一読おねがいいたします。


8. 2015年8月02日 11:08:29 : VDlpJ8VSx6
”平和ボケ”とは多くの人達の努力によって成り立っている平和な世の中に慣れ、
戦争になった時にどのような状況になるか想像できない(または、想像を拒否する)
人々の事です

平和を維持しようと努力している人々に投げかける言葉ではありません


9. あやみ 2015年8月02日 13:55:58 : oZZpvrAh64sJM : JTkns6p8X2
8さま、コメントありがとうございます。

せっかくコメントをいただけるならば、どうか最後までお読みいただけるようお願いいたします。
戦争のない状態を維持するためには対外的な政治努力と国民による政府の監視が不可欠であり、そのすべてをはなから放棄しておきながらヘイワと叫んでいる日本の現状を記事にした次第です。
「平和を維持しようと努力している人々」とはどなたのことでしょうか、またどのような努力のことでしょうか、よろしければご教示ください。


10. 2015年8月02日 15:18:08 : reI0m8HhlI
>>アメリカが疲弊し国力を失った今がその檻を破る好機である。

経済国力がつき、いつまでも米軍におんぶに抱っこしている乳飲み子のゆりかごから羽を使い勇気をもって飛び降りる絶好の機会が25年前後ではなかったか。
しかし、当時のマスコミなんかが筆頭にたち、長年に形成された奴隷根性が国民の信念や価値観に大きな影響を与えてしまったのか、慣れ親しんだ既存の商人国家路線に固執してしまった。全体の責任、公共の責任は誰ももたないで、ゆりかご脱出は未知で怖い怖いとして従来型の物質耽溺と耽美や目先の無事路線で空想的な安住の地を望んだ。国家的な公共の安全を誰も考えない、まるで東京電力が原発の危険性が降りかからない、気分が滅入るからとお祈り儀式だけで済ますのと何も違わない。危険予知とその対処能力の放棄は、日本の根底の気質と国民性の信念として根付いてしまったわけで、もう極端な天変地異や天災による国土消滅までいかないと自発的に変えようとする動きなど出てこない。放置が長すぎて、もう国家内部で組織も人間性も壊れ始め、十二分に整備され硬直したシステムだけが惰性的に一人歩きしているだけといえよう。


11. 2015年8月02日 17:09:28 : EbVA5QaJUN
属国、奴隷をやるという事は自らのプライドを徹底的に捨てるという意味ですよ。奴隷主には奴隷の独自の文化や宗教を尊重するような遠慮はありえません。なぜならば奴隷は家畜と同じであり人間扱いをしないからです。

もう一度戦前を思い出してください。日英同盟で米英の支援を受けながら清国や帝政ロシアを破った日本がなぜ同盟国の米英と戦争する羽目になったのか。奴隷がどんなに手柄を上げても仲間扱いされる事はないのです。中国共産党みたいに自分で勝手に戦勝国気分に浸っても、欧米は彼らを戦勝国として扱うつもりなど少しもない。国連常任理事国のポストにしたって核兵器の後ろ盾がなかったらつけなかったでしょう。


12. 2015年8月02日 20:02:00 : CooIHyXALs
>>5
1で「概してひどい」といったのは、あやみさんの主張のことですよ。

13. 2015年8月02日 21:18:55 : eyY5TlCgk6
「平和を維持しようと努力している人々」とはどなたのことでしょうか、またどのような努力のことでしょうか、よろしければご教示ください。]

 国連(連合国)が平和維持しようとしてるか? いざとなれば

 戦勝国=常任理事国は自分の都合がわるければ、拒否権発動、国連無視。

 平和の努力してない。

 あやみさまもすでに おわかりでしょうが、

 平和な心(外から見えませんが)をもってる人、人を傷つけない(物理的にも、精

 神的にも)など、ぶっちゃけ平凡だが経典、聖書、仏典、コ−ランなどに書かれて

 ること、その一部でもできれば、平和を努力してる人でしょうね

 遠いところにあるのではなく自分の周り、足元を見る、他人の幸せを喜べる人

 それが市井の人間にできることでしょう。

 


14. あやみ 2015年8月02日 23:29:43 : oZZpvrAh64sJM : JTkns6p8X2
10さま、コメントありがとうございます。

>経済国力がつき、いつまでも米軍におんぶに抱っこしている乳飲み子のゆりかごから羽を使い勇気をもって飛び降りる絶好の機会が25年前後ではなかったか。

日本の経済力は輸出入の成長を裏づけとするもので、それを担保していたのがアメリカです。そんな時期に椅子を蹴るようなまねは不可能だったと考えます。その間に「金と自由」に懐柔されきってしまったわけですが、それが怪しいものであることに気づかなければ何も変わらないでしょう。戦争法案に対する議論はは少なくともそのきっかけになる可能性があるとわずかながらに期待しています。


15. あやみ 2015年8月02日 23:48:22 : oZZpvrAh64sJM : JTkns6p8X2
11さま

世界には国として成立しないような国がいっぱいあります。旧ソ崩壊後に独立した国々や、東西・南北に分断された国の片方、砂漠の上に定規で線を引かれて資源倉庫として利用されている国々などがそうです。彼らは自らの選択で独立を果たしたわけではなく大国の理屈で「属国」として生まれたわけですが、少なくとも日本は国としての独自の歴史を持っています。しかしながら防衛権も外交権ももたない属国の状態です。

属国として生きる覚悟はあるのでしょうか、とのご質問ですが(なぜ私がこの質問を受けるかは理解に苦しむところですが)、戦中戦後を生きた祖父母たちは子供たちのために苦汁を飲んで属国に下る覚悟をしたのだと思いますよ。今現在、日本の若者たちは属国で生きているとはとても思ってないでしょうが、これはプライドを捨てたのではなく、「価値判断」をアメリカから植えつけられたからであります。日本の自立を妨げるのはこれです。


16. あやみ 2015年8月02日 23:51:10 : oZZpvrAh64sJM : JTkns6p8X2
12さま、知っているのでわざわざお返事いただくまでもありません。
「ひどい」とのご感想はあなたの主観ですのでべつに干渉しません。

17. あやみ 2015年8月03日 00:06:09 : oZZpvrAh64sJM : JTkns6p8X2
13さま

>平和な心(外から見えませんが)をもってる人、人を傷つけない(物理的にも、精神的にも)など、ぶっちゃけ平凡だが経典、聖書、仏典、コ−ランなどに書かれてること、その一部でもできれば、平和を努力してる人でしょうね遠いところにあるのではなく自分の周り、足元を見る、他人の幸せを喜べる人それが市井の人間にできることでしょう。

仰るとおりです。
しかしアメリカの庇護のもとに遂げた復興と経済成長のもたらした物質的な豊かさに溺れ、国防も国策も自国の手に無いことに気づいていながらも「仕方ない」と認識する日本国民の多くは上に書かれている人に該当すると思います。

私がブログを通してしつこく指摘しているのは、「価値判断の喪失」と言う問題です。日本人が征服されたのはここです。戦争放棄という虚構をここまで美化できる理由はここです。


18. 2015年8月03日 06:54:51 : eyY5TlCgk6
憲法9条て GHQの敷いた路線上にあると 私は考えるのですが。

占領期GHQの洗脳は大成功でしたね。

9条の批判に対する反応、反撃はすさまじいですね。70年たったいまでも9条死

守、戦前の日本が全て悪かったわけじゃないといっても聞く耳もちません。


こんなこというと、9条信奉者は御怒りでしょうが。

オ−ム真理教や某宗教教団の洗脳 マインドコントロ−ルと似てるかもしれません。

洗脳をとくにはモノスゴイ労力必要かもしれません。

トロイの木馬ウイルスに感染したようなもので・・・。

だいたい他人の考えを変えるのがいかに難しいか、日常生活の人間関係で

十分経験しますから。
 


19. あやみ 2015年8月03日 14:54:48 : oZZpvrAh64sJM : uSEZPCCT0o
18さま、ありがとうございます。

重要なご指摘をいただきました。いま仕事に行かねばならないので後ほど改めてお返事させてください。


20. 2015年8月03日 18:55:05 : EbVA5QaJUN
>>15

あやみさま

>なぜ私がこの質問を受けるかは理解に苦しむところですが

それはあなたの文章の中で属国に成る事を非常に「さらっと」書いているからです。まるで重みが感じられない。あなたに限らず多くの日本人もそうだと思いますよ。冷戦時代米国は日本に対しては非常に紳士的でしたからね。そして日本も米国が海外で行っていた数々の悪逆非道に目をつむってきた。

しかし紳士は米国の真の姿ではないのです。アングロサクソンの属国になるとはどういう意味なのか、世界各地にいろいろな実例がありますし日本も明治維新以来70年の富国強兵の後に全てを失い侵略者の汚名と外国軍隊駐留という罰を受け、20年の高度成長の後に原発事故で国土を半永久汚染されたわけです。しかも同じような原発は日本全国に58基もある。戦中戦後を生きた祖父母たちは子供たちのために苦汁を飲んで属国に下る覚悟をしたのだと思う、との返事ですが本当に後世のためになっているのか、70年ごとに繰り返される惨事はますますエスカレートしているように思われます。


21. あやみ 2015年8月03日 22:50:36 : oZZpvrAh64sJM : ZIysnue6AA
19さま

>9条の批判に対する反応、反撃はすさまじいですね。70年たったいまでも9条死守、戦前の日本が全て悪かったわけじゃないといっても聞く耳もちません。

そのとおりです。理屈ではなく潜在的に怒りのスイッチが入ります。「自由」というものを批判した場合もよく似た反応がおこります。これらは「崇高かつ死守すべきもの」として学校教育を受け、さらにメディアを通して反芻させられたキーワードです。GHQの残した作品といえます。

たとえばオウムやソウカのような宗教を装う営利団体であるならば「悪者」であることが明確であるためその手口を「洗脳」と言い切ることは容易であります。しかし厄介なのは学校です。そこで行われている「教育」を指差して「洗脳」と言うには良心が邪魔をするでしょう。

その洗脳が70年も解けないのは「金と自由」という覚せい剤を与えられているからです。


22. あやみ 2015年8月03日 23:06:09 : oZZpvrAh64sJM : ZIysnue6AA
20さま

>それはあなたの文章の中で属国に成る事を非常に「さらっと」書いているからです。まるで重みが感じられない。

本文でもコメント欄でも「属国になる」などとは一度も書いていません。「すでに属国である」と指摘しています。外交権と防衛権がないこと、社会観、倫理観、史観、生活観などの観念をすべて押し付けられた上にそれを「よいもの」と思い込まされている現状がその根拠です。「占領下」にいなくても事実上の属国です。それを重くねちねちと書く必要は別にありません。

あなたがコメントして下さっている内容、たとえば欧米人が残虐であること、日本が欧米の非道に目をつぶってきたこと、祖父母の判断がよい結果を生まなかったことその他は本文にすべて書いてあります。
「今までどおりアメリカに追従することで保身を図るというのであればそれも国としての道であろう。ただしそれは属国としての道である。」の部分だけをつまみ読みしてコメントし続けているとしか思えません。ちゃんと読んでください。読む気がないのなら知りません。


23. 2015年8月11日 14:30:51 : 1LqIGVSvNs
大筋、大賛成。

属国と言うより、未だ占領下です。嘉手納も横田も三沢も返還されなければ、占領下です。

憲法9条の改正と、日本の独立は、表裏一体なのでしょう。護憲派は、この占領下の日本が心地よいといっているにすぎません。

アヘとその一味の安保法制が、ナイ・アーミテージ・リポートVol3の実現のためであり、日本を守るためではなく、アメリカ様の後ろの闇勢力・似非光勢力のご都合のためであることに覚醒しなければなりません。

言葉を変えれば、米国からの独立を果たした後は、自分の国は自分で護らなければなりませんから、再軍備は当然の帰結です。米国の囲われものだから、今まで自国の軍隊を持たないですんでいただけです。

もっとも、海外派兵の禁止、侵略戦争の禁止は、当然明文化されるべきことです。


24. あやみ 2015年8月14日 05:54:49 : oZZpvrAh64sJM : H7AOD7mf5o
23さま ありがとうございます。

>護憲派は、この占領下の日本が心地よいといっているにすぎません。

護憲派の方々がこの事実を認めるのは甚だ難しいでしょう。それだけ洗脳が深刻なのです。
それに対し改憲派の方々も欧米に仕組まれた民族意識にのせられて対中国武装論を振り回しているに過ぎません。
問題は、論点が「護憲か改憲か」という無意味な二者択一で凝り固まっていることです。改憲も護憲もどちらも解決では在りません。「独立」するために対米追従を振り切り、自前の新憲法を制定することです。それには今の日本が独立国などとは到底呼べないことを認識せねばなりません。


25. 2015年8月14日 09:34:41 : z21ZXlbTkk
これは、個人に換言すれば、平和=葛藤放棄、戦争=葛藤、つまり、
自己内部に於ける問題意識と換言すれば、初めて成り立ち得るテーゼ
なのだと思う。

なにか、定義が公私混同された結果、混乱が生じているのではないかと。

もう少し整理しないことには、議論が成り立ち難いのではないか?


26. あやみ 2015年8月14日 20:46:31 : oZZpvrAh64sJM : p0PIpSW5Fc
25さま ありがとうございます。重要なご指摘と存じます。

>なにか、定義が公私混同された結果、混乱が生じているのではないかと

公私混同とはまた別のものです。「国家」とは「一国民」の集合体ととらえています。つまり国家(公)とは一国民(私)の最大公約数です。各自の意識が変われば国家も変わるでしょう。

好きなだけ冷房をしたい、テレビをつけっぱなしにしておきたい、家財道具は使い捨てにしたい、そのような欲求を国民が持ちさえしなければ原発もエネルギー問題も産廃問題も消えてなくなります。
複数の異性と交際したい、家事や育児に時間をとられたくない、誰にも拘束されずに気ままに生きていたい、国民がこういった欧米流の自由を見限れば、離婚や少子化に歯止めがかかるでしょう。
汗だくになる農業や製造業はやめて第三国からの輸入で賄えばいい、利ざやで儲けて楽をして暮らしたい、重労働は外国人にやらせればいい、もう書くのも馬鹿馬鹿しいのですがこういった曲がった考えを捨てれば物価高や金融恐慌にまくし立てられることはないのです。

社会問題は一国民の「欲」が束になって起ります。
戦争は社会問題よりも次元が高いのですが、戦争を正当化し、煽るのは社会問題です。
つまり戦争を起こして儲ける連中が個人の欲を束ねて扇動し、社会問題に仕立て、戦争へと駆り立てるのです。

だからこそ、この動きを食い止めるには国民の「内的な自立」が必要だと申し上げるのです。それが公私混同に見えてしまうのは国民と国家がそれぞれ無関係な存在だと認識されているのではないでしょうか。

過去に「戦争屋の理屈」という記事をここに投稿しています。よろしければそちらもお読みください。



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