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空気呼吸する魚(キリスト教以前のコプト様式
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/266.html
投稿者 金十字架 日時 2015 年 11 月 08 日 19:49:03: mfAWtS4GF8MpY
 

人の意識は"魚"の進化時点では既に存在していた―これは何を意味するのか。

(13のウロコを持つ魚の壁画:ドゴン、ペルー、エジプト)
で検索すれば面白い世界が垣間見れる事と思います。

「始まりに向かって」と云うブログが目にとまりましたので、
(キーワードとなる語群の中から一部抜き出して掲載)

転用ここから
--------------------
今日は、前々回にご紹介しましたアフリカ・ドゴン族に関する研究書、ロバート・テンプル著「知の起源」が発刊された後に、マリー・ホープによって書かれたシリウス研究書である「シリウス・コネクション」という本を紹介します。

彼女はエジプトの知の起源に焦点を絞って話を進めます。

その中にテンプルの書に詳述されていたドゴン族の研究の傍証となる部分がありましたので、そこを載せたいと思います。


*****


本書執筆中に、私は幸運にもエジプト古来の宗教に帰依するエジプト人神官の知遇を得た。

現在のエジプトがイスラム教を国教とし、いわゆる異教にはきわめて不寛容であるため、彼らは隠れ信者であることを余議なくされており、ここでその本名を明かすことはできない。
しかし私のシリウスに関する情報の提供依頼に対して、次のような丁寧な書状が送られてきた。


・・・・・


「偉大なる家」のセクメト・メンチュ神官長の名において、1万450年、ペトレの季節、第一週の10日に、神官長の命により、タフティ(トト)の神殿の神官ならびに「偉大なる家」の占星術師、数学者サウ・タフティの執務室を経由して、イギリス帝国の住民マリー・ホープあてに書かれた手紙。

おたずねの星に関して。

その星系のまたの名はアウセト(イシス)の星あるいはセブ・エム・アウセト。
アモン神の角族の秘儀において承認。

我々の間では「新しい日(あるいは年)と言われ、聖アウセト(イシス)が今より1万450年より少し前に「偉大なる家の蓮の玉座」に昇った記念の星。
また天地創造の山、エジプト・シナイ山での五柱の偉大な神々の誕生の記念の星。
この五柱の神とはオシリス、イシス、セト、ネフティス、ホルス。

密かに知られるところでは、神々は宇宙の「その場所」からアモン神の角族である我々と我々の従兄弟ツツィのもとに来たとされる。

ツツィの人々はアモン神の角族を次のように言う。

「その口から出た音によって、石の山の上に足跡を残したメ輝く顔をした人々モの一族。

メ輝く顔をした人々モは、北に完全なメ山モを作り、その声が神の尊厳を讃えた人々。

ツツィの素晴らしい地を離れて東に移動し、やがて東の地の蛮人(アラブ人)に滅ぼされた人々。

アモン神の角族は火の指で岩の山に文字を書き、翼なしで空を飛び、想念で川の流れを変え、我々ツツィと従兄弟のドゴンに始源の知識と大いなる魔術を授けてくれた。

彼らが去って行った時、我々は悲しんだ。

ある者は海の近くの山の土地へ、ある者は天の場所に戻った。

その天の場所では、この地上での彼らの、そして我々の種族がそうしたように、彼らの世界の霊的歴史が数学によって残される。

それについては従兄弟ドゴンがよりよく知っている。

我々はメ動かす言葉「ヘカウ」モに通暁し、ドゴンは始源の事柄によく通じていたからである。

我々の肌は違うが、我々は同じ人種だ。
なぜなら祖先の土地でメ輝く人々モと結婚し、共に住んだから。

また彼らは「聖なる地で邪悪の名をほしいままにするがやがてはメ輝く人々モに屈伏する野蛮な者たちの到来」を予言し、

そして「メ輝く人々モはまだ隠れているが再び我々と一緒になり、新しい時代を来たらせる」と予言したからである。

以上。

・・・・・・


日付「1万450年」はもちろんシリウス暦によるものである。
西暦に直せば、紀元前8000年ごろ、かに座の時代に地球になにか大事変が起こったことが推測できる。


驚いたことにこれと全く同じ信仰がドゴン族にあるのだ。

「シリウスからの訪問者(ノンモ)はいつに日か戻ってくる。

一つの星が空に現れる。

それが「ノンモ」の復活の約束の印だ」

とドゴンは言うのである。

かの神官長とテンプルは全く接点がないようだが、手紙の内容はテンプルの仮説を裏付けていると考えられる。

テンプルがもし「ツツィ」のことを知っていれば、より確実な結論が出せたかもしれない。


(マリー・ホープ著・荒俣宏訳「シリウスコネクション」より要約)

       *****

「エジプトの神官」なる人がどのような出自をもつ人なのか、わたしには分かりませんが、アフリカの一部にはシリウス信仰があるということと、かつてアフリカの一部族が異形の人々と交わった記憶を持つということの傍証にはなると思います。

「誰かがやってきて、そして去り、またやってくると約束をした」、という伝承があるということだけは確かだと言えると思います。


ここでもまた、ホピ族の予言が思い出されます。
おそらく、これらの記憶は、世界中にちらばっているのでしょう。

青い星に関するホピ族の予言を以下に載せます。

わたし達は誰と、何を、約束したのでしょう?
そしてなぜわたし達は何もかもを忘れてしまったのでしょう?


       *****


時は迫っている。
サクアソフー〔=ホピ語で青い星〕のカチナ(仮面)が広場で踊る時がくる。
彼は、今はまだ目に見えない遠くの青い星を象徴している 。
その星はもうすぐ現れる。

(フランク・ウォーターズ著「宇宙からの聖書」より)


       *****


引き続き、アフリカ・マリ共和国のドゴン族が伝えるシリウス星をめぐる伝承についてロバート・テンプルの「知の起源」から紹介します。


       *****


「ノンモ」(=シリウス人)という名称は、シリウス星系から来た水陸両棲体のメ個々人モを指す場合に用いられ、集団としての「ノンモ」については、「世界の監督者」、「人類の父」、「魂の守護者」、「雨の授与者」と呼ばれた。

実に多数のノンモが地球を訪れたというが、もちろんシリウス星系に住むすべてのノンモが地球に来た訳ではないであろう。

「ノンモ・ディエはアンマとともに天界に残った」と言われ、地球を来訪したノンモとシリウス星系に残った「ノンモ・ディエ」は明確に区別されているのである。

「ノンモ・ディエ」は地球上の生物の魂を守護するものであり、虹となって自らを具現させるという。
虹のことをドゴン族は「ノンモの道」と呼んでいる。

地球に降り立ったノンモは3つのグループに分類される。

第一のグループは、「ノンモ・ディエの使者であり、偉大な業績を果たした」とされる。
地球文明を創造したのはこの一団であるようだ。

第二のグループは「池のノンモ」と呼ばれる一団で
「彼らは世界の浄化と再編のために犠牲となる。

しかし人間となって甦り、人間の祖先と共に箱舟で地球に降下する。
そして、元の姿に戻り、水底より地を支配して、子孫を増やす」
のだという。

これも同じく地球を来訪したノンモであるが、人間に混じって支配を行った一団であるようだ。

第三のグループは、「オゴ」と呼ばれる一団で、手に負えない厄介者の集団とされる。

彼らは完成を間近に控えたとき、作り手の意思に背き、世界に混乱をもたらした。

最後に彼らは堕落を表す青いきつねとなったという。
この集団の負のイメージは、古代エジプトのセト神と重なり合う部分が多い。


「ノンモ」と言う言葉自体は、ドゴン語のメNOMOモから派生したもので、「他者に何かを飲ませる」という意味を表す。
これに関連して、ドゴン族の伝承は次のように伝えている。

「ノンモは自らの体を切り分けて、人間に食べ物として与えた。

宇宙がノンモの体を飲んだように、ノンモは人間に飲ませたのである。

またノンモは人間に自らの生命原理を与えた。」

さらにノンモは「キレナの木」で磔刑に処せられたという。

この一連の伝承からは原始キリスト教の痕跡(原形?)も読み取れる。

ドゴン族の伝承によれば、「かつてシリウスBとシリウスAは現在の太陽の位置にあったという。

この伝承こそ、ドゴン族があがめるアンマ(創造主)の故郷がシリウス星系であることを示す証拠となるものである。

すなわちこれはアンマの視点による伝承であり、自分たちの太陽であるシリウスAとシリウスBの星系を後にして、私たちの太陽系にやってきたということなのである。

さらにノンモはイルカのような姿をしていたという。
おそらく水中でも長時間にわたって息を保つことができただろうし、イルカのように口以外にも呼吸用の噴気孔を持っていたのだろう。

ドゴン族の伝承によれば「ノンモは鎖骨で呼吸をしていた」というが、これは噴気孔を表しているものと思われる。


シリウス星系には高度な文明を誇るシリウス人が存在し、今から7000年以上前に地球を訪問し、地球文明の基礎を創造した。

古代の人々は、地球を訪問し、文明を創造したシリウス人を神と見なした。

やがてシリウス人は去って行ったが、その事実は古代の人々によって記録され、伝承として様々な神話的脚色をほどこされて、現代へと継承された。

私たちはようやくその現代へと継承された伝承を読み解き、シリウスの謎を解明することができるのである。

      (ロバート・テンプル著「知の起源」より要約)


      *****

ドゴン族は、地球にやってきたシリウス人(ノンモ)を3つのグループに分けていますが、2番目のタイプのノンモ、、自らを犠牲にして死んだり、よみがえったり、船にのって人類を救いに来たりするノンモは、著者も書いているように、キリスト教の物語とよく似ているように思われます。

ドゴン族の描いたノンモの絵を見ると、立った魚の姿をしており、ノンモの復活する日は「魚の日」と呼ばれるということですが、キリスト教も、成立当時は魚のマークをシンボルにしていたようです。


またドゴン族は目に見えない白色矮星シリウスBを「ポ・トロ」と呼んでいます。(ディジタリアは学名)

「ポ」とは彼らの育てている穀物の中で最も小さな粒の種の名前のようです。

彼らはこの穀物を万物の根源と考えており、彼らにとって世界の根源であるシリウスBにもその名をつけて、その微小さと価値の重さを現しています。

このメ最も小さい種モという言葉は、キリスト教の「からし種」の説話を思い起こさせます。

キリスト教においても最も小さいものに最も根源的な価値があるという考えがありますが、当時広まっていた思想の中から選び出されて、キリスト教に取り入れられたのかもしれないと思います。


またこれらのメ種モの考え方は、ホピ族が未来について語った言葉を思い起こさせるように思います。
以下にホピの言葉を載せてみます。

人類はかつて何を見たのでしょうか?
そして、これから何を見るというのでしょうか?

     
        *****


未来の第5の世界への(人々の)出現はもう始まっている。
小国家、小部族、少数民族の謙虚な人々によって、それは行われつつある。

あなたがたは、地球そのものにこれを読み取ることができる。

前の世界にあった植物が、種として発芽し始めているのだ。
それを読み取れるほどの目があれば、新しい植物学を開けるだろう。

同じ種類の種子は天の星ぼしにも植えられている。
同じ種子が我われの心の中に植えられようとしている。

このすべては一つであり、あなた方がそれをどう見極めるかにかかっている。
これが次の第五の世界への出現をつくるのだ。

(フランク・ウォーターズ著「宇宙からの聖書」より)


       *****


Wikiイクトゥス「キリスト教の魚のシンボル」より

イクトゥス、イクトス、イクソス、(ichthys ichtus、ギリシャ語: ΙΧΘΥΣ) は、弧をなす2本の線を交差させて魚を横から見た形に描いたシンボルである。初期のキリスト教徒が隠れシンボルとして用いた。
今日ではジーザス・フィッシュ(Jesus Fish)やクリスチャン・フィッシュ(Christian Fish)とも呼ばれている。

彼はアフリカ・マリ共和国のドゴン族に伝わる古来の伝承の中に、信じられないような天文学的な知識があることに驚嘆し、なぜ、どのようにして、そのような知識が得られたのかを調べました。

彼はドゴン族は古代エジプト文明、また時を同じくして栄えたシュメール文明の伝統を受け継いだものと推定しました。

そしてシュメール文明の資料とエジプト文明の資料を並べて、ドゴン族が今現している事柄は、大変古い人類の出現の時期の記憶を伝承している可能性があると述べています。

現代の文化の常識に抵触する物語であり、一度には紹介できませんが、続きの部分を少し紹介してみます。


      
       *****


バビロニアの神官べロッソスは、神殿に保管されていた楔形文字の文書を利用して、自国の歴史を編纂した。
この大著「バビロニア史」において、ベロッソスはバビロニア文明の起源について記述している。

それによれば、バビロニア文明は外部から訪れた水陸両棲体の一団によってもたらされた。

この水陸両棲体の一団は「オアンネス」と呼ばれる。
のちの伝承において「オアンネス」は「ダゴン」と呼ばれるようになり、聖書にもペリシテ人の崇拝する魚神として登場している。
「ダゴン」は魚神であるが、農耕をつかさどる神として信仰を集めていた。

歴史家アポロドトスが保存していた「ペロッソス」の断章には「魚と人間の合体した姿のオダゴンが海から現れた」という記述がある。
ペロッソスの記述によれば、オアンネスは次のような姿をしていたという。

「その動物は全体として魚と似ている。
魚の頭の下に、もう一つ人間に似た頭があり、また、魚の尾の他に人間に似た足ももっている。
声や言葉も明確で、かつ人間のようでもある。
この動物の姿については、今日に至るまで正確に伝承されている。
この動物は太陽が沈むと海に戻り、海の底で夜を過ごすのが習慣だった。
つまり水陸両棲だったのである。」

バビロニア人はオアンネスを崇拝し、巨大な神像を建立する一方で、文明を与えてくれた恩人のことを「気味が悪く嫌悪すべきもの」と呼んでいたのだ。

この記述からは必ずしも明らかではないが、水陸両棲体オアンネスは表皮がぬるぬるし地面を這いずりまわる生物であったにちがいない。
だからこそ、気味の悪いものあるいは嫌悪すべきものと呼ばれたのであろう。

ブルタルコスの記述によれば、大神ゼウスは両足が癒着したまま成長したため、歩くことができなかったという。
ゼウスも水陸両棲だったのだろうか。


バビロニアの伝承と同じく、ドゴン族も水陸両棲体が地球文明の創始者であると伝えている。

この水陸両棲体は「ノンモ」と呼ばれる。
「ノンモの玉座は水底にあった」と伝えられるように、基本的には水の中でしか生活できない。

ノンモの一団を地球に派遣したのは、宇宙の最高神「アンマ」であるという。
この「アンマ」という言葉は、古代エジプトの神アモンから転訛したものと思われる。

ノンモの一団は箱舟で天界より来臨し、箱舟を旋回させながら着陸したという。

着陸地点は彼らの住居地から北東ということで、現在のエジプトないし中東近辺を指していると考えられる。

箱舟は乾いた土地に降下し、旋風を巻き起こして土煙をあげたとされる。
着陸の衝撃により、地面は凸凹になった。
そして方舟は地面を横滑りしたという。

また方舟が着陸するとき、ノンモの声が四方に飛んだとも伝えられる。
おそらく方舟は大音響をたてながら、現代の飛行機の様に地面を滑走して着陸したのだろう。

箱舟が降りてくるとき、空間は四つの角をもった。
箱舟が着陸したとき、空間は四つの辺をもった、と伝えられている。

箱舟は「十番目の月の星」と呼ばれた。

ノンモは箱舟と共に帰ってしまったが、ふたたび地球の戻ってくるという。

ドゴン族が待望する「ノンモの復活」である。
これについては次のような伝承が伝えられている。


「ノンモの復活を現す天のシンボルはイエ・ペル・トロ(=10番目の月の星)である。
 
この星は容易には見ることができない。
この星がまだ現れていないため、二条で一対をなす十条の光線は円の内部にある。

ノンモの箱舟が降下するとき、これは形をなすだろう。
これは復活したノンモの目のシンボルでもあるからだ。」

この記述からも、ノンモがただの単なる星でないことは明らかである。

ノンモが再び太陽系を訪れ、地球に着陸船を降下させる時になって初めて、10番目の月の星すなわち箱舟=恒星間宇宙船は姿を現すことになるのだろうか。

(ロバート・テンプル著「知の起源・文明はシリウスから来た」より要約)


    *****


アフリカのメ未開民族モが、昨今観測されたばかりのような天文学上の事柄を古くから伝承しているという話を以前聞いたことがありました。

ロバート・テンプルという人の書いた「知の起源・・文明はシリウスから来た」を読んでみましたので、少し紹介してみたいと思います。

前回のインカ帝国のレムリアを通り越して、シリウス星まで行ってしまいましたが、行きつ戻りつ、さまよってみたいと思います。

書名にあるように、メ知の起源モはいまだ明らかにされていないのですから、これも一つの仮説であり得ると思います。

以前何回か紹介したホピ族の伝承と重なる部分もあるように思われ、比較検証してみたいとも思っています。


         *****


ドゴン族に関する調査を開始した私は、フランス人の人類学者マルセル・グリオールとジェルメーヌ・ディテルランとの「スーダンのシリウス星系」と題する論文を発見した。

この論文はシリウス星系について膨大な知識を有するドゴン族についての人類学的報告であったが、当初筆者はその内容を信じることができなかった。

そこには未開の部族が知るべくもない知識が含まれていたからだ。

ドゴン族はシリウスBを天空における最も重要な星と考えていた。

シリウスBを肉眼で見ることはできないが、ドゴン族自身もそれが見えない星であることを認識している。

それではどのようにして彼らはシリウスBの存在を知ったのであろうか。

彼らは「シリウスBは単に見ることができないだけなのだ」という。

下の図はドゴン族の描いたシリウス星系。

ドゴン族にとっては、大きくて明るいシリウスA(主星)よりも、ちっぽけなシリウスBの方が重要であるという。

彼らはシリウスBの軌道を楕円形と考えており、シリウスAはその焦点の一つであるというのである。

おどろくべきことに、ドゴン族の描いた図に示される天体の動きは天体の運動に関するケプラーの法則にあてはまっている。

上の図はシリウスBの描く軌道とシリウスAについて、現代科学による天体運行図とドゴン族の描いた図を並べて掲載したものである。

ドゴン族はシリウスBの公転周期が50年であることも知っていた。

グリオールらはドゴン族の秘儀(=シギ)に言及した箇所について次のように記述している。

「公転周期は2倍、すなわち100年に勘定される。なぜならシギは双子星の原理を表現するために双子を二人一組で召喚する儀式だからだ。」

「天空で最も小さな星が最も重い星である。ディジタリア(と名付けられている)は最も小さく、最も重い星だ。この星はサガラという金属で構成されていて、輝きは鉄よりも 明るく、地球上の生物が力を合わせても持ち上がらないほど重い。」

実際シリウスBは白色矮星であり、地球上には存在しない超高密度の物質で構成されているのである。


彼らは惑星が太陽の周囲を公転していることも知っていた。

ドゴン族は惑星のことをトロ・タナザと呼ぶが、これはなにかの周囲をまわっていることを意味する。

その中心が地球ではないことは、彼らが「太陽の周囲をゆっくりと回りつつ、木星は金星の跡を追う」と表現していることからも分かる。

ドゴン族の居住地近くの洞穴には、祭壇や石組などで、金星の位置を指し示す金星運行表が存在するが、これは金星暦を作成するためのものだ。

彼らは4種の暦を使用しており、うち太陽暦、金星暦、シリウス暦は儀礼用、太陰暦は農耕用である。


「天の川は「星が渦巻く世界」に属する螺旋状の星々であり、地球も「星が渦巻く世界に存在している。

「星が渦巻く世界において、星々の回転軸(=アンマの熊手と呼ばれる)は北極星とつながっている。」


ドゴン族の知識によれば、天の川は太陽系の惑星よりも「遠く離れた星々」である。

宇宙は無限の星々と星が渦巻く世界で構成されているというのだ。

「ビールを醸造する場合と同じく、宇宙の創造においても発酵は重要な過程であった。

生命の発生は発酵に似ている。
創造が行われたとき、多くのものが創造主アンマの内部で発酵した。

アンマは回転し、踊りながら、星が渦巻く世界を創造した。

アンマにより、宇宙は序々に実体化し、星が渦巻く世界が序々に形成されていった。」


創造主アンマによる宇宙の創造と関連して、ドゴン族は宇宙のあらゆる場所に知的生命が存在する可能性を肯定している。

「星々が渦巻く世界には生物が住んでいる。

というのは、万物を創造するにあたり、アンマは世界に形と、動きと、生命を与えたからだ。

我々の星以外にも、生物の住むメ地球モは存在するのだ。

すなわち第4の地球に我々人類が存在し、第3の地球には角を持つ人、第5の地球には尾を持つ人、第6の地球には翼を持つ人が居住している」

というのである。

ドゴン族は恒星や惑星の集合体である星系を表現する上でメ胎盤モという言葉を使っている。

たとえば太陽系は「オゴの胎盤」、シリウス星系は「ノンモの胎盤」と呼ばれている。

胎盤の中における天体の運行は本物の胎盤の血液循環にたとえられ、天体自体は凝固した血液と表現された。

この比喩は他の天体について表現する場合にも用いられている。

たとえば天の川は血の通り道であるし、惑星や衛星は循環する血液と血液中を流れる種子にたとえられている。

また、シリウス星系の地球は「清浄なる地球」、そして、太陽系の地球は「不浄なる地球」と表現されている。

シリウス星系は「魚の国」と呼ばれ、その住人であるノンモ(シリウス人)が地球に降り立った日は「魚の日」とされる。

ドゴン族の伝承によれば、ノンモ(シリウス人)の故郷は「魚の日の清浄なる地球」であり、わたしたちの不浄なる地球ではないという。

わたしたちの地球は「オゴのへその緒が胎盤についていた場所」であり、それゆえに「オゴの最初の降臨」を思い起こさせる場所である。

つまり、地球とはオゴと太陽系とをつなぐ結節点なのだ。

そして(キツネに表象される)オゴとは地球に出現した不完全な知的生物、人類のことなのである。

オゴとは宇宙の吹きだまりに住む私たちのことであった。

オゴは創造された時点で謀反を起こしたため、不完全な状態にとどめられたという。

この伝承は堕天使ルシファーの物語に似ている。

ノンモ(シリウス人)はふたたび帰還するという。

「星」が再び現れた時、それはノンモ復活の標(しるし)となる。

ノンモがはじめて地球に降り立った時、彼らはキツネを粉砕し、キツネの作った地球を将来的に支配することを約束した、とされる。

ノンモはオゴを破壊しつくし、文明の礎を築いた。

未開と文明が混淆する中で、どうやら人類は自らの内なるオゴと闘っていたようである。


  (ロバート・テンプル著並木伸一郎訳「知の起源・文明はシリウスから来た」より抜粋 )

wikiマルセル・グリオールより

マルセル・グリオール(Marcel Griaule、1898年5月16日 エジー=シュル=アルマンソン - 1956年2月23日 パリ)は、フランスの民族学者である。ドゴン族の研究で知られる。
ドゴン文化に密着し、とくにコンゴ・サンガ地方(Sangha)のタマネギとピーマン栽培用の潅漑ダムの建設を励ましながら地域の発展に寄与した。
民族誌学に関係して、重要な貢献のひとつは、ドゴンの宇宙発生論が、西洋のいくつかの宇宙発生論とすくなくとも同じくらいには重要であるというデモンストレーションをした。しかし、ドゴン族の宇宙認識における西洋の影響を過小評価しているとひどく非難されることとなる。アフリカの伝統的葬儀を研究した稀少な民族誌学者のひとりである。
1943年から1956年の彼の死まで、パリ大学ソルボンヌの教授(民族学筆頭)をつとめた。『ユニオン・フランセーズ L'Union fran溝ise』誌の顧問でもあった。1940年からは、『ソシエテ・デ・アフリカニスト Soci師? des Africanistes』誌の事務局長をつとめていた。


Wiki白色矮星より

白色矮星(はくしょくわいせい、white dwarf stars)は、恒星が進化の終末期にとりうる形態の一つ。質量は太陽と同程度から数分の1程度と大きいが、直径は地球と同程度かやや大きいくらいに縮小しており、非常に高密度の天体である。シリウスの伴星(シリウスB)やヴァン・マーネン星など、数百個が知られている


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以上掲載ここ迄。

他にも面白そうな内容満載のブログのようですので、
興味が在る方は直接探して見て下さい。

私もきちんと読んだ訳ではないのですが、後半の狐顔の神とはそのままお稲荷さん(ダキニ天)と理解して良いと思います。
確か空海は幼名を「真魚(マナ(マオ?))」としたと記憶しますが、
「魚」とは何か意識を繋ぐ存在性としてのシンボリックな存在との意味合いを強く感じています。
サカナクションも「sakana + action」。

 

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コメント
 
1. 2015年11月11日 06:31:45 : z21ZXlbTkk
また暫く(4.5日間)、阿修羅に接続できない場所に滞在しておりました。
携帯ではなんとか閲覧できるものの、書き込みのIDは変わるし、
他の作業にも忙しかったため、とりあえず目を酷使しての、
携帯通してのざっと読みが精一杯でした(今は帰還してちゃんと読めます)。

というわけで、他スレへのレスも控えざるを得なかった為、遅れて
あしからず、ですが・・・

まあこれまでの、大体のスレ、レス内容は、
読む前に既にほぼその通りのものとして、把握しておりました
(世に言うところの、一種のテレパシーでしょうかねw)。

と、いうわけで、このスレに対するレスも(実はとても感慨深いのですが)、
文章に起こすと大変に膨大なものになってしまいそうなので(その為日常の
必要な作業に支障をきたす恐れも大)、とりあえず信頼を委ねて、
先ずは「こころ通信」ベースに置いてみたいと存じます。

多分、上手く行くでしょう。

危うさを感じた折や、どうしても必要と感じた折には、必ず自然と、
レスを返す指が動き出すと思うので、是非ともそれまでは、

思うままを、まにまに連ねてくださいませ。

常に、愛読しておりますゆえ・・・。

繋がりは、明らかなのです。


2. 2015年11月11日 08:11:10 : z21ZXlbTkk
とりあえず、今のうち書ける分だけ過去スレへのレス、
今のうち置いときました(笑)

3. 2015年11月12日 01:26:21 : q931E3NW4E
>01
生きると云う事は活きると云う事です。
そしてここで生きるとは自分を創作し続ける事です。
偽りの中に輝く訳です。

私は水です。清濁併せ持つ者です。
また、極性の端と端を繋ぐ役割であるので、常に転換点を生きています。

或いは私は血潮としてたぎる血であり、地に流れゆくものです。

私は桑の木として生まれました。そしてその私を見守るのは風天です。
羽を生やし、流水の様に美しく流れる長い髪の毛を持つものが私の化身です。

私その中で遊びます。自由に。事実そのままに。
自在に空を飛び、空から常に人の本当の姿だけを私は常に見つける存在でありたいです。
その時は、私もそうして本当の姿で居られるからです。

あなたの本当の姿を誰もが愛します。
その眼差しが全てを溶かすからです。

取りあえず此処に書き置かせて頂く文章は、私にとっては遊びです。
無理は一切していないのでご安心ください。

自由で在ると云うことを理解して下さい。

あらゆる縛りから自分を解き放つ事です。
その上で自分を創作して生きて下さい。

それが楽しいからです。それ以外の理由は誰にとっても必要ではない。
愛深き者はその愛に縛られないようにだけ気をつけて下さい。

神聖なままに全てを愛し尽くして下さい。
感受体である自分のホルスの目に集中して。

全てを包込み、受け容れ、赦す事です。あなたの全てを他者の全てを。
愛はただ先を指差し、そこへ促すだけで良いのです。


4. 2015年11月13日 08:03:31 : z21ZXlbTkk
とりあえず、イイネ!
と(笑)

恐らく、余程の無理筋の邪魔(干渉筋w)でも割り込まない限り(起きたとしても、
直ぐに立ち向かえる「常態」に着陸しているでしょう)、
金輪際「危うさ」は無い、と。

一応、我々なりに「頑張った成果」だろう、とだけ、言わせてくださいませW

私も、楽しんでおります。


5. 2015年11月13日 08:38:34 : z21ZXlbTkk
おまけなのですが、昨日私の22の次女が、
「私はちょっとキリスト教が響きすぎてるのかもだけど、
のみに生まれて来ている自覚がある。こういっちゃなんだが、
その対象者の「下々w」と感じざるを得なかった者を理解する必要に駆られ、
多分親に心配をかけたかも知れないが、10代の頃、人と関わるにつれ、
自分を汚したい、最低レベルを理解したいという使命感に落ちた。
その為(もうほぼ辞めたけど)映画製作代稼ぐ名目でキャバ嬢もやったけど、
家族も彼氏も抑々認めてくれた通りに、それはそれで良かったと思ってる。」

「でも、やっぱり本来の自分を忘れたらアウトだから」

私は、そうだよね。でも、愛の深さに溺れないようなレッスンをマスターした、
ということは、若いころの私も(似たような仕事したことはあるけど。
それに向き不向きも)そこまでの勇気が持てなかった分大事だよ。
とってもリスペクトはするけど、やっぱ貴女にはまだ危うさもあるし、
私は根は貴女ほど強くないけど(とはいえ免疫初乳与えたのも私だがw)
まあ年の功もあるので、いつでも相談に乗るし、ね。

的な感じで、夫共々、楽しく語り合いました。

長女とも深く語り合った帰り道。。

ちなみに、長女は魚座の辰年、歴代の名前も瑞々しいというか、
海うみしいというか。。w
次女は水瓶座、あたしゃ蟹座w


6. 2015年11月13日 08:41:27 : z21ZXlbTkk
あれ?何故かのみの前が抜けた。。

のみの前は、「愛と祝福」


7. 2015年11月18日 01:41:23 : q931E3NW4E
"オール" オッケーですね。

何よりです。

私は更につけ加えて、「水と土を繋ぐもの」とも言えそうです。

水は流動的で常に変化しつづけるもの、そして、
土は不動のもの、重なれば山となる動かざるものです。

さて、2日前深夜、外に出たらあまりにも星が綺麗だったので、
高台にある駐車スペースに腰を下ろしておりました。
ある知人から突然電話が来たもので。

そして、現在流星群が見えるとされる東南のオリオン座の左眼下に、
ひと際まばゆく明滅をしている星の瞬きにしばし魅入っていました。

すると、眼前に閃光が目に飛び込んできたので、
久々の流星観測でもあったため、思わず声を挙げてしまいました。
そしてまたそれは、私が肉眼で観測した中では最大規模の光でした。

出現から落下迄の一条の光線を結ぶ中程で、それは一閃して、
横方向へ青白い光の帯を拡げて落ちました。

例えてそれは、つい先頃映像で見た、ロシアに墜ちた隕石を彷彿とさせました。

20程前の事ですが、ペルセウス座流星群の折、私が初めて酒に酔う事を覚えた頃、
庭先で西の空に向かって脳裏に、「流れよ」と強く意識を集中した途端、
前方の空に流星が三つ、頂点を上にした小さな正三角形を描くように、
左斜め下へ一筋、そして右斜め下へ一筋、そして左から右へと流れて下辺を作り、
「シュッ、シュッ、シューッ」とリズムよく(その間わずか一秒ほど)、現れた事が在ります。

その以前にも、深夜ひとり、山の中に入り込もうとやっては来たものの、
迷いで足がすくんでしまい、その場で立ち尽くしてしまった私を突飛な行動に促したのは、
頭上に、格別大きなほうき星が流れて来たからでした。

何事も、意図せず自分をそこに置いた、とする事で、そこにある偶然性が奇跡を演出します。

今回の規模からすれば、先日の流星の観測は、
私に何らかの奇跡の発端を予感させるものである筈だと考えもしましたが、
客観的に見ればそう捉える事も、まま不思議なことではある筈で、
奇跡とは別段、特別不思議な事ではないと私は理解して来たので、
何が起きても大抵、夢見の後のように淡々と受け流しております。

よく「小さかった頃には、私は風を呼べた」と云うような方がいらっしゃいますが、
それは呼べて当然だろうと、私は返す事が出来ます。

私も、意図して、雨が降ると困るとする時、
「必ず晴れる」とだけ思っていれば、約束したかのように、
車を出ようとする瞬間、ぴたっと突然雨を止ませることが出来ましたから。

何度となく、それは「そらみたか」と決まって必ずそうなったと言えたのです。
ただし、それには、「それが当たり前だ」と云う、
理性的思考から抜け出た爽やかさと楽観さ、そして楽しむ事が必要でした。

私たち家族が客観的に見ればとても貧しく暗い時代の中にあっても、
全く普通に笑いあって楽しんで生活出来ていたのは、今でも手前の事ながら、
その当時の自分達には頭が下がらないとも言えます。

つまり、「不遇である」と云った客観的な視点や、または逆に当事者としての感覚がどこか欠けていたんでしょうね。

よって、ご自分の苦労話を徒労話のように話す方々や、
ただ悲観に暮れる事に慣れてるようにみせる人々に対しては、
私はいつもどこか、もどかしく感じて来たのだろうと思います。

「格別何かに比較して自分を小さく感じる」という考え方は、
これ迄、自分の中で必要としてこなかったと言えます。
勿論、その逆もしていません。

自然とは、あなたもまたその働きの一部なんですよ、と、
誰に対しても平等に訴える事の出来るもので、
そして誰もがそこにある力を利用出来るものである筈です。

何故なら、その力は万物全てに繋がっているのですから。

それを活かそうとするなら、つまり、活用するかしないかと云うよりは、
その人は単に自分を自然の一部だと自覚できているかどうかだけが問われているのです。

自分の外側に何かを信じる必要性を見つけるのではなく、
淡々と「誰をも何をも拒まないとする自分」を
自分との「十分な会話」の中で見つけようとだけすれば、
それは一輪の花のように、"能動的に「ただ在る」を実践する存在"となり得ます。

「生きる」とは基本、その状態の事を指す、と私は考えます。

そして、それを"活かす"のは、人の心だと言えます。

物事の精査判別の為には判断指針は必要です。
判断はすべきですが、それは批判ではありません。

好みかどうか、また、望みか望まない事か、
その二極性に拠るコントラストは、批判や反発をする為に得るものではない筈ですよね。

私はあらゆるものは愛されるもの、また愛す事が出来るものだと理解します。
もし嫌われるものが居ると言うなら、
その根拠となるものとは、そう判断する者自身の中にある、自己嫌悪によるものです。

もし仮に私がある基準から見て、嫌悪される醜悪な存在だったとしましょう。

しかしその自分は自分を愛せないでしょうか。
その基準に照らして、自身を嫌悪してしまうでしょうか。

何かと比較して、自分を嫌う必要など無いものです。
どのような物差しを用いても、それぞれが自分の存在性を愛せないと云う事は在りません。

そのように考えると、私は誰をも愛せる筈であると単純にそう思うのです。

誰もが自分を格別愛すことができていれば、
不穏な世界など初めから生まれず、そうした世界は自然と姿を消して行くでしょう。

すべてはそのような世界であるべきですし、実際はいつの時代も既にそうした世界で在った筈なのです。

自分の中に生まれる嫌悪の感情や批判意識を強めれば、
自分を揺り動かし、自分を分離させます。

「一切自分の中に、分離を生まない」

そう誰もが自分に宣言すれば良いのです。

そうしていれば不安な感情に振り回される事は無く、
淡々と自分の望みにのみに意識を振り分ける、つまり100の意識を集中する事が出来ます。

では、またおあいしましょう。


8. 2015年11月18日 08:59:55 : z21ZXlbTkk
どうやら、私のホロスコープには、ミューチュアル・レセプションという、
誕生宮と室というものを等価交換する座相ああるようで、それによると、
太陽の水の宮の蟹座と、地(土)の宮である牡牛座が、同等の影響を
齎しているらしい。だからかも、、すんなり入ってきました(笑)

それはともかく、一応紹介まで。
国立の地球屋というライブハウスがあるのですが(割と身内が多いw)、
そこで、昨日から今月29日までの間に、「生と死の宮殿part2」という
題の展覧会が催されています(私に何の利益もないので、ステマでは
ありません、念のためw)。
若干というか偶然私もそれに関っているので(私の作品や音楽が展示されている
わけではなく、あくまで友人がらみ)、少しこのスレに通ずる題材と共に、
言葉以外で伝わるものもあるかな、と、とりま紹介。

単に興味や気が向いたり余裕があればふらっとお立ち寄りいただければ、と。
タイミングは別に今である必要はないのですが、
ちょっと空気を共有できれば、話が早くなりそうな気もするので、
一応情報まで(当然来なかったらダメ、という意味じゃないです)。


9. 2015年11月19日 13:29:22 : q931E3NW4E
>08

情報とお誘いありがとうございます。
私も独自的な発想の絵を描く人間なので、刺激が得られそうなスポットです。
都合が付けば、行くことは可能です。
ただそれは今すぐと云う事ではないかもしれません。

知遇を得たと云う感じです。

それだけで今は満足です。



10. 2015年11月24日 07:38:35 : z21ZXlbTkk
>07
昨日見たTBSの「夢の扉」というTV番組で、
とある女性アントレプレナーが、「人口流星」の夢を実現すべく、
奮闘する姿が描き出されていました。

ふと思ったのは、科学的に「宇宙人工花火w」のようなものが
生み出されたとして、それはそれで本物と見まごうばかりの
人工ダイヤが、すべての人の手の届くという位置に来る的
平等社会の実現に向けても、素敵な夢なのでしょうが、
やはり本来の宇宙自然からの、「本物の贈り物」との
見分けがつかない多くの現人類にとっては、時期尚早の感もあるかな、と。

まあ、本物の流星群は、必ず天文学者から天文愛好者に向けて、
根拠も含め報告がある筈なので、そうそう間違えることはないでしょう。

が、今のマスメディアや政府の未熟さに憂いを感じざるを得ないのも事実、
また、阿修羅の中にも度々見かける、
極端な「陰謀論者(ディスインフォメーション派w)」によっては、
全ての極端に大きな災害(主に地震、津波、火山爆発)犯罪、天文現象の、
ほぼ全ては、かねてから人為的に起こされたものだという説に、
拍車をかけかねませんねw

よって、若干憂慮を覚えたついでに、意図外に、
何らかの「選別」的な事態が起こりつつあるのかな、と観じた次第。。


11. 2015年11月24日 07:42:24 : z21ZXlbTkk
一応訂正
人口流星→人工流星


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