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揺れる世界と政治リーダーの条件 作家 塩野七生氏:中産階級、民主政に不可欠 安全だけは統治者が
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/286.html
投稿者 あっしら 日時 2015 年 12 月 27 日 02:42:27: Mo7ApAlflbQ6s
 


[時論]揺れる世界と政治リーダーの条件 作家 塩野七生氏
中産階級、民主政に不可欠 安全だけは統治者が

 欧州ではギリシャなどの債務問題が経済を揺さぶり、イスラム過激派のテロが大きな社会不安となっている。背景には国の成り立ちや文化、欧米と中東の長い歴史が複雑に絡み合っている。ローマ在住で最新作『ギリシア人の物語1』の刊行に合わせて帰国した作家の塩野七生さんに、世界が直面する問題への見方や政治リーダーの条件を聞いた。

 ――作品歴のなかで今回の『ギリシア人の物語』の位置づけは。

 「私はもともとギリシャから入ったんです。高校時代にホメロスの『オデュッセイア』や『イリアス』を読んで地中海に憧れたくらいですから。ローマ史にどうして行ったのかというと、ルネサンスものを書いていたらこっちもルネサンス人らしい考え方になって『なぜ彼らは古代復興を言い出したのだろう』と思ったのですね」

 「まだキリスト教がなかった時代にヨーロッパ人はどうやって暮らしていたのか、どんなことを考えていたのかに興味を持ち、私も古代に復帰してしまったのです。なんだか実に自然な感じで」

 ――統一通貨ユーロから離脱論議が浮上したギリシャをどう見ますか。欧州連合(EU)は結局、ギリシャを排除しませんでした。

 「北ヨーロッパの人たちが考えているのは文明とか文化とかのヨーロッパではなく、経済的なつながりでしょう。ならば南欧は切り離した方がよい。しかしそれではヨーロッパと言えなくなる」

 「オリンピックの聖火は今もギリシャのオリンピアまで行って太陽から火をつける。ロンドンだって火はつけられる。しかしオリンピアへ行くことで何となく『オリンピック』と思えるわけです。今のギリシャは悪いけれどそんな存在。でもいいじゃないですか、古代にあれだけ様々なものを作った人間なのですから」

 ――古代ギリシャ人はまさに民主政の創始者です。

 「結局、市民社会、市民階級がないところには民主政は成り立たない。そのことは現代でも立証されています。持てる力を可能な限り活用するために生まれたのがアテネの民主政であって、やはり中産階級が重要な役割を担ってきた」

 ――欧州以外はどうでしょうか。

 「イスラム世界は中産階級をついに作れなかった。それが民主政が成り立たず、社会が安定しない原因でもある。商人階級は作りました。北アフリカのイスラム世界はサハラの黄金を売っていた。今ならばオイルです。原料を輸出する側はそれだけでもうかる。工業製品を輸出する側は、例えばフィレンツェやベネチアだったら繊維業で、色を付ける、織るなどの過程がある。その人たちに職を与えることになった」

 「イスラム世界は人々に高学歴を与えることはできた。しかし今なお高学歴にふさわしい職場を作れていない。だから軍隊とかバース党(アラブ主義政党)のような所に貧しい秀才が流れてしまうのです」

 ――ペルシャ戦役があった地域は今日の過激派組織「イスラム国」(IS)の勢力圏とも近い。

 「私は宗教は『個人的なこと』として、作品で常にあまり立ち入らないようにしています。古代は多神教の時代だったので良かったわけですが、中世になるとかたやイスラム世界、かたやキリスト教という一神教の時代になる」

 「中世は相当に硬直性のあるキリスト教だったから、イスラムと激しくやりあっていた。現代はバチカンでさえも『他の宗教を信じる人でも良いですよ』という姿勢。『ただし我々の宗教のほうが安らかさを見つけるには良いですよ』と付け加えるわけですが、排他的にはなっていない」

 「中近東は為政者階級の世襲など我慢ならないひどい体制が生まれている。ヨーロッパ側は『文明への反逆だ』という思いにかられ空爆をやってしまう。するとまた、イスラム世界から恨みを買ったりする」

 「私にはイスラム世界とどう付き合うかという時に答えがありません。古代ローマみたいに『ここに移ってきたのなら、ローマ法は絶対に守れ』と言えないからです」

 ――シリア情勢や難民問題をどう見ますか。

 「古代ローマ時代はどうしたかと言えば、難民は受け入れた。ただし完全に自助努力を求めた。つまり『働け』と。今のヨーロッパでは人権は尊重し、国民と同等の待遇を与えなければいけない。若い男たちが大勢収容されて何もしないと、周囲からだんだん敵視されていく」

 「結局、難民問題の元は国の内乱にあるわけです。アフリカは土壌として豊かですが、内乱になれば逃げ出さざるを得なくなる。捨てられた耕地は何もかも枯れてしまう。雨も降らない。こうなるとますます人間が住めない」

 ――『ギリシア人の物語』にも安全保障にかかわる記述が多く登場します。

 「(ペルシャ戦役後の)デロス同盟は多国間で安全保障をする目的でできた。ペルシャ帝国にそんな同盟は一切ない。アレキサンダー大王もローマ帝国もそんなことは考えなかった。同盟の考え方は超大国からは生まれないのですね」

 ――日本で成立した安保関連法をどうみますか。

 「日本も中小の国々のひとつだから同盟による安全保障は当たり前であって、ヨーロッパでは安倍晋三首相の安保法制は全然問題になっていない。『当然』という感じで受け止められています。中国だってほとんど何も言っていないんじゃないですか」

 「中国に対抗するには中小国が集まって、米国が後ろ盾になる安全保障を考えればいい。中国が脅威的存在にならなければ必要性はなかった。ソ連があった時と似た構図。同盟は強大な敵があるからなのです。中国はまだ超大国でないが、超大国になりたいと思っていることは確かです」

 ――政権に返り咲いてまもなく3年の安倍首相への評価は。

 「前回(2013年秋)の日経インタビューで『2度もチャンスをもらい、そこで何もしなかったら政治家でないだけではない、男でもない』と言いました。そうしたら発奮されたのではないですか。批判的な人は『彼には健康上の理由がある』と言う。でも健康なんぞは奥さんとお母さんが心配すればいい話です」

 「安定はすごく大きい。人間はバカではありません。安定、安全であれば適度に自分たちでやれる。しかし安全だけは統治者が実現しなければならない」

 「ルネサンス時代のフィレンツェでもメディチ家が僭主(せんしゅ)になって安定を築き、そこにルネサンス文明というか、フィレンツェ文明が花開いた。ベネチア共和国は経団連が統治したような国だと思いますが、中小企業の保護をした。だからパクス・ロマーナ(ローマの平和)は大切だったのです」

 ――当事者全員の努力なくして安全保障はないと書いていますね。

 「パクスを実現するには、やはり抑止力とか諸々の力が必要です。ただし安倍さんは説明のやり方が下手だった。安保法制も説明が十分でなかったのではなくて、はっきり言うと話し方が下手だった」

 「アンチ安倍の人から『安倍晋三という男をあなたは好きですか』と聞かれたから、『まずもって私の好みじゃない』(笑)。だけどそんなことは関係ない。今やりますと言っているのが彼なんだから、やってもらいましょうよ、とただそれだけ。ダメだったら次の人にやらせたらいい」

 「だけど以前のように首相が1年で交代するのは絶対にいけない。あの状態では何もできなくなりますから。英国のサッチャー首相は10年、ブレア首相だって10年続いた。10年は必要だ。10年続けば日本人でも何かやりますよ」

 ――国を率いる条件はなんでしょうか。

 「政治のリーダーは美男である必要はない。でも明るい顔である必要はある。やっぱり辛気くさいのはダメです。安倍晋三という男は決して貧相ではない。世の中、全部辛気くさい話ばかりなのに、リーダーまで辛気くさい顔をしていたらやる気が起きますか」

 ――安倍政権は女性活躍を看板政策にしています。

 「女の人は『男社会だ』と言って文句を言う。しかし抗議するのにもエネルギーがいる。人間には一定のエネルギーしかないから、抗議するのに使ってしまうと、創造するエネルギーがなくなってしまう」

 「だから次期首相だって女だからダメだっていう訳では全然ないのだけれど、心躍らされるようなはっきりした何かを言わないといけない。いまの女性政治家はそれを言う能力が感じられません」(詳細を電子版に▼Web刊→紙面連動)

 しおの・ななみ 1937年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。68年に執筆活動を始め、初の長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で70年度の毎日出版文化賞。82年に『海の都の物語』でサントリー学芸賞、83年に菊池寛賞を受賞した。
 92年から長編『ローマ人の物語』の刊行を開始。99年に司馬遼太郎賞に輝き、歴史研究と歴史小説にまたがる新たな分野を切り開いた。2006年に15巻でシリーズが完結した。

 その後『ローマ亡き後の地中海世界』『十字軍物語』『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』を刊行。このほど最新作『ギリシア人の物語1 民主政のはじまり』(新潮社刊)を書き上げた。ローマ在住。78歳。


[日経新聞12月20日朝刊P.9]

 

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コメント
 
1. 2015年12月30日 01:21:48 : G9pRncd5P6 : kNLawzAmjgA[171]
高名な作家らしいが、ほとんど大したことは言っていないな。
古代ギリシャ、ローマやヨーロッパルネッサンス期の「ロマン」に浸り過ぎて、現実の政治問題を語らせるにはズレた人のような気がしてならない。
(マキャベリがどうとか言ってさえいれば「シビアな現実家」とは限らない)
御高齢の御本人に文句を言うつもりはないが、引っ張り出す方の意図がよくわからない。

ヨーロッパに関しては、こちらの先生が言っていることの方が、よほどシビアなものだと思う。
ル・モンドディプロマティーク日本語電子版
21世紀の左派に告ジャン・ブリクモン(Jean Bricmont)ルーヴァン大学(ベルギー)理論物理学教授
http://www.diplo.jp/articles07/0708-2.html

>「自由主義的」思想家たちは、社会主義への移行が先進資本主義国家で予定通りには起きなかった、と指摘することで、カール・マルクスを批判してやまない。彼らへの反論は、われわれのシステムが単に資本主義であるばかりでなく、帝国主義でもあるということだ。ヨーロッパの発展は、広大なヒンターランド(後背地)の存在なくしてはありえなかった。このことの意味を理解するには、ヨーロッパが地球上に出現した唯一の陸地であり、アフリカ、アジア、アメリカなど残りすべてが大海だったと想定してみればよい。そうなれば黒人奴隷貿易も、ラテンアメリカの金鉱も、北米への移民もなかったことになる。われわれの社会が、労賃の安い国からの輸入や移民という形で原料や安価な労働力の恒常的な流入を得ることも、南の頭脳が北へと流出し、崩れゆく教育システムの穴埋めをすることもない。その場合、われわれの社会はどうなっていただろうか。これらすべてがなかったら、われわれはエネルギーを大きく節約しなければならないし、労働者と経営者の力関係は根本的に違ったものになっていただろう。「余暇社会」の出現など不可能だったはずだ。


それと、塩野先生はイスラム世界について

 「イスラム世界は中産階級をついに作れなかった。それが民主政が成り立たず、社会が安定しない原因でもある。商人階級は作りました。北アフリカのイスラム世界はサハラの黄金を売っていた。今ならばオイルです。原料を輸出する側はそれだけでもうかる。工業製品を輸出する側は、例えばフィレンツェやベネチアだったら繊維業で、色を付ける、織るなどの過程がある。その人たちに職を与えることになった」

 「イスラム世界は人々に高学歴を与えることはできた。しかし今なお高学歴にふさわしい職場を作れていない。だから軍隊とかバース党(アラブ主義政党)のような所に貧しい秀才が流れてしまうのです」

と過去の歴史も織り交ぜながら語っているが、古代ギリシアやローマの学問を受け入れて発展させたのがイスラム世界だったこと、そしてそのイスラムが育てた学問を受け継いだのがヨーロッパのルネッサンスだったことをスルーしているかのように見える。

イスラム学問の担い手 〜ラシード=ウッディーン、イブン=ルシュド、イブン=バットゥータ〜 _ 世界史 by エンリケ航海王子 _マナペディア_
http://manapedia.jp/text/340

>はじめに

>アルコール、代数学、三角法、アラビア数字…。現在のさまざまな学問の基礎となる概念は、その多くがイスラム文化から生まれました。このテ>キストでは、そのイスラム学問の内容について解説します。

>なぜ、ギリシアの学問がイスラムの社会にもたらされたか疑問に思うかもしれませんが、イスラム成立以前の頃、ユスティニアヌスが行った異教弾圧によって、東ローマ帝国から多くのギリシア人たちが逃げ出しました。彼らを受け入れたのがササン朝シリアでした。ササン朝のもとジュンディー=シャープールという学問所がひらかれ、ギリシア学問は手厚く保護されました。イスラムがその地を征服した後、アッバース朝が知恵の館(バイト=アルヒクマ)を創り、そこでギリシア学問は継承され、イスラム世界に広まりました。


ルネサンスがなぜイタリアから始まったのか - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1451676469

(以下一部抜粋)

ルネサンスがなぜイタリアから始まったのかの理由の一つに、「イスラム文化の刺激」が入ることの意味がよくわかりません。古代ギリシャ・ローマの文化を基にした「文芸復興」ですよね。

イスラム文化はどう関わってくるのでしょうか。

ベストアンサーに選ばれた回答

イタリアで花開く前に,その土台作りの期間があった,ということが分かっています。
「12世紀ルネサンス」といいます。

ジクリト・フンケ『アラビア文化の遺産』【新装版】:みすず書房

などに書かれているように
ギリシアからアラビアに継承され,発展した文化が
ラテン語に翻訳され,その頃続々と作られた大学で育まれます。
現在世界中で使われているアラビア数字(日本で言う算用数字),
アルコール・アルカリなどの用語,
コーヒーを飲む習慣など現代につながります。

私は学生時代(もう20年前)伊藤俊太郎の単行本で知ったのですが,
その後,この分野への興味が無くなっていました。
この頃少し興味が復活し調べていたら,
伊東先生よりもずっと前1926年に
ハスキンズが下記の著作を出版していることを知りました。

伊東 俊太郎『十二世紀ルネサンス』 (講談社学術文庫)


チャールズ・H・ハスキンズ『十二世紀ルネサンス』【新装版】:みすず書房


(他の回答より)

結論から言えば、アラブ人たちがギリシア・ローマの技術や文化を守っており、それに影響されたからです。

ギリシア・ローマの文献は、アラブ人たちによって保管され、さらにそれを基にアラブ人たちは代数学、天文学、科学など様々な学問を発展させました。この中世の時代、技術が進んでいたのはイスラム社会の方だったのです。
もっとも、ヨーロッパに一切の文献が残されていなかったのかというとそうではありません。当然、文献はいくつも残っていました。では、それがルネサンスが来るまで何故活用されなかったのかというと、それにはまず、当時のヨーロッパの宗教事情を理解する必要があります。

ギリシア・ローマの文献はラテン語で書かれていましたが、ラテン語というのは学問のときだけ使われる言葉で、一般人には学ばなければ理解できない言葉でした。で、ラテン語をどうやって学べばいいのかというと、キリスト教の神父から学ぶしかなかったんです。そして、当時のキリスト教では、学問=神学であり、特に世界の神秘を解き明かそうとする科学技術などは、神を疑う行為として避けられていました。なので、ギリシア・ローマの文献を読もうと思うような反キリスト教的な人間は、ラテン語を勉強する方法が無かったんです。

そうなると、もはや一つの方法しかありません。ギリシア・ローマの学問を継承したアラブ人から教えてもらうんです。特にルネサンスにつながる動きとして、多くのアラブ人の教師から学問を教えてもらっていた、変り種の神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世が、このギリシア・ローマ文化の重要性に気づき、ローマ教皇庁の影響を受けないでラテン語を学ぶことが出来る大学をナポリに設立したことが、イタリアでルネサンスが起こるきっかけを作ったと言えるでしょう。

(引用終わり)

Wikipediaの「ルネッサンス」の項目にもイスラム世界との関わりは書かれている。
イスラム文化との関係
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B9#.E3.82.A4.E3.82.B9.E3.83.A9.E3.83.A0.E6.96.87.E5.8C.96.E3.81.A8.E3.81.AE.E9.96.A2.E4.BF.82

イタリア在住のルネッサンス期に詳しい文化人、知識人として、こうしたことにまったく言及しないのはおかしいだろう。もちろん、かつてのイスラム世界が売っていたのは「サハラの黄金」だけではない。絨毯その他の見事な工芸品の数々をヨーロッパ世界に輸出していたことも御存知ないというのは実に不可解だ。


2. 2015年12月30日 14:53:13 : DYq5rywfwQ : x_1okAmfHH4[3]
ローマ帝国が滅びる過程とその後欧州がなぜ暗黒時代に入ったのか、そして暗黒時代から抜け出すきっかけが何だったのか、その辺の欧州の歴史を詳しく知りたいですね。TV番組ではローマ帝国時代の技術はすばらしいとかそんな話ばかりで肝心な歴史は教えてくれない。

3. 2015年12月30日 19:32:27 : G9pRncd5P6 : kNLawzAmjgA[172]
>>1ですけどね、今回、これ読んでちょっと呆れましたよ。
私だって、詳しいことはネットで調べるまでは知らなかったけど、ギリシャローマの学問をイスラム世界が受け継いだことくらいはなんとなく知ってました。だからルネッサンス期にヨーロッパがそれを求めた時にはイスラム世界に学んだのじゃないかって、それくらいは見当つけて検索しました。私なんか歴史家でも文学者でもない、ちょっとだけ読書好きのドシロウトですよ。なのに、なんで大作家の塩野先生はそれを言わないんですかね。

>「イスラム世界は中産階級をついに作れなかった。それが民主政が成り立たず、社会が安定しない原因でもある。商人階級は作りました。北アフリカのイスラム世界はサハラの黄金を売っていた。今ならばオイルです。原料を輸出する側はそれだけでもうかる。工業製品を輸出する側は、例えばフィレンツェやベネチアだったら繊維業で、色を付ける、織るなどの過程がある。その人たちに職を与えることになった」

これじゃ、まるでイスラム世界にまともな文化なんかなかったみたいな言い方じゃないですか?
まさか、知らないのかな?そんなはずは無いでしょう。それともほんとに知らないのか・・・

>――シリア情勢や難民問題をどう見ますか。

>「古代ローマ時代はどうしたかと言えば、難民は受け入れた。ただし完全に自助努力を求めた。つまり『働け』と。今のヨーロッパでは人権は尊重し、国民と同等の待遇を与えなければいけない。若い男たちが大勢収容されて何もしないと、周囲からだんだん敵視されていく」

いくら当時の文明大国のローマでも「人権」なんて概念が無かった古代と今の難民問題が一緒に語れるはずもない。だいたい、働きたくても仕事が無いのは難民たちのせいではないでしょう。彼等は根こそぎ生活を奪われて流れて来たんですよ。肉体労働が幾らでもあった(だから豊かな生活のためには奴隷も必要だった)古代ローマとは違い、機械化された現代で、人手不足でもない外国へ行って、簡単に仕事など見つかるはずもないでしょう。

>「結局、難民問題の元は国の内乱にあるわけです。アフリカは土壌として豊かですが、内乱になれば逃げ出さざるを得なくなる。捨てられた耕地は何もかも枯れてしまう。雨も降らない。こうなるとますます人間が住めない」

たとえば、リビアもまたアフリカの一角ですが、シリア以前にはリビアからも相当の難民が欧州に渡ったそうです。でも、ガタフィのリビアはリビア人同士の「内乱」で滅んだんですか?二万回に及んだというNATOの爆撃は難民の出現に何の影響も及ぼさなかったのでしょうか?
そして、現在、シリアから大量の難民が出ているのは欧米が後にISを生み出す「反政府勢力」を支持して来たことにも大きな原因があるんじゃないですか?
今やヨーロッパ社会のセレブに登りつめた(?)先生はそんなことは微塵も考えたことないんですかね?

二十何年か昔、この先生の本を一冊読もうとして、なんだか読み難くて読めなかったことがあって、それ以来、何となくコンプレックスがある作家さんだったんだけど、今後はもう、そんな余計なことを考えないで済みそうです。(笑)
あっしらさん、うpしてくださってありがとう!


4. 2016年1月07日 16:26:34 : SZwWhctQGg : K@0yOw5GVOQ[26]
塩野七生のどこがいいんだ

アタマがいいのはわかるけど

押しつけがましいよこのおばはん


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