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[CML 034733] 南米の最貧国の一つボリビアで、人々をこれほどまでに熱狂させるモラレス氏とは、どんな人物なのか。
http://www.asyura2.com/14/kokusai9/msg/565.html
投稿者 gataro 日時 2014 年 11 月 04 日 09:08:58: KbIx4LOvH6Ccw
 

[CML 034733] 南米の最貧国の一つボリビアで、人々をこれほどまでに熱狂させるモラレス氏とは、どんな人物なのか。:朝日新聞(@ラパス)ボリビアのカリスマ大統領
uchitomi makoto muchitomi at hotmail.com
2014年 10月 29日 (水) 17:45:24 JST
http://list.jca.apc.org/public/cml/2014-October/034815.html


(@ラパス)ボリビアのカリスマ大統領
http://www.asahi.com/articles/ASGBQ1Q2QGBQUHBI001.html


2014年10月28日11時39分



大統領官邸のバルコニーに閣僚らと姿を現したエボ・モラレス大統領(右から4人目)=10月12日夜、ラパス、田村剛撮影


■特派員リポート 田村剛(サンパウロ支局長)


 「これからも、これからも、エボ・モラレスが大統領!」。ボリビアの首都ラパス中心部にあるムリリョ広場。10月12日の夜、大統領官邸の前では、民族楽器のケーナやサンポ−ニャに合わせ、市民の歌声が響いていた。


 集まった人々は数千人。午後9時過ぎ、この日の大統領選で3選が確実になった現職エボ・モラレス氏(55)が、官邸のバルコニーに姿を現した。「ボリビア万歳!」。モラレス氏がそう叫んで拳を突き上げると、群衆の熱気は最高潮に達した。


 「兄弟たちよ、この選挙には深い意味がある。反植民地主義と反帝国主義の勝利だ」。モラレス氏の言葉に、広場からは地鳴りのような歓声がわき起こった。


 「この勝利をキューバのカストロ氏と今は亡きベネズエラ前大統領のチャベス氏に捧げる」。演説が終わると一斉に花火が打ち上げられ、民族衣装姿の先住民女性らが輪になって踊り始めた。「エーボ! エーボ!」。群衆の叫び声は深夜まで続いた。


 南米の最貧国の一つボリビアで、人々をこれほどまでに熱狂させるモラレス氏とは、どんな人物なのか。


      ◇


 親米の白人系支配層が政治を動かしてきたこの国で2006年、「反米」を掲げて先住民初の大統領に就任したのがモラレス氏だ。左派の社会主義運動党(MAS)を率い、米国が規制を強めるコカ栽培の推進や、先住民の政治参加を推し進めてきた。


 3選を目指したこの日の選挙では、約61%という高い得票率で当選。24%の得票で2位につけた中道右派の候補を、大きく引き離した。相次ぐクーデターで短命政権が続いてきたボリビアで、大統領の3選は初めてのことだ。2020年までの任期を全うすれば、通算14年間の歴史的な長期安定政権となる。


 1期目には、既得権を奪われることを恐れた白人系の富裕層や中間層が激しく反発し、一時は両者の間で虐殺事件まで起きた。しかし、今ではすっかり沈静化し、今回の選挙でモラレス氏は、過去に敗北した4県のうち3県でも勝利した。


 広場に駆けつけたエステバン・メルシアさん(54)は、「エボは、誰もできなかったことを成し遂げたんだ。本当にすごい大統領だ」と興奮気味に語った。


 圧倒的な人気の理由の一つは、この国の目覚ましい経済成長だ。モラレス氏の就任以降、国有化した天然ガスなどの輸出により、成長率は平均で約5%を記録。13年には6・8%に達した。ラパスの町には活気があふれ、新たなビルの建築が相次いでいる。


 さらに人気を押し上げているのが、人口の半分以上を占める先住民への手厚い支援と貧困対策だ。モラレス氏は09年、先住民の権利拡大や農地改革を盛り込んだ新憲法を制定。子どもや老人、妊婦への経済的な支援制度もつくった。学校に通えず、電気もないほど貧しかった先住民の生活が改善され、世界銀行によると、07年に60・1%だった貧困層が、11年には45・0%になった。先住民の間には、モラレス氏への感謝の気持ちが深く浸透している。


 モラレス氏自身のカリスマ性も大きい。先住民アイマラ族の出身で、少年時代はアンデス山脈で家畜のリャマを飼って生活。貧しさの中で、7人兄弟のうち4人を失った。スーツは着ないのが信条で、有権者には、「あなたさま」と敬意を込めて話しかける。ボリビア国民に、まさに「我らの大統領」と映った。


      ◇


 モラレス氏が推し進めた改革の象徴の一つが、ラパスに出現した近代的なロープウェーだ。標高3600メートルの高地で深刻化していた交通渋滞の解決策として、モラレス氏が2期目に建設を進めた。都市部の交通機関として使われるロープウェーの中では世界最長の規模で、計約10キロにわたってラパスと郊外とを結ぶ。


 選挙当日、投票所で出会った先住民女性イルダ・デカジェさん(60)は、「もちろんエボに投票した。何と言っても、立派なロープウェーを作ってくれたんだから」と力を込めた。乗り合いバスで坂道を行き来していたころよりも、格段に移動が楽になったのだという。ラパス郊外の貧しい地域に住む人々にとって、空中を行き交うロープウェーの建設は、モラレス氏の功績を改めて印象づけるのに十分だった。


 他方、モラレス氏は、ベネズエラの故チャベス前大統領やエクアドルのコレア大統領と緊密な関係を築き、南米大陸の反米左翼陣営の一角としても存在感を示し続けてきた。08年には、反政府勢力を扇動しているとして、駐ボリビア米国大使を国外に追放。米国も駐米ボリビア大使を帰国させる措置で応じた。


 ただし、強硬姿勢ばかりではない。今年3月にモラレス氏は複数の米上院議員と面会し、両国関係の改善について話し合っている。大統領選翌日の地元テレビのインタビューでは、米国との外交関係について「望ましい」と発言。「昔のように内政に干渉さえしなければ、米国を歓迎する」とも述べた。威勢のよい対米姿勢で国民の人気を保ちつつ、実際には冷静に現実を見極めているようにもみえる。


      ◇


 そんなモラレス氏の人気はこれからも続くのか。それを占う要素の一つは、今後も順調な経済成長を続けられるかどうかだろう。貧しい先住民への支援を続けてこられたのも、結局は輸出で得た利益によるものだからだ。経済が失速したとき、これまでの人気を維持できないことは、モラレス氏自身がよくわかっているはずだ。


 懸念されるのは、ボリビアが価格変動の激しい天然資源の輸出に大きく頼っていることだ。安定的な成長を続けるためには、新たな輸出モデルや産業の育成が不可欠になる。モラレス氏は、天然ガス輸出だけでなく、電力輸出によって、「ボリビアを南米大陸のエネルギー供給の中心にする」と語っているが、具体的な道筋は十分に語られていない。


 今後の注目点は、新憲法に定められている大統領の再選制限をめぐるモラレス氏の対応だ。新憲法は大統領の再選を1度までしか認めていない。モラレス氏が今回3選を果たせたのは、憲法裁判所が、現政権は09年に改正された新憲法のもとでの1期目にあたるとする例外的な判断をしたからだった。


 憲法上は、モラレス氏のこれ以上の続投は不可能なはずだが、ベネズエラの故チャベス前大統領が09年に踏み切ったように、憲法改正で再選制限を撤廃する道はまだ残されている。今回の大統領選と同時に行われた国会議員選挙では、与党が全議席の3分の2を獲得しており、憲法改正の発議はいつでもできる状況だ。


 現在のところ、モラレス氏は報道各社のインタビューで「憲法の規定に従う。3期目が終われば、引退してレストランを開くつもりだ」と述べ、続投の考えは示してはいない。だが、同時に「後継者がいないのが心配で、眠れない夜がある」とも語っている。


 圧倒的な人気に支えられたモラレス氏だが、これまでの行動に一種の危うさがあったのも事実だ。10年には、サッカー好きが高じて、英サッカーチームのマンチェスター・ユナイテッドが買うはずだった飛行機を大統領機として購入し、批判を浴びた。20階建ての大統領官邸を新たに建設する計画を立て、出生地には自分の博物館も建てた。地元紙では「もう昔のエボではない。権力の亡者だ」と語る盟友の言葉が紹介された。


      ◇


 大統領選当日の夜、ムリリョ広場での勝利宣言で、能弁なモラレス氏が一度だけ言い間違えをする場面があった。自らの任期について、「これからさらに『9年』、我々を応援してくれることに感謝したい」と叫んだのだ。大統領の任期は5年。モラレス氏は少ししてからはっとして、「5年」と言い直した。


 2期目までの任期がちょうど「9年」だったから、単に言い間違えたと考えるのが自然かもしれない。ただ、モラレス氏が心の底に秘めた真意を暗示しているようにも、私には思われた。もちろん本当のところはわからない。モラレス氏は、演説後に予定されていた記者会見を急きょキャンセルし、そのまま姿を見せなかった。


      ◇


 田村剛(たむら・つよし) サンパウロ支局長。2005年入社。青森総局、横浜総局、東京社会部などを経て14年9月から現職。38歳
 

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コメント
 
01. gataro 2014年11月04日 09:12:08 : KbIx4LOvH6Ccw : PHvzTB1P7Y
画像が見られません。こちらで ↓

http://kwout.com/cutout/8/k7/sz/8pm.jpg


02. 2014年11月04日 13:15:21 : nJF6kGWndY

大体、途上国のこの手のタイプは独裁者になって、最後は悲惨に終わることになるが

どうなるかな

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9C%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%A9%E3%83%AC%E3%82%B9
ボリビアの反政府運動の中心人物として活動し、2005年の大統領選挙では1回目の投票で得票率5割を越えて当選を決めた。
モラレスの政治姿勢は強硬な反米主義で、また新自由主義経済、グローバリズムに対して徹底的な対決姿勢で知られている。ベネズエラのチャベス政権、キューバのラウル政権との連携を強めている。ボリビアガス紛争においても、多国籍企業に奪われている天然資源の権利を取り戻すべきだとしている。
2006年5月1日には、かねてからの公約、炭化水素(天然ガス・石油)の国有化を宣言。外国資本の企業に対しては、180日以内に新たな契約を結び直すか、あるいはボリビアから撤退するかを選択するように迫り、主要な天然ガス田にボリビア軍を派遣して接収を行った。
コカ栽培農家の出身ということもあり、コカ栽培の促進も主張しているため、彼の反対者はしばしばモラレスはコカイン業者とつながりがあると主張するが、モラレスはあくまでも先住民の伝統的な生活必需品としてのコカの栽培促進を主張しているのであって、コカインの精製・密輸は許さない、としている。このような事態にアメリカのブッシュ大統領はモラレスを麻薬密売人として批判したが、モラレスは「私の知る唯一のテロリストはブッシュだ」と反論して一歩も引かない。またアラブの衛星テレビ局アルジャジーラのインタビューでもブッシュ批判をしていた[要出典]。
前回2002年の大統領選挙当時と比べるとその主張はやや穏健化しているとの評もあり、ボリビア・ガス紛争でも反政府派の中では比較的穏健なグループに属していたとされる。当選後は米国の駐ボリビア大使との会談にも応じている。その一方で、当選後はキューバとベネズエラを訪問し、カストロ議長、チャベス大統領と会談して友好関係を再確認している。
2003年に京都で開催された世界水フォーラムへの出席のため来日したことがある。大統領として2007年3月5日に来日し、今上天皇、当時の安倍晋三総理大臣、麻生太郎外務大臣と会談した。安倍首相との会談では、「改正後の憲法に戦争放棄を盛り込みたい」と語った[要出典]。
2007年にFIFAが高地での試合を禁止した際にはチャカルタヤやサハマでサッカーをプレーして抗議[2]を行ったり、2008年3月には、ボリビアのプロサッカー2部リーグに所属する国家警察チーム「リトラル」のリザーブ選手として正式な契約を行った[3]事が報じられるなど、サッカー好きでも知られる。
2008年12月27日から始まっているイスラエルによるガザ戦争に抗議して、イスラエルと断交した。
2010年12月7日来日し、菅直人総理大臣と会談を行った。
2013年2月20日、国際連合の国際キヌア年の発足に際し国連総会に出席。記念演説の中で多国籍企業などに対する批判を行った [4]。
2013年7月2日、大統領を乗せたモスクワ発の飛行機が、エドワード・スノーデン[5]を同乗させている容疑でオーストリアへの着陸を余儀なくされた[6]。9日、米州機構は欧州4カ国[7]を非難し、ボリビアに連帯を表明する決議を全会一致で採択した[8]。
チリとの関係改善[編集]
就任前後から、南米太平洋戦争以来対立関係が続き、正規の外交関係をもたないチリとの関係改善に向けた動きを開始した。2006年1月の大統領就任式には任期切れを間近にしたリカルド・ラゴスチリ大統領が出席したがこれは両国の歴史上初めてのできごとであった。
その返礼として、モラレス大統領も3月にチリのミシェル・バチェレ新大統領の就任式にモラレス大統領が出席し、両国関係の改善に向けて大きく動き始めた。同時にバチェレ新大統領就任式参列でチリを訪問中のライス米国国務長官と会談した際も、同長官にコカの葉をあしらったチャランゴを贈り[9][10][11]、コカ生産意欲を婉曲に表明している[1]。
チェ・ゲバラを評価[編集]
チェ・ゲバラがボリビアで戦死した後、親米政権は「ゲバラはテロリスト」だとして評価しなかった。しかし、彼は初めてゲバラを公式に再評価した大統領となった。
人物[編集]

アルパカセーター
最終学歴は中学卒であり、本人は「人生という大学で学んだ」としている[要出典]。 出自がアイマラであることと、コチャバンバにはケチュアが多いことより、彼はアイマラ語及びケチュア語も話す。ただし普段はスペイン語のみを使っている。
ノーネクタイの服装を貫くことを公言しており、実際に自身の大統領就任式(冒頭の写真参照)や外国訪問の際にも、トレードマークとなったアルパカのセーター(左上の写真参照)や革ジャンパーなどの服装が多く、ネクタイは着用しない。
その強硬な反米ナショナリズム姿勢から、反対派からは独裁者であると主張する者がおり、日本テレビが制作した「緊急!ビートたけしの独裁国家で何が悪い!」では独裁者として紹介されたことがある[12]。
脚注[編集]
^ ボリビアと結婚したと自称[要出典]
^ Reuters
^ SI.com
^ “「世界キヌア年」、ボリビア大統領が多国籍企業批判”. AFPBB News (フランス通信社). (2013年2月21日) 2013年2月21日閲覧。
^ 国家安全保障局による個人情報収集活動を暴露したとして米当局に訴追されていた。
^ WallStreetJournal ボリビア大統領乗せた飛行機が緊急着陸―スノーデン氏搭乗のうわさも 2013 年 7 月 3 日 11:08 JST
^ フランス、ポルトガル、イタリア、スペイン
^ しんぶん赤旗 米州機構 欧州4カ国を非難 2013年7月11日(木)
^ BBC NEWS
^ BBCBrasil.com
^ CharangoBolivia.ORG
^ ただし、あくまで民主的な選挙のもとで選出された大統領であり、チリのアウグスト・ピノチェト元大統領のような露骨な独裁化を行ってはおらず独裁者と決め付けるのは的外れである。


03. 2014年11月05日 20:31:46 : LBtbDXFoS6
エボ・モラレス ボリビア大統領についてはこちらのブログが詳しい。

私の闇の奥

良く生きる(VIVIR BIEN)(序)
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/ea6a05eca5a2d5d645fecedb252292f5
良く生きる(VIVIR BIEN)(1)
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/581e99a382b7edc8483abbb75fd35d02
良く生きる(VIVIR BIEN)(2)
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/e9fc91f91e8c12c12adb0ba6ca67f5e5
良く生きる(VIVIR BIEN)(3)
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/d8de14305e5495abd2637ad6a3b71832

(以下、上記 良く生きる(VIVIR BIEN(序)2014-08-06 より冒頭部分を転載)

ボリビアは南米大陸の中西部の内陸にあり、人口約一千万、先住民がその約半分、白人との混血を加えると約8割を占めます。1500年代前半からスペインによるこの地域の植民地化が進められ、大きな銀山が発見されて莫大な富がスペインにもたらされました。1700年代の後半には、スペイン本国の苛烈な支配に対して現地生れのスペイン人たちの独立運動が始まります。1825年8月、ラテンアメリカ独立の父と仰がれるシモン・ボリーバルの名を冠した「ボリーバル共和国」の独立が宣言され、その翌年には憲法をボリーバル自身が起草し、国の名称も「ボリビア共和国」になりました。2009年に新しい憲法が出来て、現在の公式名称は「ボリビア多民族国(Estado Plurinacional de Bolivia, Plurinational State of Bolivia)」です。神代修著の『シモン・ボリーバル』(行路社、2001年)の帯には「愛馬を駆って南米大陸を駈けぬけた男、軍人にして政治家、思想家にしてラテンアメリカの解放者、ボリーバルの日本における初の評伝」とあります。この本には、世界中で一番多くの銅像が建てられているのは、ナポレオンでもワシントンでもレーニンでもなく、ボリーバルであろうと書いてあります。彼はベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビアの五カ国のスペインからの独立をなしとげた人物で、米国では「ラテンアメリカのワシントン」と呼ばれるようですが、革命家としてはジョージ・ワシントンより遥かに上の人物でした。最近(2013年)米国のSIMON&SCHUSTER社からMARIE ARANAという著者による浩瀚な評伝(600頁)が出て好評のようで、決定的な評伝と持ち上げる声も大きいのですが、ざっと目を通した感じでは、私にはそう思えません。スペインの支配が衰退した後のラテンアメリカを、やがて、傀儡政権樹立という手段で残酷に牛耳り続けて来た米国の政策を基本的に是認する文筆家としての限界が明らかに読み取れます。ボリビアについては、もう一人の革命家チェ・ゲバラを忘れることは出来ません。彼は、1967年、ボリビアで捕われ、銃殺刑に処せられました。真正の独立国家を目指すボリビアの闘争の歴史はその後も延々と続いているのです。2000年2月に起った「ボリビアのコチャバンバの水騒動」については、この私のブログでも以前取り上げましたが、2012年3月14日付けの『民営化(Privatization)』(1)の一部を再録します。:

********************
 1999年、財政困難に落ち入っていたボリビア政府は世界銀行から融資をうける条件の一つとして公営の水道事業の私営化を押し付けられます。ビル・クリントン大統領も民営化を強く求めました。その結果の一つがボリビア第3の都市コチャバンバの水道事業のベクテル社による乗っ取りでした。民営化入札は行われたのですが入札はAguas del Tunariという名のベクテル社の手先会社一社だけでした。ボリビア政府から40年間のコチャバンバの上下水道事業を引き取ったベクテル社は直ちに大幅な水道料金の値上げを実行し、もともと収益の上がらない貧民地区や遠隔市街地へのサービスのカットを始めました。値上げのために料金を払えなくなった住民へはもちろん断水です。

 2000年2月はじめ、労働組合指導者Oscar Oliveraなどが先頭にたって,数千人の市民の抗議集会が市の広場で平和裡に始まりましたが、ベクテル社の要請を受けた警察機動隊が集会者に襲いかかり、2百人ほどが負傷し、2名が催涙ガスで盲目になりました。この騒ぎをきっかけに抗議デモの規模は爆発的に大きくなりコチャバンバだけではなくボリビア全体に広がり、ボリビア政府は国軍を出動させて紛争の鎮圧に努めますが、4月に入って17歳の少年が国軍将校によって射殺され、他にも数人の死者が出ました。紛争はますます激しさを増し、2001年8月には大統領Hugo Banzerは病気を理由に辞職し、その後、政府は水道事業の民営化(Privatization)を規定した法律の破棄を余儀なくされました。事の成り行きに流石のベクテル社も撤退を強いられることになりましたが、もちろん、ただでは引き下がりません。契約違反だとして多額の賠償金の支払いを貧しい小国ボリビアに求めました。

 このコチャバンバの水闘争が2005年の大統領選挙での、反米、反世界銀行、反民営化、反グローバリゼーションの先住民エボ・モラレスの当選とつながっているのは明らかです。モラレスはコチャバンバ地方を拠点とする農民運動の指導者でした。

 水道事業の私営化についてのベクテル社の魔手はフィリッピンやインドやアフリカ諸国にも及び、ベクテル社は今や世界一の水道事業(もっと一般に水商売と言った方が適切ですが)請負会社です。ローカルな反対運動は各地で起きていますが、今までの所それが成功したのはコチャバンバだけのようです。水資源の争奪は、人類に取って、今までの石油資源の争奪戦争を継ぐものになると思われます。石油事業におけるベクテル社の活動の歴史については是非 ネットでお調べ下さい。アメリカの兵器産業といえば、質量ともに世界ダントツです。その最高の研究施設であるロスアラモスもリヴァモアも今や実質的にベクテル社の支配下にあります。
********************

 今のラテンアメリカで最も面白い人物エバ・モラレスのことは、拙著『アメリカン・ドリームという悪夢』(2010年)に既に書きました。その文章の一部は、このブログの記事『オバマ大統領のノーベル平和賞受賞講演』(2010年1月6日)にも転載しましたが、彼の事をご存じない方々の便宜のため、以下に、再転載します。世界中のいわゆる“先住民”のことが気になる、そして、彼らの持つ一種の精神的特性がどうしても気になる私にとって、エバ・モラレスは、とりわけ、気になる存在です。

********************
 オバマ大統領のノーベル平和賞受賞については、もちろん、受賞が発表された直後から、世界中でしきりに議論がわき起こった。2009年10月15日の日付で、キューバのフィデル・カストロは『エボにノーベル賞を(A Nobel Prize for Evo)』と題する一文を彼の論説シリーズ「フィデルの省察録」(米国月刊雑誌「マンスリー・レヴュー」に連載)に発表し、彼の友人エボ・モラレスこそノーベル平和賞受賞にふさわしいと論じている。

 エボ・モラレスが大統領を務めるボリビア共和国は南アメリカの内陸国で開発水準は低い。人口の約60%は先住民(インディオ)、それに先住民と他の民族との混血者を加えると90%近くになる。エボ・モラレスはアイマラ・インディオ、農民運動の指導者として政界に登場、2005年に大統領になり、2007年には日本を訪れている。親しい友人としてのフィデル・カストロは次のように語る。:

■ 極貧の先住民百姓エボ・モラレスは、6歳になる前から、先住民部落のラマ(南米産のラクダ科動物)の世話をするために、父にしたがってアンデスの山々をほっつき歩いた。彼はラマたちを連れて15日間歩き続け、市場に辿り着いて彼等を売り、部落のために食料を買った。そうした経験についての私の質問に答えて、エボは「わたしは千のスターのホテルで夜を過ごしたものさ」と言った。天体望遠鏡の設置場所となることもあるアンデスの山々の澄み切った夜空の、なんと美しい描写であろう。

そうした彼の貧困の少年時代で、部落での百姓暮らしの唯一の代替は、アルゼンチンのジュジュイ州に出かけてサトウキビを伐採する仕事に出稼ぎすることだった。その場所、ラ・ヒゲラから遠からぬ場所で、1967年10月9日、無武装のチェ・ゲバラが殺害されたが、エボはまだ8歳にもなっていなかった。彼は両親と子供たちが住んでいた一室だけの掘建て小屋から5キロの距離にあった小さな公立小学校に歩いて通い、スペイン語の読み書きを習ったのだった。
彼の運任せの少年時代を通して、エボは師と仰ぐべき人があれば何処であろうと出かけたものだ。彼の種族からは、三つの道徳原理を学んだ:嘘をつくな、盗むな、泣き虫になるな。

13歳の時、彼の父親は、シニア・ハイスクールで勉強するためにエボがサン・ペドロ・デ・オルロに移り住むことを許した。これはとても重要なことだが、学費を払うために、エボは午前2時に起きて、パン屋でパンを焼き、建設現場で働き、その他、肉体労働は何でもした。学校は午後出席した。彼の級友たちは心を打たれて、彼を何かと助けた。小さい頃から、あれこれの笛を吹くことを覚え、オルロで名の知れたバンドのトランペット奏者をつとめたことさえあった。また、10代の若者として、部落のサッカー・チームを結成し、そのキャプテンだったこともある。しかし、大学進学は貧乏なアイマラ・インディオの望めることを越えていた。■

カストロは、さらに、社会運動指導者としてのエボ・モラレスの成長を辿るのだが、その部分は省略して、2005年に大統領に就任した彼の驚くべき業績について語った部分に移る。

■ ボリビアは、一人のアイマヤ族の大統領の指導のもとで、アイマヤ族の人々に支えられて、素晴らしいプログラムを促進している。文盲は3年足らずで克服された。82万4千人のボリビア人が読み書きの能力を身につけた。ボリビアは(ラテン・アメリカで)キューバとベネゼラにつづいて、文盲者を根絶した三番目の国となった。ボリビアは、無料医療を、以前にはそんなものを経験したことのなかった数百万の国民にもたらしている。ボリビアは、過去5年間で、幼児死亡率の最大の低下を示した世界の7カ国の一つであり、45万4千人に眼科手術を行なった。その7万6千人は、ブラジル、アルゼンチン、ペルー、パラグアイの人々である。ボリビアは、一年生から8年生までの生徒の学校関係費用を支払うという野心的な社会的プログラムを開始した。約2百万の生徒たちがその恩恵を受ける。また、60歳以上の70万人以上の人々は年342(米)ドル相当の手当を受け取る。すべての妊婦と2歳以下の子供には257ドル相当の手当が支給される。・・・・・2009年12月6日には総選挙がある。この大統領に対する国民の支持が増大するのは確実だ。彼の威信と人気の増大を止めるものは何もない。■

フィデル・カストロのこの予言は、12月6日、見事に実証された。エボ・モラレスは、OAS(米州機構)やEU (ヨーロッパ連合)などが送った選挙監視人たちも賞賛する完全に公正で平和な総選挙で、約65%の得票で圧勝して、大統領に再選された(2010年−2015年)。たしかに、このアイマラ・インディオの男はノーベル平和賞に値する人物の一人のようだ。
********************

(以下略)


04. 2014年11月07日 01:32:04 : C6idBNhLrM
>>02はなんにもわかっちゃいない。
南米の左翼はまずは米国との闘争から始まるのだよ。
開発独裁は左翼ではなく、米国肝入りの指導者がやる手だ。
いわく富裕層を保護し、大地主と小作の関係は維持され先住インディオたちは小作(土地すら貸してもらえない)にすらなれず生涯貧しいまま終えていく、石油は民間資本といいつつ米国や欧州の有名石油会社が握り、利益は中抜きのように持って行かれていく。
政権は強力な軍隊が控え、暴動には容赦なく鎮圧のための武力が行使される。
モラレスはボリビアのものはボリビアと南米で共有すべきだときわめて当然のことをやっているだけ。
貧しい人々を優先して金をばら撒くなどとネガティヴな報道をアメリカメディアがやるが、開発独裁でも確かにそういった露骨な人気取りをやる指導者は多い。
しかしモラレスたちがやっているのは、今まで貧しいあまりにマトモな教育や福祉といった国民なら等しく享受される保護から外されてきた人たちを、当たり前のごとく救っているだけのことであり、開発独裁の為政者が人気取りパフォーマンスや出生地に限って強力なパイプで結びついてカルテル化で権力地盤を強化するためにやっているわけではない。
>>02のようなミソもくそも一緒くたにする見方しかできない低脳が国際問題に首を突っ込むとロクなことはない。

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