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フランス式「言論の自由」は、普遍的ではない:フランスの二重基準と国体護持
http://www.asyura2.com/14/kokusai9/msg/874.html
投稿者 手紙 日時 2015 年 1 月 31 日 17:24:54: ycTIENrc3gkSo
 

件名:フランス式「言論の自由」は、普遍的ではない
日時:20150124
媒体:東洋経済オンライン
引用:http://toyokeizai.net/articles/-/58902
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イスラム教預言者ムハンマドの風刺画を繰り返し掲載してきた、フランスの風刺週刊紙「シャルリ・エブド」の風刺画家、編集者、記者など12人が、イスラム教過激主義者でアルジェリア系移民2世の男性たちに銃殺される事件が、1月7日、発生した。これを受けて、言論や表現の自由について大きな議論が発生した。

暴力による言論の封殺は論外だが、表現行為の自由はどこまで保障されるべきなのだろうか?今回は元ジャーナリストで、今はフランス屈指のエリート校となるパリ政治学院で情報戦争と政治学を教えるファブリス・イペルボワン教授 にフランスの言論の自由の定義や事件の影響を聞いた。同氏は数人のジャーナリスト仲間とともに、風刺週刊紙「カナール・アンシェネ」で世界各国政府による監視体制を暴露報道したことでも知られている。


フランス式とアメリカ式の言論の自由は違う


──テロ事件発生後、言論・表現の自由を支持する「私はシャルリ」というフレーズが世界中を駆け巡った。同時に、実際にシャルリ・エブドの風刺画を見て、暴力行為はもちろん支持しないものの、「これほどの挑発をすることはなかったのではないか」「下品すぎる」という声が出た。

イスラム教徒にとっては預言者ムハマンドの姿を描くこと自体が冒とくと聞く。フランスの言論・表現の自由の捉え方はどうなっているのか。

私たちがフランスで呼ぶところの「言論の自由」だが、私たちなりの定義がある。ほかの多くの国ではアメリカ式の言論の自由の意味で解釈されているので、他国とは大きく違う。

フランスの言論・表現の自由の考えは、絶対王政を倒し、近代的ブルジョア社会を作ったフランス革命と切り離すことはできない。絶対王政の時代には王政とカトリック教会は一体化していた。革命は神様が選んだ国王への反乱であり、聖職者に対しての反乱でもあった。革命によって聖職者たちの財産は没収され、共和国の国庫に入った。

教会権力を政治から排除すること、批判し、笑うこと。これこそが共和国の建国の精神だ。これをなくしては共和国自体が成り立たない。こうした歴史的経緯から、フランスでは神に対する冒とくは犯罪にならない。この点が伝統の1つになっている唯一の国がフランスだろう。

──フランスは、他の国とは違う、と。

そうだ。報道の自由は「フランス人権宣言」(1798年)第11条、出版の自由に端を発し、「1881年出版自由法」で法律上の保証が与えられた。

言論の自由には二つの形がある。世界共通の価値観で、どこの国に住む人もおそらく合意するのが米国式の言論の自由。これは、米国憲法の修正第1条に定められている言論・表現の自由だ。特徴は、自由はあるが同時に隣人に思いをはせる。社会を構成する個人が気持ち良く生きることを考慮する。神の冒とくはいけない、それは信仰を持つ隣人を傷つけることになるからだ。

フランス式の言論の自由とはフランスのみで通用する。隣人への考慮をしない考え方だ。


二重基準、ユダヤへの侮辱は違法


ただし、フランスに絶対的な言論・表現の自由があるわけではない。例えば人種差別的表現、特に反ユダヤ主義的表現やホロコースト(ユダヤ人の大虐殺)の否定は確実に罰せられる。特に厳しいのがホロコーストの否定だ。

この意味で、フランスの言論の自由には「二重基準」の側面がある。具体例がフランスのコメディアン、デュドネだ。過去に反ユダヤ主義を扇動した罪で有罪判決を受けた人物だ。

──約370万人が参加した報道の自由の擁護のための行進(11日)で、デュドネは行進から帰宅し、自分のフェイスブックに「自分の気持ちとしては、シャルリ・クリバリのような気持ちだ」(この部分は後で削除された)と書いたと聞く(クリバリとは、8日、パリ南部のユダヤ人学校の近くで、女性警官を射殺したアメディ・クリバリ容疑者のこと。パリ東部のユダヤ系食料品店で人質とした4人のユダヤ人を殺害した)。

デュドネは私たちに問いかけているのではないかと思う。「自分はユダヤ人やテロ容疑者について思ったことを言いたい。シャルリには言論の自由が許されるのに、なぜ自分には許されないのか」と。デュドネは14日に逮捕されたが、テロを扇動した容疑で裁判にかけられる見込みだ。

──イスラム教の預言者を冒涜した場合、国内に住む約500万人と言われるイスラム教徒たち(ムスリム)の感情を害することにもつながるが。

その点が問題を複雑にさせている。共和国の価値観を受けて入れているどうかの問題にも関わってくるからだ。

フランスのムスリムたちのほとんどは、旧植民地諸国からの移民あるいはその2〜3世だ。この人たちは完全にフランス人にはなっていないと見られる場合がある。それは、例えば、自分の父がアルジェリア出身で自分がフランス生まれなら、アルジェリアの市民権を持っている。フランス人でありながらアルジェリア人でもある。2つのパスポートを持つ。フランスではアルジェリア人として扱われ、アルジェリアではフランス人として扱われる。

自分の国で拒絶されたと感じるので、もう1つのパスポートのほうに自分が近いと感じる。つまり、アルジェリアであったり、モロッコであったり、チュニジアであったりする。そこで、それぞれのコミュニティがフランス内にできてゆく。

何十年も前に来たほかの移民たち、例えばイタリア人、ポルトガル人、スペイン人などはフランス社会に十分に融合している。ところがムスリムたちはそうではなかった。文化的ギャップがはるかに大きく、かつ元の植民地国から来た人だった。彼らの唯一の文化的つながりはムスリムであることだ。


英語圏の人は無礼なことはしない


こういう人たちにとって、ムハンマドの絵は大きな侮辱だ。英語圏の人はやらない。無礼だからだ。規制されているからやらないのではない。無礼だからそうしない。

フランスでは、このような表現が言論の自由の核になる。しかし、真の意味の言論の自由ではない。言ってはいけないことがたくさんあるからだ。フランス人は言葉遊びが上手だ。ある言葉を拾い上げ、人々の心の中にあるその言葉の意味合いを変えてしまう。

──事件後、フランス社会は変わっていくだろうか。

変わらないだろう。白人市民の多くが「私はシャルリを支持する」と声を上げた。ムスリムの大部分はそう言っていない。風刺画がムハンマドを侮辱していると受け取るからだ。つまり社会の10%近くが「私はシャルリ」の全体に入っていない。

移民阻止を唱える極右の政党「国民戦線」は、11日の行進に参加しなかった。国民の25%がマリー・ルペン国民戦線党首を支持しているといわれている。全体で35%が「私はシャルリ」の行進に加わっていない。政治家は今回の事件でフランスに一体感が出たと主張しているが、長くは続かないと思う。

共和国の伝統・歴史に根差した言論の自由の権利をフランスのエスタブリッシュメントは絶対に手放さないだろう。それが実は「二重基準」であったとしても、たとえ少数派のムスリムたちが表現によって傷付いていたとしても、フランス人であれば、共和国の理念に倣うべきという信念は変わらない。もし揺らげば、共和国の概念そのものが崩壊してしまうからだ。

──事件後のムスリムたちへの影響は?

テロ防止のために、政府はムスリムたちと戦う方向に向かうだろう。フランス共和国の価値観に合わせることができるか、できないか。合わせることができなかったら、テロリスト予備軍と見なされる。ムスリムたちのほとんどが旧植民地からの移民やその2−3世なので、さらに視線は冷たくなる。

──視線が冷たい?

そうだ。14日、全国放送のラジオの朝の番組で、有名なメディア経営者が「現実を直視しよう。現在のフランスで、問題はムスリムだ」と発言した。「すべてのムスリムがテロリストではないが、すべてのテロリストはムスリムだ」。ここでもし「問題はユダヤ人だ」などとラジオなどで言えば、大問題。デュドネが12年前に反ユダヤ的発言をしたら、全てのメディアから干された。しかし、ムスリムについてならこんなことをラジオで言っても罰せられない。

ムスリムの存在自体、見えにくくなっている。宗教別の統計を取ることは違法になっているので、正式には人口のどれぐらいがムスリムかは分からない。私は10%(600万人)と思っているが。

ムスリムにはテロリストというレッテルを貼ることができる。フランスがドイツ占領下の第2次大戦中にユダヤ人の居場所を当局に通報したように、「隣人がテロリストだ」と言って、アラブ人たちを特定の地域に押し込めるかもしれない。過去にフランスはそういうことをやったし、今度もやるだろう。

国民戦線のルペン代表が支持率を伸ばせば、2017年の大統領選で勝利する可能性もゼロではないのではないか。


繰り返されるムスリムへの侮辱


──14日に、シャルリ・エブドが事件発生以来初めての号を出した。イスラム教の預言者ムハンマドと思しき人物が「私はシャルリ」と書かれたカードを持っている。その上に「すべては許される」と書いている。どのような意味に受け取ったか。

私の個人的な解釈だが、キリスト教的なムハンマドだなと思った。「テロ行為を行った人を許す」という意味に見えた。シャルリの表現を支持し、かつテロ犯を許す、と。

キリスト教から見たイスラム教のイメージに見えた。もしキリスト教徒の教会が攻撃されたなら、イエス・キリストの最初の弟子ペテロが同じことを言ったかもしれない。シャルリの風刺画家はこれを知りながら、キリスト教的な考えをムハンマドに言わせたのではないか。

いずれにしても、ムスリムにとって大きな侮辱であることに変わりはないと思う。

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//memo

"自由"のために誰かが犠牲になっている。

https://www.google.co.uk/search?q=cartoon+Charlie+Hebdo&sa=G&hl=en&site=imghp&tbm=isch&gbv=1


偏見や憎しみを煽るという、一方的な表現行為による犠牲だ。

両方向において、それはかつての私たちかもしれないし、

いつかの私たちかもしれない。


今後シャルリ誌を筆頭にフランスは"自由"を自粛するのだろうか?

暴力に屈するわけにはいかない、むろん言論の暴力に対しても…

 

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コメント
 
01. 2015年2月01日 10:30:32 : pj0uwhl5FI
ずっと以前のことですが、フランスは「外敵」をつくることを歴史上、続けてきたと言う意見があります。かつてのドイツ(普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦)がそうですし、その後の1970年代、1980年代の日欧通商摩擦問題では日本でした。日本の電機産業、自動車産業に自国の産業が脅かされた。日本製ビデオテープレコーダーの輸入通関を、わざとフランス内陸の一都市に追いやり、輸入を妨害した。

その日本との関係ですが、皮肉にもフランスに多数開局した民放テレビ局の番組ソフトを確保するために諸外国から大量に番組を輸入することとなり、これで日本のアニメの人気が爆発。日本の漫画を原文で読みたいために日本語を学ぶ若者が急増し、今や「外敵」どころか、親日国になりました。親日家のジャック・シラク大統領の影響も大きかったと思います。

それで次の「外敵」になったのが、イスラムでしょう。イスラムは「怖い」と言うイメージを広めて、「外敵」にして国家を運営する。以前の「外敵」育成方法だと、次は南朝鮮、中国大陸となるはずです。ところがフランスは、これをしなかった。むしろ産業協力をしている。フランスの家電ブランド・トムソンは現在タレスグループになっていますが、そのトムソンのLCD液晶テレビジョンは中国大陸のTCLグループが製造したOEM製品です。

●フランスの支配階級は、自らの支配体制を維持するために「外敵」を作り出し、巧みに利用する。言論の自由も、それの一手段に過ぎないと当方は考えます。このため、挑発的になりがちです。1970年代、1980年代の日本に対する新聞・雑誌の表現も実に敵対的でしたよ。(提示できる資料がありませんが。)


02. 晴れ間 2015年2月01日 14:11:57 : FhUYgDFvAt2/E : xni5yVaf3k
>今後シャルリ誌を筆頭にフランスは"自由"を自粛するのだろうか?


「自粛」はしないでしょうね。
「自由」と「世俗」(非宗教、ライシテ)は国家の原理原則であり、国体ですから。
ただし、「自由」は相対的なもの。アメリカのような「強者のみの自由」(弱者にとっては不自由)は世論に受け入れられません。

>>01

経済紛争と、歴史的な背景をもって作り上げられてきた国家の原理を混同しないようにしましょう。


「フランスの支配階級」って、誰のことですか? 「200家族」ですか。それとも所得税率70%を受け入れている富裕層のことですか?
かつて、資本家階級の多くは、ナチ・ドイツによる占領支配に協力しましたよね。自由よりも自分のカネと財産を優先した人たちです。(国民多数の自由よりも、自分たちだけの自由。) 彼らの敵は、国内の労働者階級だったのです。で、ナチは味方。

現在、ジハード主義者やテロリストはナチに例えられています。
だったら、「フランスの支配階級」が親テロリストであってもおかしくないという変な類推が成り立ちます。
つまり、あなたの言っていることは正鵠を射ていない、ということです。


現在の欧州情勢を見る場合、「新自由主義」との位置関係で測るのが正しいアプローチだと思います。
「外敵を作る」など的外れの発想に過ぎません。


03. 晴れ間 2015年2月01日 14:53:08 : FhUYgDFvAt2/E : xni5yVaf3k
>>01
>1970年代、1980年代の日欧通商摩擦問題では日本でした。日本の電機産業、自動車産業に自国の産業が脅かされた。日本製ビデオテープレコーダーの輸入通関を、わざとフランス内陸の一都市に追いやり、輸入を妨害した。


これは単なる「貿易摩擦」ですが、その背景として、フランスの資本主義が民生品の生産において「負け組」になったという事実があります。当時の勝ち組は旧西ドイツと日本です。
民生品の輸出において「負け組」となったフランスは、仕方なく武器の製造と輸出に活路を見出していました。

今日では、日本の製造業が、新興国に追い上げられて価格競争力を失い、武器輸出に活路を見出そうとしています。(原発の輸出も同様です。)
日本での排外主義の高まりも、それと軌を一にしています。


あなたはどういうわけか、「言論の自由」や国体(国家原理)の問題を、経済摩擦の次元の問題にすり替えてしまい、さらに「支配階級による支配体制維持」へと飛躍させています。
無理な論法であり、全く無意味なコメントです。

それ以前に、そもそもあなたにとっての「自由」とは、フランス人にとっての「自由」とは、全く異質なものではないですか。


04. 手紙 2015年2月02日 19:17:19 : ycTIENrc3gkSo : 1voN3Z1qYI

>>01さん

いつも情報をありがとうございます。多角的な視点でものを見る大切さ、教えられています。記事によればフランスは民族主義的な政党への支持が伸びていく可能性があるという事ですが、これはフランス一国の問題を越えて、かなり危うくなってきたなと思っています。なぜならそれは近未来において、EUの政治経済的な統合が崩れてしまう可能性が高まっており、様々な要因、例えば中国の国際的なプレーヤーとしての台頭や、ロシアの時計の針を戻したような振る舞い、むろん中東や中央アジアの不安定要因もあるでしょう。そういった要因が起こす不安心理からいったん右へ右へぶれてしまうのは分かるのですが、そこで多文化共生主義というEU本来の理念?までも壊れていく恐れがあろうかと考えるからです。EU統合の崩壊は、強烈なリーダーシップへの訴求を引き起こすのかもしれません。フランスもしかりドイツもしかりです。欧州内部の本格的なゴタゴタは、人類にとって悪夢でしかなかった。そうなるとまたしても暴力対暴力では、何の解決にもならんという1ページが書かれるだけです。

もうやめてくれと、言うしかないですね。

>>02、晴れ間さん。

シャルリ誌がヘイトを垂れ流したというのが、貴方と私の認識の違いです。

それをそう感じない人が増えれば増えるほど、自由が死んでいきます。


05. 晴れ間 2015年2月02日 21:51:17 : FhUYgDFvAt2/E : xni5yVaf3k
フランスの極右政党「国民戦線」を民族主義的な政党だと呼ぶのは正しくないです。
まず第一に「フランス民族」というのは存在しません。

フランス人は、様々な人種の混淆です。
国籍に血統は関係ありません。
フランス共和国は、血統ではなく「理念」で成り立った国だからです。最近は変わってきましたが、伝統的にフランスの国籍法は「出生地主義」を取ってきました。(日本は「血統主義」です。)

ただ、この極右政党が移民排撃、人種差別の政党だというのは事実です。
現在の党首マリーヌ・ルペンは、この移民排撃と人種差別の看板を下ろそうとしています。それを下ろさないと、国民全体への浸透が難しく、国政を取る障害になると考えているようです。(この点で、同党の古い党員とは異なります。)

シャルリエブドは、人種差別反対の政党です。
その点で、極右政党とは真っ向から対立します。

日本人の場合は、むしろフランスの極右政党の考え方の方に親和性を感じる人が多いでしょう。
人種や血統の異なる人を、同じ国民としてどんどん受け入れられるかどうか、です。

「異なること」を前提として認め合いましょう、というのは、永遠に交わらない、永遠に異なっていましょう、ということでもあります。無意識のうちに排除を肯定していすま。

それから、「平等」とペアではない「自由」は真の自由ではありません。片方にとっての「自由」が、もう他方にとっての「不自由」をもたらすことが普通だからです。
最近日本ではやりのトマ・ピケティ氏の著作も、「平等」への志向を前提とする社会が生み出したものと言えます。
日本では、「会社員」などという疑似共同体の職名があります。フランスにはそういうものは存在しません。個々の労働者ないし勤労者は、所与の社会において決して「平等」ではないからです。平等ではないことを前提としないと、不平等の考察というものは生まれません。

>>01さんは、ある種の疑似共同体の住民なのかもしれない、と想像します。個々のフランス人との付き合いはなく、日本人の中だけで固まっておられたのではないでしょうか。(これは私の勝手な推測なので、間違っていたら、大変失礼いたします。お許し下さい。)


06. 手紙 2015年2月03日 01:57:45 : ycTIENrc3gkSo : gpBtlQpWh2

晴れ間さん。レスをありがとうございます。

なるほど、アメリカ民族というものがないのと同じように、民族主義ではないということですね。wikipediaで"国民戦線"を調べると、国籍に関してはいわゆる血統主義を採用すると書いてあるのでアラッと思いましたが、詳しくは知りません。"様々な人種の混淆"であるだけに"血統主義を採用"というのは疑問符が付きますね。

トマス・ピケティ氏は平等を勝ち取る為に、みなさん闘ってくださいとおっしゃっていました。日本においては、その平等と共に人間としての尊厳から始めないとならない状況です。それぞれの生活圏、家庭、学校、会社において徹底的に個別バラバラにされ、不安と孤独が操作しやすい群集を生み出しています。恐らくそれが一因となり結果として一般市民の極右的な言動、弱者への攻撃その他が目立っています。そして図書館や展示館、新聞雑誌テレビなど、残念ですが明らかに思慮なき自粛という流れができているのです。

多くの人たちが、自分で自分の首を絞めていることに気付いていない、あるいは見えない圧力に屈してしまっている。そして、悲しいけれども自分自身への攻撃と圧力、生命そのものへの憎悪。自殺…これはまさに戦争です。

上記したこれらの現象は今になって突然噴出したものではなく、戦中から継続して地下で流れていたものが、押さえきれずに噴いているのです。

衰弱しつつある自由、厳しい、とても厳しい状況です。


07. 晴れ間 2015年2月03日 06:58:38 : FhUYgDFvAt2/E : xni5yVaf3k
>>06


私ね、正直なところ、手紙さんの感覚って、わからないんですよ。
現実とは遊離して、頭の中だけで考えているというか、そういう印象です。

フランスはかつて植民地をもっていたし、そこから沢山の移民労働者が来ていました。イトコ、ハトコ、同郷のネットワークで次々と人がやってきていたわけです。
フランスで育ち、フランスの学校で教育を受けた子供は、容易にフランス国籍を取得できます。フランスで生まれれば、自動的に仏国籍者です。
その子たちは、文化が異なり過ぎる故国ではもう暮らせないので、(両親が帰国しても)フランスに住み着いたわけです。さらにその子供たちの世代が、今回のテロ事件の犯人であり、イスラム国に引き寄せられている若者たちです。移民差別がその背景でしょう。勉強で躓けば、職業が閉ざされますから。名前だけで履歴書がはねられることもあります。

不況なので、誰にとっても、雇用は厳しいです。
これ以上、移民は入れてくれるな、というのが、大半のフランス人の感覚でしょう。その中でも強い特に姿勢を取ることを主張しているのが、極右政党の支持者です。

外国人の受け入れが緩いが故に、国籍取得の条件としてフランス共和国の原理とフランス文化の受容が重視されたわけです。(自由・平等云々の理念と、仏語の読み書き能力。フランスで学校教育を受ければ完璧。)
逆に言えば、この条件さえ満たせば、フランス人として受けられられるということです。
今回のテロ事件で、食料品店でユダヤ人を匿った黒人青年が、事件後すぐに仏国籍を与えられました。肌の色や宗教の違いでなく(人間として差別なく)行動したのは模範的なフランス人であるというのが、その理由です。

翻って日本では、朝鮮半島出身者とその子孫への差別は今でも酷いですよね。ここ阿修羅でも、差別的な言辞が蔓延しています。
自由とか平等とか、人権や人間の尊厳という概念が、日本では社会的総意として血肉化されていないからでしょう。

この差別の感覚を内包させたまま、相手の文化を尊重するなどというのは欺瞞だと私は思います。
文化的多様性を主張する人は、最初から夫々別人種だと思ってるんですよ。
交わらなくて当然、違うのは当然。そういうところから出てくる「イスラム教徒を傷つけてはいけない」は、同じ国民としては受け入れないことを前提とした発言だと思います。

現実のフランス社会においては混血も融合も進んでいます。
「血」ではなく「理念」が国体の基本だから、それが可能なのです。

なお、現在のEU=ユーロ体制に反対なのは、極右だけでなく左翼(共産党を含む「左翼戦線」)も同様です。
生活者の視点から見れば、強いドイツ経済に牛耳られた新自由主義の体制だからでしょう。自分たちの生活と文化が守られない、と感じているようです。
中道派は、ある程度新自由主義を取り入れないと、経済競争で負けてしまうと思っているだけで、「仕方なくの新自由主義派」でしょう。根本的にそれを好んでいるわけではありません。

「自由」というのは、抽象的概念ではなく、具体的な問題として考えられなければ意味がありません。Aにとっての自由とBにとっての自由を、どう両立させるか。新自由主義では、1%の人の自由は、99%の人にとって不自由でしかないわけです。それを極力、双方とも自由の最大化を目指せるようにするのが理想です。不自由な人たちも、自分たちにとっての自由(平等)の実質化を要求できることが肝要です。

宗教もそれと同じ。信仰は個人の私生活内に留めよ、他人にも国家にも公生活にも強いてはならない、というのが政教分離の基本的な考え方です。
宗教勢力による政治支配、大新聞支配、学校教育支配を許している日本に、本当の自由はないと、私は思います。
「蒙昧」を「自由の敵」と自覚するか否か、自覚できるか否か、です。



08. 手紙 2015年2月03日 12:27:07 : ycTIENrc3gkSo : ADhx9Txozv

晴れ間さん、レスをありがとうございます。

>>04で指摘した通り、貴方と私の認識と考え方の相違です。

*シャルリ誌がヘイトを垂れ流したというのが、貴方と私の認識の違い。

*フランス式の言論の自由が二重基準であり、隣人への考慮をしていない。

*その特殊性が、酷い形で現実に現れてきている。

*それらを許容する社会の自由とは何か。

私の視点論点は、以上です。

少数者たちの視線でものを見てみるという姿勢を取らなければ、学術的な方法論だけでは現象を説明しきれないし、より良い解決も望めない。移民問題や不況などが及ぼす影響については、ありふれた一般論でしょう。社会現象を説明する根拠など掃いて捨てるほどあるのです。それを一概に否定はしませんが、私はいつまでも未完成な自分の目と耳、最後はこれが「原理主義」に抵抗する力だと考えています。

そしてそれで私は、貴方の感性を疑っている。

まだわかりませんか、ヘイトだということを。


09. 晴れ間 2015年2月03日 14:40:49 : FhUYgDFvAt2/E : xni5yVaf3k
>>08

自分と異なる考え方を「ヘイト! ヘイト!」と呼ぶ。
それは感情の押しつけですよ。少し、幼稚すぎませんか。
まあ、それもあなたの「自由」ですけど。

あなた、シャルリエブドについて、ほとんど何も知らないでしょう?
移民労働者のことも、何も知らないでしょう?

>>01さんも、私の質問には全く答えてきませんね。
「フランスの支配階級」が誰か、という問題です。

私には、この方が何を言いたいのか、さっぱりわかりません。


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