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「集団的自衛権を疑う:深草 徹氏」(晴耕雨読)
http://www.asyura2.com/14/senkyo166/msg/706.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 6 月 12 日 23:02:45: igsppGRN/E9PQ
 

「集団的自衛権を疑う:深草 徹氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/14420.html
2014/6/12 晴耕雨読


https://twitter.com/tofuka01

ブログを更新しました→「集団的自衛権を疑う」 http://t.co/4ijXdfSjcz

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http://t.co/4ijXdfSjcz
集団的自衛権を疑う
1 はじめに
  
集団的自衛権の根拠をきちんと説明することは難しい。なぜなら集団的自衛権なるものは、自衛権とは異なり、主張されることとなったのは比較的新しく、また集団的自衛権の名の下になされた戦争、武力行使の悪行の数々(私の小論「安保法制懇報告書を読む」http://t.co/k0yl8s9lZW)が、法的確信をもって主張できるほどにこれを正当化することを阻んでいるからである。

2 自衛権

我が国の代表的な国際法の教科書である横田喜三郎「国際法学上巻」(1955年・有斐閣)によれば、自衛権とは、国家または国民に対して急迫または不正の危害がある場合に、その国家が実力をもって防衛する権利であり、行使される実力は当該危害をさけるためにやむを得ないものでなければならないとされている。これは我が国の国際法学における通説といってよい。

政府は、1954年、憲法9条1項の下においても我が国は自衛権を保持しており、それは、@急迫不正の侵害、即ち現実的な侵害があること、Aそれを排除するために他に手段がないこと、さらにBそれを防御するために必要最小限度の方法をとることの三要件のもとに行使が認められるとの見解を打ち出し(1954年4月6日衆議院内閣委員会・佐藤達夫法制局長官答弁)、以後これを維持している。

上記の自衛権の要件に関する政府見解は、国際法学の通説に基づいており、おおかたの支持を得ているように思われる。

自衛権に関しては、古くは、1837年、英国から独立を求めるカナダ独立派が利用していた「カロロライン号」を、英国艦船がナイル川に急襲し、撃破した事件(カロライン号事件)に際し、ウェブスター米国務長官が英国フォックス公使にあてた1841年4月24日付書簡において、「英国政府としては、目前に差し迫った圧倒的な自衛の必要性、及び手段の選択の余地がなく、かつ熟慮の時間もなかったことを示されなければならない」との見解が表明された。この見解がその後「ウェブスター・フォーミュラ」と呼ばれることとなった。

その後、国際連盟規約、1925年ロカルノ条約、1928年不戦条約、と平和を維持する国際取り組みがなされ、戦争を違法化する流れが強まった。その中で、自衛権に基づく戦争は、違法な戦争から区別されるとして、自衛権が注目され、より精緻に定義されることとなったのである。その際、自衛権の根拠は、国家の固有の権利である自己保存権に由来するものとの考え方が共有されたといってよい。

3 集団的自衛権
 
国連憲章は、以下のように定めている(51条)。

 「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基づく権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。」

 この規定において、はじめて集団的自衛権なるものが歴史の舞台に立ち現われた。

分解すると、上記定めは、@武力攻撃の発生、A安保理が必要な措置をとるまでの間、Bただちに安保理に報告すること、との三つの制限のもとに、各加盟国は、「個別的又は集団的自衛の固有の権利」=自衛権を行使できるということになる。

ところで自衛権とは前項で述べたように定義がなされ、定着している。これと国連憲章51条とはどういう関係になるのだろうか。

一つの考え方は、国連憲章51条は、自衛権の伝統的概念をふまえ、これをあらためたというものであり、この考え方が従来なんとなく受け入れられてきたようだ。国連憲章51条は、伝統的自衛権概念は個別的自衛権に関するものであり、これとは別に集団的自衛権を認めることを宣言したのだというわけである。

しかし、私は、これは不思議な考え方だと思う。何故なら、国連憲章が、新しい権利として集団的自衛権を認めるのであれば、その根拠について議論がなされ合意が形成されなければならないし、その定義規定を置かなければならない。しかるに国連憲章を定めたサンフランシスコ連合国会議(1945年4月25日〜6月26日)において、そのような議論は一切なされていないし、国連憲章中にはそのような定義規定は置かれていない。

そうすると国連憲章は、従来の自衛権概念を何ら変更していないと解するべきだというもう一つの考え方があってもよさそうである。いやそう考えるべきではなかろうか。

国連憲章51条は、「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を「自衛権」とひとくくりにしている。つまり自衛権を認めたに過ぎない。だから、個別的であれ、集団的であれ、自衛権行使をするには、当該加盟国において伝統的自衛権概念、即ち「国家または国民に対して急迫または不正の危害がある場合に、その国家が実力をもって防衛する権利であり、行使される実力は当該危害をさけるためにやむを得ないものでなければならない」とされる要件(もしくは政府見解の「自衛権行使三要件」)を満たす場合でなければならない。そのように規定している。

このように考えると「集団的自衛の固有の権利」といっても、それはあくまでも自衛権であり、伝統的自衛権が、複数の国家に同時に認められる特殊かつレア・ケース(たとえば同時に複数の国家に攻撃がなされたために複数の国家が同時に自衛権を行使する、あるいは複数の国家が国家連合を形成し、うち一つの構成国への攻撃が国家連合に対する攻撃として複数の国家が一体的に自衛権を行使するなど)ということになる。

 集団的自衛権は自明ではない。

                     (了)


 

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