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「公人の行動の責任は、私人という仮面を付け替えても変化しない:山崎 雅弘氏」(晴耕雨読)
http://www.asyura2.com/14/senkyo170/msg/617.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 8 月 31 日 00:19:25: igsppGRN/E9PQ
 

「公人の行動の責任は、私人という仮面を付け替えても変化しない:山崎 雅弘氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/15112.html
2014/8/31 晴耕雨読


https://twitter.com/mas__yamazaki


政治家を含む公人が、政治的に問題のある発言や行動をした時「あれは私人としての個人的な行動・発言です」という形式だけの弁解が、日本では当たり前のように通用しているが、他の国で同じような言い逃れをしていた例はちょっと記憶にない。


ジャーナリズムが機能する国では、たぶん通用しないと思う。


例えばドイツの首相や大統領が、第二次大戦後に戦犯として処刑された親衛隊(SS)指導者を「戦争殉難者」として追悼する式典に賛同書簡を送って「あれは私人としての行動なので首相や大統領の職務とは無関係」と説明しても許されない。


公人の行動の責任は、私人という仮面を付け替えても変化しない。


日本では閣僚の靖国神社参拝での「私人なので問題ない」という形式的な論点すり替えに記者も国民も馴染んでしまい、形式さえ整えれば公人の行動責任は消滅するという既成事実が出来てしまっている。


自衛隊の幹部が制服制帽を着用して団体で旧軍司令官の墓を詣でる行事も「私人の行為」で許されている。


> 川内原発避難計画政府交渉での珍回答 Q.要援護者の避難は最優先では? 喜多「要援護者の病状は日々変わるから計画は必要ない。事故が起きた時に対応する」 規制庁:高野明・喜多充・関口澄夫 経産省:和田啓之  (2014/8/21)



> 川内原発避難計画に関する原子力規制委珍回答 Q. 避難計画内容や実効性は誰が確認? 規制庁 喜多充氏・野田太一氏:国は防災基本計画に沿っているかを確認するだけ。 実効性・合理性は確認しない http://goo.gl/It3eBz



「形式と実質」は「建前と本音」の関係に似ているが、後者は建前と本音の両方を意識した上で使い分けるのに対し、思考を「形式」に支配された人間は「実質」を意識する必要性を全く感じず、形式だけで思考が完結する。


原発事故のような人の命が懸かる重要局面でも、形式だけで物事に対処しようとする。


表層の「形式」さえ整えれば、それで現実をコントロールできると思い込む思考は、先の戦争で日本が悲惨な敗北を喫するに至った重要な原因の一つだったと思う。


戦陣訓という「形式」のために兵士に自殺的行動を強い、実質として兵力の損耗加速でより敗北に近づいても「形式」さえ整えば問題視されない。


日本人は他国人よりも著しく優れているという「傲慢さ」と、組織や集団のエリートとされる人々に好都合な「形式」だけで完結する思考を組み合わせた結果が、この国の歴史でも特異とさえ言える、1930年代から1945年8月の日本だったと思う。


外交も戦争も「実質」から目を背けて失敗を重ねた。


戦争や大きな人災のような出来事が起こった時、政府指導部や行政機関の人間が「実質」に対処する必要性を考えず、表面的な「形式」さえ整えれば現実をコントロールできると思い込む思考に支配されていれば、失われる人命の数は増大する。


手遅れにならないうちに思考回路の「バグ」を修正すべきだろう。


特攻隊員寮管理者「(少年飛行兵は)12、13歳から軍隊に入っているから洗脳しやすい。


あまり教養、世間常識のないうちから外出を不許可にして、小遣いをやって国のために死ねと言い続けていれば、自然とそういう人間になっちゃう」(毎日)http://bit.ly/WSKnxh


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http://bit.ly/WSKnxh


戦後70年に向けて:いま靖国から/40 生き永らえた命令者


毎日新聞 2014年07月26日 東京朝刊
林えいだい氏


 「父も自決すべきであった」


 陸軍特攻を総指揮した第6航空軍司令官、菅原道大(みちおお)中将は戦後38年生き永らえ、95歳の天寿をまっとうした。次男の童謡作曲家、故深堀道義氏は、それから18年、父の人生を考え詰め、自分も75歳の老年に達した2001年に本を書き、あえてこのような見解を世に表した。


 父の生前は問題を避けていたが、没後、特攻遺族から「お父さんを絶対に許せない」とののしられ、真剣に向き合うようになった。


 深堀氏の妻は「夫は義父を心から敬愛していました」と語る。遺族の怒りは無理もないが、戦後56年たっても尊父の戦争責任を総括しなければならないと決意した司令官の息子の苦渋もまた、いかばかりであっただろう。


 第6航空軍は特攻生還者を福岡市の振武(しんぶ)寮に隔離し、参謀が「なぜ死なない」と責め立てた。公刊戦史にも出ていない施設だが、戦後58年過ぎて記録作家、林えいだい氏(80)の執念の取材により、実態が明るみに出た。


 寮の管理者は、菅原中将の部下である倉沢清忠少佐。戦後は一橋大を卒業し、勤めた会社の社長に栄達して03年病没した。享年86。


 生還者の報復を恐れ、80歳まで実弾入り拳銃を持ち歩き、自宅には軍刀を隠し持っていた。それでも「特攻は志願だった」と言い張り、慰霊祭など特攻の顕彰に熱心だった。


 林氏は東京都内の倉沢氏宅を初めは半ば強引に、半年余りで都合4回訪ね、のべ20時間以上のインタビューを敢行した。福岡県・筑豊地方の林氏宅に残る録音テープには、今日流行する特攻賛美のきれい事とは裏腹な、送り出した側の本音があけすけに語られている。


 例えば、学徒動員の特別操縦見習士官に比べ少年飛行兵は「12、13歳から軍隊に入っているから洗脳しやすい。あまり教養、世間常識のないうちから外出を不許可にして、小遣いをやって国のために死ねと言い続けていれば、自然とそういう人間になっちゃう」などと証言している。そんな暴言・放談がたくさん残る。


 当初取材を拒んだ倉沢氏は、4度目には自分から林氏を招いて大いに語り、直後に倒れて世を去った。初めて重い荷を下ろしたのか。


 誠の哀悼から死者を思い、魂を問い、霊性を聞くのなら、命じた者たちの応答は欠かせまい。今の靖国に、祭られた死者たちと生き残った者たちの対話はあるか。=次回は29日掲載<文・伊藤智永/写真・荒木俊雄>


 

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