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ジェンダー平等 日本は146か国中で116位 男女間に大きな格差/nhk
http://www.asyura2.com/15/gaikokujin2/msg/451.html
投稿者 仁王像 日時 2022 年 7 月 13 日 09:15:31: jdZgmZ21Prm8E kG2JpJGc
 


ジェンダー平等 日本は146か国中で116位 男女間に大きな格差/nhk
2022年7月13日 7時19分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220713/k10013714611000.html

世界各国の男女間の平等について調べた調査で、日本は政治参加や経済の分野で依然として大きな格差があるとして、調査対象となった146か国中116位でした。

この「ジェンダーの格差に関する調査」は、政財界のリーダーが集まるダボス会議の主催者・世界経済フォーラムが毎年、「政治参加」、「経済」、「教育」、それに「医療へのアクセス」の4つの分野で、各国における男女間の格差を調べています。

最新の状況について調べた報告書が13日、発表され、調査対象の146か国のうち、ジェンダーの平等が最も達成できているとして▽1位になったのはアイスランドで、13年連続でした。

続いて▽2位がフィンランド、▽3位がノルウェーで、例年同様、北欧の国々が上位を占めました。

一方、日本は「教育」と「医療へのアクセス」では評価が高かったものの、「政治参加」と「経済」の分野で評価が極めて低く、116位でした。

日本は、衆議院議員や閣僚に女性が占める割合が低いほか、管理職など企業で意思決定を担う女性の割合も依然として低いと指摘されています。

また、報告書では、新型コロナウイルスの影響で保育施設や学校が閉鎖される中、育児の大部分を女性が負担したことや、女性の失業率が高止まりしたことなどが、ジェンダーの平等を妨げていると指摘しています。

世界経済フォーラムは、世界全体でジェンダーの平等を実現するにはまだ132年かかるとして、各国に取り組みを強化するよう求めています。
専門家「人材確保のうえでも重要」
コンサルティング大手、デロイトのシャロン・ソーン会長は「取締役会の顔ぶれは、従業員を代表するものだ。組織における男女平等は若い世代がキャリア選択の際に重視する価値観であり、取締役に多様性がないと見なされた組織は、今後、入社先として選ばれないだろう」と述べて、女性の取締役への登用を増やすことは人材確保のうえでも重要だと指摘しています。

さらに「経営層が多様になればより賢明な意思決定ができ、組織の利益に貢献する。また、イノベーションを促進し、より効果的なリスク管理や、顧客や従業員とのよりよい連携が可能になる」として企業経営へのメリットが大きいと強調しています。
欧米の女性取締役増やす動き 罰則の対象にも
「ジェンダーの平等」を目標に掲げるEU=ヨーロッパ連合は6月、域内の上場企業に対し、女性を一定以上の比率で取締役に登用するよう事実上、義務づけることで大筋合意しました。

基準を達成できなかった企業には理由や対策の報告が求められ、十分な説明ができない場合、罰則の対象になりうるということです。

また、ことし4月、イギリスの金融行為監督機構は、上場企業に対して、取締役の少なくとも40%を女性にするよう求める新たなルールを発表しました。

機構の報告書によりますと、おととし、ロンドン証券取引所に上場する主要350社の取締役に占める女性は34.3%で、比率をさらに引き上げるねらいです。

アメリカの証券取引所ナスダックもおととし12月、上場するおよそ3000社すべてに▽女性1人と▽黒人やヒスパニック、人種的・性的マイノリティーから1人の少なくとも合わせて2人を取締役に選任するよう義務づける方針を発表しています。  

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コメント
1. 2022年7月14日 03:55:44 : EkLZD15jVs : TW11R2FxYmtrdUE=[1999] 報告

ジェンダーフリーは女性を不幸にする。
h ttp://www.asyura2.com/0502/social1/msg/131.html
投稿者 TORA 日時 2005 年 4 月 09 日 18:55:59: CP1Vgnax47n1s

男女共同参画法が施行されてより、ジェンダーフリーの洗礼は生まれたばかりの子供にまで及ぶようになった。すでに新聞報道されたので承知している向きも多いと思うが、文科省の出した子育て支援パンフレットには、「女の子に愛らしい名前を、男の子に強そうな名前をつけること」や「女の子のひな祭りや男の子の鯉のぼり」を否定するような内容となっていた。作成した日本女性学習財団は「子供の性格などを考えずに安易に男女『らしさ』を押しつけてはいけないという趣旨だった」というが、弁明にはなっていない。要は、自分たちの思想の前には、親の願いや日本の伝統文化など無視してもかまわないというのである。
 ジェンダー論者による文化破壊は、雛祭りや鯉のぼりにとどまらず、昔話や童話にまで及ぶ。例えば、桃太郎のように、おじいさん(男)が山へ柴刈りに(仕事)、おばあさん(女)が川へ洗濯(家事)といった昔話は「おかしなかたより」があるとされ、性別役割意識を小さい頃から刷り込んでしまうために、子供たちに読ませてはいけないという。自分たちの価値観に合わないものは否定してもよいという発想は、思想統制につながる全体主義そのものである。
 小学校に入れば、その刷りこみは組織的かつ巧妙になる。その象徴的な例が男女混合名簿である。「男子が先」は女子差別につながるというのだが、これほどナンセンスな話はない。「名簿の後半に位置づけるのは差別である」という前提に立つのなら、五十音順にしたところで五十音順で生徒を差別することになってしまう。男女というカテゴリーの序列に問題があるというのなら、年ごとに男女の順を入れかえればいいのだが、ジェンダー論者はあくまで混合名簿に固執する。それは「区別=差別」だという妄想を抱き、「区別=違いによってわけること」と「差別=扱いに差をつけること」の相違をまったく理解しようとしないからである。
 以下、学校における実践例について『ジェンダーフリー教育』『学校をジェンダーフリーに』(ともに明石書店)という本から引用する。(前者をA書、後者をB書と記す)
 B書によれば、ジェンダーフリー教育を行う理由として、現在の学校システムが「性差別を再生産する装置」であるからだとする。だが、その論拠としてアメリカの調査報告を挙げるだけで、日本の現状を分析したデータは記されていない。そのためか、根本的な教育制度や学習形態には言及せず、「隠れたカリキュラム」という言葉を使って、名簿、制服、呼称など瑣末なことを取り上げて「男性中心に作られた枠組み」を変革していこうとする。
 その一環として、男女の呼び方を統一しようという動きがある。男子を「くん」女子を「さん」と呼ぶのは「区別=差別」であるから、男女ともに「さん」づけで呼ぼうというのである。男女別の呼び方に差別性など全くないにもかかわらず、このような動きが急速に広がっているのは、ジェンダーフリーの内包する全体主義的な恐ろしさを示唆している。
 授業での実践も首をかしげるようなものが多い。ある小学校では一年生を対象として「家族について考えさせ」、「標準モデル以外の家族の子供たちに対して差別意識を生じさせない」ために、次のような授業が行われた。(A書より)
 まず、家族の絵を書かせて自分の家族を全員に紹介する。片親の子供にも、他の生徒から質問があれば、親が離婚した等の理由を説明させる。小学一年生には残酷なことだと思うが、この教師は「離婚は悪いことではない。結婚という形態が当たり前ではないことを伝える」意義があるのだという。そうして「大人になったら、おかあさんやおとうさんにならないで一人で暮らしたり、友達同士で暮らしたりしてもいいんだよ」と語りかけるのである。たしかに個々の生き方は自由だが、学校という場で、しかも小学一年生に伝えるべき内容であるとは思えない。これでは結婚制度の否定を刷りこんでいるようなものである。女子からは「おかあさんになって子供を産むのは痛いし、しんどいからいやや」という声が出たそうだが、この教師が子育ての大切さや喜びを伝えた様子はない。もちろん、小子化によって国の根底が崩れるであろうことは眼中にもないようだ。
 続いてB書より、かの国立市の小学校で行われた学芸会の様子を紹介しよう。
 この小学校では、「女の子が主人公の作品が極端に少なく、あっても女の登場人物は役割分業そのもの、美しいお姫様や優しいお母さんといった具合」なので、自分たちで自分たちで脚本を作ることにした。題して「アリーテ姫の冒険」。有名なフェミニズム童話である。「アリーテ姫はかしこくて勇気のある女の子、しかも乗馬うまく、いわゆる男らしい特技だけではなく、縫い物をし、絵を書きダンスをするのが好きという女の子らしい特技も備えている」というが、絵を書きダンスをするのが好きだという男はたくさんいる。この人達の方が勝手に性的な役割分担を決めているのが何ともおかしい。
 問題なのは事前の指導である。「授業では女はかしこくない方がいいかというショッキングなテーマを取り上げて四つの狙いを定めた。@『女はかしこくなんかない方がいい』という王様の言葉から女のあるべき姿と社会的偏見について考える。A難題を解決する冒険の過程の中で、力、武器を使わなかったことから何が本当の力かを考える。Bお姫様が登場するほかの童話との違いに気づき、どちらのお姫様が生き生きとして魅力的かを感じ取らせる」というのだ。
@ は絶句である。「女はバカな方がいい」と男は思っている。それをどう考えるかと小学生に聞いたわけである。男は女性を蔑視する存在であり、闘うべき相手であると教えたも同然である。しかし、実際に男はそんなことを思っていない。女性は優しく賢くあってほしいと願っているのが普通である。本気でそう思っているのなら、この教師たちこそ偏見に毒されているというべきだろう。
Aは男の攻撃性を批判し、力に訴えない女性を賛美するつもりらしいが、ジェンダーフリーといいながら男女のカテゴリーに固執している矛盾に気づいていない。
Bは論外。自分達の芝居こそ絶対的に素晴らしいものだと思わせるわけだから、まさに独善そのものである。
 さて、この学芸会がどうなったかというと、
「フィナーレに登場する銀色の馬の役は、はじめ男の子が希望していたが、練習中にその男の子がアテリーナ役の女の子に憧れ、つきしたがう蛇の役になり、かわって馬の役になったのは小柄な女の子だった。これまでの学芸会の歴史の中で、疾走する馬に乗って観客席から舞台に駈け上がったヒロインなどなかっただろう」
 何のことはない。女生徒が主役となって男子生徒を従えたことを喜んでいるだけで、常々批判している男性中心劇の逆をやったにすぎないのである。
 ちなみに、この国立市の教員組合女性部は、かつて5年国語の教科書(光村図書)に載っていた今江祥智の「どろんこまつり」を男女差別につながるという理由で削除させている。以下、B書より引用する。
「どろんこまつり」は「気弱で゛女っぽい゛男の子と、お転婆で゛男っぽい゛女の子が、最後にどちらも゛本来゛の゛男らしさ゛゛女らしさ゛に゛立ちもどる゛という物語である」ため、彼らは「性差別をあまりにも強く全面に出している作品で、このまま見過ごすことはできない」として光村図書に抗議し、「これからは女子が活躍する文学を取り上げる」等の確認を取りつける。その結果「次回の教科書には掲載されなかった」。
 これにより、「私たちは、教科書会社に質問や抗議をしていくことで、教科書を変えていくということができるということを実践的に学んだ」という。
 しかし、「らしさ」が性差別につながるというのは、この人達の勝手な思いこみであり、世間的な常識となっているわけでも、法的根拠があるわけでもない。にもかかわらず、自分たちの意向によって教科書を変えようとするのは、少数による言論統制にほかならない。
 ジェンダーフリー教育の対象は生徒だけではない。PTAの集会などでは外部講師による講演が全国で行われている。私の元に寄せられた情報から、ある小学校で行われたセミナーの様子を紹介する。
 講師は若い未婚の女性だった。一通り話が終わった後、保護者の一人が質問した。
「娘がいるのですが、母親としてはお嫁にも行って欲しいし、健康でチャンスがあるなら出産もしてもらいたいのですが、今のように男女平等って教えていくと、何で私たち女だけが産まなくちゃいけないのと言われそうで心配なんですけど。どうやって男女平等を教えながら子育ての大切さを教えたらいいですか?」
 これに対して講師は次のように答えたという。
「今の質問ですが、そういう考え方は子供を産めない女性に対して差別を生むことになります。ですから、産んだ方がいいといった考えを子供に押しつけるのは良くないと思います。私は子供を産んではいませんが、このような教育の現場で皆さんと一緒に子供を育てていると思いますし、専業主婦に比べて税金も多く払っていますから。それに今、世界では人口爆発が起こっていて将来、食料危機の心配もあるわけですから、日本人が子供を産まなくなっても大したことではないと言う人もいます」
 強引な差別認識、出産や育児への抵抗、専業主婦蔑視、少子化への密かな期待―――これらがジェンダー論者の本音のようである。

 家族と専業主婦への敵視

 中学ともなると、その内容も多岐にわたるようになる。(以下、A書より)
ある中学の家庭科教師は、教科書に家族団欒の光景が載り、「家庭は共同生活を営む場で、家族が安心して毎日の生活を送り、明日への活動力をつくりだす場でもある」(開隆堂)とあることから、両親がそろっているのが当たり前で、そうでない家庭の子供に対する差別や偏見が生じると思い、様々な家庭があることを認識させるために、深江誠子という人の手記を読ませた。深江氏は「五歳で生母と死別し、その後母が三人も変わり、恩義を受けた三番目の母が社会から冷遇されていたのを知り、被差別の立場にある人に関心を持つようになり、自らの子供を差別社会と闘わせるためにあえて私生児した」人である(手記より)。手記に言う。「私は自分の生んだ子を私生児にすることに何のためらいもなかった。私は家庭が波瀾に満ちていたからこそ、既存の結婚制度の欺瞞性を見抜く力を養われた」と。
 深江氏がいかなる考えを持とうと自由だが、学校教育とは社会の仕組みや秩序を教えるのが基本であり、反社会的な考えを持ちこむのは禁物だろう。これでは既存の結婚制度や家族を否定しているようなものである。
 その他の実践も似たりよったりで、夫婦別姓を賛美したり、現行の結婚制度や戸籍制度を批判したりといったものが多い。その中でも突出しているのが、「三歳児神話を問う」という授業である。
 狙いは「子供は三歳までは大切な時期だから母親が育てるべきだという、いわゆる゛三歳児神話゛があるが、親の労働権を保証されるためには保育所が必要であるため、保育所の実態と意義を伝える」ことだという。授業では、保育園は何の問題もない良い所であると教えるのたが、この教師がそう思うに至った経緯がふるっている。
 この教師は以前に、自分の子供を保育所に預けていると生徒に言ったら、「子供がかわいそう」と言われ、「゛母親゛の感覚が甦り」「いますぐ子供を抱きしめたい衝動にかられた」そうである。しかし、五歳の子供に聞いたら、保育所が好きだと答えた。理由は、おもちゃや先生を独占できるからだという。たったこの一言だけで「子供への少しの負い目は完全にふっきれ」、「三歳児神話は家事を女に押し付け、福祉を安上がりにするための仕組みである」ことを見通してしまうのである。何という短絡さなのか。三歳児神話の是非を問うには、膨大なデータと学問的な検証が必要であろう。それを子供の一言だけで都合よく解釈してしまうのだから呆れるばかりである。
 この女教師の文章には、「社会的には女性の個人としての労働権が認められていない」「親が子どもを預けて自分のことをする権利がある」等、゛権利゛という言葉が頻出する。その反面、育児や家事は「女が経済的生活力を捨て、犠牲を払う」ことであるとして、母性による行為を否定する。女性として生まれ、子宝に恵まれながらも、働くことのみを優先する一面性には薄ら寒いものを感じてしまう。
 たしかに今は「男は仕事、女は家事」と固定化すべき時代ではない。産業構造が変り、労働の質が変化したことで、多くの女性が適正を生かして働くようになったのは当然のことである。しかし、だからといって、家事や育児、主婦という存在を蔑視するのは「偏狭」の謗りを免れないだろう

  なんでもかんでも女性差別

 高校にもなると、様々な観点から女性差別が取り上げられる。次に紹介する「女子マネージャー撤廃論」はそのトンデモぶりにおいて突出している。書いたのは神奈川県の高校教師である。長いので要約する。
「高校生にとってモテるというのは重要なことである。モテたいがために本来あるべき自分の姿を不本意な形でねじまげてしまうことはよくあることだ。この文脈上に女子マネージャーがいる。彼女たちは、好きでやっているのだからいいじゃないかと言うが、そう思う背景が何であるのかを押さえるべきだし、゛好きでなくても゛やらなくてはならなくなる人が出ることに無自覚になってはいけない。
 家庭や学校で繰り返し繰り返し男と女は違うというメッセージを送られつづけ、その与えられた価値観によりモテることを選ぼうとするときに゛好きで゛マネージャーを選ぶ生徒が生み出される。
 つまり、女子マネージャーは強制ではないが、性差別社会において刷りこまれた意識によって゛選び取らされた結果゛として存在する。
 いったいどこに自らすすんで自分を中心部ではなく周辺部に置きたがる人がいるだろうか。本来ならば、選手として関わりたいと思うはずなのに、女子マネージャーが後を絶たないのは、男達の裏方に回ることがむしろ高く評価されることを彼女たちが知っているからである。
 自分がメインステージに立たず他者に夢を託すという彼女たちの姿は、夫や子供に夢をたくす゛妻゛や゛母゛の姿に見事に重なる。こうして、女たちは自らの糧を自らで得るという当たり前のことができなくなり、家庭に囲い込まれ、自分自身を生きることを辞めてしまうのである」
 いやはや何とも凄まじい。この女教師は女子マネージャーに「貴方たちはモテたいという下衆な動機でなったのだろう」と非難しているのだ。しかも、「自らすすんで自分を周辺部に置く」という゛献身゛の概念をまったく理解せず、専業主婦は「自分自身を生きることを辞めている」と一方的に断罪するのである。
 しかし、高校生がモテようとして何が悪いのか。「周辺部に身を起きたがること」を打算だと非難するが、この世はそうした人々の献身的な行為によって支えられていることを知らないのか。この教師の皮相かつ独善的な見方には気分が悪くなるほどである。
 国語の授業でもジェンダー思想が絡むと、呆れた実践となる。ある女教師は、教科書に女性作家が少ないことを確認させた上で「このように文字における女性の業績を無視した教科書は、長い性差別の歴史であることを確認してから授業に入る」という。この教師は、教科書編纂者が意図的に女性作家を排除していると思っているらしい。私の手元には日本推理作家協会の住所録があるが、女性作家が少ないのは女性差別の結果だというのか。
 授業では田嶋陽子著『もう「女」はやってられない』(講談社)の一部を読ませて恋愛について考えさせる。この本は「男性支配社会において女が男と対等でいられるのはまでで、つまり結婚生活が始まると女は奴隷になる仕組みを説き、女が経済力を獲得すれば男女の力関係は変わりも変わると結んでいる」という。この教師は授業を通して「愛という名のもとに女と男が上下関係になってしまうのを語るのに急で」、「女と男はしょせん支配・被支配の関係にすぎないから、対等な恋愛など存在しない」というメッセージしか伝えられなかったと気にしていたが、生徒から「恋愛は別にしなくてもいいんだ」という感想があったことで「少しは自己発見に役だってくれた」と満足する。しかし、公教育の場で「恋愛は支配・被支配の関係だ」「主婦は奴隷だ」などと教えられる生徒こそ哀れである。このような授業がトラウマになって、正常な恋愛や結婚ができなくなるのではないかと心配してしまう。
 これまで述べたのは、どれも教師の自主教材による刷りこみだったが、来年度から使われる高校の国語教科書には、とうとうジェンダー思想そのものが登場することになった。『国語総合』(桐原書店)にはメンズリブの中心メンバーである伊藤公雄氏が書いた「ジェンダーの視点から」という評論が載っている。内容はご多分にもれず勝手な思いこみに満ちており、男女に生物学的性差がないことを説明する部分では、ニューギニアの原住民に男女の゛らしさ゛が逆転している部族がいることを挙げて、これによって「男らしさや女らしさは文化や社会によって作られたものであることが明らかになった」と断じている。あらゆる文明社会でジェンダーが存在していることを無視して、未開部族のわずかな例ですべてを説明してしまうのだから恐れ入る。「女性は生物学的に男性より体力が劣る」という常識には「オリンピックの女性と競争して勝てる男性はそれほどいない」と反論し、なぜ「男は仕事、女は家庭なのか」と批判する。極めつけは「セックスがジェンダーを規定しているのではなく、むしろジェンダーがセックスを規定している」という部分である。欄外の注釈には「生後のしつけや教育によって、生物学的な性が強化され、また、どちらの性で生きられるか決められることもある」と書いてある。つまり、「社会的要因によって女を男として、男を女として生きさせることもできる」という極論から、「生物学的な性は個を決定する要因ではなく、゛らしさ゛も文化的社会的に作り出されたものにすぎない」と断じるである。どれも例外から一般を導き出そうとする暴論である。しかも、最後の「学習の手引き」には「身の周りにある゛男らしさ゛゛女らしさ゛の例を挙げ、それについてジェンダーの視点から話しあってみよう」とある。
 いよいよ来年度からは国語の時間でもジェンダーフリー教育が行われるのである。

  ジェンダーフリーは女性を不幸にする。

 以上見てきたように、主観と偏見による奇矯でいびつな思想が、男女共同参画法という゛お墨つき゛を得て、学校や役所によって広められつつある。謳い文句は「性別によって差別されたり、人権が侵害されたりすることのない社会を作ろう」というのだが、現実はまったく逆になるだろう。なぜなら、「らしさ」とは社会をより安定させるために醸成されたものであり、そうであるがゆえに、「らしさ」が消失すれば必ずや悪しき影響が出るだろうからだ。
 仮に、ジェンダー論者の言うように、「らしさ」をすべて排除すればどうなるだろうか。女性においては優しさ、繊細さが失われていき、下品で粗野な行動が蔓延するだろう。母性の喪失は育児の意義や喜びを失わせ、子育ては面倒なものでしかないという意識から、放任や虐待が増えるだろう。子供の荒廃が家庭や学校の荒廃、ひいては社会の荒廃へとつながっていくのは自明である。また、子育てに積極的な意義を見出せない母親は、いかに保育所が完備し労働条件が整ったとしても、進んで子供を産むことはないだろう。少子化が国の根幹を揺るがすのは論を待つまでもない。
 また、ジェンダー論に従えば、゛献身゛を隷従だとして厭うようになるが、男女を問わず、他者に尽そうとしない者、他者のことを考えない者が幸福になれるはずはない。経済的に自立し、社会的な権利を得たとしても、誰からも大切にされず、感謝もされず、荒涼たる孤独の中で生きるしかないだろう。
 「男らしさ」の中には゛女性を守る゛という「逞しさ」や「優しさ」がある。いわゆる゛ダンディズム゛と呼ばれるものである。これらは男が本来攻撃的かつ本能的であるがゆえに、゛女性を守る゛ために作り出されたものだろう。まさに、ジェンダー論者の否定する社会的文化的性差そのものだが、こうした゛男らしさ゛を否定すれば、本能的な欲望が剥き出しになり、女性にとって不利な事態を招くのは目に見えている。セクハラやDV(夫婦間暴力)が増加しているというが、それらは゛男らしさ゛の喪失で説明できる。すなわち、女性を守ろうとする゛男らしさ゛(内的規範)が喪失したがゆえに、女性の人権が侵害されるのである。
 ジェンダーフリーは基本的に女性の権利拡大を目指すものだが、その結果はまったく逆になるだろうことを認識すべきである。

2. しらいさとし[47] grWC54KigrOCxoK1 2022年7月14日 13:00:06 : FNptp3XTcQ : d0ZqUTR1YVFnQmc=[1] 報告
リリセ氏
https://twitter.com/toririse/status/1547413912244539392
⇒《教科書にジェンダーという言葉を記載するな、父親が赤ちゃんの世話をする必要はない、男女には役割がある云々の指導をしてたのも、安倍晋三率いる「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査PT」でしたね。》
https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/keikaku/sidai/ke12-s.html

そうなんだねぇ…
統一教会に洗脳される『美しい国』…



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3. しらいさとし[51] grWC54KigrOCxoK1 2022年7月16日 08:29:56 : nmipV6UFA6 :TOR d1hKL3pua3dxSG8=[2] 報告
https://twitter.com/pulmo_p/status/1547851994076852224
⇒《こども庁が、自民党の一部保守派の横槍で「こども家庭庁」になってしまった際に、統一教会の関連団体である国際勝共連合がHPに誇らしげに掲載した文章がこちらです。》
⇒《当然、憲法改正においても、家族保護条項の追加は欠かせない》

なるほど、そういう狙いか…
その「家族」の定義に「教団」も入れるわけだ…
そうなると、政治家だけじゃなくて、「公助」を嫌う(財務省を含む)小役人にとっても、リバタリアンにとっても、統一教会は味方ということになるな。

【宗教にとっての敵を考えてみる】
(1)精神的な幸福
 宗教は誰もが近づかない人間にも寄り添う。統一教会だろうが創価学会だろうが浄土真宗だろうがイスラム教であろうが、布教に熱心な宗教団体はみな等しく「人の不幸」が商機なのだ。葬式のときなどバッチリ勝負服できめて坊主が来るではないか。そこが最大のプレゼンの場だからだ。

(2)自助・公助、経済的な平等
 宗教は共助だ。人は「満足/不満足」ではなく、近しい人と「差」があることが嫌な生き物だで「人並み」が好きなのだ。だからその「差」を埋めようとする。
 自助や公助でそれを埋めてしまったら宗教の出番がない。だから統一教会だけじゃなく、あらゆる宗教は反共だし、意図的につくり出された「格差」を必要とする。
 (日本は共産主義に至る手前のこともできていない。まずは生活保護の捕捉率を欧州並みに上げるところから始めなければならない。)

(3)立場の平等・非差別
 宗教は上下関係を求める。ランキングも欠かせない。そして他教より優れていることを教えつづけなければならない。

(4)個性
 宗教は教団内の同質を求め、同調圧力を高める。そして全ての宗教がそれに失敗する。

(5)相対
 宗教は絶対を求める。動かないものを求める。しかしそのようなものは、この世にはない。絶対的な人もいない。教団もない。すべてはいずれ滅びる運命だ。

(6)科学・ファクト
 宗教は陰謀論だ。そして短絡的で拙速に結論を求め、それ以降の情報のインプットを遮断する。基本的にナマケモノの脳にとって宗教はありがたい存在だ。
 そして、超自然的な方法で自分や社会を「今とは違う何か」にすることなどできない。

(7)新しさ・持続的な希求
 宗教は過去に答えを求める。だから書物に書かれたLGBTQ差別を温存したりする。しかし新しい発見は人類の進歩の証しだ。新しさを喜んで受け入れる必要がある。石頭になってはいけない。

以上、とりとめもなく思いつくままに書いてみた。きっと足りないことが山ほどあるだろう。

[12初期非表示理由]:管理人:アラシコメント多数のため全部処理

4. しらいさとし[52] grWC54KigrOCxoK1 2022年7月16日 09:09:07 : IiCY0Ypx06 :TOR QnVueVp3MGRNZ1U=[4] 報告
https://twitter.com/TubulerBells/status/1546014115017428992
⇒《統一教会と関係の深い閣僚経験者》

菅義偉は公安への調査妨害を小此木八郎にやらせていたのか…
横浜市長選で小此木を引退に追い込み、菅を退陣させた横浜市民(立憲、共産)はあっぱれだな。
これぞ民主主義の勝利だ。

そうなると、菅と近い三原じゅん子や坂井学はどうなんだ?
カルトを追うジャーナリズムに期待しよう。

[12初期非表示理由]:管理人:アラシコメント多数のため全部処理

5. 2022年8月09日 18:13:53 : EkLZD15jVs : TW11R2FxYmtrdUE=[2183] 報告

(社会)真の男女平等とは? 男性差別は 女性には見えていない

1 :タケ? ★:2016/02/17(水) 17:58:47.11 ID:CAP_USER*.net

女性が性別ゆえに受けている不利益を解消するのは大事なこと。
けれど、男性が性別ゆえに受けている不利益や抑圧は、女性には見えていないかもしれません。
男性差別問題の若手研究者・久米泰介さんが、見えなかった男性差別の真実を語ります。
今、日本は国を挙げて「女性の活躍」を推進し、女性の社会進出レベルを欧米並みに引き上げようとしています。
アメリカでも約20年前、同じような状況がありました。
企業での女性の昇進を阻む「ガラスの天井」を取り去ろうとする一方、
男性も家事育児を担うことで家庭内での権利の平等を目指しました。
その結果、何が起きたでしょうか。
私はアメリカの大学で家族学という領域を学びました。
日本は現在でもそうですが、30年ほど前のアメリカでは、
離婚するときに子供の親権を得るのは圧倒的に母親が有利で、
父親は慰謝料や養育費の負担があるのに子供にはなかなか会えないという状況にありました。
これを変えようという男性たちの運動が起き、実際に法律も変わってきました。
そんな中、親権問題だけでなく、さまざまな社会制度によって
男性は不利益を被っていると声を上げる人が出はじめたのです。
これまで、社会の中には「男の特権」や「男の優位性」が存在して、
それが女性差別を生む土壌になっていたと言われてきましたが、逆に男性を抑圧している
「女の特権」「女の優位性」もあるのではないかと指摘されるようになったのです。

(全文)h ttp://style.nikkei.com/article/DGXMZO97258250T10C16A2000000?channel=DF260120166504&style=1

2 ::2016/02/17(水) 18:00:38.53 ID:k142UHs00.net

男女対立煽る ==  家庭の崩壊 = 国家弱体化


http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1455699527/

6. 2022年8月17日 14:57:30 : zLkrXw9g1M : Tk1nSlJHRFZ6bGM=[1] 報告
●どこの国も民族も持つ、神話や伝統、祭り、祭祀を壊してぐちゃぐちゃの日本にするための思想。
●二歳くらいか五歳くらいの子供が訪問先の畳の部屋にお母さんと、二人いた。子供は男と女。親は何も言わない
が、女の子はお人形やままごとセットで遊び、男の子は銃や車、機関車のおもちゃで遊んでいる。国家権力がふんどしして空手をやる女を作り、ピンクのフリルの付いたTバックをオジサンが履き、花柄の日傘をもって、唇に紅をさす。公衆便所も駅のトイレも共同で、ふんどしの女子高生や化粧した中年おじさんが用足しに来る・・。病院も大部屋は少女からおばあちゃんまで一緒、ついでに少年から中年、おじいちゃんまで一緒、男の看護師が女子の年代拘わらず、肛門や性器を念入りに洗う。女子の看護師は今までも年齢拘わらずに男の体から肛門、性器、かり首のくびれと筋まできれいに洗う(これこそ女を男の性器専門に洗わせているようでおかしい!。処女の二十歳前後の女子に若い男や中年の性器持たせて奇麗に洗わせるなんて正気か?。恋人に申し訳ないからと看護師の道を辞めた律儀な女子もいる)

スパ銭湯も今までも若いJDバイトなどが掃除や小物入れ替えで素っ裸のおっさんの大勢いる風呂に入ってくるが(これもおかしい!)、当然男女混交。掃除や小物入れ替えで入ってくるのもJK,JDのバイト、バイト男子も入ってくる。
脱衣場では中年おじさんがパンティー脱いで入ってくる。
当然、性の規律や貞操などぐちゃぐちゃで性交があちこちで頻繁に行われ、公園や町中でも行われる午。家庭内も精神規律が壊れて近親相姦。よって障碍者が多産され、外では見知らぬ男の子を孕むので、中絶は大流行、胎児は化粧品その他で金銭に変わる。精神性が退廃の一途を辿って人類は絶滅に向かう。

ご希望のお品は、これでよろしいですか〜。天界一の奇麗な天使、ルシフエル。おごり高ぶり、神に戦いを挑んだ。大天使ミカエルに征伐されて友翼のドラゴン(日本の龍ではない)の姿にされて地上に落とされたのが、神に恨みを持った恐ろしい悪魔となった。エデンの園では、神の作られた永遠の命を持つアダムとイブが暮らしていたが、蛇に化身した悪魔がイブをそそのかし、神が禁じた知恵の実を食べた。
これを人間の原罪という。故に人はみな生まれながらに罪を持つ、とある宗教(へんてこな)が取り上げて信者を洗脳するが、もともと全知全能である神がそんな人間をつくるわけがない。子は親を慕う。親は子を慈しみ鍛える。力づくで親を慕えなんて言ってない。神と人間も同じ。ライオンでも優しく育ててくれた飼育員を何年たっても忘れない。
ちなみに悪魔は元はルシフェル、оr、ルシフアー。ルシフェルは雌雄同体ざんす。お分かり?。こんなこと書いてあったのでちょっと記してみました。あっと、日本の古典のどこにも悪魔などという記述はないからね!。


7. 2022年8月18日 03:31:08 : EkLZD15jVs : TW11R2FxYmtrdUE=[2266] 報告

日本の場合だと女を優遇させたらヤクザが悪用してくるから規制せざるを得ないようですが

そのあたりは無視ですか?


ヤクザは女性に言う事をなんでも聞かせる為に刺青をしている
h ttp://www.asyura2.com/18/reki3/msg/194.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 1 月 26 日 09:38:42: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey

関連

最高裁で判決確定 野田聖子大臣の夫が「元暴力団員は真実」(文春オンライン)
h ttp://www.asyura2.com/22/senkyo287/msg/591.html
投稿者 赤かぶ 日時 2022 年 8 月 10 日 13:20:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU



[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

8. 2022年8月19日 17:39:19 : EkLZD15jVs : TW11R2FxYmtrdUE=[2289] 報告

?日本の場合だと女を優遇させたらヤクザが悪用してくるから規制せざるを得ないようですが

そのあたりは無視ですか?

>ヤクザは女性に言う事をなんでも聞かせる為に刺青をしている h ttp://www.asyura2.com/18/reki3/msg/194.html 投稿者 中川隆 日時 2019 年 1 月 26 日 09:38:42: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey

関連 最高裁で判決確定 野田聖子大臣の夫が「元暴力団員は真実」(文春オンライン) h ttp://www.asyura2.com/22/senkyo287/msg/591.html投稿者 赤かぶ 日時 2022 年 8 月 10 日 13:20:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU

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