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日本経済の実態は、ピケティのモデルとは異なる
http://diamond.jp/articles/-/66629
2015年2月12日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] ダイヤモンド・オンライン
トマ・ピケティは、『21世紀の資本』において、格差の拡大が、簡単なマクロ変数で説明できるとした。前回は、そのようなマクロ経済の姿は日本では観察されないことを、GDPデータを用いて示した。以下では、同じことを法人企業統計のデータを用いて示そう。
■従業員給与と営業利益の比率はほぼ一定
法人企業統計は、経済全体ではなく、法人企業という経済の一部だけを対象としている。しかし、極めて詳細なデータを長期間について提供する貴重な情報源だ。経済の生産活動のほとんどは法人部門で行なわれるので、この部門を分析することによって、所得が生み出される過程をかなり詳細に知ることができる。
営業利益の中には、支払利息、配当金、社内留保という資本所得が含まれている(内部留保は、株主のキャピタルゲインという形で所得になる)。そこで、営業利益を資本所得と見なし、従業員給与を労働所得と見なすことにする(注1)。
従業員給与と営業利益の比率を見ると、図表1のとおりである。
この比率は1998、99年度頃の期間と2009年度頃に上昇したが、それは、景気後退の中で従業員所得がほぼ一定にとどまり、景気変動で大きな影響を受ける営業利益が急減したことによる。
この影響を除くと、70年代の初め以降、長期的に見て、比率は3〜4程度の水準で安定といえる。
後に述べるコブ・ダグラス生産関数を想定する場合には、これは、関数のパラメータγ(資本所得の分配率)を20〜25%とした場合にほぼ相当する。
なお、60年代にはこの比率は2ないしそれ未満の水準なので、長期トレンドでは、営業利益に対する従業員給与の比率は上昇している。
このように、日本経済の実際の姿は、ピケティの言う「資本所得の比率上昇」とは逆のものになっている。
なお、従業員給与と営業利益の比率は、09年以降現在までは低下傾向だが、これは09年度に急上昇したことの調整と見るべきだろう。
(注1)支払利息、配当金、社内留保の合計の営業利益に対する比率は、80年代まではほぼ100%だった。その後低下したが、最近では再び100%程度に戻っている。
■支払利子が減って社内留保が増加
前述のように、ここでは、支払利息、配当金、社内留保を資本所得としている。これらの相対的な大きさは変動している。
支払利息、配当金、社内留保が営業利益に占める比重を見ると、図表2のとおりである。
注目されるのは、支払い利子の比率が、1990年代の後半以降、顕著に低下していることだ。70年代から90年代前半にかけては70%程度であったが、2004年には20%程度に低下した。これは、借入金が減少したことと、長期金利が低下したことの結果である。
これに対して、配当の比率は上昇している。70年代から80年代には10%程度であったが、最近では30%を超える水準になり、40%を超えたこともある。
社内留保の比率は変動が大きいが、90年代後半以降は上昇傾向にあると見ることができる。
■固定資産対付加価値の比率は上昇し資本収益率が低下
つぎに固定資産対付加価値の比率を見ると、図表3に示すとおりであり、1960年代から80年代半ばまではほぼ1.5程度であったが、80年代後半から上昇し、最近では3程度の値になっている。
固定資産対従業員給与の比率は、資本装備率を表わすと解釈できる。図表4に示すように、この値は、80年代以降上昇している。つまり、資本蓄積が進んでいる。
前回述べたように、GDPデータでは資本/所得比率の上昇は、はっきりした形では観測できなかった。日本の場合、資本蓄積は法人企業の中で進んでいるということができよう。
この状況は、ピケティの言う「資本/所得比率が上昇」ということと一致している。ただし、後で示すように、標準的な経済モデルでは、資本蓄積によって資本収益率は低下するはずだ。そして、前回述べたように、営業利益率は顕著に低下している。つまり、その点においては、ピケティの言う「資本収益率rがあまり変わらない」という主張は成り立っていない。
■日本における現実のデータは標準的な経済モデルが示すところに近い
以上で見たことをまとめると、
(1)労働所得と資本所得の分配率はほぼ一定
(2)資本/所得比は時間とともに上昇
(3)資本収益率rは、時間とともに低下
ということである。
実は、これは、標準的な経済モデルの予測に近い結果だ。
生産関数として一次同次関数を仮定すると、労働者1人当たりの生産y=Y/Lは、資本装備k=K/Lの関数になる。定常状態(y、kが時間的に一定である状態)では、yはkの関数になる。これをy=f(k)と書く(図表5参照)。
一次同次生産関数の特殊な形として、コブ・ダグラス生産関数Y=aKγL(1−γ)を仮定しよう(0<γ<1)。この場合には、f(k)=akγとなる。
この場合には、つぎのようになることが簡単な計算でわかる。
(1)資本/所得比βは、k(1-γ)/aとなる。定常状態では、これは一定値になる。βが上昇するのは、資本装備率kが上昇するときだが、そのときは、(2)で見るように、資本収益率rは低下する。
(2)資本収益率はr=aγk(γ-1)となるので、資本所得rKは、γYとなる。また、賃金率はw=a(1−γ)kγとなるので、労働所得wLは、(1−γ)Yとなる。つまり、要素所得の分配率は、資本所得がγであり、労働所得が(1−γ)で、一定である。この関係は、kのいかんにかかわらず成立する。つまり、資本蓄積が進み資本装備率が上昇したとしても、分配率は一定だ。
ピケティの言う「資本所得の比率の上昇」という事態は起らないのだ。
(3)労働者1人当たりの貯蓄はgk(注2)。したがって、労働者1人当たりの消費をcとすると、生産=投資+貯蓄という需給均衡式は、f(k)=gk+cとなる。
1人当たり消費cはf(k)−gkであるから、cを最大化するようなkは、f'(k)=gを満たすkによって与えられる(注2)。左辺は資本収益率rなので、最適条件はr=gとなる(資本蓄積の黄金律)。
資本蓄積が進み資本装備率kが上昇すれば、それに伴って資本収益率rも低下する。
ピケティの言うr>gという状態は、図表5で、これより左側の状態、つまり、kが最適値より低い状態(資本蓄積が十分でない状態)だ。
ところで、ピケティは、以上の関係が成り立たないとしている。
すなわち、『21世紀の資本』の第6章の「コブ=ダグラス型生産関数を超えて」という項のなかで、コブ・ダグラス生産関数なら要素所得の分配率が一定になってしまうが、「歴史的事実はもっと複雑だ」としている。
しかし、上で見たように、日本のデータはコブ・ダグラス生産関数を否定するほどのものではないと思われる。
ピケティはまた、「1人当たり消費を最大化するという」最適成長理論も否定している(第16章)。そして、つぎのように言う。「黄金律で与えられる答えは実際にはあまり使い物にならない」。しかし、上で述べたように、黄金律が満たされていないにしても、資本蓄積が進んでkが上昇すれば、rは低下することに注意が必要である。
なお、ピケティの言う資本主義の第1法則α=rβ、同第2法則β=s/gは、どんな場合にも成立する定義式である(αは資本所得の分配率)。問題は、「r、s、gなどの変数がどのように動くか」ということなのである。
(注2)その理由はつぎのとおりだ。
図表5において、生産関数y=f(k)の他に、3本の平行な直線が描かれている。
例えばk=k2の場合、1人当たり生産高はy2であり、1人当たり貯蓄は、
僵/L=(僵/K)×(K/L)=gk2だから、1人当たり消費はy2−gk2である。
ところが、直線が生産関数に接する点P0を選んだ場合には、1人当たり消費はy0−gk0となり、これはy2−gk2より大きい。k0以外のどの点を選んだ場合にも1人当たり消費は少なくなる。
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