★阿修羅♪ > 経世済民94 > 878.html
 ★阿修羅♪  
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
「同一労働、同一賃金、そりゃ無理だ」って、イケアでも言われました。
http://www.asyura2.com/15/hasan94/msg/878.html
投稿者 rei 日時 2015 年 4 月 03 日 10:11:48: tW6yLih8JvEfw
 

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20150401/279484/ 
「同一労働、同一賃金、そりゃ無理だ」って、イケアでも言われました。

イケアジャパン 泉川玲香さん 第1回

2015年4月3日(金)  清野 由美

 「女性活用」は、人事制度の改革ともワンセットです。その「女性活用」を長く阻んでいたのが、ほかならぬ日本型の終身雇用、年功序列でした。
 しかし今は、女性・男性を問わず、ずっと同じ会社で同じように働き続ける保証がない時代に突入しています。そんな中、新たな人事制度のキーワードとして浮上してきたのが「同一労働、 同一賃金」。
 その先端を行くイケア・ジャパンでカントリーHRマネージャーを務める泉川玲香さんからお話を聞いていきます。泉川さんのパワフルな開拓者スピリッツとともにどうぞ!

泉川玲香(いずみかわ・れいか)
大学卒業後、放送局にアナウンサーとして勤務。英国留学を経て、英会話学校の運営会社に入社。M&A業務で台湾、英国、スペインなどに滞在する。その後、外資系シネマ会社に転職し、日本初のシネマコンプレックスの立ち上げに参加。英国系シネマ会社に転職後は、人事総務部長として勤務。2004年、イケア・ジャパンの第一号店「IKEA船橋」にストアHRマネージャーとして招じられる。06年、イケア・ジャパンカントリーHRマネージャーを経て、08年、「IKEA新三郷」のストアマネージャー(店長)に就任。12年、カントリーHRマネージャーに戻り、イケア・ジャパンにおける人事制度改革の指揮を取る。(写真:鈴木 愛子、以下同)


「イケア」は店舗の面白さもさることながら、北欧発の斬新な経営と人事の手法で有名です。その日本法人「イケア・ジャパン」でカントリーHR(ヒューマン・リソース=人事)マネージャーを務める泉川玲香さんは、昨年、バージョンアップした人事制度改正の指揮を執りました。

 キーワードは「同一労働、同一賃金」。ここに、非常に興味を惹かれます。

泉川:新しい人事制度は、2014年9月から運用が始まりました。いちばんの焦点は、今おっしゃった通り、「同一労働、同一賃金」の概念を明文化したことです。新制度では正社員、パートタイマーの別なく、すべての雇用者を対象に「同一労働、同一賃金」を適用し、有期から無期への雇用と、同じ福利厚生制度を提供するように変えました。

あの、今、簡潔に言われましたが、それは革新的なことだと思います。

経営が求めた「同一」の人事制度

正社員、派遣社員、パートタイマーといった雇用形態が「身分」として固定化して、「能力」ではない理由で、賃金、雇用期間、福利厚生に格差が生まれ、そのしわ寄せを受け続けてきたのが女性でした。

泉川:(実行できた理由は)イケアという会社が「キャリア・オポチュニティー」という考え方を大事にしていることが大きいですね。

キャリア・オポチュニティーとは、つまり「経験を積む機会」ですか。

泉川:価値観が多様な今の時代、人生のあり方も、一直線に会社勤めをして生きていく、というわけではなくなっていますよね。男女を問わず、途中に子供を持ったり、介護をしたり、あるいは勉強をしに学校に戻ったりと、いろいろな事情や場面が、予測のつかない時に起こっていきます。

 どのライフステージにいるかによって、めいっぱい仕事をして上り詰めていきたい時もあれば、別のことに力を配分したい時もある。でも、従来型の終身雇用、年功序列では、そういう現状に対応していけないんです。

ということは、人事改革は福利厚生の観点からですか。

泉川:いえ、最初にはっきり申し上げると、経営の観点からです。

泉川:企業にとって、短い労働時間で競争力を維持するためには、シンプルでフレキシブルな制度が必要なんです。そこに福利厚生の観点も入る、ということですね。

 同時に、イケアでは制度に独自の人事理念を反映することを重視しています。真摯で前向きな人材がいたら、その人にプロフェッショナルとして成長する機会を提供する。そのことによって会社が発展し、お客さまと従業員が、より快適な毎日を作っていける。そのためには、どんな制度が有効かということを、イケアは考え続けている会社だ、ということですね。

一方で、「同一労働、同一賃金」は誤解、誤用される響きがあると思います。たとえば、質の低い労働と、質の高い労働があった場合、賃金を低いところに合わせて「同一」にしよう、あるいは、同じ賃金をもらえるなら、手を抜こう、といったセコい運用を招きがちでは。

泉川:私たちが意図する「同一労働、同一賃金」は、その解釈とはまったく違います。私たちは、正社員とそれ以外の雇用形態の人たちとの間にある格差的なものを撤廃して、誰にとっても納得のいくフレキシブルな働き方を作っていくために、制度を整えているんです。

 その前提として、イケアでは従業員すべてが「コワーカー(共に働く人)」と呼ばれています。上司、部下、新卒入社、中途採用など、そういうことは一切関係なく、社長もコワーカー、マネージャーもコワーカー、私もコワーカー、彼女も彼もコワーカーです。

賃金格差縮小が、攻めの雇用流動化につながる

呼び名をフラットにすることで、組織は混乱しませんか。

泉川:混乱しないように、理念も一緒に現実に落とし込む努力をしています。言葉を変えただけで、実際は変わっていないじゃないか、と言われるかもしれませんが、日々使う言葉は、いろいろなことに影響を及ぼしていくので、呼び方と定義は大事なんです。

イケアの本社は現在、オランダにありますが、もともとはスウェーデンの会社です。スウェーデンでは、「同一労働、同一賃金」の概念は、普通に行き渡っているのでしょうか。

泉川:スウェーデンでは普通ですね。その背景は1950年代に提唱された「連体的賃金政策」にまで遡ります。それは、産業間・企業間の賃金格差を小さくすることで労働力の流動性を高め、結果的に競争力のある産業・企業が高い成長を遂げることができる、という考え方です。

 ただ、イケアはグローバルに展開していますので、「スウェーデン型」というよりも、「先進国の標準型」といった方が正確だと思います。

その世界標準を、日本にもスライドさせたということですか。

泉川:基本的な理念は世界中のイケアで共有していますが、人事制度の運用については、かなり日本流で行なっているところもあるんですよ。

 イケア・ジャパンの設立は13年前の2002年でしたが、その時にいきなり「同一労働、同一賃金」を持ってきて本当に有効か、という議論はすごくあったんです。日本には日本の法律や規制があり、それにそった雇用習慣が根付いていますので。

「連体的賃金政策」は合理的な反面、競争力が衰えた産業・企業では大量の失業者を出すリスクもあります。後者において、日本が運用してきた終身雇用・年功序列は、社会の安定には寄与してきたと思います。

泉川:イケア・ジャパンも、最初は「郷に入っては郷に従え」で始めて、そこから細かい変更やバージョンアップを重ねてきているんです。


きめ細かい対応のためには、制度の設計以前に、人事担当者の経験が必要になりますよね。終身雇用、年功序列しか知らないと、やはりなかなか発想できないのでは。

泉川:その点で、いろいろな会社でいろいろな業務を経験した私の経験は、役に立ったと思います。

そこも、ぜひうかがいたいです。

泉川:どうぞ聞いてください……と言いながら、今日はお聞き苦しい声ですみません。いつもは本当、元気なんですけど、先週、インド出張から戻ってきた時に、不覚にも風邪をひいてしまって。

インド。

泉川:寒暖差にやられました。あの、いつもはすごい美声なんです(笑)。

ハスキーボイスもセクシーで。

泉川:ありがとうございます。

泉川さんと私は、雇用機会均等法(1986年施行)の以前に社会に出た、というところで共通すると思うのですが。

泉川:私は生年月日は公表していないのですが、社会に出た年は、それはぴったりはまっております。私が大学を卒業した翌年が、雇均法の施行年度でした。

プレ雇均法世代、アナウンサーになる

ということは、女性の就職難も、バブルも両方経験しているということですね。

泉川:ええ、バブルもしっかり経験して、いろいろなステージを踏んできています。面白い時代を生きてきたなと、自分自身思っています。

でも、この世代は大きく言うとやっぱり保守的で、学校を出たらちょっと腰掛け程度にいい会社に行って、いい結婚をしたい、みたいな人生プランが刷り込まれていたと思うのですけれども。

泉川:私の中では、腰掛けで仕事をして、という意識は薄かったです。ただ、自分がその意識を持っていなくても、社会のマインドセットはそうではなかったし、雇均法以降もなかなか変わらなかったですよね。

 なので、社会が変わらないんだったら自分が変わるしかないなと、そんな考えでずっと働いてきたと思います。

社会的な受け入れ態勢が整っていない時代に、「私は仕事をしていく」と思った原点はありますか。

泉川:そもそも学生時代の私は、ジャーナリストになりたいという気持ちが強くあって、新卒で放送局に就職したんです。ただ、ジャーナリスト志望で入ったのですが、与えられた仕事はアナウンサーだった、と。

世間的に言ったら、すごくうらやましがられるポジションじゃないですか。

泉川:私の声はそのころ、今日の声からは想像できないようなきれいな声だったんです(笑)。

 その放送局は非常にいい組織ですし、今でもその時に上司だった方々と、年賀状のやりとりをしているくらいです。でもアナウンサーという仕事には、自分の意思というものが、まったく反映されないんですよ。渡された1枚の原稿を的確に読めることが大事で、感情が出やすい私などは、新人研修で「自分の感情を表すな」ということを、何度言われたことか。

なるほど。

泉川:それで、半年の「アエイオウ」訓練の後に担当するのがお天気なんです。お天気はもちろん大事ですが、私はやっぱり「明日は晴れでしょう」「雨が降るでしょう」に、自分の人生を懸ける気になれない。

 もやもやする中で決定的だったのが、いわゆる飲み会みたいな時に、周囲の男性から「玲香ちゃん、みんなのところをお酌をして回ってね」とか、普通に言われたことで。

分かります。

泉川:分かりますでしょう。

雇用条件が男女対等だった出版業界でも、普通にそういう意識はありました。

泉川:別に彼らに悪い気持ちがあるわけではないんです。

そうなんですよね。

頭の中が「?」でいっぱいに

泉川:私自身も別にお茶くみをしたり、お酌をしたりすることが悪いとは思っていないし、いちいち目くじらを立てるつもりもない。ただ、どうも居心地が悪いな、ここは自分のいたいところではないな……と。

 ただし、そこで知り合った方々は、個人でいうと人間的にすばらしい方々ばかりだったんですよ。仕事もていねいに教えていただきましたし、みなさんへの感謝は今でも、ものすごくあります。

個人の資質のよさと、組織のあり方が結び付かない、ということは日本社会の不思議なところですね。

泉川:個人としてはフェアですばらしい考え方の持ち主なのに、会社もしくは組織に入って働き出した途端に、その人たちが真反対の原理を作り上げていく。それを見て、私の頭はクエスチョンマークがいっぱいになって。その時の思いは、私が仕事を続けてきた原点になっているかもしれないですね。

それで放送局はどうしたんですか。

泉川:本当は「待つ」という選択肢もあったのでしょうが、私は先を急ぐ性格なので、いったんピリオドを打った方がいいということで、入社翌年の3月31日付で辞めました。

辞めたんですか。それは決断が早い。

泉川:はい、ぴったり1年で。両親からはもうクレームの嵐でした。食事の時に話したら、「ええっ」と跳び上がったのを覚えています。

それはそうでしょうとも。私だって親なら跳び上がります。


泉川:親戚からも友達からも、ばかじゃないの、と言われました。

マジョリティーに与さない性質なんですか。

泉川:自分がマジョリティーである必要は、もともと感じない性質です。イケアの人事でよく使う言葉に、「Be Yourself(自分らしく)」があります。自分以上でもなく、自分以下でもなく、ただ自分のユニークな点を臆することなく発揮しよう、というスローガンですが、私もそういうあり方が心地いいと思える人間ですね。

放送局を辞めた時は、何か展望はあったんですか。

泉川:展望はなかったです(笑)。

転職の文化だって、まだない時代ですよね。

泉川:高校時代からジャーナリスト志望で、放送局に決まった時は、「わあーっ」という感じで社会に出たわけじゃないですか。にもかかわらず、結局1年でそこを去ることになり、負けじゃないんですけれども、もう私に先はないんじゃないか……というような気持ちはものすごく持ちました。

 それで、「私はもっと勉強しないとだめだ」という考えに行き着き、語学の勉強のためにロンドン行きを決めた。そういう感じですね。

家庭教師先の親御さんから「ウチで働かないか」

それは何年のことですか。

泉川:1987年にロンドンに行きました。

日本でいうとバブル前夜ですね。ロンドン行きが次のキャリアに結び付くきっかけは、どういうことだったのでしょう?

泉川:ロンドン時代には、バックパックでヨーロッパ中を旅して歩きました。パリに行くと、真っ赤なコートを着て悠々と歩いている高齢の女性がいたり、ロンドンの街では颯爽と歩くスーツ姿のキャリア女性がいる。そんな女性たちを見て、「私もこの人たちみたいに自分の人生を生きたい」と思ったんです。

生きる場所もヨーロッパがいいとか? 

泉川:いえ、仕事は日本でしたいと思っていました。実は外国志向はわりと希薄なんです。

 それで、私は筆まめというか、手紙を書くことが好きなんですね。ロンドンにいた時は、大学時代に家庭教師をしていた子に、「今、ロンドンにいます」とか、そういう手紙を出していました。それを聞きつけた教え子のお父さんが、「あの子、面白かったから、日本に帰ってきたら、ウチで仕事をするように言いなさい」みたいになりまして。まだ私も若かったですし、日本に帰って仕事を探さなきゃ、と思っていた時期でしたから、「呼んでくれるところがあったら行くか」という軽い気持ちで、その会社に正社員として入ったんです。

会社の業種は何だったんですか。

泉川:英会話学校で、ポジションはマネージャーでした。

ということは、責任のある立場ですよね。秘書とかアシスタントとかではなかったんですね。

泉川:なぜマネージャーに就いたかというと、家庭教師時代に、私がその英会話学校の生徒を増やした実績があったからなんです。

学生時代から手腕を発揮していたんですね。

泉川:もともと企画が好きなんです。企画というより、当時からビジネス好きだったのでしょうね。

 その英会話学校は、体験会に来てもらうのに、鉛筆や英語のノートを配っていて、経費が掛かって困っていたんです。だったら鉛筆で子供たちを集めるのはやめて、無料レッスン券を配りましょうよ、みたいなことを私が提案して、実際に小学校の前とかで、そのチケットを配ったりしたんですね。

みずから?

泉川:みずから配りましょうよ、と。そういうアクションが事態をどう変えていくか試してみたい、という気持ちが当時からあって。

なるほど。

泉川:私のアイデアがどうだったというよりは、むしろそれを受け入れてくれた経営者のノリのよさがあったからこそ、結果も付いてきたわけですが。

でも泉川さんは、実際にアクションを起こす人なんですね。

泉川:アクションは必ず起こします。

それは大事ですよね。

夢見る人は、行動の人でもある

泉川:たとえばイケア・ジャパンの今回の人事制度の改革も、当初は現場の全員が原則反対でしたから。

そうだったんですか。

泉川:人事チームのメンバーに、「同一労働、同一賃金をいよいよ本格化させようと思う」と、最初に話をした時は、「そんなの無理ですよ。欧米と日本では社会が違いますから」と、本気にされませんでした。

イケアですら、そうなんですね。

泉川:現実を見たら、そう考えるのもムリはないのですが、私はドリーマーなんです(笑)。

 ただ、ドリーマーのドリームが、ドリームで終わってしまったら、何も起こらない。でもアクションに移せば、次のドリームにつながっていきます。ドリームを語った後は、それをちゃんと次のドリームにつなげていくことが大事だと、それはすごく意識していました。

ドリーム&アクションという二枚看板の態勢で。

泉川:自分が経てきた経験の中から、私自身が苦労したな、と思うところは直して、次の世代には、それが苦労じゃなくしたい。みんなが歩く道なら、そこを普通に歩けるようにしたい。当初から大きなことはできませんが、少しでも変えていくことができれば、次なる進化につながるのではないか。そう思っていることは確かです。


(→第2回に続きます。)

このコラムについて
才職兼美

 グローバル化する経済の中で、日本企業の終身雇用・年功序列は徐々に過去の話となり、その中で社会は次なる価値観を求めています。

 こうした男性中心型の経営が後退し、実力主義が前面に出てくることは、女性がこれまで開拓してきた働き方、生き方のクローズアップに繋がるのではないかと、私達は考えています。競争に負けない実力を磨き、チームワークに適応する一方で、フリーランスになっても、あるいはプライベート重視で収入が減っても、自身の価値観で人生を楽しく生きていけるような、オルタナティブな選択肢を常に意識する。どちらか一つに絶対的な価値を置くのではなく、複線形で仕事をとらえていく。そのような仕事の創り方と働き方については、女性の方が先行しています。

 「次の働き方」の最前線を行く女性へのインタビューから、未来につながる仕事と生き方を探るインタビューです。  

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
01. 2015年4月03日 10:46:19 : 2QBqDKD7DU
同一労働、同一賃金という意味では、かって考えていた社会への前進というものを実感できるが、競争が激しく不安定な企業や雇用・職種といった面では、もっとあるべき産業構造・組織構造を求めて行きたいものだ。

02. 唐行きさん 2015年4月03日 20:38:07 : qhq/4d/3jpsEA : HHzifh7XKM

There has been many brave attempts to establish the “same labour,same pay”principle.

(問)日本語になおしなさい。


03. 2015年4月03日 21:19:28 : LjMCkTbcIQ
ああ、戦後民主主義に毒された可哀想な人ですね、この泉川って人も。

04. 2015年4月04日 01:21:37 : Z8oFPIB8Qw
表題は死言です。いまだに唱えてるんですか?

  拍手はせず、拍手一覧を見る

フォローアップ:


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法

▲上へ      ★阿修羅♪ > 経世済民94掲示板 次へ  前へ

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。
 
▲上へ       
★阿修羅♪  
経世済民94掲示板  
次へ