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「爆買い」依存のツケ到来
香港に、外国人観光客で稼ぐ日本の将来を見た
2015年5月27日（水） 白壁 達久
外国人観光客の増加が連日ニュースで取り上げられる日本。なかでも、電化製品や高級ブランド品、化粧品などを大量に購入する中国人の「爆買い」が話題だ。大きなスーツケースをいくつも持ち、入りきらない荷物をひもでくくる姿がテレビ等で報じられている。
外国人観光客による爆買いは、低迷が続いた国内消費を盛り上げる劇薬となる。一方で、依存度が高まり過ぎると、爆買いが収まった時の影響をもろに受けることになる。その姿が今、香港にある。
通貨安で、本土客が急増
広東省の深センの先にある香港は、中国本土客が訪れやすい観光地の1つだ。料理店の水準は高く、百貨店やショッピングモールがたくさん存在しており、海外に開かれた都市となっている。
中国へ返還された1997年に香港を訪れた観光客は全体で1127万人。そのうち本土からの観光客は236万人で、約21％だった。それが2014年には観光客全体が約6100万人であるのに対し、本土客は約4700万人と実に77％を占めるまでになった。
もともと、本土からの観光客は多かったが、その流れが加速したのは2007年のこと。背景には人民元と香港ドルの価値の逆転がある。香港ドルに対して人民元が値上がりし、それまで高価だった香港の商品が「割安」になったのだ。さらに、2009年には隣接する深セン市の永住者にはビザの発給要件が緩和され、年に何度も香港を訪れることが許されるようになった。現在、中国本土の50近い都市にこの緩和措置が適用されている。
こうして本土客の急増により爆買いが始まった。香港の消費だけでなく、投資によって不動産の価格も上昇を続けた。増え続ける本土客に対して、出店攻勢をかけて伸びた企業は多い。
宝飾品を扱う「周生生」や「周大福」、「六福」、化粧品も扱うドラッグストアの「莎莎」や「卓悅」はその典型だ。
周大福は今年3月末時点で、香港に133店ある。4年前の1.5倍で、年率10％超のペースで出店してきた。店を開ければ客は入り、売り上げは上がる。本土客の爆買いという劇薬に依存し、立地など条件のいい物件が空けば、後先を考えずにすぐ出店する攻めの経営を続けた。結果、道を隔てて店が向かい合わせに並ぶような光景も珍しくなくなっている。
立地条件の良い物件が空けばまず出店。宝飾品の「周大福」が道を隔てて存在する
爆買い冷え込み、出店攻勢が仇に
ここにきて、香港では本土客による爆買いが急速にしぼんでいる。香港政府観光局が4月30日に発表した2015年3月の香港旅行者数は440万5298人で、前年同月比8.7％減った。月間の旅行者数が前年を割ったのは、実に5年8カ月ぶりのことだ。
九龍半島の尖沙咀や香港島の銅鑼湾は観光客が多く訪れる、爆買いの拠点でもある。筆者が香港に赴任してきた今年1月や旧正月の頃は、大きなスーツケースを引っ張り、通行人とぶつかる本土客も多数みられた。だが最近はその姿が減りつつある。週末や中国の連休であっても、宝飾品店に客は少なく、むしろ過剰なまでに配置された店員の、客を待ち受ける退屈そうな視線を感じてしまう。
ドラッグストアは安価なコスメを求める本土客に人気だったが……
なぜここまで観光客が減っているのか。原因として円安で日本へ旅行客が流れたことがある。ほかにも、昨年秋の学生団体によるデモや町の占拠で対中関係が悪化した点や、転売目的で香港の日用品を大量購入する中国本土の「運び屋」に対して過激な抗議活動が展開された点など、本土客の香港に対するイメージの悪化がある。
運び屋は香港では水貨客と呼ばれている。需要の高まりから中国国内で値段が高騰する商品を狙い、割安な香港で買い付けて本土で転売することで利益を上げる。粉ミルクや紙おむつ、食料品や化粧品が中心だ。主に深センとの国境近くで購入し、本土に持ち込む。
だが、運び屋にモノが売れて喜ぶ人ばかりではない。地域で暮らす住民にとってはむしろ迷惑な話なのだ。粉ミルクや紙おむつなど生活必需品が大量に買い占められることで足りなくなり、価格も上昇する。こうした不満が蓄積し、香港ではたびたび、運び屋に対するデモが起こった。デモは次第に大規模化し、警察と対立して逮捕者が出るまで深刻化した。
2017年の行政長官選挙を巡って、昨秋に学生を中心とした団体がデモを繰り広げ町を占拠したことは記憶に新しい。本土に対する香港人の不満は溜まる一方だ。こうした事態に対し、中国政府は今年4月13日に深セン市住民へのマルチビザ発給を停止すると発表した。香港訪問の回数をこれまでの無制限から週1回（年間52回）に制限するというものだ。
運び屋対策の一環だが、これによって香港への本土客はさらに減少し、消費の減少も見込まれる。
出店戦略を見直し、撤退も
爆買いを見込んで出店を強化していた企業は軒並み業績が悪化し、出店戦略の練り直しを迫られている。宝飾品の周大福を運営する周大福珠宝集団の黄紹基社長は、これまでの拡大路線を転換し、店舗の閉鎖も検討している。デモや占拠の影響もあり、同社は昨年下半期から来店者が急減し、現在も売り上げが前年同期比3割減と厳しい状態にある。
宝飾品の六福もまた店舗拡大を凍結すると発表した。テナント料が上昇すれば、撤退することも視野に入れるという。
小売りが出店攻勢をかけたこともあり、香港の不動産市場は売り手市場となり、テナント料は契約更改時にどんどん値が上がっていった。本土からの投資マネーも不動産価格の高騰を後押しし、「契約更改時に3倍の家賃を求められた」という話もある。
だが、こうした本土客の消費や不動産投資による成長モデルも、小売りの撤退によって崩れつつある。賃料は既に頭打ちとなり、引き下げ交渉の活発化も現実味を帯びている。こうなると、不動産価格の上昇や高利回りを期待していた投資家が引くことになる。しばらく続いた香港の成長モデルは過渡期を迎えている。
外国人観光客による爆買いは内需低迷が続いた日本にとって、新たな市場として期待できる。とりわけ、少子高齢化で人口減少が確実な日本にとって、成長を続けていくためには、海外から人を呼んでカネを落としてもらうことも極めて重要だ。
だが、すべてがバラ色なわけではない。香港ほどではないにしろ、商品の大量購入は現時点でも起こっている。例えば医薬品や化粧品だ。日本製や日本ブランドへの評価は高く、円安効果により割安で大量に購入できる点が人気だ。胃腸薬や化粧水、頭痛薬が都心の薬局の店頭で売り切れが続出したという。大阪のビジネスホテルも出張者が予約を取りづらい状況が続いている。ユニバーザル・スタジオ・ジャパン（USJ）の人気も背景にはあるが、やはりここにも外国人観光客の利用増が影響している。売れる商品やサービスがあれば当然、値段はつり上がっていく。そうなると、従来は安い価格でモノを買ったり、サービスを享受できていたりした日本人が割を食うことになる。
それだけではない。海外からの不動産投資が活発化している。香港でも週末になると、日本の不動産セミナーが複数開催されるようになった。円安によって日本の不動産は割安に感じられるうえ、中国や香港の不動産市場がピークを迎えつつある今、日本の不動産が投資の対象として注目を集めている。
需要が膨らめば不動産価格は上がる。ただでさえ、震災復興や東京オリンピック需要による人材不足で建設単価が上がっている。そこに中国や香港の資本が流れ込めば、更なる高騰も考えられる。不動産の取得価格が上がれば必然的に賃料も上がり、それが商品価格やサービス料に上乗せされる。その影響を受けるのは、日本に住む人たちになる。爆買いは好機。とはいえ、すべてが良いことではない。爆買いが萎む香港のように、依存が強まるほどその後の戦略の立て直しは容易ではない。日本企業は、爆買いによる負の側面も把握しておく必要がある。
このコラムについて
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150525/281568
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