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テロ組織ISISの武器と資金の支援者
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投稿者 あっしら 日時 2015 年 4 月 09 日 14:02:09: Mo7ApAlflbQ6s
 


2015/04/05(日曜) 18:08
テロ組織ISISの武器と資金の支援者[イランラジオ日本語]

これまで2回に渡り、テロ組織ISISの構成と、この組織の誕生への西側やその地域の同盟国の関与についてお話ししました。

今夜の番組では、西側とその地域の同盟国であるトルコ、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦が、ISISの結成と、シリアやイラクでのテロ行為のための武器の供与にどのような役割を果たしているかについてお話しします。これによって、テロとの戦いを主張する西側諸国が、世界最大のテロ組織の結成と装備にどのように関与しているかが分かるでしょう。

実際、世界各地から集まってくる戦闘員を訓練し、その資金や武器を確保するには、一つの統一の取れたネットワークが必要です。それがなければ、ISISがわずかな期間に、シリアとイラクの大部分を占領することは不可能だったでしょう。ISISの資金源は、主にサウジアラビアの王子たちであり、カタール、アラブ首長国連邦、クウェートを通してISISの手に渡っています。武器を確保するため、テロリストが使用する資金の一部は、西側諸国の金融機関に振り込まれています。

ドイツの大学のアラブ世界研究所の所長は、「サウジアラビア、カタール、クウェート、アラブ首長国連邦などのペルシャ湾岸のアラブ諸国が、ISISへの最大の資金提供者である」としています。ワシントン近東政策研究所のロリ・プロトキン・ボガート研究員は、ISISへのサウジアラビアの資金提供について、次のように記しています。

「外国は、シリアで活動するテロ組織に資金援助が渡ったことを確かめるために、サウジアラビアの提供者に対し、その資金をクウェートに送るよう求めている。なぜならクウェートは、ペルシャ湾岸諸国の中でも、テロ組織への資金引渡しにおいて最も信頼できる国だからだ」

ボガート研究員によれば、ISISは、サウジアラビアから資金援助を受けている一方で、原油や武器の密輸、文化財の強奪、賄賂や窃盗などの独立した資金源も確保しています。一方でトルコは、原油を密輸し、ISISに資金を提供する上で最大の役割を担っています。そのため、ISISに対抗する方法の一つは、このテロ組織の資金源を絶つことです。しかし、アメリカをはじめとする西側諸国が結成した対ISIS連合は、ISISへの資金援助を断絶しようとしていません。このことは、彼らが真剣にISISに対抗する意思がないこと、対ISIS有志連合の結成は、世論を欺くためのものに過ぎないことを示しています。

ISISの武器の供給源を知れば、ISISが、どの程度、西側とその地域の同盟国、トルコやサウジアラビア、カタールやアラブ首長国連邦によって作られた組織であるかが分かります。シリアやイラクの政府軍や義勇兵が、ISISによって占領された地域の解放のために行ってきた作戦の中で、中国やロシア、アメリカやシオニスト政権イスラエル、一部のヨーロッパの各種の兵器が見つかりました。ロシアや中国の兵器は、主に、ISISが、シリアやイラクの広い地域を占領した後、基地から盗み出されたものです。しかし、西側の兵器は、彼らが直接、あるいは間接的にISISに供与した兵器です。

アメリカの外交誌フォーリンポリシーは、昨年10月、ジェフリー・スミス氏の署名で、ISISの武器の供給源に関する報告を発表しました。ジェフリー・スミスは、「ISISはどこから武器を手に入れているのか」と題するこの報告の中で、次のように記しています。「ISISがイラクやシリアで使用している武器の多くは、アメリカのものだ」
この報告では、次のようにあります。「武器を管理する独立した機関は、ISISが、アメリカをはじめとする21か国で製造された武器や爆薬を使用していることを示す情報を集めた」

一部の報告は、ISISの収入源が、石油の他にもあり、それは、中東の戦争で利益を得る企業や仲介者から武器を購入することができるほどのものであることを示しています。また別の調査では、ロンドンの独立した兵器調査団体が、紛争地域の兵器の種類や出所を特定するため、専門家団を現地に派遣し、それに基づいて新たな情報を発表しました。この団体の報告では、昨年7月から8月にかけてイラクの北部とシリアで発生したISISとクルド人勢力の紛争で収集された爆薬や銃弾1700発以上の出所が示されており、そこでは、「アメリカもまた、ISISへの主な武器の供給国であり、323発の銃弾や爆薬がアメリカ製だった」としています。

国連も、ISISへの武器の供給源に関する報告を発表しました。それは、ISISの兵器庫が、様々な国の各種の兵器で溢れていることを物語っています。この報告では、ISISの兵器庫の規模が指摘されています。国連の調査員たちは、その兵器庫が存在する範囲や規模、数などに注目し、ISISは最も活発なテロ組織の一つで、その活動は広範囲にわたるとしています。国連の調査によれば、ISISの兵器庫には、T55、T72戦車、アメリカ製の地対空ミサイルを搭載できる軍用車両、短距離対空砲などがあります。

ISISの戦闘員の多くは、リビアや中東の紛争国において、戦争の経験を持つ好戦的な人々です。しかし、アメリカやヨーロッパ、一部の東アジア諸国からISISに加わる人々は、そのような経験を持たず、最新の兵器を使用するためには訓練を受けなければなりません。彼らをどのように訓練するのか、その方法は、ISISの装備と立場の強化に、欧米とその地域の同盟国が関わっていることを示しています。

昨年、イラク北部の都市モスルの近郊で、トルコ人将校数名が拘束されました。彼らは、ISISのメンバーが、イラクでの作戦のために訓練され、その訓練が、トルコの将校の監督のもとで、トルコにあるインジルリク基地で行われたことを明らかにしました。インジルリク基地は、アメリカが国外に持つ基地の中でも最大規模のものです。アメリカは、この基地におよそ90発の核爆弾を保管しています。ISISのメンバーは、そのような重要な基地で訓練を受けていたのです。この他、トルコ南東部の都市、ガジアンテップでも、ISISのメンバーの訓練が行われています。少し前に、イラクの新聞、アッサバーは、消息筋の話として次のように報じました。

「アブバクル・バグダディとISISのもう一人のメンバーは、少なくとも2年間、これらのキャンプで軍事訓練を受けた。彼らはまた、イスラエルの航空機を利用してイスラエルを訪れ、この政権の治安関係者と会談している」

シオニスト政権の軍と諜報機関モサドが、ISISの訓練に関与していることを示す報告は数多くあります。この訓練は、自由な軍への支援という形で行われていますが、実際は、ISISを強化するためだけのものでした。イスラエルのニュースサイト・デブカは、これについて、アメリカのCIAによってヨルダンで訓練され、アメリカの支援を受けたシリア自由軍に属する武装グループが、ISISに加わったと報告しました。このニュースサイトは、シオニスト政権軍の反テロ部隊の話として、イスラエル軍も、この武装グループが、シリア政府軍と戦うために武器を供与したと伝えました。

イスラム世界の世論は、西側政府と、イスラム教徒の第一の敵であるシオニスト政権によって基盤が築かれたこのような組織が、一体どうしたら、イスラムの復活を主張することができるのか、そうした疑問を持ってはいます。明らかに、タクフィール主義のテロ組織ISISは、イスラムの名のもとに、いくつかの目的を追求しており、アメリカやイスラエルにおけるシオニズムの思想から生まれたものです。彼らの目的は、イスラムのイメージを壊すと共に、シオニスト政権に対する抵抗戦線を消滅させることにあるのです。

次回の番組では、アメリカをはじめとする西側政府が、なぜ、それほどの資金を投じてISISを強化しながら、一方で、この組織と戦うための有志連合を結成したのかについてお話しする予定です。

http://japanese.irib.ir/component/k2/item/53576

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2015/03/22(日曜) 14:13
ISISが誕生した歴史、社会的な背景と理由[イランラジオ日本語]

これまでのこの時間には、テロ組織ISISの思想の基盤やこのグループの誕生の背景についてお話ししました。また、ISISのアルカイダからの分離、そしてこのグループの誕生と強化におけるサウジアラビアとトルコの役割についてもお話ししてきました。

今回のこの時間は、ISISが誕生した歴史、社会的な背景、その理由についてお話ししましょう。

ISISは、実際、アルカイダ系のグループと見なすことができます。アルカイダは、80 年代の主にアラブ諸国の戦士たちとアフガニスタンのソ連赤軍の兵士たちで構成された組織でした。このときまで、アルカイダは、パキスタン、アメリカ、イギリス、その他、サウジアラビアをはじめとする一部のアラブ諸国の治安機関の支援を受けていました。そのような支援を受け、アルカイダは、タリバンと共に、アフガニスタンのムジャヒディン政府と戦いました。ムジャヒディン政府はカーブルで崩壊し、タリバンが、アフガニスタン領土の90%を支配しました。

タリバンとアルカイダがアフガニスタンで、イスラムの名を借りた過激で偏狭な思想による中世のやり方によってアフガニスタンの人々を統治し、欧米諸国やパキスタン、サウジアラビアの政策に従っていた頃まで、彼らはそれらの国の全面的な支援を受けていました。それらの国の一部の首都には、事務所まで設置されていました。しかし、2001年のアメリカ同時多発テロ事件後、すべてが変化しました。タリバンとアルカイダは、サウジアラビアを統治するワッハーブ派の偏狭な思想により、突如、最大のテロ組織となり、世界の治安を脅かしました。そして、彼らに対抗するために、世界レベルでの連合の結成が不可欠となったのです。

アメリカを統治していた新保守派は、テロとの戦いを口実に、アフガニスタン、その後イラクを攻撃しました。アメリカがアフガニスタンとイラクで行った行動は、テロをなくすどころか、反対にそれを何倍にも拡大しました。アフガニスタンとイラクで、大勢の人がテロの犠牲になり、今もそれは続いています。これらの国の人々は、アメリカ軍の標的にされる一方で、タリバンやアルカイダといったタクフィール主義のテログループの標的にもなりました。実際、アメリカのイラクとアフガニスタンにおける過去13年間の行動は、テロと過激派の基盤を強化することになったのです。

テロ組織ISISは、このようにイラクで緊張や危機、情勢不安が拡大する状況の中で生まれました。イラクがアメリカに占領された後、イラク軍が崩壊し、民族的、宗教的な対立を煽るための努力が、イラクに過激派が生まれる状況を作り出しました。

ISISが生まれたいきさつについては2つの見解が存在します。一つは、このタクフィール主義のテロ組織の誕生を、民族的、宗教的な対立とイラクの中央政府の無力さの結果ととらえる考え方です。もう一つは、アメリカの治安機関が、その地域の同盟国、特にサウジアラビア、アラブ首長国連邦、トルコの協力を得て、この組織を結成したという見解です。実際、ISISの誕生には、この両方が関わっています。アメリカとその地域の同盟国は、イラクでの民族的、宗教的な対立を、イラクでの暴動の拡大と、イラクやシリアでのタクフィール主義のテロ組織の誕生のために最大限に利用したのです。

2003年にイラクがアメリカ軍に占領された後、ザルカウィを指導者とする「タウヒードとジハード集団」という名の組織が結成されました。ザルカウィは、オサマ・ビン・ラディンに忠誠を誓い、この組織を、イラクのアルカイダ系の組織であると発表しました。ザルカウィは、2006年、映像の中で、アブドルラシッド・バグダディを指導者とするムジャーヒディン評議会の結成を明らかにしました。この年にザルカウィが死亡した後、アブハムザ・ムハジルが新指導者となりました。この年の末には、アブウマル・バグダディを指導者とするイラク・イスラム国が結成されました。2010年、アブウマル・バグダディとアブハムザ・ムハジルは、イラク軍とアメリカ軍の共同作戦の中で死亡しました。

アブウマル・バグダディが死亡した後、アブバクル・バグダディがその後継者として紹介されました。彼が指導者となったことで、このテロ組織の攻撃が拡大し、シリアで危機が始まるのと同時に、このグループのイラクでの活動が高まりました。2011年末、シリアでの内戦や危機が始まった頃、ヌスラ戦線がイラクのイスラム国の支部として結成され、急速に活発なテロ組織の一つとなりました。2013年には、イラクのイスラム国の指導者、アブバクル・バグダディが、音声によるメッセージの中で、イラクのイスラム国とヌスラ戦線の統合を発表し、これにより、ISISとして知られるイラクとシャームのイスラム国が誕生しました。

アブバクル・バグダディと、アルカイダの戦略担当者であるアイマン・ザワーヒリーの間で対立が起こりました。それを受け、バグダディは、ISISはもはやアルカイダの支部ではないとアルカイダからの離脱を発表しました。ISISとヌスラ戦線の間の衝突はシリアで起こり、双方のメンバー数百人が、この戦闘で殺害されました。こうしてISISは、作戦をイラクからシリアへと拡大し、シリア政府軍との戦いに敗北した後、イラクに戻りました。

民族的、宗教的な対立、イラクの治安機関と政府軍へのバース党の残党勢力の影響力により、ISISは、イラク第二の都市であるモスルをはじめとするイラクの領土の一部を占領しました。ISISは、旧バース党とスンニー派のメンバーで構成されています。彼らはISISのプロパガンダの影響を受け、ISISに加わりました。

2003年にイラクが占領された後、まもなく、当時のイラク暫定占領当局の責任者であったポール・ブレマーが、バース党の残党勢力によるクーデターを恐れ、軍の解散を命じます。イラク政府軍は、その規模の大きさに加え、サッダームフセイン時代に多くの特典を有していましたが、軍の解散後、その多くの将校が職を失いました。こうした軍の人々の11万人から16万人が、ISISが現在活動を行っている3つの州にいます。その3つの州は、ファルージャを中心都市とするアンバール、モスルを中心都市とするニナワ、そしてティクリートを中心都市とするサラーフッディーンです。とはいえ、イラク軍の元兵士の全てがISISに加わったわけではありませんが、この地域はISISの戦闘員を集めやすい地域となっています。

スンニー派の不満を抱く人々、この頃に多くの特典を失ったバース党の残党勢力、そしてシリアの過激派が、このISISの主なメンバーとなっています。イラクの政治、経済の舞台から遠ざけられたと感じているスンニー派、イラクの軍と治安機関の内部の裏切り、シーア派の政治的な流れの中の対立、これらにより、ISISは短期間で1500人のメンバーによって、2014年6月、大都市モスルを占領し、その後も急速に他の都市を占領していきました。

イラクの広範な地域、特に産油地域の占領は、ISISが独立した収入源を手にすることを可能にしました。ISISは、イラク北部の一部の州やシリアのラッカの石油を売却することで、莫大な収入を手に入れました。とはいえ、彼らの収入の一部は、イラクとシリアの政府や国民の財産の強奪と、地元の密輸業者や商人からの税金の徴収からまかなわれています。このような莫大な収入により、ISISは、闇市場や自由市場から、最新の武器を購入することができているのです。

次回のこの番組では、世界各地からISISに加わる人々の動機、そしてISISへの国民の加入を促している西側とその地域の同盟国の政府の役割についてお話しする予定です。

http://japanese.irib.ir/component/k2/item/53049

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2015/03/15(日曜) 21:59
トルコのISISへの大規模な支援[イランラジオ日本語]

これまでの番組では、テロ組織ISISの思想の基盤、その誕生の経緯、サウジアラビアの関与についてお話ししました。

サウジアラビアと共に、ISISの誕生と強化に強く関わってきた国の一つが、トルコです。今夜のこの時間は、ISISの誕生と財政基盤の強化、人材確保に、トルコ政府がどのような役割を果たしてきたのかについてお話しすることにいたしましょう。

トルコは、チュニジア、エジプト、リビアといった独裁国で、イスラムの目覚めの運動が起こった後、それを導く役目を果たそうとしました。当時のトルコのエルドアン首相は、エジプトでムバラク政権が崩壊した直後、カイロを訪問し、反体制派の人々に対し、トルコの統治体制を、今後の政体の模範にするよう求めました。エルドアン氏率いるトルコの公正発展党は、ムスリム同砲団と近いため、彼らが議会で過半数を獲得し、モルシ大統領が選出された後、ムスリム同胞団と非常に密接な結びつきを築き上げました。

エルドアン政権はまた、シリアでも、オスマン帝国の復活とトルコの影響力拡大に向け、その野望を推し進めるために、人々の抗議を利用しようとしました。トルコ政府は、シリアの改革に向けた運動を、アサド政権を転覆させるための運動に変えようとしました。その中で、それまで名前も聞かれなかったような反体制派グループが、突如、現われました。こうして少しずつ、シリアの反体制派グループと共に、様々な国の人々で構成されるタクフィール主義のグループが誕生していきました。これらのグループの活動の拠点はシリア国内の各地に広がり、それが反体制派グループの活動の場を狭めました。そのため、かつて、政府を樹立しようとしていたこれらのグループは、タクフィール主義のテログループと深く対立したために、シリア国内に、たった一つの事務所さえ、設置することもできなくなりました。
この中で、トルコ政府は、シリアの反体制派とタクフィール主義のテログループの双方を支援しました。シリアの反体制派へのトルコ政府の政治や資金面での支援は堂々と行われ、イスタンブールでは、反体制派の連帯と統一を目指す会合が開かれました。その会合は何の結論にも至らず、どれも、政治的な深い対立のために決裂しました。なぜなら彼らは、シリアで混乱が始まった当初から、シリア国民のことなど考えておらず、ただ、自分たちの政治的、経済的な利益と権力を求めていたからです。

一方で、ISISやヌスラ戦線といったタクフィール主義のテログループへのトルコの支援は、特別な形で行われ、トルコはそれを必死に隠そうとしました。とはいえ、それは有識者の目には明らかでした。アメリカが、ISISへの支援継続についてトルコと意見を違えたとき、アメリカのバイデン副大統領は、トルコ、サウジアラビア、アラブ首長国連邦がISISを支援していることを明らかにしました。

タクフィール主義グループには、アラブ諸国、コーカサス地方、ヨーロッパ諸国を中心に、世界の86カ国の人々が参加しています。彼らはトルコに入国した後、この国の拠点でみっちりと軍事訓練を受け、その上でシリアに送られます。これについては多くの映像や文書が公表されていますが、中でも最も重要なのは、バイデン副大統領の発言でしょう。

ドイツの国営テレビも少し前に、トルコのイスタンブールのある通りに、ISISの事務所が設置され、そこでISISのための資金集めや、シリアとイラクに派遣するための傭兵の勧誘が公然と行われていることを明らかにしました。この報道によれば、トルコ国内には、ISISのメンバーを訓練するための複数の拠点が存在するということです。

トルコ南東部にあるキャンプからは、キリスト教徒が多く住むシリア国境の町を攻撃するために、戦闘員が送られました。また南部にあるキャンプは、トルコにある最大のアメリカ空軍基地の近くに位置しています。興味深いのは、これらのキャンプが、イラクから中央アジアへと延びるガスのパイプラインを結ぶ地点に非常に近いということです。このパイプラインは、トルコの地中海ジェイハン港へと延びています。

CNNは、昨年の暮れに、トルコを経由してシリア国境に入る外国人戦闘員の作戦の様子を再現した映像を放送しました。この中では、モーリタニア、リビア、エジプト、サウジアラビア、イギリスの出身の戦士たちが、トルコのハタイ空港からシリアの国境近くに移送されている様子が映し出されています。その中で、トルコ人のジャーナリストたちは、トルコとシリアの国境が、テロリストが容易に移動できるルートになっていることを明らかにしました。彼らは、トルコの情報機関がテロリストと協力していると強調しています。

ISISは、世界で最も規模が大きく、豊かな資金を持ったテログループですが、トルコの支援なしでは、そのような地位に到達することはありませんでした。ISISは、数多くの資金源を有しています。サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦が、ISISへの資金援助国です。この他、ISISは、シリアやイラクの占領下にある地域の石油を売却して資金を確保しています。ISISは、シリアやイラクから強奪した石油を密売し、それをトルコに移送して闇市場で売り、莫大な資金を稼いでいます。

トルコと、ISISの援助者であるサウジアラビアの王子の一人との関係は、トルコのISISへの全面的な支援を物語っています。トルコ政府は、この関係を隠そうとしていますが、それはトルコの各紙面で伝えられています。

サウジアラビアの資産家であるヤシン・カディは、世界のテログループの支援者の一人として知られています。2001年のアメリカ同時多発テロ事件後、彼とその他数人の名前が、国際的なテロリストのリストに入れられ、多くの国が、彼の入国の禁止を発表しました。トルコも、そうした国の一つでした。しかし、今年の初め、トルコのメディアは、ヤシン・カディとエルドアン大統領の会談、そして彼とエルドアン大統領の息子との長時間にわたる会談の模様を伝えました。ヤシン・カディは、2012年に4度、トルコを訪問し、エルドアン氏は、イスタンブール空港の監視カメラのすべてを切った上で、自ら空港で彼を出迎えました。エルドアン氏は、司法調査の中で、ヤシン・カディがテロリストであることへの言及を避けながら、次のように語っています。「私は自分を信じているのと同じくらい、ヤシン・カディ氏に信頼を寄せている。彼は善良な人間だ」

トルコ発行の新聞は、次のように記しています。「ヤシン・カディは、12回、トルコを訪問し、そのうち7回は、エルドアン氏の協力によって行われた。なぜならカディの名前は、トルコの空港で、入国禁止者のテロリストとして登録されているからだ」 この新聞は、カディとエルドアン氏、および、トルコの情報機関ハカン・フィダンの長官は、「トルコの警察が、カディを追っていた頃、彼はエルドアン氏と会談していた」と強調しています。

トルコとISISの緊密な協力を示す証拠は数多く存在します。トルコの政府関係者は、ISISなど、シリアやイラクで活動するテログループを支援すれば、地域におけるトルコの地位が向上すると考えています。これは、西側同様、最終的に、これらのテログループが、彼ら自身の安全を脅かす存在となる政策です。トルコもまた、その例外ではないのです。

http://japanese.irib.ir/component/k2/item/52985

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2015/03/09(月曜) 17:10
ISISの結成へのサウジアラビアの関わり方[イランラジオ日本語]

前回の番組では、ISISがどのように結成され、後にどのようにしてアルカイダと決別したのかについてお話ししました。
今回の番組では、ISISの結成へのサウジアラビアの関わり方について見ていくことにいたしましょう。

サウジアラビアを支配するワッハーブ派は、この30年間、イスラム世界でのタクフィール主義グループの強化に大きく関わってきました。ワッハーブ派は、非常に視野の狭い保守的な思想を有しており、暴力的な方法を用います。タクフィール思想を持つ組織強化へのワッハーブ派の関与は、イスラム諸国、それも、経済や文化面での貧困に苦しむ国々で、より多く見られます。アフガニスタン、パキスタン、イエメン、その他、アフリカの貧しいイスラム諸国は、サウジアラビア政府にとって、ワッハーブ派の狭量で過激な思想を広める学校や教育機関を設置するのに格好の標的でした。

一方で、ワッハーブ派は、トルコのような、良好な経済状況を持つイスラム諸国や、非イスラム諸国での少数派のイスラム教徒社会でも積極的に活動しています。彼らはこうした社会のイスラム教徒が、正しいイスラムを知らないことを最大限に利用し、タクフィール思想を広めているのです。

ワッハーブ派は初め、イギリスの支援を得てアラビア半島に広がり、イギリス、後にアメリカの地域における政策や利益に沿って行動していました。ワッハーブ派は、イスラムの預言者ムハンマドの伝統を復活させ、先人たちの価値観に回帰すると言って、様々な問題を提起していますが、それらは聖典コーランや預言者ムハンマドの教えとは何の関係もありません。彼らは、イスラムの真の戒律に反する、ワッハーブ派の偏った思想を否定する他の宗派の信者たちを不信心者と見なします。しかし、サウジアラビアのワッハーブ派のイスラム法学者・ムフティは、パレスチナのイスラム領土が占領され、西側の植民地主義者、特にアメリカが、サウジアラビアや他のイスラム諸国に駐留していることには沈黙を守っています。

実際、タクフィール主義とは、サウジアラビアにとっての武器になっており、それによって彼らは、イランのイスラム革命後、地域において危うくなった自らの立場を強化しようとしています。イラクでサッダームフセインが拡張主義政策によって力を握っていた頃、彼らはある程度、イスラム革命が地域に浸透するのを防げると考えていました。と同時に、その頃彼らは、アフガニスタンのアルカイダやタリバン、パキスタンの一部のタクフィール主義グループのことも考慮に入れていました。パキスタンのペシャワルに、タリバンやアルカイダのためのワッハーブ主義の学校を作り、そこから、アルカイダのテロリストたちを、世界各地、特にイスラム諸国に送り出し、こうして地域でのサウジアラビアの影響力を拡大しようとしていました。そしてこのようなサウジアラビアの政策は、アメリカ、イギリス、パキスタンの治安機関の全面的な支援を受けて行われていました。

アメリカは、サウジアラビアとの関係を非常に重視しています。9.11事件後、この事件のハイジャック犯の19人全員がサウジアラビア国籍の保有者であったにも拘わらず、この国の王子数名を、アメリカから専用機で逃がし、サウジアラビアとの関係がこの事件によって揺らぐのを防ごうとしました。

2003年のアメリカのイラク侵攻とサッダームフセイン政権の崩壊により、サウジアラビアは、イラクが真のイスラム陣営の同盟国となり、シオニストやワッハーブ派のタクフィール主義思想を脅かす存在になるのではないかという懸念を抱きました。アメリカがイラクを占領してからしばらくのち、イラクの人々は、サウジアラビアから直接支援を受けたタクフィール主義のテログループの大規模な攻撃を受けました。そうしたグループの一つが、後にISISと名乗るようになったグループでした。何人ものイラク人が、連日、テロリストの攻撃の犠牲になりました。

ここで注目に値するのは、この攻撃が、アメリカ兵10万人近くがイラクに駐留している中で行われたことです。この攻撃の中で、アメリカ兵が死亡したこともありましたが、アメリカ兵の死者数は、テロ作戦で、日々、殺害されるイラク人の男女や子供の数に比べれば、注目に値する数ではありませんでした。

2011年にチュニジアやその他の独裁国で始まったイスラムの目覚めの運動は、自らをアラブ諸国の長兄と考えるサウジアラビアを強く懸念させました。サウジアラビアの指導部は、オイルマネーによって、可能な限り、この運動を阻止しようと努めました。タクフィール主義の動きの拡大、シーア派教徒の殺害、イスラムの宗教施設の破壊、これらは、イスラムの目覚めの運動を逸脱させ、公正を追求し、人間を形成する至高なるイスラムのイメージを壊すことで、人々の運動を阻止するために行われました。

サウジアラビアとその西側の同盟国、シオニスト政権イスラエルが敵対している国の一つが、シリアです。シリアは、シオニスト政権との闘争の第一線にいます。サウジアラビア、カタール、トルコ、西側諸国の政治、資金、軍事面での支援を受け、タクフィール主義のテログループが組織化され、シリアへと送られました。イラクからシリアへと活動を広げた組織の一つが、ISISでした。ISISは、サウジアラビアの支援なくしては、最新の軍備を手に入れることも、シリアとイラクの大部分を占領することも不可能でした。彼らはイラクの分離、そしてイラクとシリアの民主政権の弱体化を狙っています。シリアとイラクの占領地域で、イスラム・カリフ制の樹立を宣言したのも、それを目的としています。

サウジアラビア政府は、地域での立場を維持し、預言者ムハンマドの純粋なイスラムの教えや思想が広まるのを防ぐための手段を、一つしか有していません。それは、タクフィール主義のテログループを強化するために、オイルマネーを使用することです。ISISは、サウジアラビアのワッハーブ派の産物です。ISISがシリアやイラクで占領している地域の学校では、サウジアラビアの教科書が使われています。これは、ISISが、サウジアラビアのワッハーブ派の逸脱した思想に依存していることの、ほんの小さな一例に過ぎません。

では、サウジアラビア政府が、世界における人権や自由の擁護を謳う西側諸国の政治的、軍事的な支援を受けずに、地域でこのような混乱を作り出すことは果たして可能なのでしょうか?

サウジアラビアの統治体制は、中世に遡ります。この国の人々は、最低限の市民権さえ有していません。2015年の現在、そのような国が単独で、地域に混乱や情勢不安を作り出し、世界最大のテログループを結成するきっかけとなることなどできるのでしょうか?サウジアラビアの政治体制は、数千人の皇太子のいるサウード家という一族によって構成されています。なぜそのような体制が、博愛主義や民主主義を謳うアメリカやヨーロッパの緊密な同盟国となり、西側から最新の兵器を供与されているのでしょうか?それは、サウジアラビアが、中東という戦略的な地域で、アメリカやヨーロッパの不当な利益を守る存在であるからです。ISISとサウジアラビア、そしてサウジアラビアと西側諸国のこのような結びつきを見てもなお、これらの政府による対ISIS有志連合の結成という政策を信じることができるのでしょうか?

http://japanese.irib.ir/component/k2/item/52783


 

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コメント
 
01. 2015年4月12日 01:13:31 : TGgfYEbPRU
中東の王族国家から大量に化石燃料買ってる国は間接的にテロ支援してることになるな・・・。

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