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飛幡祐規 パリの窓から〜フランス共和国の価値観(レイバーネット日本)
http://www.asyura2.com/15/kokusai12/msg/239.html
投稿者 gataro 日時 2016 年 1 月 02 日 15:44:24: KbIx4LOvH6Ccw
 

http://www.labornetjp.org/news/2016/0101pari
第33回・2016年1月1日掲載
フランス共和国の価値観
http://www.labornetjp.org/news/2016/0101pari

*2015年11月29日、COP21に向けた市民団体のデモが禁止されたので、「歩けないなら靴を」と靴が置かれたレピュブリック広場。12月12日の最終日まで、市民によるCOP21関連の催しやアクションは実行された。写真(Etsuko F.)


 11月13日の同時テロ、非常事態宣言の発令と延長、12月の地域圏選挙での国民戦線のさらなる躍進・・・1月の連続テロで始まった2015年フランスの晩秋と暮れは、重大で剣呑な出来事がつづいた。11月末からのCOP21(気候変動枠組条約第21回提携国会議)関連の市民団体の催しが終わり、少し落ち着いて一連の出来事について書こうとしていたクリスマス直前に、再び衝撃的なことが起きた。2016年2月から議会にかけられる「非常事態宣言」に関する憲法改正案に、予測に反して、二重国籍者がテロ行為などで有罪になった場合の国籍剥奪が盛り込まれたのだ。こうした措置は国民戦線など極右が主張してきたもので、サルコジ前大統領が2010年7月に行った演説にも含まれていた。左派の議員や市民はもとより、当時はオランド自身もサルコジの提案には断固反対だった。

 オランド大統領はテロのあと直ちに「非常事態」を発令し、11月16日の国民議会・元老院両院を召集した場で、「非常事態」と「国籍失権」を憲法に書き加える意志を告げた。テロのショックで血迷ったのだろうか、いや、保守と国民戦線が治安強化をがなり立てるだろうから、先手を打った策略だ、などと詮索された。行政と警察に権力が集中する「非常事態」(1955年3月の法律によるもの。最高12日間に限って有効)を憲法に加えること自体も大問題だが、二重国籍者の国籍剥奪(フランス国籍取得者については、スパイやテロで有罪になった者に適用する法律がある)をフランス生まれの者にまで広げるという提案は、左派のみならず共和国の理念と伝統に反する。サルコジがそうしたように、国民戦線の主張を代弁すれば支持率が上がるとオランドも企んだようだが、考え直して国籍剥奪案は引き下げるだろうという予測に反して、12月23日の閣議決定で国籍剥奪は「国家の保護」という憲法改正案に含められた。

 日本には二重国籍という考え方がないが、住民の他国への移住や亡命が歴史的に頻繁にあった欧米など世界各地では、二重国籍を認める国が多い。フランスでも二重国籍は「伝統的に認められていて、人口の約5%を占めるという(2008年)。両親が外国人でもフランスで生まれて、11歳から18歳(成人)までの期間、フランスに5年間住んだことを証明できれば、自動的に国籍を得られる(出生地主義)。また、結婚や職業活動などさまざまな理由によって、フランス国籍を獲得できる。二重国籍をもつ者の9割は移民系のフランス人だ。移民系フランス人に対する国籍剥奪の可能性をテロ対策の最優先に掲げることは、移民系は身分証上だけのフランス人だと言う国民戦線と同じ論理をふりかざすのに等しい。

 人権団体、パリ市長のアンヌ・イダルゴ(スペイン生まれ、14歳で国籍獲得)をはじめ左派の政治家からの辛辣な抗議と批判に対して、マニュエル・ヴァルス首相(スペイン系、20歳で国籍獲得)は、「左翼の一部は偉大な価値観の名にもとに道を誤っている」と国籍剥奪法案を擁護し、英国やベルギーなど他のヨーロッパ民主国にもあると反論した。ベルギーはたしかに2015年7月、国籍剥奪に関する法律を採決したが、ベルギー生まれの二重国籍者への適用は認めていない。イギリスは9.11以後、ブレア政権が2002年に国籍を剥奪できる法律をつくったが、4件しか適用しなかった。保守党が政権をとった2010年以降は、テレサ・メイ内務大臣がテロ対策として、国籍剥奪やジハードに赴いたイギリス人の帰還を禁止する権限を手中に収めた。オランドとヴァルスのお手本は、移民に敵対的な政策を進める英国保守党らしい。

 イギリスとフランスでは第一次大戦中、敵国出身者に対して国籍を剥奪する法律がつくられて施行された(フランスは約550人、イギリスは60人以下)。しかしフランスには、第二次大戦でナチス・ドイツに協力したヴィシー政権(共和政から逸脱した政体)という暗い過去がある。ヴィシー政府の1940年の法律によって、1927年以降のフランス国籍獲得者のうち約15000人(多くのユダヤ系を含む)が国籍を剥奪された。レジスタンスのために外国へ行ったドゴール将軍やマンデス・フランス、共産主義者などの国籍も剥奪された。この法律は1945年に廃止された。以後は1927年の国籍法の精神にしたがって、フランス生まれでないフランス国籍獲得者が、スパイやテロなど国家の重大な危機をもたらす罪を犯した場合にのみ、国籍の剥奪が許される(民法第25条)。1990年代から現在まで、適用されたのは20数件ほどだ。1948年の世界人権宣言は第15条で、すべての人間が国籍をもつ権利を定めている。また、フランスは無国籍者の地位と削減に関する国連条約(1954年、1961年)に署名していて、無国籍者を出すわけにはいかないから、二重国籍をもたない人の国籍を剥奪することは原則的にできない。

 12月23日に発表された社会党青年部の抗議書にもあるように、フランス生まれの者の国籍を剥奪する措置をつくることは、フランス共和国の伝統である出生地主義の否定につながり、極右の唱える血統主義への道を開くことになる。国籍や移民の歴史の専門家である歴史・政治学者のパトリック・ヴェイルは、新たな立法や憲法改正をしなくても、1938年に加えられた民放23条7項に、フランス生まれでも「他国の国民のように振る舞う者」は(二重国籍者なら)フランス国籍を失う規定があると指摘する(戦後〜1967年にナチスとヴィッシー政府協力者、共産圏への協力者に対して適用された)。この民法を国際テロリズムに合わせて書き直せばよいわけで、憲法に国籍剥奪を加えることは、移民系フランス人に対する疑いを引き起こし、国民を二つのカテゴリーに分けるから、共和国の理念に逆らうと告発する。「テロ後の今の状況で国が探し求めるべきは、出身などの区別をしない国民の結合なのに、この措置は逆に国民を分断する」と。第五共和政憲法の第1条は、「フランスは、不可分の非宗教的、民主的かつ社会的な共和国である。フランスは、出身、人種または宗教による区別なしに、すべての市民の法律の前の平等を保障する」という文で始まる。

 ヴェイルはさらに、法案の諮問機関コンセイユ・デタ(国務院)の「意見」にあるように、二重国籍者と単一国籍者を分ける措置は、EUの「人権と基本的自由の保護のための条約」における非差別の原則に反するとも指摘する。法案反対者の中には保守の元首相などを含め、テロ犯罪の場合は国籍剥奪ではなく、すべてのフランス人に対して平等に市民権喪失(非国民罪)をふつうの法律で定めればよいという意見もある。

 オランド大統領の憲法改正案のもうひとつ不条理な点は、反対者とコンセイユ・デタ、そしてヴァルス首相など賛成者のすべてが口を揃えて、国籍剥奪の措置に相当するケースはごく少数だし、それらもほとんど適用不可能だろうと言っている点だ。自死するつもりのジハーディストは、フランス国籍剥奪の危険など怖れずにテロを行うだろうから、予防の効果もない。生き残って有罪となった犯人を国外追放しようとしても、もうひとつの国籍の国が受け入れるとは限らず、非人道的な扱いを受ける恐れのある国の場合は、そこへ追放することもできない。

 つまり、テロ対策として効果がないと承知の上で、シンボリックな措置だとオランドもヴァルスも認めているわけだ。そのシンボルとは移民系、ムスリム・アラブ系フランス人に対する不信感、「本当の」フランス人とそうでない人がいるという差別思考だろう。左翼の一部は道を誤っていると言ったヴァルスに応えて、ミッテラン政権下の内務大臣、憲法評議員などを務めたピエール・ジョックスは、「自分たちの価値観を忘れて『道を誤った』社会党議員たちは、かつて左翼の信用を失わせ、党を破壊して第3共和政を倒した と書いた。(ヴィシー政権をつくるペタン元帥に全権委任の投票をした社会党の前身SFIO議員は90名、反対したSFIO議員は36名。)

 ヴェイルは憲法改正案の閣議決定の前に、オランド大統領と面会して説得を試みており、この法案に反対だったトビラ法務大臣は閣議の前日にアルジェリアで、国籍剥奪は改正案に含まれないと発言した。法務大臣に告げずに法案がつくられ、親しい弁護士や知識人、社会党のかつての「同胞」の意見に耳を貸さずに、オランドはこの措置を通すつもりのようだ。12月末の世論調査結果では、フランス人の85%がこの措置に賛成しているというが、大統領と首相の支持率は下がった。12月の地域圏選挙の結果を見れば、国民戦線票をつかもうと同じ路線をとると、コピーではなくオリジナルの国民戦線の支持率がさらに上がることがわかる。サルコジはその戦略で保守党を弱体化させたが、オランドはこの憲法改正案で社会党を分裂させ、左翼(エコロジストEELV党と左の党は法案に反対)をさらに弱体化させるのだろうか。いずれにせよ、緊縮政策と労働法破壊のネオリベラル政策を展開する現政権はすでに左翼の政治はしていないが、この恥ずべき憲法改正案(非常事態については次の機会に書くことにする)がもし採決されたら、オランドはフランス社会党を失墜させた者として歴史に名前を残すだろう。しかしそれより重大なのは、2008年の経済危機以来、影響をもっとも受けている恵まれない人々、とりわけ移民系の若者たちがこの措置によって傷つき、現政権とフランス社会への幻滅をますます深めるだろうということだ。

 2005年晩秋に起きた大都市郊外の大規模な「暴動」のあと、それらの地区で移民系の若者に政治参加を促すNPOがいくつも生まれた。2006年〜07年、例えばセーヌ・サン・ドゥニ県(11月のテロがあったサッカー場のあるパリの北郊外)の選挙民登録数は11%増加した。移民系の若者たちは、郊外庶民地区の移民系若者を内務大臣時代から敵視してきたサルコジへに対して、強い反感を抱いている。この県では2007年の大統領選挙のとき、社会党候補のセゴレーヌ・ロワイヤルの得票率が高かった。その後2012年まで、郊外庶民地区の選挙民登録数はさらに増えた。大統領になったサルコジ(2007〜2012年)の「ル・ペン化」もさらに進み、「国民のアイデンティティ省」をつくり、「ムスリム」を敵視する発言を繰り返した。2012年の大統領選第一次投票で、国民戦線のマリーヌ・ル・ペンは17,9%(642万票)を集めるが、セーヌ・サン・ドゥニ県では第一次投票からオランドが38%以上、第二次では65%を得票した(サルコジ19%、35%)。厳密な調査はないが、いくつかの世論調査によると、ムスリム系の選挙民の8〜9割はオランドに投票したとみられる(アントワーヌ・ジャルダンによる庶民地区の選挙力学研究より)。オランドとサルコジの差は約114万票とあまり開いていなかったから、サルコジに反発したムスリム系選挙民の存在は、オランド勝利の部分的な要素だったといえる。しかし、もはやそれが繰り返されることはないだろう。

 憲法改正案は2016年2月3日から議会で討論が始まる。可決には、国民議会と元老院を合わせた925人の議員のうち、5分の3以上の賛成が必要だ。保守陣営の中にも反対者がいて社会党議員の票は割れているし、議論はまだ続くだろう。一方、70以上の市民団体や組合が法案に反対するNous ne céderons pas! (私たちは負けない)と題する署名を、トマ・ピケティなどの学者・研究者たちも同様の署名を始めた。2016年の闘いが始まる。
http://www.nousnecederonspas.org/
http://www.liberation.fr/debats/2015/12/30/monsieur-le-president-ne-permettez-pas-que-demain-notre-pays-connaisse-deux-categories-de-citoyens_1423676

  2015年12月31日 飛幡祐規(たかはたゆうき)


 

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