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「格差や貧困がひどいのに社会保障を削り防衛費は過去最高の4.3兆円。戦争したいだけか?:金子勝氏」
http://www.asyura2.com/15/senkyo178/msg/192.html
投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 1 月 17 日 23:40:05: igsppGRN/E9PQ
 

「格差や貧困がひどいのに社会保障を削り防衛費は過去最高の4.3兆円。戦争したいだけか?:金子勝氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/16394.html
2015/1/18 晴耕雨読


https://twitter.com/masaru_kaneko


ちょうど阪神淡路大震災から20年。


自然の恐ろしさと鎮魂の思いがよぎる。


と同時に東日本大震災の記憶が蘇る。


とりわけ福島第一原発事故という人災に見舞われ、なお12万人以上が避難したままなのに、東電・経産省・原子力ムラの責任逃れによって、事故収拾も環境回復もない状況に憤怒の思いが涌く。


昨年12月末に出たBS11「報道ライブ ジャック」の映像です。


ジャーナリストの青木理氏と娘の金子遼子とやった昨年の10大ニュース特集です。


安倍政権の暴走を忘れてはいけません。


厳しい現実から出発し、前向きに頑張って行こうと思う。 http://goo.gl/K2UXGR



【アベノ沖縄差別】安倍政権の沖縄の民意を無視した暴走が繰り返されています。


普天間基地問題で公約を破ってきた自民党候補は総選挙で小選挙区全敗、沖縄県知事選でも仲井真前知事は敗れた。


だが民意を無視して辺野古移設を既成事実化しようとする。


そのやり方はファシストの本性むき出しです。


環境破壊のボーリングを強行。http://goo.gl/ccSVCk


沖縄の辺野古移設の予算は倍増の1500億円を計上。http://goo.gl/WtydVF


翁長県知事との面会拒否。http://goo.gl/gD0Mhs


ひどい。


【自民ノ沖縄差別3】佐藤栄作首相(当時)が、ベトナム戦争中のアメリカの要求を丸呑みして沖縄に基地負担を押し付けた経緯が明らかになった。


米国の公文書公開による。


特定秘密保護法では60年間非公開ですから2075年まで隠せる。


何でもありだ。http://goo.gl/1MnyaO


格差や貧困がひどいのに社会保障を削り防衛費は過去最高の4.3兆円。


新型哨戒機P1を20機、次期戦闘機F35を6機、新型輸送機オスプレイを5機、水陸両用車AAV7を30両に無人偵察機グローバルホーク…と続く。


戦争したいだけか? http://goo.gl/1JBePq


16日の大竹まことのゴールデンラジオでの録音です。


2015年予算案をめぐる問題点とくに沖縄予算、アベミクスの失敗の中で出口を失う危険性、世界経済のリセッション入り、そして格差と不平等を促進する税制などについてしゃべっています。 http://goo.gl/whBEkf




 

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コメント
 
01. 2015年1月18日 01:21:59 : b5JdkWvGxs
食べていけない人間が沢山いないと誰も自衛隊に来てくれないだろ。

安部先生はそこまでちゃんと考えて行動されているんだ。


02. 2015年1月18日 03:38:23 : 7UIAZqfNxg
貧国強兵だな、安倍晋三の稚拙な考えで日本を壊されてはたまらん。

03. 2015年1月18日 07:15:41 : KzvqvqZdMU
国防を目の敵にするのが左翼。中韓にとってはサヨク様様だね。
GDPの2%ぐらい、つまり2倍にしたって、ちっとも異常ではない。

庶民生活 なんちゃって人気取りをやって国を危うくするのだ、左翼は。



[32削除理由]:削除人:アラシ

04. 2015年1月18日 09:44:34 : vjAsmoXaW2
03>あいかわらず底辺のくせに勘違い発言してるな。そんなに言うならおまえが

防衛費何億を出せ。税金すら払わない非国民のくせに強制送還するぞ。

[32削除理由]:削除人:言葉使い

05. 蓑田豊胸 2015年1月18日 10:31:26 : ebltCBv8A09u6 : YVcQss36Cw
>03. 2015年1月18日 07:15:41 : KzvqvqZdMU

>国防を目の敵にするのが左翼。

目の敵にするのが当たり前じゃないか。軍隊ってのは国民を弾圧するためにあるんだから。


06. 2015年1月18日 21:46:08 : zFVmoJRaTY
安倍一味はテロ組織確定。

07. 2015年1月18日 22:29:04 : M4IHRJtQsY
01)お前が真っ先に入隊さないかんな。朝鮮籍だから入隊できないか?特別にいれてやるよ。

08. 2015年1月22日 08:05:07 : jXbiWWJBCA

「小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか」
改革迫られる社会保障制度

改めて日本経済の課題を考える(4)

2015年1月22日(木)  小峰 隆夫

 日本の社会保障は、多くの問題が複雑に絡み合っており、迷宮のようだ。誰もが改革の必要性を訴えているが、その改革は遅々として進まない。その全体像を把握し、解決の方向を示すのは簡単ではないが、私が重要と思うポイントに的を絞って説明してみたい。

社会保障の現状

 基礎的な事実認識として、社会保障の給付と負担のマクロ的な状況を見ておこう。

 2013年度の予算ベースで見ると、社会保障給付の総額は110.6兆円であり、まずはその規模(GDPの5分の1以上)の大きさに改めて驚く。その内訳は年金53.5兆円(48.4%)、医療36.0兆円(32.6%)、介護9.0兆円(8.2%)、子ども・子育て4.9兆円(4.5%)などが主なものである。一方、負担の方は、保険料が62.2兆円(60.3%)、国・地方からの財政投入が41.0兆円(39.7%)となっている。このうち、国が一般会計から社会保障関係費として支出している分は29.7兆円、全体の28.8%である。

 なお、年金の厚生年金・共済年金や、医療保険の被用者保険(組合健保など)は、企業も加入者の払う保険料と同額を払っている。保険料のうちの28.5兆円(全体の27.6%)は、こうした企業負担によるものである。

 よく知られているように、今後、高齢化が進展するため、この社会保障給付はさらに増大していく。厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について」(2014年3月)によると、社会保障給付費の総額は、2015年度109.5兆円(GDPの22.8%)から、2025年度には148.9兆円(同24.4%)となると見込まれている。負担も、保険料負担が2015年度の66.3兆円から2025年度85.7兆年へ、公費負担も2015年度の45.4兆円から2025年度60.5兆円へと増大する。

 この公費の一部が一般会計の歳出増加要因となる。国の社会保障関係支出は、一般歳出全体の32.7%(2015年度予算案)に達する最大の歳出項目となっている。しかもそれが、今後長期にわたってほぼ自動的に増加し続けるわけで、この社会保障支出の合理化なしに財政再建はあり得ないことは明らかだ。

 ただし、財政支出要因としての社会保障問題は、各方面で散々議論になっているので、本論では取り上げない。それ以外の点で、私が重要だと考える主なポイントを紹介しよう。

ポイント1 必要な社会保障のマクロ・リテラシー

 誰もが社会保障に強い関心を持っている。確かに、これからの経済社会の行方を考えた時、誰にとっても社会保障の行方は大問題である。しかし本当の問題は、多くの国民が社会保障について問題だと思っている方向と経済的に問題だと考える方向が全く異なっていることだ。

 毎年内閣府が行っている「国民生活に関する世論調査」に「政府に対する要望」という質問項目があるのだが、ほぼ毎年そのトップに来るのが「医療・年金等の社会保障の整備」である。最新の2014年6月の調査では、実に回答者の68.6%がこれを挙げている(複数回答)。新聞の投書欄を見ても、「年金だけでは安心して老後を迎えられるか不安だ」「消費税を上げるなら、それによって社会保障がどう充実するのかを示してほしい」といった意見が目につく。

 明らかに国民の多くは、社会保障をもっと充実し、安心して将来を迎えられるようにしてほしいと考えているようだ。したがって、選挙になると、各政党とも、社会保障の充実、安心した老後を約束しがちとなる。これに対して本当の問題は、現在の仕組みに種々の問題があり、このままの制度を維持することはできないことであり、それを安定的に維持していくためには、給付の合理化・削減または企業・勤労者の負担増、おそらくはその両方が必要となるということである。

 この社会保障の実態と国民意識の乖離は深刻である。いくら専門家が社会保障改革を訴え、そのための政策を議論しても、政治が民意に引きずられて「充実方向の政策」を提案し続けることになり、改革はいつまでたっても先送りされ続けてしまうからだ。

 理想的な対応は、超党派で社会保障改革の方向を示し、国民を説得することなのだが、そのためにはできるだけ国民の多くが社会保障がどんな仕組みで維持されているのかについての最低限の知識を持つことが必要だ。年金・医療について知識を持つべきだという時、多くの人は自分たちが対象となる年金・医療・介護などの制度の仕組みをよく知り、これをうまく活用することを目指すことが多い。私はこれを「社会保障のミクロ・リテラシー」と呼んでいる。

 これも必要だが、現在もっと必要なのは、一国全体としての社会保障制度の費用と負担がどう処理されているのかという点についての認識を持つことである。私はこれを「社会保障のマクロ・リテラシー」と呼んでいる。社会保障によるサービスは、国家財政や社会保険制度を介して提供されるため、どうしても受け取るサービスとその負担との関係が希薄になり、多くの人々は「負担を高めないでサービスを充実させる」ことを求めがちとなる。こうしたことを少しでも防ぐためにも、社会保障のマクロ・リテラシーを高めることが必要だ。

ポイント2 人口オーナス下で賦課方式を維持していることが根本原因

 日本の社会保障制度が行き詰まっている最大の原因は、人口オーナス下で賦課方式の制度となっていることだ。

 本連載で何度も指摘しているように、日本では「人口オーナス」が進行中である。これは人口に占める働く人の割合が低下する現象で、少子化が続くと必ず生じる現象である(「確かな課題としての日本の少子高齢化」2014年5月14日などを参照)。同時に高齢化も進展しているから、このことは必ず、高齢者に比して働く人の割合が低下するという現象をもたらす。

 さて、社会保障の費用を誰が負担するかという点については、「賦課方式」と「積立方式」がある。賦課方式は、現在の高齢者の社会保障のために必要となる給付を、現在の働く人が支払うというやり方である。一方、積立方式は、現在の働く世代が、自分たちの将来のためにお金を積み立てておき、将来これを取り崩して社会保障給付を行うという方式である。日本は、年金も医療も介護も、基本的には賦課方式で運用されている。

 この2つの制度には一長一短がある。簡単に言うと、賦課方式は「制度発足に時間がかからず」「経済成長やインフレに強く」「人口が増えている時」に有利である。「社会保障の充実が望まれ」「経済が成長し」「時々インフレもあり」「人口が増えていた」70年代くらいまでは、この有利性が十分に発揮された。

 しかし、「既に社会保障が成熟し」「経済があまり成長せず」「デフレ経済で」「人口が減りつつある」という近年の経済社会状況の中では、短所の方が十分に発揮されてしまう。

 年金の例で考えよう。賦課方式の年金制度は、現在の働く人が保険料を払い、現在の高齢者が年金を受け取る。人口オーナスになって、保険料を払う働く人よりも、年金を受け取る高齢者の方が増えていけば、年金制度が行き詰まるのは当然だ。

 もちろん、年金制度を積立方式に変えれば問題はなくなるが、移行期における負担を誰が担うかについて難しい問題があるし、時間もかかるからすぐには無理だ。すると、必然的に、解決策は「負担を増やす」か「給付を削る」かのどちらか(または両方)しかない。

 では、現行制度を維持していった場合、年金の姿はどうなっていくのか。この点を検証したのが、2014年に行われた年金の財政検証だ。その結果は多くのケースに分けて示されているので、全貌を理解するのは容易ではないが、おおよそ次のようなことになっている。

 検証では、経済の見通しの違いに応じて8つのケース(A〜H)が示されている。比較的経済が順調に推移することを前提としたケースAからEでは、30年後の所得代替率(モデル年金額の平均手取りに対する比率)は50.6〜51%となる。これは、現在の62.7%より下がるが、政府が約束している50%というレベルはクリアしている。成長が順調でないケースFからHでは、代替率が50%を割り込む。要は経済がうまくいくかどうか次第だということである。

 この試算については、利回りの想定が楽観的過ぎるという批判もある。例えば、8ケースの真ん中のEケースでは4.2%という利回りが想定されている。利回りが高いと積立金からの収益が大きくなるので、年金財政は楽になる。この4.2%はいかにも高いと批判されているわけだが、年金は賃金にスライドして給付や保険料収入が変動するから、本当に重要なのは利回りの絶対水準ではなく、「利回り−賃金上昇率」だという反論もある。

 例えば、Eケースの「利回り−賃金上昇率」は1.7%である。確かにこれだと、4.2%という表面的な利回りから判断されるほど非現実的ではないが、かといって太鼓判を押せるほど実現性が高いわけもない。結局、経済がうまくいくかどうか次第という点は同じである。

 やや意地悪な表現をすると、「年金の安定性が経済のパフォーマンス次第」というギャンブルになっているとも言える。年金は国民生活の長期的設計をする上での基盤なのだから、それをギャンブルにさらすわけにはいかない。

 経済が低迷しても安定した年金制度が維持できるよう、保守的な経済前提の下で、支給開始年齢の引き上げ、所得・資産による支給金額の抑制など、より抜本的な対応を考えていく必要がある。

ポイント3 働く層に偏る費用負担

 前述のように、人口オーナス下で賦課方式の社会保障制度を維持するためには、負担を増やすか、給付を減らすかしかない。もちろん、経済が成長すれば問題は解決に向かうが、「社会保障を維持するために、経済を成長させる」というのは、「財政再建のために経済を成長させる」という議論と同じで、順序がおかしい。財政や社会保障がどうあろうと、できるだけ高い成長を目指すのが経済政策の基本だからだ。

 問題はこのうちの負担が二重の意味で偏っていることだ。

 1つは、将来世代への偏りである。負担のうち、国費で賄われる部分は毎年増え続けている。この負担は本来は税で賄われるべきものであり、さらには建前としては消費税で賄われることになっている。

 しかし、例えば、2015年度予算の場合、社会保障関係費の総額が31.5兆円であるのに対して、消費税の税収は17.1兆円である。こんな状態では、社会保障の財源は税だとは言えない。お金に色はついていないので、歳出のうちのどの部分が借金によるものかを区別することはできないが、社会保障関係費として一般会計から支出されているうちのかなりの部分は、将来世代への借金(赤字国債の発行)によるものだと言っていいだろう。

 また、人口オーナスになると、負担する人が減り、給付を受ける人が増えるのだから、将来の勤労世代の負担は増えざるを得ない。これも将来世代への負担の偏りを生む。

 もう1つは、勤労者・企業への負担の偏りである。公費を除いた社会保障維持のための負担は、高齢者が負担するか(給付の削減も含む)、勤労者が払うか、企業が払うかのいずれかしかない。

 年金については、2004年の改革で、基礎年金部分の国費負担がそれまでの3分の1から2分の1になったから、この段階で国費に頼る分が格段に増えた。なお、余談だが、この国費の増加分は本来消費税の増税で賄われるはずだったのだが、それが10年後の2014年にようやく実現したことになる。全く増税は大変なことなのである。

 この時の改革では、保険料の上限を決めておき、その財源の範囲内で給付を削減するという仕組みを導入した。この給付を調整する仕組みが「マクロ経済スライド」と呼ばれるものだ。ところが、その後、保険料の方は予定通り引き上げてきたが、給付の削減は行われてこなかった。マクロ経済スライドが、物価が上がった時には機能するが、デフレ下では発動されてこなかったからだ。年金は、物価が上がった時には給付も引き上げるが、下がった時には下げないという不思議な非対称性を維持していたのだ。これは、物価の下落にスライドして年金を切り下げてしまうと、高齢者層から不満が寄せられるのを恐れたからだとしか思えない。

 かくして、年金については、給付の切り下げという形での高齢者の負担は行われず、もっぱら国費と、保険料率の引き上げという、勤労者および企業の負担ばかり増えてきた。

 医療も同じようなものである。高齢化に伴って、日本の医療費は増え続けており、2012年度で39.2兆円となっているのだが、その負担の内訳は保険料が48.8%(事業主が20.3%、被保険者が28.5%)、公費が38.6%(うち国費は25.8%)、患者負担が11.9%となっている。

 このうち、国費の額は増え続けており、2002年度には7.8兆円だったのが、2012年度は10.1兆円となっている。その多くが実質的には赤字国債などでの将来世代負担になっているという点は年金と同じだ。

 さらに問題なのは、勤労者・企業の負担だ。医療費は保険でカバーするといっても、勤労者は所得があって医療費は少ないのに対して、高齢者は所得が低く医療費が多い。そこで、高齢者については特別な仕組みが準備されている。

 まず、65〜74歳の前期高齢者は、基本的にはそれまでの保険に加入し続ける。しかし、高齢者の加入割合によって医療費負担が異なってくるので、財政調整制度がある。例えば、企業が加入している健保組合は、全平均よりも前期高齢者の割合が低いので、一定の計算式で求められた納付金を納付し、逆に、前期高齢者の割合が高い市町村の国保などは交付金を受け取ることになる。

 後期高齢者については、基本的には全員が後期高齢者医療制度に加入して、保険料を払う。ただし、後期高齢者自身が払う保険料で賄われる部分は、全体の1割程度であり、あまり大きくない。残りの5割は公費で、4割は現役世代からの支援金で賄われる。公費の負担については既に述べた通りである。現役世代の支援金は、各医療保険者が加入者数に応じて拠出する。

 説明が長くなって、何が何だか分からなくなったかもしれないが、要するに、高齢者の医療費が増えていくと、健康保険制度に加入して、賃金の一定割合を払っている勤労者層の負担がほぼ自動的に上がっていくということだ。それと同じだけ企業の負担も増えていく。

 同じ負担でも、消費税を上げたり、社会保障費を削減したりすると、国民の反感を招く。しかし、毎月の給料から天引きされる保険料負担は、選挙の洗礼なしに決めることができる。改めて確認しないと保険料として引かれている額も分からないから、払っている本人も「払っている」という意識が乏しい。要するに、「給付は削りにくいから負担を増やす」→「増税は難しいから保険料で取る」ということになっており、結局のところ「取りやすいところから取る」→「勤労者・企業の負担が増える」という仕組みになっているのだ。

 ややわき道に逸れるが、もう1つ、医療保険ならではの問題がある。医療保険には、病気になった時の費用負担リスクをカバーするという機能の他に、「情報の非対称性をカバーする」という役割がある。それはこういうことだ。

 一般に、医者と患者の間には、医者は患者の病気のことを知っているが、患者は自分の病気のことをあまりよく知らないという「情報の非対称性」がある。これを放置していると、医者は、必ずしも必要ではない治療を続けて収入を増やそうとするかもしれない。これは経済学で「医師誘発需要」という言葉でしばしば語られることである。

 ここで保険機関が重要な役割を果たす。例えば、サラリーマンが加入している健康保険を例に取ると、健康保険を管理している健康保険組合は、医療機関から送られてきたレセプトを審査して、ムダな治療が含まれていないかをチェックしている。これは、支払いを合理化すればするほど、自分の組合の経営が楽になり、加入者に負担を求めないですむからである。ところが、高齢者医療への支援金は、いわば「言いなり」で払わなければならず、その中にムダがあるかをチェックできない。このため結果的にチェックが不十分になっている可能性がある。

ポイント4 企業負担も結局は働く人の負担に

 これまでの説明にも出てきたが、年金にせよ健康保険にせよ、雇われた人が払っている保険料と同じだけ企業も負担している。この点については誰もが「働く人と企業が半分ずつ負担している」と考える。しかし、企業が払っている保険料は、結局は働く人が払っていると考えるのが経済学の標準的な議論である。

 この点は、私の授業では、まずごく単純に、「賃金も保険料も、企業にとってみれば1人の人を雇うために払っている負担である。すると、同じ人を雇うのだから、仮に保険料の負担がなくなれば、その分は給料に上乗せされるはずだ。だから、保険料は働く人が賃金を削って払っているのと同じことだ」と説明してみせる。

 多くの学生は「先生がそう言うのだがそれで正しいのだろう」と思うようだが、なんとなく「騙されたような気がする」と言いたげな顔をしている。そこで気の利いた学生は、次のように反論する。「働く人は、その賃金で働くことに同意しているのだから、仮に保険料がないとすると、その分を企業が取ってしまっても、働く人にとっての賃金は変わらないのだからそのまま働き続けるはずだ。だから、やはり企業は自らの取り分を削って保険料を払っていることになるのではないか」。

 ここまで来ると、需要と供給のグラフを使ってもう少し丁寧に説明することになる。以下、私と首都大学東京の村田啓子先生の共著『最新日本経済入門』(第4版、日本評論社)からの図を引用する。やや面倒だが、経済学のロジックの面白さが分かるので、関心のある方は説明をたどってほしい。

賃金・保険料と雇用量の関係

(出所:小峰隆夫・村田啓子『最新日本経済入門第4版』258ページ)
 図のDとSは、労働に対する需要・供給曲線である。賃金が下がるほど企業が雇おうとする雇用量は減るから、需要曲線Dは右下がりであり、賃金が上がるほど働こうとする人は増えるから、供給曲線Sは右上がりである。保険料負担がない場合は、E0が交点となるので、賃金はW0、雇用量はL0となる。

 ここで、企業がGE1に相当する保険料を払うことになったとすると、需要曲線はその幅だけ下方にシフトする。なぜなら、企業は人を雇えば、GE1だけ余分に賃金を払わなければならないから、それまでの賃金よりGE1だけ低い賃金でないと同じ人を雇おうとしなくなるからだ。一方、企業が保険料を課されても、働く側が受け取る賃金は変わらないので、供給曲線は不変である。その結果、交点はE1に移る。保険料が課されなかった場合に比べて、賃金は下がり(W0からW1へ)、雇用量は減る(L0からL1へ)。

 同じ保険料を働く人が賃金から払う場合はどうか。今度は、供給曲線がGE1だけ上方にシフトする(煩雑になるので、図にはシフトした供給曲線は書いていない)。なぜなら、働く側は賃金の中からGE1分だけ保険料を支払うことが分かっているのだから、その分余分に賃金をもらわないと働こうとしないからだ。その結果、交点はGに移る。保険料を除いた賃金はW1、雇用量はL1だから、企業が負担した場合と同じである。

 企業が保険料の全額を負担しても、結果的には働く人が全額したのと同じことになるのだから、保険料の企業負担分は実質的には働く人が負担しているということである。

 以上が標準的な経済学の結論なのだが、この議論が正しいとすると、次のような重要な点が示される。

 第1に、本稿でもこれまで、勤労者および企業の負担という言い方をしてきたが、これらは全て勤労者の負担だということになる。これまでの説明以上に、現在の社会保障給付を負担しているのは勤労者だということである。

 第2に、政府の年金に関する説明もややおかしなことになる。官邸のウェブサイトには「年金制度改革」というコーナーがあり、その中に「あなたの疑問にお答えします」というコーナーがある。さらに、その中に「『払い損』になるのではないですか?」という疑問への回答が出ている。それは、「公的年金には、基礎年金に対する国庫負担、厚生年金保険料の事業主負担があり、払った保険料以上の給付を受けることができます」というものだ。

 確かに、自分の給料から払った分だけが「自分の払い」だということであればその通りだ。しかし、国庫負担は税金か赤字国債でカバーされるわけだから、現世代および将来世代の負担である。また、図で説明したように、事業主負担は結局は働いている人の負担である。となると、やはり人口オーナス下での賦課方式の年金は、若い世代ほど負担が超過するのである。

 第3に、前述の図に基づく説明によると、企業の保険料負担が増えると(働く人が負担しても同じだが)、賃金が下がり、雇用が減るという結論が得られていた。要するに、企業に課される保険料負担は、雇用に税金を課しているのと同じことになる。雇用に課税されれば、雇用量が減り、雇用量が減れば賃金が下がるのは当然だ。

 多くの人は、企業が負担してくれた分については「自分たちは負担を免れて良かった」と考えてしまう。しかし、それは回り回って我々の経済的パフォーマンスを悪化させ、我々自身の首を絞めることになるのだ。逆に、社会保障を合理化して、企業負担を減らしていくことは、雇用に補助金を出すのと同じことになるから、雇用量を増やし、賃金を引き上げる。ここまで来ると、社会保障改革は成長戦略としても重要だということが分かってくるのである。

(次回に続きます、次回は本シリーズの最後として成長戦略を取り上げます)

このコラムについて
小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか

進まない財政再建と社会保障改革、急速に進む少子高齢化、見えない成長戦略…。日本経済が抱える問題点は明かになっているにもかかわらず、政治には危機感は感じられない。日本経済を40年以上観察し続けてきたエコノミストである著者が、日本経済に本気で警鐘を鳴らす。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150120/276498/?ST=print



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