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安保法採決へ! 天皇・皇后が“逆賊”安倍首相に抗した言葉は踏みにじられてしまうのか(リテラ)
http://www.asyura2.com/15/senkyo188/msg/610.html
投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 7 月 15 日 08:22:05: igsppGRN/E9PQ
 

                    『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館)


安保法採決へ! 天皇・皇后が“逆賊”安倍首相に抗した言葉は踏みにじられてしまうのか
http://lite-ra.com/2015/07/post-1283.html
2015.07.15. リテラ


 ついに、安保関連法案の採決が強行される。戦後日本がかろうじて守ってきた平和主義を根底からくつがえす安倍首相の暴走に、いったい、あの方たちはどういう思いを抱いているのだろう。

 そう。明仁天皇と美智子皇后のことだ。本サイトでも報じたように、天皇と皇后は安倍政権の改憲の動きに強い危機感を抱いていると伝えられてきた。おそらく、いま、起きている事態にも相当に深刻な思いを抱いているに違いない。

 先月30日、その天皇の思いがひしひしと伝わってくる一冊の本が出版された。タイトルは、『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館)。著者は、ベストセラーとなった『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル)の矢部宏治氏だ。


〈実は現在の日本で、明仁天皇と美智子皇后ほど大きな闇を体験し、その中でもがき、苦しみ、深い思索を重ねた方は珍しいのではないかと私は思っています〉
〈象徴天皇という大きな制約のもと、折にふれて発信される明仁天皇の考え抜かれたメッセージ。その根底にあるのは、「平和国家・日本」という強い思いです〉(同書・「まえがき」より)

 たしかに、天皇はとくに近年、かなり踏み込んだ発言を行っている。たとえば、80歳となった2013年の誕生日会見では、これまでの歩みを振り返って「やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです」と語り、こう続けた。

「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」

 現状の平和と民主主義、そして憲法を「守るべき大切なもの」と語るこの言葉は、明確な護憲発言だ。また、憲法をつくった主語を「日本」とし、「知日派の米国人の協力も忘れてはならない」と加えるあたりは、「連合国からの押しつけ憲法論」への反論ともとれる発言である。本書の著者もまた〈「平和と民主主義」を大切にする現在の日本国憲法を、自分は徹底して守っていくのだという強い決意の表明〉だと評しているが、既報の通り、NHKはこの部分だけをカットして一切報じることがなかった。逆にいえば、政権にとってこの発言がいかに都合が悪いものだったかの証拠でもあるだろう。

 一方、美智子皇后も同じように、昨年10月20日の誕生日を前にした文書コメントで、「来年戦後70年を迎えることについて今のお気持ちをお聞かせ下さい」という質問に、こう答えている。

「私は、今も終戦後のある日、ラジオを通し、A級戦犯に対する判決の言い渡しを聞いた時の強い恐怖を忘れることが出来ません。まだ中学生で、戦争から敗戦に至る事情や経緯につき知るところは少なく、従ってその時の感情は、戦犯個人個人への憎しみ等であろう筈はなく、恐らくは国と国民という、個人を越えた所のものに責任を負う立場があるということに対する、身の震うような怖れであったのだと思います」

 皇后自らがA級戦犯の話題をもち出し、その責任の大きさについて言及する。──これは異例のコメントだが、こちらもすでに本サイトでお伝えしたように、じつはこの皇后発言の2か月前には、安倍首相がA級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に自民党総裁名で哀悼メッセージを送っていたことが報道されていた。連合国による裁判を「報復」と位置づけ、処刑された全員を「昭和殉難者」として慰霊する法要で、安倍首相は戦犯たちを「自らの魂を賭して祖国の礎となられた」と賞賛したという。皇后の言葉は、このようなタイミングで出てきたものなのだ。

 美智子皇后は2013年の誕生日にも、「5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます」 とした上で、以前、あきる野市五日市の郷土館で「五日市憲法草案」を見たときの思い出を語っている。

「明治憲法の公布(明治22年)に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした」

 日本国憲法以前から同じの理念をもった憲法が日本でもつくられていたこと、基本的人権の尊重や法の下の平等、言論の自由、信教の自由などが、右派の言うような「占領軍の押しつけ」などでないこと。美智子皇后はそのことをわざわざ示唆したのだ。

 まるで憲法改正の動きに反応したかのようなメッセージを発する、天皇と皇后。だが、“先の戦争”への反省と“平和”に対する思いは、つねづねふたりが口にしてきたことだ。

 今年の元旦、天皇が述べた新年の感想は、このようなものだ。

「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。(中略)この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、いま、極めて大切なことだと思っています」

 戦争の歴史を正しく知り、未来を考えよう。そのスタンスは、中国や韓国への“謝罪”にもつながっている。1992年、日本の天皇としてはじめて中国を訪問した際、天皇はこう述べている。

「この両国の関係の永きにわたる歴史において、我が国が中国国民に対し多大な苦難を与えた不幸な一時期がありました。これは私の深く悲しみとするところであります。戦争が終わった時、我が国民は、このような戦争を再び繰り返してはならないとの深い反省にたち、平和国家としての道を歩むことを固く決意して、国の再建に取り組みました」

 これは「明確な謝罪」といえるものだが、94年に韓国の金泳三大統領を招いた宮中晩餐で、韓国に対しても同様の発言を行っている。

 そして、忘れてはいけないのは、沖縄への深い感心だろう。天皇は、沖縄で最初の慰霊碑である「魂魄の塔」について、こんな琉歌を詠んでいる。

〈花よおしやげゆん 人知らぬ魂 戦ないらぬ世よ 肝に願て〉
(花を捧げます 人知れず亡くなった多くの人の魂に 戦争のない世を 心から願って)

 この歌を詠む以前、1975年に皇太子として現天皇がはじめて沖縄に訪問した際、ひめゆりの塔で火炎瓶が投げ込まれるという事件が起こった。訪問前から「石ぐらい投げられてもいい。そうしたことに恐れず、県民のなかに入っていきたい」と語っていたと言われているが、それほどに沖縄には、「沖縄が本土防衛のための捨て石にされた」という天皇への怒りがあったのだ。結局、大事にいたることはなく、その後もスケジュール通りに行事は進んだが、ひめゆりの塔のあとに現天皇が向かったのが「魂魄の塔」だった。この日、記者に配られた談話には、こう綴られている。

〈(前略)払われた多くの犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものでなく、人々が長い年月をかけてこれを記憶し、一人一人、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません〉

 実際、それ以降、〈皇太子時代に5回、天皇時代に5回の計10回〉と積極的に沖縄を訪問。沖縄で米軍による少女暴行事件が起こった翌年96年には、誕生日の会見で「沖縄の問題は、日米両国政府の間で十分に話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております」と言及している。

 平和を希求し、中国や韓国といった近隣諸国に深い反省を述べ、沖縄に思いを馳せる。──こうして発言を振り返ると、天皇と安倍首相は、ことごとく対照的だ。

 たとえば、現在、安倍政権は国立大学での入学式・卒業式で国旗掲揚と国歌斉唱を行うよう求めている。が、これにしても、04年の秋の園遊会で米長邦雄・,元棋士に「日本中の学校にですね、国旗をあげて国家を斉唱させるというのが、私の仕事でございます」と言われたとき、天皇は「やはり、強制になるということではないことが望ましいですね」と返答している。著者は、この言葉の意味について、〈天皇という権威をかかげて、国民に法的根拠のない義務を強制する。そうした日本の社会や権力者のあり方が、戦前は多くの国民の命を奪うことになりました。(中略)明仁天皇のこの言葉には、二度とそうしたことがあってはならないという強い決意がこめられています〉というが、そうした反省が安倍政権にはない。それどころか、日本会議との接近や言論弾圧の一件を取っても、戦前回帰を目論んでいるとしか思えない態度だ。

 天皇が、安倍政権に危機感を感じていることは折々の言葉を見ればあきらかだが、他方、安倍政権側も天皇の発言を危険視している。事実、今年4月、安倍政権下で教育再生実行会議委員をつとめるなど安倍首相のブレーンとして知られる憲法学者の八木秀次氏は、「正論」(産業経済新聞社)5月号で「両陛下のご発言が、安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねない」「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」と、暗に天皇・皇后を批判している。

 しかし、これは飛んだ的外れの批判だ。日本国憲法第99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という条文がある。そもそも現天皇は戦後憲法によって天皇に即位したのであり、自己の立脚基盤を憲法におくことは当然の話。むしろ、国会議員でありながら、憲法に立脚せず、到底合憲とはいえないシロモノを解釈改憲でどうにかしようとする安倍首相こそが、憲法に反しているのだ。

 ついにネトウヨたちから「在日」とまで呼ばれるようになった天皇・皇后。平和な国であってほしいという切実な思いは、安保法制採決によって、このまま踏みにじられてしまうのだろうか。

(エンジョウトオル)

 

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コメント
 
1. 日高見連邦共和国 2015年7月15日 10:31:27 : ZtjAE5Qu8buIw : mFuG9qQlTk

陛下の“平和を願う御心”は勘違いしようがありません。

それを“無視”する安倍には、『左翼』も『右翼』も『普通の国民』も支持しません。

で、誰?こんな“似非右翼総理”を支持してる連中って???(笑)


2. 2015年7月15日 11:06:01 : kDVop4u7Ig
“天皇・皇后”両陛下が、国の行く末を案ずるお気持ち、国民を大事に思っていることを感じます。心に響く。
「天・地・人」「東・西・南・北」、『天変地異」や『人的な戦争』が起き、混乱に際した時に心のより処や
指南という『方向性』は必要です。「象徴天皇」の役割は此処にあるだと思う。同じ方向へ向くことです。

国民の命を「駒」のように扱う「無謀な指導者」は排除すべきです。私利私欲の戦争がしたかったら、
私財を投じて「軍閥の総帥」になることだ。自分の軍隊を養成して、何処とでも存分に戦えれば良いんです。

<投票率50%の2割しか有権者に支持されていない政党>に、国民の税金で作った日本の自衛隊を好戦者の
「私物」にされてはならない!国民の意向を無視し「背任行為」は許されない。【売国戦争法案】は絶対反対!


3. 2015年7月15日 12:55:52 : BLqL2LUvlg
天皇皇后両陛下の御意志が真実であって欲しいと思いますが、安倍・麻生他
与党政府や国会議員には天皇家との身内が多数存在する。
天皇家に関する記事も溢れており一枚岩でないことも原因の一つだろう。
日本は民主主義という仮面を被った王政(皇政)なのではないかと思う。
神社本庁という宗教含みでも繋がっているし、財閥としても繋がっている。
政府よりも世界資本が立ち位置が上位なのだから、表面上の権限など関係な
く売国政治を行って国民が不幸になっても世界資本が潤えば良いという構図
にしか見えない。米国を仮想敵として日本国民を洗脳する意図も十分感じら
れるし、皇族と政府の根っこは同じと考えると一番筋が通ってしまう。


4. ジョンマン 2015年7月15日 13:15:31 : 6nagECQfUT4Mc : tad1pylu62

私は、雲仙普賢岳、中越地震、東日本大震災等々の被災地を訪れられた際の今上天皇と皇后のお姿を見て、涙が止まりませんでした。

床に膝まづかれ、被災者に目線を合わされて、語りかけるお姿は今なお、目に焼き付いています。

こうして、その時々を思い起こしながら、タイピングしていると、涙が滲んできます。

若者たちを戦争に駆り出す安保法制=戦争法案は断じて赦せません。
まだまだ、やれることはたくさんあります。

相続税3億円脱税の「非国民」で、「戦争屋」の安倍晋三と清和会自民党の奴らを政界から追放し、安倍自公売国・懐国政権打倒に向けて、闘い続けます☺❗


5. 2015年7月15日 17:15:25 : EOTzs3mxdc

日本の民主主義といったところで、まだまだ未熟で超奥手育ちといった状況ではないでしょうか。

70年間しっかりと日本の平和を見守って来られた天皇・皇后両陛下の思いは永遠に生き続けます。

日本が推古天皇の仏教興隆の詔および敬神の詔を破った勢力が国難を極める現実は永遠の国辱です。

天皇は仏法を信じて神道を重んずとは申します。願わくば今生において正法興隆の詔勅を賜わらん。


6. 2015年7月15日 17:40:56 : BvtzsVlmxY
>>3
離婚法成立以前の、イタリア「共和国」のようなものか。
離婚法成立後も10年間は憲法が改正されず、1985年中盤までは
「ローマ教皇庁の道徳指導に従うのが望ましい国民の在り方」となってた。
小室直樹流にいえば「薩長藩閥に相当するシチリアサルディーニャ王族たちは
去ったが、皇室に相当するローマ法皇庁は残った」だもん。

フランス「共和制」革命なんかも考えて看れば不思議な革命だよな。
憲法のない三銃士の舞台となったルイ13世時代から
ティエール共和主義思想が根付いて50年近く経過した1905年の
改正憲法でようやく「政教分離」が説かれたワケで
ジャコバン派以外はローマ教皇庁の人事に手をつけてはならない不文律を
超党派的暗黙の了解として墨守していたもんな。

米国を仮想的云々もあるでしょう。米西戦争の時は最低でも100万人の
ローマカトリック信者が虐殺説されたと本多勝一が執筆してたし、
大正さんはピウス11世の高弟認定、昭和さんはピウス12世の高弟認定
今上さんはヨハネパウロ2世の高弟認定された存在だから。

これはもと大阪府知事の黒田了一さんが言ってた説なんだが
「ロッキードで角栄さんがCIAに嵌められたのは取って替わろうという
クーデターを実行に移す計画があったから。裕仁はんとケネディ一族は
ピウス12世の兄弟子弟弟子にあたる関係ゆえに、反CIA派の支持をバックに
裕仁はんを国連事務総長に就任させるあと一歩手前で阻止された」んだそうな。


7. 2015年7月15日 19:40:41 : BLqL2LUvlg
血筋・宗教・財閥この3つで繋がっていて一時的に言論だけが相違しても
果たして信じられるものだろうか。出来れば天皇皇后のお言葉を信じたい
が、タイミング的にもシンクロしてて作為的な不自然さを感じてしまう。

日本人は現実に目を奪われ都合の良い心地のよい言葉を信じてしまう故に
2元論に持ち込まれると片方が味方に見えてしまうのではないだろうか。

仕事現場で日本語堪能な東南アジア人と話したことがあるが、日本の印象
はあまりよくない。ODA=金で口封じ というところではないだろうか。
平和憲法・非核三原則・原子力発電すべて隠れ蓑だと思う。

罪の無い外国人を殺す戦争利権は無くなるべきであり、2元論プロレスな
らば、日本人は騙されて殺人の片棒を担ぐべきではありません。


8. 2015年7月15日 22:43:45 : kDVop4u7Ig
>>3,7さん<米国を仮想敵として日本国民を洗脳する意図も十分感じられる>どうして「米国」でしょうか?
敗戦直後に生まれた人は、今年で70歳になります。「米国」の保護下で生きて来られて幸せだったのかな!?
西洋的「個人主義」の定着により、『孤独死』や『核家族』が増え続けています。

「心の寄り処」一種の気休めでしょうか。お地蔵さんに手を合わせ「独り言」を語って、『安心感』を得る。
お天道さまが守ってくれてるから、悪党は寄ってこない!?う〜ん、信じる人はいないでしょ。騙されるかね?

明治天皇が太子礼を経ずに(元服前)14歳で天皇になられたこと。「薩長新政府」との噂も色々あるけれど、
過ぎ去ったことより、現在と未来を考えるべきでしょ。親が悪いから子も悪い!それは無慈悲だと思うよ。

天皇・皇后両陛下は「昭和の惨禍」「悔恨と鎮魂」二度と繰り返さぬように祈り、心を痛めております。
大事なのは、歴史上の出来事や失敗の教訓から学ぶこと、そして、日本の再構築を考えること。


9. 2015年7月16日 00:49:52 : FTPlrNdqnH
(両陛下のお気持ちなど眼中にない逆賊どもが、
強行採決をした日に詠める)

法をもて 治むるは國の もとゐぞと
みこころ 胸に 刻む者なし


10. 2015年7月16日 08:15:01 : Ps2QyVszno
サンフランシスコ条約のの記念イベントから利用されている
安倍のような政治家に対して差し障りのない言葉は何の影響もないだろう 今後もう一歩踏み込んだ言葉や行動をするか

11. 2015年7月16日 14:35:51 : BLqL2LUvlg
中央銀行という詐欺システムの解体と、国家首脳よりも資本家が権力を持つ
という構図が変わらなければ根本は変わらない気がします。
そうなれば民主主義は正常に機能するのではないでしょうか。当然、安倍首相
のような宰相が任命されることも無くなると思います。
戦争・宗教・医療は罪無き民衆を仲違いさせまたは洗脳する道具として使われ
ている。今のままでは国家というのも経済戦争の駒でしかありません。
王族皇族が世界資本として金儲けに精を出すということは国民の命が売られる
ことも十分ありえると考える。
何を信じるかは自由だけれど日本は過去の侵略国家に舞い戻ろうとしていると
感じます。

12. 2015年7月17日 15:31:33 : BLqL2LUvlg
誰も見てない感じなので単なる疑問をコメント。

中国や北朝鮮など実在した人物個人が国の象徴として銅像があったり国家施設が
あったりしますが、なぜ日本は全国民共通で崇拝される人物(個人)が居ないの
でしょう。太古の昔から大和族・出雲族・ユダヤ(全てゾロアスター教)の3民
族による争いに終始していただけで、日本民族が崇拝すべき人物が居なかっただ
けですよね。軸がないまま今日まで来ている。
見せかけの民主主義など必要無くて、君主制であっても侵攻をせず防衛専門でも
国民は何が何でも守るという国政であれば何も問題ないのです。しかし日本の支
配者たちは日本民族ではない。奴隷国家を築いただけであり日本が滅びれば次な
る奴隷を開拓しなければならない。世界を支配する民族は資源の無い謀略で伸し
上がった民族ばかり。土地に根ざさなければ安堵に満ちた創造的な生活は成り立
たない気がする。日本支配層は土地が汚れ海が汚れようがお構いなし情けない。



13. 2015年7月17日 17:19:35 : BLqL2LUvlg
夕やみの せまる田に入り 稔りたる 稲の根本に 鎌をあてがふ

天皇陛下の御意志が、シオニスト出雲族カルトの殲滅であることを期待します。


14. 2015年12月09日 03:17:05 : Au2obXC1Mo : bG0JkfxZWiU[3]
逆族はどっちなんだよ。


ママのひとりごと


サン・ピエトロ大聖堂に奉納された英霊の位牌

2013-01-25 15:47:58
テーマ:日本
http://ameblo.jp/bhutan-love/entry-11443384283.html 全文転載


●靖国神社には英霊の遺骨や位牌もありません。

●品川寺(東京都品川区)の住職である、醍醐寺第百三世座主 仲田順和師が、いわゆるABC戦犯と言われる方々の名誉回復をバチカン市国に懇願し、快諾され、のちにサン・ピエトロ大聖堂に英霊の位牌が奉納されました。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE

<以下、「世界に開かれた昭和の戦争記念館」の第3巻より引用>


 ●ローマ法王庁・ヴァチカンには、昭和の殉難者1068柱の霊が祀られている。

 ●連合国の手で「戦犯」として裁かれたABC級すべての日本人「法務死」者の霊が、世界のキリスト教カトリックの総本山ヴァチカンに、他ならぬローマ法王によって祀られたのである。

 ●順和師は昭和五十(1975)年にヴァチカンを訪れた折に、かねてより心を痛めていた「戦犯とされた人々」の鎮魂と慰霊のために、宗教の違いを超えて願い出たのである。

 ●順和師の父であり先代座主でもあった順海大僧正は、学徒兵や殉難者の法要を欠かさず、「七戦犯の鐘」など慰霊の鐘も護持している。 その多くはキリスト教信者であった連合国側にとって、これほどの皮肉はない。皮肉というよりは、勝者の驕りに対する「神の戒め」であるとも言えよう。

 ●時のローマ法王・パウロ六世に、日本人殉難者のためにミサを、と訴えたのは仏教徒の仲田順和師であった。


 先代座主の遺志をついだ真言宗醍醐寺派別格本山品川寺(ほんせんじ)の仲田順和師の願いを、パウロ六世は快く承諾した。しかし、喜んで帰国した順和師にその後届けられたのは、法王の訃報であった。その後を襲ったパウロ一世も急逝し、異教徒の願いは空しく閉ざされたと思われた。

 その順和師のもとに、ヨハネ・パウロ二世から親書が届けられたのは五年後の昭和五十五年四月、内容は「五年前の約束を果たしたい」との思いもかけぬものであった。
 
 ●ローマ法王庁は、異教徒の願いを忘れてはいなかったのである。

 

▼1068の英霊の位牌が納められた五重塔

写真


● パウロ六世の真心に応えようと、帰国直後から作製を依頼していた五重塔に殉難者千六十八柱の位牌を納め、ヴァチカンに奉納されたのは、同年五月のことである。醍醐寺五重塔を精巧に模した塔は、「戦犯」慰霊に共鳴した栃木県大田原市の木工芸家星野皓穂氏が、三年の歳月をかけ無料奉仕で完成させたもの。

 五月二十一日には仲田・星野両氏も参列し、法王パウロ二世のもと昭和殉難者のための荘厳なミサがヴァチカンでとり行われた。

-------------------------

●英霊(=国を守るために散華された特別に優れた霊)の位牌は、サン・ピエトロ大聖堂に奉納されています。

●反日勢力が猛烈に批判をする靖国神社には英霊の遺骨や位牌もありません。

●靖国には、御祭神(英霊)の名前が書かれた霊璽簿(れいじぼ)はありますが、それも御祭神ではありません。御祭神は御剣と御鏡です。

●神道には教祖もいないし教義もありません。
こうしなければならないという信者の義務もなければ、タブーもありません。


●ちなみに、靖国参拝問題が急浮上したのは1986年。


 ↓↓↓↓
●朝日新聞が「我が国では侵略戦争を美化している、大問題だ」と書き立て、他国に対し日本を非難するように促したのが発端です。




15. 2015年12月28日 04:03:29 : gkJf6QVZYc : Q1bHYcwKd7A[6]
ひふみ塾

今上天皇の誕生日になぜA級戦犯が処刑されたのか?

2015-12-23 21:58:25
http://cache.azby.jp/webcache/?c=M8YPoKtmCmMJ&u=http%3A%2F%2Fameblo.jp%2Fhifumijuku%2Fentry-11967126424.html&p=A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF%E3%81%AF%E4%BB%8A%E4%B8%8A%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F%E6%97%A5%E3%81%AB%E7%B5%9E%E9%A6%96%E5%88%91%E3%81%AB%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F&tmpl=webcache_azby&fromp=select%3D41%26ss%3Dazby_top_tp%26cflg%3D%258C%259F%258D%25F5%26q%3DA%258b%2589%2590%25ed%2594%25c6%2582%25cd%258d%25a1%258f%25e3%2593V%258dc%2582%25cc%2592a%2590%25b6%2593%25fa%2582%25c9%258di%258e%25f1%258cY%2582%25c9%2582%25b3%2582%25ea%2582%25bd%26htmltype%3D2%26otype%3Dweb_azby_1

(どうやら皆さんに読まれたくない内容であるらしいので全文転載する)


昭和23年4月29日にA級戦犯28人が起訴され
昭和23年12月23日零時1分30秒、死刑執行開始……


昭和天皇の誕生日にA級戦犯28人が起訴され
明仁皇太子殿下の誕生日に、なぜA級戦犯7人は処刑されたのか?


子爵夫人による「ジミーの誕生日の件、心配です」とは何か


構想20年、猪瀬直樹氏による渾身の書き下ろし。謎めいた一文「ジミーの誕生日の件、心配です」と記された日記から、マッカーサーが天皇明仁に仕掛けた「死の暗号」を読み解いていく

「祖母の日記」に書かれた一文が気になる。

昭和23年12月7日の日付で止まっているその日記は、
「ジミーの誕生日の件、心配です」という文章で終わっている。

祖母は美貌と奔放さで社交界に知られた子爵夫人。送り主の女性の父親は、皇太子殿下のご学友だった。

じつは、ジミーとは皇太子殿下のことである。

ジミーという呼び名は、連合国軍による日本占領後、学習院に赴任したアメリカ人の英語教師エリザベス・バイニング夫人が、英語の授業をはじめるにあたり同級生の全員にニックネームをつけたとき、皇太子に「あなたはジミー」と言ったからだ。

「バイニング夫人が英語教師として赴任した際、皇太子明仁は学習院中等科の1年生、まだ12歳だった。日本語の太郎、次郎と同じで、アルファベット順にアダム、ビリー……、とニックネームをつけた。
『今日からジミー』と呼ばれた皇太子明仁は『ノー、アイアム・クラウンプリンス』と即座に答えた。

バイニング夫人は『そうです。あなたはプリンス・アキヒトです』と、同意して言った。

どんな反応をするかと注視しながら、決然と強い調子でつづけた。

同級生も、固唾をのんだ。

『それがあなたのほんとうの名前です。けれどもこのクラスでは英語の名前がつくことになっているのです。このクラスではあなたの名前はジミーです』と言い切り、皇太子明仁は照れながら微笑んだ。生徒たちも一瞬にしてほぐれた」
(『ジミーの誕生日』より)

◇A級戦犯の処刑が皇太子明仁の誕生日の真夜中に行われたのはなぜか

ジミーの誕生日は、A級戦犯が処刑された日だ。

皇太子殿下の15回目の誕生日である昭和23年12月23日、真夜中の巣鴨プリズンで、7人の男たちが絞首刑を執行された。

7人とは、
東條英機(大将、元首相)
土肥原賢二(大将)
松井石根(大将)
武藤章(中将)
板垣征四郎(大将)
広田弘毅(元首相)
木村兵太郎(大将)
である。

まず、東條、土肥原、武藤、松井の4人が零時1分30秒に処刑された。

残る3人も、零時20分に死刑執行された。

「時計の針は午後11時59分を指している。13階段の前に立った。日付が変わった。昭和23年12月23日午前零時、絞首台に昇る階段のいちばん下で手錠がはずされ、直立不動の姿勢で腕を脇につけたかたちで幅の広い革紐で縛られた。階段を昇って壇の上にあがった。4つの落とし戸の上にそれぞれが位置取りをしたところで、ひとりひとりの氏名の再確認が行われた。立会人は彼らを正面から見つめ、視線をそらしてはならない。それが仕事である。
零時1分。黒い頭巾が頭にかぶせられると足首が革紐で縛られ、首に縄がかけられた。死刑執行官が、死刑執行の準備完了、と報告した。あとは号令をかけるだけだ。
零時1分30秒。始め! 執行責任者の憲兵司令官が叫んだ。(略)
絞首刑の時刻が気になる。ストップウォッチを手に、タイムテーブルにのっとってなぜこれほど正確に、すなわち12月23日零時1分30秒に執行されねばならなかったのだろうか。念入りに予行演習をしなければできない作業である」
(『ジミーの誕生日』より)


注目すべきは、死刑執行の段取りが、1分30秒間で、時間ぴったりに行われていることだ。

これは事前に練習を繰り返して、狙ってやっているはずだ。

運行が時間通りで正確な日本の電車に対して、アメリカの電車は時間にいい加減だとされている。

しかし、A級戦犯の死刑執行という場面では、アメリカ人は工程表にのっとって日本人以上の正確さを発揮したのである。

時間の支配、時間を通した意思表示という点で、アメリカ人は日本人よりも徹底している。


◇昭和天皇の誕生日にA級戦犯を起訴、そして皇太子明仁の誕生日には……

平成になったとき、「これからは12月23日が天皇誕生日になる。23日は、A級戦犯が処刑された日だ」と思った。

偶然なのか、意図的に仕組まれたことなのか、考えてきた。

そして、解を見つけた。

証明できたと思っている。

昭和世代の習慣としては、天皇誕生日といえば4月29日である。

しかし、平成になって突然、歳暮のいそがしいときに祝日が出現してまごついた記憶が多くの人にあるのではないか。

天皇誕生日が12月に存在していることに、しばらく違和感があったはずだ。

結局、4月の天皇誕生日はみんなの習慣になっていたから、祝日として残された。

いまは「昭和の日」になっている。

その「昭和の日」は、昭和23年にA級戦犯28人が起訴された日である。

さらに5月3日の「憲法記念日」は、昭和22年に日本国憲法が施行された日であると同時に、昭和21年に東京裁判が開廷した日でもある。

これは単なる偶然の一致ではない。

昭和天皇誕生日にA級戦犯が起訴され、日本国憲法施行日に東京裁判が開廷、皇太子明仁の誕生日にA級戦犯が処刑されたという歴史的事実は、ひとつの暗号とみて戦後史を読み解くべきではないか。

ゴールデン・ウィークや天皇誕生日は、漠然と存在しているわけではない。

そこに意図的なメッセージを込めた人物が存在する。

「ジミーの誕生日の件、心配です」と日記に記した子爵夫人は、GHQ(連合国軍総司令部)のある人物と深い関係にあった。

12月23日という日付が果している役割は、GHQが天皇明仁に仕掛けた時限装置なのだ。

背景には、東京裁判において昭和天皇を起訴するかどうかという問題があった。

戦勝国の世論はヒトラーとヒロヒトの区別がつかない。

昭和天皇を起訴して裁判に処せよ、あるいは重要証人として出廷させよ、というものだった。しかし、マッカーサーは昭和天皇を不起訴にした。

そのうえで、マッカーサーは4月29日にA級戦犯の起訴を決めた。

これは、占領目的のために昭和天皇を裁くことはしないが、戦争責任はありますよ、という暗号でもあった。

さらに、いずれ占領を終えて去っていくマッカーサーは、東條らA級戦犯7人の処刑をあえて12月23日にすることで、将来、時限装置が作動するようにセットしておいた……

いまの日本には物語がないと言われるが、そんなことはない。

日本がなぜ戦争を始めたのか。

大きな物語を思い出すきっかけは、われわれの日常のなかに染み込んでいる。

これは絶対に偶然ではない。

天皇誕生日に「A級戦犯処刑記念日」とか言って、違う意味で祝日を祝う
非国民が今後現れないことを祈るばかりである。


幸食研究所 ひふみ塾
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