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「日本が侵略戦争したのではない:宋 文洲氏」
http://www.asyura2.com/15/senkyo191/msg/313.html
投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 8 月 24 日 02:00:05: igsppGRN/E9PQ
 

「日本が侵略戦争したのではない:宋 文洲氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/18158.html
2015/8/24 晴耕雨読


https://twitter.com/sohbunshu

>ジョージ 【新事実】「岸に関するCIA資料はまだ秘密指定を解除されていない。つまり岸とアメリカの関係はいまだに表に出せない内容が含まれている」安倍首相の「安保法制」妄執の背景に、敬愛する祖父岸信介がA級戦犯を逃れるため米国と交わした裏取引きが! http://t.co/nf6robM6l8

日本が侵略戦争したのではない。宋 文洲 http://t.co/yD1TVYAPOX

>ジョージ 【日本は未だアメリカに占領されており、官僚、自民党議員は米国奴隷だ。】山本太郎が安倍首相の「ネタ元」リポートを暴露! 安保法制はすべて米国のリクエストだったという証拠が http://t.co/SiIFx5LMMf

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http://t.co/yD1TVYAPOX
日本が侵略戦争したのではない

中国人に「日本は中国を侵略した」と面と向かって言われると私にも辛いものがあります。なぜならば戦前でも戦争したい日本人は滅多にいないことを知っているからです。妻の両親の二人の祖父は赤紙で呼ばれて戦争に行きました。どこでどう死んだかは未だに不詳です。徴兵に応じないと憲兵が来るし、当時の日本社会では生きていけないのです。

しかし、海外の人に「日本が侵略」と言われると、多くの日本人は辛いでしょう。戦争や侵略が嫌いな自分が「侵略した」と言われた気分になるからです。

では外国人、特に中国人が「日本が侵略戦争をした」と言う時は、どういう中身を意味するでしょうか。

中国人は小さい時から日中戦争は日本軍国主義によって起こされた侵略戦争で中国に甚大な被害をもたらしただけではなく、日本国民も被害者だと教えられてきました。これは日本への報復禁止を呼び掛ける当時の蒋介石政府の声明にも、毛沢東政府の日中国交回復の声明にも、はっきりと書いてあります。つまり、「日本の侵略」は「日本軍国主義の侵略」を意味するのです。

軍国主義による被害の数字に見解の相違があれば、日本政府は客観的に中国政府に指摘すればよいのですが、日本政治家が「虐殺がなかった」と言い出すと、「歴史否定」と思われてもおかしくないはずです。特に国会の場で「侵略戦争に定義がない」とか村山談話を見直すとか宣言する国の代表がいれば、外交の場で「講和の契約をちゃんと守ってくださいよ」と言われるのは当然です。

このことを極右の方々が中国の「反日教育」と言うのは見当違いです。中国には日本軍国主義に反対する教育があります。旧日本軍を悪く描く映画やドラマもあります。しかし、戦後の日本や日本国民のことを悪く描く教科書や映画や番組などを私は見たことがありません。日本のマスコミのほうが中国のマイナス情報に熱心です。

私の中国側の親戚や友人は、私の日本人親戚や友人に向かって「日本は中国を侵略した」と言いませんし、思い付かないのです。相手のことを信頼している上、国民が同じ戦争被害者である自覚を持っているからです。しかし、未だに戦争を起こしたい人が日本に居ることも事実です。

先日、フジテレビの「みんなのニュース」に出て「日本はまた戦争するか」という討論に参加しました。100歳のむのさんの「当時殆どの国民は戦争を心配し、行きたくなかった。今のように思ったことが言えないからどんどん戦争にはまっていった」との回想に触発されて、私は以下の発言をしました。

「日本がまた戦争するかとの問い方に違和感を覚える。戦争したい国などない。しかし、戦争したい人は未だにいる。石原先生はカメラの前で『今の野望はシナと戦争して勝つことだ』と言いました。」

その場に居た石原慎太郎さんはさすが自分の前言を否定できず、苦笑いしながら「私は何も中国と事を構えるつもりは・・・しかし、尖閣はどう思うか」と話を逸らそうとしました。

私は「戦争を起こす人は戦争に行かない。自分の子供も行かない。石原先生はこの御年だから戦争に行く訳がない。戦争を起こしておしまい。」と言った時、むのさんが石原さんに向かって大声で言いました。

「そうだそうだ。石原、戦争に行って来い、行って来い。」

そうなんです。戦争をしたいのは国家ではなく人間です。戦争を避ける一番の方法は戦争したい人同士が戦争に行けばよいのです。戦争したくない人を巻き込まないでほしいのです。そして戦争したくない人の名誉も汚さないでほしいのです。

 

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コメント
 
1. 2015年8月24日 03:02:12 : KzvqvqZdMU
「人民外交」とは何か?

つまり、日本人民は悪くなかった、悪いのは日本の軍国主義者だというものだ。

これは、中国の日本分断戦略だってことを知らねばならん。

  日本人民を立ち上がらせて、人民革命を起こす。

という戦略だ。毛沢東時代からの中国の対日戦略だ。

この日本人民革命戦略に、ぢつわ日本共産党ものっておるのだ。

  先の大戦は、日本国民も政府も軍隊も、一丸となって戦ったものである。
  この事実を中国も日本共産党も認めたがらない。



[32削除理由]:削除人:アラシ

2. 2015年8月24日 03:37:51 : w3M1BHSquE
つまりこのタイトルは、「軍国体制が侵略戦争をしたのであって 日本国民がしたのではない」 と言う意味ですか

なんか一瞬 ウヨ連中の 大喜びしそうなタイトル だと思いましたが 釣りタイトルでしたか^^;

言ってる事は 判らないでもありませんが やはりあの戦争は侵略戦争であり 国民すべてに責任が有ります
もちろん、実行犯は 軍部で間違い有りませんが、共犯者は マスコミです、そして黒幕は財閥だったと
一般的には言われておりますが、それだけではない 一般国民も黒幕のうちの一人です

なぜなら、中国大陸への本格的侵略となったのは満州事変からでありますが
この満州事変のキッカケとなった 「柳条湖事件」 は、関東軍による自作自演であった訳ですが
新聞マスコミの人間達は この当時から、関東軍上層部の将校から直接聞かされ それを知っていたのです

自作自演のテロから始まった と言う事実を、知っていながら紙面では 張学良以下中国の軍閥の仕業だと
明かな嘘の報道をしたのです 国民を欺いたのです 日本軍の行動を大いに励賛したのです
ある意味、軍部とマスコミは 癒着結託して国民を騙したとも言えますが

だがこれは、軍国励賛の勇ましい記事を 書けば書くほど新聞の売り上げが伸びたという事実を無視できません
満州事変の始まった昭和6年は、軍部の圧力もあったにせよ、まだまだ自由な報道が出来る時期でした
新聞報道が 完全に統制され 自由な報道が出来なくなったのは 昭和15年の大政翼賛会設立からです

【つまり、軍国励賛の勇ましい イケイケ記事を、欲したのは 国民自身であったと言う事】

日本国民にだって 大いに責任は あるのです。


3. 2015年8月24日 04:14:23 : b5JdkWvGxs

昭和天皇が戦争狂になった訳
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/321.html

4. 2015年8月24日 06:54:11 : 9z779rD8fw
>>100歳のむのさんの「当時殆どの国民は戦争を心配し、行きたくなかった。今のように思ったことが言えないからどんどん戦争にはまっていった」との回想に触発されて、私は以下の発言をしました。
>>。ヨ日本がまた戦争するかとの問い方に違和感を覚える。戦争したい国などない。しかし、戦争したい人は未だにいる。石原先生はカメラの前で『今の野望はシナと戦争して勝つことだ』と言いました。」
私は「戦争を起こす人は戦争に行かない。自分の子供も行かない。石原先生はこの御年だから戦争に行く訳がない。戦争を起こしておしまい。」と言った時、
>>むのさんが石原さんに向かって大声で言いました。
「そうだそうだ。石原、戦争に行って来い、行って来い。」

そうなんです。戦争をしたいのは国家ではなく人間です。戦争を避ける一番の方法は戦争したい人同士が戦争に行けばよいのです。戦争したくない人を巻き込まないでほしいのです。そして戦争したくない人の名誉も汚さないでほしいのです。

武藤や狆想の無恥 日本会議4153には
100才のむのさんの
この言葉をよく噛みしめてほしい


5. 2015年8月24日 07:25:25 : qKZWkadIbs
治安維持法だ特高だ何だの印象が強いせいか、日本が最初っから北朝鮮みたいに言いたいことを言えないガチガチに監視されまくった窮屈な国だったと思ってる人もいるみたいだけど、
戦前だって男には選挙権があった。

メディアが大本営発表ばっかりで勇ましいこと言いまくりで国民を騙した、扇動した、って言うけど、
勇ましいこと言わない、平和を訴えた出版社は、治安維持法で国家権力つぶされなくたって、
不買運動で経済的に立ちゆかなかったらしい。


6. 2015年8月24日 07:57:07 : N4qwxcBMP6
侵略の定義は定かではないが、軍隊が他国に侵入すれば侵略と見做されると思う。
その為、傀儡政権の要請という詭弁を口実に軍隊が入っていく。

但し、明治維新にしても欧米の応援無くしては出来ず、欧米の軍隊は日本に入っていなくても武器と資金は供与されていたので、これも侵略の一つの形態かなとも思う。

欧米が天皇制が大好きで応援したわけがない。

米国は白人が北米大陸を奪い取った最大の侵略国なんだから、白人種は過去を掘り返すことを望んでないでしょうね。


7. 無段活用 2015年8月24日 10:43:06 : 2iUYbJALJ4TtU : Z8jrj6SBCI
ただ、それを言い出すと戦争の反省ができなくなる。

なぜなら、形の上では天皇主権だったが、内地居住の男子限定とは言え、当時の日本
国民は1人1票をきちんと持っていたわけだから、世論で軍の暴走を抑え海外への膨張
を止めなければならなかった。

衆議院議員が数百人いて、粛軍演説をしたのがたったの1人。生命のリスクはあった
としても、少なくとも衆議院が総意として軍を抑える意思を鮮明にしていれば状況は
違った。そして、その議会を国民が支える必要があった。なぜなら、日本には民主主義
が確かに存在していたのだから。

むしろ、国民の趨勢は戦争支持だったわけだから、やはり国民が間違っていたのだ。


8. 2015年8月24日 13:25:31 : w3M1BHSquE
名著として名高い 「戦艦大和の最後」 の著者 吉田満氏が、その著書の中で 自らの戦争責任について述べている
=====================

一兵士の責任

戦争責任という言い方は、複雑な豊富な内容を含んでいる。
戦争行為全体が“平和”に対して持っている基本的な責任もあれば、戦争を直接引き起こした
ある特定の個人が負うべき責任もあり、また 戦争に便乗して行われた残虐行為などに対する責任もある。

このように多面的な“戦争責任”のすべてを、私はここで論じようと言うのではない。
(中略)
私はその手始めに、戦闘経験の記録をまとめることにした。戦後の立場に立つ反省や批判をしいて避けて
明白な事実だけを正確に残そうと心掛けた。
(中略)
発見した第一の事実は、戦争一般について、また得に今度の戦争の意味について、私が強い疑念をもっていた
にもかかわらず、同時に召集令状に対しては、これを受け入れることが国民としての最低限の義務であると考え
徴兵を拒否する事により戦争を絶対的に否定するという道をとらなかった事である。
戦争を好む立場からは 最も遠い地点にいたのに、それに押し流される以外に道が無いと観念することが
私には自然であると思えたのだ

第二は、軍隊生活の中で、私が意識的にサボろうとする態度を取らなかったことである
(中略) つまり、平和の日が一日も早くくることを切望する気持ちと、戦争稼業に対する忠実さとが
私の中に両立しえたのだ

(中略)

ここで私は、こう断ぜざるをえない
 召集令状が付き付けられる局面までくれば、すでに尋常の対抗手段は無い、そこへ来る前に、遅くとも戦争への準備過程においてこれを阻止するのでなければ、組織的な抵抗は不可能となる。目に見えない“戦争への傾斜”の大勢を どうして防ぐかに全てがかかっている。

====================

以上、吉田氏の 戦争責任についての部分を抜き出したが
前置きしておくが、吉田満氏は 学徒出陣で強制的に召集された、将校として最低ランクの少尉に過ぎず
この程度で、戦争責任を追及される立場には無い事ぐらい おおかたの人は理解出来るはずである

にも関わらず、軍上層部や国家体制への恨みつらみは一切言わず、「戦争からの逃避」「政治への無関心」など
自らの戦争責任を まず論じるその姿勢は 右とか左とかの思想の垣根を越え 絶賛される理由であろう。

【政治に無関心だった人間にも責任が有る】 この 吉田氏の 自らも含む戦争責任論を
ぜひ一読して貰いたいものです。


9. 2015年8月24日 13:30:26 : VLeSe71maI

>>2

そう思ってるお前が率先して謝罪して私財で賠償すれば良いだけ

否定視している日本人まで巻き込む権利はお前にない

[12削除理由]:管理人:関係が薄い長文

10. 2015年8月25日 10:42:12 : 94cf2nbD0Y
マスコミ、官僚、政治家によるファシズムへの暴走・・・ 斉藤隆夫除名事件に学ぶべし より抜粋

1940年
大東亜戦争直前、縮軍演説を国会で行った政治家斉藤隆夫は除名された、
すなわち、国会議員、与野党ともに、軍部追従、マスコミも同様
日本の空気が戦争突入モ−ドになっておったようなのです。

大きな流れに逆らえなかった、つまりは戦争への大きな流れが日本全体にできてい
た ようである。

「(斉藤隆夫 議員は)1938年国家総動員法に関する質問などを行い、そして1940年2月2日、歴史に残る「支那事変処理中心とした質問演説」(反軍演説)を行った。演説は途中ヤジでかき消されることもあったが、演説の最後は議場内に沸き起こる拍手と共に締めくくられた。ところが、政友会、社会大衆党や軍部に迎合する政治家たちによってこの演説が問題化され、演説から1ヵ月後斉藤は帝国議会を除名される。この時除名に反対したのは芦田均などわずか7名であった。近衛文麿による新体制運動の延長で全ての政党は解消し、同年10月大政翼賛会が結成される。1932年の5・15事件で政党内閣は終焉し、この大政翼賛会の結成をもって政党そのものが終焉したのである。(なお斉藤は太平洋戦争が始まった翌年の1942年の総選挙に翼賛協非推薦で当選し議会に復帰している)

「言論の圧迫に遭うて、国民的意思、国民的感情をも披瀝することができない」

「国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば、これは現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない」

斉藤は反軍演説でこう訴えた。しかし、軍部ファシズムに迎合した政治家たちは斉藤を除名することでさらに言論を圧迫することに加担し、自ら政党政治そのものを終焉させ、議会政治を自滅させたのである。この斉藤の除名は日本の議会政治史上最大級の汚点となった。」



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