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不安倍増、ご都合主義の安倍政権を早く倒そう+民主主義が問われた1年を振り返る(日本がアブナイ!)
http://www.asyura2.com/15/senkyo198/msg/851.html
投稿者 笑坊 日時 2015 年 12 月 31 日 08:11:22: EaaOcpw/cGfrA
 

http://mewrun7.exblog.jp/24008390/
2015年 12月 31日

 ちょっと古い話で恐縮なのだけど。何かいかにもご都合主義のブリンカー安倍を象徴するような話なので、書いておこうかなと。

 今月15日、1年間の世相を漢字1字で表す「今年の漢字」が「安」に決まった。(・・)
(ちなみに2位は「爆」、3位は「戦」だったです。)

『大きく文字を揮毫(きごう)した清水寺の森清範貫主(もりせいはん・かんじゅ)は、次のように話した。

「安という字は、家の中で女性がくつろぐということからできている字です。しかし、今回『安』が選ばれたのは、『不安』の安ではないかと思います。安保法制がこれでいいのかという不安。社会的にも不安がございます。自然災害も不安です。外国に行くと、難民・戦争・テロといった命への不安があります。安という字を選ばれた背景には、『来年こそは安心した安全なる社会を作っていこう』という思いからではないかと思いました。その願いをこめてこの字を描かせてもらいました」(The Huffington Post 15年12月15日)』

『応募者からは「安」を選んだ理由について、「日米安保の一大転換やテロの多発、今年ほど安全安心について考えた年はない」「安保法案の国会通過と建築分野の偽装。安全性への不安を感じた」「天気も不安定で安心と不安が交錯した年だった」「安心してください、はいていますよ。で『安』をよく目にした」「安倍首相、安全保障問題、中国発の株安」などの意見が寄せられた。(リセマム15年12月15日)』(あといつも明るい安村の「安心して下さい」も流行したしね。

* * * * *

 ところが、安倍首相はと言えば、森貫主や応募者の多くが「不安」が理由だと言っているにもかかわらず、自分にとって都合の悪い話は目耳にはいらないようで。うれしそうな顔して、こんなコメントをクチにしていたのであった。(>_<)

『(今年の漢字が「安」に決まったことを問われ)今年1年間、テロや災害が続き、国民の皆さんの安全や安心を願う気持ちが強かったことが、選ばれた理由ではないのかなと思う。政治の責任としては、国民の安全をしっかりと守り抜いていくということだと思う。私にとっても(今年の漢字は)「安」だ。「安」を倍増すると「安倍」になる。(首相官邸で記者団に)』

 そして、その映像を見ながら、(都合の悪いものは目耳にはいらないようにブリンカーやメンコをつけて)、自分のいいようにしか物事が見られない無能な首相の下では、日本はどんどんダメな&アブナイ国なってしまうと。不安が何倍増にもなるだけなので、やっぱ1日も早く安倍政権を終わらせなくちゃだわと、改めて誓ったmewなのだった。(@@)

* * * * * 

 でもって、例年、大晦日には、その1年の総まとめみたいな記事を書いているのだけど。<mew的には、安保法案を強行成立されて、ただただ悔しい1年だったんだけどね。>

 残念ながら、今年はブログにかける時間がとれず。<今日から義弟も来るし。実家などと行き来もするので、年末年始はずっと時間がないかも。(~_~;)>

 代わりに、政治学者の内山融氏(東京大学教授)の『「民主主義」が問われた一年 2015年の日本政治を振り返る』をアップしたいと思う。(・・)

 安倍官邸は、選挙で勝ったのをいいことに、主権者たる国民からの反対が多い安保法制や諸政策を、独断的にどんどん進めて行っているわけで。
 日本の政治家も国民も、いったい「民主主義」とは何なのか、どうあるべきなのか、もう一度、よ〜く考える必要があると思うからだ。(・・)

 そして、今年も一年、有難うございました。皆様には、どうかよいお年を。m(__)m

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

『「民主主義」が問われた一年 2015年の日本政治を振り返る
THE PAGE 12月29日(火)

 今年9月の集団的自衛権の行使を容認する安全保障関連法の成立は、戦後日本の安全保障政策の大転換と評されました。同じ9月には安倍晋三首相の自民党総裁への三選が無投票で決まりました。師走に入ってからは、普天間基地の辺野古移設をめぐって、政府と沖縄県が訴訟合戦を繰り広げています。この一連のニュースの通底には、ある一つのキーワードがあるようです。政治学者の内山融・東京大学教授に2015年の日本政治を振り返ってもらいました。

☆ 世論を二分した安保関連法成立

 2015年の日本政治においてもっとも関心を集めたテーマは、9月に成立した安全保障法制であろう。この問題をきっかけとして、「民主主義とは何か」があらためて問われることになった一年だったといえよう。

 2015年9月19日未明、参議院本会議で安全保障関連法案が可決・成立した。他国軍への後方支援の拡大や、国連平和維持活動(PKO)の任務拡大など多岐にわたる内容であったが、もっとも議論を呼んだのは、集団的自衛権の行使を可能とする点であった。

 自国が直接攻撃を受けていなくても同盟国などが攻撃された場合に行使される集団的自衛権は、これまで、日本国憲法により行使が禁じられているとされていた。しかし安倍政権は、国際環境の変化によって、集団的自衛権なしでは日本の安全は守れなくなったとして、2014年7月に集団的自衛権行使を容認する憲法解釈の変更を閣議決定した。

 これを受けて今回の法制化が進められたわけだが、集団的自衛権に対する世論の反発は強かった。2015年6月の衆議院憲法調査会で長谷部恭男早大教授ら3名の参考人すべてが安保法制は違憲であると発言したこともあり、安保法制への反対論は強まっていった。実際、各社で行われた世論調査の結果の多くは、回答者の過半数が安保法制に反対していることを示していた。参院での可決直前にも、数万人といわれるデモが国会を取り巻いていた。

 こうした事態を受け、世論の反対にもかかわらず安保法制が強行されたことは民主主義をないがしろにするものだ、との批判が、言論人や各種団体などから湧き起こった。民主主義に関する多くの論考や書籍が発表されるなど、活発な議論がなされるようになった。

☆ 「民意」か「民主的手続き」か

 ここで、民主主義論の観点から、今回の安保法制の問題を考えてみたい。この問題については、大まかにいうと二つの立場が対立している。

 第一に、政権が「民意」と隔たっている政策を強行するのは民主的でなく、大きな問題だ、とする立場がある。この立場からすれば、安保法制をめぐる安倍政権の手法は強く批判される。

 第二に、正当に成立した政権が決定し、国会での多数が賛成した政策であれば、民主的な手続に則ったものであり問題がない、という立場もある。この立場からすれば、野党や国会外のデモがいかに反対を強く叫ぼうとも、安保法制は国会により正当に可決されたものであり、民主主義の結果にほかならないということになる(厳密に言うと、民主主義の問題とは別に立憲主義の問題も関係するのだが、紙数の都合でここでは割愛したい)。

 この二つの立場は、どちらかが完全に正しくどちらかが完全に誤っているというものではない。両者の立場とも、政治学における民主主義論の系譜に深く根ざしているものである。

 簡単に言うと、民意を重視する第一の立場は、古くは直接民主政を主張した18世紀の思想家ルソーにさかのぼるし、熟議民主主義を唱えるハーバーマス(政治哲学者、1929〜)もこの立場に位置づけられよう。一方、国民の代表たる政治家の役割を重視する第二の立場は、「民主主義とは政治家の競争的闘争である」と喝破したシュンペーター(経済学者、1883〜1950)に連なるものである。政治家が主導して決定を行うことが民主主義をうまく動作させる鍵であるとの考えは、彼以降の政治学において影響力を持ってきた。

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

 あえて単純化すれば、第一の立場は「下から目線の民主主義観」、第二の立場は「上から目線の民主主義観」ということになろう。繰り返すが、この両者の立場はどちらも相応の根拠を持つものであり、白黒をはっきり付けられるものではない。

 安保法制と民主主義をめぐる議論は基本的にはこの二つの立場からなされたものであったが、異なった立場からの議論が活発になされること自体は民主主義にとって健全なことである。ただ、残念なのは、この二つの立場からの議論が、あまりかみ合わずに、すれ違うことが多かったように思えたことである。

 民主主義についてどのような立場をとるかは、その人の政治的な価値観と深く関わるものなので、立場の違いは容易に解消できるものではない。しかし、少なくとも対話が成り立つようにしないと、建設的な議論は生まれない。今後は、「下」と「上」、両方からの目線が一つの焦点を結べるような民主主義論が求められているのではないだろうか。

☆ 安倍首相が自民党総裁に無投票3選

 さて、安保法制以外にも、2015年には、民主主義をめぐるさまざまな論点を照らし出す出来事が続いた。

 9月8日には、自民党総裁選で安倍首相が無投票で再選された。野田聖子氏が出馬を模索していたが、推薦人が集められずに断念した結果である。アベノミクスを成功させ、さまざまな政策課題を処理していくには、党内で争っている余裕はないとの意見も強かった。しかし、ここに潜む「競争の不在」の問題にも目を向けるべきである。

 民主政治がうまく機能するためには、政治家や政党の間で活発な競争がなされ、有権者に有効な選択肢が提示されていることが重要である。55年体制と呼ばれる自民党長期政権時代には、政党間の政権交代こそなかったものの、派閥の間で活発な競争がなされることにより、擬似的な政権交代が実現していた。

 しかしいまや派閥の力は衰退し、首相一強といわれる体制となっている。安定的に政策を実行する上では首相一強は好都合であるが、人々の多様な意見をくみ上げて政策に反映させたり、後継者を育てて政党の活力を維持したりする上で、党内での競争が果たす役割は無視できない(特に、下記のように政党間の競争が活発でないならば、せめて政党内での競争が活発であるべきだろう)。

 野党の動向についても同様のことがいえる。11月に、与党との距離感の違いなどにより維新の党から分裂した「おおさか維新の会」が設立され、野党陣営はさらに断片化することとなった。強い与党に対して野党陣営が分裂している状態は、市場における独占企業の存在と同様に、ある種の「不完全競争」だといえる。政治という市場に健全な競争が取り戻せるかどうか、野党再編・野党間協力の行方が注目される。

☆ 辺野古移設で政府と沖縄県が訴訟合戦

 12月には、米軍普天間基地の辺野古への移設問題をめぐって、国と沖縄県が訴訟合戦を繰り広げるという事態になった。ここにも民主主義の抱える難題があらわれている。

 民主主義はしばしば多数決と同一視されるが、単純な多数決では少数派の利益が損なわれてしまう。実は、世界の民主主義には、多数決を重視するタイプと、少数派を含めた合意形成を重視するタイプの二つがある。前者の典型は英国であるが、同国が民主主義のモデルであるかのように見られてきたため、民主主義と多数決が同一視される傾向が生まれた。しかし、スイスなど大陸ヨーロッパ諸国では、後者のような合意重視型の政治運営が見られる。合意形成もまた、民主主義の大事な要素なのである。

 多数派と少数派が反発しあったままでは、問題の最終的な解決は望めない。多数派と少数派の間をどのように調整し、合意を形成していくか、民主主義の真価が問われている。まずは、当事者双方が、互いの立場を理解するよう努めると同時に、自己の立場も柔軟に考え直していく態度で、丹念な対話(熟議)を積み重ねていくしかないのではないか。

■内山融(うちやま・ゆう) 東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は日本政治・比較政治。著書に、『小泉政権』(中公新書)、『現代日本の国家と市場』(東京大学出版会)など』

 THANKS

 

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コメント
 
1. 2015年12月31日 10:55:51 : DBQjyERZow : FYo80QKDqPE[10]
議会制民主主義を論じるときに選挙制度や一票の重みを含めないでは片手落ち。正当な政府は、これらにおいて適切な運営のもとに始めて正当足りうる。

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