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 ロシアに棄てられ、瀕死の沿ドニエストル 
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投稿者 rei 日時 2015 年 7 月 03 日 10:40:37: tW6yLih8JvEfw
 

ロシアに棄てられ、瀕死の沿ドニエストル

かつての西ベルリンを彷彿させる"経済封鎖"に直面

2015.7.2(木) 藤森 信吉
チラスポリ中心部の旧赤軍戦車、後方にレーニン像が見える

 モルドバとウクライナに挟まれた内陸の非承認国家、沿ドニエストルの経済崩壊が止まらない。

 前回「ロシア危機で真っ先に沈没する沿ドニエストル」でウクライナ危機後から深刻な状態に陥った沿ドニエストル経済についてお伝えしたが、同国政府が発表した2015年1-5月統計によると、事態はさらに悪化の一途をたどっているようである。

 歳入はマイナス23%(前年同期比)、工業生産はマイナス14%(特にこれまで主要輸出品であった鉄鋼生産はマイナス36%)、貿易は輸出マイナス23%、輸入マイナス24.7%を記録するなど危機的状況と言ってもいい。

 ウクライナ側が平和維持部隊の移動を制限し、ウクライナ・オデッサ州知事に就任したミハイル・サーカシビリ前ジョージア大統領が沿ドニエストルの密輸撲滅を宣言するなか、沿ドニエストル外務省は、経済危機は「経済封鎖」によるものとして対抗措置を示唆するなど、沿ドニエストルをめぐる緊張が高まっている。

「封鎖」か「貿易体制の厳格化」か

 沿ドニエストル政府は、「自国の貿易がモルドバやウクライナによって制限されている」として経済封鎖(blockade)という用語を用いている。

 ロシア政府やロシアのメディアも「封鎖」を多用し、モルドバ、ウクライナを批判するが、注意する必要がある。

 そもそも、沿ドニエストルは、国際社会から国家承認されていない非承認国家(ロシアすら承認していない)だから、国際貿易上はモルドバ側の手続きに沿わなければならない。世界貿易機関(WTO)体制下、沿ドニエストルが、モルドバに拠らず自由に貿易できる権利はない。

 1990年代、沿ドニエスルはモルドバとの停戦成立後、モルドバ首脳部との密約により、モルドバ政府に拘束されず自由に国際貿易をする権利を有していた。

 貿易ルートは、モルドバ側がコントロールできない北部国境、すなわち沿ドニエストル・ウクライナ国境経由であった。今日の沿ドニエストル政府の立脚点はこの時代にあり、これから逸れると「封鎖」と表現される。

 しかし、モルドバがWTOに加盟、さらには欧州連合(EU)との連合協定に調印すると、沿ドニエストル経由の貿易が問題となる。

 モルドバ・沿ドニエストル間のモノの移動は自由であるため、沿ドニエストル経由で、モルドバが統御できない輸出入が行われてしまうことになる。EUの強い指導の下、ウクライナ国境を介して行われてきた沿ドニエストルの輸出入が是正されていく。

 ウクライナ当局は、モルドバ通関の手続きを得ていない沿ドニエストル製品の輸出をストップし、また輸入に関しても段階的にモルドバ通関経由としていった。

ニーナ・シタンスキ・沿ドニエストル外相(政府のサイトより)

 特に沿ドニエストル政府の財政に影響を与えたのは、タバコ、アルコール飲料といった物品税対象製品の輸入をモルドバ経由にされたことである。

 結果、沿ドニエストル政府は、物品税の財源をモルドバ側に奪われることになった。もっとも、ダハコやアルコールの輸入は、沿ドニエストルの国庫だけでなく、一部政治家の懐にも入っていたと思われる。

 しばしば、沿ドニエストル通関統計は、ウクライナ国境経由で大量のタバコ輸入が記録されおり、その量は公称人口50万の住民が消費し切れないほどであった。実際はほとんどが沿ドニエストル市場に流通せず第三国の市場に紛れ込んでしまったものと考えられる。

 こうしたタバコやアルコールの輸入を沿ドニエストルから奪うことは、密輸対策の意味もある。サーカシビリ氏がオデッサ州知事に就任早々に宣言した密輸潰しは、オデッサ州・沿ドニエストル間のこうした密輸スキームを指している。

「経済封鎖」当事国のロシア

 最近になってロシアのテレビ各局は、沿ドニエストル特集を組み、仇敵サーカシビリ氏とモルドバ政府との非人道的な経済政策によって同地域のロシア語話者、ロシア国籍保有者が経済的苦境に陥っているとの批判を展開し始めている。

 ロシア政府も、「経済封鎖」が正常な社会経済生活を損なうとして、モルドバ、ウクライナ政府に懸念を表明している。しかし、ロシア政府ができることは限られている。

 前述のようにモルドバやウクライナの措置は、国際貿易のルールに沿ったものであるからだ。これまで例外的に分離地域に与えてきた貿易の権利を、主権国家が取り戻しただけである。

 そもそもロシアは沿ドニエストルを国家承認していないため、沿ドニエストル側が主張するような主権独立国家並の権利を擁護することはできない。

 「封鎖」により生活必需品が不足していると報道されるが、モルドバ経由でいくらでも入れることができる。輸出もモルドバ側の通関手続きに準拠すればよい。

 ただし、かつてに比べると手続き・輸送ルートが煩雑になり、コストもかさむことになる。実際のところ、輸出の低迷は、「封鎖」によるものではなく、沿ドニエストル側が輸出先や輸出製品を多元化してこなかったため、変化に対応できないことが大きい。輸入低迷は、同国経済の購買力低下が原因である。

 ロシア自身、実は「封鎖」当事国でもある。ロシアのモルドバへの制裁は、その法的領域である沿ドニエストルにも影響してくることになる。

沿ドニエストルの輸出相手国構成比(%)(出所)沿ドニエストル経済発展省

 ロシア政府はモルドバ農産品に対する禁輸を継続しているが、その結果、沿ドニエストル産農産品はロシアへ輸出できない。

 これにより、沿ドニエストルの全輸出額の10%を占める農産品は大打撃を受けている。

 仮にロシア政府が、モルドバ国民のロシアへの出稼ぎ労働者を制限しようとすると、沿ドニエストルに住む多くのモルドバ旅券保有者も対象となってしまう。

 また、ロシアの需要減退や輸入代替政策により、沿ドニエストル製品の対ロ輸出が悪影響を受けていることも指摘できる。

 沿ドニエストル輸出に占めるロシアの割合は、ウクライナ危機前の20%から9%(1-5月統計)まで低下している。

「西ベルリン」化する沿ドニエストル

 経済危機を前にして、沿ドニエストル政府は、ロシア市場を失って操業停止に陥った企業の国家管理に乗り出し、いわゆる「市場経済改革」とは真逆の方向へ走っている。従業員のリストラはされず、公共料金も据え置かれている。

 一方で、対外的には、モルドバとの対抗姿勢を見せており、6月には、沿ドニエストル外相がモルドバ政府との交流停止や通過の制限、域内モルドバ資本の凍結やビザ導入などを示唆して、モルドバ側を驚かせた。

 周辺との協調・裏取引で貿易ルートを確保が、内陸国沿ドニエストル経済の生命線であったことを考えると、にわかに信じがたい発言である。

 モルドバ、ウクライナがEUとの連合協定に調印した今日、沿ドニエストルの輸出に占めるEU自由貿易圏のシェアはロシアを圧倒している。モルドバ当局に迎合し、対EU貿易に舵を切ることが経済的に正しいのだが、最大のドナー国ロシアとのつながりが大前提である限り、このような政策転換は難しい。

 改めてロシアの沿ドニエストル政策を振り返ると、一連の政策との連関が全く取れておらず、場当たり的で著しく優先度が低いことに気づく。

 クリミア併合、ドンバス侵攻でロシア・ウクライナ関係が悪化すれば、ウクライナが沿ドニエストルの平和維持軍(=ロシア軍)の移動に制限をかけることは当然予測できる。輸入代替やモルドバ禁輸を発動すれば、沿ドニエストルの輸出が打撃を受けることも明白だ。

議会・政府庁舎の前に建つレーニン像

 そもそもウクライナ東部ドンバスと異なり、ロシアが陸伝いに人道援助や軍事力を送り込むことはできない。

 ウクライナ東・南部全域に親ロ的な国家、いわゆる「ノヴォロシア連邦」が創設され、沿ドニエストルと陸続きになることを前提としていたのだろうか。しかし、そのような巨大なノヴォロシアを維持するための経済的負担をロシア政府が真剣に計算していたとは思えない。

 陸の孤島と化した今日の沿ドニエストルを、冷戦時代の西ベルリンに喩える者もいる。

 しかし、西ベルリンは沿ドニエストルに欠けている空港を有しており、また当時の西側諸国には封鎖をものともせずに西ベルリンを支える意志と実行力があった。

 ロゴージン・ロシア副首相は「ロシアは沿ドニエストルを見捨てない」と述べているが、沿ドニエストル経済を救う具体的な政策は見えてこない。

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