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記紀神話で遊ぼ・・7回目の終了です(その6の22)・「倭人のルーツは揚子江だ」
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/381.html
投稿者 どう思われますか 日時 2018 年 4 月 16 日 11:51:37: Qy4l4lPG05pBg gseCpI52gu2C6oLcgreCqQ
 

★ あらかじめ御断わりしておきますが、私の投稿文は記紀神話をベースにした発想から「とんでも論」を展開していますので、『おかしいのでは』と思われても、『そこは記紀神話の事ですから』ということで御理解ください。

★ また、私の投稿は、記紀神話を学術的に研究するためではなく、記紀神話の二重性とか多重性とか二元論的な反面性などを指摘して、掲示板でオカルト・スピリチュアル的な「お花畑」として遊ぶ事を目的としています。


@ ところで、「倭人のルーツは揚子江だ」に、ご興味をお持ちでしょうか。記紀神話の最大の主役であるスサノオの活躍の前に、スサノオの出自というか、アマテラスの出自というか、日本人の出自の源流を考えてみたいと思います。

A 日本人とは、何者だ。

 日本人は、複合型の人種・民族ではないかと想像しますが、同じ日本人でも顔の形が、地域によって違うように見えます。

 太古の昔の日本列島は、ユーラシア大陸の一部で有ったものが、地球の造山活動で大陸から分離し、紆余曲折を重ねながら、今日の日本列島を形成したと云われています。

  (★ 本当は、今の「第7次太陽系次元」は、6,500年前から始まったものであり、それ以前の歴史は「ロケーション」として設置されたに過ぎず、「放射性同位元素か放射性炭素か知りませんが、測定したら、そういう数値が出るように、あらかじめ設定されているという「トンデモ説」が有るようです。どうなんでしょうか)。

 そういうことで、太古の昔に、シベリア方面から「北方民族」が渡来し、南方の「スンダ大陸」から「南方民族」が渡来しました。また、古代の中国からは苗族(伏羲・女媧の系統)、共工(三苗の系統)、黄帝(公孫氏か姫氏のルーツ)などの諸民族が日本に来たとの説も有るようです。

 結局、日本人は、ルーツが正確には分からない、多層・複合型の民族のように思います。


B 呉・越・楚系倭人の発生。

 紀元前473年、(揚子江の河口部を拠点としたところの)周王朝と同族で「姫」姓を持つ「呉王国」が、揚子江の南方の「越王国」に滅ぼされて、遺族・遺民が、北方に逃げて倭人と呼ばれるように成りました(呉系倭人の発生)。

 その後、呉を滅ぼした越が、紀元前306年に、揚子江の上流部を拠点としていた「楚王国」に滅ぼされて、遺族・遺民の一部が、北方に逃げて倭人と呼ばれるように成りました(越系倭人の発生)。

 その後、越を滅ぼした楚王国も、紀元前223年に、秦の始皇帝によって滅ぼされて、一部が「万里の長城」の建設のために、旧満州方面に連行されましたが、秦王朝が滅亡し、劉邦と項羽による「いわゆる漢楚の攻防戦」の動乱によって、本国に帰られず、仕方が無いので東方の朝鮮に行って、馬韓王から、半島の東側の辰韓に移住するように勧められて、土着しました。(楚系倭人の発生)。

  (「魏志」には、『辰韓人は、秦の労役を逃れて馬韓に入ったときに、馬韓が東の土地を割き与えた』と見えますが、この「秦人」は、辰韓に移住した「楚系倭人」のことだと思います)。


C 呉・越・楚系倭人は、本当に、日本や朝鮮に来たのか。

ア) 邪馬台国は、呉の末裔だった。

 魏略の「倭人伝」では、『みずから(呉の)太伯の後と言う』として、卑弥呼や邪馬台国の人々は呉の後裔だったと云っています。

 (ただ、魏志の「倭人伝」では、『大夫で夏后少康の後』として、越の後裔としています)。


イ)「新撰姓氏録」の、気になる氏族。

 右京の諸蕃に、「松野連、出自は呉王夫差」、と見えます。
 左京の諸蕃に、「和薬使主、出自は呉国主照淵」、と見えます。
 右京の諸蕃に、「工造、出自は呉国人太利須須」、と見えます。

  (その他にも、「呉国人」の出自の者がゴロゴロと見えますし、秦忌寸とか太秦公宿祢とかの「漢人」の出自も数えますと、100を越えるような氏族が「諸蕃」に記載されています。


ウ) 記紀神話での渡来人の記録。

 垂仁天皇の時代に、福井県の敦賀に、都怒我阿羅斯等(ツヌガ・アラシト)(『敦賀の阿羅の人』という意味かも)が、渡来しています。

  (都怒我阿羅斯等の子孫として、「姓氏録」の「諸蕃の任那」には、左京の諸蕃の任那に、「大市首、出自は任那国人都怒賀阿羅斯止」。同じく大和国の諸蕃の任那に、「辟田首、出自は任那国主都奴加阿羅志等 」、と見えるようです)。

 同じく、垂仁天皇の時代に、新羅の王子の天日槍(アメノ・ヒボコ)が渡来しています。

  (天日槍の子孫として、「姓氏録」の「左京の諸蕃の新羅」には、「橘守、三宅連同祖、天日桙命之後」と見え、同じく「右京の諸蕃の新羅」にも、「三宅連、新羅国王子天日桙命之後」と見えるようです)。

 応神天皇以降は、弓月君(秦氏の祖)を始め、続々と渡来人が日本に帰化しました。


エ) 幾多の氏族が、歴史の闇に消えていった。

 多くの渡来人が、応神天皇の時代以降に、朝鮮半島から渡来しましたが、2百年代の邪馬台国の人々は、呉越系の倭人とされています。

 そうしますと、それ以前の漢王朝の時代に、呉越系の倭人が日本に来ていないとは断言できないと、思います。

 さらに遡れば、秦王朝時代の「徐福」の伝承も日本各地に残っていますから、あるいは、秦王朝の時代に、中国人が日本に渡来した可能性も否定できません。

 さらにまた、スサノオ系列で(近畿地方の大王であった)大歳や、(和歌山を地盤とした)五十猛(イタケル)などの歴史も封印されてしまいました。

 また、大国主以前の古代出雲には、キサカ姫の闇見国(クラミ)や、佐太大神の狭田国(サタ)などが有りましたが、ほとんどの伝承は失われてしまいました。


オ) 越系倭人の記録は、残されなかった。

 越系倭人については、呉王国の後裔国家の日本国にとっては「親のカタキ」、「不倶戴天の敵」、「呉越同舟」であり、まったく残っていません。

  (越系倭人が日本に居なかったのか、消されたのかは、本当のところは分かりませんが)。


D とんでもない数の中国人の氏族が、日本に来ています。以下は、新撰姓氏録の一部の抜粋です(省略・脱落あり)。

   『うーん、これは、』、と考え込んでしまいます。

 呉系倭人 松野連   出自は呉王・夫差
 呉系倭人 和薬使主   呉国主・
 呉系倭人 工造    呉国人・
 呉系倭人 祝部     呉国人・
 呉系倭人 額田村主  呉国人・
 呉系倭人 刑部造    呉国人・
 呉系倭人 蜂田薬師   呉国人・
 呉系倭人 蜂田薬師   呉主・孫権王
 呉系倭人 高向村主   呉国人・小君王
 呉系倭人 牟佐村主   呉・孫権
 呉系倭人 茨田勝    呉国王・孫皓

 中国系 山田宿祢   周霊王太子晋

 中国系 己智        秦太子胡亥
 中国系 太秦公宿祢    秦始皇帝
 中国系 大里史 太秦公宿祢同祖 秦始皇
 中国系 高尾忌寸 秦宿祢同祖   融通王

 中国系 伊吉連   長安人劉家揚雍
 中国系 吉水連   前漢魏郡人
 中国系 檜前村主  漢高祖
 中国系 豊岡連   漢高祖
 中国系 下曰佐   漢高祖
 中国系 桑原村主  漢高祖
 中国系 文宿祢   漢高皇帝
 中国系 八戸史   後漢光武帝
 中国系 下村主   後漢光武帝
 中国系 台忌寸 漢孝献帝
 中国系 広原忌寸   後漢孝献帝
 中国系 志賀忌寸   後漢孝献帝
 中国系 当宗忌寸   後漢献帝
 中国系 火撫直    後漢霊帝
 中国系 若江造    後漢霊帝
 中国系 坂上大宿祢 後漢霊帝
 中国系 木津忌寸    後漢霊帝
 中国系 椋人     後漢霊帝
 中国系 火撫直     後漢霊帝
 中国系 丹波史     後漢霊帝
 中国系 谷直 直     漢師建王
 中国系 真神宿祢   漢福徳王
 中国系 田辺史   漢王之後知惣
 中国系 大原史    漢人
 中国系 交野忌寸   漢人
 中国系 伯祢     西漢人
 中国系 伊吉連   長安人

 中国系 高向村主  魏武帝太子文帝
 中国系 広階連    魏武皇帝
 中国系 大崗忌寸   魏文帝
 中国系 山田宿祢   魏司空王昶

 中国系 常世連   燕国王公孫淵

中国系 楊侯忌寸  隋煬帝

 中国系 清宗宿祢  唐人
 中国系 清海宿祢  唐人
 中国系 浄山忌寸  唐人
 中国系 清川忌寸  唐人
 中国系 栄山忌寸  唐人
 中国系 新長忌寸  唐人
 中国系 嵩山忌寸  唐人
 中国系 長国忌寸  唐人
 中国系 八清水連 唐人


 中国系 高村宿祢   魯恭王
 中国系 山代忌寸    魯国白龍王
 中国系 河内忌寸 魯国白龍王

 中国系 浄村宿祢   陳袁濤塗
 中国系 上村主 陳思王植
 中国系 筑紫史 陳思王植
 中国系 平松連 陳思王植
 中国系 河原連 陳思王植

 中国系 大山忌寸 広陵高穆

 中国系 栗栖首 王仁
 中国系 古志連 王仁

 中国系 八戸史  尽達王
 中国系 板茂連 楊雍
 中国系 河内造  慎近王

 中国系 錦織村主 韓国
 中国系 朝妻造  韓国
 中国系 史戸    漢城人
 中国系 高丘宿祢  百済国公族

 中国系 温義    北斉国温公高緯


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