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やる気を失ったバブル入社組の恐怖 かつての「アッシー君」25年後の現実 どうした50 「高齢化日本」を象徴する天皇陛下
http://www.asyura2.com/16/hasan111/msg/706.html
投稿者 軽毛 日時 2016 年 8 月 09 日 22:44:12: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

 
やる気を失ったバブル入社組の恐怖

記者の眼

組織を蝕む「負の連鎖」
2015年8月5日(水)
佐藤 浩実

日経ビジネスは8月3日号の特集「社畜卒業宣言」で、バブル入社世代の意識を調査した(写真:(c)Bohemian Nomad Picturemakers/CORBIS/amanaimages)
「会社のキャリア支援を受けると決めてから、体調がすぐれません。私はもうすぐ退職するので、これからは休暇を消化していきます」

 関東地方が梅雨入りしてほどなく、大手電機メーカーのある部署で働く社員たちは一斉にこんなメールを受け取った。差出人はバブル前夜に入社した、50代前半の部長だ。メールでの「宣言」通り、それまで普通に働いていた部長はその日からほとんど、オフィスに姿を見せなくなった。

 どうやら数カ月前に、会社から転職支援プログラムを受けるように打診されていたようだ。「景気が良い今のうちに『次』を考えるほうが、あなたにとっても幸せだ」と、人事に諭されたらしい。会社の業績は悪くない。今決めると割増退職金の金額がかなり良いみたいだ、という噂はあっという間に部署中に広がった。

 「転職自体は個人の選択だからいいけれど…」と、この部署で働く中堅社員は言葉を濁す。問題は、引き継ぎがほとんどないままに、部長が突然いなくなってしまったことだ。バブルの絶頂期に入社した40代後半の課長たちは動揺し、その日から応接室にこもって相談ばかりしている。部下のいない担当課長まで一緒に、一体何を話しているのか。まさか、身の上話じゃないよな。「とにかく様々な業務が、遅々として進まなくなった」

中堅・若手層の忠誠心も崩壊しかねない

 細かい数字などをぼかしているが、これは最近、ある企業で本当にあった出来事だ。経営再建中の企業ではなく、黒字を出している日本の会社だ。勝手な部長だと思う反面、長年、滅私奉公して働いてきた部長の気持ちが萎えてしまったのも、わからなくはない。ただこの話を聞いているうちに、もう一つ気がかりだったことに、確信を持つようになった。登場人物たちが皆、「負の連鎖」に陥っていることだ。

 流れはこうだ。まず、若き日にバブル景気を謳歌した部長が思いがけぬ「肩たたき」に合い、会社に対する忠誠心を一気に失う。次に、先輩の切ない姿を目の当たりにした「バブル入社組(1988〜1992年入社)」の心にも不安がもたげる。そもそもの採用人数が多く、ポストと人数のギャップの大きさをすでに痛感している世代のためだ。早期退職・転職支援の対象を「45歳から」としている企業は多く、年齢的な現実味もある。

 バブル入社組の不安によって、どんよりとした空気が部署全体を覆う。管理職がそんな状況なので部署としてのパフォーマンスが下がり、中堅・若手の担当者たちはそれに苛立つ。彼らの冷たい視線が再び、バブル入社組のモチベーションを低下させる。有給休暇なのか、さぼっているだけなのか、相変わらず部長は来ない。会社にとっても、マイナスばかりだ。

 それゆえ、多くの企業の人事部では「バブル入社組(と、その少し上の世代)にやる気を持ち続けてもらうこと」に相当、神経を尖らせている。日経ビジネス8月3日号特集「社畜卒業宣言」の連動コラムでも触れたが、社員の6人に1人いるバブル入社組にやる気を維持してもらおうとするあまり、「なかなか人事制度の改革に取り組めない」という企業も、1社や2社ではなかった。

バブル入社組は裏切られたと思っている?

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/080400039/img_01.jpg 

 ところで、多くの企業が懸念する「モチベーション」なるものを、今のバブル入社組はどのぐらい持っているのだろう。

 編集部では8月3日号の取材に際して、7月9〜17日まで日経ビジネスオンラインの読者に「仕事と会社に関するアンケート」をウェブで実施した。全世代で782人、バブル入社組では154人から有効回答を得たので、そのデータをもとに「バブル入社組のモチベーション」について考えたい。

 編集部はまず、「会社に裏切られたことはあるか?」と率直に聞いた。処遇や昇格などで、入社時に抱いていた所属企業の姿と実際の姿にギャップはあるかを問うたのだ。その結果は、バブル入社組では「ある」が59%、「ない」が41%だった。

 モチベーションはすでに落ちているのでは、と不安になるが、全体でも「ある」が56%、「ない」が44%だった。純粋な割合だけ見れば、バブル入社組で「裏切られた」と思う人は全体平均よりやや多い程度だ。ちなみに、回答してくれたバブル入社組の属性は88%が男性、12%が女性。約8割が結婚しており、約6割に子供がいる。6割超が関東圏に住んでおり、平均年収は882万円だ。


会社に「裏切られた」と感じているのは59%。全体平均よりやや多い。
 ただ、裏切られた内容を細かく聞いていくと、いくつかの項目で他世代との違いが目立つ。

 全体平均よりバブル入社組の回答が目立つのは、「昇進・昇格が期待通りにできなかった(出世のギャップ)」「人事・賃金制度が変わり定期昇給がなくなった、あるいは給与が大幅に減った(制度変更のギャップ)」「リストラ・雇用整理の対象になった、または、なりそう(雇用のギャップ)」の3項目だ。これらの項目で、理想と現実のギャップが大きく、バブル入社組のモチベーションを押し下げていると考えられる。


出世、制度変更などに会社の裏切りを感じるバブル入社組
 ちなみに「出世」という観点では、取材の途中で、バブル入社組の処遇対策として部下のいない(=管理職ではない)担当部長や担当課長が増えているという話を聞いた。ウェブアンケートでも「経営者・役員級」「部長級」「課長級」だと回答したバブル入社組が62%いた一方で、「管理職だ」と答えたのは55%と7ポイントのギャップがあった。部下がいなくても重要な任務もあるため、これだけで良し悪しは判断できないが、部下なし部長・課長はそれなりに一般的のようだ。

それでも今の会社で働きたい

 59%が会社に裏切られたと感じているバブル入社組だが、それでも今の会社で働き続けようと考えているのだろうか。なぜ、そう考えるのだろうか。「裏切られた」と答えている人たちに、この点も聞いてみた。


今の会社で働き続けたい、バブル入社組
 今後の就労に対する意識は明確だった。「今の会社で働き続けたい」という人が圧倒的多数なのだ。なおかつ、「定年まで」「定年後も雇用延長が可能な限り」と考えている人は全体平均と比べても突出して多い。一方で、転職を考えている人は18%と、全体平均より約9ポイント少ない。

 ではなぜ、今の会社で働き続けたいと思うのだろうか。全体平均と比べて目立ったのは、「転職先を見つけることが容易ではない」「転職するよりも賃金や役職面で高待遇を維持できると考えている」という、消極的な理由だった。モチベーションなどすでになく、「しがみついている」という人は想像以上に多いのかもしれない。ただ、「これまで雇用をしてくれた恩義がある」という回答が全体より多い点にも注目したい。こうした想いを会社がうまく引き出せば、「しがみつき」ではなく、大きな戦力になってくれる可能性はあるのではないか。


転職先がないから、しがみつきたい
世代間の意識ギャップを理解しよう

 最後に、冒頭の事例で「負の連鎖」を引き起こした世代間のギャップについて触れたい。仕事を投げ出した格好の部長はもとより、バブル入社組の課長と担当課長が戸惑う姿を、下の世代は冷ややかな目で見ていた。本日公開の「社畜卒業宣言」でも、バブル入社組を反面教師に動き出した若手たちを紹介している。偏見もあるかもしれないが、人数が多い分だけ目立ってしまうのがバブル入社組なのである。

 ウェブアンケートでは、全員を対象に「バブル入社組に対して、仕事上でどんな印象を持っていますか」という問いを投げかけた。するとバブル入社組自身の意識と、その前後の世代でいくつかのギャップが見つかった。

 例えば、「後輩が少なく、可哀相だ」という項目。バブル入社組の21%が自らそう認識しているが、下の世代からはほとんど賛同を得られなかった。バブル入社組が主体的に感じている自分たちの会社での立場と、他の世代からの客観的な見方は同じとは限らない。


後輩が少なくて可哀相と思っているのは、自分たちだけ?
 8月3日号「社畜卒業宣言」の特集誌面では、バブル入社組に突きつけられた厳しい現実と、その上でどんな新しい働き方を模索できるかを、生々しいエピソードやアンケート結果とともに詳報した。

 だが、これはバブル入社組に限った問題ではない。人数が多いから目立つだけのこと。「ミニバブル」と言われるリーマンショック前に大量採用した世代の将来の処遇に、すでに気をもみ始めている会社もある。

 どの世代であっても、働き手のモチベーションが落ちれば、会社組織に支障をきたすし、本人も幸せではない。その解として、特集誌面では元々いた会社を飛び出して、地方やベンチャー企業で新しい働き方を見つけた「超サラ(会社に依存せずに生きる、超サラリーマン)」たちを取りあげた。働き手の間で、こうした意識は今後広がっていくだろう。

 もちろん現実には、家族や親の介護など様々な事情を抱えている人も多い。誰もが大きな一歩を踏み出せるとは限らない。であれば、少さな一歩から。まず、少しだけでも自分の意識、相手への意識を前向きに変えてみることが大切だろう。会社側だって同じだ。合理的に話せば納得できる、そんな簡単な問題ではないことだけは明らかなのだから。


このコラムについて

記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
日経BP社http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/080400039

 


かつての「アッシー君」、25年後の現実

どうした50代!君たちは「ゆでガエル」だ

50代男性の人生を世代論の専門家が解説
2016年8月9日(火)
大竹 剛
『世代論の教科書』(東洋経済新報社:阪本節郎、 原田曜平)で、「団塊の世代」や「バブル世代」など各世代の文化・社会的背景を分析している、博報堂 新しい大人文化研究所の阪本節郎・統括プロデューサーによれば、50代は「ポパイ・JJ世代」「新人類世代」に定義される。思想的にイデオロギーはなく、消費を軸に「楽しいこと」が最上位の価値になった世代だという。実質的にバブル経済を牽引したのもこの世代だ。

日経ビジネス本誌は8月8・15日号で、「どうした50代!君たちは ゆでガエルだ」という特集を組んだ。小説『ハゲタカ』で知られる50代の作家、真山仁氏(54歳)や、昨年「32人抜き」で社長に就任した三井物産の安永竜夫氏(55歳)、団塊世代の代表として漫画『島耕作』の作者、弘兼憲史(68歳)氏ら、多くに話を聞くなどして、今の50代男性が直面している問題を多角的に分析した。

特集連動の日経ビジネスオンラインの連載第2回は、阪本氏に50代男性が持つ文化・社会的背景を分析してもらった。
著書『世代論の教科書』では、1952〜60年生まれを「ポパイ・JJ世代」、1961〜65年生まれを「新人類世代」と名づけています。今の50代はこの両方にかかる世代となりますが、どのような特徴を持つ世代なのでしょうか。


阪本節郎(さかもと・せつお)
1952年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂入社。2011年に同社「新しい大人文化研究所」を設立。所長を経て、現在は統括プロデューサー。
阪本節朗(以下、阪本):「ポパイ・JJ世代」は、雑誌の『POPEYE(ポパイ)』や『JJ』から若いときに大きな影響を受けた世代なので、そう名付けました。この世代は日本の若者として初めて、オリジナルのファッションを作り出した人たちです。いわゆる「ニュートラ」とか「ハマトラ」とか。

 ニュートラというのは、神戸女学院の女子学生が、かっちりとしたブレザーをあわせたファッション。ハマトラとは、フェリス女学院の女子学生が、カーディガンをあわせたファッションに由来しています。団塊世代にとっては、米国から来たミニスカートやジーンズをそのまま取り入れることが「個性」だったのですが、ポパイ・JJ世代は自分たちの中から流行を生み出そうということを始めた世代だと言えると思います。

 しかも、団塊より上の世代にとっての大学は「最高学府」でしたが、ポパイ・JJ世代は、大学を一大合コン場みたいなところにしてしまいました。テニス同好会が流行し、彼氏、彼女を見つける楽園キャンパスとなったのです。

 実は、50代後半のポパイ・JJ世代と50代前半の新人類世代の間には、雑誌『Hanako(ハナコ)』を愛読した女性たちのグループがあります。このハナコ世代が、こうしたトレンドをもっと広げました。グルメやエンターテインメントなど、東京中を遊びの場として捉え、消費を加速したんです。それが、新人類世代に引き継がれていきました。

消費を軸に「楽しいことを」と追求

この世代には、何か思想的なリーダーはいたのでしょうか。

阪本:思想的には、秋元康氏や浅田彰氏が、新人類のリーダー的な存在でしょうか。年齢的には少し上ですが、新人類のリーダー役として、「楽しいことはいいことだ」という思想を広めていきました。消費を軸に、団塊の世代までが持っていた思想的な呪縛から若者を解放したんです。まさに、フジテレビが「楽しくなければテレビじゃない」と言い出した頃です。そういう世の中の雰囲気を、この世代が作っていきました。

 団塊の世代も文化的には弾けていたのですが、学園紛争をやっていた人たちに見られるように、ある種、思想に縛られていました。一方、新人類世代は、楽しいことが一番だという感覚を強く持っていた。当時、ヤングサラリーマンだったハナコ世代と新人類世代が、実質的にバブル経済を動かしたのです。

 世代論的には、「バブル世代」と呼ばれるのはその後の世代、今の40代後半です。彼らは、バブルの空気を受け止めつつ就職していくという、まさにバブルの絶頂期に社会に出たわけですが、同時期にハナコ世代や新人類世代が、若者でも高級車「CIMA(シーマ)」(日産自動車)に乗って六本木に繰り出すような文化を牽引したのです。結局、それがよくなかったのですが。

女性上位で「アッシー」「メッシー」に

なんだか、非常に浮かれた世代にも聞こえますが、この世代にとって会社で働くということの意識は、どうだったのでしょうか。

阪本:基本的にはとにかく就職が楽だった世代です。完全に売り手市場でしたね。仕事自体にも楽しさがなきゃという空気もあって、オフィスにラケットやテニスボールを持って行ったりしていました。

 当時は、男女雇用機会均等法ができて、女性が総合職になっていくという大きな転換点でもありました。先ほど、ハナコ世代が先導する形で、楽しいことはいいことだという雰囲気ができあがっていったと話しましたが、まさに、女性がリードしていくという流れがあったわけです。ですので、バブルの時にクルマで女性を送り迎えする男性が「アッシー君」、食事をおごる男性が「メッシー君」と呼ばれたのは、女性上位になり始めた時代の必然でもあったかと。

男性同士の競争意識は、どうだったのでしょうか。

阪本:団塊の世代と比較してみましょう。団塊の世代は、とにかく、隣のやつとの微差を強調する。新製品を一歩早く買ったというのが、決定的に意味を持った。少しでも遅いと、「お前、遅れてるな」と散々に言われちゃう。もう、ほんとうに何もかもが競争なんですよ。

 団塊の世代は数が多いので、ずっと競争してきたんです。うちの会社でも、団塊の世代同士が話しているのを聞いていると、互いに自分の主張ばかりで、会話になっていなこともよくあります。そこまで主張しないと、生き残れないみたいな感覚があるのでしょうね(笑)。だがら、団塊の世代は割とガツガツしたところがあって、そのガツガツさが、それまで日本になかった新しい文化を生み出していった面もあると思います。

 一方、団塊の後の世代は、団塊がやっていた大学紛争などを見て、冷めてしまった。少し冷静になったとも言えるでしょう。あんなことをやってもしょうがない、あんなにガツガツやるのはダサい、もっとスマートに楽しくやろうよ、と。それが、ポパイ・JJ世代ですから。その結果、競争よりも個人の世界が重視される傾向が強まりました。

「個性」重視はポパイ・JJ世代から本格化

ようするに、集団の中で競争することよりも、個性を重んじようという風潮が強まったと。

阪本:実は、このポパイ・JJ世代から始まっているのが、カタログ文化なんです。団塊の世代も「個性は大切だ」みたいなことは言うのですが、結局はみんな、Tシャツにジーンズ。「いや、Tシャツの柄が違うぞ」といっても、その程度です。それが、ポパイ・JJ世代からは、ポパイのようなカタログ雑誌から、自分で選択してファッションを楽しむようになった。

 そういう意味では、競争よりも個人、自分なりの楽しみが重視されるようになっていきました。もちろん、競争がなくなったわけではありませんが、団塊の世代ほどの重みは無くなっていったと思います。

 団塊の世代から見ると、それ以降の世代が「ガッツがない、覇気がない」と言われるのは、そういう背景があるのではないでしょうか。

ちなみに、阪本さんはおいくつですか。

阪本:私は64歳。団塊とポスト団塊のちょうど狭間なんです。だから、両方の価値観がよくわかるし、両方から押し潰されそう(笑)。

さとり世代で「個」が確立

ポスト団塊世代という視点では、ポパイ・JJ世代、新人類世代の後に、バブル世代(1966〜70年生まれ)、団塊ジュニア世代(1971〜82年生まれ)、その後にはさとり世代(1983〜94年生まれ)が続きます。さとり世代の中には、ゆとり世代もいます。世代間では常に、どの世代も上の世代から「覇気がない」だとか「ガッツがない」だとか、言われています。

阪本:おっしゃるとおりですね。ようするに、世代が若くなるにつれて、まさにポスト団塊世代から始まった「個」を重視する意識が、どんどん強くなっていくからだと思います。さとり世代なんて、団塊世代のように「個」であることをことさら頑張って主張しなくても、本当に自然な形で非常に「個」になっているんです。だから、自分と自分の周りの友達が大事だけれども、それ以外はあまり関係ないということになります。ある種、「個」といのは、さとり世代になって確立したのではないかという気もします。

取材をしていると、団塊の世代の人たちは、「団塊の前の世代とは大きな断絶があって、自分たちが団塊後全ての世代の兄貴分だ」という意識が強いように思います。一方、ポスト団塊の世代は、「団塊とは違う」ということを強調したがる。なぜでしょう。

阪本:お互い、そう言いますよね。よくわかります。しかし、少し俯瞰してみると、団塊より前の70歳以上と、団塊世代以降では、人種が変わるぐらいの違いがある。

決定的に違う?

阪本:違うんです。逆に言えば、団塊と、それ以降の世代は、東京人と大阪人くらいの違い。違うけれども、ベースは同じなんです。

 団塊より上、70歳以上の世代というのは、見合い結婚の世代。一方、団塊からは恋愛結婚の世代なんです。量的に、比率がここで逆転している。これが、もう決定的な違いです。70歳以上は夫唱婦随が社会通念で、離婚は恥。しかし、団塊以降は夫唱婦随ではないし、離婚も恥ではない。離婚しないもの、面倒臭いとかエネルギーがかかるとか、そういう現実的な理由からです。

 恋愛結婚では、女性が主体的に相手を選ぶことになります。その結果、女性、妻にも主体性があるというのが、決定的な違いです。70歳以上の夫婦では、夫が亡くなってから、妻は初めて家事から解放されて自分の時間を持てるようになる。一方、団塊の世代からは、子供が独立したら、もう家事は半分卒業なんです。そのころはだいたい、50代です。

 団塊の男性が定年になり家にいるようになって驚くのは、家にいるはずのカミさんが、友達と歌舞伎座なんかにいっちゃっていない。「お昼どうするの」と聞くと、「あなた、コンビニに弁当も買いに行けないの?」となる。

団塊の世代は、文句を言いながらも逃げ切れた

企業の中の世代間の違いに話を戻すと、団塊の世代は基本的に社会も会社も右肩上がりで、いい会社人生のまま定年を迎えられたと思います。一方、今の50代は、成果主義や役職定年など、バブル崩壊後の長期低迷の結果起きた構造変化に、最初に直面した世代とも言えそうです。

阪本:団塊の世代は学生紛争でもバリバリやって、会社に入ってからも方向性を変えて頑張ってきて、会社も経済も引っ張ってきました。しかし、団塊の世代も会社人生の最後のところでバブルが弾けて、リストラにもあっています。数が多いから、ポストも足りなかった。団塊の世代でも、「こんなはずじゃなかった」ということが、実は起こっているんですよ。

 それでも、会社人生の最後の5年くらいを我慢すれば、退職金もちゃんと出たし、年金もしっかりと出る。だから、「まあしょうがないよね」とぼやきながらも、それなりの満足感を持って会社人生を卒業できたわけです。

 しかし、ポパイ・JJ世代や新人類世代について言うと、それがもっと制度的に現れてきているから辛いのだと思います。

50代は封建性と革新性を併せ持つ

制度的に、ですか。

阪本:簡単に言うと、成果主義です。上の世代は、リストラになっても「参っちゃったな」「びっくりしたな」とぼやけたのですが、その下の世代はぼやいて済む問題ではなくなった。

 確かに、20代のころはバブルの追い風を受けてイケイケドンドンでよかったのに、バブルが崩壊したら成果主義で全てを測られるようになってしまった。「楽しければいい」という感覚で会社人生をスタートしたのに、気がつけば成果主義を突きつけられ、個人でそれを受け止めなければならなくなった。きついですよね。

 それでも、ポパイ・JJ世代や新人類世代の中にも上に登っていく人が当然いて、彼らがトップに立つと会社が変わっていくという面も、実はあります。この世代は、団塊やその前の世代の封建性と、個を重視するという革新性の両面を持っている。団塊世代の経営者は非常にパワフルで、「俺の言うことを聞けないのか」というような強いリーダーシップを発揮しています。これを「封建的」な性質のリーダーシップだとすれば、ポパイ・JJ世代や新人類世代は成果主義で評価されてきた辛い経験がある一方、だからこそ、「会社がすべてではないよね」という感覚も持っている。そのため、部下にとってはある種の救いになるわけです。

 今の管理職や役員クラスは、一昔前に比べるとそれほど威張っている人はいないですよ。団塊世代のように「お前ら」みたいな態度はあまりとらないし、成果主義で個人が厳しく評価される時代ではありますが、この世代が「個」への理解度が進んでいることが、ある種の安全装置になっているような気がします。

ジョブズも「ポパイ・JJ世代」

ポパイ・JJ世代のような感覚は、海外の同世代にもあるのでしょうか。

阪本:この世代は、実は世界的に見るとデジタル経営者第一世代とも言えると思います。スティーブ・ジョブズ(1955年生まれ)もビル・ゲイツ(1955年生まれ)も。いわゆるヒッピー世代で、自分の好きなことで事業をガレージから立ち上げた。「俺は絶対に大物になってやる」というよりは、むしろ、趣味の延長で始めたみたいなことが、どんどん消費者の支持を集めて大きくなっていった。起業の仕方が、その前の世代とは違うわけです。

 それは、すごくポパイ・JJ的なんです。日本でも、ソフトバンクの孫正義さん(1957年生まれ)はそうですよね。夢を語ったり、趣味で何かを始めたり、それがポパイ・JJ世代です。

 ポパイ・JJ世代は若い頃、「しらけ世代」とも言われました。「三無主義」(無気力・無関心・無責任)とも「五無主義」(三無主義に無感動・無作法を加えたもの)とも言われ、最近では「断層の世代」とも言われています。上の世代から見ると、なんだかよく分からない世代だということですね。

 しかし、結局彼らから、デジタルに関する新しいビジネスなどが生まれているわけです。しかも、その生まれ方が、趣味の延長のようなところがある。だからこそ、社会的には見えにくかったり、評価されなかったりしているのではないでしょうか。

 日本の企業社会は、会社第一、仕事第一だったのですが、この世代は必ずしもそれがすべてではないということを理解している。それは、役員になった人も、途中でリストラにあった人も、共通して持っている感覚だと思います。だからこそ、会社の出世コースから外れてしまったとき、やはり自分が本来やりたかったことをもう一度始めたいと思うのではないでしょうか。最近、会社を辞めたシニア層による起業が増えているというのも、そうした思いが背景にあるのだと思います。

50代は若手のメンター役に

とはいえ、家庭など様々なしがらみを抱えて、会社を辞めることができない人もいます。モチベーションが下がってしまうと、残りの会社人生が非常に辛い。

阪本:そのとおりですよね。そうは言っても、現実的には辛いわけです。

 それでも、会社の中で培ってきたものは必ずあります。それを、スペシャリストとして何かうまく生かしていく方法はあると思います。その時に大切なのが、処遇と給与の分離でしょう。

 処遇と給与をずっと連動させる仕組みを、会社はもはや維持できません。だから、処遇と給与を分離するしかありません。スペシャリストとしては処遇されるけれども、給料はそれほどでもないということは、大いにあってしかるべきだと思います。

 もちろん、処遇と給与の分離は難しい。スペシャリストと認めたからには、それに見合った給料もあげないといけないという問題は出てくる。しかし、それでも給料が低くてもやりがいを見出せる仕組みを検討していく必要はあるでしょう。定年後の再雇用で若手の教育係になるという道はこれまでもありましたが、さらに一歩進んで若手のメンターになるという制度づくりも、会社側には必要なのではないでしょうか。

 教育係は、あるスキルを教えるだけですが、メンターは若い人がより良く仕事をするために必要なことを伝える相談役になるということです。特定のスキルだけではなく、長い仕事人生を通じて培った経験を踏まえて、若手の話を聞きながら、答えを一緒になって導き出していくような存在です。

 これだけ変化が激しい世の中では、技術的なスキル自体はすぐに時代遅れになってしまう可能性があります。そのため、スキルを伝える教育係ではなく、仕事人生のメンター役が、これから求められていくと思います。


このコラムについて

どうした50代!君たちは「ゆでガエル」だ
50代の存在感が薄い──。
みなさんの会社でこんな声は上がっていないだろうか。
若い時に日本の経済成長を謳歌し、終身雇用を信じて就職。だが、バブルは崩壊。「失われた20年」が会社人生と重なり、本格的な成果主義の洗礼を浴びた最初の世代となった。 上には経済成長を支えてきた団塊世代が居座り、じっと耐え忍ぶうちに居場所がなくなっていたという人も。そんな「ゆでガエル」世代は不幸を嘆くだけで終わるのか。 50代男性の今後の生き方が日本の浮沈を握る。(日経ビジネス8月8・15日号の特集「どうした50代!君たちはゆでガエルだ」の連動企画)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/080500061/080800004/

 


 
「高齢化日本」を象徴する天皇陛下

Quentin Webb

[香港 8日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 日本の天皇陛下が、象徴としてのお務めについてお気持ちを表明したことは、世界で最も急速に高齢化が進む経済大国にとって憂慮すべきことかもしれない。

82歳の天皇陛下は8日、「次第に進む身体の衰えを考慮すると、全身全霊で象徴の務めを果たすことが難しくなるのではないかと案じている」と話された。陛下は唯一無二のお立場にあられるが、国民の高齢化も急速に進んでいる。その影響は、労働習慣から金融政策に至るまで多岐にわたる。

成熟期にある世界各国は、日本の経験を注視する必要があるだろう。

2008年のピーク時には約1億2800万人だった日本の人口は、2050年までには約9700万人に減少する見通しだ。昨年の国土形成計画によると、人口の4分の1以上がすでに65歳を超えており、日本は世界で「最も高齢な社会」となっている。

2050年までに、総人口に占める高齢者の割合は約4割に上ると予測されている。生産年齢人口に対する老年人口の比率を示す老年人口指数は75%に上昇するとみられる。財界も長老に支配されている。英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙が行った昨年の分析によると、日本企業の最高経営責任者の平均年齢は60歳以上だった。

財政的・社会的な影響は広範囲に及ぶ。東京が膨張する一方で、他の小さな市町村では過疎化が進む。現在住民のいる地域の約5分の1は、2050年に無人化する可能性がある。他の地域でも、店舗や病院、その他サービスが消えるかもしれない。そこで日本は、国家規模の米ミシガン州デトロイトのように、すっきりと規模縮小する方法を見いださなくてはならない。

少子高齢化社会はインフレと成長を困難にさせ、社会保障費は上がるのに税収は落ち込むなか、国庫に負担を強いる。解決策の1つは移民だが、日本はあまり受け入れる気はなく、女性の労働力参加や定年退職年齢の引き上げ、そして高齢者介護の負担を和らげる方向に向かっている。こうしたことは、企業行動にも変化をもたらしている。国内の衰退から距離を置くべく、大手企業はバーボンから新聞まで幅広い海外の大規模買収に走っている。

オートメーションやロボット、医療などの分野におけるイノベーションを促進することが肝要だ。他国もあまりに無関心ではいられないはずだ。同様の運命が他の多くの国々にも待ち受けている。そのなかには、25年遅れで同じような人口動態の弧を描く欧州各国と中国も含まれる。

天皇陛下の生前退位の可能性から得られるいかなる教訓も象徴的なものであろう。しかしそれは、高齢化する世界の未来を日本が垣間見せる多くの事例の1つとなるかもしれない。

*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
http://jp.reuters.com/article/column-emperor-ageing-japan-idJPKCN10K0G5
 

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コメント
 
1. 2016年8月10日 20:40:13 : 2FbCg9vijk : ylRMDBXhDG8[343]
楽しんだ 日々の思い出 トラウマに

2. 2016年8月11日 02:13:02 : 0KqoVHGsTQ : @7k0cx1I@Yo[-1123]

×やる気を失ったバブル入社組

○能力ない癖に自惚れ判断で自爆したバブル入社組

[32初期非表示理由]:担当:要点がまとまっていない長文が非常に多いので全部初期非表示


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