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<Vol.364:21世紀の産業革命を引き起こすAI(2)> テーマ:AI(人工知能)の産業過程への応用
http://www.asyura2.com/16/hasan113/msg/821.html
投稿者 軽毛 日時 2016 年 10 月 03 日 07:38:04: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

<Vol.364:21世紀の産業革命を引き起こすAI(2)>

テーマ:AI(人工知能)の産業過程への応用
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
     HP: http://www.cool-knowledge.com/
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        Systems Research Ltd. 吉田繁治 42159部


おはようございます。1昨日、大阪大学で『知財(特許)に関する
セミナー』が開催され、講師として参加しました。講演のトップバ
ッターは、青と紫のLED(発光ダイオード)の開発で、2014年の
ノーベル賞を受けた中村修二氏(現在はカリフォルニア大教授)で
した。大学関係者や研究者そして事業家の、250名くらいの参加で
した。

当方のテーマは『日本経済のパラダイムシフト』です。中村教授の
特許に関する訴訟の話は、わが国のいい加減な裁判を指摘するもの
で、面白かった。新しい自宅の照明は、全部がLEDです。電力の効
率がよく、熱が出ない。

中村教授は、居酒屋で見かけるオジサン風。講演の後の懇親会で、
楽しく話しました。率直な人です。数分で10年の知己のようになる。
徳島県の阿南市にある日亜化学(当時の年商30億円)に勤めている
とき、青色ダイオードを発明しています。

21世紀中には無理だと言われていた青色発光ダイオードの開発に、
「学会には属さず、国からの開発費も1円ももらわず、田舎で、完
全に一人で」成功した(当人の弁)。アメリカに行くまで、四国以
外に住んだことはなかったという。

特許法で発明者として認められるのは、自然人の個人や連名です。
法人の研究開発部に属する人が発明した場合も、特許の権利は個人
に帰属します。法人ではない。法人とは、法で、所有や売買ができ
る、人と同じような人格を与えられた組織です。この法人は発明者
に対価を払って特許の権利を譲り受けることができます(譲渡契約
が存在する場合)。

青色LEDの開発の特許は、中村さん個人の申請でした。2000年にカ
リフォルニア大学(サンタバーバラ校)に招聘され、教授になって
います。その後、紫色LEDも開発しています。

1999年12月の退社後、日亜化学は「機密漏洩」の疑いで、発明者の
中村さんを提訴しました。機密漏洩なら、中村さんは刑事罰を受け
ます。開発の関連文書は、データとともに、全部会社に置いてきた
という。「自分には記憶だけしか」なかったということでした。

中村さんは、会社との間に特許権の譲渡契約はむすんでいなかった
と反論し、それが認められ、提訴は棄却されました。その後、中村
さんは逆に日亜化学に対し「会社がLEDで得た利益のうち600億円に
対する対価」を求めて訴訟したのです。

日亜化学のLED販売での利益は売価の約60%であり、超過利潤は
1200億円と試算できるという。中村氏は、個人の貢献度をその50%
の600億円と計算し、600億円の対価認定訴訟を起こしたという。

東京地裁は、604億円の発明対価の利益を認定し、会社側に対し、
請求額の200億円を支払えという判決を下しました(三村量一裁判
長)。しかし、控訴審の高裁では、「日亜化学と中村氏双方に和解
を勧告」し、高裁が示唆した6億円で妥協します。

弁護士から「わが国の法制度(慣習)では、お金の事実審議は高裁
で終わる。三審の最高裁で、高裁の判決を覆して勝てる見込みはゼ
ロ」言われたからです。

弁護士は、「高裁の200億円の賠償判決も、わが国では異例中の異
例だった。普通、事実(証拠)は無視して、会社に有利な判決が下
る。この判決をした三村裁判長は、左遷か首になるのではないか」
と述べていた。経団連も、200億円という個人への対価を強く非難
していたからです。学会も反中村でした。学者は、タテマエで、
「お金儲け」を嫌うふりをします。

わが国では、裁判官(全国に3500名)の人事権は、最高裁の事務局
(政府官僚組織)が握っています。この最高裁の事務局の意向(わ
が国特有の空気)に反する判決を下した裁判官は、不利益を受ける
という。このため、政府に対する訴訟も、ほとんど負けます。

特許の対価などの経済裁判では、正義による証拠の審査がおろそか
にされ、初めから結論があり、個人に有利な判決が出ることが、ほ
とんどないようです。中村さんの弁では、江戸時代の大岡越前の裁
きに似ているとのこと。(注)事実と証拠を出して争う米国の裁判
とは、異なります。

特許の侵害訴訟に秀でていた三村裁判長(中村裁判の当時は49歳)
は、左遷のあと、2009年から弁護士に転じています。

中村氏は、「日本の司法制度は、腐り切っている。これを変えない
と、今後も、大きな発明をした研究者は、浮かばれない」と述べて
いました。日本の技術開発が、米欧の後塵を拝する原因にもなるで
しょう。

当方にも、小さな記憶があります。大規模小売店舗法の、行政によ
る運用が変だったので、仲のいい弁護士に「行政の命令が変なので、
訴訟をしたいのですが・・・」ともちかけたことがあります。

しかし弁護士が言うには「行政訴訟では、民間に正義があっても、
裁判で国に勝てる見込みはない。ムダだからやめましょう」という
ことでした。ここまでわが国は官僚支配かと、思ったのです。

日本は中国のような人治国ではなく、法治の国家ではあります。し
かし法の解釈と運用は、官僚組織が有利になるように行っているの
で、事実上、官僚統治の国家になっているのです。

本稿は、知的財産の特許に、深い関係があるAI(人工知能)に関す
るものです(その2)。(注)ただし知財協会の会長の話では、わ
が国の法の運用では、米国のように特許が経済的な財になることは
稀という。特許は、譲渡しない限りは個人の知財ですが、会社との
訴訟では、個人が負けることが多い。また中小企業が大企業を特許
侵害で訴えても、勝率は10%だったという(鮫島正洋弁理士・弁護
士)。裁判では、上級審になるほど、多数者または大組織、あるい
は国家の利益が優先される傾向が強いからです。裁判官も官僚だか
らです。

             *

今、仕事場では、お掃除ロボットの『ルンバ』が歩き回っています。
障害物に触れたあと、それとは逆の、180度の範囲に不定形に方向
を変えて掃除を続けます。1cmくらいの段差は、キャタピラーを
出して、乗り越えます。

電池がなくなると、自分で充電器のところに行き、充電しています。
原稿を書いているときは、ガーガーとうるさいのが玉に瑕です。学
習機能はなく、障害物センサーとゴミの具合で吸引を調整するエキ
スパート・システムが組み込まれています。

1.らせん状に掃除、2.壁伝いに掃除、3.何かにぶつかると、角度を
ランダムに変えるという、単純なヒューリスティックで動きが制御
されています。

ヒューリスティックという概念は、行動経済学でも使います。「経
験的なもので、精度は高くないかもしれないが、短時間で得られる
回答」という意味のものです。直観的ということに近い。

床掃除のエキスパート・システムの、アルゴリズム(計算法)を単
純化するために、ヒューリスティックな解決法とられています。こ
こが創造でした。このため、ルンバが低価格でできたのです。

(注)学習型AIで重要な概念であるヒューリスティックとは、
「100%正しくはなくても、経験的には正しい答えを、瞬間で出
す」ということを示します。強化学習型のAIが出す「将棋や囲碁の
最善手」は、100%正しい手ではない。100%の正解には、相手の王
が詰むまで手の分岐をしらみつぶし探索することが必要であり、そ
れは、コンピュータ計算でも不可能です。

局面で有効な手が10通りあるとしても、100手先までなら、10の
100乗という、無限に近い枝分かれになるからです。1秒間に1億手
(10の8乗)を読むことができるコンピュータでも、10の92乗秒か
かります。1年は3153万秒(3.1×10の7乗秒)です。10の100乗秒な
ら、40億年先とされる太陽が消滅より、はるかに久遠の時間です。
これを作れば、初手を考えるのに固まって、永久に手を指さないコ
ンピュータになります。

前稿で書いた、「あらゆる可能性(無限に近くなる)を考えるAIロ
ボット」と同じになって、正解をだすのに時間がかかって、固まる
のです。

これを避けるため、将棋や碁の人工知能でも、経験(強い人の棋
譜)をパターン化する「ヒューリスティックな方法」をとります。

「ウインカーが右なら、先行車は右折する」というのは運転からく
る経験的なものであり、ヒューリスティックな答えです。ドライ
バーの間違いで、左折することも、少ない可能性ではあるからです。
しかし、全部の可能性を考えれば、分岐が多すぎ、計算ができなく
なります。

AIの将棋や碁の指す手は、暫定的な正解であり、常に勝つことがで
きる100%の正解ではない。ルンバも単純化されてはいますが、ヒ
ューリスティックな働きの知能を装備しています。

ルンバは、マサチューセッツ工科大学のAI研究者が1990年の作った
ベンチャーのアイロボット社が開発しました。「3D:Dull(退屈)、
Dirty(汚い)、Dangerous(危険)な仕事から人々を開放するこ
と」が、企業ビジョンです。最初の開発は、2002年です。このビジ
ョンは、他の会社でも使えますね。

21世紀になっていつも思うのですが、こうしたイノベーティブな新
機能をもつ機械、機器の発明で、1980年代は家電王国だった日本が
遅れたのはなぜか。大企業化し、創造を抑圧する企業文化が強まっ
ていたのではないかということです。中村修二氏の訴訟のように、
事実上は保護されない、個人に帰属する知財の問題でもあります。

9月5日のWSJ(ウォールストリート・ジャーナル紙)は、運転席の
ない自動運転のトラクターが見本市でもっとも話題を呼んだと報じ
ています。(英国の農業機械大手:ケースIT社)。

24時間、自動で植え付け、収穫、農薬などの噴霧を行い、キツい農
耕作業を代替できる。監視は、人が、近くのピックアップトラック
に乗って、タブレット端末で行います。世界的に農業人口が減るな
か、1人当たり生産性を上げることができる。「3D:Dull(退屈)、
Dirty(汚い)、Dangerous(危険)な仕事から人々を開放するこ
と」にも合致しますね。

農業労働は、いち早くAI化が進む分野です。2030年ころには、農場
で働くのは人工知能を組み込んだ機械だらけになると思えます。農
業の自動工業化(二次産業化)です。

わが国の農業人口は200万人未満に減って、しかも65歳以上が64%
です(2015年)。39歳以下は7%弱です。75歳以上は、農作業がで
きない人も増えるので、2025年には、壊滅的に減るでしょう(100
万人か)。しかし。ここで、AIを装備した農業機械が、補えるよう
になって行くでしょう。

自動トラクターを見た人の反応は面白い。「彼らの懸念は、無人ト
ラクターが自分たちの仕事を奪うのではないかということ、人間と
同じようには機械的なトラブルや障害に対処できないのではないか
ということだ。ある人は、耕作機をつけた無人トラクターが、家の
中に突っ込んでくる様子を想像していた。(WSJ:日本語版:16年
9月5日)」

「アイオワ州で農業を営むロバート・マイアーさん(53)は隣の家
の犬が飛び出してきたらどうなる? 犬をひいてしまうのじゃない
か。子供だってひいてしまうのじゃないか。 だって、見えないの
だろう?」(同)

英国の産業革命(19世紀初頭)のとき、蒸気機関の自動織機で労働
者が失業するとして「打ち壊しのラッダイト運動」が起こりました。
人工知能でも、代替される労働からは「職場を奪われる」という反
応が起こるでしょう。それでも、AI化が遅くなることはない。

75歳以上の人口の急増のため、介護需要(年間10兆円:受給者557
万人)は、1年に10%増えています。9年後の2025年には、21兆円と
倍増します(厚労省)。75歳以上の人口が2178万人へと、600万人
増えるからです。

この人手不足に対応し、人の言葉に反応する「介護ロボット」も実
用化されるでしょう。介護労働は、アイロボット社が言う「3D:
Dull(退屈)、Dirty(汚い)、Dangerous(危険)」に該当するで
しょう。

AIは、夢だったアラジンの「魔法のランプ」のようでもあります。
(千夜一夜物語:18世紀にフランス語訳)

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<843号:21世紀の産業革命を引き起こすAI(2)>
      2016年10月2日:無料版

【目次】
1.GDPと、人の労働を支援し代替するAI
2.蒸気機関による産業革命の英国
3.米国のウーバー・テクノロジーの時価総額は7兆円
4.AI関連の特許の件数
5.わが国のAI関連市場の予測
6.AI化による、代替率の高い仕事はどんなものか
7.2020年からAIの利用による日本経済の成長が始まる

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■1.GDPと、人の労働を支援し代替するAI

長期的に見たとき、わが国経済の、基礎的問題における太宗(たい
そう)は、生産年齢人口(15歳から64歳)の減少にともなう、就業
人口の減少です。出生率を中位とした人口推計では、以下のような
変化をします(国立人口問題研究所:2012年4月推計)。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/gh2401.pdf

【半減に向かう生産年齢人口:15歳から64歳まで:単位万人】
     0〜14歳   15〜64歳    65歳以上
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2010年 1684(13%) 8173(64%) 2948万人(23%)
2030年 1204(10%) 6773(58%) 3685万人(32%)
2055年  861( 9%) 4706(51%) 3626万人(39%)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
            (国立人口問題研究所の推計)

2010年の生産年齢人口は、8173万人(構成比64%)でした。人の年
齢は全員が平等で、1年1歳ずつ持ち上がりますが、合計特殊出生率
が女性1名あたり1.35人と少ないため、15歳から64歳の世代が減っ
て、65歳以上は増え続けます。(注)出生率が1.5くらいに上がっ
ても間に合いません。

14年後の2030年には、15歳から64歳の人口は6773万人へと、1400万
人(17%)も減るのです。1327万人の九州が、人口ゼロになるイ
メージですからすごい。九州の人口は、東京都(1315万人)とほぼ
同じです。生産年齢人口は、1年平均で1.2%(100万人/年)も減っ
てしまいます。

【GDPの三面等価】
商品フローの経済の全体を示すGDPには、「生産=所得=需要」と
いう三面等価があります。生産額に等しい所得があり、需要(消費
+貯蓄)がある。生産価格は、人間の所得のカタマリであり、所得
は需要の資金源になるからです。

生産面では「GDP=1人当たりGDP×就業人口」、と置き換えること
ができます。会社の総粗利益が、〔社員1人当たりの粗利益生産性
×社員数〕であるのと同じです。粗利益は付加価値であり、仕入れ
価格を引いたものです。GDPは商品の付加価値部分を言います。
(注)年間2000時間の労働を1名分と勘定します。1日4時間のパー
トなら0.5人分です。

商品の数量である実質GDPが増加するときは、
・1人当たりGDP(GDP生産性または付加価値生産性)か、
・就業人口の増加がなければならない。

わが国では1995年から、働く世代の生産年齢人口(15歳〜64歳)が
減り始めました。65歳になって完全退職する人が、15歳になる人よ
り1年に60万人も多かったからです。

就業人口が減る場合、GDPの増加は「1人当たりGDPの増加(つまり
生産性の上昇)」しかない。会社で言えば、社員数を減る中で、会
社の粗利益額を増やすには、1人当たりの粗利益生産性を、社員の
減少率以上に上げる必要があるのと同じです。

【1995年からのわが国のGDP】

(全要素生産性、資本増加、労働増加の観点から)

        1995年   2000年  2005年  2010年
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
全要素生産性  1.2%    0.9%   0.6%  3.9%
資本増加    1.0%    0.7%   0.5%  0.0%
労働増加    -0.3%    0.0%   0.0%  0.4%
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
実質GDP     1.9%    2.2%   1.3%  4.3%
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(注)2010年は、リーマン危機後の、実質GDPが5.9%低下した後の
回復期です。長期傾向的な増加は、0%付近でした。(内閣府)

この全要素生産性(TPP)が、人的な生産性の増加です。資本増加は、
生産設備と機械の増加です。労働増加は、総労働時間が増えた分で
す。

1995年くらいから、労働の増加はほぼ0%付近に止まっています。
今後は、15歳から64歳の就労率(現在は70%くらい)が上がらない
限り、生産年齢人口の減少(年1.2%:100万人)に比例し、労働増
加はなくなって行きます。

人手の生産性の増加は、今後も、年率で0.5%程度でしかない。生
産年齢人口が1.2%減り、就業人口も1.2%減れば、わが国の、長期
の基礎的な傾向は、実質GDPでは「0.5%―1.2%=―0.7%」に下が
るでしょう。(注)基礎的な傾向は、短期の好況(需要の増加)ま
たは不況(需要の減少)の要素を除外したものです。

しかしここで、「AIを装備した自動トラクター」を導入し、例えば
野菜の1人当たり収穫量を2倍する企業的な農業が増えたとします。
経済学的な上表では「資本の増加」になりますが、農場で1人当た
り生産が2倍に増えたことと同じです。

全部の農業がAI化したと仮定すれば、高齢化で農業労働が50%に減
っても、生産高は同じにできます。

労働人口は年率で1.2%減る。しかし、AIの機械がらみの資本増加
を2%にすれば、実質GDPは0.7%の減少ではなく、0.8%の増加にも
って行くことができるでしょう。

2025年の高齢化に向かって、年率10%で需要が増加(高度成長)し
ている介護も、介護ロボットの導入によって、1人が2倍の生産性に
なれば、人手の不足も解消します。介護が必要になった人が全員、
必要な介護を受けることができるようになるでしょう。

■2.蒸気機関による産業革命の英国

トーマス・ハーディに、名作『テス』があります。時代背景は、英
国がもっとも輝いていたビクトリア朝(1837年〜1901年)です。ロ
マン・ポランスキーが映画にしているのを見ました。

没落した家の美しい娘テスは、貴族の農場で働いている。そこでは、
石炭を炊く機関車のような蒸気機関で、脱穀機を動かしていました。
爆音を出す蒸気機関が、印象に残っています。この脱穀機で、生産
性は飛躍的に高まったでしょう。1台が数十人分の仕事をこなした
に違いないのです。

これが18世紀末から19世紀初頭の、「英国産業革命」でした。夏目
漱石が、世界でもっとも産業が進んでいた英国に留学し、神経衰弱
になったと言われた時期です。

蒸気機関による生産性革命は、20世紀には。電気と石油によるエネ
ルギー革命になって行きます。大きく言えば、われわれは、現在、
内燃機関をともなったエネルギー革命の中にあるのです。

AIは、この産業革命の系列につながります。わが国の高齢化と人口
減は経済成長の障害になっていますが、AIが広がる2020年ころから
は、「新たな成長のステージ」にはいるでしょう。これは予想では
なく、確定しています。東京オリンピックの2020年ころを境に、企
業が競争力のために先を争ってAIを導入するからです。

■3.米国のウーバー・テクノロジーの時価総額は7兆円

無線とセンサー付のコンピュータであるスマートフォンのアプリで、
タクシーやハイヤーの即時配車をしている、米国のウーバー・テク
ノロジーをご存知でしょうか。

世界54カ国、250都市に広がり、東京でもサービスを開始している
ので利用された方もあるかもしれません。

2009年に設立され6年に歴史しかないベンチャーです。株式の時価
総額が$700億(7兆円:ただし未上場)とすごい。わが国で7位の
三菱UFJが7.8兆円ですから、それに匹敵します(2016年9月)。産
業は新しくなっているのです。
http://www.nikkei.com/markets/ranking/page/?bd=caphigh

2000年のAmazonは、物流センター投資の時期で、まだ赤字でした。
この赤字会社は、すでに高い株価で評価されていました。インター
ネット通販の増加が予測され、有価証券報告書に書いたビジョンか
ら、アマゾンは最先端とみなされていたからです。現在、アマゾン
は、株価評価$3646億(36兆円)で世界の5位。4位のマイクロソフ
トにつぎます(2016年6月)。

タクシー配車のウーバーは、2000年のアマゾンの位置でしょう。ア
マゾンでは、その将来はインターネットの普及でした。ウーバーで
は、2020年のAI自走車です。

人の移動と物流手段の需要は、世界で$10兆(1000兆円:日本の全
GDPの2倍)と言われます。マイカー、トラック、タクシー、鉄道、
バス、電車などの総需要です。

ウーバー社は、現在はまだ有人タクシーの配車システムです。
2020年には「自走タクシー」を配車することを企画しています。

町のどこかで、携帯を使い目的地も入れてタクシーを呼ぶと、もっ
とも近い空車がきて、GPSで指定の場所に止まる。同乗の人があっ
てもいいなら、その指定をする。

ウーバー式の自走タクシーが増えると、趣味の人以外のマイカーは、
要らなくなります。配車の効率化により、現在は50%以下の実車率
が高くなって、タクシー料金は1/3以下に下がる。買い物障害を抱
える高齢者も、簡単に利用できる。個人の車も、登録しておけば、
空きのときには呼ばれて自走タクシーになり、お金を稼いでくれま
す。ウーバー社の計画では、これが実現するのが2021年からです。

わが国ではどうしょう。今からこうした会社を立ちあげても将来需
要はあるでしょう。70歳以上の運転は、反射神経の劣化のため危険
が増えるからです。経産省は、車の運転が困難あるはできない買い
物難民が700万人に増えていると推計しています(2015年)。タク
シーの利用では、高くて不便です。

(注)内閣府は、〔60歳以上の高齢者4198万人×17.1%=718万人
〕を、ショッピングセンターやスーパーに1人で出かけるのに障害
がある買い物難民としています。

わが国の産業の問題は、「高齢者化社会」で増えるニーズを真剣に
考えていないことです。顕在化した需要を追うのに躍起になってい
ます。「高齢者化社会」なら、ウーバー社のサービス・ニーズは大
きく増えるのです。AIによる自走タクシーは、高齢化社会に合致し
ます。

交通渋滞が多いシンガポールでは、2016年8月に実験が行われてい
ます(ナットノミー社:NuTonomy社)。「自走式オンデマンド移動
交通システム」という。(注)ディープラーンニングの自走は、ま
だ完全ではないので、実験の際、エンジニアが同乗しています。

2年後の2018年に自動運転車が出荷される計画という。中国の
Google風なネットの巨人、百度(Baidu)も、自動運転の部門を、カ
リフォルニアのシリコンバレーに立ち上げています。

Googleは、Fiat Chryslerと提携し、2年後の2018年には数十台の
自動運転車を出す予定です。今、まさに自動運転では技術爆発の前
夜です。

わが国が遅れないように願っていますが、どうでしょうか。第一次
石油危機の後の70年代、80年代には、わが国の製造業は新しい部分
での技術開発をしていました。1990年からのコンピュータ、ソフト
ウエア、インターネットの時代からは、米国の後塵を拝しています。

■4.AI関連の特許の件数

特許(知財)の件数自体は、直接に内容の価値を示すものではあり
ません。どの程度、未来を見据えた技術開発をしてきたかが見える
ものではあります。

以下は、2010年から2016年までの、AIに関係する特許の出願件数で
す。(パテント・リザルト調べ:週刊ダイアモンド誌より)

会社名       AI特許出願件数
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
IBM           1514件
マイクロソフト(米国)  833件
グアルコム(米国)    825件
グ―グル(米国)     681件
インテル(米国)    
サムスン(韓国)     605件
フィリップス(オランダ) 512件
ゼネラルエレクトリック(米国) 334件
シーメンス(ドイツ)   323件
富士通(日本)      309件
ソニー(日本)      293件
トヨタ(日本)      278件
フェイスブック(米国)  275件
ゼネラルモーターズ(米国)264件
ボッシュ(ドイツ)    263件
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

圧倒的に米国です。日本からは10位に富士通、11位ソニー、13位に
トヨタが載っていますが、3社を合わせても2位のマイクロソフトに
及びません。家電メーカーでは、15以内にはソニーだけです。シ
ャープが買収された淵源もこうしたところにあるのでしょう。家電
と車は、AIに近い。そこで、特許件数が少ない。

国全体では、2014年時点で米国が3500件、中国が1500件、日本3位
ではあっても、14年時点では300件程度でした(上記表は2016年)。
しかし、2015年、16年と追い上げていることはわかります。

■5.わが国のAI関連市場の予測

わが国のAIに関連する市場は、3.7兆円でした(2015年)。GDPの0.
7%程度です。医療費の10分の1以下。14年後の2030年には、87兆円
と23倍に拡大するという(EY総合研究所)。
http://eyi.eyjapan.jp/

どういった内容が挙げられているか、順に見ます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1.運輸(自動運転トラック、オンデマンドモビリティ)30.5兆円
2.卸・小売(AI利用の電子商取引、顔認証、顧客行動観察システ
 ム)                      15.2兆円
3.製造(自動運転車製造、産業用ロボティクス)   12.2兆円
4.建設・土木(建設用ロボティクス、老朽インフラ監視)5.9兆円
5.金融・保険(超高速取引、フィンテック(与信、貸し付け))
                          4.7兆円
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

以上が、2030年の予想需要額5位までの分野で、68.5兆円(構成比
で79%)を占めます。自動運転に関連したAIシステムが大きい。生
産ラインを自動化する産業用ロボティクス(AI化したロボット)も
大きい。

これからの製造業は、品質管理の学習機能をもち、生産性を高める
自動化生産ラインになって行くでしょう。AIが頭脳であり、機械的
な加工がロボットです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
6.生活関連(清掃ロボティクス、人材マッチングシステム、コール
センターオペレーター補助システム、警備関連AI)   4.0兆円
7.広告(アドテクノロジー関連システム)       3.6兆円
8.情報サービス(経営支援システム、クラウドAI、ソーシャルメデ
ィア等の監視システム)              2.4兆円
9.医療・福祉(遺伝子解析、新薬開発支援、診断支援、介護・手術
支援関連のAI)                  2.2兆円
10.電気・ガス・通信(電力のデマンドレスポンス、通信トラフィ
ック制御)                   1.9兆円
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

6位から10位には、生活と産業支援の多様なAIです。データの分析
による経営支援システムも含まれます。医療では対象分野は広い。
試行錯誤を減らす新薬開発、レントゲン画像や身体データからの診
断支援、そして介護や手術の支援シスムです。AIは、行うことがよ
り的確になるよう、人間の判断と動作をサポートします。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
11.エンターテインメント(ペット産業関連、旅行業関連、興行場
関連)                      1.5兆円
12.教育・学習支援(自学習支援システム、教員用授業支援)
9300億円
13.専門技術サービス(法務、財務等の業務支援、デザイン作成支
援    6100億円
14.物流(物流センター内作業管理、ドローン利用)  5000億円
15.不動産(都市開発設計支援システム)       4900億円
16.農林水産(農林水産産業用ロボティクス)     3800億円
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

このあたりになると、ここであげる概略の内容以外にも、人間が行
うことの支援システムを多様に考えることができます。実際には、
開発されたAIによって、この表より大きな市場ができるでしょう。

2030年の市場予測87兆円は、AIを使うシステムの、わが国での販売
額です。世界ではこの8倍でしょう。AIの利用によって上がる人の
生産性は、勘定に入っていません。この計算は難しい。例えばエク
セルによって、数表の作成と計算が、どの程度効率化したかの予測
計算に似ているからです。

AIの支援で人の生産性が大きく高まり、GDPを増やしていくことは、
間違いがない。AI化は世界の産業が先を競って行います。AI化に負
けると市場を失う。このため、事業の維持のためにも競ってAI化は
進行します。

トヨタは、自走式自動車のAIの研究開発拠点としてシリコンバレー
を選び、TRI社(トヨタ・リサーチ・シンスティチュート)を設立
し、2020年までに1000億円を投資することを決めています。AIが、
2018年以降、車の中核技術になることが分かっているからです。

インタ―ネットは1995年の、アップルを真似てマウスを使った
Windows95ともに普及が始まり、2010年ころには遍く、世界中に広
がりました。1995年に、15年後のインターネットをイメージで来た
人は少ない。(注)アマゾンは想定していました。

携帯電話とスマートフォンも、インターネットの系列です。これは
世界で、数十億人のユーザーでしょう。

インターネットの1995年に当たるのが、AIでは2015年でしょう。そ
の15年後が2030年です。その頃、世界は「遍(あまね)くAI」に向
かっています。経営支援が、ディープラーンニングのAIでできるな
ら、コンサルティングもAIで可能になるでしょう。

■6.AI化による、代替率の高い仕事はどんなものか

ルールが不変のチェス、将棋、囲碁では、2016年の時点で、トップ
プロの技能を超えています。ルールが不変とは、AIに不可能な「フ
レーム問題(前号で解説)」がないということです。

昨年の対局と今年の対局のルールは同じなので、数千万局のパター
ンを記憶して自己対戦を繰り返して日々強くなるAIに対し、将棋で
は名人クラスも勝てなくなっています。

アマ6段の棋力の山本一成氏(県名人クラス)が、開発したポナン
ザが、ここ数年ではもっとも強い。パソコンのCPUをつなぐクラス
ターを組んでスループット(入力〜処理〜出力の計算能力)を高め
たものではない、普通の速度のパソコンのAIに、おそらく棋界でト
ップの実力をもつ羽生善治棋王も勝てなくなっているのです。

プロ棋士が内々に対戦したとき勝率で5%もないということが、2チ
ャンネルなどから「聞えて」来ます。ほぼ全棋士(約150名)が参
加し、「にこにこ動画」が主催し、公式の棋戦になった叡王戦に、
今年は、羽生棋王も参戦しています。羽生棋王は、勝ち上がる可能
性が高い。

羽生さんが叡王になれば、2017年4月末にはファン待望の「羽生・
ポナンザの公式戦」が実現します。羽生さんに勝ってほしいのは切
実な願望ですが、あえて客観的にみた予想では2-0でポナンザの勝
ちでしょう。おそらくは、国民的な関心をよぶ戦いを期待して待っ
ています。

なぜプロ棋士よりはるかに劣る棋力の人が開発したAIの将棋が、プ
ロの名人クラスより強くなれるのか。過去の棋譜のデータベース的
な記憶の利用では、トップクラスより強くはなれません。棋譜は、
トップクラスのプロ棋士が考えて指した、手のつながりだからです。

トップ棋士の勝率では羽生善治棋王が最高です。1624勝451敗で72
%。2位が渡辺明竜王は68%、3位が山崎隆之八段の67%。人間同士
では10回戦って7回は勝っても、3回は負けています。他方、ポナン
ザは、対トッププロで勝率95%以上(99%か?)という。これがい
かに強いか、です。

自己対戦を繰り返し、棋譜を全部覚えていて、その上で、10手くら
い先までの読みを加えるからです。自己対戦が、ディープラーンニ
ングになる。

この延長で言うと、データ処理のルールが決まっている「事務作
業」は、2030年には、全面的に「代替可能」になっているでしょう。
その典型が、ルールが決まった複式簿記を使う経理事務です。その
他でも、定型的な事務作業はエキスパート・システムでも代替可能
になるでしょう。

野村総研とオックスフォード大学では、肉体作業のロボットのみで
はなく、知的労働とされる事務作業での代替可能な職種を挙げてい
ます。専門的とされていて、平均年収の高い順に言えば以下です。

公認会計士、不動産鑑定士、税理士、電車運転士、化学分析員、臨
床検査技師、自動車ディーラー、測量士、歯科技工士、事務員、商
品販売の外交員・・・など。これらはAIで代替できる部分が大きい。

他方、AIは、専門職の支援システムになるが、代替が難しいものは
以下です。医師、弁護士、大学の教員、記者、社会保険労務士、一
級建築士、薬剤師・・・など。

例えば医師は、AIでのレントゲンやMRIの画像診断の支援を得て、
ケアレスミスの誤りを避けた、より正確な診断と、診断の結果の治
療プログラムを作ることになるでしょう。2倍の患者を診断できる
かもしれません。これが生産性の上昇です。

■7.2020年から、AIの利用による日本経済の成長が始まる

日本は、欧米に先駆けて、労働人口の減少を主因に、GDPが伸びな
いSecular Stagnation(長期停滞)の状況に陥っています。このた
め量的緩和をして、金利をマイナスにまでしても設備投資は増えな
い。

高齢化と人口減で、将来の需要が増えないと想定されるので、増加
設備投資が起こっていないのです。(注)GDP=需要=所得=生産、
です。

AIのサポートで労働生産性が上がり、1人当たりの平均所得が増え
る人々が考えるようになると、長期停滞の状態を脱することができ
ます。将来の所得が増え、所得が増えれば商品需要も増えるとなる
と、実質GDPの、長期的な成長を現状のマイナス0.7%付近から、2
%や3%に上げることができるからです。

経営者が、将来の商品需要(内需部分)が増えると考えるように変
われば、国内の設備投資は、増えます。設備投資が増えれば、経済
は成長します。現在の低成長は、民間設備投資の増加がないことか
ら来ているからです。

そのためにも、AIの開発と利用の促進です。政府は、副作用の大き
な異次元緩和ではなく、2016年からはAIの開発と利用促進を、政策
にすべきです。米国や中国に比べ、日本のAI研究は遅れています。

失敗したリフレ策の安倍政権の、次の政権は。国家を挙げたAIの開
発と、利用促進による構造改革を政策にすべきでしょう。わが国は、
2020年ころから、AIによる高成長の時代を迎えます。

【後記】
失敗した、仮説推論をする第5世代コンピュータ(1982年〜92年:
政府が570億円を拠出)は、ディープラーニングによって、実現で
きるものになったのです。1980年代の空気は、「ジャパン・アズ・
ナンバーワン」でした。

製造業が空洞化した米国を追い越し、世界の先頭を走るという気概
を、政府も民間ももっていました。今はどうでしょうか。ジャパ
ン・アズ・フォロワーではダメです。民進党首になった蓮舫氏は、
事業仕分けの場で、100億円の政府資金を使ったスーパーコンピ
ュータ開発に対して「2位じゃだめなんでしょうか」と言いました
が、目標が2位ではダメです。世界に広がることができる情報シス
テムは「Winners Take All」の世界だからです。

米国の株価(ダウ$1万8538:2016年9月)が、妥当値からほぼ2倍
高いのは、50%はゼロ金利策が原因であり、50%は、グーグルが先
頭を切っているAIの開発・利用が想定されるからかもしれせん。

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21世紀の産業革命を引き起こすAI(1)
This is my site Written by admin on 2016年9月18日 – 10:00
おはようございます。酷暑とリオ五輪の8月が終わり、朝夕はめっ
きり秋めいてきました。人間的な時間では、過去は、刻々と瞬間の
記憶になる。「われわれは、未来への投企(projet:プロジェ)によ
って生きている」と言ったのはサルトルだったか。未来、ビジョン、
目標です。

テーマは<21世紀の産業革命を引き起こすAI>です。

AIは人工知能ですが、
・人間がプログラムを与える「エキスパート・システム」ではなく、
・自己学習によりプログラムを自動生成するディープ・ラーンニン
グ型(深学習型)のものをいうことにします。

進歩の途上なので、このAIの統一定義は、まだありません。

2016年3月に、囲碁でイ・セドルに勝ったGoogleの「アルファ碁」
から、世界的な関心を惹きました。棋譜をデータベース化し、人間
が判断のプログラムを作っていたエキスパート・システム型のAIで
は、10年以上かかると言われていたのです。

対して、パソコン1200台でクラスターを組んだアルファ碁は、10万
局のプロの棋譜をもとに、3000万回の自己対戦の試行錯誤を繰り返
すことで、世界のトップ棋士を負かすほど強くなっていました
(2015年12月時点)。0.12秒で1局の速度です。今日も強くなって
います。

「群れや集団」が原義であるクラスターは、パソコンを並列につな
いで計算速度を上げる技術です。1200台のクラスターを組むと、計
算速度(スループット)は、〔√1200倍≒35倍〕に上がります。こ
れは学習と判断の時間を1/35に圧縮できることです。

グーグルが、数百億円の投資で作った「アルファ碁」は、自己対戦
を繰り返す強化学習でこの10年を短縮したのです。

●アルファ碁のようなディープ・ラーンニング型のAIは、蒸気機関
と鉄道、石油革命、内燃機関、電気、通信、パソコン、インターネ
ットと続いてきた、近代産業の大きな技術革命の系列につながるも
のになるものでしょう。

労働人口の減少が、GDP成長のボトルネックになっている高齢化先
進の国日本にとって、今後15年で広範囲に適用されるAIロボットは、
ブレーク・スルーになります。(注)AIの頭脳をもち、AIにコント
ロールされる可動部分をもつのがAIロボットです。車も、移動ロボ
ットとしてとらえることができます。

わが国の15歳から64歳の生産年齢人口(7785万人:2015年)は、
2060年には、4418万人へと3367万人(43%)も減ります。毎年、
75万人(年率1%)も減って行く。年間の人口の減少は、熊本市
(73万人)や静岡市(71万人)の総人口に相当するくらい大きい。

GDPは、1人当たりGDP生産性×(生産年齢人口×就業率(約70
%))です。

これだけ大きく生産年齢人口が減ると、国全体のGDP(生産=所得
=需要)が増えることの想定は難しい。事実、未来に向かって設備
や機械投資を行うべき企業が、「わが国の将来のGDPが、今より増
える」とは想定していません。このため、需要の増加が必要な設備
投資が増えていないのです。

世界の年齢レースの先頭を行く、この高齢化社会に、労働力を代替
できるAIによって、希望のライムライトが照らされてきたのです。

(注)本稿は有料版で送信したものに、修正を加えたものです。約
1か月無料版の配信が途切れたお詫びとして、送ります。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

<842号:21世紀の産業革命を引き起こすAI(1)>
2016年9月18日:無料版

【目次】

1.エキスパート・システム
2.自動走行が実用化される時代
3.人工知能の4つのレベル
4.機械学習からディープ・ラーンニングへ
5.自然言語の、機械翻訳はまだ難しい:その理由
6.フレーム問題(枠組みの問題)がある
7.経済や株価へのAIの利用の問題
8.経済予測や株価へのAIの利用の問題
9.シンボル・グラウンディング問題
10.特徴量の自動設計が、新しいディープラーニングの特徴

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■1.従来のエキスパート・システム

エキスパート・システムは、専門家がもつ論理的な推論のプログラ
ムに、データベース化した情報を与えるものです。

鋳鉄の釜を藁で炊いたときのような、おいしいご飯を作る炊飯器に
は、
・温度センサーで、変化する外部情報を取り込み、
・プログラムで、加熱をコントロールするエキスパート・システム
が組み込まれています。

システムエンジニアが、ご飯を炊いて試食する実験を繰り返し、お
いしいさが「最適」になるように、加熱をコントロールするもので
す。炊飯器の脳に当たる部分に、マイクロ・プロセッサー(超小型
の単能コンピュータ)があり、プログラムが焼きつけられています。

洗濯機なども同じです。衣類に対し最適な水流になるよう、モー
ターが制御されています。これらは、炊飯の専門家、洗濯の専門家
という意味でエキスパート・システムです。1990年代からの家電の
多くには、エキスパート・システムが組み込まれています。液晶
TVでは画像エンジンです。 

これらは、「if(〜ならば)・・・、then(こう処理す
る)・・・」という構造の、知識ベースのプログラムです。

米国のアイロボット社が開発したお掃除ロボット(ルンバ)も、障
害物センサーをもつエキスパート・システムです。軽くぶつかった
ときセンサーが働いて、180度に方向を変えます。しかしこれはま
だ、自分で試行して自己学習して行くディープ・ラーンニング型の
AIではない。

■2.自動走行が実用化される時代

室内で、センサーがついた模型の車を数十台走らせる。車には自己
学習のプログラムが組み込まれています。最初、ごつごつとぶつか
る。しばらく、試行錯誤を繰り返す。そして、ある時から相手の進
行方向を予測し、お互いに方向を変えて「みずすまし」のように、
すいすい走り続けます。

(1)認識した相手の方向を、確率的に予測するプログラム
(2)その行く先とは交叉しないように、方向を自己修正するプロ
グラムが組み込まれているからです。

空中を飛ぶ昆虫の脳に近いセンサーと判断プログラムが組み込まれ、
走行経験によって、自分の知能を強化するプログラム(機械学習と
もいう)が組み込まれているのです。

脳に当たるところが、人工知能です。モーターとハンドルの走行系
の機械がロボットです。自動走行の車は、人工知能が制御するロボ
ットです。(注)2016年の新車、BMWの7シリーズは、車庫入れに限
定して自動で行います。ランダムな障害を予測する機能は、信頼性
の問題があるので、まだつけてはいません。

目的地を与えれば、途中の、ランダムに生じる障害にぶつかること
なく、障害を避ける自動走行もできます。ここが、専門家の与えた
プログラム通りにしか動かないエキスパート・システムとの違いで
す。ディープ・ラーンニング型のAIは「自己学習」ができるのです。

自己学習という点ではグーグルの「アルファ碁」で使われた新しい
AIも同じです。

われわれが録画やデジカメで使う小指の爪の大きさのメモリチップ
が数10ギガバイト(文字数で数10億文字)を記憶できるように小さ
くなり、複雑で長いプログラムと、膨大な画像データを記憶できる
ようになったからです。

近所のパン屋では、お客様が買ったいろんなパンのカゴを置くと、
形を自動認識して、瞬時に商品名と価格、及び合計額を表示します。
これにも認識機能をもつAIが使われています。POSレジのような
バーコードは要らない。時代は、ここまで来ているのです。しばら
くすれば、魚、野菜、果物などの不定形の生鮮食品を売るスーパー
のレジに応用できるでしょう。

ほぼ10年後の、進化した人工知能を内蔵する洗濯機なら、大気の湿
度や温度、そして汚れやシミの程度と成分に対応して適した洗剤を
入れ、完全に自動洗濯するようになっているでしょう。

【実用化の時代へ】
8月24日から発売が始まった日産の「セレナ」は、高速道の1車線に
限って、ドライバーが設定する30km/hから100km/hの範囲で、
自動走行ができます。

車線変更も可能になるのは、2018年からの予定です。2020年には交
叉点での一時停止を含む、一般道の自動運転になる予定です。
(注)日産によると、セレナの予約は極めて好調のようです。これ
は自動運転を支援するプロ・パイロットのAIを装備しています。

今はまだ、不測の事態への対応のため、免許をもつドライバーの同
乗が条件です。しかし2年後の2020年には完全自動走行も試行され、
2030年には普及するでしょう。AIのプログラムは、無限に複製がで
きるため、パソコンの普及の速度で利用が進みます。(注)免許を
もたない当方は、とても期待しています。

ドイツのアウディ社は2015年に、上海の公道で、自動走行の試験を
行っています。

【テスラの事故】
オートパイロットシステムを備えた、マセラッティに似たデザイン
の米国のテスラ(電気自動車)は、センサーに不完全なところが残
っていて、トラックの白い荷台からの強い反射光を「障害物ではな
い」と認識し、死亡事故を起こしています(2016年5月)。なおこ
の新車価格は、926万円から1363万円とメルセデスやBMWの大型車並
みです。

需要が多いタクシーの自動走行は、4年後の2020年には、実用化さ
れる見込みです(経産省)。

【自動走行の4段階】
自動走行は、次の4段階のステップでという。

(1)部分自動化
→緊急自動ブレーキ(AEB)。先行車両との距離を一定に保つアダブ
ティブ・クルーズ・コントロール(ACC)。車線維持支援(LKS):こ
れらは実用化されています。
(2)複合機能
→高速道単一車線での自動運転(日産のセレナ)、自動駐車システ
ム(BMWの7シリーズ等):実用化の途中です:2018年に普及。
(3)高度な自動化
→市街地を含む一般道の手放し運転(2020年に普及)
(4)完全自動化:→運転手のいない自動運転:(2020年からか)

見えない角度から飛び出してきた子供などを、瞬間にどの程度避け
ることができるかがポイントでしょう。人の、直後の動きの予測を
どう行うかという問題です。人間が事故を起こすような場合でも、
自動運転車には、事故が許されないだろうからです。Googleは、極
秘裏に、ここを研究しているようです。Googleが、Google Earthで
地球70周分の道路情報を集めているのは、自動走行車で先行するた
めと言われています。

4年後に近づいた東京オリンピックでは、運転手の乗らない自動運
転車が相当数走り回っているでしょう。まさに、未来都市図です。

■3.人工知能の4つのレベル

範囲の定義がまだ曖昧なままの人工知能は、4つのレベルに分ける
ことができるという(わが国の第1人者とされる東大准教授:松尾
豊氏)

【レベル1】単純な制御プログラム

エアコン、掃除機、シェーバー、テレビなどの自動センサー。考え
る知能ではなく、エキスパート・システムでの反応神経のレベルで
す。

【レベル2】古典的な人工知能

2015年ころまでの将棋のプログラム、お掃除ロボット、質問に答え
るウィザードシステムなど。利用する知識ベースを増やすと、自動
診断プログラムにもなります。

【レベル3】機械学習をとりいれた人口知能

Google等の検索エンジンに内蔵されたプログラム。ユーザーの検索
歴から、「次に買う可能性の高い商品」の画像とサイトを、個別に
自動表示する。グーグルで検索し、買わなかった商品の画像が追い
かけてくるのがこれです。これが、エキスパート・システムにはな
かった、予測する機能です。

数10億人のインターネット検索履歴というビッグデータ(超大量の
データ)から、多くの人が「次に買った商品が選択され、表示され
ています」。
(注)試行によって正確になっていく「ペイズ統計」が使われてい
ます。

パターン認識が1990年代から進化し、2000年代のビッグデータと連
結して、機械学習になって進化しました。ただし、この機械学習の
レベルでは、人間が、「そのものをそのものたらしめる特徴量のア
ルゴリズム(計算法)」を作って、コンピュータに与えていました。
特徴量とは、数字のリンゴとミカンなどが区分される要素になるも
のです。

この段階では、人間が、コンピュータにパターン認識の方法を、特
徴量として教えていたと言っていい。このため、特徴量の違いがど
こにあるのかわかりにくい犬と猫の顔の微妙な区分は、できなかっ
たのです。ヨットとバラの区分はできましたが・・・

【レベル4】ディープ・ラーニング(深学習)を取り入れた人口知

ビッグデータの機械学習から更に進み、モノを区分する特徴量を、
学習(試行錯誤)によって自分で発見し、判断するものです。

例えば、犬と猫の顔写真の画像データを与え、これは猫、あれは犬
と教え続けると、学習が一定量に達したとき、自動認識できるよう
になる。これがディープ・ラーンニングです。

人間は、ほぼ3歳には、学習の結果、犬と猫の顔を区分できます。
特徴となる要素と量(耳や目の形など)を、親が教えたわけではな
い。これは犬だ、こちらは猫と言ってきただけです。子供は、犬の
顔と猫の顔のデータから、区分のための特徴量を、「自分で認識す
る脳力」をもっています。

特徴量(feature value)は、区分のキーになるものです。第3のレ
ベルの機械学習では、人間が特徴量を教える必要があったのです。
レベル4では、自習して、プログラムを自動生成するのです。

■4.機械学習からディープ・ラーンニングへ

Googleは、2012年にインターネット画像のデータからコンピュータ
が猫と犬を区分できるシステムを開発し、人工知能学会に衝撃を与
えました。従来の、ビッグデータによる機械学習と違い、区分の鍵
になる、多数の要素からなる特徴量のバランスを自動で発見してい
たからです。

特徴量によって、「教えたことのない新しい犬種の犬(未経験のこ
と)」を見せても、「これは犬だ」と判断できるようになったので
す。

囲碁の石の配置は、定石をはずれると、過去にはない初めての現れ
方をします。未経験のことに対しても、「この局面での最善手は*
*」と判断できるようになってきたのです。ここで、人間が特徴量
のプログラムを作っていたエキスパート・システムとは一線を画し
ました。

猫と犬の特徴を区分して、言葉で言えるでしょうか。われわれも、
その要素はうまくは言えません。普段、分析的に見ていないからで
す。人工知能はこれを数値化(ベクトル化)するのです。

自動車のセンサーが感じる、とても多くの要素からなる「危ない」
も、同じ構造です。事故を多く起こす、人の「危なさ」の認識とは
違うかもしれません。

2010年代の画像認識から盛り上がったディープ・ラーンニングによ
って、コンピュータは、自分で経験を蓄積して自己成長するAIにな
りました。人間には制御できない進化をする可能性ももっているの
です。

コンピュータの特徴は「忘れないこと」と「計算の速さ」です。囲
碁や将棋のように、人間である名人クラスの棋力を越えることにも
なります。1秒以内に1局を打てる自己対戦からの学習によって、
どこまでも強くなる可能性があるのが、人工知能です。

猫と犬の画像を区分できるシステムは、質的な部分を含んでいるの
で、人間が行う品質管理の工程を、完全自動化するシステムとして
も応用ができます。中国が、品質管理の自動化を入れば、最強の工
業国になるでしょう。

【応用の一例】
生鮮流通における選果の工程である、おいしい野菜とそうでないも
のも、自動選別できるでしょう。米国白人の40歳代の多くがおいし
いと感じる食物と、日本人の40歳代、性別、所得、住む地域で、お
いしいと感じるものの違いも、発見できるはずです。

昨日、ある自然食のレストランで食べた有機栽培の、鮮度がとても
高い野菜は、実は、私にとってあまりおいしくはなかった。私のお
いしさを感じる特徴量は、どこか違うところにあるのか・・・

【シンギュラリティ】
人工知能が、人間の能力を超えたときを、シンギュラリティ(技術
的特異点)と呼んでいます。車の完全自動運転は、オートバイロッ
トのプログラムが、人間の脳力を越えて、完全無事故になった時点
で、実現することです。

■4.自然言語の、機械翻訳は難しい:その理由

簡単な、辞書による置き換えの翻訳は、Googleでも自動翻訳として
提供されていますが、実用に耐えるものではない。松尾豊氏は、簡
単な文の翻訳を例に挙げ、機械翻訳の難しさを指摘しています。

He saw a woman in the garden with a telescope

人間による普通の訳:「彼は望遠鏡で庭にいる女性を見た」
女性は庭にいて、彼はそれを望遠鏡で覗いている、ということです。

しかしこの自然言語は、文法的には、曖昧です。
(1)庭にいるのは、女性か彼か、定まらない。
コンピュータで、「彼は、庭で望遠鏡を使って、女性を見た」と訳
しても間違いではない。望遠鏡は、庭より、部屋の窓から使うこと
が多いだろうという常識が必要です。

(2)望遠鏡をもっていたのは、女性か彼か、決まらない。
「彼は、女性が庭で望遠鏡をもっているのを見た」とも訳せます。
これには、なんとなく違和を感じます。理由は、望遠鏡を使うのは、
男性が多いと思っているからです。

では、われわれはなぜ「彼は望遠鏡で庭にいる女性を見た」が自然
だと判断するのか。以下の「常識(共通の基礎知識)」があるから
です。

(1)男性が、望遠鏡で外を覗くという行動は、女性がそうするよ
り多いだろうという常識。
(2)男性のほうが、女性に対して強い関心をもちやすいという常
識。

以上のような言外の意、いわば文脈が知識のフィルターになって、
人は、「彼は望遠鏡で庭にいる女性を見た」と訳すのが普通だと判
断しています。

我々は、コンピュータに持たせることが難しい膨大な知識(文脈)
を背景に、その場の自然言語の意味を、瞬時にとっているのです。
翻訳が、コンピュータに難しいことは、自然言語の認識ができない
ことと同じです。人工知能は、まだ、一般常識の知識がないので、
自然言語の翻訳は難しい。

逆に、単語が難しくても正確な文章が多い学術論文は、機械翻訳が
できるでしょう。

言外の文脈に依存するにより、曖昧でも通じる文章以外は、機械翻
訳もできます。ただし小説は難しい。特に、言葉が生む概念を描く
詩もほぼ不可能です。写真は判断できます。では、ピカソの美はど
うか?

■5.フレーム問題(枠組みの問題)がある

コンピュータにとって克服するのが難しいのは、常識に依存してい
るため曖昧なままでも人間には通じる自然言語とともに、フレーム
問題があります。簡単に言うと、あらかじめ決まったルール以外の
処理ができないのです。

自動運転は、昨日と今日のルールが不変なので、AIにも可能です。
明日に障害になるものは、今日も障害物だからです。しかし3日後
は、例えば橋の存在が障害物になるとすれば、過去の、橋が障害で
はないときのルールから学習した自動運転はできません。地震など
への緊急対応も、学習していない場合はできないでしょう。

人工知能の大家、ジョン・マッカーシーの想定は面白い。

電気で動くロボットは、バッテリーが切れると動けなくなる。洞窟
の中には、バッテリーがある。しかし、その上に時限爆弾が載って
いた。設計者は、ロボットにバッテリーをもってきて、自分で交換
しろと命令した。

(1)ロボットはバッテリーをもってきたが、時限爆弾も一緒だっ
た。時限爆弾を認識する知識はもっていたが、バッテリーを運べば、
時限爆弾も一緒に載ってくることの知識はなかったからだ。ロボッ
トは、バッテリーを運んで洞窟を出たところで爆発した。

(2)設計者は、次は、「自分が何かをしたら、その行動で副次的
に起こることを考える」ように作った。するとロボットは、バッテ
リーの前で、あらゆる可能性を考え始めた。

「自分がバッテリーを抱えたら、壁が壊れるだろうか」、「天井は
落ちてこないか」、「自分が、バッテリーの重さでひっくり返らな
いか」、「時限爆弾はどうすべきか」・・・時間切れになって、ロ
ボットは爆発した。

(3)ロボットの人工知能に更に改善を加え、「目的を遂行するこ
とに、無関係のことは考えない」とした。

ロボットは、バッテリーを洞窟から運ぶことと関係があるかないか、
あらゆるケースを考えることに没頭して、洞窟に入る前に固まった。
一歩ずつ、「ここで何が起こるか」を考えたからです。

人間は、洞窟からバッテリーをもってきて交換するときは、それに
関係のある知識だけを、無意識に抽出して、処理しています。

このときは、確率が0%に近い「大地震が起これば、洞窟が崩壊す
る」とは考えません。ところが、あらゆるケースを考えて行動する
ように設計した万能ロボットは、そこまで考えてしまうのです。

人間が、普通に行っていることであっても、ロボットには難しいこ
とがあります。

■6.経済予測や株価へのAIの利用の問題

【フレーム問題】
経済の予測や株価では、1年前と今年では、人間の認識の違いが出
ます。例えば昨年は利下げで株価が上がった。ところが今年は、利
下げで株価は下がっている。金利に対する、投資家の認識の変更が
起こったからです。

このためAIが、昨年の株価と金利データの学習から、今年の株価を
予想してもはずれます。金利は、どの場合も、同じように働く自然
科学の引力のようなものではないからです。

状況の変化によって、利下げの働き方が変わります。このため、
AIによる株価シミュレーションは、原理的にできないのです。

(注)1929年からの大恐慌期のデフレは、確かに、マネー現象でし
た。この事実観察から、大家フリードマンはマネーの供給が十分な
ら、デフレにはならない。インフレになるとしたのです。リフレ派
が言う「デフレは貨幣現象」というのがこれです。

しかし、日本の1998年からのデフレは、マネーが十分に供給されな
いからではなく、世帯所得が20年で20%も減って、購買需要が増え
ることができなかったからです。経済の法則も、時期と地域で異な
ります。このため、過去のデータを学習して相関や並行の関係から
未来を予測するAIの方法は、適用できない。

【市場の本質】
また、例えば株価で未来予測ができるようになったとして、「上が
る」となれば買いが増えて上がり、上がればAIによる買いが増え、
更に上がります。最終的には、買いばかりになって売りが消えます。
これは、株価をつける市場の消滅を意味します。つまり、株価での
AIは、不可能です。

市場では、上がると予想する人が買い、下がるとする人は売ります。
異なる判断の均衡点が株価です。全員が同じ予想になれば、市場取
引は消えるのです。売買の市場があるためには、売りが50%なら、
買いも50%でなければならない。その均衡点が、価格です。株式市
場は、異なる予測を戦える場です。

経済予測(GDPの予測)もできないことは、株価の予測が不可能な
ことからもわかります。株価という要素によって、投資家の資産が
増減し、その資産の増減が商品需要を変えるからです。

日本の株価が上がっていた時期(2012年後期から2014年)には、資
産効果により、GDPに属する百貨店の機械式の高級時計や宝飾品が
多く売れていました。今、それは減っています。株価と百貨店の高
額品売上は連動しています。

■5.シンボル・グラウンディング(symbol grounding)問題

人間は、シンボル(記号、文字、言葉)から意味を理解できます。
シンボルは代わりに表すものです。馬(文字と言葉)は、実物の馬
を表しています。例えば「体に大きなシマ模様がある馬はシマウ
マ」と教えると、図鑑や動物園でシマウマを見たことがない人でも、
はじめて実物を見たとき「あれはシマウマだ」と認識ができます。

これを、AIでは、「シンボル・グラウンディング(シンボルによる
通底)」と言っています。

AIは、言葉の意味内容が理解できません。このため、言葉が表す概
念によるシンボル・グラウンディングができません。「シマ模様が
ある馬はシマウマ」と教えても、シマや馬の意味を理解していない
ので、実物の認識ができないのです。

【AIのディープ・ラーンングには画像が必要】
言葉はシンボル(記号)です。AIは記号の意味内容を認識できない。
AIにシマウマを教えるには、シマウマの画像と馬の画像を学習させ
ておかねばなりません。

■7.3つの障害以外でのAI

以上のように、AIには、(1)ロボットが、時限爆弾で爆発してし
まうフレーム問題、(2)シマウマなどの、言葉のよる説明だけで
は、実物の画像と結びつかないシンボル・グラウンディング問題が
あります。

AIでは、ルールが変わると過去の学習が無効になり、小説での顔の
描写からはその顔をイメージできない。これは、原理的な階層での
ことです。

▼画像認識におけるニューラル・ネットワークの方法

人間の脳は、ニューロン(神経細胞)がシナプスのネットワーク
(つながり)でつながって、できています。トランジスタをニュー
ロンとしたとき、それを結ぶ回路(配線)がシナプスです。シナプ
スが伸びてつながったとき、記憶ができます。

あるニューロンがシナプスでつながった他のニューロンから信号を
受け取って、その信号が一定量(閾値:しきいち)の臨界を超えて
興奮すると、次の別のシナプスに信号を伝えるというのが、脳の物
理的な働きです。

電気回路では、閾値を超えると1になり、1未満のときは0の信号を
出力すると置き換えることができます。出力が1と0ですから、コン
ピュータのスイッチ回路で模倣できるのです。このときの入力信号
の強度の重みが肝心で、この重みの違いが情報です。(注)頭から
煙を出して信号を強くして考えるというのは、シナプスの物理に合
致しています。

例えば、手書き文字の認識です。われわれは、2と5や3の手書き文
字の違いを、どう認識しているのか。

画像センサーから、文字情報がドット(点)の重みとして入ってき
ます。たとえば、28×28=784マスの方眼用紙で、点の集合を数値
化して認識するとします。784マスの方眼用紙が、ピクセル(画
素)に相当します。この画素データの重みを、784マスの位置とと
もに、コンピュータが認識します(入力層)。そして、この入力層
のデータは、次の「隠れ層」に渡される。隠れ層という理由は、学
習によって正しい答えを学習し、そのアルゴリズムを自動生成する
からです。

ここで処理されたデータが出力層に移り、ペイズ確率的に0から9の
どの数字に合致するかという結果を、瞬時に表示します。

その中身を言えば、3である可能性が20%、5である可能性が80%と
いった具合です。このときは、5と判断されます。これが、ニュー
ラル・ネットワークでの画像判断の方法です。要は、確率です。人
間な「曖昧」な認識をしています。手書き数字では、3にも5にも見
える数字も、あるからです。

癖のある手書きの数字をたくさん読ませ、これは5、あれは3と教え
て、変化に幅がある手書き数字を学習する。これがディープ・ラー
ンニングです。たくさんのデータ(ビッグ・データとも言う)を使
うので、ディープと言う。

100万件くらいの手書き数字を、ひたすら読ませ、人間が正解を教
え込む。人間も、はじめて数字を書いてから、その手書き数字を、
ほとんど誤りなく判断できるには、幼稚園の年数をかけています。

学習が済んだAIは、手書き数字を、人間よりはるかに早く判断しま
す。この判断は、学習が終わった結果の、ニューラル・ネットを使
う「予測フェーズ」になります。予測というのは、認識の対象にな
る新しい手書き数字は、AIにとって学習結果を使う未来だからです。

AIが間違えることもあるのは、過去の画素の重みのデータに基づく
確率的な予測であるためです。人間も読みまちがえる手書き数字も
あるでしょう。

人間にとっても、あらゆる判断は予測です。この食べ物がおいしい
かどうか、過去のおいしいものの経験(=学習結果)に照らして、
ほぼ70%や80%以上合致すれば、おいしいと判断していることと同
じです。

以上が、AIの脳に相当するニューラル・ネットの構造です。

■8.特徴量の自動設計が、新しいディープラーニングの特徴

▼機械学習で難問だったこと

年収と関係があると思われるデータをいろいろ集めたとします。性
別、年齢、学歴、職業、会社での役職、居住地域、好きな色、好き
な食べ物、誕生日・・・などです。年収とこれらの各特徴量の関係
は、「多変量解析の方程式」で表せるでしょう。

【特徴量の数値化】
Y(年収)=性別×a+年齢×b+学歴×c+職業×d+役職×e+居
住地×f+好きな色×g+好きな食べもの×h+誕生日×i・・・
などです。

このa、b、c・・・を特徴量と言います。性別、年齢、学歴、職
業、役職は個人年収との関係が深いでしょう。関係の深さは、特徴
量が大きいことを意味します。居住地、好きな色などはどうでしょ
うか。ほとんど関係がないように思えます。

ディープ・ラーンニングに前の、機械学習の段階(1990年代まで)
では、この特徴量を、人間が判断して入れていたのです。ここが、
認識して判断するAIの最大の難関になっていました。人間が最適プ
ログラムを作っていたエキスパート・システムに似ていたのです。

人間の論理的な思考は、この特徴量を元にしています。

顔が左右対称な人には、仲間由紀恵のような美人が多いというのも、
左右対称と美人という要素の、相関関係による論理的な思考です。
美人=30%×左右対称+20%×やせ形+15%×切れ長な目・・・で
しょうか?(違うかな・・・)

芸術の美などはどうでしょうか。要素が難しそうですね。ゴッホ、
ルノワール、セザンヌ、ピカソは、どれがより高次元の美か。

▼ディープ・ラーンニングは、多階層のニューラル・ネットで、特
徴量を自動生成する

ディープ・ラーンニングの方法の優れた点は、区分と判断の元にな
る特徴量を、学習を通じて自動生成し、成長する点です。簡単な事
例のディープ・ラーンニングは、冒頭で言った「自走式の模型自動
車」です。

カメラが受け取った画像情報から、ぶつかった障害物の特徴量を把
握し、次はそれを避けるハンドリングをする。試行錯誤を繰り返し
て、自分の経験で、障害物を避けることができように賢くなって行
く。

AI化し、ディープラーニングする将棋や碁のソフトでは、1局1秒以
内で勝敗まで行く自己対戦を繰り返し、数か月も動かしてゆけば、
どんどん強くなって行きます。どの駒の配置が最終的な勝ちになる
のか、駒や石の配置での、正確な特徴量を強化し続けるからです。

将棋や碁も、ニューラル・ネットからの判断した指令で機械的に動
くロボット部分をいれれば、自動走行車と同じです。

これは、人間の代わりに働くロボットを作ることもできることを示
しています。AIが産業過程に普及すれば、高齢化による生産年齢の
減少は、経済成長と無関係になります。欧州や米国のように移民に
頼らずとも、労働人口を増やせるからです。

以降、経済成長と生産と所得の増加に関係するAIは、次稿で述べま
す。日本の希望の21世紀のために。

【後記】
難しいとされるディープ・ラーンニングの原理を、ご理解いただけ
たでしょうか。理解しておけば、2030年、2040年に向かう大きな成
長と所得増加に向かう長期計画も立ちます。医師の場合も、例えば
レントゲン画像やデータ検査での診断は、正確に自動化できます。

インターネットは1995年の普及期開始から、20年です。生活に欠か
せなくなったスマートフォンも含め、あまねくインターネットにな
っています。AIも、これから20年後、2035年には、すべてがAIとい
う爆発期を迎えるでしょう。人類の知恵はすごいプレゼントをして
いたのです。

フォードのベルトコンベア・システムの原理を作ったフレデリッ
ク・テイラーは、『科学的経営法』を、未来への贈り物としました。
AIも、近い未来への贈り物です。

1995年には、インターネットと電子メールは、技術者が使う専門的
なものでした。ほぼ10年で、小学生や80歳台の人も使うように様変
わりしました。自動走行から始まる人工知能も同じです。10年後に
は「普通」のものになるでしょう。

遅々としていたエキスパート・システムや機械学習と違い、ディー
プ・ラーンニングは、アルファ碁がごく短期間で開発されたような、
時間短縮を行うからです。

夢だった鉄人28号や鉄腕アトムの時代が実現します。よくないとこ
ろでは、戦争もロボット化されます。軍事は世界で大きな政府需要
があるので、もっとも早いかもしれません。

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◎購読方法と届かないことに関する問い合わせは、ここにメール
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最近の有料版の目次です。

<829号:サマーズの「長期停滞からの脱却論」(1)>
        2016年6月8日:有料版

【目次】
1.長期停滞は、貯蓄の増加があっても、
投資が増えないことから起こる
2.負債の崖(Debt Overhang)などの論は、部分的な説明
3.自然金利と実質金利
:実質金利>自然金利のとき、経済は長期停滞する
4.貯蓄の超過と寡少な投資がもっとも大きな問題
5.クルーグマンの流動性の罠論についての言及
6.マネー増発政策のリスク
7.名目GDPの達成目標を掲げ、財政を拡張すること
8.財政赤字が巨大化しても問題ではない
【後記】

<831号:リフレ政策の失敗とサマーズの長期停滞論(2)>
        2016年6月22日:有料版

【目次】

1.サマーズの長期停滞論:その後半部
2.金利が下限に達しているので、金融政策では効果がない
3.財政拡張での、先進国世界の協調が必要である
4.新興国からの資本流出の問題
5.長期停滞から脱するための拡張財政の実行は、容易である

【後記:今後も財政破産は絶対にないとする説について】
http://www.cool-knowledge.com/2016/09/18/1256/
http://archives.mag2.com/0000048497/?l=ose082569d  

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