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トランプ氏は、「未来の予言者」  スタッフが支える 産業界にはどっちが良い なぜ世界的企業では40才でトップに立てるか 
http://www.asyura2.com/16/hasan114/msg/513.html
投稿者 軽毛 日時 2016 年 10 月 19 日 00:17:15: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

トランプ氏は、「未来の予言者」

もしトランプが大統領になったら…

哲学者・萱野稔人が語るトランプが象徴する「本当の問題」
2016年10月19日(水)
日野 なおみ

 11月8日に投開票を迎える米大統領選挙。世論調査の多くがヒラリー・クリントン氏の優位を伝えているが、健康問題や電子メール問題などを抱えているだけに予断を許さない。対する共和党のドラルド・トランプ氏は女性蔑視発言などが発覚して劣勢に立たされているものの、暴言を繰り返しても致命傷にならないところが強さの一つだ。

 日経ビジネスでは「もしトランプが大統領になったら(もしトラ)」という仮定の下、世界にどのようなインパクトを与えるのかを検証する。世界最大の経済・軍事大国である米国の大統領は、同盟国である日本の経済や安全保障に多大な影響を与える。

 トランプ氏が米国大統領になれば、世界の勢力図はどのように変わり、日本はどんな影響を受けるのか。思想界の気鋭、津田塾大学学芸学部国際関係学科教授の萱野稔人氏に聞いた。(聞き手は日野 なおみ)

日経ビジネスオンラインは「もしトランプが大統領になったら…」を特集しています。
本記事以外の特集記事もぜひお読みください。

萱野稔人(かやの・としひと)
津田塾大学教授。哲学者。1970年生まれ。早稲田大学卒業後、渡仏。2003年、パリ第10大学にて哲学の博士課程を修了。2007年から津田塾大学准教授、2013年から現職。衆議院選挙制度に関する調査会委員などを歴任(写真:朝日新聞社)
米国大統領選挙が佳境を迎えています。

萱野氏(以下、萱野):もう少し前ならば、場合によってはトランプ氏が大統領になる可能性もあると思っていましたが、さすがに難しくなってきました。反トランプ陣営が持っていた爆弾(女性蔑視発言の動画)のインパクトが大きすぎたように感じます。

 対して反クリントンの爆弾は、相変わらず健康問題やメール問題、もしくは「中国からカネをもらっている」という批判くらいで変わり映えがしません。私自身は、トランプ氏が大統領になることはないと思っています。

 ただ注意しなければならないのは、たとえ大統領選でトランプ氏が負けるとしても、彼の発言を過小評価してはならないということです。トランプ氏が大統領になれば、なおさらでしょう。

 トランプ氏は、日本や韓国から米軍を撤退させるべきだとか、環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱して保護主義を進めるべきだとか主張を続けてきました。彼の政策は、ひと言で言えば「アメリカ・ファースト」。確かにトランプ氏の表現は過激ですが、主張する内容は今後の米国の方向性を明確に示しています。

 ですからトランプ氏の主張そのものは、彼が大統領になろうがなるまいが、米国社会や米国が今後進む方向性を示していると捉えています。

オバマ大統領とトランプ氏の主張の共通点

萱野:実は今年の年明け、オバマ米大統領が一般教書演説で訴えた内容の中には、トランプ氏の主張とさほど変わらない部分があるのです。

 オバマ大統領は一般教書演説で、米国が世界の警察官となることなく、世界の安全保障について関係国と責任を分担し、限られた軍事力をより選択的に使う必要があると語っています。

 トランプ氏は当初、駐留経費を全額負担しなければ在日米軍を撤退させる、日本が核武装するのも止めないなどと主張をしていました。これは確かに過激すぎます。けれど方向性は、「責任を分担する」というオバマ大統領の考え方と変わりません。

 これはもっと大きな文脈で捉えれば、これまでの米国覇権を中心とした世界の構図そのものが変わっているということです。米国が、世界の覇権を引き受けられなくなった様子を見事に象徴している言葉でしょう。

 経済的に見ても、米国はもはや世界唯一の超大国ではありません。大国ではあるけれど、「唯一の超大国」ではない。中国の追い上げを受けているし、ロシアからの挑戦も受けていますから。2020年代には中国が米国のGDP(国内総生産)を抜いて、世界1位になるとも予測されています。米国の経済的、軍事的覇権が揺らぎつつあることは客観的な事実であり、否定はできないのです。

 そうした中で、オバマ大統領は米国が世界の警察官の役割から降りなくてはならないと語った。その主張を過激にしたのがトランプ氏です。

 米国はこれまで覇権国として、自国の利益だけでなく、世界全体の利益を考えてきました。時に横柄だと批判されることもありましたが、米国が世界全体のことを考えて行動してきたことは否定できないでしょう。その米国が世界の警察官から降りて、「アメリカ・ファースト」へ方針を転じようとしている。この流れはオバマ大統領が始めたもので、トランプ氏はそれを過激化したということです。

トランプ氏の政策は軟着陸?

つまりトランプ氏が米大統領になっても大きな流れは変わらない、と。

萱野:「アメリカ・ファースト」に向けたスピードは速くなるでしょうから、多くの人や国は戸惑うでしょうし、抵抗感を示すでしょう。けれど方向性はこれまでと変らない。いずれはそうなるものが、早まるというイメージでしょうか。

トランプ氏が大統領になれば、米国の国民感情や愛国心に変化は起こりますか。

萱野:米国民は、一層内側を向くようになるでしょう。ただ米国の政策が劇的に変わることはないと思っています。

 例えば安全保障に関しても、これまで米国と日本が続けてきた関係があるわけです。トランプ氏が大統領になっても、一旦はそれを受け継がないといけません。突然、在日米軍を撤退させることなどできないし、日本がいきなり核兵器を持つこともあり得ない。

 トランプ氏が「アメリカ・ファースト」を掲げて当選したとしても、一旦は、これまでの方向性を踏襲して、既存のエスタブリッシュメントと方向性をすり合わせていかなくてはなりません。つまりトランプ氏の登場によって火が付いた「アメリカ・ファースト」「アメリカナショナリズム」といった信条は軟着陸させられる可能性が高いのです。

ヒラリー氏が大統領になった方が危ない?

萱野:欧州でも同じことが起きています。欧州では1990年代半ばから極右勢力が台頭し、9.11以降、一気に拡大して順調に勢力を伸ばしています。私はフランスに留学していたので、フランスの国内事情はよく理解していますが、フランスではこの25年くらい、極右勢力の主張がどんどん洗練されてきています。

 かつてはもっとあからさまに「外国人は出て行け」と主張していましたが、その表現が選挙で勝てる言い方に変わってきているのです。「これはフランス人のためなんですよ」と。フランスの極右・国民戦線は「日本のように自国で外国人の入国管理ができるようになりましょう」「冷静に犯罪率を見れば、黒人とアラブ人が多いでしょう」と訴えている。政策が洗練され、より国民に受け入れられやすいスローガンに変わっているのです。その分、過激さは弱まっています。

 極右勢力は選挙の度に得票を伸ばしていますが、実際に政治の場で主張を実現できる存在になると、あまりに過激な発言はできなくなる。トランプ氏を支持していた勢力も、行政的な継続性や他国との関係の中で自分たちの主張を形にしようとすれば、段々と穏やかな主張に変わらざるを得ない。けれどもその流れを目の当たりにするので、有権者は納得できるわけです。

トランプ氏が大統領になった段階で、ある程度ガス抜きがされるということでしょうか。

萱野:「あなた方が主張していたことを政策として実現するとこうなる」ということを国民が学ぶようになりますから。

 逆にトランプ氏が大統領にならないと、トランプ支持派の意見はもっと過激になるでしょう。不満としてくすぶるので、より過激化しやすくなるし、米国社会の底流に鬱屈した形で沈殿するようになるはずです。

米国社会でトランプ支持派のガス抜きがされるとなると、トランプ氏が大統領になるリスクは少ないように感じます。

萱野:私自身は、さほどリスクはないと考えています。ただあらゆる意志決定が面倒になるでしょうね。トランプ氏およびその側近、支持層を説得するのに時間がかかりますから。

 もちろん、ヒラリー氏が大統領になった場合と、トランプ氏がなった場合とでは違いがあります。ヒラリー氏が大統領になればより協調主義になるだろうし、トランプ氏であればより強く「アメリカ・ファースト」を打ち出すでしょう。けれど繰り返しますが、トランプ氏が主張する方向性は、オバマ大統領と変わっていないのです。より過激な表現で「アメリカ・ファースト」と言っているだけなのです。

 彼の掲げる「アメリカ・ファースト」のスピードを、もう少しゆっくり進めましょうと説得する必要はある。その手間が大変なだけで、具体的に困ることはあまりないと感じています。日本では皆さん、「トランプ氏が大統領になれば大変なことになる」と騒ぎすぎなのではないでしょうか。

ヒラリーだって嫌われている

そう考えると、ヒラリー氏が大統領になって、トランプ氏の支持層である白人の低学歴・低所得層の鬱屈したものが過激化する方がリスクのように感じます。

萱野:どちらが大統領になっても、米国内を統治することの難しさは変わらないでしょう。今回、米国は相当、分裂しましたから。

 ヒラリー氏が大統領になっても、共和党支持の白人貧困層からはそっぽを向かれるでしょう。ヒラリー氏だって消去法で選ばれた不人気候補ですから、米国3億人の国民をうまく統合できるとは思えません。やはりある種のエリート主義が強くて、これまで既得権益を持っていたこぼれゆく中間層の白人たちの意見を上手くとりまとめるのは難しい。

 同じようにトランプ氏に対しても、アレルギーを持つ人が国民の半分以上は存在する。さらにトランプ氏が大統領になれば、共和党が分裂する可能性もあるでしょう。伝統的な共和党支持者と、新しく出てきた不満分子の支持者たちが対立し、共和党執行部は党内の意見をまとめきれないかもしれません。党内の亀裂を修復できる人物がいればいいのでしょうが、今のところ思いつきません。

トランプ氏のこれまでの発言を見ると、日本や日米関係に関する理解が乏しいように感じます。トランプ氏が大統領になれば、日本はどんな影響を受けるのでしょうか。

萱野:メリットもデメリットもないと考えています。TPPが頓挫する可能性は出てくるでしょうから、経済的な影響は考えられます。ただ影響といっても、TPPはまだ交渉の最中ですから、現状から何かが大きく変わるとは思えません。そもそも日本は80〜90年代の日本バッシングを受けて生産拠点を米国に移したりして、貿易不均衡の批判をくぐり抜けてきています。ですから今さらトランプ氏が日本を叩こうとしても、簡単に叩けるものではないはずです。

 もちろん品位の問題はありますし、彼が米国大統領にふさわしくないと拒絶反応を示す気持ちは分かりますが、それでも騒ぎすぎではないでしょうか。

日本は大転換を迫られる?

萱野:安全保障の観点で言えば、むしろヒラリー氏が大統領になった方が、中国に対して強硬に出る可能性があると考えています。

 基本的に、ヒラリー氏はオバマ政権ほど、中国に対して寛容政策は取らないはずです。オバマ大統領は中国に対し、「話せば分かってくれる」と8年間耐えてきました。これは2008年の世界金融危機以降、中国が公共事業などを増やし、世界経済を救ってくれた背景があったためです。中国とも、協調的な関係を保つと考えていたのがオバマ大統領でしょう。それでも中国との関係は進展しなかった。

 ヒラリー氏は、両国の信頼関係が崩れたところから出発しなくてはならない。ヒラリー氏はオバマ大統領ほどの博愛主義者ではありませんから、中国に対して、厳しく出る可能性が高いはずです。米中関係の緊張が高まれば、当然日中関係の緊張度も増すでしょう。

 トランプ氏とヒラリー氏の政策は、中国の東シナ海や南シナ海への海洋進出に、どれだけ米国が関わるかという面でも違います。ヒラリー氏の方が関与度合いは高い。トランプ氏が大統領になれば、それぞれの国は自分たちで中国との問題に対処しなくてはならないでしょう。ただ、この問題については、米国がどこまで介入するのが地域の安定にとって望ましいのか答えは出ていません。私自身、どちらが好ましいのかはまだ分かりません。

トランプ氏が大統領になれば、日本の軍事面での負担は大きくなると懸念する声もあります。

萱野:トランプ氏が現在の主張を全て実行できれば、ですよね。ただ私自身は、本当はもう少し軍事費を増額してもいいと思っています。トランプ氏が大統領になれば、日本は国のリソースをある程度は軍事費に割かなくてはならなくなります。これは戦後、経済中心主義で軽武装、日米安保を柱に据えてきた吉田ドクトリンを大転換させることでもありますから、大きな意味を持つことになるでしょう。

トランプ氏が象徴する世界情勢の変化

戦後、日本の取ってきた方針が大転換されるということでしょうか。

萱野:そうなる可能性も考えなくてはなりません。ただ、冒頭から説明しているように、トランプ氏が大統領になろうがなるまいが、米国の方向性は変わりません。米国の超大国の地位が揺らぎ、日本が米国に頼っていられなくなる状況がいつかは訪れるわけです。

 さらに日本にとって難しいのは、米国の地位を脅かすのが中国やロシアの台頭であり、北朝鮮の冒険主義であるということです。日本を取り巻く極東の情勢が大きく変わり、同時に米国のプレゼンスが低下している。こうした地殻変動の渦中にいるのが日本なのです。

 トランプ氏が大統領になろうがなるまいが、トランプ氏は未来の予言者であると私は思っています。米国の未来の方向性を指し示しているし、過激な分、未来を先取りしているとも言える。ではその時に日本はどうすべきか。トランプ氏の存在が、日本に安全保障のあり方を問うているわけです。

 国々の力関係が変動する時、世界情勢は最も不安定になります。20世紀には、英国の地位が低下したから、欧州での力関係が変わり、ドイツが英国に挑戦する形で、2回の世界大戦が起こりました。

 戦後、英国から米国にヘゲモニーが移り、今度は米国の地位が低下しつつある。それに挑戦する中国が台頭してきました。中国が今後、どれだけ冒険主義に走るのかは分かりませんが、力関係が変わる時に秩序が不安定になる事実を、我々は100年前に学んでいます。

 その地殻変動がまさにアジアで起こっていて、トランプ氏は国々の均衡が変わりつつあることに問題提起をしている。日本では、「トランプ氏はやばい」ということを煽るばかりで、彼が提起している本当の問題を捉えようとしていません。多くの人々が、トランプ氏さえ大統領選で敗れれば、この問題は終わるであろうと考えています。けれどもそれは、あまりにも世界情勢についての認識を矮小化しているのではないでしょうか。日本はどうするのか。我々は本気で考えなくてはなりません。


このコラムについて

もしトランプが大統領になったら…
米大統領選の投票日、11月8日まで、レースは秒読みの段階に入った。
共和党の候補、ドナルド・トランプ氏には女性蔑視発言という新たな“逆風”が加わった。
共和党の重鎮たちの間で、同氏を見切る発言が相次いでいる。
だが、トランプ氏はこれまで、いくつもの“試練”を乗り切ってきた。
米兵遺族を中傷する発言をした時にも、「タブーを破った」として評価を下げたが、いつの間にか、民主党のヒラリー・クリントン候補の背中が見える位置に戻ってきた。
クリントン氏が再び体調を崩すことがあれば、支持率が逆転する可能性も否定できない。
「もしトランプが大統領になったら…」。
この仮定は開票が済む、その瞬間まで生き続けそうだ。
日経ビジネスの編集部では、「もしトランプが大統領になったら…」いったい何が起こるのか。
企業の経営者や専門家の方に意見を聞いた。
楽観論あり。悲観論あり。
「トランプ氏の就任が米国の『今』を変える」との意見も。
百家争鳴の議論をお楽しみください。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/101200023/101700011

 

“トランプの家”でも米の政治スタッフが支える

長門 正貢 日本郵政社長 読書の時間はありません

『トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ』『トランプ』
2016年10月19日(水)
長門 正貢
 日本郵政社長の長門正貢さんに、ご自身の読書録をお聞かせいただく本コラム。いつもは、これまで読まれた本の中から、経営や自己の成長に役立ったものについて伺っているが、今回は特別版として、米国通の国際派である長門さんに、「もしトランプが大統領になったら…」を、本を(ちょっとだけ)絡めてお送りする。(文中敬称略)
 ちょうど前の週(10月6日〜)、世界銀行の総会で渡米されていたそうですね。

長門:はい、もちろん大統領選挙の話をしに行ったわけではないですけれど、折に触れてその話にはなりました。米国留学時代の同級生、国務省や財務省に勤めていた友達が11人、「ナガトを歓迎しよう」と、家族を連れて集まってくれたのですが、ディナーが日曜(10月9日)の夜だったんですよ。

 2回目のディベートの日ですね。

長門:そうなんです。現地で夜の9時から。「お前には悪いけれど、見たい」とみんな言うんですよ。「遠くから来た僕より大事なのか」「うん、トランプが大事だ」と(笑)。結局、9時15分に解散になって、悪いことをしました。僕は9時半から、おしまいの11時まで見ましたよ。

 印象はどうでしたか。

サマーズ曰く「シリアスさはだいぶ低下した」

長門:Anything can happen. ブレグジットもそうでしたよね。だから、まだ可能性はあるけれど、確率としてはだいぶ落ちたと思いました。なにか状況をひっくり返す隠し球があるかもと思ったけれど、どうも、ここまでではないかな、という印象でした。

 これは米国の金融・財政関係者も同じことを言っていました。元財務長官のローレンス・サマーズに3回、この件を聞く機会があったんです。5月に米国西海岸のパーティで、壇上で司会者に聞かれたときは、むにゃむにゃいいながらも「分からない。五分五分よりちょっと低いくらいかな」と。でもこの前、9月末に来日したときに聞いたら「その質問は、もはやシリアスさがだいぶ低下したと思っています」という答えに変わっていました。トランプの可能性はせいぜい3割だと。

 そして世銀総会の最終日のイベントで、またサマーズが出てきて、同じ質問が出たら「もう、ほとんどその可能性はない」と言い切っていました。

 ひと安心でしょうか。

長門:でも、「あわやというところまでトランプが支持を集めた」というインパクトは米国に永久に残ります。“ヒラリー大統領”になったとしても彼女の4年間の政治スタイル、政策に影響がないわけがないです。米国は経済成長と人口増を続けてきた国ですが、その中で「負けてしまった」人がいる。それがリーマンショック以降顕在化し、とくに製造業で働いていて、インカムが増えない層の不安が勝っています。これもブレグジットと似ていますね。グローバル化、国際貿易、移民増加などの利益を受けることができなかった人々が、トランプをサポートしている。これが今回の大統領選挙のひとつの教訓。

 トランプがここまで来た理由は、グローバリズムへの反発だということですね。

長門:もちろん、それだけじゃないと思いますよ。もうひとつ、どちらかというと最初の理由は、大統領選が始まった段階で、「次はヒラリー」だと、誰の目にも見えてしまったことにあるんじゃないでしょうか。共和党を見てもジェブ・ブッシュくらい。しかも早々に勢いを失ってしまった。

 こうなると「せっかく大統領選挙をやるのに、ショーとして面白くない」と、米国民の多くが思います。

 ほとんど勝負が決まった試合を見ても仕方ない、誰か出てこないか、みたいな…。
私が見たトランプの印象

長門:その点、トランプはテレビ番組「アプレンティス(The Apprentice=見習い。トランプがホスト役を勤めたリアリティショー)」で大人気を博した、しゃべりの面白い芸達者な人。「無責任だけど、彼が候補者になったら何を言うのか、テレビで見てみたい」という層が、本当に現状に不満を持っている人以外に、相当あったのではないでしょうか。

 日本から来た友人とのディナーを早めに切り上げたいくらいに…。

長門:1回目の討論会も視聴したんですけれど、普通に見て、ヒラリーの方が成熟しているし、知識、経験があるのは誰でも分かったと思いますよ。それでもなおかつ、2回目も見たい、中傷合戦でかまわない、という、テレビショーとしての楽しさへの期待がある。

 しかし、こうしてみると、ヒラリーがこんなに不人気なら、共和党はもしかしたら、普通にやっても勝てたのかもしれませんよね。


『トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ』ドナルド・J. トランプ、トニー シュウォーツ著、ちくま文庫
 そういえば、トランプとお会いになったことがあるとか。

長門:トランプがプラザホテル買ったころに自伝本を出したでしょう(『トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ』)。当時米国にいて、あれを読んだんです。その中で彼の哲学が「絶対に鞄を持たない」と。たぶん、鞄に資料などを入れて持ち歩かなくても、その場の当意即妙で勝負できる、ということじゃないでしょうか。頭がいい人のやり方です。ああいえばこういう。弱点は、数字を入れた細かい議論で詰めていくと、詰まるか逃げる。

 いかにもですね。

長門:読んでみたら彼に興味がわきまして。80年代後半には、日本興業銀行(当時)のニューヨーク支店も彼の不動産部門にお金を貸し付けていた。その縁もあったので、当時の副支店長と一緒に、トランプタワーのオフィスに行きました。プラザホテルを見下ろすオフィスに、美人の秘書を従えて、大きな背丈で出迎えてくれましたよ。私が「不動産はいま加熱している。バブル化しているんじゃないかとの声もある。あなたはまだまだ拡大しているけど懸念はないのか」と聞いたら「俺も心配している。だけど、世の中には王冠に付く宝石のような、ジュエル級のアセットがあって、そういうものは心配ない。俺はジュエルだけを狙うんだ。たとえばプラザホテルみたいにね」とか言っていました。


『トランプ』ワシントン・ポスト取材班、マイケル・クラニッシュ、 マーク・フィッシャーほか著、 文藝春秋
 非常にディプロマティックで、とても感じが良かったですよ。だから、アプレンティスで「You're Fired!」と叫ぶトランプを見たときはびっくりしました。要するに目立ちたがり屋で、そのために振る舞いを変えることができる人なんでしょう。

 ワシントン・ポストがまとめた辛辣な評伝『トランプ』を読んでみたんですけれど、まさしく、人の話題になることが何より好きな方のようで。この目立ちたがりが大統領になったら米国は、世界はバラエティ番組、いや、リアリティショーになるんじゃないかと思わされます。

“トランプの家”でも、米国の政治スタッフは支えきるだろう

長門:それについては、僕はちょっと違う見方をしているんです。米国の政治体制はそんなに柔じゃないんじゃないかなと。

 確かにトランプは危ないことをいっぱい言っていて、その通りに米国が動いたら大変です。だけど、いざ大統領になって、政策を作ろうという時には、これまで共和党政権を支えた経験者がポリティカルアポインティ(政治的任用)で入って、チームで動き出すはずです。なんだかんだ言って共和党には優秀な政治の実務人材がたくさんいる。トランプが思いつきで言っていることでも、ずっとまともな形に肉付けされて出てくるでしょう。だとすれば、そんなにひどいことにはならない可能性も高い。

 なるほど。では世界経済への影響はどうですか。

長門:これも心配するほどは揺れないでしょう。あまり言うと楽観的すぎると叱られそうですが、やはり、組むであろう閣僚、スタッフの間を通っている間に、トランプの施策は止揚されてマイルドになると思います。

 別の理由としては、米国の力はむろん絶対的には強力ですが、かつてよりは相対的に弱まっている。世界が米国の意向ひとつで動くほど、シンプルではなくなってきたということもあります。仮にトランプが大統領になったからと言って、ただちにものすごい事態が訪れることはない、と考えています。

長門:米国の大統領は、たとえばアイゼンハワーなど、人間味や気安さを売り物にして選挙戦を勝った人もいるし、トルーマンも最初はまったく期待されていませんでしたが、ちゃんと戦後体制を作りました。他のチョイスのほうがもしかしたら、よりいい結果になったかもしれませんが、米国の民主主義、政治人材のインフラは凄い。大統領1人がどう騒いでも動かない部分もいっぱいありますし。

 人材といえば、政治的任用でホワイトハウスに入るのは、どういう人達なんでしょうか。

長門:もちろん野心もあるけれど、「米国のために」と思っている人が多いですよ。その中に、すこしウォールストリート寄りとか、反対寄りとか差はあるけれど。

 たとえば、次期大統領の経済政策は誰が見るんでしょうね。

長門:財務長官ですね。それは世銀総会の参加者の中でも話題になっていました。従来なら、ウォールストリートの大立者たちの出番で、ポールソン、ルービンなどもそうだったのですが、今回はそういう人達は絶対に出てこないだろうと。

 そういう人たちは、トランプ現象や、バッテリーパークの「誰もが銀行員嫌い」デモを見て、潮目が変わるまでは出て行かない。また、政府も選べない。「おそらく、かつて財務省や中央銀行にいた、清い心を持っている人から選ぶことになるだろう」というのが会場参加者の雰囲気でした。

国内回帰は誰がなっても止められない

長門:世銀総会でも、米国金融機関のトップたちは自らの課題として、レギュレーションがいっそう厳しい方向に振れていくことを挙げていました。リーマンショック以後8年くらい経ちましたが、「金融業界はほうっておくと何をするか分からない。しっかり監督せねば」という意識はいまだに強くなり、どんどん厳しいルールが科されそうです。現地の金融マンは「厳しく監督されるのがイヤだ、というレベルで異議を唱えたいのじゃない。プレーヤーとして、マーケット全体の流動性が落ちてしまい、本来の業務が果たせなくなることを恐れているんだ」と口々に言ってますね。

 例えば、自己勘定での投資がボルカールールなどで禁止されましたが、金融機関にとっては収益機会が減る、市場にとっては供給されるお金が激減してしまう。そういうことですから。

 草の根の怒りはまだ解けていない。

長門:ええ。金融業界、ひいてはグローバリズムで潤った層への激しい憎悪を、今回のトランプの“大健闘”は見せつけたわけです。「世界よりも国内だ」という圧倒的なプレッシャーが、トランプがなるにしてもならないにしても、次の大統領にはかかります。残念ながら、それは間違いないでしょう。


このコラムについて

長門 正貢 日本郵政社長 読書の時間はありません
わが国の金融業界きっての国際派、かつ読書家として知られる長門正貢氏。現在、日本郵政の社長を勤める長門氏に、これまで読んできた中から、自分自身の経験から選んだ、ビジネスパーソンへの推奨本を語っていただく。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/16/051900003/101800004/


 


トランプとヒラリー、産業界にはどっちが良いか

目覚めよサプライチェーン

2016年10月19日(水)
坂口 孝則

(写真:AP/アフロ)
 米国大統領候補として、ドナルド・トランプ氏とヒラリー・クリントン氏の闘いが熾烈になってきている。いまのところはヒラリー氏が優位であると複数のメディアは伝えている。しかし、これまでの大きな投票の際、事前予想が結果と乖離したケースは多々あった。今回も闘いが終わるまで冷静に眺めるべきだろう。

 さて産業界は、それぞれが大統領に選ばれることで、自分たちにどのような影響が出るのかを気にし始めている。特に小売業界は、両者の発言を注目している。今回は、産業界、とりわけ小売業にとっては、どちらが大統領になるのが好ましいのかについて考えてみたい。

TPPについての両者の見解

 まず、日本でも話題になっているTPP(環太平洋経済連携協定)に関してはどうだろうか。TPPは、Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementの頭文字を示すことは、よく知られているとおりで、経済の自由化を目的とする。従って、障壁がなくなると売上高の拡大につながる産業は歓迎し、自国内で保護されてきた産業は崩壊の危機だと反対する。

 トランプ氏は日本でも紹介されているとおりTPPに反対で、「米国の製造業にとってデスブロー(最後の一撃)になるだろう("would be the death blow for American manufacturing")」と語っている。さらに、お得意の口調でTPPを批判し、何度もTPPをレイプだと表現している。TPPは、米国をレイプしたい利害関係者がこぞって推進しているもので、かつ裕福な者たちが貧しいものたちを抑圧するためのものだという解釈だ。

 トランプ氏はグローバリゼーションの中では中間層が割を食う立場にあり、TPPがそれに拍車をかけるという。そこには、良くも悪くも、自らがグローバルに利益を得ている経営者としての姿は見つからない。自由貿易を推進する団体は、このトランプ氏の意見について、トランプ氏の経済政策下では、米国製の製品コストが上昇し、求人が減り、経済が弱くなると反論した。

 対するヒラリー氏は、当然ながらオバマ政権下で、もともとTPPに対して好意的だったものの、選挙を前にやや評価を変えてきている。TPPは、彼女の基準を満たしていないとし、今後、細部を詰めるべきだとしている。

 イメージとして、トランプ氏はTPPに反対することで中間層を取り込み、ヒラリー氏は正面から賛成ができないと思っているのか条件付きで留保しているように見える。

TPPにかける産業界の期待

 しかし産業界からは、特にアパレルなどからはTPPに期待する声が上がっている。ベトナムなどとの貿易で関税がゼロに近づけば、輸出入が盛んになり、メリットが多いと考えているからだ。考えてみるに当然で、既にTPP対象国で生産工場がサプライチェーンに存在する企業は、関税の撤廃が、そのままメリットとなる。このメリットを享受する企業として、コロンビア、ヘインズやナイキなどの固有名詞があがっている。さらに彼らは調達先としてではなく、同時にアジアを販売先とも考えているので、そのメリットは大きい。

 産業界全体ではこの大統領選挙について、どのような感情を抱いているだろうか。面白い資料がある。それは「US Election Business Outlook: Retail Executives See Significant Cause for Concern around Protectionism & Tariffs」という米GT Nexus社の資料だ。小売業の各社トップが気にしていることは、選挙戦で、各陣営が関税などを政治的に翻弄することだ、という。トランプ氏に反論した団体と同じように、小売業のトップ44%が保護主義の台頭による商品コスト上昇を懸念している。

 彼らは同時に原材料調達の価格上昇も懸念しており、その上昇分については、36%のトップが最終商品価格に転嫁すると答えている。この36%をどう見るかで意見はわかれるだろうが、消費者にとって不利益なのは間違いがない。

税制についての両者の見解

 次に税制についてだが、トランプ氏は法人税を35%から15%に引き下げると演説した。これについて、産業界は一定の評価を与えており、米国に投資する企業が増えるだろうという意見が多い。減税分が投資に回れば景気に好影響を与えるとしている。ただ、考えてみれば、減税に反対の企業は存在しないだろから当然の反応ともいえる。

 一方でヒラリー氏は、オバマ大統領が述べた、法人税を35%から28%にするというプランについて評価を明らかにしていない。トランプ氏の減税は専門家から言わせれば非現実的だとする指摘を受けて、ヒラリー氏は発言を慎重にしていると思えなくもない。一方で、ヒラリー氏は経済政策として大規模なインフラ投資を発表しており、それによって雇用増を目指すとしている。

 なお、米国の小売業協会(NRF)は、法人税よりも前に、売上税の公平化を訴えている。現在、米国では一部の州において、州をまたぐ取り引きには売上税がかからない仕組みとなっている。従って、リアル店舗よりもネットショッピング業者の方が税金が少なくて済み、それにより販売競争力を得ている。消費者にとっては1ドルでも安価な方で購入するのは当然だろう。

 しかし、税金の抜け穴によってリアル店舗の被害が拡大している。NRFは小売業の適正な利益の確保は、地域社会の保護にもつながるとし意見書を出している。小売業の中でも、地場に根ざした団体などは、新大統領に対して、引き続きこれら税の公平性を訴えていくものとみられる。この点について、クリントン氏は地方自治体の徴税をサポートすると述べており、アマゾン・ドット・コム嫌いで知られるトランプ氏は、アマゾンが税逃れをするためにワシントン・ポストを買収し(ネット企業に有利になるように)政治家にプレッシャーをかけていると述べた。

労働基準について

 次に、両者は労働者保護について、どう語っているだろうか。両者とも最低賃金の引き上げについて言及している。まず、トランプ氏は、最低賃金は10ドルになるようサポートすると語った。逆に最低賃金を上げない、という主張ならば、共和党の候補としてはわかりやすい。さらに本人の過去発言からも合致がいく。しかし、選挙戦が進むにつれて、最低賃金上昇賛成にかじを切ったほうが良いと判断したようだ。

 本人はビジネスマンだからグローバル競争では最低賃金の引き上げが企業活動にとってマイナスであるとは理解している。だからこそ、かつての発言は、最低賃金の引き上げはできないというものだった。

 一方で、ヒラリー氏は、オバマ路線を引き継ぐと見られており、12〜15ドルの最低賃金を推進する立場だ。

 これは誰の立場で見るかによって意見が異なる。小売業経営者の立場から見ると、コストアップだ。しかし、小売業労働者の立場から見れば、拒絶する理由はない。米国小売業は4200万人もの労働者がおり、米国内でもっとも労働者数が多いセグメントの一つだ。関心が高まるのも無理はない。

結局どちらがふさわしいのか

 ここでまとめると、あくまでも小売業の経営側からの見方ではあるが、

*TPP:トランプ氏×、ヒラリー氏○
*法人税:トランプ氏○、ヒラリー氏?
*最低賃金:トランプ氏×、ヒラリー氏×

となるだろう。しかし、両者の意見が選挙戦を通じてずっと同じではないし、さらに、大統領に就いてからの政策現実度は、全くわからない。その意味で、小売業者の多くは、どちらにせよ、大きな未来図を描いてくれる候補を祈念するしかないだろう。

 ところで、両候補とも、70歳に近く、どれくらい米国の成長を描けるかはわからない。それを考えると、そのぶん、若きオバマ大統領のレームダック化に、さまざまな哀しみを抱く米国人がいるのは理解できる。目立つ論点が、TPPに賛成「しない」、あるいは規制を「強化する」といった、前向きでないものが多い。それが単なる私の印象にすぎなければいいのだけれど。


このコラムについて

目覚めよサプライチェーン
自動車業界では、トヨタ自動車、本田技研工業、日産自動車。電機メーカーでは、ソニー、パナソニック、シャープ、東芝、三菱電機、日立製作所。これら企業が「The 日系企業」であり、「The ものづくり」の代表だった。それが、現在では、アップルやサムスン、フォックスコンなどが、ネオ製造業として台頭している。また、P&G、ウォルマート、ジョンソン・アンド・ジョンソンが製造業以上にすぐれたサプライチェーンを構築したり、IBM、ヒューレット・パッカードがBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を開始したりと、これまでのパラダイムを外れた事象が次々と出てきている。海外での先端の、「ものづくり」、「サプライチェーン」、そして製造業の将来はどう報じられているのか。本コラムでは、海外のニュースを紹介する。そして、著者が主領域とする調達・購買・サプライチェーン領域の知識も織り込みながら、日本メーカーへのヒントをお渡しする。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258308/101700052


 

 

なぜ世界的企業では40才でトップに立てるのか?

元外資系オヤジ直伝!「グローバル人財のつくり方」

マネジメントに必要なのは「偏差値頭」より「胆力」
2016年10月19日(水)
岡村 進
海外勤務という「荒療治」が意識を変革した

 学生時代に一所懸命勉強し、偏差値の高い大学に入って、世間的に有名な企業に就職してほっと一安心! 最低限そこそこの人生が約束されたような安堵感に包まれる。ところが勤め始めたら、何かが違う気がする。そう思いながらも、自分を環境に合わせていく。そうこうするうちに本来の自分がどんな自分だったか段々わからなくなっていく…。気づいたら30代も後半──。

 まさにそれが自分だった。とにかく人に好かれたい、上司によい奴だと思われたい…恥ずかしながらそういう思いが人一倍強かった。自分の自信のなさの裏返しだったと、いまは冷静に振り返ることができる。

 そんな自分の意識を変えてくれたのは、会社の命令で行った何度かの海外勤務だった。


海外勤務は、日本企業の社員の意識を変革する契機になり得る。
 海外勤務の最初のころは、通じない英語に七転八倒しながら、日々を生きるのに精いっぱいだった。慣れない生活で、毎日が「? ? ?」の連続だ。だから、人目なんて気にしている余裕すらなかった。

 家に電気を通すために業者に工事をしてもらうというような身近なことすら、海外では簡単ではない。電気工事の予定日に作業者が来ないなんていうのはざらだ。だから何につけ、必死に自己主張しなければ必要なものが手に入らない。今から思えば、自分を海外へ派遣してくれた当時の勤務先に心から感謝する。海外への派遣は、気弱な自分にとって最高の荒療治だった。

グローバル企業の経営者の若さに驚く

 現地の生活に少しずつ慣れていくと、肌で感じる疑問もだんだんレベルアップしていった。例えば、日本の本社の指示で、現地企業の経営層のアポイントをとって自分も同席することがよくあったが、対話からの学びもさることながら、驚かされるのは、次々と出てくる海外のエグゼクティブの若さだった。

 「えーっ、なんで?」「30代後半で数千名の社員を率いているの??」「天才か?!」

 もっとも当時は「まったくの別世界」と勝手に思い込んで、その理由まで深く追求して考えることはなかった。その後、数奇なめぐりあわせでグローバル企業に勤めることになり、多くの国のエグゼクティブたちとともに働き、議論も戦わせるようになった。そして再び思い出した、古くて新しい疑問…。「なぜグローバル企業では40才で世界のトップに立てるのか?」 皆さんはどう考えるだろうか?

 日本人は資質の点で劣るのか? もちろんそんなことは絶対にない。

 私は日米欧三極の組織でマネジメントを経験したのち、現在経営している研修会社を立ち上げた。いろいろな業種の若手から役員まで、実に多様な方々と向き合う、ありがたい機会をいただいている。日本人の人柄のよさや、論理的思考や、資源の制約に文句を言わずにどうにか成果を作り上げる能力の高さ──といったことにはいつも感動させられる。だからこそ思う。「もったいない!」と。


なぜグローバル企業では40才の若さで世界のトップに立てるのか?
成長のスピードを「調整」する日本人

 日本のビジネスパースンの多くは、部長まで20年、課長まで15年…などと、それぞれのポジションに至るまでの時間を、「無意識のうちに」逆算して生きている。そして、「成長しすぎないように」知らず知らずのうちにスピードを調整しているのだ。

 これは本当に「fair(公正)」なんだろうか?

 若いころは優秀だったのにだんだん色あせていった…というようなビジネスパースンを、読者の方々も時折、目にしないだろうか? 私は僭越ながら、そういう人は可哀そうだとつくづく思う。全員とは言わないが、そういう人たちの多くは「スピード調整」をしているうちに輝きを失ってしまったのだ。人は本当に十人十色。20代で能力が伸びるひともいれば、40代になってから性格が落ち着いてきて成長するひともいる。人事部勤務の時代に、ひとの多様性の奥深さを学んだ。それぞれが伸びる時期に、思う存分頑張るチャンスを与えるのがfairであり、真の「diveristy(ダイバーシティ)」ではないだろうか。

 日本の伝統的企業は、社員が部長や課長といったポジションに昇進するまでの最短期間(年次管理)について、勇気ある撤廃を行えばよい。そうすれば、思いがけず急速に育つ人財が少なからず存在することが明確になるはずだ。グローバル企業で多くのエグゼクティブと共に働いてきた私は、経験則からそう確信している。

多様性のある環境へ、積極的に人財を投入すべし

 さて、グローバルに活躍する日本人ヤング・エグゼクティブ養成に効果的なもう一つの工夫は何か?

 それは多様性のある環境への人財の投入だ。子会社でも、海外でも、取引先でも…どこでもよい。面談をしていて「この人は若いのに考えに厚みがあるな」と感じさせてくれるのは、ほとんどが一度でも外の飯を食って、自社の価値観が絶対ではない、という経験をしているひとだ。若くして異なる価値観、異なる文化に身を投じることは圧倒的にその人の能力を伸ばす。

 ちなみに私は海外で、人目を気にせず、人生を楽しむという成長のエネルギー源を手に入れた。他社との合弁会社への出向時には、正しいと思えばとことん論破する(日本人のように人柄のよさを印象づけようなどとは思わない。最後に一歩引いたりはしない)文化に驚かされた。外資では、社長になっても言うことをきいてくれない部下に悩まされ続け、「マネジメントとは何か?」と真剣に考えさせられた。

答えはいつも中庸にある

 言うことを聞かない部下を叱りつけて「羊」にしたてるのがよいのか? それとも放牧して自由気ままな人財をそのまま伸ばし続けるがよいのか?

 答えはいつも中庸にある。長く戦場のようなところで仕事をしてくると、どちらか一方に偏ることが、その華やかさとは裏腹に、リスクとなることも学んだ。だから、中庸。ただし、高い次元での「芸術的調和のとれた中庸」の大事さを感じている。

 そのように考えるに至った今、日本企業はいままで、羊をつくることに偏り過ぎたのではないかと思う。


日本企業は「羊」のような社員を多くつくりすぎたのではないか。
 昨年インドに出張に行ったときに、訪問した日系企業の人が、「現場で問題が起きた時、日本では現場がその問題を解決する。しかしインドでは、マネジメントが自ら出て行かないと問題を解決できない。だからこそマネジメント能力が養成される。日本では現場が優秀なので自発的に問題を解決できるが、一方でマネジメントがマネジメント力を養う訓練の機会が少ないことに気づいた」というのを聞いて「なるほどなぁ」と思った。

 日本企業のように協調性を重視するDNAを社内に埋め込まなければ、インドの企業の社員のようにそれぞれがそれぞれの主張をとことん語り続ける。しかし、それをまとめることこそがマネジメントの仕事なのだ。そしてマネジメントがマネジメント能力を養う機会は、トラブル発生時に限らない。

 昔、グローバル企業に勤めていたころに、腕はよいが常に社長である自分の足元を掘り続けている部下がいた。「俺のほうが社長にふさわしい」、そんな思いがあったのかもしれない。日本企業ではあからさまにそういう動きをとると自然に排除されていくから、その時の自分は正直いらいらした。はらわたが煮えくり返ることも多かった。

できる奴が上司の足元を掘るなんて当たり前

 あるときふと、グローバル・エグゼクティブにその件についてこぼしたときに、「できる奴が上司の足元を掘るなんて当たり前じゃん。そういうやつをマネージしながら業績を出すために、会社はお前に金を払ってるんだよな。楽な仕事なら頼まないよ」と言われた。

 あまり詳細に書くことはできないのだが、長くビジネスパースンをやってこられた方なら容易に想像がつく状況だと思う。そして「俺はそんな時、寛容に臨んできた」と言う方が多いかもしれない。ただ、グローバル企業の上司・部下の問題は、日本企業の上司・部下の問題とはレベルが違うケースが多い。

 でも、今の私は、むしろもっと好き勝手に部下に暴れられたらいいと、そんな風に思っている。仕掛けるほうは世界レベルで稼ぐ人間たちだからとことんしたたかだし、そこに絡んでくる人間もかなり優秀だ。そうなるともう、腹を立てたら負け、感情を乱したら隙ができて負け…オリンピック競技ではないが、どんな厳しい状況下でも乱れない「胆力」の勝負となっていくのだ。

どんな状況でも乱れない「胆力」が必要

 昔、日本のある大手証券が倒産したときに、社長が社員を悪くないといって泣いたシーンがいまもまだ目に焼き付いている。日本人として私は心底共感した。大好きな経営者だ。ただ、外国人エグゼクティブはかなり辛口だった。社長が感情をコントロールできなくなったら終わり…という哲学が彼らにはある。

 そして、私もまた、グローバル企業の世界を少し垣間見て、彼らと同じように感じるようになったのも事実だ。つまり、喜ぶのも、怒るのも、哀しむのも、楽しむのも…すべてが「under my contorol」──自分のコントロール下で行わねばならないほど、グローバルビジネスの現場は個性豊かな人間たちの集まりなのだ。言い換えればたくさんの「地雷」も埋められて職場が成り立っている。もっとも、厳しい環境だからといって、そこで自分の身を守るために「羊」養成を始めた途端、まず間違いなく、ダメなマネジメントとレッテルを貼られていつかは放逐されるであろう。

 なぜそこまでして自分の感情をコントロールすることを求められるのか? それはマネジメントが部下の個性を引きだしてこそビジネスは伸びるとの信念からだ。実績をあげることのできる営業担当者ほど、社内で関連部門に「とにかくやれ!」と無理難題を投げつけるものだ。だから周りの評判は悪くなりやすい。しかし、顧客の要請にこたえて周りに圧力をかけることが、組織全体の処理能力を高めることが少なくないのも事実。あるときにトップマネジメントが、「できる営業担当に人格教育などしたら数字が出なくなる! 組織の成長も止まる!!」と海外での事例を挙げて語るのを耳にしたことがある。なるほど…非情であり、論理的でもあると思った。

「寛容になる」だけでは不十分

 いま日本ではダイバーシティブームだ。いったいどこまで本気なのだろうか? 「寛容になりましょう!」という次元にまだとどまっていないだろうか。

 それぞれの個性を尊重し…、という綺麗ごとを超えて、良いところをさらに伸ばす、そのために必要なら悪いところすら増長させてしまえ! 彼らが上司に歯向かってきても気にするな。はらわたが煮えくりかえっても感情を乱すな…果たしてそんなリアルな現場を受け入れる「覚悟」を持って、ダイバーシティを推進しているだろうか?

 すべては組織の「sustainable growth(持続的成長)」のために──そう割り切ってマネジメント力を高めるために不可欠なのは「胆力」。若くして世界のトップに立つ人間は、どうやらこの「胆力」を異文化環境に身を置くことで徹底的に鍛えてきているように感じている。

 私が戦略的キャリア開発において、資格でもなく、英語でもなく、「胆力」強化を重視するのはそんなところに理由がある。そしてふと、かつての日本のモーレツサラリーマンには胆力があったことを思い出すのだ。様相の変わった日本で、どのように過去から学び、いかに胆力を鍛えなおすか?

 次回はそんなことを考えてみたい。


このコラムについて

元外資系オヤジ直伝!「グローバル人財のつくり方」
 日本経済を取り巻く環境がますます厳しくなる中で、今後のグローバル競争の時代を生きていくビジネスパーソンはどのようにキャリアを重ねて行ったらよいのだろう──。
 この連載では、日本の生命保険会社に20年勤務した後、外資系金融会社の日本法人トップも務め、日本企業と外資系企業の双方の良さを知る筆者、岡村進氏が「グローバル“人財”に必要な資質とは何か」「グローバル時代の働き方」「外資系企業の強さはどこにあるのか」といったテーマについて毎回、熱く語っていく。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071900056/101500003/  

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