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ブレグジットが促す「壁のある世界」への回帰 公開中『シリア・モナムール』が見せるシリア内戦のリアリティ
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投稿者 軽毛 日時 2016 年 7 月 14 日 01:00:44: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 



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ブレグジットが促す「壁のある世界」への回帰
公開中『シリア・モナムール』が見せるシリア内戦のリアリティ
2016.7.14(木) 竹野 敏貴

シリアとの国境に近いトルコ南部ガジアンテップ県の難民キャンプで、訪問するアンゲラ・メルケル独首相を一目見ようと集まった難民たち(2016年4月23日撮影)〔AFPBB News〕
ハンガリーの大統領府は、EUが打ち出した加盟各国への難民受け入れ分担計画の是非について、既に実施を表明していた国民投票を10月2日に行うことを明らかにした。 
移民の移動路「バルカン・ルート」にあるセルビアとの国境地帯に長々と有刺鉄線網を張るなど難民対策に出ているハンガリーは、EUの危機対応策を批判してきた。 
その危機の根源、シリア内戦はいまだ泥沼にある。ラマダン明けの祝祭日に合わせ72時間の停戦を発表しても、交戦はやまなかった。 
そうしたことも、いまや、日本のメディアは、小さく伝えるだけだが、ネットには、現地の惨状を伝える記録があふれている。 
『シリア・モナムール』が映し出す惨状
現在劇場公開中の『シリア・モナムール』(2014)は、自国の現実を、民衆が、権力の側が、様々な者が撮影した映像を、次から次へと映し出す。デモ、弾圧、拷問される者、銃撃戦、放置された死体・・・。 
シリアの人々が携帯などで撮り、ネットにアップしたそんな動画を集める映画人オサーマ・モハンメドは、2011年5月、カンヌ国際映画祭のパネルディスカッションで、政治犯とされ拘束された人々の釈放を訴え、帰国できなくなっていた。 
そんなオサーマのところに、SNSで知り合ったホムス在住のクルド人女性シマヴが、ネットを介し、戦禍の映像を送り届けるようになる。 
シマヴは、学校をつくり、子供たちを撮った。彼女自身、撮影中、銃撃戦に巻き込まれ負傷した姿もある。大勢のシリア人と、シマヴ、オサーマの共同作業であるこの映画は、シリア内部からの悲痛な叫びの記録である。 
パレスチナ・ビリンの叫び』(2011)も、争いの地内部からの映像の記録。 『壊された5つのカメラ 
5年に及ぶ記録の舞台はヨルダン川西岸地区ビリン村。オリーブ栽培など農業を生業とするイマードが、4男が生まれたことを機に、その成長を記録しようと手にしたビデオカメラによる映像である。 
時を同じくして村に分離壁が建設されたことから、壁をめぐる抵抗の記録も始まったのである。 
イスラエルの入植者を隔離し「安全に保つため」つくられた壁により、土地と自由を奪われた村民たちは抗議デモを続けた。武装兵士と投石する村民。暴力、催涙弾、発砲、逮捕・・・。時とともに入植地は膨張する。 
ビリン村は抵抗運動のシンボルとなった。他の村もビリン村をモデルに抵抗運動を始め、2008年には西岸地区全体に波及した。イスラエル政府は第3次インティファーダにつながることを恐れた。 
カメラは、故障し、被弾し、事故に遭い、5年で5台を数えた。1台目が壊れた時、農業以外の収入がないイマードを助けたのはイスラエル人の友人だった。 
入植地はイスラエルの縮図
壁に衝突し、4台目が壊れたとき、瀕死の重傷を負ったイマードは、テルアビブの病院に運ばれ助かった。抗議デモに参加するイスラエル人が負傷したこともあった。パレスチナとイスラエルの人の間に常に壁があるわけではない。 
報道写真家ジブ・コーレン』(2006)で入植地について語る。 パレスチナ問題を追い続けるイスラエル人報道写真家ジブ・コーレンは、ドキュメンタリー『1000の言葉よりも 
「シラット・ハヤムに住む16の入植者の家族は、見張塔とフェンスに囲まれ、軍に守られ生活している。それはガザの入植地の中のパレスチナ人が住む飛び地の中にある。4重構造になっているのだ」 
「パレスチナ人とユダヤ人が囲み合うシュールな世界。これはアラブ国家に囲まれたイスラエルの縮図とも言える」 
事件が起きたとき即時対応できるよう、カメラを肌身離さず持ち歩き、「報道写真家は職業ではなく人生そのもの」と語るコーレンだが、パレスチナ暫定自治区での取材では、「イスラエルの工作員と思われないよう」ヘブライ語のものも電子機器も持たずサングラスも外す、と言う。 
そして、テロが頻発するイスラエルでは、取材しながら、被害者の中に知人がいないことを願う、とも語る。庶民の平凡な日常にも危険が隣り合わせなのだ。 
民族、宗教などを理由に作られた様々な壁は、平凡な日常を唐突に遮断する。 
「世の中で起きていることが信じられなかった。バカげてる。国境の壁が崩壊するなか、国内に壁ができるなんて」 
「同じ歴史と地理を教わってきた。同じ国の国民として、私たちの世代は民族なんて関係なかった。正教でもカトリックでも、血の混じる家族にはクリスマスも復活祭も2度来た。自由に結婚もした」 
『ブコバルに手紙は届かない』(1994)の主人公たちが、「7つの国と国境を接し、6つの共和国で構成され、5つの民族からなり、4つの言語が話され、3つの宗教があり、2つの文字を使用しているが、1つの国を構成している」異文化融合のシンボル、ユーゴスラビア連邦の崩壊が進む現実を前に語る。 
ベルリンの壁崩壊とユーゴ解体
ドナウ川に沿うクロアチア北東部の都市ブコバル。1989年11月、ベルリンの壁が崩壊した頃、クロアチア人のアナとセルビア人の夫トーマの新居が完成した。 
「ユートピアが終わりを告げ、ベルリンの壁が崩壊した。ヨーロッパは統合が進み、新たな希望に満ちあふれていた」。2人も未来への希望に満ちあふれていた。 
1990年1月、ユーゴ共産主義者同盟解体。自由選挙実施決定。 
結婚の日。デモ隊と遭遇する。「クロアチア万歳!」「ユーゴスラビア!」。テレビに映し出される集会。ベオグラードでは「セルビア万歳!」ザグレブでは「クロアチア!」。 
1991年5月、スプリットの造船所でのデモが暴動に発展。不安を隠せないアナにトーマは言う。「国の分裂を欧州が認めはしない」。 
トーマは連邦軍に徴兵された。家の外壁には「セルビア人は出ていけ」の落書きがある。「故郷の街で一晩にして2流市民扱いか」。 
6月、クロアチア議会が独立宣言採択。スロベニアも。 
「兄弟殺しの全面戦争になるぞ」「世界が止めるさ」 
「故郷で眠り、目をさましたら外国だ」 
スロベニアで武力衝突。「紛争を憂慮、ユーゴ国民自身の手で解決するよう」ECの声明。 
8月、クロアチア各地で本格的戦闘。連絡途絶えたトーマを探しユーゴ中を巡るアナ。夫がセルビア人だから仕事もクビになった。 
10月、ブコバルに連邦軍兵士としてやってきたトーマ。旧友の多くがクロアチアの軍服を着ている。「敵を撃つ時も命は奪わないようにした。その一線は越えられない」。 
愛国心の形は様々
11月、ブコバル陥落。ドナウ川に死体が浮かぶ。瓦礫と化した町の空撮映像で映画は終る。1993年8月から11月にかけ、まだ周辺は戦闘中、前線まで十数キロというブコバルで撮られたこの作品は、フィクションながら、戦禍の描写が実にリアルである。 
思想、文化、郷土愛・・・、様々な「個人の事情」は無視され、内戦では、国家間の戦争以上の矛盾に悩まされながら、多くの兵士が戦っている。 
劇中トーマは語る。「愛国心は様々だ」「国と同じように軍隊も混乱していた。裏切り、敵軍に加わる者、国外に逃げ出す者、基地を明け渡す部隊・・・」 
南北戦争勃発時のミズーリ州で戦う『楽園をください』(1999)の主人公たちを取り巻く事情も複雑である。 
奴隷制の是非をめぐり南北分裂が進み、36度30分以北は自由州、以南は奴隷州とすることが決められた米国。 
しかし、「州の権利を尊重する」公約で選ばれたフランクリン・ピアース大統領の民主党政権が、以北にあるカンザス準州、ネブラスカ準州について、奴隷州になるか自由州になるかは、住民投票の結果に任せる、との法を通してしまう。 
結果、両派は移住競争を始め、カンザスは二重政府状態、衝突の絶えない「血塗られたカンザス」となってしまった。 
そして、1860年末、奴隷制反対を掲げたエイブラハム・リンカーンが大統領選に勝利すると、対立は決定的となり、60万人以上の犠牲者を出す内戦、南北戦争へと向かうのである。 
カンザスに隣するミズーリは奴隷州であるにもかかわらず、公的には連邦に残留、南部連合に合流する勢力もあったため、住民は南北に分かれて戦った。 
「自分で自らの州を守りたいから前線には行きたくない。だから正規軍には入らない」と語り、南軍民兵として戦う『楽園をください』の主人公たちにとって、大義のための戦いではなく、家族や友を守る戦いだった。 
壁のない世界から壁のある世界へ
その正規軍の司令官、名将として知られるロバート・E・リー将軍も、戦いに矛盾を抱えていた。 
戦火迫る頃、リンカーン大統領から合衆国陸軍(北軍)司令官就任を要請されたが、南部の連邦脱退に反対、奴隷制にも反対だったにもかかわらず、故 郷ヴァージニアへの思いから辞退、南軍で戦うことにしたのである。
奴隷制という人種の壁を作る既得権にこだわり、南部が合衆国を離脱しようとした南北戦争。 
多重構造が当たり前のボーダレス社会で過ごしてきた人々に、突然、政治が壁をつくり、内戦に進んでしまったユーゴスラビア連邦。 
入植地という飛び地が至る所にあり、壁とテロで分断されているイスラエルとパレスチナの現状。 
どれもが、不寛容になり壁をつくるばかりのいまの世界への警告となる。 
英国が国民投票でEU離脱を決めた。しかし、そのことが、英国内に、さらなる壁を作りかねない事態も招いている。スコットランド独立問題の再燃である。 
国民投票で3分の2が残留を支持したスコットランドには、独立によるEU残留を推す声が上がっている。一昨年、独立を問う住民投票を行う際、EUに加盟する英国にとどまるのが最善、と英国が説いたこともある。 
自治政府首相は、再び住民投票へと向かう構えも見せている。同様にEU残留票が多数を占めた北アイルランドでは、アイルランド共和国との合流という「United Ireland」への思いも再燃しかねない。 
自由気ままに主導権が握れないEuropean 「Union」を離脱したことが、イングランド主導の英国という「United」Kingdom解体へと向かわせる危機を呼び込む皮肉。 
マネーも情報も娯楽も、そしてテロリズムまでもがボーダレスに行きかい、フラットになるばかりの現代世界で、民族自決を是とし、国という壁をつくり、培われてきた体制は、大きな曲がり角に来ているのかもしれない。 
(本文おわり、次ページ以降は本文で紹介した映画についての紹介。映画の番号は第1回からの通し番号)
(1206)シリア・モナムール
(1207)壊された5つのカメラ
(1208)1000の言葉よりも

(1209)ブコバルに手紙は届かない
(565)(再)楽園をください

シリア・モナムール
2014年シリア・フランス映画 Eau argentee, Syria autoportrait 1206.シリア・モナムール
(監督)オサーマ・モハンメド、ウィアーム・シアヴ・ベデルカーン
内戦下のシリアの人々が携帯などで撮影しネットにアップした戦禍の現実を伝える動画を集める映画人オサーマは、カンヌ国際映画祭のパネルディスカッションで、政治犯とされた人々の釈放を訴えたため、祖国に帰れない。 
そんな時SNSで知り合ったホムス在住のクルド人女性シマヴは「ハヴァロ(クルド語で友)、もしあなたのカメラがシリアにあったら、何を撮る?」と問いかける。 
そして、内戦の現実を映し出すシマヴの撮った映像がネットを通しオサーマのもとに送り届けられてくる・・・。 
民衆が、権力の側が、そしてシマヴが撮影した映像が、現在進行形のシリア内戦の現実をつきつける本作の邦題は、オマージュが捧げられている原爆の記憶をめぐるアラン・レネ監督の名作「二十四時間の情事」の原題「Hiroshima Mon Amour」からきたもの。 
本作の原題は、クルド語の「シマヴ」が意味する「銀の水」である。2015年山形国際ドキュメンタリー映画祭優秀賞受賞作。 
壊された5つのカメラ
2011年パレスチナ・イスラエル・フランス・オランダ映画 Five broken cameras パレスチナ・ビリンの叫び 1207.壊された5つのカメラ
(監督)イマード・ブルナート、ガイ・ダビディ
ヨルダン川西岸地区ビリン村に、イスラエルの測量技師がやって来た。その農地の真ん中に入植者を守るための分離壁をつくるためである。 
時を同じくして、農業を営むイマードには、四男ジブリール誕生。その成長を撮影しようとビデオカメラを手に入れた。 
それは拡大する入植地、土地を奪われた村民の抵抗運動の実態を記 録することにもなった。次第に抵抗運動の象徴になるビリン村。被弾し、事故に遭い、1台、また1台と壊れるカメラ・・・。
多くの映画賞を獲得、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞候補にもなった本作は、日本ではNHKBSで「5台のカメラが壊された〜パレスチナ」の題名で短縮版が放映された後、劇場公開された。 
1000の言葉よりも
2006年イスラエル映画 ・・・More than 1000 words 報道写真家ジブ・コーレン 1208.1000の言葉よりも
(監督)ソロ・アヴィタル
(出演)ジブ・コーレン
世界中で賞を総なめにしたバス爆破事件の写真などで知られるイスラエルの報道写真家ジブ・コーレンが、パレスチナ問題を追い、入植地、デモ、テロ現場などで取材する姿を、家族や友人のインタビューを交えながら映し出すドキュメンタリー。 
「報道写真家は職業ではなく人生そのもの」と語るコーレンの報道写真家としての信念が伝わってくるとともに、パレスチナ問題の根深さが見て取れる一作である。 
ブコバルに手紙は届かない
1994年ユーゴスラビア・イタリア映画 Vukovar : Poste Restante 1209.ブコバルに手紙は届かない
(監督)ボーロ・ドラシュコヴィッチ
(出演)ミリヤーナ・ヨコヴィッチ、ボリス・イサコヴィッチ
ベルリンの壁が崩壊する頃、クロアチア北東部の古都ブコバルに新居を構えた、クロアチア人アナとセルビア人トーマの夫婦が、ユーゴスラビア連邦が急激に崩壊、内戦に陥り、文字通り、昨日の友が今日の敵となってしまう現実のなか、必死に生きていく姿を描く。 
まだ周辺では戦闘が続くブコバルで撮影された本作でアナを演じるミリヤーナ・ヨコヴィッチは『エバースマイル、ニュージャージー』(1989)などに出演、当時ロサンゼルス在住だったがセルビア生まれ。 
監督のボーロ・ドラシュコヴィッチはサラエボ生まれで、セルビアとクロアチアのハーフである。 
楽園をください
1999年米国映画 Ride with the devil (再)565.楽園をください
(監督)アン・リー
(出演)トビー・マグワイア、スキート・ウーリッチ
1861年、南北戦争勃発。カンザスとミズーリの州境あたりでは、隣人同士が殺し合う事態となっていた。奴隷州であるミズーリが公的には北側についたからである。 
北軍に入る者もいれば、南軍に加わる者もいる。そして、南軍のゲリラ部隊「ブッシュワッカー」に加わったのが主人公たち。戦いは苛酷を極め・・・。 
東部や南部での戦いが描かれることの多い南北戦争もので、その発火点ともなったミズーリ、カンザスでの戦いに人生を翻弄される若者たちの物語を台湾出身のアン・リー監督が描く。 
(1206)シリア・モナムール
(1207)壊された5つのカメラ
(1208)1000の言葉よりも

(1209)ブコバルに手紙は届かない
(565)(再)楽園をください

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47349 
 

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