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多国籍軍への戦費支出を肯定した不破指導部:平和憲法の理念を破り捨て‥
http://www.asyura2.com/16/warb17/msg/600.html
投稿者 手紙 日時 2016 年 4 月 25 日 18:06:11: ycTIENrc3gkSo juiOhg
 

件名:多国籍軍への戦費支出を肯定した不破指導部
日時:19991009
媒体:さざ波通信
出所:http://www.geocities.jp/sazanami_tsushin/sazanami/007/a4.html
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この「雑録」は、日本共産党とその周辺をめぐる動きの中で、短くても論評しておくべきものを取り上げて、批判的に検討するコーナーです。

多国籍軍への戦費支出を肯定した不破指導部

 すでにトピックスや投稿などで取り上げられているように、今回の東ティモールへの多国籍軍派遣に日本政府が財政援助をすることに、日本共産党指導部がはっきりと賛成の意を表明した。たとえば、志位書記局長は、9月26日のフジテレビの「報道2001」で、この問題についてこう述べている。

「私たちは、こんどの東ティモールに展開している多国籍軍については、国連決議のきちんとした裏付けもあり、道理をもった目的――現地の虐殺をやめさせる、治安を回復させる――をもって展開しているものであり、日本がこれに資金的な協力をするのは当然だと思っています。賛成です。
 
 湾岸戦争のときには、イラクにたいする多国籍軍の行動については、平和的な手段を尽くさないで戦争に走ったという点での批判をもっていました。ですから(資金協力に)反対の立場をとりましたが、今回については私たちは認めたいと思います」。

 この発言を受けて、不破委員長も、9月30日に放送された「朝日ニュースター」のインタビューで、あっけらかんと次のように述べている。

 「東ティモール問題では、マレーシアで、むこうの外務省の方から、外交政策の話をきいたときに、なるほどと思ったのは、『多国籍軍と国連平和維持部隊はちがいます』という。まず『お金の出所がちがう』っていうんです(笑い)。多国籍軍は全部、自分もちだと。だから私たち、あまり十分(な部隊は)だせないのですと説明するんですよ。多国籍軍への財政的な支援というのは、そういう意味でも大事だということを、そこからも感じましたね。

 こんどの多国籍軍は、あきらかに国連の決議によって派遣されるもので、しかも目的がきわめて明りょうですから、日本が日本の憲法の許す範囲内で支援するのは当然です。その場合に、財政支援というのは、われわれは当然、賛成だということ――たしか日本で党の代表がいっていたと思うのですが、そういう立場をとります」。

 このように、志位書記局長および不破委員長は、東ティモールへの多国籍軍派遣に財政支援することにはっきりと賛意を表明している。これははたして政治的に容認しうることであろうか? いくつかの重要な問題を指摘しておきたい。

 まず第1に、この戦費支出への賛成が、明らかに、これまでの共産党の公式の立場と矛盾することである。湾岸戦争のとき、日本共産党は、米軍を中心とする多国籍軍への戦費支出にきびしく反対し、『赤旗』や街頭演説や国会での追及等を通じて、大々的に反対のキャンペーンを張った。志位書記局長は、湾岸戦争のときは「平和的な手段を尽くさないで戦争に走ったという点での批判をもって」いたから反対したと発言しているが、これは歴史的事実に反する。湾岸戦争に対する共産党の評価はたしかに、「急ぎすぎた戦争」というものだったが、この戦争の評価と、日本政府が戦費の一部を負担することとは、はっきり区別されて論じられていた。あのとき共産党は、湾岸戦争が「急ぎすぎた戦争」だから戦費支出に反対したのではなく(もちろん、それも理由の一部にはあるだろうが、より根本的には)、日本が憲法9条を持っており、したがって戦争の費用を負担することは許されないという立場をとっていたのである。
 
 いくつか証拠を挙げよう。まず、不破委員長は1991年1月18日の衆院本会議において、海部首相(当時)を追及して次のように述べている。

「首相、『多国籍軍』とは、今日の段階では、湾岸で現に武力を行使している軍隊であります。その戦費を分担するということは、武力行使に財政面から参加することにほかなりません。これは、国際紛争の解決のために武力を行使することを禁止している憲法の平和条項を、真っ向からふみにじることではありませんか。しかも、政府は、昨年の臨時国会で公約した『武器・弾薬の購入には使わない』という制限さえ投げすてようとしています。武力を行使する直接の主体がアメリカなどであって、日本ではないからなどといういいのがれは許されません。憲法問題をふくめ、首相の明解な見解をもとめます」(『湾岸戦争――日本共産党の立場』、日本共産党中央委員会、1991年、11頁)。

 わが党内にも国会のようなものがあれば、当然、不破委員長は、「憲法問題を含め、明解な見解を求め」られたであろう。

 さらに、同年同日の参院本会議で、立木副議長(当時)は、次のような緊急質問を行なっている。

 「日本国憲法は『国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段として永久にこれを放棄する』と明記しています。日本政府がすすめようとしていること[戦費支出]は、戦争への具体的な経済協力、参加にほかなりません。このような戦争への政府の積極的な関与がどうして憲法のこの精神に違反しないというのでしょうか。これは憲法の精神の逸脱であり、ハッキリした答弁をもとめるものであります」(同前、19頁)。

 われわれも不破・志位両氏に「ハッキリした答弁を求め」たいところである。さらに、1991年1月27日付の『赤旗日曜版』に志位書記局長が登場して、湾岸戦争をめぐってインタビューに答えている。その中で志位書記局長ははっきりとこう述べている。

 「政府は、アメリカの強い圧力にこたえて、1兆円をこすといわれる莫大な追加の戦争費用を出そうとしています。しかも、政府は昨年の臨時国会で自分たちのいった公約を反古にして、この費用で武器や弾薬を買っても結構ですという態度です。熱い戦争がまさにおこなわれている、その戦争をたたかっている軍隊のために、費用を出していこうということは、まさに戦費の面から日本が湾岸戦争に参加することにほかなりません。これが国際紛争にたいする武力の行使を禁じた日本国憲法の平和原則の蹂躙であることは明らかです」。

 また、同年1月17日に行なわれた不破委員長の記者会見において、次のように述べている。

 「財政支援だといっても、これは戦争行動への財政的な参加にほかならず、国際紛争を武力で解決することを禁止している日本の憲法が絶対に許さないことだ」(同前、134頁)。

 この種の発言はさらにいくつも引用できるが、煩雑なのでこれぐらいにして、最後に、『日本共産党の70年』で、この問題がどのように記述されているかを確認しておこう。

 「露骨な対米追随の海部内閣は、多国籍軍への90億ドル支出をもりこんだ90年度第2次補正予算の成立をねらった。党国会議員団は、多国籍軍への資金提供は、戦費調達そのものだと補正予算に断固反対した。しかし、自公民戦争協力ブロックによって第2次補正予算案は、まともな論戦もおこなわれないままわずか3日で衆議院を通過した。
 
 上田副委員長は参議院予算委員会で海部内閣の戦費支出『合憲』論にたいし、従来の自民党政府が、武器輸出3原則は憲法の平和主義にのっとったものだと主張してきたことをあげ、同じ武器でも、武器そのものを輸出すれば違憲、一方、武器購入資金の提供は憲法上許されるという矛盾をきびしく追及した。政府側は答弁に窮し、しばしば審議が中断、戦費負担の違憲性がうきぼりとなった。しかし第2次補正予算はわずか6日間のスピード審議ののち、自公民の賛成多数で成立した。公明党の補正予算賛成は、13年ぶりのことであった。外国の軍隊への戦費支出を公然と決定したのは、戦後はじめてだった」。

 このように、当時共産党は、湾岸戦争の評価とは独立した論理で、すなわち日本国憲法9条の論理にもとづいて、多国籍軍への財政支出を厳しく批判していたのである。この点についてはっきりと釈明を求めたい。


page 2 http://www.geocities.jp/sazanami_tsushin/sazanami/007/a5.html


多国籍軍への戦費支出を肯定した不破指導部(つづき)

 第2に、したがって、今回の立場は、これまでの基本姿勢の転換を意味するものであるのだから、当然ながら、きっちりとした党内討論と党内での正式な決定を必要とするはずである。しかしながら、このような党内討論はまったく行なわれなかったし、当然ながら、正式な決定などどこにも存在していない(少なくとも、一般党員の誰も知らない)。
 
 しかも、このきわめて重大な転換が、テレビ番組での発言として行なわれたことは、深刻な意味を持っている。本来、このような重大な方針転換をする場合には、少なくとも党の正式な機関による正式な声明として行なわれるべきだろう。そして、東ティモールに派遣される多国籍軍に財政支援することに賛成する理由について、これまでの立場を変えた理由も含めて、きっちりと説明されなければならないはずである。そして、もちろんのこと、憲法9条との関係について、万人にわかる説明がなされなければならない。
 
 しかしながら、そのような正式な見解表明はまったく行なわれなかった。テレビ番組で志位書記局長がいきなり党の立場として発言したのである。しかもその発言のいいかげんさ! 志位書記局長が出している理由はたった2つである。国連の決議があること、多国籍軍の目的が道理をもったものであること、これだけである。こんないいかげんな理由で、戦費支出に賛成できるのだとしたら、今後、国連決議と「道理ある目的」(その判断はきわめて難しい)があるかぎり、いかなる戦争行為や軍隊派遣に財政援助することも正当化されてしまうだろう。

 第3に、現在、第9条への激しい攻撃がなされ、その改変さえもが支配層の日程のぼっているときに、多国籍軍への戦費支出に賛成することの持つ政治的意味である。
 
 憲法9条はある意味で、国家に対する制約条項として最も厳しいものである。歴史上、これほど無条件的に軍事的なものを禁じた条項は存在しない。それは、自衛戦争と侵略戦争を、正義の戦争と不正義の戦争を区別することなく、あらゆる戦争を放棄し、あらゆる戦力を放棄している。ここまで包括的な禁止条項は他には存在しない。この包括性こそが、ある意味で、戦後民主主義運動において重大な武器となってきたのである。
 
 しかし、これは同時に諸刃のやいばでもあった。というのは、共産党の安全保障政策が何度も変転を重ねてきたことに示されているように、革命政権下においてさえ、自衛戦争や自衛戦力を禁止するものだからである。いかなる例外も認めないこの極端な包括性は、一方では、「自衛戦争」や「正義の戦争」という目くらましにいっさいひっかかることなく、帝国主義国のあらゆる戦争行為に反対する強力な武器となってきたが、他方では、実際に革命政権を自衛する場合にさえ制約となるものであった。
 
 このような矛盾を十分に(あるいは不十分に)自覚しながら、戦後民主主義運動は、憲法9条を守る運動をしてきた。それは総体として、きわめて積極的な役割を果たした。圧倒的多数の日本国民が当然の民主主義的権利として享受している多くの事柄が、この運動の中で勝ち取られ、あるいは維持されてきたからである。
 
 だが、今では、冷戦の崩壊もあって、国際的に軍事力を行使することへの敷居が著しく低くなり、また9条に対する攻撃もかつてなく激しくなっている。こうしたもとで、国際的な軍事力行使に対し安直な賛意を表明することは、ましてやそれへの軍事支出を容認することは、その時の判断の是非を越えたきわめて大きな政治的意味を持つことになる。国連決議があり、道理のある目的のためなら、軍事力を国際的に行使してもよく、あるいは、他国に軍隊を派遣してもよい、という規範を認めてしまうならば、当然、その方向に沿った新しい立法や、あるいはそのような条項を含めた憲法の改正が、提起されてもよいということになってしまうだろう。
 
 実際に、そのような新立法やあるいは憲法改正が自自公や民主党の側から提案されたときに、すでにこうした規範を認めてしまっている共産党は、はたして反対を貫くことができるだろうか? きわめて疑問である。

 第4に、多国籍軍への財政支出に賛成することは、憲法9条との関連で重大な問題があるというだけにとどまらず、階級的・政治的基準に照らしても重大な問題をはらんでいる。
 
 トピックスですでに論じたように、残留派民兵の虐殺に直面している東ティモール人民が、やむにやまれぬ手段として、国連決議にもとづく多国籍軍の派遣を求めたことを非難する資格は誰にもない。
 
 根本的に問題とされるべきは、1975年のインドネシアによる東ティモール占領を承認し、それ以来25年間に20万人もの東ティモール人民がインドネシア国軍や治安警察に殺されるのを黙認してきた西側帝国主義諸国である。この中にはアメリカや日本はいうまでもなく、今回の多国籍軍派遣の主力部隊となっているオーストラリアも含まれている。オーストラリアはインドネシアが東ティモールを併合したとき、真っ先にそれを承認した国の一つである。これらの国々は、インドネシアが反共親米政権であったために、国際法を完全蹂躙する侵略的占領行為を承認し、このインドネシア政権に多額の財政援助をして、この侵略と反共独裁体制を支援してきた。さらにアメリカとオーストラリアの場合は軍事顧問さえ送って、国軍将校と虐殺特殊部隊の訓練を指導した。アメリカはインドネシアへの最大の武器輸出国であり、インドネシアの武器の90%はアメリカから来ている。他方、インドネシアが受け取っている海外援助の6割は日本からものである。東ティモールで暴れまくっている残留派民兵は、このような長年にわたる体制の必然的な産物なのである。
 
 度重なる国連の非難決議にもかかわらず、インドネシアはいっこうにその態度を改めないどころか、ますます残虐に反対勢力を虐殺していった。日本やアメリカは、これらの国連決議に繰り返し棄権や反対の態度をとることで、最も露骨な形で東ティモールの占領を擁護してきた。とくに日本は、国連でのインドネシア非難決議にことごとく反対し、インドネシア国軍による東ティモール人民虐殺を非難した国連人権擁護委員会での決議にさえ、サミット諸国としては唯一棄権票を投じた。これらの国々に、東ティモール人民の人権を語る資格などない。
 
 この点からして、今回のオーストラリア軍派遣が、人道上の理由によるものでないのは明らかであろう。オーストラリア政府の目的は、これまで20数年間見殺しにしてきた人々の人権や生命を突如として守ることにあるのではなく、アジア太平洋地域でのヘゲモニーを確立し、この地域での警察官としての役割を果たすためであり、また独立した東ティモールへの政治的影響力を確保することである。とりわけ、オーストラリアがインドネシアと共同開発してきたティモール海の石油・天然ガス資源の権利が、独立後、東ティモールに移譲されることをにらんでのことである。
 
 こうした帝国主義的意図は、オーストラリアのハワード首相自身が、アメリカの副官としてアジア太平洋地域で警察官としての役割を果たすことを公言したことにハッキリと示されている(その後、トピックスで紹介したように、厳しい批判にさらされて、ハワード首相は発言を撤回する醜態を演じている)。
 
 このような意図と目的のもとに派遣された多国籍軍への財政支出に賛成することは、オーストラリア帝国主義の軍事行動に対して政治的信任を与えることを意味する。これは階級政党、社会主義政党にとって自殺行為である。
 
 もちろん、東ティモールでの虐殺をやめさせることは、それ自体としては肯定的に評価されるべきことである。しかしながら、ある政治的行為は、それ単独で存在するわけではない。それは、それを取り巻くさまざまな政治的文脈と、その行為を含む前後の時間的文脈のなかに位置している。その総体を正しく考察し、その中でその行為が持つ意味を正確に見定めなければならない。とりわけ、それが、通常よりもはるかに大きな結果(時には当事者でさえ思いもよらない結果)を生み出す軍事行動の場合は、なおさらである。
 
 その点からするなら、志位書記局長が言ったような、国連決議があることと(湾岸戦争にも国連決議はあった)、「道理ある目的」というだけで、帝国主義国が行なう軍事的行動を支持することなどできないのである。それはあまりにも安直であり、したがってあまりにも危険である。

 以上の観点から、われわれは、多国籍軍への戦費支出に賛成した志位書記局長・不破委員長の立場に反対し、その撤回を求めるものである。

1999/10/9  (S・T)

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//memo

現状、与野党共に好戦的な集団が国家運営を担い、担おうとしている。

そしてそれに属する者たち、つまりは我々のこと。

かつて我々はイラクを見ていたし、今また我々はシリアを見ているのではないか。

近時では欧州、彼らはもう誰と戦っているのかすら分からない。

繰り返してはならない。


 

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