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内田樹の大学不要論〜腐臭を発しはじめた大学
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/282.html
投稿者 中川隆 日時 2017 年 8 月 24 日 05:08:15: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 


琉球新報主宰「琉球フォーラム」での講演 (内田樹の研究室) 2015年07月13日


「憲法と戦争 − 日本はどこに向かうのか」


●すでに腐臭を発しはじめた大学


皆、言いたがらないけど(マスメディアと同様に)大学もそうです。
ビジネスモデルとしては、もう末期的です。

高校生を相手に講演するときに言うのは、

「昔は大学進学先を決めるときには、自分の偏差値と行きたい学校の偏差値を見比べて、あとは住みたい街はどこかとか、学費はいくらかとか、そういう条件を考えて進学先を決めたものだけれども、今は違う。

君たちが大学を選ぶ時の最優先の基準は『卒業した後もその大学が残っているかどうか』だ」って。

卒業して何年かして「どこのご卒業ですか?」って訊かれて大学名を言っても、誰も知らない、もう存在しない、そういうケースがこれから多発します。

定員割れの学科を抱えている大学はすでに全体の50%に達しました。
教育予算も年々削られている。

国公立大学はこれからさらに縮小を強いられる。理系に予算を集めて、人文系の学部学科はどんどん潰される。その結果、さらに学術的な生産力が下がる。

日本の大学の論文数はかつてはアメリカに次いでいましたけれど、2002年から下がり始め、その勢いが止まりません。

中国に抜かれ、イギリスに抜かれ、ドイツにも抜かれました。学術的生産活動性の指標である人口当たりの論文数はOECD最下位です。韓国より台湾よりも下なんです。20世紀の終わり頃、日本の教育は東アジア最高レベルでした。それがわずか20年で、先進国最低レベルにまで落ちた。

システムが崩れる時って早いんです。腐ったシステムが崩れだすと、もう止められない。「選択と集中」の原理に基づいて、今は理系に教育資源を集めようとしてますけど、これは必ず失敗します。

少し前に韓国がそれをやりました。グローバル資本主義に最適化した学術領域に教育資源を集中させた。人文系の学部の予算を削った。

だから最初に進学者がいなくなったのは、韓国語学、韓国文学、韓国史学でした。自国の言語も、文学も、歴史も知らない、興味がないという子どもたちにしか出世のチャンスがない、そういう教育システムを作った。

そういう子どもたちが将来どういうエリートになるのか。少なくとも自国のため、同胞のために活動する意欲はきわめて低い人たちばかりがエリート層を形成することでしょう。

同じことは日本でももう起きていると思います。「金になるか、ならないか」だけを基準に教育資源を傾斜配分してきた結果、この15年間で日本の学術的生産力は劇的に低下した。

これは動かしようのない統計的事実です。でも、文科省はその事実を認めようとしない。認めないどころか、絶対に失敗することが確実な教育政策をさらに強化しようとしている。

地方の国公立大学は遠からず統廃合されてゆくことになると思います。となると、いずれ無大学県が出てくる可能性もある。

僕は日本の大学についても大学生の頃から40年間間近で観察していますけれども、もう末期だということは実感しています。もう腐臭を発している。大学に限らず、日本社会のさまざまな仕組みが同時多発的に壊れ始めている。
http://blog.tatsuru.com/2015/07/13_1100.php  

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コメント
 
1. 中川隆[-6608] koaQ7Jey 2017年8月24日 05:13:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

天下り官僚に翻弄される私大の悲惨


文部科学省の前事務次官の前川喜平がどのようなことをしてクビになったかを記事を読めばわかりますが、天下り官僚を引き受けた私立大学がどんな食い物にされているかがわかります。天下り官僚は悪知恵だけが働く悪賢い人材の集団であり、文部科学省ではそれが組織化されていた。

最近になって少子化で大学進学者が減っていくのに大学だけはどんどん新設されてきたのは、天下り官僚の引受先だからだ。大学教授や理事に天下るわけですが、天下り官僚を引き受ければお土産がついてくる。それが全国の大学にばらまかれるわけですが、それが天下り官僚の懐に入る。

日本全国に大量に作られた新設大学は、Fラン大学となり学生集めにも苦労することになる。都心にある一流有名大学なら学生集めも苦労しないでしょうが、一時は都心のキャンパスを売り払って郊外に移転する大学が相次ぎましたが、大学生の評判が悪くてまた都心に戻ってくる大学が多くなりました。

地方では大学生集めに苦労して、中国やベトナムなどからの留学生の引受先になっている。留学生といってもアルバイトに出稼ぎに来ている留学生であり、どのような勉強をしているのだろうか。私がいた頃もそうなのですが、大学は学問の墓場であり、大学という産業で学生たちを食い物にしている。

昔は利口だから大学に進学しましたが、今では利口でないから大学を出て学歴で就職に有利にしようとしている。腐敗堕落しきった大学に行って何を学ぼうとしているのでしょうか。腐敗した大学教授から学べば腐敗した大学生になるだけであり、そんな大学なら進学しないほうがいい。

大伽藍に名僧無しと言いますが、大キャンパスに名教授無しであり、主だった大学のポストは天下り教授に占拠されて、いいように食い物にされてしまう。週に一コマ程度の講義をするだけで年収は2500万円だ。5年勤めて退職金が3000万円だそうですが、いくつもの大学を渡り歩けば5億円もの収入だ。

つまり大学に進学して、霞ヶ関の官僚になり、天下って私のような人物になれと大学生に教育しているのだろうか。中にはやり手の天下り官僚もいて、大学の移転絡みで建設費用から数億円抜いた天下り官僚もいたようだ。森友騒動でも校舎建設で建設補助金がピンはねされて事件になりましたが、このような話はいくらでもあるのだろう。

年々大学の授業料が高騰してきていますが、学生たちは奨学金ローンを借りて学費を払っている。大学を卒業するまでには最低500万円はかかるからそれだけ借金を抱えて卒業する。そこまでして払った学費は天下り官僚の懐に入っていく。有意義な講義をしてくれれなそれでいいのでしょうが、天下り官僚にそれほどの学識があるわけない。
http://2013tora.jp/kabu391.html

2017.8.18 元東大教授と天下り官僚に翻弄される私大の悲惨


日本の学歴ヒエラルキーの頂点に立つ東京大学。官僚などが大学で教鞭をとる形などでの天下りは有名だが、実は東大教授が他大学へ再就職するケースも頻繁にあり、問題も多いのだという。それが私大をどれだけ破壊するのか。官僚の天下り問題や、旧帝大から私大への天下り的な再就職に批判を続けている元大学教授に話を聞いた。(フリーライター 光浦晋三)

肩書きにこだわるが何もしない
元東大教授が私大に与える弊害


ブランド力などをアテにして元東大教授を雇ったはいいものの、むしろ学内を引っ掻き回されるだけで終わるケースも少なくないという(写真はイメージです)

 かつて、定年を迎えた東大教授が私大に再就職するのは当たり前のことだった。近年は少子高齢化や大学の統廃合が増えたこともあって、その数こそ減っているが、他大学に比べれば東大教授の“ブランド力”は今なお絶大だ。

 東大教授の定年は65歳。定年前になると、多くの私大がモーションをかけて来るという。私大にとって、「元東大教授」という肩書きはかなり魅力的なもの。ある私大准教授は「東大教授として素晴らしい研究実績を残した教授が定年を迎えた後に、私大が招くことはあります。その教授の名前があるだけで 、ブランド力が上がりますからね」と語る。

 東大教授の再就職を受け入れるメリットはそれだけではない。東大教授の学生時代の同期には文部科学省の官僚がたくさんおり、東大教授は文科省官僚と密接な関係がある。そのため東大教授を“私学助成金の架け橋”として期待している側面もあるという。

 しかし、私大が元東大教授を受け入れることには弊害も多いという。警鐘作家の濱野成秋氏は東京大学研究員を経て早稲田大、一橋大、京都外語大、日本女子大などで教鞭を執ってきた。大学教授歴は40年近く、天下り官僚と戦う老教授を描いた小説「ビーライフ!白亜館物語」を著してもいる。そんな濱野氏は元東大教授が再就職先の私大にもたらす弊害をこう断言する。

「麗しき花園ともいえる私立大学は、東大勢がはびこると“不毛の砂漠”となり果てます。三流の私大では学科長クラスの待遇で迎えるわけですが、東大の人は“親方日の丸”のメンタリティですから、生徒集めの苦心などはまるで知りませんからね。それでも意見は言うし、周りも受け入れざるをえない。その結果、入試志願者が激減してしまうことになる」

 濱野氏が経験してきた実例を挙げてもらった。

「定員の5割減になっても、『今年は定員割れした』と他人事のように言うだけ。『定員割れとは96%で終わったときに言うセリフであって、5割減になってまで何を言うか』と、どやしつけた先生もいた。常識的判断しかできないし、過当競争でしのぎを削っている私大を経営的にサポートしようという気が全然ない。責任を取らないくせに、要職には就きたがる権力志向があさましいほど強い」

 運営費交付金で手厚く保護されている国立大学の中でも、東大は特に安泰。そんな環境の中で生きてきたため、私大にとって大切な学生集めに関心もなく、当然のように愛校心もない。結局のところ、何もしない人が多いのだという。

「有名予備校の経営者が建学した、埼玉県にある某法科大学院では、当初、司法試験合格者数で東大に比肩できるぐらいの人気校にしようと、本郷の法学部の権威ある教授を高給で多数採用しました。ところが全員やる気がなく、ご自分が司法試験の審査員のくせに生徒をよう育てもせん教授たちだった。初年度も次年度も合格者数は数名という空振り三振ばかり。これが何年も続いて大学院経営はガタガタになった。経営者は神様を雇ったつもりになっていたら、とんだビンボー神だった、というお粗末です」

私大を渡り歩いて5億円を荒稼ぎ!
天下り官僚に食い物にされる私大

 元東大教授よりも破壊力が強いのが官僚だ。官僚時代は数百億円の予算を動かしていただけに金銭感覚がズレすぎているという。私大には文科省、経済産業省、財務省など多くの官僚が天下りし、教授の座に収まっている。

「“渡り鳥稼業”の天下り役人は会議の欠席はザラなうえ、仕事の知識もない。仕事は部下に任せてゴロゴロしているだけ。それでも年俸は最低2500万円。さらに5年勤めて退職金が3000万円。これで3〜5つの大学を渡り歩いて計5億円は稼ぎます」

 もっとも何もしないのならマシな部類で、元官僚と悪徳教授が手を組み、大学を食い物にするケースも多々あるそうだ。濱野氏がいた都内の女子大では40億円が消えたこともあったという。

「彼らが株式や投資信託を駆使してマネーロンダリングをやったようですが、証拠が出なかった。また、翌年に取り壊しが決定していた校舎の大規模修繕に3億をつぎ込み、さらに塗装で1億2000万円と、計4億2000万円を無駄遣いしたことも。すぐに跡地に新しいビルを建てるところまで計画済みで、旧ビルでどんなインチキがあったのかはウヤムヤになってしまった。巧妙に証拠が残らない工作だけは一流のため、追跡調査もできなかった。もちろん大学の事務職などは真相を知っていましたが、黙殺したまま。ヘタに口にしようものなら簡単に左遷されてしまいますからね」

 別の学校ではこんなケースも。

「もっとひどいのは、研究業績が大学院生ほどもないクズ教授を学長に仕立て、自分は定年のない常務理事のポストに就いた天下り官僚がいました。さらに、部課長などの大学の要職を、仲間や部下で固め、付属の建物の増改築で稼ぐなど好き放題だった。さらに、法人側の私立学校法違反事項を目ざとく見つけると、理事長選で教授会をけしかけ、当主を追い出し自分が理事長の座に座り、そのまま学園を乗っ取ったヤツもいた。都内有数の伝統校でしたが、その後は、学問はそっちのけとなり、今では生徒の確保にも困るほど疲弊してしまいました」

 悪質な実例はまだまだあるという。

「今時、わざとド田舎にキャンパスを購入し、引っ越さなくてもいい学部の建物まで建てて都内一等地のキャンパスを売却し、その取り壊しとキャンパス移転で数十億を着服する天下りもいました。ゼネコンのリベートで稼いだんです。その大学は生徒集めに窮し、今は中国やベトナムからの留学生で細々と命脈を保っていますが、近々、倒産の噂も聞こえてきます。もちろん、天下り役人はその前にいなくなるでしょうね」

 悪徳教授や官僚を受け入れる私学の側にも落ち度があるとの指摘もあるが、濱野氏はそれは違うという。

「教授会が天下り官僚は採りたくないと考えていても、彼らは巧妙に法人側の上席ポストを占めてしまう。そうなれば、自動的にかつての役所の部下を雇いこむルートができてしまうんです。大学が悪いのではなく、行列を作って乗っ取りに来る方が悪いんです」

 今年3月、松野博一・文部科学大臣は、省庁退職者が許認可や補助金の支出対象である大学や財団に再就職することを当面自粛すると明らかにしたが、果たして実効力がどれだけあるのか。はなはだ疑問と言わざるを得ない。
http://diamond.jp/articles/-/137283


2. 中川隆[-6607] koaQ7Jey 2017年8月24日 05:20:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

経済コラムマガジン 17/7/3(945号)官邸への報復

加戸守行前愛媛県知事の証言

加計学園の獣医学部新設が問題になっているが、メディア主導で変な方向に向かっている。前川という前文科省事務次官が、行政が歪められたと官邸を告発した。しかし実態を調べると、むしろ正反対の話がどんどん出て来る。

最近の産経新聞や日テレニュースだけがその正しいと思われる経緯を少し伝えている。しかし主要な新聞やテレビはこれらのことをどういう理由か伝えない(調べれることは簡単に分ることばかり)。まず今治における獣医学部新設は、加戸守行前愛媛県知事達が10年以上前に立ち上げた四国4県(四国は獣医師不足が深刻)のプロジェクトであった。しかし加戸氏が獣医学部新設で先頭に立って奔走したが、獣医師会や自民党の獣医師議員連盟が猛烈に反対し実現が難しかった。ところが民主党政権が発足し局面が変わった。地元選出の民主党の白石洋一衆議院議員が獣医学部新設に取組み始めたのである。ところで当初から獣医学部新設に積極的だったのは加計学園であり、加計が学部新設するものと想定されていた。民主党・鳩山政権の終盤には構造改革特区で「対応不可」から「実施に向け検討」に格上げされた。

また先週号で述べたように、加計学園の地元である岡山選出の民進党の高井崇志衆院議員や江田五月最高顧問などもこの案件を積極的に押し進めた。このように加計学園の獣医学部新設は、自民党ではなく元々は民主党・民進党の案件であった。ところが新設が実現する寸前になって、今度は民主党の中にこれに反対する獣医師議員連盟ができた。安倍総理と加計学園の理事長の仲を国会で追求した玉木雄一郎民進党幹事長代理などは、この民主党獣医師議員連盟の事務局長であり獣医師会から政治献金を受けていた(父と弟は獣医師)。


日本のメディアは、安倍総理と加計理事長が友人だからの獣医学部新設が実現したというストーリを作っている。そのため安倍総理と加計理事長が一緒に写っている写真は何回となく放送されてる。しかしこのような報道は明らかに印象操作である。要するに安倍総理が友人のために行政を曲げて、獣医学部新設を実現したという事実とは異なる話を作り上げることが目的である。

安倍総理は、国会でこのストーリを何回も否定している。しかし作り上げられた嘘話を否定することは難しい。特に反安倍の報道機関がこぞってこのストーリを毎日流し続けているため、世間の人々はこの嘘話を半分以上信じている。


加戸前愛媛県知事はこの話を即座に否定している。またテロ等準備罪(共謀罪)がなければ、獣医学部新設は話題にもなっていなかったと感想を述べている。つまりテロ等準備罪(共謀罪)の法案成立を阻止したいメディアが、一斉に加計学園問題に飛びついて安倍総理を攻撃したと述べている。筆者も同感である。

加戸氏は文科省の官僚OBで、偶然にも前川前文科省事務次官の上司であった。加戸氏は「前川君は地方の獣医師不足の実状を全く知らないのだろう」と言っている。また驚くことに加戸氏は安倍総理と加計理事長が昔からの友人だったことは全く知らなかったという。

ちなみに加計理事長は安倍総理と昔からの知り合いであるが、一方で獣医学部新設で動いてくれている民進党の高井崇志衆院議員や江田五月最高顧問とも親しい。両者と加計理事長が一緒に写っている写真を筆者はネットで一度見たことがある。どうも加計理事長は自民党だけでなく民進党も強く支援してきたと見られる。


次に考えることは、前川前文科省事務次官が「官邸によって行政が歪められた」「加計ありきでことが進んだ」と告発した目的である。反安倍のメディアは、前川氏の告発を「正義の告発」「硬骨漢の元官僚が官邸に立ち向かっている」という話に仕立てている。これは前川氏の狙い通りであった。また前川氏の思惑通り、加計学園疑惑は連日報道され野党を巻込み大騒ぎになった。

前川氏は森友学園問題が「総理への忖度」ということで大騒ぎになっているのを見て、部下が作った「官邸の意向」という文言のある文章をマスコミに送ったと筆者は考える。朝日新聞や週刊文春は情報元を隠しているが、文章は前川氏が送ったものと一般には見られている。どうも問題の文章をマスコミ各社が受取ったが、新聞の中で取上げのは朝日だけだったようだ。ただし前日夜にNHKもこれを流したが「官邸の意向」という部分は伏せられていたという話である。


天下り斡旋、出会い系バー、新国立競技場

「官邸によって行政が歪められた」という前川氏の言い分はもちろんマスコミ向けであり、真相ではないと筆者は言いたい。どう見ても文科省の天下り問題が発覚し、就任からわずか6ヶ月で事務次官職を辞任するよう官邸に迫られたことへの「報復」と見るのが妥当である。これは永田町・霞ヶ関では常識になっていると思われるが、マスコミは分っていてもほとんどこれに触れない。「正義の告発者」という自分達が勝手に作ったストーリを壊したくないのである。ちなみに「官邸の意向」といった文言は、加戸前愛媛県知事が現役の文科省官僚時代にもよく使ったという。

文科省は組織的に天下りの斡旋を行っていた。昔はこのようなことを他の官庁でも行っていたが、これが禁止されてからは組織的にやっていたのは文科省だけであった。このことは天下り斡旋禁止令を作った張本人である高橋洋一氏がテレビで指摘している。高橋氏は「こんな法律に引っ掛かるなんて文科省は本当にアホだ」と言っていた(他の官庁はもっと巧妙にやっているのであろう)。しかもその中心人物が前川事務次官だったという話も出ている。


「出会い系バー」への出入りも、当然、辞任に関係していると思われる。前川氏は昨年9月頃に杉田副官房長官からこの件で叱責されている。この「出会い系バー」は暴力団関係者が経営しており、常に警察にマークされていた。警察庁出身の杉田官房副長官にこの情報が届いたと見られる。官邸は読売新聞が報道するまでこの話を知らなかったと言っているが、おそらく前から知らされていたと筆者は見ている。

天下りの斡旋の話に戻れば、何かと官邸に反抗していた文科省の局長がある大学に斡旋され天下っていたことを官邸が見つけ腹を立てたという。この違法な天下り斡旋が発覚し、官邸は前川事務次官に斡旋に関わった文科省幹部への処分案を作るよう命じた。前川氏はこれに応じ処分案を作成し官邸に持って行った。ところがこの処分案の中に、なんと前川事務次官自身の名がなかったという(前川氏は斡旋の中心人物と目されているのに)。さすがにこれに官邸は立腹し前川氏にとうとう辞任を迫ったようである。菅官房長官の「前川事務次官は自分の地位に恋々としていた」というセリフはこのような経緯があったからと考える。


「官邸によって行政が歪められた」うんぬんのセリフは明らかにマスコミ向けであり、官邸告発の真相とは関係がないと筆者は考える。そもそも前川氏は獣医学部新設に関心はなかったと筆者は見ている(上司であった加戸守行前愛媛県知事の「前川君は地方の獣医師不足の実状を全く知らないのだろう」発言でも明らか)。実際、月間文芸春秋7月号に前川氏の手記が掲載されているが、そこでも加計学園の獣医学部新設に自分は関わってこなかったと述べている。当然、6ヶ月で事務次官を辞めさせられたことが原因と考える。たまたま「官邸の意向」という告発に都合の良い文章(部下が言い訳のために作った嘘と本当が混じった)が手元にあったと見るのが自然であろう。

辞任を迫られた前川氏は「天下りの斡旋は他の省庁でもやっている」と反論したという話がある。ところが最近の2回目の記者会見では「天下り斡旋が禁止されていることを知らなかった」と言い方を変えていると高橋洋一氏が指摘している。しかし前川氏を持上げているマスコミは、このような点を全く追求しない。


前川氏が深く関わっていたのは新国立競技場の建設であった。しかし旧競技場の解体費用が異常に増えたり、設計に無理があり期限までに完成するか不安視されていた。政府は建築の素人である文科省に任せておく訳には行かないと判断し、急遽、競技場建設の主体を国交省に変更し設計のコンペをやり直した。この時動いたのが国交省出身の和泉首相補佐官と言われている。前川氏の口からよく和泉首相補佐官の話が出るのは、このことが影響していると筆者は見ている。

国民の7割が加計学園問題の真相が分らず何かを政府が隠していると思っていると言う。しかしそれは大々的に問題を取上げている大手メディア(一部を除く)が、本誌の先週・今週号で述べたような本当と思われることに全く触れないからである。本誌の先週号と今週号の内容は、新聞・テレビで見聞きしネットで調べたことに筆者の若干の憶測を加えたものである。しかし個人的な特別ルートで得たような情報は一切含まれていない。要するにちょっと調べれば全て分ることばかりである。
http://www.adpweb.com/eco/


3. 中川隆[-6545] koaQ7Jey 2017年9月01日 16:15:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

内田樹 2017年08月31日 北星学園での講演
http://blogos.com/article/243434/?p=1
http://blogos.com/article/243439/


7月22日に北星学園での研修会で講演した。その講演録の文字起こしが終わった。学園の内部資料として配布されるはずだけれど、教育についての持論を展開しているうちに、だんだん加熱してきて、ぷりぷり怒り出しているところが面白かったので、ここに公開することにする。

おはようございます。ご紹介いただきました内田です。

ご紹介の通り、私は神戸女学院大学というミッションスクールの女子大に21年間勤務しておりました。こういう感じの研修会、前任校では「リトリート」というのが毎年ございました。久しぶりに今日、讃美歌を歌って、チャプレンのお祈りをいただいてから、こういう集まりを持つ機会を持ち、たいへんに懐かしい気持ちがいたしました。

 リトリートというのは、ミッション系の学校によくありますが、文字通りリトリートです。引きこもりです。世俗の活動をいったん停止して、沈思黙考する時間を持つ。そういう意味だとチャプレンからは伺いました。研修会ということなのですけれども、やはりミッションスクール、いっとき世俗の活動を停止して沈思黙考する。もう少し広いスパンで、深くものを考える、そういう時間を作るという趣旨の集まりではないかと思っておりますので、その趣旨にふさわしい話を今日はしたいと思います。

「移行的混乱」と演題にありますけれども、「移行期的混乱」というのは、私の友人であります平川克美君が書いた本のタイトルです。非常に使い勝手が良いので、よく使わせて頂いております。今は一つの時代が終わって、ピークアウトして、これから下降局面に入って、後退していく、あるいは衰弱していく、そういうプロセスに、今入っているのではないかと僕は考えております。これから時代が全体として勢いを失っていく、活気を失っていく、衰えていく。

一番分かりやすい指標は人口減で、日本はこのあと急激な人口減局面に入っていきます。これは日本のみならず人類が一度も経験したことがないタイプの、極端な社会的変化です。

現在、日本人口は1億2,700万人ほどですが、人口はこれから急激に減って行って、今から80数年後、2100年段階での上位推計で6,500万人、中位推計で4,850万人、下位ですと4,000万人を切ります。おそらく5000万人程度になるのではないかと思います。5,000万人というと、だいたい明治40年ごろの人口です。今から80数年かけて、明治40年ぐらいの人口に縮小していく。これは、ほぼ間違いない。移民受け入れなどで多少の人口増はあるかもしれませんけれども、基本的には人口減はこのあと急坂を転げ落ちていくように進行していくわけです。

大事なことは、これが誰も経験したことがない、人類史上初めての局面だということです。まず、そのことを心に止めておかなければいけない。過去の成功体験が適用できない状況に僕らは今入りつつあります。これまで有史以来日本列島人口はだいたい増え続けてきました。そういうものだとみんな思いこんでいたからです。だから、近代以降のすべての社会理論、社会モデルは人口増と経済成長を自明の前提にして作られています。資本主義という仕組みそのものが人口増と経済成長を前提にしている。資本主義を批判するマルクス主義でさえも、やはり人口増・経済成長を不可疑の前提として作られています。

資本主義も、資本主義を批判する思想も、成長が止まる、人口が減っていくという局面を想定していない。だから実際に、そういう状況になったときに、どういう手立てがあり得るのかに関してはどの陣営にも理論がない。過去にそんな事態になってことがないのですから、それにどう対応すべきかという学説も、どう対処したら成功したのかという成功事例も存在しない。そういう時代に入っています。

今の日本は非常に停滞しています。何か、頭がどよんとぼやけていて、シャープなことを誰も言わなくなったという感じがありますが、それも当たり前です。前代未聞の、五里霧中の、予測ができない状態に入ったわけですから。こういう状況において明晰な言語があるとすれば、それは「先が見えない」ということなのですけれども、そう言えばいいのに、そう言わない。政治家も官僚も学者たちも、人口増と経済成長が自明である社会をモデルにしてしか考えることができないので、その前提そのものが揺らぐと何も言うことがなくなってしまう。でも、「これまで話の前提にしていた条件が変わってしまったので、この先どうなるか見当もつきません」と正直にカミングアウトすることができない。

これまで経済成長モデルはもう無効になっています。でも、それが言えない。それだけは言わない約束になっているので、知っているけれど、言わない。でも、先月、『フォーリンアフェアーズ・レポート』というアメリカの外交専門誌の日本語版がありますけれど、ここに「経済成長はもうしないのだから、経済成長しないことを前提にした経済政策を採用しなければならない」ということを言うエコノミストが出て来ました。これはモルガン・スタンレーのグローバル・ストラテジストという肩書の人でした。投資銀行の戦略を考えるエコノミストが「各国の指導者はもう『経済成長という非現実的な夢』を語るのを止めた方がいい」と書いているのです。経済目標を下方修正して、現実に合った経済政策を採るべきなのだが、そのことを理解している指導者がほとんどいない、と。

生き馬の目を抜くウォール街の投資銀行のエコノミストが「もう経済成長はしない。いいかげんに現実を直視しろ」と言っているのに、相も変わらず、世界の政治家たちはその現実から目をそらしています。そういう指導者のいる国では、メディアも一緒に遅れていて、そういうところでは世界で今何が起きているとかということを正確に報道していない。報道して分析して対策を提案できるような力がメディアにない。

だから、日本人は今日本がどういう状況にあるのか「よく知らない」のです。これが僕はきわめて危機的なことだと思います。病気の人間が「ああ、具合が悪いなあ。病気かな」と思えば、寝たり、薬を飲んだり、医者に行ったりするけれど、病気なのに病気であることに気がつかないで、生活を変えずにふだん通りに暮らしていれば、そのうち症状が悪化して、やがて死んでしまう。今の日本はかなり重篤な病気なのに病識がない病人に似ています。「病識」を伝えるのはメディアですが、メディアがその役割を果たしていない。

経済のことはデータをごまかしたり、解釈をねじまげたりすれば、「順調に推移している」といいくるめることは可能ですけれど、人口減は否定することができません。あと83年の間に7,000万人ほど人口が減るのです。年間90万人。鳥取県の人口が60万ですから、鳥取県1.5個分の人口が毎年減ってゆく。

それが、いったいどういう社会的影響を及ぼすのかを予測し、そのネガティヴな影響をどうやって緩和できるかについて衆知を集めて議論すること、それが最優先になされるべきことです。でも、その避けがたい現実を直視し、衝撃をどう緩和するかについて現実的な提案をする人も、どこにも見当たらない。政治家にも官僚にもビジネスマンにもジャーナリストにも、当然大学人にもいない。

人口減少は当然雇用の問題にかかわってきます。人口減、超高齢化、超少子化によって、従来存在していたいくつもの産業が消滅します。例えば、全国紙。購読層が高齢者で、若い人はもうほとんど購読していない。高齢者はいずれいなくなりますから、おそらくあと10年ほどですべての全国紙はビジネスとしては「採算割れ」するようになるでしょう。まだ不動産とか持ってますから、切り売りやテナント料収入で新聞は出し続けるでしょうけれど、もうビジネスとしては先がない。

それに追い打ちをかけるのがAIです。海外のメディアを読むとAIが導入されてくると、業界によっては雇用の30〜40%が消失すると書かれています。数値はさまざまですけれど、雇用が減ることは間違いない。機会かで雇用が減るどころか、業界そのものが消滅するところも出てくる。そのような事態にどう対処したらよいのか。大量の失業者が短期的に出て来た場合、彼らの生活の保障をどうするのか、再就職のための就業支援体制をどうするのか、そういう話をもう始めなければいけない時期なのです。

ですから、驚くべきことに、アメリカでもベーシック・インカムの導入が真剣な議論の論点になってきています。アメリカでベーシックインカムが話題になるというのはこれまでならまず考えられないことです。

アメリカはリバタリアンの伝統が強いところですから「勝つも負けるも自己責任」という考え方をする人が多い。仮に競争に負けて、路頭に迷って、飢え死にしても、それは自己責任だという考え方をする人がいる。社会的競争に敗北した人間を公的資金によって支援するのは筋違いだ。そういうことを公言する人たちがいたわけです。この間、僕の知り合いでカリフォルニア大学のデービス校の医学部で医療経済学の先生をしている方からお話伺いました。「オバマ・ケアが廃止されたら何が起きるのですか」と聞いたら、「生活保護を受けている入院患者が、数十万人が路上に放り出されるかも知れない」と言っていました。

精神力の弱い人は、こういう移行期、激動期になると、危険が近づいた時に駝鳥が砂の中に頭を突っ込むように、何が起きているのか見ないようになる。「何も起きていない。私は何も見ていない」と言い張って、現実から目を逸らそうとする。生物としてはある意味で自然な反応ではあるわけですけれども、しかし、やはりそうも言ってはいられない。特に日本の場合というのは、超高齢化・超少子化、労働生産年齢人口の激減という点では世界のトップランナーなわけです。このあと、日本に続いてすぐに中国、韓国、ヨーロッパ、アメリカが少子化・人口減少期に入りますが、今のところは日本が先頭にいる。

この後、予想では2050年前後に、世界のすべての地域で人口転換が起きます。人口転換というのは、合計特殊出生率が2・1を切って、人口の再生産ができなくなるプロセスに入ることです。平均寿命が延びていますから、2・1を切っても、しばらくは惰性があって、人口はすぐには減りませんが、いずれ22世紀半ばにはアフリカを含めて人類全体が人口減少局面に入ると予測されています。22世紀中ごろに地球がどうなろうが、われわれにはもう関係ないと言ったら関係ないわけですけれど、それでもタイムスパンを大きく取らないと、人類史上経験したことがないような局面に、日本がその先頭を切って入っているという事実は把握できない。でも、人口減少について、ではどうするのかについて真剣な議論は動きはどこにもありません。政府には少子化対策の特命担当大臣がいますけれど、婚活だとかいうようなぬるい話しかしていない。ビルの屋上から落ちている途中で、着地のときの衝撃をどう緩和するかという話をしているときに、屋上から落ちないように柵を作りましょうというような話をしている。

今日は大学、高校、中高の研修会ですので、学校教育の問題に焦点を合わせて移行期の危機についてお話ししようと思います。これもまたメディアがあまり報道しないし、大学人自身も直視しようとしていないトピックです。今、日本の大学教育は壊滅的な状況にあります。研究者の方は実感として日本のアカデミズムが勢いを失っていることはわかっていると思います。特に自然科学分野で、先端的な研究をしている人たちは、ほぼ口を揃えて「こんなことをこの先も続けていけば、日本の学術的発信力は先進国最低レベルまで下がるだろう」と言います。

僕の友人の阪大医学部の仲野徹教授は生命科学の研究者ですけれど、この間、海外の学会誌に日本の科学研究の現状について歯に衣着せぬ手厳しいコメントを投稿しておりました。

仲野先生によると、科学研究というのは自転車みたいなもので、走っているうちはペダルが軽く、どんどん走るのですけれども、速度が遅くなるとペダルが重くなり、1回止まったら、よほどの力でペダルをこがないともう走らせることができない。日本の大学で行われている自然科学研究は速度を失いつつあり、あと10年で止まる。1回止まった自転車を再びこぎ出す場合と同じように、一度止まった自然科学研究を再度軌道に乗せるためには、それまでの何倍もの資源投入が必要になる。だから、あと10年で速度をもう一度上げないと、日本の自然科学研究は「終わる」と言います。でも、今の教育行政を見ていると、たぶん終わりそうである、と。

合気道同門の後輩たち、東大気錬会の諸君には理系の研究者が多いのですけれど、彼らと話をすると、かなり絶望的な気分になります。先日も、物理の若手研究者と話したのですけれど、「君の分野はどう?」と訊ねたら、言下に「もうダメです」と吐き捨てるように答えました。いました。これまでは研究について訊くと、もう少し楽しそうに話してくれたのですけれど、取りつく島もない言い方でした。彼によると、今のようなシステムが継続する限り、もう日本の科学研究に未来はないということでした。任期制が基本的な雇用形態になったせいで、若手の研究者たちは、不安定な任期制ポストを渡り歩く以外に研究を続けることができないわけですけれど、来年度の雇用があるかどうかは、プロジェクトのボスにどう査定されるかにかかっている。だから、上のいうことをはいはいと聞いて、決して逆らわない「イエスマン」しか大学に残れない。独創的なアイディアを一人で追求しようとするようなタイプの研究者は煙たがられる。それではイノベーションが起きるわけがないのです。

アメリカの外交専門誌Foreign Affairs Magazineは去年の10月号で日本の大学教育の失敗について長い記事を掲載しました。過去30年の日本の教育政策は「全部失敗」という衝撃的な内容でした。続いて今年の3月にはイギリスの科学誌Natureが、日本の自然科学研究の失敗についての記事を掲載しました。半年間の間、英米の世界的な影響力を持つ二つのジャーナルが「日本の大学教育の失敗・科学研究の失敗」を大きく取り上げたわけです。それくらいに日本の学術の劣化は国際的に「有名」な事例になっているのです。21世紀に入ってから学術的生産力がひたすら落ちているのは、先進国で日本だけだからです。

学術的生産力の指標をいくつか見ておきます。まず、論文の本数。これは2002年から減少が始まって、現在、OECDでは5位です。5位ときくとけっこういいポジションじゃないかと思う人もいるかも知れませんが、1997年から2002年まではアメリカに次いで世界2位だったのです。それがドイツに抜かれ、イギリスに抜かれ、中国に抜かれて5位にまで落ちた。他が論文数を増やしている中で、日本だけが停滞ないし減少している。それから、よく言及される高等教育に対する公的支出のパーセンテージ、これは過去5年連続OECD最下位でした。去年はハンガリー日本より下だったので、下から2番目になりました。

学術的生産力の指標として一番分かりやすいのは「人口あたり論文数」です。論文数だけ見ても日本はすでに日本より人口の少ないドイツ、イギリスに抜かれたわけですから、人口当たり論文数は悲惨なことになります。2013年が35位、2015年がさらに下がって37位。アジアでも、中国、シンガポールはもとより、台湾、韓国の後塵を拝しています。

海外の学術誌が、世界的に見て例外的な失敗事例として日本を研究対象にするのも理解できます。でも、このことを日本のメディアはほとんど報道していません。それを重大な問題として受け止めている気配もありません。でも、Foreign Affairs Magazineの論調は実に手厳しいものでした。

日本の文科省が行ってきた過去20年間の研究拠点校作りがいろいろありました。COE、RU11、グローバル30などなど。これについて「孤立した、単発の、アイランド・プロジェクトであり、それゆえ全て失敗だった(It was therefore a total failure)」という総括でした。実感としては、僕もそうじゃないかなという感じがしてはいたのですけれど、まさかここまではっきり海外のジャーナルから指摘されるとは思っていませんでした。

 Foreign Affairs Magazine が日本の大学教育の特徴として挙げていたのは、「前期産業社会に最適化した、時代錯誤的な教育制度」であることと「批評的思考(critical thinking)、イノベーション、そしてグローバル志向(global mindedness)」が欠落していることでした。「グローバル化に最適化した教育」とか言ってきた割には、日本の教育には「グローバル志向」が欠如していると指摘されてしまった。「グローバル志向」の定義は「探求心、学ぶことへの謙虚さ、世界各地の人々と共同作業することへの意欲」だそうです。それがない、と。

こうも書かれていました。「日本の教育制度は社会秩序の保持と、献身的な労働者の育成と、政治的安定のために設計されている」と。それが「前期産業社会に最適化した、時代錯誤的な教育制度」ということです。ポスト資本主義の時代に入ろうという移行期に「前期産業社会に最適化した教育制度」で対応しようとしているわけですから、学術的なアウトカムが期待できるはずがない。

さすがにここまで言われたのですから、文科省としてはきっちり反論すべきだったと思います。自分たちがやってきたことをほとんど全否定されたわけですから。もし、自分たちの教育行政がそれなりの成果を上げていると信じているなら、論拠を挙げて反論すればよい。バカなことを言うな、自分たちの教育政策はこんなに研究成果を上げているぞ、と。ちゃんと数値的な根拠を示せばいい。でも、文科省はノーコメントでした。まったく反論しなかった。

逆に、指摘が当たっていると思ったら、率直に失敗を認めて、これを契機に、何がいけなかったのか、原因を究明すればいい。でも、文科省はそれもしなかった。反論しなかったのは反論する根拠がなかったからでしょう。失敗を認めなかったのは、失敗を認める責任を取らされるからでしょう。だから、失敗しているにもかかわらず、その事実を認めず、それゆえなぜ失敗したのかを吟味することもしなかった。ということは、文科省はこれからも教育行政で失敗し続けるということです。これまでの失敗を認めないということは、失敗事例から学習することを拒否したということです。

だったら、同じ失敗をこれからも続ける他ない。有害無益なことだとわかっていても、止められない。止めたら「こんなこと誰が始めたのだ」という責任問題が発生するからです。だから、無駄とわかっていても、止められない。でも、何かしないといけないから、これまでの仕事に追加して、新しい仕事をどんどん課してゆく。でも、教育の現場にいるのは生身の人間ですから、使える時間も体力も限界がある。どこかでバーンアウトする。現に、バーンアウトが始まっている。その結果が、この悲惨な学術的生産力の低下として現象しているわけです。

僕は82年に大学の教員に採用されました。それからですから30年以上、大学の教育現場を見てきています。記憶する限り、最初の大きな変化があったのは1991年でした。大学設置基準の大綱化という政策転換がありました。大綱化というのは、平たく言えば、大学に教育内容についてフリーハンドを与えるということです。それまでの文科省の教育行政はいわゆる「護送船団方式」でした。カリキュラムから、校地面積から、図書の冊数から、事細かに定めてあった。「箸の上げ下ろし」まで小うるさく注文をつけてきたのですが、その代わりいったん大学として認可したら、絶対に脱落させない。一定の質の教育機関として機能するようにうるさく世話をした。

それが91年に方向転換しました。護送船団方式を止めて、大学の生き残りを市場に託したのです。これからは各大学が自分たちのカリキュラム編成を自由にやってよろしい、と。創意工夫をしたいところはしてよろしい、と。好きなことをやらせる代わりに、国はもう大学の世話をしない。大学が生き残るか、脱落するかは、自己努力にかかっている。それぞれの大学が大学としてふさわしいものであるかどうかは、文科省ではなく、これからはマーケットが判断する。

僕はこの時点では、大綱化を歓迎する立場でした。文科省、いいこと言うじゃないかと思っていました。それぞれの大学が好きにやって良い代わりに、その大学が滅びようと繁栄しようと自己責任であるというのは、いっそ潔いではないかと思いました。各大学がカリキュラム改革や大がかりな学部改組に取り組み出したのはそれからです。

でも、よくよく考えてみると、別にそれは文科省が大学を信頼して、大学に教育についての権限を委譲したという話ではなかったのです。それはこの時点ですでに18歳人口の減少が始まっており、遠からず大学が過剰になるということがわかっていたからです。いずれ大学は淘汰されることになる。でも、文科省にはどの大学が淘汰され、どの大学が生き残るべきかを決定するロジックがなかった。当たり前ですよね、明治の近代学制の開始以来、日本の教育行政がしてきたことは一言にして尽くせば「いかにして国民の就学機会を増やすか」ということだったからです。どうやって教育機関を増やしていくのか。教育内容を多様化・高度化するか。それが仕事だった。じゃんじゃん学校を作るのが本務だった。でも、90年代に入った頃に、「大学が多すぎる」ということに気がついた。大学進学率ももう頭打ちになって、18歳人口が減り出すと、定員を維持できない大学が出てくる。それがはっきり公言されたのは民主党政権のときです。国家戦略会議というところで「大学が多すぎるから減らさなきゃいけない」という、まともな議論が出てきた。そのあと、田中真紀子さんが文部大臣になったときにも、新設学部学科の認可を拒否したということがありました。認可の基準を満たしていなかったわけではなく、審査は通ったのだけれど、大臣が「これ以上大学定員を増やすわけにはゆかない」と言って反対したのです。田中さんらしい雑駁な議論でしたけれど、言っていたことは筋が通っていた。確かに大学数が多すぎる。人口はどんどん減っているのに、学部学科の定員は増え続けている。これはどうしたってそのうち破局的な事態になる。なんとかしなければいけない。でも、どうやって調整するかということになると、調整するためのロジックを文科省は持っていなかった。

 それまでは18歳人口が増えて来るのに合わせて大学に臨時定員増を認めていました。大学に進学希望する子どもの数が増えているのだから、できるだけ多く受け入れてあげましょうというのはロジカルです。でも、それなら18歳人口が減ってきたら、大学の定員を減らして、受け入れ数を調整しましょうというのがロジカルなのですけれど、それができなかった。

僕はその当時文科省の私学教育課長の方と対談したことがあります。その時に聞きました。「18歳人口が増えるからという理由で定員増したわけですから、人口減になったら定員減を大学に求めるべきでしょう。18歳人口が前年比95%になるなら、全大学に受け入れ数を前年比95%にしなさいと行政指導できないんですか? そうすれば、どの大学も志願者確保のために駆けずり回らなくてもいいし、教育水準も維持できるし、学校経営の危機もいきなりは来ないから、経営の難しい大学はゆっくりとダウンサイジングしながら軟着陸の手立てを考えることができるんじゃないですか」と。でも、一笑に付されました。文科省にそんな力ないですよって。どの大学が進んで定員減なんか言い出すものですか、と。

確かにその通りでした。むしろ、大学の経営陣は18歳人口が減り出すと、いきなりビジネス・マインデッドになってゆきました。その頃からどの大学でも財務を担当してきたビジネスマン的な人たちが発言権を持つようになりました。彼らは研究者でも教育者でもありません。この人たちは基本的に株式会社をモデルに大学経営を考えていますから、「右肩上がり」を前提にものを考えます。マーケットが縮むから、生産数を減らそうなんてことは考えません。いや、どうやってマーケットを拡大したらいいのか、どうやって顧客をこちらに向かせたらいいのか、どういう教育プログラムを整備すれば消費者である高校生やその保護者に選好されるか、そういう「集客戦略」を語る。「危機の時こそ一気にシェアを取る絶好のビジネスチャンスなんですよ」というようなことを言う人相手に「じわじわ定員減らしましょう」というような後ろ向きの提案をしても一顧だにされない。

文科省は、確かに学校教育を司る省庁として当然ですけれど、国民の就学機会を増やしていく、教育機会を充実していくということに関しては、明確な使命感も持っていたし、理念もあった。けれども、縮めて行くということに関しては何のプリンシプルも持っていなかった。増やすノウハウはあったけれど、減らすノウハウはなかった。だから、「マーケットに丸投げする」という無原則的な対応をとったのです。

「マーケットは間違えない」からという理屈で。このとき日本の教育行政に初めて市場原理が本格的に導入されたわけです。どの教育機関が生き残り、どこが退場するかはマーケットが決定する、と。他の商品と同じです。商品をマーケットに投じる。消費者がいくつかの競合商品の中からあるものを選択する。選択された商品は生き残る。選考されなかった商品は不良在庫になって、やがて会社は倒産する。それと同じことを大学にも教育機関にも適用したらいいじゃないか、と。それ以外に過剰に存在する教育機関を淘汰する方法がない、と。そういうことで90年代はじめに学校教育の適否はマーケットが決定するということについての国民的合意が形成されたのです。

今にして思うと、あの時にもう少し議論を練るべきでした。そんなに簡単に学校教育の適否の判断を市場に委ねていいのか。実際にはかなりジャンクな商品であっても、商品イメージの設定が巧みで、広告が適切だったら、消費者は買います。「消費者は神さま」ですから、消費者が質のよい商品を棄てて、質の悪い商品を選んでも、それは消費者が正しいということになる。学校についてもそのようなことが起きるかもしれないけれど、それでもいいのかという議論は誰もしなかった。消費者に選好される教育機関は「よい学校」であり、消費者が見向きもしない教育機関は「要らない学校」だということに衆議一決した。「社会的ニーズ」に見合った教育商品を提供できない学校は消えるしかないというシニカルな断定に誰も反論しなかった。「ニーズ」という言葉が大学の中で繰り返し口にされるようになったのが、90年代半ばからです。

それまで僕が学生院生だった70年代も、教員をしていた80年代も、そんな言い方で教育を語る人なんか教員の中にはいませんでした。でも、ある時点から、「ニーズ」とか「マーケット」とか「コストパフォーマンス」とかいうそれまで使われたことのないビジネス用語が大学の会議でもふつうに口にされるようになった。今はもうそれがふつうになりましたけれど、こんなふうな言い回しを大学の教員が言い出したのはわずか20年くらい前からなんです。

そもそも学校の建学の原点に立って考えたら、「ニーズ」なんて言葉が出てくるはずがないんです。今日も冒頭に北星学園の建学者の話が出て来ましたけれど、この学校がどうしてできたかという根本に立ち返って考えてみたら、その時点で「マーケットのニーズ」なんてないんですよ。全然。北星のスミスさんという建学者も、神戸女学院のタルカットさん、ダッドレーさんも、誰も呼んでいないのに、アメリカから来て建学したわけです。神戸女学院の二人の女性宣教師はアメリカン・ボードという伝道団体から派遣されて神戸に来ました。彼女たちが日本に来るとき、サンフランシスコから船に乗ったわけですけれど、乗船時点では日本はまだキリスト教禁制下だったのです。江戸時代のご法度がそのままだった。幸い、日本に着いた時には「キリスト教禁止」の高札が下ろされた後でしたので、違法にならずに伝道活動ができた。でも、アメリカを出る時に、彼女たちの教育内容に対する「市場のニーズ」なんていうものは日本国内のどこにもなかったんです。

消費者が選好するような教育プログラムを提供する教育機関にだけ存在理由があると平然と言い放つ学校経営者がいますけれど、もし明治時代にそんなことを言っていたら、日本の私学のほとんどは今存在していないということを少し考えた方がいいんじゃないかと思います。明治自体にも「そういうこと」を公言する人たちばかりであったら、その人たちが卒業した大学そのものが実は存在していなかったかも知れないということ彼らはを想像することができないのでしょうか?

消費者も、市場も、ニーズも、何もないところに建学者たちはやってきて、そこに学舎を建てたのです。そしてそれから、「そこで学びたい」という人たちを創り出した。学校に先立って学びたい人たちがいたわけじゃありません。学校を作ったことによって「そこで学びたい」という人たちが出現してきたのです。そのことの順序を忘れてはいけません。

建学者たちは、自分たちは「こういうことを教えたい」という旗を掲げた。こういう教育がこれからの日本には必要なのだ、日本の次世代を担う若い人に必要なのだと説いた。その熱い言葉に反応して、「学びたい」という人が出現してきた。「こういうことを学びたい」という子どもたちがまずいたのではなく、「こういうことを君らは学ばなければいけない」と力強く語った人がいて、その先駆的な理念に反応して、「もしかすると自分の中にあるぼんやりした欠落感は、この学校に行って、この先生に就いて学んだら満たされるんじゃないか」というふうに感じた若い人たちが出て来た。

教育を受ける人たちというのは、教育活動に先立って存在するわけじゃありません。「教えたい」というメッセージがまずあって、それに呼応して「習いたい」という人が出てくる。呼応するというより、同期ですね。禅語で言うところの「啐啄の機」です。「啐啄の機」というのは、卵の殻を外側から母鳥が突き、内側から雛鳥が突き、両方の嘴が合ったときに卵の殻が割れて、母と子が出会う、師と弟子が出会うという、そういう状況を言うものですけれど、学校教育における教師と生徒の関係も本来はそういうものだと思います。

でも、同期とはいいながら、やはり殻をつつくのは母鳥が先です。教えるのは師が先です。「私はこれを教えたい」ということがある。その「教えたい」ことについて、確信があり、情熱があれば、必ずそれに反応して「学びたい」という人が登場してくる。

ですから、この学校もそうでしょうけれど、ほとんど全部の私学は建学の時は「持ち出し」なわけです。建学者は私財を投じて、身銭を切って学舎を作り、教員を雇い、生徒たちが集まるのを待った。教育事業に入れ込んで家産を傾けた人だっているわけです。もともとビジネスじゃないのです。「こういう知識や技能を身につけたい」という生徒たちがぞろぞろ集まって来て、彼らが差し出した学費で学舎の建設費用や教師の給料が賄えそうだから、「じゃあ学校作ろうか」なんていって学校を始めた人なんかいません。採算やらニーズやら言っていたら学校なんか始められません。

先ほど、理事長室でも話題に出たのですけれど、ビジネスマンが学校をやったら、何が始まるか。ゴルフ場を経営しているという人が学長に「大学というのは儲かるようですね。私にもできますか」と訊ねたんだそうです。びっくりして理由を訊いたら「だって、大学って四月に授業が始まる前に、学納金が全額入るわけでしょう。まだ商品を売る前に代金が先に入ってくるなんていううまい商売この世にありませんよ」と言われたそうです。

確かに、ビジネスマンはそういうふうに考えるんです。まだ授業を何もしていない段階で、代価が全額納入されている。こんな確実な商売はありません。売り上げ金はもう全額手元にある。だったらビジネスマンが次に考えるのは「どうすれば収益を最大化できるか?」です。答えは簡単ですね。コストを最少化すればいい、です。教育にかかるコストを最少化するためにはどうしたらいいのか。一番簡単なのは、教育をしないことですね。教育活動をやらなければいい。そうすれば、校舎も要らないし、教職員に払う人件費も要らないし、光熱費もかからない。でも、さすがに学費だけもらって授業をしないというわけにはゆきません。許された経営努力は「できるだけ教育にコストをかけないで、内容のある教育しているように見せる」ことだけです。

そんなことを考えている学校なんか存在するはずがないと思われるかも知れませんけれど、そういう大学は実際にあるんです。お金だけもらって、授業をやらない大学。授業料を払い込めば、学士号、修士号、博士号だけ出すという大学がある。Diploma millとかDegree millとか言われるものです。たぶん若い教員の方たちはそんな言葉、聞いたことがないと思います。これ、アメリカ発で、80年代、90年代に世界を席巻したビジネスなんです。「学位工場」と呼ばれるものですけれど、教育活動をしない学校です。授業料だけ受け取って、それに対して学位を渡す。日本ではそんな学校認定されませんけれど、アメリカでは違法ではないのです。実体のない大学、ビルの一室を借りて、電話と私書箱だけがある大学。そこが大学を名乗って学位を発行する。そんなもの、ただの紙切れですよ。でも、その紙切れが欲しいという人がいる。博士号を持っているということを履歴書に書いて、名刺に刷って、学位記をオフィスに飾りたいという人がいる。だったらそれはフェアな取引なわけです。学位工場はその顧客をだましているわけじゃないんです。「これはただの紙切れだよ」と言って売っていて、その紙切れを何百ドルか出して買うという人がいる。ジャンクだとわかって売り買いしている。両者合意の上の取引ですから、違法ではない。

それが80年代、90年代にアメリカからアジア全域にまで広がってきた。だから、今皆さんが必死になってやっている「相互評価」ってありますね。あれはこの流れから出て来たものなんです。学位工場が何百となく登場してきて、インチキな学位記を売りまくり出した。そんなところに「大学」を名乗らせたくない。でも、アメリカには日本みたいな小うるさい大学設置基準なんてない。「大学です」と名乗ることに小うるさい条件なんかつけない。それを大学として認知するかどうかはマーケットが決める。「マーケットは間違えない」から。そして、アメリカのマーケットは「こういう無内容な大学があってもいいじゃないか」と判断した。

これに対して対抗措置としてまともな大学が行ったのが「相互評価」です。内容のない学位工場のリストを作って「ここはインチキですよ」ということはできません。営業妨害になるから。場合によっては莫大な損害賠償を請求されるリスクがある。だから「ブラックリスト」は作れない。だから、その逆の「ホワイトリスト」を作った。教育実績について定評のある大学が集まって、お互いにお互いを「まともな大学ですよ」と保証するということをした。それが「アクレディテーション(信用供与)」という仕組みです。それが相互評価の始まりです。いきなり出て来たわけじゃない。学位工場の蔓延がもたらす社会的害悪を阻止するために、まともな大学が集まって講じた自衛措置なんです。

だから、こんなもの日本の大学でやる理由なんか実は何もないんですよ。だって、日本には学位工場なんてありませんから。内容のない大学はいくらかありますけれど、そんなわずかばかりの大学に低い査定をつけてマーケットに開示するために、日本中の大学が「自分たちはまともです」ということを必死になって自分で証明して、相互に承認し合うなんて無駄もいいところです。日本とアメリカでは国情が違うんですから、日本では相互評価なんか必要ないんです。でも、若い教員の人たちはそんな事情は知りませんよね。大学に就職したら何年も前から自己評価・相互評価ということをやっている。だからなんだかたいへんな手間暇がかかるし、何のメリットがあるかぜんぜんわからないけれど、やらなくちゃいけないらしいからやろう、と。黙って受け入れているんだと思います。でも、これはアメリカにおいては必然性のある制度でしたけれど、日本が真似する理由なんてまったくないものなんです。

ただ、実際に学位工場が日本に入りかけたことはあったんです。もう少し体裁を整えたものでしたけれど、教育プロヴァイダというものがアジア全域に広がった。でも、どうしても日本には入り込めなかった。それはシステムが全部英語ベースだったからです。学位工場で学位もらおうというような人たちは学力がないので、このd英語が読めなかったんです(笑)。言語障壁が日本を守った。

個人的に面白い経験がありました。6〜7年前のことですけれど、英文の手紙が来て、「あなたは昨年度の世界を代表する100人の哲学者の一人に選ばれました。ついては、賞状と記念メダルをお送りするので150ドル払ってください」って。微妙な金額でしょ、150ドル(笑)。「その年の世界を代表する100人の哲学者」という賞状を客間の壁にかけておいたら、お客さんが「これ何ですか?」 と訊いてきたら、「これはね」ってひとしきり笑えるでしょう。笑いネタとしてなら150ドルを払っても良いかな・・・と一瞬思ったのです(笑)。でも、なかなか人間心理のひだを読んでますよね。1000ドルって言われたら誰も相手にしないし、10ドルと言われてもやっぱり相手にしないけど、150ドルという価格設定が微妙です。その時に、ああ、こういう商売というのはずいぶん洗練されているんだなと思いました。日本にいると気が付かないけれど、世界中にそういうビジネスはあるわけです。

まあ、実際に日本の大学の先生でも、学位工場から博士号買ってしまて、それが後でばれて恥をかいた人がいましたからね。これも、それが話題になったのは、その時だけです。今でも、外国名の大学の博士号なんかについては、履歴書に書かれていたら、果たしてそれがまともな大学か、インチキ大学か、僕たちは手間かけて調べたりしませんからね。

ですから、たしかにビジネスとして学校教育をやるということはありうるわけです。でも、それは結局「できるだけ教育事業をしないで金だけもらう」という仕組みになるしかない。

学位工場のことはご存じない方でも、株式会社立大学のことは覚えていると思います。2003年度、小泉政権のときに、例の「構造改革特区」に限っては学校法人ではない事業者が学校を設立できることになりました。そして民間企業が続々と大学経営に参画してきた。ビジネスマンが大学を経営するとどうなるかということのこれが見本ですね。2004年から株式会社立大学が鳴り物入りで新設されましたが、WAO大学院大学とTAC大学は申請に不備があって却下、LCA大学院大学は三年で募集停止、LECリーガルマインド大学は全国に14キャンパスを展開しましたけれど、2009年に学部が募集停止。サイバー大学はすべての授業をネットで配信するので「一度も大学に登校せずに卒業できます」という触れ込みでしたけれど、レポートを出してくる学生の本人確認ができないのでさすがに文科省からクレームがつきました。その世界遺産学部というユニークな学部は2010年に募集停止。

小泉純一郎、竹中平蔵が行った規制緩和の中で出て来た話です。学校教育を学校法人だけにやらせるのはけしからん、と。ビジネスマンが参入できる仕組みを作れば、産業界のニーズにぴったりあった人材育成の仕組みができるに違いないと自慢げに始めたわけですけれど、結果はどうなったのか。株式会社立大学が志願者確保に大成功し、卒業生は引く手あまたというような話はどこからも聞きません。でも、当たり前なんですよね。どれほど「実学」重視と言っても、ビジネスマンがやる以上、経営努力の最優先項目は「教育にかけるコストを最少化すること」になる他ないんですから。経営努力がまず「いかに教育をしないか」の工夫に向けられるようなところが教育機関として機能するはずがない。今でも「実社会でビジネスの経験をした人間をつれてくれば、世間知らずの大学教員なんかには真似のできない実学教育ができる」というようなことを言う人がいますけれど、そういう人たちに「では、株式会社立大学はなぜ失敗したのか」、その理由をきちんと説明して欲しいと思います。でも、ビジネスマンに学校教育をやらせろと主張する人たちの誰一人「株式会社立大学の末路」については言及しない。それはもう「なかったこと」になっているらしい。

大学教育の劣化は深刻な事態ですけれど、大学人自身が大学教育が劣化しているという事実を直視していないことが最大の問題です。それがどういう歴史的経緯で出て来たものかということを検証していない。だから、どうすれば大学の生産力を回復できるかという議論が始まらない。

でも、なかなか気がつかないんです。d日本の大学だけ見ていると。「何か最近の学生は活気がないね」とか、「最近の学生は漢字が読めない」とか「英語ができない」とか言っているだけです。でも、「どこもだ」と教えられると、納得してしまう。あのですね、それは日本の大学ばかりが地盤沈下しているということなんです。沈みかかっている船の中でお互いの顔を見ていて、「何も変わっていない」と思っているけれど、実は船自体が沈んでいる。

だから、今、政治家とか財界人とかは、もう自分の子どもを日本の学校にやらないでしょう。中等教育から海外ですよ。スイスの寄宿舎とか、ニューイングランドとか。

あるところで一緒になったビジネスマンが日本の学校教育がいかにグローバル化に遅れているかを難じた後に、「だから、私は子どもを日本の学校なんかにやらないで、ハイスクールからアメリカに出しましたよ」と自慢げに言っていました。僕はそういう人には日本の学校教育についてはあまり提言とかして欲しくないと思いました。この人は日本の学校教育はダメと判断して、子どもをアメリカに留学させたわけです。それなりに手間暇もかかるし、お金もかかるし、親子離れ離れで暮らすのもけっこう切ないものです。それだけの個人的な代償を支払った以上、「日本の学校教育を見限って留学させた私は正しかった」ということをぜひとも確信したい。そして、自分の選択が正しかったということは、彼が「ダメ」と判定した日本の学校教育を受けた人間たちが自動的に社会の下層に格付けされ、苦労してアメリカで学位を取ってきた人間が高く格付けされるような社会が到来することでしか証明されない。ですから、これ以降、彼は日本の学校教育が失敗し、日本で学校教育を受けた人間が「使い物にならない」という状況の到来をつねに切望するようになる。これは無意識の欲望ですから、止めることができない。

うっかり、そのあと日本の学校教育が改善されて、子どもたちの学力が向上して、「留学なんかする必要がなかった」ということになったら、彼の判断は間違っていたことになる。それは困るわけです。人間というのは、そういう哀しい生き物なんですよ。自分の判断が正しかったことを証明するためなら、多くの人が不幸になるような事態が到来することを心待ちにする。心待ちにするどころか、そうなるように自分から積極的に働きかける。そういう人間の心理って、あるんですよ。だから、横で話を聞いていると、この人はどう考えても日本の学校教育がどんどんダメになるような提案しかしないんです。彼にとっては日本の学校教育が劣化した方が彼の先見性を証明してくれるわけですから、そんなことをしたら研究も教育も破綻してしまうような提案ばかりしていました。

そういう意識的あるいは無意識的な、有形無形のさまざまな干渉によって日本の学校教育は21世紀に入ってから急激に劣化してきているのです。それが特に高等教育によって際立っているわけですけれども、中等教育に波及するのも時間の問題です。

僕が今18歳の高校生で、進路をどうするか決めなければいけない時期になったら、「できたら日本の大学には行きたくない」とたぶん言うと思うのです。親に泣きついても「海外に行かせてくれよ。お金がかかるかもしれないけれど、必ず返すから」と言うんじゃないかという気がします。今自分が18歳だったら。日本の大学には行ってもしようがない気がするから。それは別に統計的な根拠があるとか、海外のジャーナルから批判されているからとか、そういう理由のあることではなくて、直感としてです。なんか夢がない。大学というところが「つまらなさそう」のように見えるからです。みんな暗い顔をしている。教師が疲れ切れていて、不機嫌で、苛ついている。学生もさっぱり楽しそうじゃない。

教師が不機嫌というのは、もう中・高・大全部そうです。膨大な量の事務に押しつぶされているからです。会議と書類書きで。研究教育成果を上げるための会議と書類書きで、研究教育のための時間がどんどん削られている(笑)。本当に、そうなのです。国公立大学の場合、独立行政法人化からあとはカリキュラム改革、学部改組、グローバル化、自己評価とか、そういう次々と押し寄せる「雑務」を担当させられてきたのは、多くが30代・40代の若手の教員でした。仕事ができて、体力のある教員にこういう仕事は回ってくる。でも、「こういう仕事を手際よくこなす」という評価がいったん与えられたら、あとはずっと「そういう仕事」ばかり回ってくるようになる。そういうことばかりで10年間が過ぎたというような教員が日本中に何百人何千人といるわけです。研究者として一番脂がのりきった時期に会議と書類書きに明け暮れた人たちが。この人たちがその時間を研究に充てていた場合に生み出された学術的成果のことを思うと、僕は絶望的な気分になります。

日本の論文数が急激に減り出したのは、2004年の独立行政法人化以後ですけれど、それは当たり前なのです。でも、じゃあどうすれば低下した学術的生産力を復元させて、海外の大学と競合できるようになるのかが問題になると、その課題に答えるためにまた会議が行われ、書類を書かされる。さらに研究は停滞する。そんなばかばかしいことを全部止めてしまえば日本の大学の研究教育の力は回復します。大学人であれば、誰でも内心はそう思っているはずです。教員たちを研究教育に専念させる。夏休み春休みをたっぷり与える。サバティカルで在外研究の機会を与える。それだけのことで論文数なんか一気にV字回復します。誰だってそれはわかっている。でも、今進んでいるのは、それとまったく逆の方向です。さらに教員たちへの負荷を課して、さらに研究教育機会を減らし、教員たちの自尊心を傷つけ、不機嫌な気分に追いやるような制度改革ばかりしている。

多くの教員は、研究教育が好きだからこの仕事を選んだのです。それに専念できる環境が整備されれば、給料なんか安くても喜んでこの仕事をします。多くの先生方が早い人は50代で定年前に仕事を辞めてしまう。理由を聞くと「もう会議をしたくない」という方が多い。会議がなくて、研究教育に専念できるなら、こんな楽しい仕事はない、と。そうすれば、学校はもっと明るくて、もっとイノヴェーティヴな場所になるだろうと思います。

大学に成果主義を導入したのも大失敗でした。実は僕は成果主義導入については「戦犯」の一人なんです。神戸女学院大学は日本の私学で最も早く教員評価システムを導入した大学の一つですが、その時にFD委員長として旗振りをしたのは僕です。

その頃は働いていない教員が目についたのです。学務をほとんどしない。研究もしない。何年も論文一本も発表しない。教育も手抜きという教員が目についた。そういう人たちが大きな顔をしているのが許せなかった。だから、研究、教育、学務の三分野で教員たち一人一人の活動成果を数値化して、全教員をそれに基づいて格付けして、予算を傾斜配分し、昇給・昇格にもそれに反映という、新自由主義者丸出しの案を提出したのです。もちろん教授会では批判の十字砲火を浴びましたけれど、「これからはビジネスマインドがないと、大学はマーケットに淘汰されてしまう」と訴えて、「危機の時代を生き残るためには限られた研究教育資源を活用しなければならない。そのためには、アクティヴィティの高い教員に資源を集中する。『選択と集中』だ」ということで教授会を説得しました。でも、始めて1年もしないうちに自分が取り返しのつかない失敗を犯したことを思い知らされました。

教員の活動成果の客観評価なんて無理なんですよ。担当しているクラス数とか、論文指導している院生数とか、委員をしている委員会の数とか、そういうものはたしかに簡単に数値として拾えます。でも、研究成果の数値化はできない。僕は刊行論文数ぐらいはそのまま数値化できるだろうと楽観していました。でも、それさえできなかった。委員会でいきなり「1年に5冊も6冊も書き飛ばす人間の書いた一冊と、20年かけて書いた一冊を同じ扱いにするのか」と言われて絶句してしまったからです。「1年に5冊も6冊も書き飛ばす人間」というのはもちろん僕のことなんですけれど(笑)。たしかにご指摘の通りなんです。一冊の本といってもそれぞれの学術的価値には場合によっては天と地ほどの隔たりがあります。それを「1冊何点」というふうに機械的に配点して、その多寡を比較しても意味がないといったら意味がない。言われてはじめて気がついた。著作や論文は何冊何本書いたということよりも、学術の歴史の中で、どのような地位を占めることになるのかというもっと長い時間的スパンの中で評価しなければほんとうの成果を見たことにはならない。

勤務考課についてもそうでした。考えてみたら、公正で客観的な考課ができる人なんか数が限られているわけです。同僚たちの日常の学務への貢献をきちんと評価できて、同僚たちから「あの人の下した評価なら信頼性がある」と思われている人に任せるしかない。でも、そんなフェアで目の行き届いたはだいたい研究者としても一流の仕事をこなしているし、すでに学長とか学部長とかになっているわけですよ。ただでさえ学務に忙しいそういう方々にさらにピアレビューの仕事を押しつけてしまった。でも、そんな格付け作業なんか、いくらやっても大学全体としての研究教育のアウトカムは少しも増えるわけじゃないんです。むしろこれらの「仕事ができる人たち」の研究教育学務のための時間を削るだけだった。

 やってみてはじめて知ったのは、成果主義がどれほど膨大な「評価コスト」を要求するかということでした。それを事前にはまったく想定していませんでした。それに、単一の「ものさし」で教員たちを一律に格付けしてみても、それで全体のアクティヴィティが高まるということはまったく起こらないということにも気がつかなかった。アクティヴィティの高い先生たちは、考課して点数なんかつけなくても、やることはやるし、研究も教育も学務ももともと手抜きという教員たちは、低い評価をつけても別に何の反省もするわけじゃない。ただ「こんな評価システムには何の意味もない」と怒るだけです。ただそれだけのことでした。

教員評価に要した膨大な評価コストはもともとアクティヴィティの高い教員たちにのしかかって、彼らの研究教育活動を妨げただけで終わってしまった。自分の「選択と集中」理論がどれほど愚かしいものであったかをそのときに気づきました。以後、「ああいうこと」をやってはいけませんということをお知らせするために、こうやって全国行脚をしているわけです(笑)。成果主義は絶対にやってはいけません。大学における成果主義は何一つ良きものを生み出しません。

シラバスもそうです。あれも全く無駄な仕組みです。でも、シラバスを整備するために教員たちはやはり大変な作業量を費やしている。

シラバスというのは商品の仕様書です。缶詰や薬品についているスペックと同じものです。この商品には何が含有されているか、効能は何か、賞味期限はいつまでか、それを消費者のために表記するものです。でも、学校の授業は乾電池や洗剤とは違います。授業というのは「なまもの」です。1年前に1年後にどんな授業をするのか事細かに書けと言われたって書けるはずがない。専門科目の場合、僕は自分がその日に話したいことを話す。でも、自分が1年後の何月何日にどんなことに興味を持っているのかなんかわかるはずがない。だから「人間について考える」とか「言語について考える」とか、そういうふうな漠然としたものしか書けない。

僕が教務部長だった頃に「シラバスをもっと精密に書くように」というお達しが文科省からありました。でも、僕は教授会で「そんなに詳しく書くことはありません」とつい口が滑ってしまった。そしたら、何も書かずにシラバスが白紙という人が出て来た(笑)。そしたら翌年、助成金が削られました。経理部長からは厭味を言われました。「内田先生のせいですよ」って。

僕はこの時猛然と怒りました。僕はシラバスは教育的に意味がないと判断したので、書かなくていいと言ったのです。別にそれは思い付きではなくFD委員長をしていたときの何年間かのアンケート結果を統計的に処理した結果、「授業満足度」と「シラバス通りに授業をしているか?」という問いの回答の間には有意な相関がないということがわかったからです。それ以外のことは「教員の板書はきれいか?」でも、「時間通りに授業を始めるか?」でも「授業満足度」との相関があった。数十の質問項目の中でたった一つ何の相関もないことがわかったのが「シラバス通りに授業をしているか?」という問いとの相関だった。だから、意味がないと僕は思ったのです。

文科省は「シラバスは教育効果がある」と思っているからそれを精密に書くことを大学に要求してきたわけでしょう。だったら、その根拠を示して欲しい。もし、文科省が「シラバスを精密に書き、シラバス通りに授業をすると教育効果が高まる」という統計的なエビデンスを持っているなら、それを示して欲しい。僕だって学者ですから、エビデンスを示されたら引っ込みます。こっちはせいぜいサンプル何千という程度のデータです。文科省が何十万かのサンプルに基づいて「シラバスの有用性」を証明してくれたら「すみません」と頭を下げます。でも、文科省はそうしないで、ただ助成金を削ってきた。

今はシラバスを英語で書けとか、同僚同士で他人のシラバスの出来不出来を査定しろとか、どんどん仕事量が増えていますけれど、そういうことにどのような教育効果があるのか。どんなデータがそれを証明しているのかについては何の情報も開示されていない。これはおかしいでしょう? ことは研究教育に関する話なんですから、研究教育の成果が上がったという実績があることを示した上で実施を求めて来るべきじゃないんですか? でも、文科省はエビデンスを示して、反論することをしないで、ただ金を削っただけでした。これは文科省の方がおかしいと僕は思います。反論しないで代わりに金を削るというのは「人間は条理によってではなく、金で動く」という人間観を文科省自身が開示したということですから。大学人であっても、「やれば金をやる。やらなければ金をやらない」と言えば、したくないことでも、明らかに無意味に思われることでもやる。文科省は人間というのは「その程度のものだ」と思っている。思っているどころか、人間は「そうあるべきだ」と告知している。

仮にも文科省は国民教育を専管する省庁でしょう。そこが「人間は条理ではなく、金で動く」というような人間観を披歴して恬として恥じないというのは、どういうわけです。僕は教育活動は効果があることが経験的に知られているものを行う方がいいと思っているので、そう言った。それに対して教育効果があろうとあるまいと、「お上」の言うことに黙って従え、従わないものには「金をやらない」と文科省は回答してきた。これは事大主義と拝金主義が「日本国民のあるべき姿」だと彼らが信じているというふうに解釈する以外にない。

先ほども言いましたけれど、日本の教育政策が全部失敗しているという指摘に対して、「それは違う」と文科省が思うなら、きちんと論拠を挙げてForeign AffairsなりNatureなりに反論して、国際社会に対して日本の教育について大きな誤解があるようだが、これは間違いであるということを大声でアナウンスすべきでしょう。反論は簡単です。現に日本の学校教育はこんなふうに成功して、高い成果を上げているという誰もがぐうの音も出ないエビデンスを示せばいいのです。でも、そういう反論はまったくなされていない。

もう一度申し上げますけれど、学校教育というのはビジネスじゃありません。お金のためにやっているわけじゃない。だから、教育内容に対して「こうすれば金をやる。従わなければ金をやらない」というようなかたちで干渉することは絶対に許してはいけないんです。建学者たちが何をめざして教育を始めたか、その原点を思い出してください。マーケットのニーズがあったので、消費者たちに選好されそうな教育プログラムを差し出したわけじゃありません。「教えたい」という気持ちがまずあって、その熱情に感応して「学びたい」という人が出現してきたのです。教育というのはそういう生成的な営みなわけです。「教えたい」という人と「学びたい」という人が出会うことによって、その場で創造されてゆくものです。その一番基本的なことがビジネスの言葉づかいで教育を語る人たちには理解できない。

もちろん一流のビジネスマンだったら、ニーズのないところにニーズを創り出すのが創造的なビジネスだということを知っているはずです。映画だって、自動車だって、電話だって、飛行機だって、パソコンだって、市場にまず「こういう商品が欲しい」というニーズがあって、それに応じて商品が開発されたわけじゃない。誰も思いつかなかった商品を提示してみせたら、「それこそ私が久しく求めていたものだ」とみんなが感じて、巨大な市場が生まれた。ニーズがまずあって、それを充足させるような商品やサービスを提供するのがリアルなビジネスだというふうに思っているのは、悪いけれど、二流三流のビジネスマンです。ある程度世の中がわかっていれば、「ニーズのないところにニーズを創造する」のがビジネスの真髄だということは知っているはずなんです。でも、それがわからない人たちが「民間ではありえない」というようなことお門違いなことを言って、学校教育に干渉してくる。そういう学校教育の本質を理解していない人たちが、まことに残念ながら、現在も学校教育、教育行政を司り、学校教育についての政策を起案し、実施しているわけです。ですから、もうあまりわれわれには時間が残されていないんです。仲野徹先生によれば、あと10年です。それまでに学校教育をまともな方向に転換させなければならない。

どうやって方向転換したら良いのか。一気に変えることはできません。残り時間は少ないけれど、できるところから一つ一つやるしかない。一気に全部を変えるというのはだいたいろくなことになりませんから。とにかく30年かけてここまで悪くした仕組みですから、復元するにしても30年かける覚悟が要る。

一つは、とにかく学校をある程度以上の規模にしてはいけないということです。小規模のものにとどめる。教える側からの「教えたい」という働きかけに「学びたい」という人たちが呼応してくるというダイナミックな生成のプロセスの中に巻き込むというようなことは、規模としてはせいぜい数百人が上限だと思います。それ以上大きくなると、管理部門が必要になってきます。研究にも教育にも関係がない部署ですけれど、それがないと組織が回らなくなる。そして、管理部門は必ず肥大化する。これは避けがたいんです。別にそこで働いている人にそういう意図があるわけじゃないんです。意図がなくても、放っておけば管理部門は自己肥大する。そして、組織そのものを「巨大な管理部門が存在しないと機能しないようなもの」に変えてしまう。管理部門に権力も財貨も情報も集中させて、管理部門の許諾を得ないと何一つできないような硬直した組織が出来上がる。これは組織の生理ですから、止めることはできないのです。われわれにできるのは「巨大な管理部門がないと制御できないような大きな組織」にしない、ということだけです。

これから30年くらいの間に、日本各地の大学は淘汰が進むと思います。でも「マーケットは間違えないから、マーケットに委ねる」ということに合意してしまった以上、今さらこの流れは止められない。

ただ、今人口減によって各地で交通網の廃止や行政機構の統廃合が行われていますが、統廃合に強い抵抗を示しているのが学校と医療機関であることには目を止めた方がいいと思います。もう人口が減って、需要がない、開業しても採算が取れないとわかっていても、教育機関と医療機関は統廃合にかなり頑強に抵抗する。この二つはマーケットの要請に対して鈍感なのです。

それも当たり前で、教育機関と医療機関は貨幣や市場経済や株式会社が存在するよりはるか前から存在していたからです。人類史の黎明期から、今から数万年前から、学校の原型、病院の原型は存在していた。どちらも人間が集団として生きてゆくためになくてはならないものだからです。

集団が存続するためには、年長者は集団の若い構成員たちに、「生き延びるための術」を教えました。子どもたちの成熟を支援した。そうしなければ集団は亡びてしまうからです。病んでいる人、傷ついている人を癒すことを本務とする人はどんな時代のどんな集団にも必ずいた。そういう人たちいなければ、やはり集団は亡びてしまったから。

どんな時代でも、教育と医療に携わる人たちは存在した。市場がどうだとか、ニーズがどうだとか、費用対効果がどうだとかいうようなレベルとは違うレベルで「そういうものがなくてはならない」ということについて、われわれは人類史的な確信を持っている。だから、「金にならないから、病人を治療するのを止める」「ニーズがないから、教えるのを止める」というような発想は出てこないのです。

それに加えて、ミッションスクールの場合は宗教が関与してきます。そのせいでふつうの教育機関よりもさらに惰性が強く、抵抗力が強いのだと思います。社会がどう変わっても、政治体制や経済体制がどう変わっても、こういうものは簡単には変わりません。それは、先ほど挙げた教育、医療に加えて、宗教と司法もまた人類史の黎明期から存在した太古的な社会的機能だからです。こういう仕事に就く人には、ある種の固有の「エートス」があると僕は思っています。「なくては済まされない職業」ですから、歴史的な条件がどう変わろうと、「この職業に就きたい」と思う人たちが必ず一定数は出てくる。

人間集団が存続するために絶対に必要な四つの「柱」があると僕は思っています。教育、医療、司法、宗教、この四つです。学び、癒し、裁き、祈りという四つが集団が存続するためになくてはならない四つの基本動作です。集団の若い成員たちに生き延びるための術を教えること、病み傷ついた人を癒すこと、正義を執行すること、死者を悼むこと。この四つの機能はどのような集団であれ、集団が集団として持続するためにはなくては済まされないものです。それに比べたら、市場経済だとか商品だとか貨幣だとかいうものは、あってもなくてもどうでもいいものです。

はるか太古の人間集団がどういうものだったか想像すれば、わかるはずです。集団の若い成員たちの成熟を支援するのは、集団が生き延びるためです。別に若者たちを査定したり、格付けしたり、選別したりするために教育をしたわけじゃない。生き延びるための術を教えておかないと、死んでしまうから教育したのです。狩猟で暮らしている集団なら狩りの仕方を、農耕で暮らしている集団であれば植物の育て方を、漁労で暮らしている集団なら魚の取り方を教えた。生きる術をきちんと伝えておかないと、彼らが飢えて死んでしまうからです。

だから、「大人たち」が「子どもたち」に向けて教育を行う。教育の主体は複数ですし、教育の受け手も複数です。なぜ教育を行うのか、それは共同体の存続のためです。教育の受益者は個人ではなく、集団そのものなのです。

市場経済の原理で教育を語る人たちには、このところがわかっていない。彼らは教育というのをある種の「商品」だと思っている。そこでやりとりされている知識や技術や情報を、自動車や洋服と同じようなものだと思っている。欲しい人が金を出して買う。金がたくさんあれば、よい商品が買える。金がない人はあきらめる。それが当然だと思っている。たしかに、「自動車が欲しい」という人が「あの自動車が欲しいので、税金で買って僕にください」と行政に頼み込むということはありえません。それは自動車を所有することの受益者が個人だからです。でも、教育は違います。教育の受益者は集団全体です。だから、集団的に教育事業は行わなければならない。だから、「義務教育」なのです。大人たちには子どもを教育する義務がある。そうしないと集団が存続できないから。

市場原理で教育を考える人はどうしてもこの理路が理解できない。それは彼らが教育の受益者は個人だと思っているからです。個人が学校に通って、それなりの授業料を払い、学習努力するのは、その成果として、有用な知識や技能や資格や免許を手に入れて、それによって自己利益を増大するためだと思っている。それなら、確かに学校教育にかかるコストは受益者負担すべきものです。金があるものが学校教育を受ける。ないものは受けない。それがフェアだという話になる。

公教育に税金を投じるべきではないと本気で思っている人たちがいる。これは昔からいたのです。アメリカの「リバタリアン」というのがそうですね。彼らは公教育への税金支出に反対します。人間は一人で立つべきであって、誰にも依存すべきではない。勉強して、資格や免状が欲しいなら、まず働いて学資を稼いで、それから学校に行けばいいと考える。だから、公教育への税金の投入に反対する。

同じようなことを思っている人はもう日本にも結構います。教育への公的支出のGDP比率が先進国最低だということは先ほど申し上げましたけれど、それはこういう考え方をする人が日本の指導層の中にどんどん増えているということです。彼らは教育の受益者は個人であるから、教育活動に公的な支援は要らないと考えている。口に出して言うと角が立ちますから大声では言いませんけれど、内心ではそう思っている。消費者たちが求める「個人の自己利益を増大させる可能性の高い教育プログラム」(これを「実学」と称しているわけですが)を提示できた教育機関だけが生き残って、「市場のニーズに合わない」教育プログラムしか提示できなかった学校は「倒産」すればいいと思っている。これは大声で公言してはばからない。

でも、そんなことをして共同体は維持できるのか。僕はそれを懸念しているのです。何度でも言いますけれど、教育事業の受益者は個人ではなくて、集団全体です。次世代の市民的成熟を支援しなければ、集団がもたない。教育する主体は「大人たち」全員であり、教育を受ける主体は「子どもたち」全員です。大人たちはあらゆる機会をとらえて子どもたちの成熟を促すことを義務づけられている。

日本の場合、大学の75%が私学です。つまり、国ではなく、個人としての建学者がいて、固有の建学の理念があって、それを教育実践を通じて実現しようとした。「教えたい」という人たちがいて、「学びたい」という若者たちが集まってきた。私学の場合には、その建学の原風景というものを比較的容易に想像することができます。時代が経っても、建学者の「顔」が見える。それが私学の一番良い点だと思います。

僕は30年ほど大学の教員をして、退職してから神戸市内に凱風館という1階が道場で2回が自宅という建物を建てました。自宅ですから、私費を投じるのは当たり前ですけれど、身銭を切って学びの場を作ったのです。別に市場のニーズがあったからではありません。もちろん、それ以前から門人はいましたから、彼らは道場ができて喜んではくれましたけれど。とにかく自分が教えたいことがあるから、身銭を切って道場を建てた。稽古したい人たちが1年365日、好きなだけ稽古ができる場をまず建てて、それを公共のものとして提供した。そこで門人たちが日々修業している。それは僕が僕の師匠から継承した武道の思想と技芸を伝えていく使命感を感じたからです。自分が先人から学んだことを、次世代に伝えなければならないと思っているから、学舎を建てた。

僕の周りでも私塾を始めた人たちがたくさんいます。平川克美、名越康文、茂木健一郎、釈徹宗、鷲田清一・・・何人もがやはり身銭を切って私塾を始めています。みんな明治時代に日本に私学ができた時の原風景をもう一度思い出して欲しいと思っているのかも知れません。

僕の道場は今門人が350人います。でも、これがもう上限だろうと思います。この程度のサイズでしたら、マーケットもニーズも関係ない。僕が自腹を切れば、学びの場を建設し、管理運営することができる。門人が一時的にゼロになっても僕がやせ我慢をすれば道場を閉めずに済む。それくらいの低いランニングコストでないと、ほんとうにやりたいことは持続するのが難しいだろうと僕は思います。これは今の市場原理による学校教育のあり方に対する僕からのアンチテーゼです。こういうことだってできるということをかたちで示したい。

今日本はピークアウトして長期低落期に入っています。これ以上ひどいことにならないうちに、できるところから何とか手当をしなければいけない。一人一人がそう考えて、できる範囲で崩れてゆくものを押しとどめ、失敗を補正してゆけば、破局的な事態は少しずつ先送りできると思います。

それでもいまだに経済成長とか成長戦略とかいう虚しいことを言っている人たちがいます。五輪とか万博とかカジノとかリニア新幹線とか、古いタイプの産業社会のモデルにまだこだわって、「選択と集中」で起死回生を願っている人たちがまだまだ多くいますけれど、それは貴重な国民資源をどぶに捨てるような結果にしかなりません。

日本の国力がピークアウトしたのは2005年です。何の年か覚えていますか。2005年というのは小泉内閣の時です。その時、安保理の常任理事国に立候補したけれど、アジア諸国の支持を集めることに失敗して常任理事国入りを果たせなかったのです。共同提案国になってくれたアジアの国はアフガニスタン、ブータン、モルジブの三国だけでした。

すでにバブル経済は崩壊した後で、日本経済は失速しており、ここで政治大国として国際社会に存在感を示すというのがいわば最後の賭けだったのですが、それがはなばなしく挫折した。これはけっこう大きな歴史的転換点だったと思います。国際社会から日本への期待というのがどれほど低いのか、それが骨身にしみてわかった。これが大きかったと思います。世界的な政治大国だと思っていた自尊心を深く傷つけられた。それからですね、日本がおかしくなってきたのは。

それから12年が経った。もうずっと長期低落局面です。でもまだ「負けしろ」はあります。まだまだ日本は豊かです。温帯モンスーンの豊かな自然に恵まれ、社会的インフラは整備されているし、治安も良いし、観光資源もあるし、食文化もエンターテインメントも高い水準を誇っている。国民資源を見たら世界有数のストックがあります。たしかにフローのレベルでは勢いが落ちているけれども、ストックは豊かです。だから、この豊かなストックをどうやって生かすか、どう使い回すか、それが問題です。

大学だって数が多すぎると言われていますけれど、高等教育機関が多すぎるというのは、よく考えたらすごいことなのですよ。研究者がいて、教員がいて、教室があって、研究設備があって、図書館があって、体育館があって、緑地があって、プールがあって、宿泊施設があって・・・これだけの教育資源がある。単年度の志願者と募集定員の需給関係で考えるから「多すぎる」と判定されますけれど、長期的に見れば貴重な資源です。これをニーズがないからと言って、駐車場にするとか、スーパーに売るとかいうのはあまりにもったいない。他にどういうふうに活用できるのか、それを考えるべきなんでだと思います。

日本がこれ以上崩れないように、どこかでターニングポイントを迎えることができるように、発想を切り替えないといけないと思います。僕に何か特別な知恵があるわけではありません。とにかく「衆知を集めて」対話する、みんなで知恵を出し合ってゆきましょうということに尽きると思います。

今日は学校教育の危機的現実を直視した上で、どうすれば次世代の人たちに生きる知恵と力を与える学びの場を確保できるのか、それについてみんなで知恵を絞りましょうという話を致しました。僕も微力ながら一所懸命知恵を絞り、一臂の力をお貸したいと思っております。皆さん方のご健闘を祈念しております。ご清聴、ありがとうございました。


4. 中川隆[-6492] koaQ7Jey 2017年9月06日 17:41:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「美意識が低い」日本の受験エリート達の末路
オウム真理教が体現する、受験エリートの闇
山口 周 : コーン・フェリー・ヘイグループ 2017年08月31日
http://toyokeizai.net/articles/-/186380


世界のトップエリートたちは現在、必死に美意識を鍛えています。一方、日本では偏差値は高いが美意識が低く、それが看過できない問題の元凶になっているようです(撮影:今井康一)

現在、世界のエリートは必死になって「美意識」を鍛えています。グローバル企業が世界的に著名なアートスクールに幹部候補を送り込む、ニューヨークやロンドンの知的専門職が、早朝のギャラリートークに参加するのは、こけおどしの教養を身に付けるためではありません。彼らは極めて功利的な目的で、「美意識」を鍛えているのです。

なぜならば、これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足を置いた経営、いわばサイエンス重視の意思決定では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできない、ということをよくわかっているからです。

「偏差値は高いが美意識は低い」エリートたち

一方、残念ながら現在の日本企業の多くは、経営にかかわる人たちの美意識がほとんど問われません。すなわち、日本のエリート組織の多くは「偏差値は高いが美意識は低い」という状態で、計測可能な指標だけをひたすら伸ばしていく、一種のゲームのような状態に陥っています。ここでは「真・善・美」が問われず、それが、DeNAのコンプガチャやWELQ問題をはじめとして、続発する企業のコンプライアンス違反の元凶になっています。

「偏差値は高いが美意識は低い」という問題の闇を語るうえで避けては通れないのは、オウム真理教です。この宗教集団の特徴の一つとして、幹部が極めて高学歴の人間によって占められていた、という点が挙げられます。有罪判決を受けたオウム真理教幹部のリストを並べてみると、東大医学部を筆頭に、おそらく平均の偏差値が70を超えるのではないかというくらい、高学歴の人物を幹部に据えていたことがわかります。

地下鉄サリン事件が世間を震撼させたとき、これらの名だたる有名大学を卒業したエリートたちが、なぜあのように邪悪で愚かな営みに手を染めたのか、ということがしきりにワイドショーなどで騒がれました。しかし私は、当初からこの問いの立て方はポイントを外していると思っていました。


ワイドショーのコメンテーターに言わせれば、オウムの幹部連中は、受験エリートである「にもかかわらず」、愚かで邪悪な宗教に帰依した、つまり二つの事実を整合性の取れないものとして逆接でつないだわけですが、私は逆に、彼らがまさに受験エリートである「からこそ」、オウム真理教に帰依していったのだろうと思っていました。

その理由は、オウム真理教が提唱していた奇妙な位階システムにあります。オウム真理教では、修行のステージが、小乗から大乗、大乗から金剛乗へと上がっていくという非常に単純でわかりやすい階層を提示したうえで、教祖の主張する修行を行えば、あっという間に階層を上りきって解脱することができる、と語られていました。

これはまさに、オウム真理教に帰依していった受験エリートたちが、かつて塾で言われていたのと同じことです。オウム真理教幹部の多くが、事件の後になんらかの手記や回想録を著しています。これらを読むと、彼らのほとんどが、大学を出た後に社会に出たものの、世の中の理不尽さや不条理さに傷つき、憤り、絶望して、オウム真理教に傾斜していったことがわかります。

オウム真理教における「著しい美の欠如」

このように、わかりやすい位階システム、つまり強く「サイエンス」が支配している組織において、どのように「アート」が取り扱われていたのか。オウム真理教における「アート」について、小説家の宮内勝典氏は著書『善悪の彼岸へ』の中で、次のように指摘しています。

オウムシスターズの舞いを見たとき、あまりの下手さに驚いた。素人以下のレベルだった。呆気にとられながら、これは笑って見過ごせない大切なことだ、という気がしてならなかった。オウムの記者会見のとき、背後に映し出されるマンダラがあまりにも稚拙すぎることが、無意識のままずっと心にひっかかっていたからだ。(中略)

麻原彰晃の著作、オウム真理教のメディア表現に通底している特徴を端的に言えば、「美」がないということに尽きるだろう。出家者たちの集う僧院であるはずのサティアンが、美意識などかけらもない工場のような建物であったことを思い出してほしい。

偏差値教育しか受けてこなかった世代は、あれほど美意識や心性の欠落した麻原の本を読んで、なんら違和感もなく、階層性ばかりを強調する一見論理的な教義に同調してしまったのだ。後にオウムの信者たちと語りあって、かれらがまったくと言っていいほど文学書に親しんでいなかったことに気づかされた。かれらは「美」を知らない。仏教のなかに鳴り響いている音色を聴きとることができない。言葉の微妙なニュアンスを汲みとり、真贋を見ぬいていく能力も、洞察力もなかった。

宮内勝典『善悪の彼岸へ』

宮内氏のこれらの指摘をまとめれば、オウム真理教という組織の特徴は、「極端な美意識の欠如」と「極端な階層性」ということになります。これを本書の枠組みで説明すれば、アートとサイエンスのバランスが、極端にサイエンス側に振れた組織であったと言い換えることができます。


情緒や感性を育む機会を与えられず、受験勉強に勝ち残った偏差値エリートたち。彼らは、いわば「極端に単純化された階層性への適応者」でした。極端に単純化されたシステムの中であれば、安心して輝いていられる人たち。

しかし、実際の社会は不条理と不合理に満ちており、そこでは「清濁併せ呑む」バランス感覚が必要になります。彼らはそのような社会にうまく適応できず、オウム真理教へと傾斜し、やがて外界をマーヤー(幻)として消去させようとしました。

さて、ここまで、オウム真理教という、かつて日本を震撼させた新興宗教集団の特徴について考察してきましたが、読者の皆さんは、なぜビジネスとはまったく関係のないカルト教団の話をしているんだろう?と思われたかもしれません。

しかし、私は、宮内氏が指摘した「美意識の欠如」と「極端なシステム志向」というオウム真理教という組織の特徴が、ある種の組織と非常に類似している点に以前から引っかかっていました。

戦略コンサル、新興ベンチャーとの類似点

「業界の特性」ということでひっくるめられると迷惑だという反論もあるかと思いますが、あえて名指しで、オウム真理教と類似しているなと筆者が感じる二つの業界を挙げるとすれば、それは戦略系コンサルティング業界と新興ベンチャー業界ということになります。

私が電通を退職して米国の戦略系コンサルティングの会社に転職したのは2002年のことです。オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こしたのは1995年のことで、私はこの事件をきっかけにしてカルト教団に興味を持ち、研究をするようになったのですが、2002年に戦略コンサルティングの会社に転職し、昇進や評価のシステムに関する説明を入社時研修で受けた際に、すぐに「この組織はオウムの仕組みとそっくりだな」と感じたことを、よく覚えています。

いくつかの具体例を挙げて説明してみましょう。たとえば、極端に階層的でシステマティックである、という側面です。通常の企業ではだいたい8〜9程度の等級が設定されていることが多いのですが、コンサルティング会社には基本的に4階層しかありません。新卒で入るとアナリストになり、やがて中堅のアソシエイトへと昇格し、その中のごく一部がさらにマネジャーへと昇進し、さらに選び抜かれた人が最終的にはパートナーになるという、極めてシンプルな仕組みです。


最近ではさまざまな組織で「多様性」が大きなテーマになり、その要請を受けて複数のキャリアのハシゴを用意する、いわゆる「複線型人事等級制度」の導入が進んでいますが、戦略コンサルティングの業界というのはその真逆で、極めて単線的かつ階層の明確な等級制度になっているわけです。

その階層性の明確さがはっきりと表れているのが報酬制度です。ざっくりとまとめれば、戦略系コンサルティング会社での報酬水準は、一階層上がるごとに倍になります。つまり新卒を1にすれば、中堅は2、マネジャーは4、パートナーが8ということになります。一般的な企業の昇給水準が数%程度であることを考えると、各ステップに100%の階差があるというのはちょっと驚きですが、これも階層性を明確にするための一つの要因となっています。

昇進のためには「生産性」だけが問われる

そしてさらに、ここが非常に重要なポイントなのですが、「何ができれば階層を上がれるか、どうすれば上がれるか」が非常に明確です。昇進の条件は極めてメカニカルなもので、人望や見識といった情緒的な側面はほとんど含まれません。具体的な説明は守秘義務があるので割愛しますが、大まかに説明すれば、コンサルティングに求められる全般的なスキルの項目に対して、どれくらいの充足度があるかによって判定されるという考え方で、一言で言えば「生産性」だけが問われ、人望や美意識は問われない、ということです。

こういったわかりやすい階層性、どうすれば上に行けるのかが明確なシステムは、前述したオウム真理教の仕組みと非常に類似しているんですね。

オウム真理教の教祖だった麻原彰晃が、弟子に対して語った講話の記録が残っているのですが、これを読んでみると非常に興味深い。というのも、麻原はことあるごとに「小乗、大乗、金剛乗」の3ステージを示し、どのような修行をすればこのステージを駆け上がっていけるかを繰り返し帰依者に訴えているのですが、これはコンサルティングファームの上級役員の語り口と非常に似ています。

同様のわかりやすさは新興ベンチャー企業においても見られます。そこで問われるのは見識や人望ではなく「早く結果を出すこと」でしかありません。以前、DeNAが主催した投資家向けの説明会に参加させてもらったことがあるのですが、事業の起案や投資に関する意思決定は徹頭徹尾、経済的な側面に基づいており、事業の意義やビジョンについては「それが経済的利益に結びつくと考えられる際には作成されるだけで、別に必要ない」とのコメントに慄然(りつぜん)とさせられたことがあります。

システムとしてわかりやすいと言えば、これ以上にわかりやすい仕組みはないわけで、とにかく結果さえ出せれば、大手企業に勤めている人が数十年かけて上るようなキャリアの階段を、数年で一挙に駆け上がって高額の報酬を得ることができる仕組みになっているわけです。


さらに指摘すれば、一見すると人材の交流があまりないように思われる「戦略コンサルティング業界」と「新興ベンチャー業界」ですが、昨今では「新卒で戦略コンサルティング会社に入り、途中から新興ベンチャー企業に転職する」というのは一つのキャリアパターンになりつつあります。

たとえば、DeNAの創業メンバーのほとんどが、戦略コンサルティング会社の出身者であったことを思い返せば、これらの業界に集まる人たちに共通する「思考の様式」がおわかりいただけると思います。その思考様式とはつまり「社会というシステムの是非を問わず、そのシステムの中で高い得点を取ることだけにしか興味がない」という考え方です。

「システムによく適応する」≠「よりよい人生」


『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社)。
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4334039960/asyuracom-22


ここにこそ「エリートこそ美意識を鍛えるべきである」というアイデアの根幹につながる問題があります。エリートというのはシステムに対して最高度の適応力を持っている人たちです。この「システムへの適応力」こそが、彼らをエリートたらしめているわけですが、ここに問題がある。「システムによく適応する」ということと「よりよい生を営む」というのは、まったく違うことだからです。

多くのエリートは、システムに適応し、より早く組織の階段を駆け上がって、高い地位と年収を手にすることを「よりよい人生」だと考えています。しかし、そのような志向の行き着く先には、多くの場合、破綻が待ち受けていることになります。

わかりやすいシステムを一種のゲームとして与えられ、それを上手にこなせばどんどん年収も地位も上がっていくというとき、システムに適応し、言うなればハムスターのようにカラカラとシステムの歯車を回している自分を、より高い次元から俯瞰的に眺める。そのようなメタ認知の能力を獲得し、自分の「ありさま」について、システム内の評価とは別のモノサシで評価するためにも「美意識」が求められる、ということです。


5. 中川隆[-6061] koaQ7Jey 2017年11月04日 20:45:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
内田樹の研究室 2017.11.03 大学教育は生き延びられるのか?

ご紹介いただきました、内田でございます。本日は、国立大学の教養教育の担当の人たちがお集まりになっていると伺いました。ずいぶんご苦労されてると思います。日々本当に胃が痛むような、苛立つような思いをしていらっしゃると思います。今回のご依頼をいただいたとき、かなり絶望的な話をしようと思ったんですけども、先ほどみんなを励ますようなことをお話しくださいと頼まれましたので、なんとか終わりの頃には少し希望が持てるような話にできればと思っています。

「大学教育は生き延びられるのか?」という問いの答えは「ノー」です。それは皆さん実感してると思います。大学教育は生き延びられるのか。生き延びられないです。今のまま状況では。

でも、仕方がないと言えば仕方がないのです。急激な人口減少局面にあり、経済成長の望みはまったくない。かつては学術的発信力でも、教育水準でも、日本の大学は東アジアの頂点にいましたけれ。でも今はもう中国やシンガポール、韓国にも台湾にも抜かれようとしている。急激に大学のレベルが下がっているのです。そして、急激に大学のレベルが国際的に低下していることについて、当の大学人たちにも教育行政の当局にもその自覚がない。これが危機の本質だと思います。

私は今もいくつかの大学で客員教授や理事をして、大学の現場とのかかわりを維持していますけれど、フルタイムの大学教員ではありません。ですから、好きなことを言わせてもらいいます。

正直に言って、日本の大学は、このままではもう先はないです。教育制度は惰性が強いですから、簡単には潰れはしません。民間企業のようにいきなり倒産するということはない。でも、じりじりと駄目になってゆく。長期停滞傾向が続いて、20年、30年経ったあたりで、もう本当に使い物にならなる。それでもまだ組織としてはもつでしょう。医療とか教育というのは「それがなくては共同体が存続しえない」本質的な制度ですから、最終的には現場にいる人たちが身体を張って守ります。ですから、どんなにシステムがおかしくなっても、公的な支援が途絶えても、それでもなんとか持続はします。でも、それはほんとうに現場の人が命を削ってもたせているからもっているのであって、公的制度としてはもう破綻している。ブラック企業と同じでです。フロントラインに立ってる生身の人間が必死になって現場を回しているわけで、その人たちがばたばた過労死しているおかげでかろうじてシステムの体をなしている。大学もそういう状況にいずれなりますし、局所的にはもうそうなっている。

医療の世界でかつて「立ち去り型サボタージュ」という言葉が使われました。小松秀樹さんの書かれた『医療崩壊』という本がその事実を明らかにしました。小松先生とは一度お会いしたことがありますけれど、その時に教えられたのは、「医療崩壊」というけれど、医療もやはり惰性の強いシステムなので、簡単には崩壊しないということでした。それは現場に立って医療の最前線を守っているドクターやナースは自分の健康や家庭生活を犠牲にしても医療を守ろうとするからです。そういう「業」を抱えた人が医療の現場に立っている。だから、制度的に破綻していても、簡単には崩壊しないんだ、と。でも、生身の人間ですから、彼らのオーバーアチーブメントに頼って支援の手当をせずに放置しておけば、いずれ一人倒れ二人倒れ、前線の維持が難しくなる。そういうお話でした。

10年ぐらい前に医療で起きたのと同じことが今、大学で起こっているような気がします。教育現場で働いてる人間を支援するという体制が国にも自治体にもメディアにも市民社会にもない。逆に、公的な制度やメディアが現場の教職員たちを追いつめている。精神的にも身体的にも「まだ働き方が足りない」と負荷をかけている。
それでもなんとか現場がもっているのは、教育に関わる人間もまた医療人と同じようにある種の「業」を抱えているからです。教員という職業を選ぶ人には一定の傾向性があります。医療を職業に選ぶ人たちと同じように、教員は学校という場が好きなんです。教室で若い人たちの前に立って何かを教えることが好きで、研究が好きで、アカデミアで異なる領域の知性と出会うことが好きで、という人が学校教育の場には引き寄せられてくる。だから、常軌を逸した負荷がかかっていても、なんとか踏みとどまろうとする。家庭生活や健康を犠牲にしても、自分の職域を守り抜こうとする。今の日本の大学がこれほど否定的環境にありながら、なんとか保っているのは、教育人たちのこの「業の深さ」のおかげです。

でも、生身の人間が蔵している生命資源は本来であれば他のことに使わなければいけないものです。一家団欒とか、文化活動とか。運動したり、遊んだり、自分の好きな研究をしたり、そういう本当にしたいことを断念して、その資源を学校の管理業務とか文科省の命じてくる意味のない作業に割かなければならない。

僕は選択定年制で大学を5年早く辞めたのですが、最大の理由は会議と書類書きが受忍限度を超えたからです。研究することも教育することも大好きなんですけれど、会議と書類書きが大嫌いでした。50代の途中からは6年間管理職でした。授業のない日に会議のためだけに登校するということが何度もありました。だから、あと5年いても、退職まで管理職が続くことがほぼ確実だったので、申し訳ないけれど60歳で退職しました。そういう意味では僕も「立ち去り型サボタージュ」の一人なんですよね。でも、これ以上いると、自分自身が干上がってしまうと思った。60歳になって、残りの人生のカウントダウンが始まったのに、まだやり残した仕事がたくさんある。研究の領域でもありましたし、武道家としてもやらなければならないことがたくさんありました。大学を守るためには現場に残って、僕も仲間たちと激務を分担しなければいけないということは理屈ではわかっていたのですが、会議と書類書きで自分の時間をこれ以上費やすことに耐えられなかったのです。その点では忸怩たる思いがあります。そうやって現場を棄てた人間の慚愧の思いを込めて、今日本の大学教育が一体どういうところにあるか、お話をしたいと思います。

まず具体的な実態から、お話します。2002年から日本の学術研究は質、量ともに国際競争力が低下しています。2015年の「人口あたり論文数」は世界37位。中国、台湾、韓国のはるか後塵を拝しています。現在の日本の学術的発信力はOECD諸国の中では最下位レベルです。

論文数の減少が著しいのが、かつて国際競争力が高かった分野だというのも気になります。工学系は2004年以降論文数が減少し、競争力は低下している。生命科学系、農学系、理学系も低下傾向です。社会科学系では論文数はそれほど減っていませんが、もともと国際競争力のない分野です。総体として、日本の大学の国際競争力は過去15年間下がり続けています。

でも、この「人口当たり論文数」が先進国最低という事実をメディアは報道したがりません。代わりによく報道するのが「教育に対する公的支出の比率」です。公的支出の中に占める教育費の割合は先進国最低。それも5年連続です。この事実についての反省の弁を政府部内から聞いた記憶が僕にはありません。この国の政府は教育研究の支援には関心がないということです。ですから、今のシステムが続く限り、教育に対する公的支出比率先進国最下位という定位置に日本はとどまり続けることになります。

なぜ、日本の大学の学術的発信力がこれほど急激に衰えたのか。僕は35年間大学の教壇に立ってきましたので、この経年変化を砂かぶりで観察してきました。はっきりした変化が始まったのは1991年の大学設置基準の大綱化からです。

誤解して欲しくないのですが、設置基準の大綱化そのものが研究教育能力の劣化をもたらしたわけではありません。大綱化を導入せざるを得なくなった歴史的な教育環境の変化があり、それが日本の大学の学術的な生産力を損なったのです。でも、これについて教育行政当局は何も分析していない。先進国の中で日本の大学教育のアウトカムが最低レベルにまで下がったという事実については「全部大学の責任」であり、教育行政には何の瑕疵もないという態度を貫いている。悪いのは文科省ではなくて大学であるわけですから、失敗の原因を探求するのも、対応策を講じるのも全部大学の自己責任であるという話になっている。ですから、文科省の仕事はそういう「できの悪い大学に罰を与える」ことに限定されている。そうやって毎年助成金を削り、学長に権限を集中させて教授会自治を否定し、大学の自由裁量権を奪い、自己評価自己点検作業を強要し、次から次への大学への課題を課して、研究教育のための時間を奪っておいて、その上で「どうして研究教育がうまくゆかないのか」について会議を開き、山のような報告書を書くことを義務づけている。

文科省は大学に自己評価を求めていますが、僕はまず文科省自身が自己評価する必要があると思います。過去25年間の教育行政を点検して、現状はどうか、なぜこんなことになったのか、どうすれば改善できるのか。大学に要求するより先に、文科省自身がPDCAサイクル回してみればいい。どんな点数がつくかみものです。

先ほど申し上げましたが、転換点は91年の大学設置基準の大綱化でした。それまでの日本の大学はよく言われる通り「護送船団方式」でした。いわゆる「親方日の丸」です。箸の上げ下ろしまでうるさく文部省が指図する代わりに、面倒は全部見る。そういう家父長制的な制度だった。

でも、大綱化によって、細かいことに関しては、大学の自由に任せようということになった。家父長的な制度がなくなって、大学が自由にカリキュラムを作ることができるようになったことそれ自体はたいへんよいことだったと僕は思います。当時も僕はこの方向性を歓迎しておりました。「自己決定・自己責任」でいいじゃないかと僕も思いました。でも、文科省が大学に自由を与え、権限委譲することに裏がないはずがない。実際にそれが意味したのは大学の淘汰を市場に委ねるということでした。

91年段階で、今後18歳人口が急激に減ってゆくことが予測されていました。60年代には250万人いた18歳人口は以後漸減して76年に156万まで減りましたが、その後V字回復して1992年に205万人に戻しました。そして、そこから減り続けた。2017年では120万人。25年間で40%減少したことになります。

大綱化は18歳人口がピークアウトして、以後急減局面に入り、増え過ぎた大学定員を満たすことが困難な局面に入るということがはっきりわかった時点で導入されました。これから大学の数を減らさなければいけないということは文科省(当時は文部省)にもわかっていました。もう護送船団方式は維持できない。文部省と大学はそれまで親鳥とひな鳥のような関係でした。親鳥はひな鳥を扶養する代わりにあらゆることについて口出しした。でも、親鳥が増え過ぎたひな鳥を扶養できない時代がもうすぐ来ることがわかった。護送船団のロジックからしたら、ひな鳥が死んだらそれは親鳥の責任になる。こんな弱い鳥を産んだお前が悪いということになる。でも、これから後、ひな鳥はばたばた死ぬ。だから、親鳥の仕事を放棄して、「これからは自己裁量で生き抜きなさい」と言い出した。なぜ、淘汰圧に耐えられないような高等教育機関をなぜ認可したのか。なぜそこに税金を投入したのか。そういう問いに対して文部省には備えがなかったからです。

でも、それはある意味では当然のことでした。明治の近代学制の導入以来、日本の教育行政の最大の使命は教育機会の増大だったからです。国民にいか多くの、良質な就学機会を提供するか、それが近代日本の教育行政の本務だった。だから、学校を増やすことを正当化するロジックでしたら教育官僚は無限に作り出すことができた。そして、実際にそのロジックを駆使して、国民の就学機会を増やし続けたのです。それは敗戦後も変わりませんでした。敗戦国日本は軍事力や外交力ではなく、むしろ経済力や教育力や学術的発信力によって国際社会に認知される道を進むべきだということについては国民的な合意が形成されていました。

だから、ある意味で文部省の仕事は簡単だったのです。でも、80年代になって難問に遭遇しました。18歳人口が減ることがわかってきたからです。しばらくは大学進学率の上昇が期待できるので、大学定員は満たせるだろうけれど、それもどこかで天井を打つ。そのあとは大学を減らさなければならない。でも、文科省にはどうやって教育機会を増やすかについての理屈はあるけれど、どうやって教育機会を減らすかのロジックがなかった。護送船団方式でそれまでやってきたわけですから、自分が認可し、自分が指図して育てて来た大学に対して「お前は失敗作だったから廃校しろ」というわけにはゆかない。製造者責任を問われるのは文部省自身だからです。

そこで大学の淘汰は市場に委ねるというアイディアに飛びついたのです。強者が生き残り、弱者は淘汰されるというのは市場では自明のことです。自分の生んで育てたひな鳥を殺す仕事を親鳥は放棄して、市場に丸投げしたのです。これが91年の大学設置基準大綱化の歴史的な意味です。これは明治維新以降の教育行政の決定的な転換点でした。でも、その時点では僕も僕のまわりの大学人も、この変化の歴史的意味に気づいていなかった。18歳人口が減ってゆく以上、大学が生き残りをかけてそれぞれに創意工夫を凝らすことは「当たり前」のことであり、その淘汰プロセスで大学教育研究の質は向上するに違いないと、僕も信じておりました。

けれども、この期待はまったく外れてしまった。市場に委ねるということは、それぞれの大学に好き勝手なことをしてくれということではなかったのです。というのは、求められたのは、どの大学が「要らない大学」であるか可視化することだったからです。そのためにはシンプルでわかりやすい指標に基づいて大学を格付けしなければならない。市場はそれを要求してきたのです。

この場合の「市場」というのは、どの大学のどの学部を受験するか選ぶ志願者たちとその保護者のことであり、また彼らが就職する先の企業のことです。志願者と保護者が求めたのは「そこを卒業すると、どれくらいの年収や地位が期待できるか」についての情報であり、採用先が求めたのは「そこを卒業した労働者にはどれくらいの能力と忠誠心を期待できるか」についての情報でした。

大綱化というのは自由化のことだと僕は勘違いしていました。でも、そうではなかったんです。それは「どの大学から順番に淘汰されてゆくかを可視化して、市場に開示せよ」ということだったのです。

僕は大学のカリキュラムの自由化によって、それぞれ日本中の大学が、それぞれの教育理念と教育方法を持ち、それぞれの教育プログラムを編成して、それぞれ異なる達成目標をめざすということになると思い込んでいた。でも、大綱化から後、大学に求められたのは均質化・同質化でした。「自由に競争してよい」というものの、その競争の結果出てくる優劣の差はわかりやすい仕方で表示されなければならない。それは競争することは自由になったけれど、教育や研究のあり方が自由になったわけではない。むしろそれはより不自由なものにならざるを得なかった。というのは、格付けのためには全ての大学の活動を同じ「ものさし」で考量する必要があったからです。格付けというのはそういうことです。複数の教育機関の優劣を判定するためには、同じ「ものさし」をあてがって差を数値的に表示しなければならない。入学者の偏差値であるとか、就職率であるとか、卒業時点でのTOEICスコアであるとか、そういう共通性の高い「ものさし」を当ててみせないと大学間の優劣は可視化できない。そして、そのためにはものさしが当てやすいように教育内容を揃えることが全大学に求められることになった。

まことに逆説的なことですけれど、「好きにやってよい。その結果について格付けをする」と言われたのだけれど、よく考えてみたら「同じようなことをしないと格付けができない」以上、日本中の大学が自発的に相互模倣する他ないという倒錯的な事態が生じることになったのでした。

でも、それと同じことはすでに研究領域でも起きていたのでした。若い研究者たちは専任のポストを求めて競争することを強いられています。でも、研究領域がばらばらで、テーマがばらばらで、研究方法もばらばらだと、研究成果の優劣は確定しがたい。それよりは、研究者たちができるだけ同じ研究領域に集中して、同じ研究方法で、同じ研究課題に取り組んでいてもらう方がひとりひとりの出来不出来を比較しやすい。当然です。その結果、若い研究者たちを競争的環境に投じたら、研究者ができるだけたくさんいる領域を選んで専攻するようになった。誰も手がけない、前人未到の領域こそが本来なら研究者の知的関心を掻き立てるはずですけれど、そういう領域に踏み込むと「研究成果が査定不能」というリスクを負うことになる。「格付け不能」というのは市場からすると「無価値」と同義です。だから、リスクを避ける秀才たちは「誰も手がけない領域」ではなく「競争相手で混み合っている領域」に頭から突っ込んでゆくようになった。そうやって日本の学術研究の多様性は短期間に急激に失われていったのでした。

部分的に見ると適切なように見えるものも、少し広めのタイムスパンの中に置き換えると不適切であり有害であるということがあります。大学の格付けというのは、まさにそのようなものでした。大学の優劣を可視化するという社会的要請はそれだけ見れば合理的なものに思えますけれど、その帰結が大学の均質化と研究成果の劣化だったとすれば全体的には不適切なものだったという他ない。

自己評価というのも今ではどこの大学も当たり前のようにやっていますけれど、そもそも何のために自己評価活動が要るのかというおおもとのところに還って考えるということをしていないので、膨大な無駄が生じている。はっきり言って、こんなものは日本の大学には不要なものです。でも、アメリカでは大学の評価活動を熱心に行っているから日本でもやろうということになった。それは社会の中における大学のありようが日米では全然違うということがわかっていないから起きた重大な誤解です。

アメリカの大学の中にはとても大学とは言い難いようなものがたくさんあります。大学設置基準が日本とは違うからです。アメリカの場合、ビルの一室、私書箱一つでも大学が開校できる。校地面積であるとか、教員数であるとか、蔵書数であるとか、そういうことについてうるさい縛りがない。教育活動としての実態がないのだけれど、「大学」を名乗っている機関がある。そういう大学のことをDegree millとか、Diploma millと呼びます。「学位工場」です。学士号や修士号や博士号を単なる商品として売るのです。

学位工場はアメリカの商習慣から言うと違法ではありません。というのは、一方には金を出せば学位を売るという大学があり、他方には金を出して学位を買いたいという消費者がいて、需給の要請が一致してるからです。売り買いされているものが無価値な、ジャンクな商品だということは売る側も買う側も知っている。無価値なものを売り買いしており、その価格が適正だと双方が思っているなら、法的な規制はかけられない。そうやってアメリカ国内には無数の学位工場が存在している。
そこでアメリカの「まともな大学」が集まって、「まともな大学」と「学位工場」の差別化をはかった。でも、「学位工場」のブラックリストを作ることはできません。それは彼らの営業を妨害することになり、場合によっては巨額の賠償請求を求められるリスクがあるからです。合法的に経営されている企業の活動を妨害するわけにはゆかない。だから、「この学校はインチキですよ。この大学の出している修士号とか博士号とかはほんとうは無価値なんですよ」ということはアナウンスできない。できるのは「私たちはまともな大学であり、私たちの出す学位は信頼性があります」という自己主張だけです。でも、自分ひとりで「うちはまともです」と言っても十分な信頼性がない。だから、世間に名の通った「まともな大学」を集めて、「まともな大学同士でお互いの品質保証をし合う」という「ホワイトリスト」の仕組みを作った。それが相互評価です。

でも、日本にはそんな相互評価の必要性なんかありませんでした。だって、学位工場なんか存在しなかったからです。日本の大学は厳しい設置基準をクリアしてきて創立されたもので、教育しないで、学位を金で売るようなインチキな大学は存在する余地がなかった。

でも、確かにある時点からそれが必要になってきた。それは小泉内閣以後の「規制緩和」によって、大学の設置基準も緩和されたからです。厳しい設置基準審査は割愛する。その大学が存在するだけの価値があるかどうかの判定は市場に委ねる。「事前審査」から「事後評価」へというこの流れは「護送船団方式」から「市場へ丸投げ」という大綱化と同じ文脈で登場してきました。

2003年に規制緩和路線の中で株式会社立大学が登場しました。「構造改革特区」においては学校法人ではなく、株式会社にも学校経営への参入が容認されたのです。それ以前は私立学校の設立母体となることができるのは学校法人だけでした。規制緩和によって、2004年から続々と株式会社立大学が設立されました。でも、株式会社立大学のその後はかなり悲惨なものでした。

全国14キャンパスを展開したLECリーガルマインド大学は2009年度に学部が募集停止。2006年開学のLCA大学院大学も2009年に募集停止。TAC大学院大学、WAO大学院大学は申請に至らず。ビジネス・ブレークスルー大学は2012年度の大学基準協会の大学認証評価で「不適合」判定を受けました。実質的に専任教員が置かれていないこと、研究を支援・促進する仕組みが整備されていないこと、自己点検評価・第三者評価の結果を組織改善・向上に結びつける仕組みが機能していないことなどが指摘されましたが、これは経営破綻に至った他の株式会社立大学にも共通していたことでした。

でも、僕はこの失敗についても株式会社立大学を推進した人々からまともな反省の弁を聞いたことがありません。導入時点では、財界人たちからは、大学の教員というのはビジネスを知らない、マーケットの仕組みが分かってない、組織マネジメントができていない、だから駄目なんだということがうるさく言われました。生き馬の目を抜くマーケットで成功している本物のビジネスマンが大学を経営すれば大成功するに決まっているという触れ込みでしたが、蓋を開けてみたらほとんど全部失敗した。それについても、なぜ失敗したのかについて真剣な反省の弁を聞いたことがありません。誰の口からも。もし大学人に足りないのはビジネスマインドだというのが本当なら、この「ビジネスマン」たちもかなりビジネスマインドに致命的な欠陥を抱えていたということになります。でも、それよりむしろ学校教育に市場原理を持ち込むという発想そのものに誤りがあったのだと僕は思います。

これらの出来事はすべて同一の文脈の中で生起したことです。これらの出来事に伏流しているのは「市場は間違えない」という信憑です。学校教育の良否を判定するのは市場であると考えたビジネスマンたちは、消費者が喜びそうな教育商品・教育サービスを展開すれば、必ず学生たちは集まってくると考えました。株式会社立大学はいろいろな手で志願者を集めましたが、それは商品を売る場合と同じ考え方に基づくものでした。駅前で足の便がいいとか、スクーリングなくて一度も登校しなくても学位が取れるとか。でも、消費者を引き付けようとするなら、最終的に一番魅力的な訴えは「うちは勉強しなくても学位が取れます」ということになる。そうならざるを得ない。市場モデルでは、学習努力が貨幣、単位や学位が商品とみなされます。最も安価で商品を提供できるのがよい企業だという図式をそのまま学校教育に適用すれば、学習努力がゼロで学位が取れる学校が一番いい学校だということになる。実際に、そう信じて株式会社立大学の経営者たちは専任教員を雇わず、ビデオを流してコストカットに励み、学生たちには「最低の学習努力で卒業できます」と宣伝した。それは学位工場に限りなく近いかたちの大学を日本にも創り出そうとしたということです。でも、幸いにもその企ては成功しなかった。果たしてその失敗の経験から、株式会社立大学の導入を進めた人々は一体何を学んだのか。たぶん何も学んでいないと思います。今も「大学では実学を教えろ」とか「実務経験者を教授にしろ」と言い立てている人はいくらもいます。彼らの記憶の中では株式会社立大学のことはたぶん「なかったこと」になっているのでしょう。

その後に登場してきたのが「グローバル教育」です。これも表向きは経済のグローバル化に対応して云々ということになっていますけれど、実態は格付けのためです。大学の優劣をどうやって数値的に可視化するかということが90年代以降の文科省の教育行政の最優先の課題でしたけれど、グローバル教育はまさにそのためのものでした。つまり、「グローバル化度」という数値によって全大学を格付けすることにしたのです。これはたしかに賢い方法でした。「グローバル化度」は簡単に数値的に表示できるからです。受け入れ留学生数、派遣留学生数、海外提携校数、英語で行っている授業のコマ数、外国人教員数、TOEICのスコア・・・これは全部数値です。これらの数値のそれぞれにしかるべき指数を乗じると、その大学の「グローバル化度」がはじき出される。電卓一つあれば、大学の「グローバル化度」は計算できる。

でも、留学生の数とか、海外提携校の数とか、外国人教員数とか、英語での授業の数は大学の研究教育の質とは実際には何の関係もありません。今の日本の大学生は日本語での授業でさえ十分に理解しているとは言い難い。それを英語で行うことによって彼らの学力が向上するという見通しに僕はまったく同意できません。

今、どこの大学でも「一年間留学を義務づける」ということが「グローバル化度」ポイントを上げるために導入されています。学生からは授業料を徴収しておいて、授業は海外の大学に丸投げして、先方が請求してくる授業料との「さや」を取る。何もしないで金が入ってくるのですから、大学としては笑いが止まらない。25%の学生が不在なのですから、光熱費もかからない、トイレットペーパーの消費量も減る、教職員もその分削減できる。いいことづくめです。そのうち「いっそ2年間海外留学必須にしたらどうか」と言い出す知恵者が出てくるでしょう。さらにコストカットが進んで利益が出る。すると誰かさらに知恵のある者が「いっそ4年間海外留学必須にしたらどうか」と言い出すかもしれない。そうしたら校舎も要らないし、教職員も要らない。管理コストはゼロになる。でも、そのときは大学ももう存在しない。でも、自分たちがそういうふうに足元を掘り崩すようなリスクを冒しているということを、この「グローバル教育」推進者たちはたぶん気づいていないような気がします。

シラバスというのも、そのような学校教育への市場原理の侵入の一つの徴候です。もちろんそれまでも授業便覧・学修便覧は存在していたわけですけれど、シラバスはそれとは性格がまったく違います。あれは工業製品につける「仕様書」だからです。含有物質は何か、どういう規格に従って製造されたのか、どういう効用があるのか、そういう情報を消費者に開示するためのものです。ある意味では契約書です。「こういう授業をいついつにする」と教師は約束する。学生はそれが履行されることを教師に要求できる。予定通りに授業をしなかった場合、所期の学習効果が得られなかった場合、学生は教師に対して「契約不履行」でクレームをつけて、謝罪なり補講なりを請求できる。そういう趣旨のものです。

でも、大学の授業は工業製品じゃありません。本来は生身の教師が生身の学生たちの前に立ったときにその場で一回的に生成するものです。そこで教師が語る言葉にはそれまで生きてきて学んだこと、経験したこと、感じたことのすべてが断片的には含まれている。それが何の役に立つのか、そんなことは教師にだって予見不能です。どうしてこの科目を履修することになったのかは学生にだってわからない。学んだことの意味がわかるのは、場合によっては何年も、何十年もあとになることさえある。そういうものです。

スティーヴン・ジョブズは大学時代にたまたま「カリグラフィー(書法)」の授業を履修しました。どうしてそんな趣味的な授業を自分が毎週聴いているのか当時は理由がよくわからなかった。でも、何年か経ってスティーヴ・ウォズニアックと最初のマッキントッシュを設計したときに、フォントの選択と字間調整機能を標準装備として搭載したときに大学時代に「美しい文字を書く」授業を受けたこととの関連に気がついた。

授業がどういう教育効果をひとりひとりの学生にもたらすことになるのか、それは教師にも学生自身にも予見できません。もちろんシラバスに適当なことを書くことはできます。でも、シラバスを目を皿のようにして読んで履修科目を選ぶ学生なんて、実際にはいません。このコマが空いているからとか、友だちが受講しているからとか、この先生面白そうだからとか、試験がなくてレポートだけだからとか、そういう理由で履修科目を選んでいる。

私が在職中にとった統計でわかったことは「シラバス通りに授業をしているかどうか」ということと学生の授業満足度の間には統計的に有意な連関がないということでした。それ以外のすべての質問は学生の授業満足度と相関がありました。「時間通りに授業を始めるか?」とか「板書が見やすいか?」とか「十分な準備をして授業に臨んでいるか?」といった問いは満足度と相関していました。でも、全部の質問の中でただ一つだけ何の相関もない質問がありました。それが「シラバス通りに授業をしているか?」です。学生たちはシラバス通りに授業が行われることに特段の重要性を認めていない。それはアンケートの統計的処理の結果でも、僕の教壇での実感でもそうです。

だから、「シラバスを細かく書け」という文科省からの命令を僕は無視しました。だって意味がないんだから。いやしくもこちらは学者です。論理的にものを考えるのが商売です。シラバスを事細かに書くと授業効果が上がるということについて実証的根拠があるなら、それを示してくれればいいだけの話です。それを示さずに、もっと細かく書けとか英語で書けとか同僚の教員同士でチェックし合えとか、どんどん作業を増やしてきたのです。

僕が教務部長のときにうちの大学のシラバスに「精粗がある」という理由で助成金の減額が告げられました。これは教育行政として自殺行為だと僕は思いました。シラバスを書かせたかったら「それには教育効果がある」という理由を示せばいい。何の教育効果があるのか命令している文科省が知らない作業を現場に頭ごなしに命令して、違反者に処罰を課す。それも「助成金の減額」という「金目の話」に落とし込んできた。僕はこれを「教育行政の自殺」だと言ったのです。仮にも大学教育ですよ。文科省は「大学の教員というのは『金を削る』と脅したら意味がない仕事でも平気でやる生き物だ」という人間観を公然と明らかにしているわけです。財務省あたりが言うならわかりもするが、教育行政を担当する省庁が「人間は金で動く」という人間観を本人も信じ、人にも信じさせようとしていることを少しは恥ずかしいと思わないのか。まことに情けない気持ちがしました。

シラバスは氷山の一角です。大学人全体がこういうやり方にいつの間にかなじんでしまった。意味がないとわかっていることでも、「文科省がやれと言ってきたから」というだけの理由でやる。意味のないことのために長い時間をかけて会議をして、分厚い書類を書いて、教職員たちが身を削っている。腹が立つのはそれが「大学における教育研究の質を高めるため」という大義名分を掲げて命じられていることです。教員の教育研究のための時間を削って、体力を奪っておいて、どうやって教育研究の質を上げようというのです。

問題はこの理不尽に大学人が「なじんでいる」ということだと思います。仮にも学術を研究し、教育している人たちが「理不尽な命令」に対して、「逆らうと金がもらえないから」というような俗な理由で屈服するということはあってはならないんじゃないかと僕は思います。無意味なこと、不条理なことに対して耐性ができてしまって、反応しなくなったら、悪いけど学者として終わりでしょう。目の前で明らかに不合理なことが行われているのに、「いや、世の中そんなもんだよ」とスルーできるような人間に科学とか知性とかについてっ僕は語って欲しくない。

今、日本中の大学でやっていますけれど、評価活動というのはナンセンスなんです。何度も申し上げますけれど、無意味なんです。これは自らの失敗を踏まえて申し上げているんです。神戸女学院大学に教員評価システム導入の旗振りをしたのは僕です。当時、評価に関するさまざまなセミナーや講演に出ました。製造業の人から品質管理についての話も聞きました。そういう仕組みを大学にも導入すべきだと、もっとビジネスライクに大学のシステムを管理しなければいけないと、その頃は信じていたのです。でも、はじめてすぐに失敗だということに気づきました。

僕が考えたのは、大学内の全教員の研究教育学務での活動を数値化して公表し、それに基づいて教員の格付けを行い、予算配分や昇級昇格に反映させるというものでした。さすがに教授会では昇級昇格に反映させるという僕の案は否決されましたけれど、教員たちの評価を各学科・部署の予算配分に反映させるというところまでは同意をとりつけました。

僕は教員の個人的な評価なんて簡単にできると思っていたのです。教育だったら、担当クラス数とか、ゼミで指導している学生数、論文指導している院生数などを数値化して、それを足せばいい。研究だったら年間にどれくらい論文を書いているか、レフェリー付きのジャーナルに書いているのか紀要に書いているのかで点をつける。学務は管理職なら何点、学部長なら何点、入試委員なら何点、というふうに拘束時間の長さや責任の重さで配点を変える。それを電卓一つで叩けば年間の教員の活動評価なんか出せると思っていたんです。でも、それが短慮でした。

配点を決める委員会でいきなり引っ掛かったのが著作でした。単著一つで何点と決めるときに、同僚から待ったがかかった。「年間5冊も6冊も書き飛ばした本と、20年かかって書いた1冊では価値が違う。それが同じ配点というのはおかしい」と言われた。これはおっしゃる通りなんです。年間5,6冊書き飛ばしているというのはもちろん僕のことなんですが、その1冊と、その先生が20年かけて書き上げた畢生の労作d1冊を同点にするのはおかしいと言われたら、たしかにおかしい。でも、そう言われたら全部そうなんです。授業を何コマ担当しているかと言っても、「ウチダ君のように何の準備もしないで、その場で思いついた話をぺらぺら漫談のようにして90分終わらせる教員」と何時間も真剣に下準備をしてから教場に出かける教員の1コマが同じ1コマとして扱われるのは不当である。内容の違いを配点に反映させろと言われたら、こちらはぐうの音もありません。ほんとうなんだから。
何より、気の毒だったのは、教員たちの実際の働きや貢献度を公的な立場から採点することを求められた方々です。だって、そういう人たちはすでに学部長とか学長とかしているわけです。そういう役職に選ばれる人たちというのは教育面でも学生の面倒見がよくて、研究でも高いアクティヴィティを誇っている方々です。そういうただでさえ忙しい人たちに同僚の査定をするという余計な仕事を押しつけることになった。評価活動というのは、そもそも研究教育を効率的に行い、質の向上を果たすために導入したものです。でも、やってみてわかったのは、そんなことのために査定システムを考案したり、合意形成をもとめて会議をしたり、あれこれ書類を書いたりしていたら、それは全部研究教育学務のための時間に食い込んでくるということでした。評価コストは評価がもたらすベネフィットを超える。研究教育の向上のための評価が研究教育の劣化をもたらすという事実に、僕は評価活動をはじめて半年ほどで気がつきました。

僕が教員評価にこだわったのは、教員の中に、あきらかに給料分の働きをしていない教員たちがいたからです。ろくに仕事をしないで高給を食んでいる人たちが手を抜いているせいで、学務の負担が他の教員に回ってくる。さぼる教員のせいで、他の教員たちの研究教育の時間が削られている。それがどうしても許せなかった。そういう怠け者をあぶり出して、仕事をさせなくちゃいけないと思って、教員を管理する仕組みを考えたのです。

でも、これはまったく失敗だった。だって、怠け者の教員というのは評価しようとしまいと関係ないからです。休日を返上してセクハラ講習会を開いても、セクハラ教員はそういう講習会には来ないのと一緒です。絶対にセクハラなんかしそうもない人たちだけが集まってまじめに研修している。そういうのは時間の無駄なんです。働かない人は評価システムがあろうがなかろうが働かない。せいぜい給料分ぎりぎりしか働かない。でも、評価システムを制度設計し、立ち上げ、維持運営するために、これまで研究教育で高い成果を上げて来た教員たちの時間と労力を奪うことになった。この人たちはこれまでもらう給料の何倍もオーバーアチーブしていたわけですけれど、その人たちの足をひっぱることになった。だから、評価システムの導入は、トータルでは、大学全体の研究教育のパフォーマンスを下げることにしかならなかった。

国立大学の場合はもっと悲惨です。独立行政法人化から後、日本の大学の学術発信力は一気に低下しましたけれど、それも当然なんです。法人化があって、学部改組があって、カリキュラム改革があって、そこに自己評価や相互評価が入ってきて、次はCOEだとかRU11だとかグローバル人材教育とか、ついには英語で授業やれとか言われて、この15年くらいずっとそういうことに追い回されてきたわけです。そういう仕事を担当するのは、どこの大学でも30代40代の仕事の早い教員たちです。頭がよくて手際のよい教員たちが、そういう「雑務」を押しつけられた。会議とペーパーワークだけで研究者として脂の乗り切る10年間を空費してしまったという教員が日本中の国立大学に何百人となくいるのです。この人たちがその時間を研究教育に充てていたら、どれぐらいの学的達成が蓄積されたか、それを思うと失ったものの大きさに言葉を失います。

今は定年前に辞める教員がどこの大学でも増えています。専任教員として教えなくても、授業だけすればいいという特任教員の給与や著述での収入だけで生活が成り立つという人はそういう方を選んでしまう。だって、あまりにばかばかしいから。グローバル人材育成と称して、今はどこでも英語で授業をやれというプレッシャーがかかっている。どう考えても、日本人の学生相手に日本人の教員が英語で授業やることに意味があるとは思えない。

実際にそういう大学で働いている人に聞きましたけれど、オール・イングリッシュで授業をするとクラスがたちまち階層化されるんだそうです。一番上がネイティヴ、二番目が帰国子女、一番下が日本の中学高校で英語を習った学生。発音のよい順に知的階層が出来て、いくら教員が必死に英語で話しても、ネイティヴが流暢な英語でそれに反対意見を述べると、教室の風向きが一斉にネイティヴに肩入れするのがわかるんだそうです。コンテンツの当否よりも英語の発音の方が知的な位階差の形成に関与している。

これも英語で授業をしている学部の先生からうかがった話ですけれど、ゼミの選択のときに、学生たちはいろいろな先生の研究室を訪ねて、しばらくおしゃべりをする。その先生のところに来たある学生はしばらく話したあとさらっと「先生、英語の発音悪いから、僕このゼミはとりません」と言ったそうです。その方、日本を代表する批評家なんですけれど、学生はその名前も知らなかった。

そういうことが今実際に起きているわけです。ではなぜこんなに英語の能力を好むというと、英語のオーラルが教員の持っている能力の中で最も格付けしやすいからです。一瞬で分かる。それ以外の、その人の学殖の深さや見識の高さは短い時間ではわからない。でも、英語の発音がネイティヴのものか、後天的に学習したものかは1秒でわかる。

『マイ・フェア・レディ』では、言語学者のヒギンズ教授が出会う人たち一人一人の出自をぴたぴたと当てるところから話が始まります。『マイ・フェア・レディ』の原作はバーナード・ショーの『ピグマリオン』という戯曲です。ショーはヒギンズ教授の口を通して、イギリスでは、誰でも一言口を開いた瞬間に出身地も、職業も、所属階層も分かってしまうということを「言語による差別化」(verbal distinction)としてきびしく告発させます。ヒギンズ教授は誰でも口を開いて発語したとたんに、その出身地も学歴も所属階級もわかってしまうというイギリスの言語状況を批判するためにそういう曲芸的なことをしてみせたのです。すべてのイギリス人は同じ「美しい英語」を話すべきであって、口を開いた瞬間に差別化が達成されるような言語状況は乗り越えられねばならない、と。だから、すさまじいコックニー訛りで話す花売り娘のイライザに「美しい英語」を教えて、出身階層の軛から脱出させるという難事業に取り組むことになるのです。

でも、今日本でやろうとしているのは、まさにヒギンズ教授がしようとしたことの逆方向を目指している。口を開いた瞬間に「グローバル度」の差が可視化されるように英語のオーラル能力を知的優越性の指標に使おうとしているんですから。それは別に、英語がネイティヴのように流暢に話せると知的に生産的だからということではなく、オーラル能力で階層化するのが一番正確で、一番コストがかからないからです。

日本中の大学が「グローバル化」と称して英語教育、それも会話に教育資源の相当部分を費やすのは、そうすれば知的生産性が向上するという見込みがあるからではないんです。知的な生産性という点から言ったら、大学ではできるだけ多くの外国語が履修される方がいい。国際理解ということを考えたら、あるいはもっと現実的に国際社会で起きていることを理解しようと望むなら、英会話習得に教育資源を集中させるよりは、外国語履修者が中国語やドイツ語やトルコ語やアラビア語などに散らばった方がいいに決まっている。でも、そういう必要な外国語の履修については何のインセンティブも用意されていない。それは、英語の履修目的が異文化理解や異文化とのコミュニケーションのためである以上に格付けのためのものだからです。

TOEICはおそらく大学で教えられているすべての教科の中で最も格付けが客観的で精密なテストです。だからみんなそのスコアを競うわけです。競争相手が多ければ多いほど優劣の精度は高まる。前に申し上げた通りです。だから、精密な格付けを求めれば求めるほど、若い人たちは同じ領域にひしめくようになる。「誰でもできること」を「きわだってうまくできる」ことの方が「できる人があまりいないこと」を「そこそこできる」ことよりも高く評価される。格付けに基づいて資源分配する競争的な社会は必然的に均質的な社会になる。そうやって日本中の大学は規格化、均質化し、定型化していった。

若い人たちは今でも地方を出て東京に行きたがります。そして、ミュージシャンだったり俳優だったり、カメラマンだったり、デザイナーだったり、とにかく才能のある人が集まっているところに行きたがる。それは精密な査定を求めてそうしているのです。故郷の街にいて、どれほどまわりから「町で一番才能がある」と言われても、それでは納得できないのです。もっと広いところで、たくさん競争相手がいるところに出てゆきたい。正確な格付けを求めてそうするのです。競争相手がたくさんいる領域に突っ込んでいって、低い格付けをされても、それは自分のようなことをしている人間が自分ひとりしかいない環境で、格付けされないでいるよりはまだましなんです。狭いところで「あなたは余人を以ては代え難い」と言われることよりも、広いところで「あなたの替えはいくらでもいる」と言われる方を求める。それは自分の唯一無二性よりも自分のカテゴリー内順位の方が自分のアイデンティティを基礎づけると彼らが信じているからです。「そんなことをしているのは自分しかいない」という状態が不安で仕方がないのです。「みんなやっていることを自分もやっている」方がいいのです。たとえどれほど低くても、精度の高い格付けを受けている方が安心できるのです。これは現代日本人が罹患している病です。そして、日本の大学もまたそれと同じ病に罹っている。

大学に格付けを要求するのは社会全体からの要請です。あなたの大学がどういう大学であるのかは、「他の大学を以ては代え難い」ところの唯一無二の個性によってではなく、日本のすべての大学を含む単一のランキングにおいて何位であるかによって決定される、そういう考え方に日本中が同意しているのです。そのせいで、大学の多様性が失われた。本当にユニークな研究教育活動は比較考量ができませんから、格付けすると「評価不能」としてゼロ査定される。研究教育活動がユニークであればあるほど評価が下がるという仕組みがもう出来上がっているのです。そのせいで日本の大学の学術的発信力は致死的なレベルにまで低下している。しかし、文科省はその学術的発信力の低下を「グローバル化が不十分だから。実学への資源投資が不十分だから」という理由で説明して、さらに全国の大学を均質化し、規格化し、競争を激化させ、格付けを精密にしようとしている。その結果、ますますユニークな研究教育のための場所は失われている。

そんなことをしているんですから、日本の大学に未来がないのは当然なんです。多様なできごとが無秩序に生起している場所でのみ、それらのうちで最も「生き延びる」確率の高いものが際立ってくる。

「ランダムさのないところに新たなものは生じない」(Without the random, there can be no new thing)。

これは『精神と自然』の中のグレゴリー・ベイトソンの言葉です。日本の大学教育はまさにその逆の方向に向かって進んでいる。でも、すべてが規格化され、単一の「ものさし」で比較考量され、格付けされるところからは、いかなる新しいものも生まれません。
教育の目的というのは、一言にして尽くせば、どうやって若い同胞たちの成熟を支援するか、それだけです。格付けとは何の関係もない。精密な格付けをすれば、若い人たちがどんどん知性的・感性的に成熟するというエビデンスがあるというのなら、大学からイノベーティヴな発見が次々世界に向けて発信されているというエビデンスがあるというのなら、格付けしたって結構です。でも、そんなエビデンスはどこにもありません。あるのは、大学が評価や査定や格付けにかまけてきた間に日本の大学の学術的発信力は先進国最低レベルに低下したという冷厳な事実だけです。

今、子どもたちの貧困が大きな社会問題になっていますけれど、貧困層の再生産には残念ながら子どもたち自身も消極的には加担してるんです。それは貧困層の人たちに対しては学校でも地域社会でも、「貧乏人らしくふるまえ」という強いプレッシャーがあるからです。貧しい人間は身を縮めて生きるべきだ、イノベーションを担ったり、リーダーシップをとったりすることは許されない。そういう考え方を持つ人が多数派です。そして、貧困層自身も、そういう社会観を自身のうちに内面化してしまっている。自分は貧しいのだから、楽しそうに生きてはいけない。明るくふるまってはいけない。新しいアイディアを提出してはいけない。リーダーシップをとってはいけない、そういう外部からの禁圧をそのまま内面化してしまっている。

以前、ある子育て中の母親がそう訴えていました。その人はシングルマザーで、確かに生活は苦しい。本当なら、親が貧しいことと子どもたちがのびのびと暮らすことの間には関係ないはずなのだけれど、貧しいというだけで、子どもたち自身が委縮してる。貧しい人間はにこにこしてはいけないと思っている。貧しくて不幸だという顔をしなくてはいけない。周囲がそういうふるまいを期待しているので、子どもたちはそれに応えてしまっているんじゃないか、と。

これは例えば生活保護を受けてる人がパチンコやったら許さないとか、芝居や映画見に行ったら怒るとかいうのと同じですね。主婦が子どもを保育園に預けて演劇見に行ったら、「ふざけるな」と怒鳴る人がいる。意地悪なんです。それが社会的なフェアネスだと本気で思って、意地悪をする。異常ですよ、皆さん。でも、日本はもうそういう異常な人が自分のことを「異常」だと思わないくらいに異常な社会になっているんです。

同じことが大学生自身にも起きている。低いランク付けをされると、自動的に自己評価も下方修正してしまう。あなた方はランクが低いんだから、もっとおどおどしなさい、もっといじけなさいって言われると、大学生の方も納得してしまって、おどおどして、いじけるようになる。格付けのせいで、いじけて、怯えて、自己評価を下げて、自分には何もたいしたことなんかできやしないと思っている若者たちを今の日本社会は大量に生み出しています。そんな人たちがどうして未来の日本を支えてゆくことができるでしょう。

冒頭に結論を申し上げましたけど、とにかく日本の大学は、今行われているような仕組みを是認されるのであれば、先はないです。日本の大学は滅びます、遠からず。どこかで抵抗するしかありません。「もういい加減にしてくれ」って、声を上げるべきです。文科省だってそんなにバカばかりじゃない。官僚の中には過去25年間の教育行政がことごとく失敗だったということを素直に認める人だってきっといると思います。でも、役人はその性として「間違えました」「すみません」とは言いません。

だから、大学側で声を合わせて言うしかないんです。国立大学の先生は立場上なかなか声を出しにくいかも知れませんけれど、でも声を出して欲しい。どうしたら教職員がイノベーティブになれるか。どうしたらキャンパスの中がもっと明るくなるか。教職員も学生も笑顔でいて、知的な刺激に満ちている環境をどうやって作るか。それについて考える事が最優先の課題だと僕は思います。

このまま手をつかねていたら、日本の大学は滅びます。皆さんが生活を犠牲にして、命を削って、大学のフロントラインを死守していることを僕はよく存じていますし、それに対して敬意も持ってます。でも、生身の人間ですから、無理は効きません。どこかで燃え尽きてしまう。だから、燃え尽きる前に、声を上げて欲しいと思います。「もういい加減にしろ」って。ちゃぶ台をひっくり返して頂きたい。日本中の学校で先生たちが一斉にちゃぶ台返しをしてくれたら、日本の未来も大学教育も救われるんじゃないかと思ってます。どうぞ頑張っていただきたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。

(2016年5月19日、国立大学教養教育実施組織会議特別講演・サンポートホール高松にて)
http://blog.tatsuru.com/


6. 中川隆[-6060] koaQ7Jey 2017年11月04日 20:46:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年10月12日【小浜逸郎】日本からはもうノーベル賞受賞者は出ない?
https://38news.jp/economy/11171

今年もノーベル賞が決まりました。

巷では、日系イギリス人のカズオ・イシグロ氏が
受賞したというので評判になっています。

それは結構なことですが、
残念ながら自然科学部門では、
日本人受賞者がいませんでした。

この数年、物理学賞、化学賞、医学・生理学賞で
矢継ぎ早に日本人が受賞してきました。
ところが今年はゼロ。

ちなみに自然科学部門以外のノーベル賞は、
受賞した方や団体には失礼ですが、
あまりその価値が信用できません。
人文系は基準があやふやだからです。
特に平和賞はいいかげんですね。
でも自然科学部門では、かなり信用がおけます。

ところで、21世紀に入ってからの日本人受賞者は
自然科学部門で16人もいます。
毎年一人の割合ですね。


http://bit.ly/2wKVLxq

この人たちの受賞時の年齢を調べてその平均を出してみました。
すると、68歳と出ました。

これから、いささか悲観的な予測を述べます。

どの分野であれ人間が一番活躍するのは、
30代から50代にかけてでしょう。

日本のノーベル賞受賞者の方たちが研究に一心に打ち込んだのも、
おそらくこの年代だったと思われます。
ですからこの方たちがわき目もふらずに、
寝る間も惜しんで研究に没頭したのは、
おおよそ1970年代から2000年代初頭くらいと
いうことになります。

もちろん受賞時の年齢には相当なばらつきがありますので、
若くして受賞し、いまなお活躍されている方もいます。
しかし平均的にはそうだと思うのです。

ところで言うまでもないことですが、
長年研究に没頭するには膨大な研究費が要ります。
企業研究の場合は応用研究ですから、
その費用は企業がもってくれるでしょう。

しかしノーベル賞を受賞するような研究は、
多くの場合、大学や研究所に身を置いた基礎研究です。
すると、研究費を大学の研究資金や政府の補助金に
頼ることになります。

先ほど述べた1970年代から2000年代初頭という時期は、
日本が今日のような深刻な不況に陥っていない時期で、
間には、一億総中流のバブル期もありました。

調べてみますと、それ以後の失われた二十年の間に、
科学技術研究費の総額はそれほど減っているわけではありません。
しかし文科省の「科学技術関係予算等に関する資料」(平成26年)の
「主要国等の政府負担研究費割合の推移」
および「主要国等の基礎研究費割合の推移」
というグラフを見てください。


http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/034/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2014/04/21/1347062_03.pdf

八十年代初頭から、前者は下がり気味、後者はずっと横ばいです。
しかも他の先進国と比べるとたいへん低いことがわかります(前者では最低)。

このことは、政府が、
国家的な基礎研究にろくに投資してこなかったことを意味します。
それでも好景気の時は、民間や大学の資金がある程度潤沢だったのでしょう。

上の資料は2013年までのものですが、
その後、消費増税などもあり、デフレが深刻化しました。
内閣府が出している「科学技術関係予算」という資料の、
「【参考】科学技術関係予算の推移」というグラフを見ますと、
安倍政権成立以降、この予算がさらに削られていることがわかります。


http://bit.ly/2ya9DDa

大学でも、すぐ実用に適さない研究はどんどん削られる傾向にあります。
こうした傾向が続く限り、もう今後日本からは、
自然科学部門でのノーベル賞受賞者は出ないのではないか。
そう危惧せざるを得ないのです。

筆者は去る9月18日にある情報に触れ、愕然としました。
ノーベル賞受賞者で京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥さんが、
「ご支援のお願い」として寄付を募っているのです。
それだけならさほど驚きませんが、何と次のように書かれていました。

「iPS細胞実用化までの長い道のりを走る弊所の教職員は、9割以上が非正規雇用です。
これは、研究所の財源のほとんどが期限付きであることによるものです。」

とっさに「財務省よ! 竹中よ!」と、怒りがこみ上げてきました。

単年度会計、短期決戦での利益最大化。
長期的な見通しや雇用の安定など知ったことではない。
ノーベル賞級の基礎研究までが、この風潮の犠牲となっているのです。

こういう状態がこのまま続くと、日本の科学技術は、
確実に世界に遅れを取ってしまうでしょう。

寄付に頼るというのはやむを得ない手段と言えますが、
そこにばかり依存してしまうようになるとしたら切ない話です。
国民経済の立場からは、政府の間違った経済政策に対して
もっともっと怒りの声を発するべきなのです。
https://38news.jp/economy/11171


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