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蝦夷の起源
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/482.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 2 月 14 日 23:23:00: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: アイヌ人の起源 投稿者 中川隆 日時 2020 年 1 月 06 日 10:15:05)

蝦夷の起源

これが最新の研究成果です、蝦夷はアイヌ語を話していた北海道の続縄文人で間違いないです:
古代の蝦夷と城柵−蝦夷文化の形成をたどる

蝦夷文化の形成の特徴として、南北の文化の交流・融合があります。

南方の倭人文化が東北地方に伝わる以前は、蝦夷の主な居住地である東北北部は続縄文文化の影響下にありました。


ちなみに、弥生文化の主な特徴である稲作については、東北北部で一時的に広まったものの、その時点では定着していません。


当時は北方、つまり北海道から伝わった、狩猟・採集を生業の基本とする続縄文(※1)文化の影響をむしろ強く受けていました。


(なお、東北南部以南では弥生時代から稲作が定着しており、古墳文化への移行もスムーズだったようです)


南北世界の文化が混在する様子を、著者は「土器」と「墓」について注目しつつ解説します。


まず土器について。

三世紀の遺跡である寒川U遺跡(秋田県能代市)からすでに弥生時代末期の壺と甕が出土しています。

四世紀代とみられる永福寺山遺跡(岩手県盛岡市)でも、続縄文系の土器にまじって弥生時代終末期の赤穴式や古式土師器の塩釜式と認められる土器が出土しています。

これらのことから、土器については早くから南方文化の影響を受けていたことがうかがえます。

この傾向は五世紀以降さらに顕著になります。


五世紀の森ケ沢遺跡(青森県天間林村)では北大式(※北方の土器)の甕や片口とともに土師器・須恵器が出土しており、両者の比率はほぼ半々となっています。


さらに、擦門(※2)前期に注目してみましょう。


この時期、北海道では伝統的な土壙墓が継続される一方、東北北部では末期古墳と呼ばれる独自の墓制が出現します。


末期古墳は続縄文文化の墓制を基礎としながらも、古墳文化の強い影響を受けて出現したと著者は見ています。


南方文化を取り入れつつ、平安時代に入ってもなお独自の墓制を維持していた東北北部の暮らしが垣間見えます。


退屈な話題ではありますが、要するに東北北部は南北両方の文化が入り混じった地域であった、ということです。


東北北部の蝦夷たちは、南北いずれか一方の文化圏に属するのではなく、両文化の要素を摂取しながら、独自の文化を創り上げていたのです。
https://yakimoto.me/book-review/how_was_the_culture_of_emishi_formed_2/  

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コメント
1. 中川隆[-13710] koaQ7Jey 2020年2月18日 05:57:32 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-289] 報告
『有名人のハプログループ』というのは、東山天皇のY-DNAが縄文人と同じだというソースが存在しないデマを拡散している、ネトウヨのやっている悪名高いデマサイトです。 アイヌ人のY-DNAの D1 は縄文人と同じタイプですが、日本人の D1a2a(旧D1b1) は縄文人の タイプ D1a2b とは違います、つまり日本人は縄文人の子孫ではありません:

2019年09月09日
Y染色体ハプログループDの改訂

2019年6月19日に遺伝子系譜学国際協会(ISOGG)がY染色体ハプログループ(YHg)Dの分類を改訂しました。YHg-Dは世界でも珍しく、日本人の「特異性」の遺伝的根拠として、「愛国的な」人々がよく言及しているように思います。そのため、現代日本社会ではYHg-Dへの注目度が高いようで、このYHg-Dの改訂も「愛国的な」人々の一部の間では割と早くから知られていたようです。

 具体的な改訂点ですが、現代日本人で多数派の YHg- D1b1 が D1a2a に変更されています。「縄文人」で確認されている D1b2 は D1a2b に変更されています。

なお「縄文人」では、現代日本人で多数派の D1a2a(旧D1b1)はまだ確認されていません(関連記事)。

これは、現代日本人の D1a2a が弥生時代以降にアジア東部大陸部から到来した可能性を示唆します(関連記事)。

現時点では、現代日本人の D1a2aが「縄文人」ではなく弥生時代以降にアジア東部大陸部から到来した集団に由来する、という想定も有力な仮説の一つとして扱われるべきだと思います。

なお、チベットで多数派のD1a2はD1a1bに、フィリピンで見られるD2はD1bに変更されています。
https://sicambre.at.webry.info/201909/article_24.html

2. 中川隆[-13706] koaQ7Jey 2020年2月18日 06:14:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-285] 報告
2019年09月09日
Y染色体ハプログループDの改訂

2019年6月19日に遺伝子系譜学国際協会(ISOGG)がY染色体ハプログループ(YHg)Dの分類を改訂しました。YHg-Dは世界でも珍しく、日本人の「特異性」の遺伝的根拠として、「愛国的な」人々がよく言及しているように思います。そのため、現代日本社会ではYHg-Dへの注目度が高いようで、このYHg-Dの改訂も「愛国的な」人々の一部の間では割と早くから知られていたようです。

 具体的な改訂点ですが、現代日本人で多数派の YHg- D1b1 が D1a2a に変更されています。「縄文人」で確認されている D1b2 は D1a2b に変更されています。

なお「縄文人」では、現代日本人で多数派の D1a2a(旧D1b1)はまだ確認されていません(関連記事)。

これは、現代日本人の D1a2a が弥生時代以降にアジア東部大陸部から到来した可能性を示唆します(関連記事)。

現時点では、現代日本人の D1a2aが「縄文人」ではなく弥生時代以降にアジア東部大陸部から到来した集団に由来する、という想定も有力な仮説の一つとして扱われるべきだと思います。

なお、チベットで多数派のD1a2はD1a1bに、フィリピンで見られるD2はD1bに変更されています。
https://sicambre.at.webry.info/201909/article_24.html

そもそも、アイヌ人の核DNA は縄文人の核DNAと70%が同じだとわかっているので、アイヌ人が縄文人の直系の子孫だというのは間違いありません。
日本人の核DNA は縄文人の核DNAと12%しか共通しないので、日本人は縄文人の子孫ではありません。

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