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日本人の人知れない情報収集(チャイナネット)
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投稿者 無段活用 日時 2017 年 6 月 28 日 11:58:25: 2iUYbJALJ4TtU lrOSaYqIl3A
 



http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2017-06/27/content_41103351.htm
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2017-06/27/content_41103990.htm
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2017-06/27/content_41104364.htm
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2017-06/27/content_41104401.htm


日本人の人知れない情報収集


タグ: 情報 研究 学者 スパイ
発信時間: 2017-06-27 10:03:24 | チャイナネット |



「日本人が中国でのスパイ活動を理由に拘束された」。そんなニュースが相次いだことを受け、日本政府は一週間ほど前、中国での拘束を回避するための注意事項を国民に向けて発表した。これには、行ってはいけないところや、撮影をしてはいけないところが詳しく説明されている。ちょっと聞くとものものしいことが起こっている印象だが、「情報社会」や「情報民族」などと日本が呼ばれていることを考えれば驚くには値しない。

日本人の情報に対する敏感さやそれへの依存、収集活動の周到さは海外でも知られている。1960年代に日本が公開情報だけで中国の大慶油田の位置や規模を正確に判断していたという話を思い出す人も多いだろう。中国は日本の巨大な隣国であり、情報収集の主要ターゲットになるのは当然だ。日本の学界にとって中国研究は「宿命」とさえ言われる。だが情報の収集と分析に長けていれば、正しい判断と政策決定が可能だと言えるのか。日本はこの点で手痛い教訓を得ているが、この問題は依然、日本が中国に向かい合う時に考えるべき問題となっている。


@しきりに解剖台に乗せられてきた「中国」


『環球時報』記者は北京中央民族大学で2カ月前、日本のある環境社会学者の講演を聞く機会があった。テーマは環境。この学者は、当時街を舞っていた柳絮(りゅうじょ、柳の綿状の種子)など中国の日常社会への細かい観察も交えて話をした。だが記者にとって最も印象的だったのは、この学者が、いつも持ち歩いているという分厚いノートに細かい字え書き連ねた字を見ながら話していたことだ。データを示す際には、PPTを使ったりはせず、雑誌や資料の実物を直接取り出していた。

この学者のやり方は、多くの日本人の習慣に合致している。ポケットにはいつも小さなノートとペンを入れ、何かというとメモする。日本社会が「情報社会」と呼ばれ、日本人が「情報民族」と呼ばれる所以だ。このような習慣は多くの人にとって賞賛すべきものと映るだろう。だが「情報」と関係を持ちすぎれば、疑われても仕方がないという状況も起こり得る。とりわけ安倍政権の発足後、日本の対外情報収集はますます強まっている。日本側の統計によると、スパイ容疑で中国で拘留された日本人は2015年5月から少なくとも12人にのぼる。

香港地区の著名な時事・政治評論家の邱震海氏はかつて、著書「迫在眉睫」でこう書いている。2013年、邱氏が司会を務めたスパイに関する番組に、台湾地区の元情報員の蕭台福氏がゲストとして招かれた。蕭氏が話題にしたある記事によると、日本のある商社の社員が「いかに中国人と話をするか」という報告書を作成し、それが日本の情報機関の手に渡ったという。この報告には、中国人と話をするには、会社の事務所に行くよりも、退勤後に酒屋に誘い、プライベートでおしゃべりした方がいい、それも何度かに分けてやった方がいいなどと書かれている。日本人はこうしたばらばらな情報を一つにまとめているのだという。蕭氏は、情報について警戒心を持っていなければ、そうした日本人の情報収集から身を守るのは難しい。彼らはいたって自然な形で交流を始め、その後に、文書を研究する精神で情報を整理する。

日本人の人知れない周到な情報収集能力については、最近でもネット上でこんな話が伝わっている。かつて日本に留学した蒋介石はこう言った。「日本人は男女を問わず、スパイ的な性質を備えている。中国にやって来る日本人に対して油断してはならない。彼らは皆、情報収集の任務を負っている。彼らの笑顔に騙されてはいけない。情報で肉を断ち、血を吸おうとしているかもしれないのだから」

この言葉の確かな出処を突き止めることはできなかった。中国近代史や蒋介石、情報史を研究する多くの学者もこのような発言は聞いたことがなく、言葉遣いも蒋介石らしくないとしている。だが同時期に日本に留学した国民党の元老・戴季陶は実際に、中国に対する日本人の研究の深さに対して感慨を語っている。『日本論』には、「『中国』という課題を何度解剖台に乗せ、何度試験管に入れて調べたかは、日本人でもわからないだろう」との記述がある。

このような議論は、日本の情報活動に対する中国人の長年の印象とも一致する。1868年に日本の明治天皇が布告した改革のための『五箇条の御誓文』には、「知識を世界に求める」との方針が示されている。日本はその後、各国の情報を大規模に収集するようになり、陸海軍から行政、教育、産業に至るまであらゆる分野を覆う収集活動を行うようになった。日本がほかの国と違うのは、政府の情報機関だけでなく、多くの民間の力、多くの民間団体や個人が、自発的に情報活動を行っているということだ。

中国は、日本の情報収集の主要なターゲットの一つである。優れた情報活動を拠り所に、日本は1894年の甲午戦争(日清戦争)で、当時まだ大国と恐れられていた中国に打ち勝った。日本はその後、多くの人員を派遣して中国の地形の調査測量などを行い、中国に対する長期的な研究を進めた。ある日本人学者の統計によると、1873年から1945年まで日本は72年にわたって中国での調査測量を行い、これには最先端の技術が動員されたという。日本は降伏前、大量の地図を廃棄したが、米国によって押収・保存された日本製の中国と朝鮮の地図は約2万5千枚に及んだ。


A中国人との交渉術の教授本がベストセラーに


現代のビジネス社会では、日本の民間情報収集の主体は企業が務めている。ネットでは、日本の多くの企業や機関の人員は、訪中してから報告書を書いて関連部門にわたしているという。もっともこうした説には誇張が見られる。日本企業の情報収集は基本的に、個人に依存したものではない。大企業には「戦略発展部」や「中国事業部」などが設置される。中小企業はより臨機応変で、ニーズに応じて研究機構の情報誌を予約購読したり、専門機構に委託して研究報告を作ったりといった方法が取られる。

記者の調べによると、日本企業の中国情報の収集活動の多くは中国人社員によって担われている。関連業務に携わったことのある日本企業の元社員は語る。「毎朝出勤して最初の仕事は当日の情報を収集すること。インターネットのキーワード検索で収集する。経済情報が中心だが、政治情報も欠かせない。中日両国の政治関係はしばしば経済に大きな影響を及ぼすからだ。その後、『タイトル+リンク』の形式でこれをまとめ、日本の本部に送っていた」

この元社員によると、対外的には「公開ルート」での情報収集が強調されるが、そうした方式には限界があり、「中国の官僚や企業、メディア関係者との会食を組織することもあった」という。「酒を3杯も飲めば、何か聞いても気まずくならない」。これは日本人記者がよく用いる方法でもある。「共産党関係者によると」などとの文字が日本の紙面に踊るのはそのためだ。だがこの社員は、これがきっかけで中国の関連部門の「調査」を受け、離職を決めた。「仕事はちゃんとこなさなければならないが、祖国にすまない事をしているとも感じ、板挟みで苦しんだ」

中国人との付き合い方で言えば、2010年以降、中日の民間交流が深まるにつれて、日本の書店には、「中国人といかに交渉/会話するか」といった書籍が多く並ぶようになった。1995年に出版された『中国人の交渉術』は当初の定価1650円だったが、今では1万2千円の値がついている。この本は、毛沢東などの中国の大物政治家との話し方を説明し、中国人との交流・交渉の秘訣を日本人に教えるとうたっている。

中国人社員に情報収集をさせることには、日本企業の魂胆が隠れている。ある日本国籍の上級管理者は、「中国人という身分が後ろ盾になる」と話している。「中国情報」は売れば儲かる。顧客に定期的に情報を送り、「コンサルティング料」を取る日本人もいる。

中国メディアや特定の記者の報道を収集することもよく用いられる手法だ。『環球時報』記者がある問題について日本人と議論をしたことがあったが、相手はその場で、パソコンからこの記者の記事を取り出した。この記者が驚いたことに、日本の政治や経済に関するこの記者の記事をまとめたフォルダーまで作られていた。

記者は取材をしていて興味深い現象を発見した。「中国に出張して日本に帰った後、報告書を書くか」という質問に対し、日本人は異なる反応を示す。これもある側面から内情を照らし出すものともなった。ある人はごく自然に、「仕事の一部なのでもちろん書く」と答えた。ある人は少し感情的になり、「書かない。日本政府に報告する義務もない」と答えた。


B日本の侵略には人類学者が大きく「貢献」


あまり知られていないが、日本の社会学や人類学の研究はとても進んでいる。ただ言語の壁があることで、外国では知られていない。こうした学科の基礎研究の方法は、大量の社会資料の観察と収集である。人類学と情報活動は歴史的に密切な関係を持っている。日本が中国侵略前に拠り所とした多くの資料、とりわけ東北地方の詳しい資料はいずれも、人類学と民族学の学者が作ったものだった。

裏付けの取れた資料によると、偽「満州国」時代、日本人は、重要な政治・軍事的ポジションにある大・小興安嶺周辺で大量の調査研究を行った。これらの調査では、軍部や治安部の協力・支援を広く受け、現地の民族・社会の状况をめぐり、広範囲の初期調査と具体的な事項に特化した細かい調査が展開された。日本人学者の永田珍馨は1938年12月、偽「満州国」治安部が当時のエルグネ左旗で実施した調査に参加した。永田はその後、本来は各民族の状况を調査したかったが、関東軍の対ソ連戦略のニーズのため、大・小興安嶺のオロチョン人に対する調査だけを特に行わなければならなかったと回想している。1943年から1944年まで黒河と呼瑪河の調査に入った日本人学者の原忠平の回想によると、日本軍はかつて、オロチョン人だけのいるような地域を作って集中管理を行おうとしていた。

当時の日本の人類学や民族学の研究者は、欧米の研究チームから伝わった協力式のフィールドワークの方法の優位性を十分に発揮し、この時期の中国東北地方の民族・社会の最も基礎的で最も全面的なデータを獲得した。調査報告では、氏族の起源や分布、環境、人口・体質、居住、飲食、生計、嗜好、性格、言語、教育、民俗、宗教、家庭関係、社会組織・階層、武器・火器などについて非常に精確な記述がなされ、人物の描写も生き生きとなされている。

現在、これらの調査資料のうち、中国にかかわる部分は、「満鉄」図書館を前進とする大連市図書館や吉林省図書館、黒竜江省図書館などに集中している。当時、調査に参加した研究員の一部は後に、今西錦司や梅棹忠夫、泉靖一など、日本の著名な人類学者となった。当時の調査資料に基づいて形成された学術成果としては、堀内竹次郎の『オロチョン人との接触』(1929)や浅川四郎の『興安嶺の王者:オロチョンへの理解』(1941)などがあり、今でも国内の関連研究分野における重要な参考文献となっている。

特筆すべきなのは、1960年代末、日本経済の急成長を受け、日本企業が海外市場を急速に拡張し、各種の海外研究経費が大きく増やされ、日本の人類学者が世界各地の調査と研究を始めたということだ。中国の改革開放後、多くの日本人学者が、中国に来てフィールドワークをする機会を得るようになった。「満鉄」の資料を土台として再び中国を訪れて研究するものが中心で、中国南西部の民族に対する調査と研究を行う日本人学者もいた。

人類学研究は基本的に、異文化の日常生活に対する観察と記述を特徴とする。これは通常の学術研究だが、広範囲にまたは大規模に、組織的に情報が収集されるようになれば注意が必要だ。政治がこれらの資料を必要とするようになると、情報は意義と価値を持つようになる。


C日本人学者:中国研究は「宿命」


「情報社会」と呼ばれてはいるものの、007やCIA、KGBなどのスパイ映画によくあるような組織やエピソードは、日本ではほとんど見られない。日本が重大で国際的な政治事件や軍事衝突を予測したというケースは多くなく、経済分野であっても、国際社会は日本の情報はほとんど用いない。

日本の公安警察や密偵を担うメディアが最も得意なのは、国内の情報の収集と分析だ。日本の一部のメディアは日本では大きな情報能力を持っているが、国外に行くと、とても慎重になり、軍事的な立ち入り禁止区域での撮影や地図の作成を直接行うことは通常ない。

過去には大胆な在中国日本公館の武官が中国の軍事立ち入り禁止区域に直接乗り込んだこともあった。例えば2002年10月には、在中国日本大使館の天野寛雅武官が中国の軍事立ち入り禁止区域に入り込んで逮捕された。だがこうした状況は多くはなく、武官は通常、正式な場面での所在国の軍との公開交流を通じて、軍事情報を獲得する。またその他の国の武官と情報交換を通じて、自らの情報の精度を高めることもある。

中国の状況をよく知る日本企業の社員は『環球時報』記者に対し、「日本の政治的・経済的地位が中国人にとって高かった時には、中国から得られる情報の質も高かった。だが日本の経済的な地位は低下した。さらに日本はもともと政治・軍事大国でもないことから、現在中国で得られる情報の質はそれほど良いものとは言えなくなった」と語る。その原因は何だろうか。中日関係が相互不信の段階に入った後、日本の官僚や企業の日本人社員と中国側との交流もスムーズでなくなり、中国の官僚やシンクタンクなどから得られる情報も限られたものとなった。

日本の情報収集の98%は公開のルートに頼っている。日本は確かに、情報収集に長けており、日本企業の研究所や企画部門は、各種の新聞や雑誌、研究報告をできるだけ多く購読し、切り抜き、更新と修正を加えていくという習慣を持っている。このような系統的で長年にわたって積み上げられた情報はしばしば部外者を驚かせる。だがこのような周到で系統的な情報があれば、日本企業や日本政府が対中政策方針を冷静に制定できるということにつながるだろうか。

多くの場合、これには否と言わざるを得ない。例えば安倍首相は中国経済がまもなく崩壊すると信じている。そんな安倍首相に上げられる関連報告も自然と、中国の環境汚染や官僚の腐敗といった問題を取り上げたものに偏る。中国が今後も発展を続けていくという報告は、安倍首相のデスクにはなかなか届かない。企業も同様だ。中国経済に関する冷静で客観的な報告が企業の最高責任者に上げられたとしても、安倍内閣や日本の世論に惑わされ、中国がこれからも発展できると本当に信じている日本の企業家は多くない。

日本の出版業界ではここ数年、「中国崩壊論」を主張する書籍が蔓延している。また日本の戦争の失敗の原因をまとめた書籍も出現している。例えば1991年に出版発行された『失敗の本質』は、2017年に記者が購入した際、すでに63刷の増刷を重ねていた。同書によると、戦争中の日本の失敗は、十分な情報(諜報)が収集できなかったためではなく、戦略方針の誤りによってもたらされた。

中国を研究する多くの日本人学者は、古代の中国であれ、現代の中国であれ、日本に対しては「参照系」としての価値を持っており、日本は中国を通じて「自己」をより良く認識できると考えている。日本の中国思想史専門家の溝口雄三に『方法としての中国』という著作があるが、これによると、日本人の中国研究の実質は、中国を方法とみなし、日本文化の特質を分析・検証するための参照とすることだ。日本の中国問題専門家の毛里和子もかつて、中国研究は日本の社会科学にとっての「宿命」と語った。

もしも日本側が中国と常に交流できれば、対中戦略の制定においてこれほど対立を強調することはない。最後の2%の情報が得られなければ、水が98度まで熱されても沸騰しないように、日本の情報活動を本当に正確なものとすることはできない。多くの場合、戦略の誤りはそうして起こる。


「中国網日本語版(チャイナネット)」2017年6月27日



 

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