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今年、周年を迎える地震は? 過去の地震災害を教訓に備えを 福和伸夫(名古屋大学減災連携研究センター長)
http://www.asyura2.com/17/jisin22/msg/350.html
投稿者 赤かぶ 日時 2018 年 1 月 03 日 20:30:20: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

今年、周年を迎える地震は? 過去の地震災害を教訓に備えを
https://news.yahoo.co.jp/byline/fukuwanobuo/20180101-00079679/
1/1(月) 7:00  福和伸夫 | 名古屋大学減災連携研究センター、センター長・教授



(写真:ロイター/アフロ) 2008年6月14日 岩手・宮城内陸地震 栗原市栗駒沼倉耕英

 今年も、多くの地震が周年を迎えます。南海トラフ地震発生前後の地震活動期に起きたものなど時代に影響を与えた地震ばかりです。なお、1498年明応地震までの西暦の年月日はユリウス暦で示します。

868年7月30日(貞観10年7月8日) 播磨国の地震

 1150年前に発生した内陸直下のマグニチュード(M)7クラスの地震で、兵庫県にある山崎断層が活動したようで、現在の姫路市付近が震源だったようです。六国史の最後の国史・日本三代実録には、「地震動り内外の垣屋ところどこ頽破しき。」「播磨国言しけらく、今月八日、地大いに震動りて、諸郡の官舎、諸定額寺の堂塔、皆ことごとくくづれ倒れき」などと、京都や播磨の被害が記されています。

878年10月28日(元慶2年9月29日) 相模・武蔵国の地震

 1140年前に発生した地震で、相模トラフで発生する関東地震との関係が指摘されています。日本三代実録には、「夜地震りき。この日、関東の諸国地大震裂し、相模武蔵を特にもっとも甚しと為す。その後五六日震動止まず、公私の屋舎一として全きもの無く、或は地窪陥して往還通ぜず、百姓の圧死はあげて記すべからず」と記されていて、京都でも揺れを感じたようです。この地震によると思われる津波堆積物が館山市の海岸で見つかってます。

 播磨国の地震や相模・武蔵国の地震前後は、天変地異が続きました。播磨国地震の発生前には、863年越中・越後地震、864年富士山噴火と阿蘇山噴火、867年阿蘇山噴火が起きました。地震の翌年869年には、東日本大震災と同様の巨大地震・貞観地震が発生し、その後も871年鳥海山噴火、874年開聞岳噴火と続き、相模・武蔵国の地震が発生します。さらに、880年出雲の地震、885年開聞岳噴火、886年千葉・安房国の地震、そして、887年南海トラフ地震の仁和地震が発生ました。

 兵庫県南部地震、東北地方太平洋沖地震、鳥取県西部地震や鳥取県中部地震、中越地震や中越沖地震、阿蘇山・新燃岳・桜島・口永良部島の噴火などが続発する現代との類似性を感じます。

1498年9月11日(明応7年8月25) 明応地震

 520年前に発生したM8クラスの南海トラフ巨大地震です。死者4万人程度と推定されています。静岡から三重の太平洋岸で津波被害が発生し、浜名湖の今切が海とつながるきっかけになったとか、三重県の安濃津が大きな被害を受けたなどと言われています。当時の人口は1000万人程度と推定されていますから、現代に換算すると50万人にも及ぶ死者です。これは、最大クラスの南海トラフ巨大地震の予想死者数32万3千人を超える人数です。

1828年12月18日(文政11年11月12日) 三条地震

 190年前に発生したM7クラスの内陸直下の地震です。死者は1500人を超えたようで、現在の新潟県三条市周辺で甚大な被害となりました。江戸時代後期の地震でもあり、被害記録は豊富です。前兆現象の報告や1964年新潟地震で話題となった液状化現象の報告もあります。近年も、周辺では、2004年新潟県中越地震や、2007年新潟県中越沖地震が発生しています。

1858年4月9日(安政5年2月26日) 飛越地震

 160年前に発生したM7クラスの内陸直下の地震で、跡津川断層が活動したようです。富山や飛騨での被害が顕著で、数百人の死者が出たようです。立山連峰の鳶山が崩壊した鳶山崩れにより、立山カルデラに大量の土砂が流れ込みました。これによって常願寺川が河道閉塞して堰止め湖ができ、この堰止め湖が二度にわたって決壊し、下流に大きな被害をもたらしました。その後、暴れ川となった常願寺川は何度も土砂災害を起こしてきました。この結果、常願寺川は我が国の砂防技術の発祥の地になりました。

 飛越地震が起こる前の5年間は地震が続発した時代です。中でも1854年に発生した安政東海地震・南海地震、1855年の安政江戸地震は、幕末の時代変化に大きな影響を及ぼしました。飛越地震の直後に安政の大獄が始まり、その後、桜田門外の変を経て、大政奉還へと時代が移りました。

1948年6月28日 福井地震

 70年前に起きたMj7.1の内陸直下の地震です。福井市で最大震度 6、死者・行方不明者3,769人の被害を出し、福井市が壊滅しました。福井平野の全壊率は60%を超え、大規模な地震火災も発生しました。鉄筋コンクリート造の大和デパートも倒壊しました。地震被害の甚大さゆえに、この地震の後に気象庁は震度 7を新たに制定しました。

 福井地震が発生するまでの5年間には地震が頻発しました。1943年鳥取地震、1944年東南海地震、1945年三河地震、1946年南海地震と死者1000人を超す地震が毎年発生しました。その間に敗戦を迎えました。まさに震災と戦災に見舞われ、我が国の歴史上最も困難な時代でした。ちなみに、福井地震の震源域は1891年濃尾地震の震源域の北隣に位置します。

1968年5月16日 十勝沖地震

 50年前に起きた三陸沖北部の日本海溝沿いのプレート境界で起きたMj 7.9の巨大地震で、青森県を中心に死者・行方不明者52人を出しました。三陸沿岸を津波も襲いました。この地震では、1960年代前半に鉄筋コンクリート造で作られた函館大学や三沢商業高等学校、むつ市役所庁舎など、比較的新しい公共建物で、短柱のせん断破壊などの被害が生じました。

 これを受けて、1971年に鉄筋コンクリート柱の帯筋規定の強化など、耐震基準の見直しが行われました。さらに、1972年から76年にかけて建設省の総合技術開発プロジェクトとして「新耐震設計法の開発」が実施され、新しい耐震基準作りが行われました。ここでは、地震力を動的荷重として取り扱うことなどが提案され、大規模高層建築物の普及が促進されることになりました。

1978年1月14日 伊豆大島近海の地震

 40年前に起きた伊豆大島直下でのMj 7.0の地震で、25人の死者・行方不明者を出しました。がけ地の多い東伊豆で土砂災害が顕著でした。この地震では、網代での体積ひずみ計の変化など前兆現象も認められました。また、地震後に伝えられた余震情報が間違って流布するなど、災害情報の課題がクローズアップされました。

 この地震が起きた前後には、静岡県下で、1974年伊豆半島沖地震、1976年河津地震と地震が頻発していました。河津地震の直後には東海地震説が出されました。1975年には中国で発生した海城地震で直前予知が成功したと報じられて、1977年に地震予知推進本部が「東海地域. の地震予知体制の整備について」を決定し、「東海地域判定会」が発足しました。そんな状況の中、伊豆大島近海地震が発生しました。このため、静岡県民の地震に対する不安感は頂点に達しました。そんな状況の中、同年に地震予知を前提とした大規模地震対策特別措置法が制定されました。

1978年6月12日 宮城県沖地震

 40年前に起きたMj 7.4の日本海溝沿いのプレート境界地震で、宮城県を中心に大きな被害を出しました。死者28人のうち18人はブロック塀の倒壊が原因でした。ライフラインの途絶や丘陵地の宅地造成地の土砂災害などが目立ちました。非構造部材の損傷で扉が開かなくなるマンションも散見され、都市特有の課題が指摘されました。また、東北大学建設系研究棟9階に設置されていた強震計で1000ガルを超える加速度を記録しました。

 この地震でも、1968年十勝沖地震と同様、鉄筋コンクリート造の建物被害が生じました。新耐震設計法の開発が行われていたので、3年後の1981年に耐震基準の改正が行われました。新耐震設計法では2段階設計法が導入され、震度5強程度の中規模地震では軽微な損傷、震度6強程度の大規模地震でも倒壊は免れ人命を守る、といった考え方の設計法になりました。ちなみに、宮城県沖地震の3日後の6月15日には大規模地震対策特別措置法が公布されました。

2008年6月14日 岩手・宮城内陸地震

 10年前に発生したMj 7.2の内陸直下の地震です。岩手県奥州市と宮城県栗原市で被害が多く、死者・行方不明者は23人でした。内陸部の地震で、山崩れや地滑りが多発しました。防災科学技術研究所の一関西観測点で最大加速度4,022ガルが記録され、ギネス世界記録に認定されました。

 この地震の1か月後の7月24日にもMj6.8の岩手県沿岸北部で地震が起き、1名の方が亡くなりました。また、2005年8月16日にはMj7.2の宮城県沖の地震が発生したりと、東北地方周辺で地震が多発していました。3年後の2011年3月11日にはMw9.0の東北地方太平洋沖地震を迎えます。

 今年が災いの少ない年であることを祈念いたします。過去の地震災害を教訓に少しでも備えをしておきましょう。


福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター、センター長・教授

建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、地域の防災・減災の実践に携わる。民間建設会社の研究室で10年間勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科で教鞭をとり、現在に至る。各地の地震被害予測や防災・減災施策作りに協力しつつ、振動実験教材・ぶるるの開発や各地で出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し、それを地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。日々、地域の様々な主体と協働して、魅力ある地域の未来を共創するための活動を進めている。


 

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コメント
 
1. 2018年1月04日 00:50:03 : Vqa1MD6G6U : 0_IAE7DOm5U[9]
過去のことならいろいろな調査、記録でわかる。ところで4000ガルは重力加速度の4倍。原発の設計基準は高々700ガル。この基準で配管も建物も設計する。

この人原発の推進論者、そんなことでいいのか。


2. 2018年1月04日 19:03:13 : oCrAJL4UVg : BSkALVEdcgY[388]
儲かるぜ 阿鼻叫喚が 酷いほど

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